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第六章
 二人は、知らない世界に現れた。それも、地表から数センチ所に現れた。
 女性は意識が有った為に地表に立つ事が出来たが、輪は立てなく女性に寄りかかった。
「キャアー」
 女性は、突然の恐怖と、輪の手が胸に触れて、恥ずかしい気持ちと恐怖で、身体の機能が身体を守る為に動いて、輪を殴り倒していた。そして、正気に戻ると驚きの声を上げた。
「ここ何所なの」
 女性は周りを見たが月明かりしか無く、目が馴れるまで一点を見詰めた。目が成れてくると松明の明かりを、人魂と勘違いをして気絶した。女性が気絶せずに月を見ていれば、人工的な満月から新月に変わる姿が見えただろう。その正体は、輪の親が乗る月人の乗り物だ。この世界では天空浮船、かぐや姫の車、天の鳥船。その乗り物を見分ける事は出来ないが、人々は親しみを込めて言われていた。この世界では月からの乗り物だけではなく、地球の未来、他次元世界からと見慣れている物だった。女性の世界では他世界から来た。飛ぶ舟を見たなどと言えば。頭の横で指を回し呟くだろう。
「この人これ」
 そして、笑いながら立ち去る事だろう。
 この世界では親しみを込めて、省略して話題に上げる。
「あら、あら。かぐや姫のお帰りかな」
「それは無いでしょうね」
「それとも旅好きの尊様のお帰りかな」
「それなら仕事を早く終わらせて、尊様の話を聞きに行かないとねえ。
と、笑いながら話を弾ませる事だろう。
 月夜に浮かぶ月人の乗り物は、色から形まで亀をそのまま大きくしたような乗り物だ。
 大きさは四トンのトラック二台繋げた位で、重さも二台分とほぼ同じだ。見た目は、亀が千年生きたとしたら、これ位は老けると思うほど皺くちゃな顔をしている。甲羅は泥か砂で覆われ甲羅が少し見える程度だ。顔以上に年月を感じる。まるで化石のようだった。
「何故なの、今機械に反応があったのに、何処に消えたの?」
 亀の形の乗り物に窓でも有れば、中で人々が慌てている様子が見えただろう。特に、輪の親、冴子の目が血走り、気が狂ったかの様子だ。
「我々が来た事で、時の流れが狂い飛ばされたようです」
 遺言男の父親。訓は淡々と話した。
「そんな。導きの糸が赤くなれば、二人で飛ばされるはず。そうでしょう」
 冴子は一人で悩むと、仲間に尋ねた。
「斎さんのお子さんが、導きの人に会えたが想いを伝える前に我々が来たために、他世界に飛ばされ出会いから始まったのかも、それとも我々が来た為に、この世界の人と結ばれるはずが、強制的に別世界の、同じ遺伝子がある人の所に飛ばされたか、我々が来た為に、簡単に結ばれるはずが、時の流れが複雑になり、新たな障害が出来たか?」
 それともこの世から」
「もおおー。いい、いや、やめて」
 冴子は髪をかきむしり悲鳴を上げた。訓の慇懃無礼の話し方とやり場の無い怒りで興奮していた。訓は冴子の悲鳴でも話すのを止めない。冴子は、訓の首を絞める事で、何とか話を止めさせた。冴子は気が付いてないが、輪の夢遊病の原因は、訓の家族が原因だったのだ。ある意味、復讐を果たしたのだ。それでも、興奮は収まらず言葉を吐き出した。
「私の子は何処。私の子は何処・・・私」
 冴子は同じ言葉を話すが、声が段々と小さくなり落ちつきを取り戻した。
 亀船の中は、やっと静寂を取り戻したと言うのに、今度は機械音が響いた。
「この世界の時間の歪めが現れたようだ。冴子さんの息子さんかも知れない」
 訓の言葉で静寂が破れた。別の言い方があるだろうに、故意に気持ちを高ぶらせて遊んでいるかのようだ。冴子は瞬きもせずに呟き。その意味が分からないのか。言葉を探す為に幼い時の遠い昔まで遡って要るような時間を費やした。
「私の息子?」
「冴子。家に帰ろう。家で、息子の連れ合いの事を楽しみながら考えて待とう。糸も赤くなったのだから、それほど時間も掛かるまい。それに今顔を見たら、楽しみが無くなり帰って来るまでの時間が長く感じると思わないか。そうだろう。なあー帰ろう」
 斎は、妻の思いを変えようとした。だが、虚空を見詰め心が身体にないような妻に何を話して良いか。ふっと、息子が旅立った時に慰めた言葉が自然と口にしていた。
「十歳の時では、好きな顔と言えばお前見たいにふっくら顔の東洋系しか書かなかった。それが、年頃になると、急に月には居ない何洋系か分からない子供を書き始めた事を覚えているだろう。理由を聞いても答えてくれなかったが、もし、その子と結ばれるとしたら、どんな子になる。それにどんな美人だと思う」
 斎は笑みを作り、嫁と孫の想像を話した。
「私の時は貴方を月に連れて行くと、親がどんな顔をするのか一番の楽しみだったわ」
「なあ帰ろう」
 冴子は、始めの内は声が心に届いていないようだったが、自分の時と重なったのだろう。突然に笑みを浮かべ言葉を返してくれた。そして、斎は、妻が考えていると思い。少し待ち、声を掛けた。冴子は自分の親もこんな気持ちだったのかと感じて即答した。
「帰りたい。そう思うのは勝手だが、最後まで付き合ってもらいますよ」
 訓は不満顔で問いかけた。
「それなら確かめないで良いのですね。それでは、次は誰の順番でしたかな」
「あっお義母さん。私達が住んでいた家見てみます。私の母も見えるかも。此処からなら、それ程離れていませんよ。どうしますか」
 亀舟の乗員は若い時の事。今も外見は若いが、糸の導きの旅で他世界を狂わさないように行動しても、修正が大変だった事を忘れているようだ。特に聖は、輪の赤い糸を見たと言って、この世界に来る原因を自分が作ったというのに、自分だけ笑顔を浮かべて本当に嬉しそうだ。
「婿が、どの様な暮らしをしていたのか知りたいのは山々ですが、私達がこの世界に居ても大丈夫ですかねえ。斎さんはどう思います」
 義理の息子、聖の提案に、問いを掛けなければ今にも機械操作をして、その場所に行くのではないかと思い言葉にした。月世界では、好きな歳から始める第二の人生でも、それまでの記憶が有るはずだが、第二の人生が楽し過ぎて辛い過去を忘れてしまったのだろう。他世界で何をしても。今の自分達が修正をする事は無いが、少し昔を思い出せば分かるだろうに、修正しなくてはならない事を、それなら誰がするか。自分達の子がすると考え付かないでいた。
「私達は今すぐにも帰りたいのですが、約束は約束ですから、ちゃんと守りますよ。好きな所に行って下さい」
 亀船は移動している姿が見えた。世界を狂わす事を生きがいのように、冬眠する生き物がいれば、この音と光では強制的に覚めるだろう。まるで、真冬の深夜から真夏の昼のような変りようだった。もしも、導きの神が存在するのなら肩を竦めて、次のような事を呟くだろう。
「古代の月人が、いや、古代地球人が犯した罪で、時の修正をしなければ子孫を残せなくなったと言うのに。やれやれ、私が甘いのか第二の人生を与えた事が原因だろうか。しかし、三家族の内、二組は帰ろうとした。このまま好きにさせるか」
水の流れを感じない小河のような時間の流れが、亀船が動いたと同時に、突然に大きな岩が川に現れたように、渦を巻き、水飛沫が飛び散るように変わった。輪の周りに月の光が屈折して見える。気絶しているのに、身体が動いているように痙攣して見えた。まるで小河の渦が、水飛沫に巻き込まれた微生物のように感じられた。そして、女性を一人置いて、輪は消えた。 
 もし、この時に女性の意識が有れば、元の世界に返れると思い。輪の身体に触れた事だろう。でも、女性は動かなかった。もし女性の意識が有るなしに係わらずに身体に触れていたら、輪も、女性も。輪と係わった人々は、違う生き方をしていたはずだ。輪の取っては不幸な事。いや、嘘を付く必要がなく、両手の華。そう喜んだかもしれない。
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第五章
「・・・さん」
 囁くような声で聞き取れなかったが、笑みと口調から女性の名前と感じたのだろう。
「信じられない。膝枕をして上げているのに他の女性の夢の代理に使うなんて」
 女性は、自分が原因だと言うのに怒り声を上げ、膝の上の輪の頭を肘鉄でどかし、地面に叩き落とした。
「ううううっうう」
 目を覚ましたが、全身の痛みで一瞬息を止めた。何が起きたのか分からないが、痛みで声も出せないでいると、綺麗な手ふきが近づき顔に触れた。痛みと冷たさを感じると、同時に声が聞えてきた。
「大丈夫ですか」
 女性は声が聞えると誤魔化す事に決めたようだ。今にも泣き出しそうな顔。手は振るえ、身体全体が心配していますよと変貌し、瞳を潤ませ、搾り出したような声を上げた。
「何が有りましたの」
 女性は又変貌した。恥かしそうに首を少し横に傾けながら笑みを浮かべ、少女が異性と始めて話をするような声色で話を掛けた。
