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第三章
 北国にある最大の都市、その酒場通りに何をしているか分からない商いの店があった。看板が無いと言う訳でないが、有ってもペンキが接がれて読めないのでは意味がないはず。それでも、五年ほど前までは、この界隈では有名な、探偵事務所として営業をしていた。その主が依頼された事件を解決が出来ずに、そのまま四年間も行方不明になった。その間の心労で母が他界し、一年前に父が亡くなったと知らせが届いた。だが、亡くなった原因は、不明では無かった。酒を止められていたのだが、依頼の捜索している時に、酒を飲んだらしく。突然に倒れて入院していたのだ。亡くなる寸前まで身元が分からず。亡くなってから息子に知らせが届いたのだ。それから、その建物の一室は何をしているのか分からなくなっていた。常に電気が点いているから誰か住んでいるのだろう。それでも、誰か判断が出来た。亡くなった男の一人息子のはずと思われていた。その男を最近に見た者は居ないが、天涯孤独になった為に、毎日泣いているのだろう。そう思われていたから、誰も不審とも思わなかった。それでも、生きていられるのは、男の幼馴染の女性が毎日訪れていた為と、その建物の中にある数件の部屋を貸し出して、賃貸契約金が入るからだろう。そう思われていた。
「ふう」
 若い女性が扉の前で身だしなみを整えていた。急いで来たようだ。寝坊でもしたのだろう。そして、頷くと扉を叩いた。だが、部屋の中からは何も返事も音も聞こえてこない。何故か、その理由が分かるかのように大きな溜息を吐き、泣き出しそうな表情を浮かべた。そして、扉を開けた。部屋の中には男性が居る。それを見付けると、嬉しそうに言葉を掛けた。
「おはようございます」
 動く気配も無く、返事も返ってこない。まるで、人形のように立ち尽くしている。それも、左手にコップを持ち、口から離れた直ぐの状態だ。そして、右手に飲み終えた薬の袋を持ち、机の上にも同じ薬が入っていた袋の屑がある。それを飲んだ後だろう。また、大きな溜息を吐きながら、自分の席に腰を下ろした。机の上には書類と伝票があり。整理をしていると、柱時計が九時を知らせた。
「海さん、おはようございます」
 柱時計の音に気が付いたのか、それとも、女性の言葉が自分に言われたと感じたのだろうか、コップを机に置き、何か呟いた。
「遺言書、第一巻第二章、言葉を掛けられた場合は返事をする。第一巻第一章、礼儀編、朝、昼、夜の挨拶をする」
 そう真顔で言葉を吐いた。
「田中 沙耶子さん、おはようございます。今日もよろしくお願いします」
 海は、女性に体を向け、深々とお辞儀をした。他人行儀の挨拶だが、二人は幼馴染だった。それで、沙耶子は、泣き出しそうな表情を浮かべていたのだった。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「沙耶子さん、今日の予定は有りますか?」
「何も有りません、電話が掛かって来るのを待つだけですわ」
「そうですか」
「はい、そうです」
 用件が終わり、又、海が固まると感じたのだろう。楽しそうに話を掛けた。
「海さん、今日は何が飲みたいですか?」
「ミントの紅茶が飲みたいです」
「いいですよ。それでは、席に座って待っていてくださいね」
「席、う~ん。ああ席ですね。はい、座って待っています」
 海は、今始めて、席が有るのに気が付いたような感じを表した。その間、電話も来客も有るはずもなく無言のまま、ピクリとも動かず待っていた。
「お待ちしました。どうぞ」
「遺言書、第三巻第二章、あいさつ編」
「いいですよ。堅苦しい事を考えなくても、ありがとう。で、いいの。そして、美味しかったら、美味しいでいいのよ。もう少し欲しければ、おかわり。そう言ってくれたら、私も嬉しいわ。それに、それだけで意味も伝わります」
 幼い子供と話をするような感じだった。
「はい、ありがとう。美味しいです」
 返事を聞いて、大きな溜息を吐くが、それでも、話しが出来て嬉しそうな笑みを浮かべ自分の席に座った。そして、時間だけが過ぎて行くが、ニコニコと紅茶を飲んでいた。仕事も無く、好きな紅茶を飲んで給料が貰えるのだから嬉しいだろう。そう思うだろうが、そうでは無かった。葬式、相続税などで、海の資産は消えるはずだったが、沙耶子の父が肩代わりしてくれたのだ。亡くなった海の父と沙耶子の父は友人であり、頼まれた事もあったが、娘と幼馴染であり、娘が好意を感じていたからだ。そのような理由があるから事実上の経営者は沙耶子と考えていいだろう。
「海さん、お代わりは有りますよ。言って下さいね」
「はい、わかりました」
 海は、また、カップの紅茶を飲み終わると人形のように固まってしまった。その姿を見つめていた沙耶子も、惚けているように見つめ続けた。
「はっあー」
 室内には沙耶子の溜息だけが響いている。そう思われるだろう。だが、そうでは無かった。海と沙耶子が無言の時、と言うより、思考してない時や夢を見ている時は守護霊の意識が目覚めるのだった。だが、二人には、いや、普通の人には聞こえ無いが、二人と瓜二つの守護霊が会話をしていた。
「天猫に会ってきたぞ。立派な獣に成長していた」
「そうなの。早く会って見たいわね」
「昔みたいに、天猫をオモチャにしたら食われるかもしれないぞ」
「それを言うなら、鏡でしょう。寒いからって一緒に寝ていて潰されたのでしょうね。よく、ムギュと泣いて出て来るの、何度も見ていたわ」
「え、嘘だろう」
「本当よ。その姿を見たら同情したわ」
「静だって、天猫に変わったリボンとか服を着せられて、泣きそうだったぞ」
「それは嘘よ。ありがとう。そう言ってくれたわ。本当に喜んでいたわよ」
「静が恐くて、嘘を言ったのだろう」
「私が恐いって、何を言っているのよ。そんなはず無いわ」
「私は何度も愚痴を聞いたぞ。怒らせると、嫌いな食べ物を食べさせるってなぁ」
「もう、嘘よ。天に直接に聞くわ。いつ来るの?」
「静が恐くて、会うのをためらっているのかもなぁ」
「そうなの、私、天に嫌われていたの。それで、時間が掛かっているの。ゲッホ、グウ」
 静かは、悲しくて、嗚咽を漏らした。
「ごめん、嘘だ。天も、静に会えるのが楽しみだって言っていた」
「だって、私、私のこと」
「本当だって、私が一人で会いに行った時、静おねえちゃんは、そう聞かれたぞ」
「そうなの」
「嘘で無いぞ。それにだ。近くに来ている。気配は感じているのだが、何をしているのか?」
「何故なの、やっぱり、私なの?」
「悪かった、私が言った事は忘れてくれ、本当に静に会えるのを楽しみしていたぞ」
「うん。なら、何故なのかな」
 鏡と静が不審を感じているが、天猫は三日も前には、二人が居る建物の近くに着ていた。自分の気配を分かるように何度も気を送っていた。部屋の鍵を開けて欲しい為にだ。それが出来ないのなら窓でも開けてくれれば、部屋の中に入る事が出来る。今も、早く会いたい為に、意味が無いのは分かっていたが玄関の扉を引っ掻いていた。だが、建物の玄関であり、部屋の扉でない為に二人には伝わって無かった。
「うううっ、何で開けてくれないのだろう。俺が近くに居るのは分かっているはずなのに、何故なのだろう。ひょっとして、監禁されているのかな」
そして、又、どうすべきかと建物の周りをうろついていた。何周目だろうか、歩き疲れたのだろうか、玄関の前で丸くなり眠ってしまった。
(父さん、母さん)
 寝言で判断すると、幼い時に亡くなった。二親の夢を見ているようだ。恐らく、自分の姿と同じように、父は、牙があるライオンのような大きい猫と、牙が無いだけが違う大きい猫だ。そして、時々、身体をくねらすのは、二親に身体を嘗められているに違いない。まあ、人間で例えるならば、転んで泣いているような些細な理由で、駄々をこねて、親を困らせているのだろう
「天、歩けるだろう。ご主人様が待っているのだ。少しでも早く着かなければならない。分かるだろう。天、泣き止んでくれ、もう少しで着くはずだから歩いてくれよ」
「お父さん、少し休みましょう。天、休んだら歩けるわね」
「そうだ、天、黒飴が好きだったな、黒飴か分からないが何か飴を貰ってきてやろう」
「お父さん。力を使って良いの」
 母猫が不審そうに夫を見つめた。
「だから天、もう少し歩けるな。民家があったら貰ってきてやるからな」
「天、お父さんが飴を貰ってきれくれるって、だから、もう少し歩こうね」
「仕方がない、母さんや歩こう」