「私にも分からないのです。何故、身体中が痛み、寝ていたのか」
 輪は、女性の笑顔を見詰めた。笑顔は妖艶とも天使ともいえる笑みで、均整のとれている身体は言う事はなく。歳を問わずに男性総ての心を捕らえるだろう。勿論、輪も目を逸らす事も、他の事を考える事も出来なかった。
「此処に連れて来られたと言う事ですか」
 大げさに驚き回りを見渡した。
「そう言う事では無いのですが」
 段々と記憶が蘇ってくる。真っ先に思い出されたのは肉体の感覚だった。官能的な暖かさに、柔らかさ。まさか、目の前の女性に触れていたのか。顔が火照りだして、恥かしいような、済まないような気持ちになり。目線を合わせられなくなった。
「この近くに用事があるのですか。近くには私の家しかありませんよ」
 演技ではなく。眉まで寄せ首を傾げた。育ちは良いみたいだが、お頭が弱い。そうなのかしらねえ。それともいかがわしい事でも考えて、誤魔化しているのかしら。
 女性は顔色を変えずに考えを巡らした。
「私は在る人を探して旅をしています。此処には来たくて着た訳で無く。あっ攫われて来た訳では在りませんから。何て言えば良いのか、探している人が」
 二人が話していると、女性の家の方から車の光が見えた。輪は話を途中で止めて、女性と車を交互に見詰めた。
 女性は眉をしかめている。誰が来るのか知っているらしいが、顔色から判断すると来て欲しくない人らしい。これから何が起きるか時の流れに任せるしかない。今まで何回も時を飛んでいるのだから)そう、思案すると、車の光を見続けた。
「今から来る車ね。私の父だと思うから、もし父に何かを聞かれたら、「人を捜して旅をしています」後は、言い訳みたいに言わなくて良いわよ。それ以上何か言うと、私も貴方も困る事になると思うわ。お願いね」
「はい」
 女性の話しを聞いている内に、女性の顔が料理を作る血の付いた母の顔と重なり、恐怖を感じて言い返す事が出来なかった。
 女性の話が終わると、何も話さず車が来るのを見続けた。
「又なのか」
 月の光に照らされた。松の木と二人の姿を見付け、運転する男は呟いた。
 二人の指の数を全部数える事が無く、車が着いたが直ぐには下りて来なかった。車の光が消えると同時に男が降りて来た。その男は六十歳位で不機嫌そうな顔している。この時間なのに堅苦しい服装で、服装の乱れもない。輪の経験だと軍人だと感じた。この手の人には何を言っても話しが噛み合うはずが無い。先ほどの女性の話に納得して、父が何を話しても、女性の話の流れに任せる事にした。
「骨には異常は無い。傷は有るようだが大丈夫だろう。打撲だけだな。起きられるか」
 父は地面に寝ている輪の元に着て、体を調べ終わると、冷たい視線を娘に向けた。
「・・・・・・」
 娘は一瞬の間を措き、頷いた。
「君。この時間では泊まる所を探すにしてもこの身体では無理だろう。私の家に泊まりなさい。迷惑だろうと思う気持ちは分かるが、怪我をしている時は、声を掛けてくれる人の話を聞くものだ。分かったかね」
 女性の父は、先ほどまでは一区切りずつ話を選んで語るようだったが、今の話し方は別人のような感じと言うよりも、役者が役を演じると言うよりも、まるで使い慣れた言葉を話すように感じられた。
「起こすからお前も手伝え」
 輪の返事を聞かずに、親子は手馴れたように車の後部席に運んだ。
「すみません」
 輪は先ほどの女性の話を聞いていた為だろう。一言だけ口にして大人しく従った。
 車は直ぐに走り出した。女性の父が煙草を一本吸い終わると止まり、一人で車から出て行った。その後ろ姿を目で追っていくと、玄関を開けて戻って来た。視線は家で止まり不思議な造りの家と思いはしたが、言葉にはしなかった。輪は玄関が二つ有る家を見るのは初めてだった。この世界の伝統の家か新築らしいので解らないが、嬉しくなり傷が少し癒されたような感じがした。
「すみません」
 車から降ろす時は乗せる時と違い、死体でも降ろすような表情をされて、恐怖を感じ取り。自分を落ち着かせる為に声が出ていた。
「奥の部屋に床を用意してくれ」
 左の玄関に入ると直ぐに父が声を上げた。
「分かりました」
 父の妻だろう、直ぐに声が帰ってきた。
「床を用意していますから、此処に居てください。先ほどは暗くて解らなかったが、もう一度傷の具合を診ようと思います」
 父は薬品を捜しながら、言葉を掛けた。
 輪は部屋に入ると薬品の匂いはするが、何も無い部屋に驚いた。待つ間に部屋を見渡した。部屋は六畳位で、奥にも部屋が見えるがその奥は解らない。隣の部屋から音が聞こえてくる。床を用意しているのだろう。この部屋には生活感が無い。家が新築して荷物が来るのを待っているような感じがしたが、薬品の匂いに関しては考え付かない。不審に思い親子に視線を向けたが、女性に口止めされていた為に声を上げなかった。
「氷水と手拭を持ってきてくれ」
 父は部屋の隅に有る薬箱を持つと、思い出したように娘に声を上げた。
「あっ、それと何か着る物も頼む」
 父の声に返事を返さないが、一瞬振り向いたので聞えたのだろう。娘に声を掛けながら輪の手を回したり、足を動かしたりと一通り身体を診ていると、女性が現れた。
「大丈夫なの」
 輪は答えようとしたが、痛む箇所を触られて悲鳴を上げるのと同時に父が声を上げた。
「念の為に明日医者に連れて行く」
 女性は話を聞きながら父の側に行き、持って来た物を父の隣に置き、椅子に座った。
「その服に着替えなさい。食事が出来たら呼ぶから少しでも冷やしていた方が良い」
 父は話し終えると立ち上がり、娘に鋭い視線を向けた。先ほどから父の視線が何を言いたいかが死ぬほど分かる為に、輪の元を離れたくなかったが、今の視線には逆らえなく。父と部屋を出ようとした。時に、
「出来ましたわよ~」
 母の気が抜ける声が聞えた。
「私は、部屋の外に居るから着替えたら教えて。一緒に行くから」
 話の口調から分かったが、何やらほっとしているように感じられた。
「先に行くが、お客には言い忘れるな」
「分かっています」
 輪は、何故に親子が真剣な顔になったか解らないが、不安な気持ちで親子が部屋を出て行く姿を見続けた。
「終わりました」
 輪は着替え終え、診察室のような客間六畳から出ると直ぐに、真剣な表情で母の料理を残さずに食べてくれ、そう言われたのだった。輪は、喜んで返事をしようとしたが、女性の話は、まだ続きがあった。それは、母の料理は、この世の物と思えないくらい不味い。そう言われたのだった。それでも、死ぬ気持ちで食べて欲しい。返事をためらっていると、女性は、また、悲しそうに呟いた。母親は料理を作るのが何よりも好きだが、自分の出産の時に舌の感覚が麻痺してしまい。それを伝えると、母の笑顔が見られなくなるから隠し通してきた。それを聞くと、輪は喜んでうなずいた。
「お願いね」
 また、確認をすると、輪の体を支えながら八畳と六畳が並ぶ短い廊下の突き当たりの部屋。二世帯住宅の食堂兼居間に案内された。
「冷めてしまったわ」
 扉を開けると直ぐに話し声が聞えてきた。その声は女性の母の声だった。幼さが残る少女のような声色だったが、素顔が分からない程に頬を膨らませ、視線で人が殺せる目で見詰められた。
「もー食べられませんわ。折角作りましたのに勿体ない事ですわ」 
 身体は蛇に見詰められた蛙のように動けなくなったが、女性に手を強引に引かれて椅子に座った。その時には、父親は涙を流しながら美味しい、美味しいと呟きながら食事を食べていた。そして、女性も同じ様に食べ始めた。その様子を見ると、輪は、先ほどの話は冗談だと感じて、満面の笑みで食事の挨拶をした後に、一口食べたが、味覚の表現を考えられない程の不味さだった。
「あら、涙が出る程に美味しいのねえ」
 母と娘は同時に声を上げた。
 娘の方は本当の涙の理由が分かっているのだろう。輪の背中を叩き飲み込ませた。
「お代わりはありますわ。言って下さいね」
 女性の母は少女が始めて料理を作り、褒められた時のような笑みを浮かべた。
 輪は、母親が今の顔から鬼の目に変えないように食べ続けた。舌が味を感じる前に飲み込み、吐き気と息をする時は、「美味しいです」
と、声を吐き出す。その姿は女性の父とまったく同じだった。
「まあ、まあ、まあ」
「あっはは、お父さんとそっくりだわ」
(お母さん本当に嬉しそう。お代わりを勧めれば勧めるだけ食べてくれるからね。だけど、このままでは死んでしまう。母の料理を美味しいと思う人は母しかいないはずだわ)
「あら、これで終り見たいね。大丈夫です直ぐ作りますわ。待っていて下さいねえ」
 輪は、あまりの不味さに気を失い無意識で口に運んでいた。もし、母親の顔を見ていたら血の付いた自分の母の顔を思い出して、衝撃のあまり心臓が止まったはずだ。
「お父さん」
 止めてくれると思い。父に声を掛けた。
「君もそろそろ酒の方が良いだろう」