 そう言うと、父は、息子の首を銜え歩き出した。だが、獣道から外れ、街道に入り民家の方向に歩き出した。まあ、夢だから直ぐに民家が現れたが、天も泣き続けていたのだから、どの位歩いたか記憶は無いはずだ。そして、天は飴が食べられたからか、人間に姿を見られても驚かれなかった。その驚きなのか、自分でも憶えてなかったが、嬉しくて、御主人に会うまで泣いた記憶が無く、そして、術や狩の話しを聞いたのを思い出していた。
「そうだ。催眠術を掛けて、この扉を人間に開けてもらえばいい。そうしよう」
 様々な昔の記憶を思い出し、良い考えが浮かんだからか、それとも、その後の事を思い出したく無いからだろうか、直ぐに行動を起こした。
「確か、人間語で、ヴァと言えばよかったはずだ。そして、指示を伝えるはず」
 誰に、術を掛けようかと、通り過ぎる人に視線を送り探していた。
「やはり、女性がいいな。それも一人で歩いている人がいい。う~ん、誰にしよう」
 しばらく、キョロキョロと見ていると、一人の女性が、天猫の所に向かって来た。猫がキョロキョロしながら鳴いているから興味を感じたのか、それとも、この建物に用事があるのか、それは分からないが、天猫も、その女性に術を掛ける。そう決めたようだ。
「どうしたのかなぁ。子猫ちゃん」
(今だ)
「ヴァ」と声を上げ、そして、(術を掛かれ)そう、念じた。
「えっ」
 女性は、術が掛かったのだろう。立ち尽くした。
(術がかかったかな、ええっと、ここで猫語だったはず。人間語だったかな、子供の時の記憶だからなぁ。駄目だったら人間語でやり直せばいいや)
「私の言うことを記憶しろ。我を抱え、この建物に入れ、そして、右側にある扉を叩き、我と共に部屋に入るのだ。そして、我がヴァと言ったら、全てを忘れ、帰るのだ」
と、猫語で話し終ると、「ヴァ」と声を上げた。そして、女性は
「おいで、おいで、中に入りたいのね。入れてあげるからおいで」
「にゃにゃ」
 その声が合図のように天猫を抱えた。
「いい子ね、いい子ね。入れたわよ。ん、まだ、抱っこして欲しいの」
 何度も、猫の頭を撫でながら建物の中に入った。直ぐに床の上に下ろすつもりだったのだろうが、衣服に爪を引っ掛けられてどうしたら良いか考えていた。
「私ね。用事があって来たのよ。仕方ないわね。一緒に行く」
「にゃ」
「そう、そう、嬉しいのね」
 又、猫の頭を撫でると、扉を叩いた。表札には、山田 省吾、探偵事務所。と書かれていた。その名前は、山田 海の父の名前だ。
「変ねぇ。誰も居ないのかしら」 
 又、扉を叩くと、中から声が聞こえてきた」
「ああ、いらっしゃいませ。直ぐに開けます。待っていて下さいね」
「ああ、はい」
 初めてのお客なのだろう。驚きもあったと思うが、対応が分からずに、沙耶子は扉を開けもせずに大声を上げた。それに、釣られたのだろう。女性も大声で返事を返した。
「いらっしゃいませ。どうぞ、中に入って下さい」
「あっ、はい。失礼します」
「にゃにゃにゃ」
「ああ、もう、抱っこは嫌なのね」
 天猫を、そっと床の上に下ろした。
「うわぁ可愛い、子猫ですね」
「私の猫ではないのよ」
「そうなのですか、あっどうぞ、立ったままでなく、腰掛けて下さい」
「あっそうですね。ありがとう」
 二人の女性の周りで、天猫は、何度も何度も大声で鳴き叫んでいた。
「ヴァ、ヴァ」
(何でなんだ。術を解いたのに何故、帰らない)
「あっ、そうそう、美味しい紅茶があるのです。ちょっと待てて下さいね」
「あっあのう」
「そうそう、猫ちゃんには、ミルクを上げるわね。そんなに鳴かないのよ」
 そう言うと、沙耶子は、女性と天猫の様子を勝手に自分で判断して台所に向かった。そして、先に天猫にミルクを与え、三つの紅茶を用意した。
「海さん、どうぞ」
 机の上に、そうっと、紅茶を置いた。
「あ、あ、り、が、とう」
「美味しそうな紅茶ね。頂きます」
「ねえ、ねえ、どのような用件で、いらっしゃったの」
 海が珍しく返事を返したと言うのに、その事よりも、初めて訪れた。お客の方に興味を感じていた。
「あ、あの、その、お願いしたい事があります」
「そうなの、何でしょう」
「ええ、その、猫を探して欲しいのです」
「ねこ、猫ですか、ええ、あの、すみませんが」
「ここの探偵事務所の噂を聞いて来たのです。どんな事でも真剣に相談を聞いてくれて、解決をしてくれる。それが、子供の話でも、親身になってくれるって聞いたわ」