 父親のいつもの癖を言った。ほとんどの客人は食事よりも酒なら喜んで承諾するだろう。勿論、下戸でもだ。輪の場合は意識が無く、条件反射のように茶碗を前に出していただけだった。
「おお酒にするか。茶碗は粋じゃないぞ。母さん。一番大きい杯を持ってきてくれ」
 母親が料理を作る為に席を立つが、止めさせる為に父が声を掛けた。母は頬を膨らませながら返事を返し、杯を持ってきた。輪は意識が無いのだが無意識で杯を受け取ると、直ぐに父親は酒を注いだ。それを、輪は一気に飲み込んだ。味覚は麻痺して分からなかっただろうが、その酒はアルコールの純度の高い酒だった為に、杯の酒を飲み終わると仰向けに倒れてしまった。
「お父さん」
 父に大声を上げて、輪の容態を確かめた。
「急に倒れて寝てしまったよ」
 父は悲鳴のような声を上げた割には、笑っているように感じられた。
「お父さん。医者を呼ばなくて良いの」
「大丈夫だろう。規則正しい寝息をしているから部屋で寝かしなさい」
 娘の心配する顔を見て、父は微笑みを浮かべて話した。
「お母さん。私、風呂に入ってくるから、後で部屋に連れて行くの手伝って」
 輪をそのまま寝かしたまま、女性は風呂に、そして、夫婦の楽しい会話だけが部屋に響いた。
「お父さん寝てしまったの」
「そう、寝てしまったわ」
 母親が困っていると娘が風呂から上がってきた。
「後で。お父さんもお願いね」
「はい、はい。重い、お母さん手伝ってよ」 
 二人の女性は微笑み浮かべた。母と娘は父と輪を部屋に運び終えると、女性だけが部屋に残り、怪我をさせた償いだろうか、輪の顔を冷やしていた。
「ごめんね。ごめんね」
 女性は小声で何度も囁いた。
「ありがとうね。ありがとうね。お母さんの料理をあんなに食べた人初めてよ。お母さんがお代わりを作ると言った時は驚いたけど、嬉しそうな顔は久しぶりに見たわ。ありがとうね」
 女性は、腫れている所を冷やしながら嬉しいのか、悲しいのか、解らない表情で呟いた。
「うっうっうう」
「お母さん」
 輪は苦しそうな声を上げた。すると、身体の部分の箇所が透けたり、透けなかったりし始めた。女性には痙攣しているように見えたのだろう。痙攣を抑えようと触れたまま、大声を上げて助けを求めた。扉の方を見詰めながら助けを待っている時だ。輪の身体は全てが透けた。人型の窓のように夜の森が見える。そして、吸い込まれるように別の世界に二人は飛んだ。 
 突然だろうが、輪が食事を食べた事で修正が終わったのだ。何故、そう思うだろうが、母親は引きこもりに近い状態だったが、輪の食べっぷりを見て新しい料理を考えたのだ。それで、外出をすると、気持ちが解れて引きこもりも直り、近所、友人たちが料理の犠牲になる。輪が、この世界に来た事で、違う時の流れに変わったのだ。
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 第四章
 男は数日後で二十歳になる。その日が来れば糸の導きの旅に出る事になる。そうなれば親とも生まれた月にも帰れなくなる。それなのに今まで育った月での想いを心に刻む事ではなく、今まで夢に見ていた世界の女性や話に聞く景色ばかりを思い浮かべ、夢遊病のように常に足が地に付いない状態に見えた。それとも悩みでもあるのだろうか。恐らく、今いる場所も分からないだろう。此処に来られたのも生真面目に、起床、就寝時間から始まり訓練所の行き帰りのまでの歩数に、扉の開け閉めまで数十年間一秒も狂い無く生活をしてきたお蔭で来られたようだ。
「他世界に入ると、運命の人が居ようと居まいと、その者がその世界に入る事で時間世界の均等が崩し、起こした事により、他世界での滞在の年月が違う」
 託児所のような騒がしい教室の中で、講師は資料をめくりながら話しをしていたが、その資料は話す内容と違っていた。
「ねえ、武叔父さん。お爺ちゃんになるまで、その世界に居る時があるの」
「先生と言いなさい。これから話すから」
 講師は呼び方よりも、話しを聞いていた事に驚いたように感じられた。
 今居る訓練所の講師は、施設を使用する者が教える規則になっていた。教えると言っても生徒の年齢が十九歳までと決まっているだけで、子守と監視と言っていいだろう。
「他世界入ると、人々と同じく歳を取り外見も同じように老けるが、子供を残すまでは死ぬ事は無い。世界の均等の修復を終われば別の世界に飛ばされて、二十歳又は、その世界の適用できる年齢に戻るが、運命の人が見付かるまで、永久に他世界の移動を続けなければならない」
 今も講師は資料をめくりながら話しをしていたが、資料に興味深い事でも見つけたのだろうか。話しが途切れると、「世界の均等の修復」と、教室中に問い掛ける声が響いた。
 講師は驚き資料から目を離して、子供達に視線を向けた。
「その意味か。言い方をかえよう」
 講師は資料を閉じて、ようやく講師らしく話し始めた。
「他世界では虫一匹でも殺せば世界が狂ってしまうが、少しの物事なら自動で修復してくれる。だが、必ずと言って良いだろう。自分で修復しなければならない。これがその意味だ。ついでに言うが、次元世界一の科学力有る月での知識は、身に付けても他世界を狂わす可能性があるから意味がない。まして、月での常識は通じないぞ。何を覚えれば良いかなどないのだ。だから、旅立つまで、好きなように遊び、思い出を作りなさい」
 講師は、男を見た。姿勢正しく椅子に座り、聞き入っているのか、それとも、寝ていると思い。起こそうと声を掛けるが、言葉は返さず。人形のように瞬きもしなかった。その様子を見て、皆は慌てた。病気か。それとも死んでいるのか。訓練所全体で騒ぎ出したが、最低帰宅時間が来ると瞬きを始めた。正気でも、その時間は解らないはずだが立ち上がり歩き出した。
 周りが騒いでいるが、気が付かずと言うよりも、心が訓練所に、いや月にもいると思ってない。操り人形のような行動をしていた。人々はその姿を見て、死人が動いていると感じた。
 男が帰宅すると、家の周りでは、心配する者や野次馬が押し掛けていた。二親はその対応に追われて、十数年間初めて夕食が遅れたが、男はその間、苦情を考える訳もなく。人形のように椅子に腰掛けて待っていた。
「ごめんなさいね。直ぐに用意するから」
 家の周りは未だ騒がしいが、冴子一人が笑みを浮かべ家に入って来た。皆から悪戯が大事になり怯えているだろうから、安心させなさい。そう言われたに違いないが、扉を開け息子の顔を見るまでだった。言葉は返らず。息子の顔色を見ながら調理場に向った。調理の音を立てながら泣いていた。
「後、幾日しか無いのよ」
 目から一粒の涙が零れ、呟いた。
 この女性は冴子と言い。男の母だった。嗚咽を堪えるような作り笑いで料理を並べたが、息子は表情も変えなかった。
「お父さんは皆と外で話しがあるから、先に食べていてくれって。食べて良いのよ」
 独り言のように呟くと、暫く息子を見詰めていたが、料理が冷めると思ったのか。一人で食べようとした。
「頂きます」
「い、た、だ、き、ま、す」
 今まで声を掛けても反応しなかったが、食事の挨拶を呟くと、機械人形の動力が切れかけた動きと声を上げ、食べ始めた。
「輪。気が付いたのね。もう心配したのよ」
 初めて赤子の顔を見た時のような、微笑を浮かべ訊ねたが、一言も返さず食べ続ける。食べ終えると、又、夢遊病のように風呂に入り寝てしまった。
「何でこんな風になってしまったの。月では病気など無いのに。旅にも行かずに、このまま死んでしまうの」
 悲しみに耐えられないのだろう。独り言のように問いかけた。
「輪。劉さんが、煎餅を持ってきてくれたぞ」
 斎も家に入り。連れ合いの悲しみの表情で、息子が治ってないのが分かった。そして、妻の心を和まそうと言葉をかけた。
「煎餅を食べるのだろう。紅茶を飲むのなら、薬草を取ってこようか」
「あなたが最終日には元に戻る。そう言うから任せたのに、どうするの。明日が最後なのよ」
 立ち上がろうとしたが、声を掛けられ座りなおした。
「すまない」
 息子の容態が変わらないからだろう。夫に対して、完全の八つ当たりである。
「今からでは、明日の料理には間に合わないわ」
 冴子は、酒でも飲んでいたのだろうか、今度は泣き出した。
「私も手伝うからなあ。なあ」
「本当ね。本当なのね。なら、今から用意するわ。あなたは、倉庫から野菜と肉を持ってきて」
 冴子の指示にしたがい、倉庫にある野菜、肉を全て持ってきた。そして、指示にしたがい容器に料理や野菜や肉を刻んだ物を入れていた。
「私の時はねえ。一週間は月での思い出を作ったのよ。ほんとにっもぅー。劉さんの写真を見たでしょう。劉さんなんて一月よ。月世界ではねーもー。菓子だけで終わったら、どー、するのーよー。料理はまだ半分なのに、明日までもー。もおー。ほんとにっもぅー」
 冴子は自分で何を言っているか分からないようだ。たが、斎に当り散らしながらも、料理を作る手は休めないでいた。
 斎は妻の後ろ姿を見て、劉が家に来た時の事を思い出していた。
「言いですか。今日一日何が有っても。はいとも、いいえとも言うなよ。ただ、ああと答えていれば、何事も無く終わるはずだから。あっ、息子さんに、これ持って来たから」
 劉は、この世にありえない者を見た思いを思い出したように、青い顔して、此処に居ると命の危険を感じるような話ぶりで、自分が持ってきた物を手渡して、逃げるように帰っていった。
「あのう」
 斎は妻の後ろ姿を見て、料理を作ると言うよりも獣と格闘しているように感じた。
 それで、本当に料理を作っているのか聞こうとしたが途中で止めた。今声を掛けると身の危険を感じたからだ。予感と同時に父の話が思い出され、身体に寒気が走った。
 幼い時に、飼い犬に噛まれた事があった。理由は忘れたが、確か自分が悪かったはずだったが、気持ちが収まらず報復を考えていると、父親に諭された事があった。
「お前に噛み付いた犬が特別危険と言う訳ではない。犬や獣は食べている物を途中で取り上げると、噛み付くのは当たりまえだ」
 あの時の話は、私を説得しているように感じられなかった。噛まれた時も始めに声を掛けたのは犬にだったなぁ。此処で何か声を掛けると、想像できない事が起きる予感がした。私が悪かった事だったが、もしも、誰かにこの事を話して、私の思っている答えが返ってきたら、そう思うと怖かった。それからは、自分に身の危険を感じると思い出すようになった。今回も自分から係わらなければ、心も体も傷が付かない。何事も起きないはず。と、考えていた。
何を言われても、「ああ」と呟くだけでいい。
(劉さんも今の気持ちを味わったのだろうな。これで、煎餅が無かったと考えると怖くなる。劉さんには、心からの御礼をしなければならないな)そう心の中で思った。
「ふっ。はーあ」
 斎は溜め息を漏らした。二親は、昨夜から起きていた。
「おはよう。一緒に食べようと思い待っていたぞ」
 拷問から解放されたような顔をして、冴子に聞こえるように大声を上げた。
 輪は機械人形のように歩き、席に着いた。螺子巻きが切れ掛けたような動きだ。
「朝食の前に、輪に食べさせたい物が有るのよ。美味しいのよ」
 冴子は、斎に接する態度と息子とは、鬼と仏ほど違い、口調は幼い子供に話すようだ。
「・・・・・・」
 輪に物を目の前で見せても、話しを掛けても息をして無いような無表情だった。
「駄目だ、食べよう」
 斎は俯きながら、冴子に話し掛けた後、嗚咽のような声を呟いた。
「頂きます」
と、辛うじて聞き取れる声で、冴子は俯いたまま、涙をボタリ、ボタリと流し。祈る気持ちで、夫と同じ食事の挨拶をしようとしたが、言葉にも声にもならなかった。
「い・た・だ・き・ま・す」
 輪は、食事の挨拶の言葉で反応し、声と体が動き出したが、今まで以上にかすれた声を途切れ途切れに呟いた。機械人形が、もし、死ぬとしたら、この様な声を吐きながらだろうと感じられる。手の動きも止まりながら、口元まで運べると思え無い。そんな動き方だ。そして、役目をかろうじて果たし、手は、口に入れられた食べ物の残りを持ち、動きは止めた。
「パリ、ポリ、カリ、パリ、カリ」
食べ物を口に入れ、舌が味覚を感じた。すると、機械人形が人間になる様な感じに、青白い肌が口元から赤みが広がり始め、食べ物を噛むほどに目の色、微笑みと、人らしくと言うよりも、物が人間になっていく感じがした。
二親は息子が別人の様な片言の挨拶を上げ、煎餅を食べる姿を見ずに頷いていた。
「駄目だった」
「うっうげほ。うっ、うげ、ほげ、ほ」
 斎は一言上げ。冴子は声も出ずに、悲鳴のような嗚咽を漏らした。
二親は輪が死んだと、同じに思い。目を瞑ると、自然と今までに一番嬉しかった事や驚いた事は、息子の事ばかり。夫婦は笑みを同時に浮かべ、それを見ると、心の中で同じ幻影のような夢を見ているように感じられた。
思い出の幻影や夢は段々と遡り、息子の産声の場面で、耳に、息子の大声が聞こえた。
「これが、せんべい」
口に入れた物を全て食べ終わると、全身に赤みが広がり終え、輪は大声を上げた。
その言葉は、二親には産声と感じた。
「生まれた」
と、斎は大声を上げた。夢の中での産声と息子の声とが重なり驚きを感じだ。
「そうよ。美味しいでしょう。劉さんが作ってくれたのよ」
 冴子は夢と現実が分からなくなり。口を開けたまま、何が起きたかを考え、微笑みを浮かべ、息子に返事を返した。
「美味しいよ。美味しいけど、涙が出るほど美味しいかなー」
 輪は首をかしげながら訊ねた。
「お前が」
 斎は、冴子が首を横に振るのを見た。話すなと感じ取り、話を途中で止めた。
「今日で最後よ。好きなら好きなだけ食べなさい」
 冴子が話し掛けた。輪が、今まで二週間の事を憶えているか、輪の顔色で確かめた。
「最後、何が」
 輪は少し考え、首をかしげて聞き返した。
「今日が、糸の導きの日よ」
 冴子は二週間の苦しみと悲しみが、顔に表れ悪魔の様な笑みを浮かべた。
 そして、笑いをこらえた。そんな話し方をした。
「今日、な、何で?」
 輪は、母に聞こうとしたが、恐ろしい顔を見て直ぐに、父に顔を向けた。
「ああ」
 斎は、息子に目で訴え掛けられたが、冴子の顔を見て恐怖を感じ、一声を上げて頷いた。
「何も聞かないから普通に戻ってよ。今日が最後なのでしょう。何日かの記憶が無いのは気に掛かるよ。それより、母さんたちの事が心配で旅に集中できないよ。もし、出来るなら、母さんの料理を食べ尽くしたい。多次元の事で参考になる事も聞きたいしねぇ。良いでしょう。母さん」
 輪は、瞳から涙が零れそうな目を母に向けて、くぐもる声で話した
「話は後にして、朝食にしましょう」
 冴子は、輪の話で気分が良くなり、先ほどの顔と比べれば、天使の様な微笑みを浮かべた。
「母さん」
 輪と、斎は同時に言葉を吐いたが、言いたい心の中の気持ちは違っていた。
「二人してどうしたの。汗なんか掻いて、温め直すから、二人で汗を流してきなさい。急がなくても良いからね」
「・・・・・・」
 二人は声を出そうとしたが、冴子は又、先ほどとは違う悪魔の様な笑みを浮かべた。
その為に又、恐怖で冷や汗を掻き、二人は無言で浴槽に向かった。
「味を確かめないとね。濃くはないと思うけど、涙で見えなかったのよねえ。今日の食事を想い出にすると言われたのですから。もしも、隠し味が入っていたらと思うと、確かめないとねえ。だけど、何で汗を掻いていたのかしら。ううむ。私は助かったけど」
 独り言を呟いている時に、浴室から笑い声が聞こえてきた。
「好かった。ホントにっもぅー。味を確かめているのに、又、隠し味が入っちゃう」
 浴室からの声を聞き、嬉涙をポツリ、ポツリと流しながら、独り言を呟いた。
「とん、とん、こと、こと」
 浴槽に、調理をする音が響いてきた。
「輪、調理をする音が聞こえるだろう」
「うん」
「父さんはなぁ。この音が目覚まし時計として起きているのだぞ。ああ、勘違いするなよ。冴子が恐ろしい料理方法ではないぞ。生き物はなぁ。特に人は、熱、音、匂いの三段かで目覚めるのが体に良いのだぞ。太陽熱で冬眠から覚める生き物のように、程よい暖かさと、調理の音は、小鳥の春のさえずりの様な音で耳をくすぐる。料理の匂いは、花々の春の匂いに、羽虫が花に惹かれる様な香りで、嗅覚をくすぐるのだ。これが、理想の目覚め方だ」
 父の話を聞いて、母の料理の音を聞いても同じ様な気持ちにはならなかったが、でも、父の話の通りなら気持ちが良い朝になるだろう。そう感じた。そして、風呂から上がり、朝食は男二人だけで食べえていた。冴子は、息子の為に、昼と夜の料理の為に夢中になっていた。その為だろうか、料理は可なり香辛料の効いた食べ物だった。それで、冴子が立って居た調理場からの甘い匂いには気が付かなかった。男二人は朝食を食べ終えて、お茶を飲みながら話をしていると、今まで一度も話題にしなかった。斎の花畑が見たい。そう言われたからだ。
「どうしてだ」
 斎は尋ねた。視線は途中で息子から、連れ合いに視線を送った。
「別に理由は無いよ。ただ何となく花畑が見たくなっただけ」
 妻に用事が有るか尋ねようとしたが、様子か変だと感じたが、まだ眠いのだろうと思い、何も言わずに連れ出す事にした。
 輪は先に玄関を出て、開いている扉から父を催促するかのように見ていた。
 斎は靴を履き、靴箱の上に有る鍵掛け箱から玄関の鍵を取り、いつもの癖をしていた。
 癖とは鍵を取り出すと、鍵束の輪を右の中指に掛け回して音を立てる。
「シュウ。カチャン。シュウ。カチャン」
 斎は合図を送るように何度も鍵束で音を立てる。そして、何度も母を見る為に振り返り名残惜しそうに扉を閉め、玄関を出た。それほどの興味とは何だろう。そう思うだろうが、それは、無事を祈る。冴子の接吻だった。
 冴子は鍵音に反応する可のように、壊れた時計の針のように、首を父に向けたり、虚空を見たりを繰り返しの仕草をしていた。