 困った顔をされて、自分の相談を断られる。そう感じたのだろう。一気に話し出した。
「それは確かに、そうなの。ですが、その話は先代の事なのです。今は、息子が後を継ぎまして、何て言っていいか」
「お金の事を言っているのですね。猫は、私の家族です。どんなにお金が掛かろうとお金は払います。心配しないで下さい。信じられないのなら前金を払いますよ」
 顔中を真っ赤にしていた。恐らく、動物の病院のように、先払いをしなくては何もしない。そう言われたと感じたのだろう。
「あああ、ごめんなさいね。お金の事ではないのです。私が言いたかった事はですね。始めてのお客さんなのです」
「はい、そうです。初めて相談しにきました。それが、何か?」
「そうでは無いのです。先代が亡くなり、息子が探偵を開業してから、貴女が始めてのお客さんなの。それで、依頼が完遂した成功例はありません。勿論、完遂するまで、捜索します。それは、心配しないで下さい。それを、承諾して欲しいのです」
「そうなの、今の話を聞いて安心しました。息子さんも優しい人なのですね。それに、本当に、私が初めてのお客なら親身になってくれそう。だって、私の依頼を完遂しだいで、これからの探偵業の宣伝になるのでしょう」
「まあ、そうなりますわね。それで、本当に宜しいの」
「はい、お願いします」
「それでしたら、このノートに名前、住所、猫の特徴、最後は何所で別れたか、詳しく記入して下さいね。あっ、それと、今写真とかありますか、あれば、お借りしたいわ」
 書き終わると、バックの中から写真を取り出した。
「斉藤 恵利子さんって言うのね。一人暮らしなの。それで、帰宅して、直ぐに猫、シロちゃんを散歩に出したのね」
 恵利子が写真を取り出す間に、ノートの記載を読んだ。
「違います。私は、家に閉じ込めるような飼い方はしないわ。近所に親が住んで居るから、仕事に出勤する時は、親の家に預けてきますわ」
「そうでしたか、済みませんでした」
「もういいですよ。分かってくれれば、あっ、これが、写真です」
「はい、拝見しますわね。うわあ、本当に真っ白で可愛いわ」
「ありがとう。でも、日本猫の雑種なのよ」
「可愛い物に、雑種とか血統証は関係ないわ。そうでしょう」
「そうですけど、探偵を雇う程の猫かと、言われるかと思いましたわ」
「安心して下さい。初めてのお客さんですから格安で探しますからね」
「本当ですか、ありがとう。でも」
「安心して、本気で探しますわ」
「ありがとう。お願いします」
「今日から探しますから電話を待っていて下さいね」
「はい、ありがとう。待っています。お願いします」
 恵利子が、席を立ち帰ろうとした。
「あああ、ちょっと待って、この子猫どうするの?」
「そうよね。ここに置いていったら困るわね。でも、飼い猫みたいよ。たぶん、この建物の誰かが飼っている猫と思うわ。玄関の前で鳴いていたから家に帰りたい。そう思って入れてあげたの。邪魔よね。なら、私が飼い主を探しますわ。このビルと思うから」
「そう、それで、泣き止まないのね。おいで子猫ちゃん。家を探してあげるからおいで」
「待って、猫って捕まえようとすると逃げるから、扉を開けてあげたら出ると思うわ」
「そうなの、そうしますわ。ありがとう。
あっ大丈夫よ。この子猫も、恵利子さんの猫も探しますから安心してください」
「あっ、はい、済みません。お願いします」
 沙耶子に深々と頭を下げた。そして、
「さよなら子猫ちゃん。もう建物から出ないのよ」
自分の飼い猫と重なっているのだろうか、何度も何度も頭を撫でていたが、探偵の仕事の邪魔と感じたのだろう。名残惜しそうに帰っていた。
「猫ちゃんもお帰り。ん、どうしたの?」
 先ほどまで、敵意を感じる程の騒ぎ回っていたのに、今は、悲しい泣き声を一声上げるだけだ。そして、沙耶子を見つめていた。
「どうしたの。まだ居たいの。そうねえ、扉は開けておくから、好きな時に帰っていいわよ。お姉ちゃんは仕事があるから、またね」
 そう言うと、沙耶子は机に向かった。暫く、子猫は様子を見ていたが、自分に興味を持ってくれない。そう感じたのだろう。一声泣いた。恐らく、さよなら、そう言ったのだろう。そして、悲しそうに、沙耶加と海に視線を向け扉から出ようとした。