「ギイイ。バタン」
 扉が閉まる。その音は合図だったのだろうか、冴子は動き、椅子に座ると、虚空を見詰めていた。その動きは操り人形の糸が切れて、偶然に椅子が有り、座ったと思う動き方だった。
そして、少し時間が経つと、調理場の方から音が聞えてくる、目覚ましのような大きな音。
「チィン。チィン。チィン」
と、音が室内に響いた。冴子は首を左右に振り、音と匂いの元に向かった。
「あれ、パンが出来ているわ。何でかしらねぇ。え~と」
 冴子は、目を大きく開けた。今起きたのだろうか、それとも、パンに驚いているのだろうか。そして、少し考えていたが、匂いに負けて考えるのを止めた。
「わあー。いい匂い。朝食の時よくあるのよね。食べたい物が出来上がっているのって、お父さんよね。私の分まで料理作ったの。まあー、そこが良いのよねー、えへへ。本当に優しい人、明日から二人きりになるわねー。ぐっ、えへへ」
朝食の後片付けをしながら、二人が聞いたら腰を抜かすような言葉を吐き、これ以上ないほど顔を崩し、涎まで垂らしていた。自分の妄想で恥かしい気持ちを隠す為に、食卓を叩き皿が落ち割れるまで、夢を見ていた。
「今日は何の紅茶にしましょう」
 食欲に意識が行き、周りが見えていないようだ。自分が壊した皿などを器用に避け、朝食の用意を始めた。
 もし、家の周りに集まった野次馬が、冴子の独り言や朝の出来事を前から見ている者が要れば、あの輪の行動が月人全員に広まる事は無かっただろう。ただ、「親子だね。」と笑い話で終わっていただろう。
 その頃、父と子は、花に水や花の手入れをしていた。斎に言わせると作業ではなく、子育てをしている。と、真剣な顔で話すだろう。
(何があったか、聞いてみるか)
 朝の入浴で絆が深まったと思ったのだろうか、心の中で思案していた。
「休憩にしょう。お前の下に有る薬草を摘みなさい。紅茶に入れるから」
 斎は水撒きを途中で止めて話を掛けた。
「お父さん。これで良いの?」
 斎の目線に入らないはず。だが、全ての花や薬草が何所に有るか解るかのように、的確に指示を出した。
「そうだ。十枚ほど取りなさい」
小さな物置を兼ねる小屋から、手招きをして輪を呼んだ。
「ここ数日、何か考え事をしていなかったか、純粋な月人では無いが答える事は出来ると思うぞ。悩み事を言ってごらん」
 息子を椅子に座らせると、薬草を洗いながら話を掛けた。
「悩み、悩みねえ。うっ、ううっう」
 父が真剣な顔で話すので、考えこんだ。
「悩みと言う、悩みはないよ。如何してもと言うなら、父さん達が煎餅を食べたいと言った事位かなあ。どの様な食べ物なのか考えていたよ。それ位かな」
 輪の記憶の中では昨日の事でしかない為に不思議そうに呟くしかなかった。
「えっ」
 輪の数日の行動を見れば、誰でも世ほどの事が有ったと思うだろう。それで、斎は、息子に訊ねたが、帰ってきた言葉が予想と違い驚きの声を上げた。
「母さんがね。旅に出掛ければ一生会えなくなるが、連れ合いが見付かると、月の導きで一度だけ月で会える。その時に、土産物は煎餅が良いなぁって、お父さんも食べたいと言ったから、どれほど美味しい物なのかなぁーって、少し考えていた。それだけ」
 輪の記憶の中では、一昨日の事だ。親が忘れて要る事で大声を出すが、話の最後は済まなそうに、頭を下げ途中で話を止めた。
「どうした」
 済まなそうな顔をして聞いていたが、突然言葉が切れて。又、病気が始まったと思ったのだろう。席を立ち息子の元に行こうとしたが、声が聞こえ肩を落とした。
「父さん。母さん楽しみにしているけど、お土産物は月に持ってこれ無いって」
「そんな事を誰が言った」
 斎は掴み掛かる勢いで声を上げた。
 息子の話を聞くと、月人の中でも問題の家族だった。その家族は他人の話を全く聞かない。それでも、人とは付き合わずにひっそりと暮らすなら問題がないのだが、そうではなかった。何かの事件があると必ず原因は、その家族なのだった。関わらなければ済む。そう思うだろうが、口が達者と言うか、暇があれば話をするのだ。それも、三人家族の全てが、知識があるから問題だった。知識でも、噂話でも、会話では誰も言い負かす事が出来ない。一言、言葉を掛けると百は言葉が返ってくるのだった。そのような家族と話をして、息子が自殺しなかったのが安心だったが、自我が崩壊するほど、言葉を掛けられて夢遊病になったと分かったのだった。
「息子よ。安心していいぞ。煎餅は持ってこられる。勿論、時の流れが違うと言っても腐る事も、消えることはない。それは、髪が伸びたり縮む事はないし、着ている服がぼろぼろになったりしないと同じだ。それに、煎餅が無い世界もあるだろう。その地で煎餅の話題や作り方を教えれば確かに時の流れは変わるだろう。だが、輪が、その世界に入るだけで世界は変わってしまうのは分かるな。それを修正しないと他の世界に行く事が出来ないのだぞ。何か問題があれば修正すればいいのだ。難しく考えるな。ああ、あの親子の口癖も合ったな。確か、他世界では、ある人物が王の世界と、死んでいる世界が在る。そして、自分から世界を変えようとして入ると、殺そうと思う人物は死んでいるか、存在していない世界に入るはず。だから、何をやっても世界は変わらない。また、何かを作ろうと行動しても、全てが先に起こり。何も出来ないはず、連れ合いを探す旅は、その世界を、自分の思う世界に変える世界だ。例えば、煎餅職人になれる世界。または、自分がある物を壊したい。ある動物を殺して食べたい。そのような世界が存在するはず。だから、その世界を探しだすまで、他世界を飛び続けるはず。
 それに、飛ぶ理由も言っていたな。十個だけ入る所に、一つが入る事で狂う。その一つと言うのが、輪の事だ。自分が思う世界ならば、そのまま居られて連れ合いとも会える。何故、別の世界に飛ぶのか。それは、謝って世界に来た為に、自分が来る前の状態に戻さなければ成らない。
自分が、この世界に必要で無い者にする為、いや、自分で、その世界を壊して飛べるようにしている。そうとも、言っていたな」
「お父さんの話を聞いて考えていたら、頭が痛くなってきて、ああっ思い出すのも嫌だ。       
 土産物を持って来られるのは分かったから、何を言われても気にしない。もう言いでしょう」
 涙を浮かべ、嗚咽を吐きながら叫んだ。
「分かった。母さんの所に行こうか」
 斎は食器を小さい台所に入れると、輪の肩を叩きながら声を掛けた。
「いくぞ」
 輪は気持ちが落ち着くと歩き出した。そして、家に近づくと想像も出来ない。物凄い音が聞こえ、走って家に向かった。
「どがが、がんがん、どどどっ、がご」
 家に居る冴子は、野菜と肉とで格闘しているように感じられた。見ようによれば手際の良い料理人に見えなくも無いが、包丁の音が外まで聞こえ、音に殺気が感じられた。
「怖い。母さんって、こんなに怖い顔をする人だったのお父さん。あの肉、人間の肉だと言われれば冗談でも。誰でも信じると思よ」
 輪は驚き、父に囁いた。
 親子は玄関の扉を開けようとしたが、家の中から殺気を感じ取り、外から中の様子を窺った。
「あのねえ、お父さん。お母さんの様子を見たら友達の話を思い出したのだけど、糸の導きの旅って嘘で、門を通る人を食べているって話は嘘だよね」
 輪は青い顔をして、父の返事を待ったが返らないのは本当の事なのかと思い。身体の震えが止まらなくなった。
「自分の子供を食べる親がいるはずがないだろう。何を考えている?」
 斎は顔を真っ赤にして声を吐き出した。
「何をしているの」 
 斎は何も考えずに大声を吐き出したが、妻の声で最後まで話す事は出来なかった。
「他人の肉なら」
 血が付いたままの母の微笑や前掛けの血を見て、父に問いかけようとしたが、先ほどよりも恐ろしくなり、言葉を飲み込んだ。
「パンが焼けているわ。入りなさい。あっそうだ。家散らかっているから外で食べましょう。父さん用意してね。そうそう、夕飯も門の前だから食べ終わったら持って行ってね。お願いね」
 冴子は、料理の準備が一段落したからだろうか、嬉しそうに言葉を掛けてきた。
「はい」
 父と子は女性と違い血が怖いのか。それとも、冴子の顔は作り笑いと感じたのだろうか、青い顔をして頷く事しか出来なかった。
「今日のパンは果物を入れてみたの。美味しいでしょう。沢山あるからお替りしてね」
 冴子は優しい声音で話し掛けたが、料理を作る手は休めず、振り向きもしなかった。
 父と子は調理の音に恐怖を感じて、逃げるように食事を済まし、夕食の準備に行くと告げ、車に乗り込んだ。
「お父さん。お母さんは真剣な顔をして、何を作っていたのかなあ」