 次回の更新は未定です

第二章
真っ暗な部屋に朝日が照らされたお蔭で、室内の様子が分かるようになった。影の形で判断するなら、窓側に事務用の机が一台と、その向かいにもう一台があり。その二台で部屋を半分に仕切っているように置かれ、残りの半分には応接間のようにソワーが二台と長いガラスのテーブルが置かれていた。恐らく、事務用の机は簡易台所を隠すのが目的と思えた。このような室内の影は、まあ、何処にでも有るだろう。疑問に思うのは一番長くて細長い影が有るからだ。見た感じでは人か、等身大の人形と思えば納得するのだが、洋服屋でも無いのだからマネキンと判断するのは変だ。どのように考えても物を売る店、と、言うよりも事務所だ。それなら人だろう。そう思うだろう。真っ暗な部屋にいるのは個人の自由だが、まったく動か無いのだ。呼吸をしているのかは影では判断が出来ないが、 おかしな仕草をしている。まるで突然に時の流れが止まったかのような姿だ。
 そして、朝日が室内を明るくなるにつれて、それが、若い男性と分かった。はっきりと分かると、益々、その男性が人か、人形か判断が出来ない。何故だろう。そう思うはずだ。それは、左手に飲みかけの水が入っているコップを持ち、飲み終えて唇から離れて直ぐの状態だ。そして右手には、飲み終えた薬の袋を持っていた。本当に時が止まってしまったのだろうか、そう思うだろうが、そうでは無かった。正確に時間を知らせる。そう思えるほどの力強い時計の音が響いているからだ。
「ドンドン」
「俺様のお帰りだぞ。早く鍵を開けろ」
 建物の玄関の方から扉を叩く音が聞こえてきた。恐らく、酔っ払いが間違って扉を叩いているのだろう。
「ん」
 男は、その音と言葉を聞くと不審そうに顔を歪めた。そして、微かに身体も動き、これで人間と判断が出来たはずだ。
 それなら何故、この男は病気なのか、そう思うだろうが、そうでは無かった。この男は生前に父から渡された。遺言書と書かれた本。その本の通りにしか生きられない人だった。それだけでなく、人から命令をされなければ行動する事も食事を摂ることも出来なかった。それは突然に病気になったので無く、幼い頃、いや、生まれた時から自我が無かった。乳を与えるにも、母親が手元まで抱きしめ、口元まで導かないと駄目だった。それだけでなく、最後に命令のように細々と、口の開き具合から含み加減まで言い。そして吸って飲みなさい。と、言うように指示をしないと乳も飲めない赤子だった。それを見続けて育てた両親は、歳が取れば普通の子供のようになってくれる。そう思っていたのだが、七歳を過ぎても治らなかった。その事に悲しみと息子の事が心配になり、父がある本を作成したのだ。それが、遺言書と言う。それが本の題名だ。人として生きられるように思案をして作成した。それはロボットを動かすような計算式のような内容と、全ての事柄を思案しなくても良い。辞書のような物だった。両親は、まあ、特に父親が本のおかげで人間らしくなったはず。そう思い、一万冊、いや十万冊以上と思える数を書き残していた。まあ、母は、合っても要らない物で無いから何も言わずに好きにさせていたが、本心は友達と遊んで自然と治ってくれたと思っていた。
 それでも、今は、男の意識や自我は無い。そのように生まれた男を哀れと思い神が使わしたのだろうか、別の人間。いや、男の先祖で、男は生まれ変わりだった。ある男が意識を支配しながら夢を見ていた。それと同時に、友人であり旅の仲間でもある。旅の友の動物も同時に同じ夢を見ていた。まあ、それは夢と現実の合わさった物だった。
「凄く強そうな獣になった。あれを見たら静かも驚くだろうなぁ」
 鏡は、身体が無いからだろう。人々の夢の中を幽体離脱のように渡り歩き続けた。そして、やっと、昔の旅の仲間だった。天猫に会い。又、子孫であり、生まれ変わりの男の身体に戻って来た。 
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物語を書いて五年になりましたが、私は「左手の赤い感覚器官(赤い糸)と「蜉蝣(カゲロウ)の羽(背中にある(羽衣)の 夢の物語が完成するまで書き続ける気持ちです。
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