 車の運転の緊張をほぐすのは、普段は母の役目だが、母のように話し掛けたが安心させる事が出来ない。それでも話し続ける。斎は聞こえていたが、自分でも何を作っているか分からない。それに息子が言いたい事は、あの場面を思い出してくれ。そして本当に人の肉を使って無いと答えてくれ。そう言って欲しいのだろう。だが、息子に人肉の事は忘れろ。と、話すと又、あの時の妻の顔を思い出す。その顔だけは二度と思い出したくなかった。
「お父さん。お母さん食べられる物を作っているよね。何でこんな事を思ったかと言うとねえ。訓練所で噂になっているよ。月人の若さの秘訣は人肉を食べているって、そう言うのだよ」
「・・・・・・・」
 息子には悪いが、運転に集中して気が付かない事にした。
 父と子の行き先は旅立ちの門と言われている所だ。砂浜に近くて波の音が届く松林の中に在る。昼間は見付かり難いが、日が隠れて松林の中に入ると、月の光が門に反射するのが見える。その光を辿れば直ぐに分かった。門を中心に半径百メートルは草木も生えてない。清掃など勿論していないのだが、新築のような綺麗な所と言うよりも。作られた時から時間が止まっていると思える感じだ。人々は門の用途も何時造られた物なのか解らない為に、七不思議の一つとされている。
そして、人々は親しみ込めて様々な名称で呼ばれていた。多く使われている名称は旅立ちの門と言われていた。月には何ヶ所も次元の歪みが在るが、ここだけが次元の歪みが緩く子供の遠ざかる姿が見える事から、安心して見送る事が出来るからだろう。わざわざ門で過ごすと考えたのは、冴子の気まぐれで始まったのではない。月人なら当然の行事だった。誰が始めたのか定かではないが、稀に子供が旅を嫌がり逃げ隠れする者がいた為に始まったのだろうが、二十歳を過ぎて月には居られない。門以外の場所で時間が来ると一瞬に消える為に、旅に出たと言うよりもこの世から消えた様に思える。その為に、監視ではないが、最後の日には門の近くで家族と思い出を作り、子供を旅に送り出すのが普通だった。
「輪、着いたぞ」
 寝ている我が子の肩を叩いた。
「ううう、んんん」
 呻き声を上げると辺りを見回した。何時の間にか寝ていた事に気が付いたようだ。
「早く荷物を降ろして、母さんを向かいに行くぞ。早く手伝え。ほら早く」
 息子が又寝ると思い。荷物を運びながら言葉を掛け続けた。
「おーい。帰るぞー」
 息子が荷物を解いていたが声を掛けた。
「このままで言いの」
 荷物を指差して声を上げた。 
「大丈夫だから来なさい」
 二人は車に乗り家路に向かうが、息子は行きで話し掛けても返事が返らないからだろう。直ぐに寝息を立てていた。斎はこの周囲には月人がいないと分かっている筈だが、周囲を見すぎると思うほど見回し、カチカチに緊張しながら運転をしていた。怒りを覚える息子の話しでも緊張が解れていたのを気が付いていなかった。
「信号は有った方が良いなあ」
 突然呟き。ふっと考えが過ぎった。
(妻は景色が見えないから、馬車と同じ速度で走って欲しい。何か興味の惹く物があると止まってと言い出すが、今思うと危険と思う所では理由を付けて止まるように考えてくれたのだろうなあ。そう言えば、妻と乗る時より速度を出しているかぁ)
 速度計を見て、心で思った事が正しいと感じた。そして有る事を、妻に話さなければと考えている内に、家に着いていた。
「玄関に有る物は積んだが、他にないのか」
 斎は息子を寝かせたまま。玄関に積み上げた荷物を車に積み終わると、妻に聞こえるように大声を上げた。その頃の冴子は、用意が終わったらしく、身だしなみを整えていた。野菜や肉などの切り分けの時に汚れた為か、それとも、輪の記憶に残る最後の日の思い出に残るように、念入りに化粧をしていた。
「他にはないわよー」
 声を上げて直ぐに、やけに服装を気にしながら玄関に現れた。幼い時に息子が好きだと言った服なのだろう。月人は子供が旅に出なければ年を取らないが、体型は変わるからだろうか、複雑な表情からは、恥かしいのか怒りなのか、判断は出来なかった。
「あのさぁ」
 普段の斎は、運転すると無口なのだが、今は妻が車に乗るのを待っていたように感じられた。
「交通法規を作る事に協力して欲しい。せめて信号機だけでも良いから」 
 妻は景色を見続けて興味を示さないが、話を続けた。
「欲しいのなら話はしますよ。だけど、九割の人は要らないと言うわ。人口九十万人の内で車を動かしているのって、私達だけよ。誓っても良いわ。確かに、人口の半分は車を持っているわ。だけど自動制御よ。考えてみて、此処に来る前は車も見た事のない人がいるのよ。それに誰が教えるの。他の人の事を考えた事ある。あなたが月に来た時、自然が溢れて懐かしい。いや理想の世界だって言ったけど、逆にあなた達の思う未来世界だったら、そして全てを覚えろと言われたら出来ます。その人が、月に来て始めて鉄を見た人だったら、考えてみて」
 話しの途中とも思えたが、冴子は話しを止めた。門に着いたからなのか、斎の考えに呆れて止めたのだろうか。車から降りようともせずに、暫く車の中は沈黙が続いた。輪はこの雰囲気に嫌気を感じて、父と母に視線を向けた。父は俯いたまま気が付かないが、母に向けると、言葉を掛けてくれた。
「輪、火を熾せる。旅に出れば必要だから熾せないのなら、お父さんに聞きなさい」
 視線を感じると、微笑を浮かべ囁いた。
 父と子は微笑を浮かべて頷くと、それぞれ、分担して食事の準備を始めた。火を熾すと、冴子は簡単な料理から作り始め。真っ先に息子に勧めた。
「お母さん。ただ肉を焼くだけなのに、外で食べると美味しいねえ」
 輪は空腹の時は考え無かったが満ち足りると、旅立ちの不安が膨れ上がってきた。
「どうした」
 先ほどまで、この世にこれほどの幸せがないと思える笑顔を浮かべていたが、笑みが消えた為に声を掛けた。
 親に気遣う息子を見て、自分の顔か、態度が怖いのかと考えた。二親は同じ事を考えていたのだろう。同時に連れ合いの顔を見たが、言葉に出さずに微笑を返した。
(私達は悪くはない、息子の性格だろう)
と、心の中で思い合った。
 輪は誰にも言った事は無いが、その微笑が怖いと思う。特に目と目を見つめ合い微笑みを返し合って頷く事が、何か良からぬ策略があって、微笑を浮かべ、背中には刃物を隠し持っている。もし、目線を逸らしたら襲い掛かり食べられるのではないか。旅立ちは嘘で、私を食べる罠ではないか。そう考えてしまう。
「明日から何を食べれば良いのか。そう思うと心配になって」
 輪は恐怖を感じた事は言わずに、別に考えていた事を口にした。
「空腹を感じるが、月人は子が生まれて旅立つまで死ぬ事は無いが、食べたくなれば狩りをしてでも食べなさい。私も肉や魚の捌き方は糸の導きの旅で覚えたのよ」
(それで料理を作る様子は、格闘をしているような調理方法なのかな)と、心に思う事は口に出さずに違う事を言った。
「生き物を殺す事はいけない事だって」 
 母のとろい語り口が終わったと思い、声を出して問うた。
「私もその事で悩んで、悩んで旅をしていたけど、在る人に言われて止めたの。輪も旅をすれば分かるわ。一つ良い事を教えるわね。生き物に遭って判断出来ない時は、導きの糸で傷を付けなさい。傷を付けられない生き物は、助かりそうも無いと思っても助けるようにしなさい。輪が来た為に怪我をしたのだからねえ。その逆は分かるわねえ。あれこれ考えるのは止めて連れ合いの事だけを考えなさい」         
 母の語り口調は同じだが、微笑に恐怖を感じ、一言だけ声を出した。
「はい」
 家族は、輪が数時間後に旅に出る事を忘れているのか。普段と同じに接していた。父と子は食事を残すと、冴子が怒るので犬のように食べ続ける。それとは反対に、母は「美味しい、美味しい」と、ゆっくりと味わって食べるのが普段の様子だった。そして、斎が食事から酒に替わる頃に、輪が部屋に戻るのが普通だった。今も、そう思っているような様子だ。    
 今までならこれで一日が終わるが、最後の日だからか、父から酒を勧められて、始めて父と飲み交わしていた。
「輪。その位で止めなさい」
 母に言われて飲み物を替えた。残された時間は、昔の想い出の話しで過ぎていった。
「行って来るね。お土産持ってくるから」
 輪が話し出すと同時に、母は息子に視線を向けた。母も月人だから時間が分かるのだろう。斎は一瞬意味が解らず考えた。そして、月では斎だけしか使用しない腕時計を見て、嗚咽を吐くような声を上げた。
「時間が来たのか」
 輪は席を立ち上がると脇目もふらずに門に向った。二親はその後ろ姿を見て頼もしく思ったが、駄々をこねるように何度も振り返って、別れを悲しんで欲しかった。一歩、二歩と門に入る。このまま振り向きもせずに行ってしまうのか。心は此処には無いのだろう。千鳥足だが確かな足取りを見て我慢出来なくなり、声を掛けようとした時、輪は振り向き笑顔で大声を上げた。
「お土産楽しみにしていてね」
 先ほど飲みながらの話を聞き気持ちが吹っ切れたのだろう。旅に行く事が楽しくて、楽しくて、これほどの楽しみがない。そう思う笑顔を浮かべた。
 輪は二親に別れの笑みを送った後、門の形に切り取った様な、月明かりも射さない夜の闇より暗い通路を千鳥足で歩いている。
 親の温かい心遣いが、気づいて無い事が良く解る。酒の力が無ければ門に入る事が出来なかっただろう。良くても手探りで歩いていたはずだ。輪はとても闇の中とは思えない歩き方をしている。目は開いているが白昼夢を見ている感じだ。多分、連れ合いに出会った夢か。月女神が、輪を渡り安い様に手を引いてくれる夢か、その、どちらかだろう。まるで、幼い子を寝かせる為に物語を聞かせ、夢を観させて寝かせるようだ。それで、酒を飲ませたのだろう。程よい酒の力と、楽しい旅だけを考えさせる為に、その様子を、二親は光も届かない門を見続けた。まるで、水と油の様にはっきりと、暗闇から輪の姿を現していた。一歩、歩くごとに小さくなる。その姿を闇が渦を巻いて消えるまで見送り続けた。
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第三章
 万華鏡で見たような無数の地球。その回りを回る月は一つしか存在しない。何故かは解かれていないが、月は地球をそのまま小さくしたように植物も動物も同じ生物が存在しているが、住人だけが違っていた。背中には蜉蝣のような羽が有り。小指には糸のような赤い感覚器官が付いている。その羽のような感覚器官で次元を飛び。糸のような感覚器官の導きで連れ合いを捜し、月に連れ帰る。生まれた月でなければ子孫を残せない為に、何故、我々の月だけで子が生まれるのか。住めるのか。その思いは、総ての月人が幼い頃から思い描いていた。その為に月人の興味は連れ合いを探す事。月の歴史を探る事。一番の楽しみは連れ合い探しの旅で体験した物事だ。地球人でもある。連れ合いは、途中で諦めるしかなかった。その夢を趣味として、人生を使い切る事しか考えていない。月は楽園には違いないが、住人は悪魔の如く完全な自己中心的な人々の集まりだった。
「妻が、煎餅を息子に食べさせたいと言い出して。劉さんは、月での第二の人生は最高の菓子を作ると聞いたのですが」
 斎は酒と自分が栽培した花を持ち現れた。
「詳しい話は中で、突然言われるとは、何か有りましたか」
 劉は奥を指し、話しながら歩きだした。
「私の息子が糸の導きに出掛けます」
 斎は旅立ちが悲しいのか。恥ずかしいのか複雑な顔をしていた。
「おお、おめでとう。年が過ぎるのは早いものですね。それで」
 儀礼で答えたが、目には悪戯心を感じた。
「息子は旅行気分で土産の話になりまして、煎餅の土産を持って来たいけど、食べたことがないから持って来られない。そう、泣かれましてねえ。それで、食べさせてやりたい。そう思って来たのですが、作って頂けないでしょうか」
 斎は相手の顔色を窺い話し始めるが、物々交換の代わりの要求を考えると声が小さくなった。
月人は最低限の主食の生産、衣服、住居は共同で作られ分配する為に、貨幣制度はなく。趣味で菓子、酒などを作り、欲しい物は物々交換していた。文化水準が低い訳ではない。宇宙の果てまで行けるのは嘘ではなく。その船は有るが、新たな新品の船を造るのには、月人全員の協力があれば造れるのだが、人々は自分の趣味の事だけを考える為に、協力は無理、だが、機械製品の土台は古いが年々性能は増していた。性能が増す理由も、土台が古いのも、月人の連れ合いに依る。その理由は月世界よりも遅れている世界から来た場合は理想郷と思うから良いが、そうで無い場合は改良出来ないか。と、考え性能を向上させていた。
「煎餅ですか。見た事も無い物は作れませんよ。今度の共同作業で知っている人が入るかも知れません。煎餅の話しは、その時に聞いて見ましょう。そうそう、妻が花の事で話し有ると言っていましてね。今呼びますから上がって寛いで下さい」
綺麗に部屋が片付けてあるが、所々に思い出の品と思える物が置いてあり。元は子供の部屋だと感じた。糸の導きの旅に出た家では死んだ者として、少しの思い出の品を残し片付けるのが普通だ。だが、永遠の別れではない。月人は連れ合いを見つけた時、二人は強制的に月に飛ばされる。その時、数日間だけだが、子と新たな家族と暮らす事が出来た。月日が経ち、親が生きているのかと思うだろうが、親は子が旅立ち、一時の再会をするまで死ぬ事がない。子供は別れた時の姿で月に帰り、親を見つけるのに時間が掛かるが、親は直ぐに再会できた。この数日だけ再会できるのか調べは付いていない。様々な理由が考えられていたが、恐らく連れ合いが見つかると、次元を飛ぶ力が増大して月に帰る。又、力が弱まり飛ばされるのだろう。そう考えられていた。
「庭の花を見ても枯れていない様ですね」
 その部屋を談話室として使い、客人と自分達の思い出を重ねて空想を楽しむのが普通だったが、斎は娘の事は記憶になく、何を話して良いのかと戸惑っていた時、自分の花が大事にされているのか分かり、声が弾んだ。
「斎様。夫の作った菓子です。冴子さんと輪君の分は包んでおきますから遠慮なさらず。花のお礼ですから食べて下さい」
妻は微笑みを浮べ部屋に入って来た。花の話が出来る事が楽しいのか。それとも夫の菓子を食べた後の顔を見たい為か、それは分からないが、心の底から楽しさが滲み出ていた。
「頂きます。花を見ましたが教える事は無い様です。話が有ると言われましたが」
 斎は話が見えなく不安な顔をしたが、菓子を一口食べると、笑みを浮べた。
「美味しいでしょう」
 妻は微笑から、満面の笑みを浮かべながら本当に嬉しそうに声を弾ませた。
「はい。美味しいです」
  菓子を食べるのに夢中なった。
「内の人。地球では軍人をしていたの。知っていましたかしら。
それも代々の軍人の家系で、料理どころかお茶を淹れた事も無かったのですよ」
 妻は目が虚ろになり、話をしている。と言うよりも、昔を思い出の場面にいるようだ。
「軍では誰でも食事を作る。私も食事を作っていた」
 劉は自分の人格が疑われたと思い、立ち上がり怒鳴り声を上げた。
「あれは、食べられると言う物です。料理とは言えません。そうよね」
 妻も立ち上がり、口調は先程と変わらずに目で訴えていた。
「お前の言う通りだ。分かった話を続けろ」
 劉は疲れたように椅子に腰掛けた。
「菓子を本格的に作り始めたのは、月に来てからなのですよ。それも、料理を始めた理由が、地球で孫が作った菓子を食べて、孫が私に始めて笑い掛けたと言って。私に言いに来ましてね。私も詳しい事は知らないのですが急に料理を始めましてね。あっ、もちん血は繋がっていないのですよ。養子を貰っての子ですから」
 妻は、夫に口を手の甲で急に塞がれ、不思議な顔をした。
「私が話す」
 劉は疲れた顔をして声を上げた。
 妻は夫の言葉で頬を膨らせた。
「私達が言いたいのは、月に来て歳も若返り、本当の第二の人生が出来て嬉しくないのですか。義務と言っても最低の衣食住ですよ。  
 我々が必要な分を作るだけ。贅沢品は趣味で誰かが作っている。欲しければ物々交換か情報で交換すれば良い。斎さん見たいに、第二の人生でも同じ事をする人は稀です。青いバラを作りたいと言っていたはず。他の方々も自然交配で作りたいのだろうと思って、皆は何も言わないのですよ。もし、人為的に作るというのなら、月人の文化は次元宇宙一のようです。私の世界は此処より遅れていたから解りませんが、宇宙の果てまで行ける科学力が有ると、皆も思っているはず。科学という力で探して見てはどうですか。他の地球や他の星では青いバラが咲いているかも知れません。調べて見てはどうです。
 私は最高の菓子を作ると言ったのは、自分が菓子を食べたいから作っている。作るのも楽しい。食べたい者には食べて頂く。食べたくない者に食べられる物を作る事はしない。交換しなくても良いが相手が気にする。だから、物々交換する。他の皆も私と同じはず。自分の遣りたい事だけを遣る。皆も夢が叶ったと言っているはずだ。貴方も自分の遣りたい事を遣れば良い。子は何時帰るか分からず。子の為に何も出来ない。自分の名を残そうと思っても何も残せない。空き家を見れば分かるはずです。使われていたまま、誰も手を付けず土に返るだけだ。
 斎さんも皆と同じく、冴子さんに振り回せながらも、趣味だけに生きたら良いのに」
 劉は話が途中のようだが止め、微笑みを浮かべた。この人は変わらない。趣味より振り回されるのが楽しいのだろう。そう思い。自分の作った菓子を食べ始めた。
「お前が言いたいと思っていた事は、言ったと思うが、他に言い足りない事は有るかな」
 劉は妻に顔を向け訊ねた。
「他には言う事は無いわ。私は聞きたい事が有りますの。冴子さんが何か始めたと聞きましたわ。家にこもって何をしているの。今度はどんな楽しい事を始めたの」
 目を輝かせて問い掛けた。
「煎餅作りです。輪とは、これが最後ですから真剣に考えています」
 斎は、懐中時計を見ながら答えた。
「冴子さんに言いなさい。此れから皆に尋ねて、取り掛かるから。と」
 劉は溜め息を吐き、疲れたように肩を落とし答えた。
「ありがとう。冴子に伝えます。失礼と思いますが、陳さんに、酒のお返しに新しい徳利が欲しいと言われていまして、此れで帰ります。
煎餅の事はお願いします。失礼します」
 斎は話しながら椅子から立ち上がり、頭を下げて帰ろうとしたが、菓子を忘れた事に気が付き、思い出したように菓子を取り上げた。
「劉さん菓子頂きます。英美さん新しい花を作りましたら持ってきますから」
 斎は疲れが取れたように笑みを浮かべた。話が付いたからか。それとも家族が菓子を食べる時の顔を思う為かは分からないが、家に帰るのが楽しみに感じられた。
「時計や車を使うのは斎さん位だろうに、さて、私も出掛けるか。英美も来るか」
 劉は楽しそうに笑っていた。
「はい」
 英美も劉の顔を見て気持ちが伝わったようだ。答えはしたが、心は此処に無いようだ。
「劉さんも同じでしたよ。この部屋を見て壁は写真で埋まっていますよ。この場所には歩いて行ったかしらねえ」
 恥かしいそうに名前を呼び。劉の顔色を見ると、笑いを堪えるような話し方をした。
「そうだったな。車は我が家にも有ったな。さて、車は動くかな」
「劉さん。車が動かなくなった時の事憶えています。劉さんは時間や景色の話で、私の顔をほとんど見ませんでしたよ。車が壊れて初めて、私の顔を見ましたよね。時間が掛かった方が良いものが見られるかも知れませんよ。時間は有るのですからゆっくりと。それでは、私はお茶でも入れますわね」
 二人は話しを止め。昔を思い浮かべた
 英美は椅子から立ち上がろうとしたら、劉は手をつかんだ。
「お茶はいいから。窓を拭いてくれないか」
 二人は同じく立ち上がり。出かける用事を忘れているようだ、昔の思いを話しながら部屋を出て行った。
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第二章
 それは、満月では無いが、満月の時のような月明かりを地表に照らし、照らされた在る場所はまるで、鏡の床に黒い絨毯を敷き、神々の使いの大男が、腕を広げて大地に命の光を与えているように見える。それは、ただの細い農道に、綺麗に水を張っている田んぼに、休憩場所として残されたであろう。大松の事だった。自然の悪戯だろうが、田んぼに当たる月明かりが、一本の大松にだけに照らされていた。人々は不思議な松を見て、子供達に夢物語として話し聞かせていた。
「昔は、此処に位の高い人の屋敷があったのよ。その松は庭の飾りの一つだったの」
 親は、自然の悪戯とは言えずに、自分の親から聞かされた夢物語を、そのまま語り聞かせた。人々の中には屋敷が在ったと思い調べた者も居たが、何も出る事がなく自然の悪戯だろう。そう結論をだした。その大松に、先程までは誰も居なかった筈なのに、雲が月を隠している間に、大松の下に人が現れたのか。それとも始めから居たのか。この光景を見た者が居たら、神々の他に居ないだろうが、この男の為に何も出来ない代わりに、せめて足下だけでも照らして上げようと、仕掛けが出来たと思うだろう。それとも、此方に向かって来る女性の為だろうか。
「ゆ」
 女性は何気無く松を見て、在りえない者でも見たのか。目を擦っていた。
「ゆ、幽霊」
 瞬時に声を吐き、精神の安定を考えた。 
「始めから大松の所に居たのよ。そうよ。よっ、酔っ払いよ。この松の場所は明るいし、綺麗だから酔いを醒ましているのよ」
 この場所から逃げようとしたが、女性の家は松の木を通り、この一本道の先に在った。
「聞いた話によると、幽霊には声を掛けられたら返事はしてはいけない。見えたとしても、見えて無いようにすれば消えてくれる。気のせいよ。見たら居るかも知れない。居るかも知れないが、見なければ気のせいで済む。もし幽霊なら話さない。否、酔っ払いよ」
 知らない間に声が出ていた。
 頭の中では、呪文のように同じ事を考えていた。本人は声が出ている事に気が付いていない。走って逃げれば良いだろうと思うだろうが、運悪く松の木の前で転ぶ事を考えると走れなく、早歩きをしていた。
 幽霊と勘違いされた者は、変わった服装をしている。それはシーツを半分に折り。折った所から首を出せる分だけ切り。袖は腕の太さで切り、袖口を紐状に切り結ぶだけ。胴は余った布を巻きつけて紐で結ぶだけだ。良く言えば、何処かの民族衣装と言える身なりだが、髪と髭が全てを台無しにしていた。
 男は何日も。いや一月は体の汚れを落としていない様な感じに見えた。髪はともかくとしても。髭は濃くなく、伸びていても女性顔と判る顔立ちをしていた。剃っていれば自分の美意識の趣味の服か、役者の民族衣装を着替えずに着ていると思えるだろう。
 その男は月を見て泣いていた。
 幽霊に勘違いされた者は、心は楽しかった日々に置き忘れ。体は人形のように、此れから先は時が進まない。いや進みたくないと考えて泣いているようだ。
 月が雲に隠れると同時に微風が吹いた。
「春奈さん」
 男の頬に微風が触れ、呟いた。
 微風に在る人の心が運ばれ、手の平に乗っている鈴に乗り移ったように、手の平から落ちた。「昔の事は忘れて前に進みなさい」
と、伝えるように感じられた。
「お守りが」
 地面に落ちる寸前に、男は鈴を取ろうと動いた。その時、女性が松を横切ろうとした時と、同時だった。
「キャアー、来ないでー」
 女性は声と同じに蹴りが、その蹴りが、男の下腹に入ると、女性の方に倒れた。又殴り、蹴りを何回か繰り返した時、男は仰向けに倒れ、女性は正気を取り戻した。
「人だったの。白い服を着ているからてっきり、幽霊と勘違いしたのね」
 女性は言葉が返って来ない事に思い当たり、途中で喋るのを止めた。幽霊には殴る蹴るをしても良いのか。幽霊に祟られる。そう思わないようだ。状況が男性の場合なら、幽霊には必ず祟られ、本当に女性を殴ったとしたら問題が発生する。だが、女性なら限度は有るが、幽霊と思いましたの。済みませんでした。と、丁寧な態度で謝れば済む。そう考える女性なのかは、顔色で判断が出来た。この女性は間違いなく済むと判断する人間だ。
「ねえ。大丈夫よね」
 女性は取り返しの付かない事をした。やっと、顔色を変えた。様子を見ようと男の方に足を向けた時に、陶器の鈴を踏んだ。
「キャアー」
音に驚き悲鳴と足を上げた。
 足下に気持ちが行き、男の事を完全に忘れ、足下には陶器の破片があり。元の形は解らない。陶器の破片を無造作に一つ取り上げて見ると、破片の下から白い紙が現れ、紙を手に取る。男は気が付いてもいい位の音が響いたが、目を覚まさない。死んでいるのだろうか。女性は男の事は忘れて、白い紙に意識を向ける。白い紙には、今書かれたような艶があり。古文で書かれていた。
「月神様よ。この輪が正しい道を進めるように足下を照らして下さい。私が代わりに祈ります」
 それは、近くの神社のお守りに書かれる見慣れた文字だ。輪と書かれた所を、自分の名前や子供の名前に置き換えて使われている。女性は文字を暫く見つめ、幼い頃を思い出したのだろう。そして、文に、輪の文字が書かれていたから思い出したのか。男に視線を向けた。
「あら、小指に赤い糸、今の流行かしら」
  女性は男の容態よりも、小指に関心を向け触ろうとしたが止めて、指先から順に身体を見詰めた。怪我の容態を診ていると思える。
「靴は履いて無いわね。服は白だから、死に装束として丁度良いわね。木に紐を括り逃げようかしら。もし生きていたら、私がやったと言われ兼ねないわ」
 女性は物騒な事を呟き考え込んだ。男の容態を気にせずに、生きていたら止めを刺して逃げる様な感じだ。
「趣味の感覚は別として。背丈に、身体の感じは良いわよね。肝心の顔はボコボコで分からないけど。ちょっと惜しいわね」
 自分がボコボコにしたと言うのに、今度は自分の趣味に合うかを考え始めた。
「う、うう」
 男が声を上げた。女性の呟きは聞こえて無い筈だが、声を出さなければ止めを刺され兼ねない。と、本能で感じて声が出た感じだ。
「生きている」
 生きていては困る様な驚きだ。
「擦り傷と思うが、ハンカチを濡らして看病の振りをして持ちましょう。
 自分で歩いてもらわないと困るわ。 それに顔と声を確かめなければね」
 ハンカチを出し、田んぼの水で濡らしていた。自分が田んぼの水で顔を洗われたら半殺しにするだろう。他人事だからか、子供がお腹にいる母の様な笑顔を浮べて、顔を見るのが楽しいのか。それとも看病するのが楽しいのかは分からないが、本当に楽しそうだ。 
「流行でも、赤い糸付けるなんて恥ずかしく無いのかしら」
 男の小指を見ながら呟いた。
「本当の赤い糸って、右、左かしら。こんな事も分からないから、まだ一人なのよね」
 自分の世界に入っていた。濡れたハンカチの雫は、男の顔に掛かっている。
 男の容態はかなり悪い診たいだ。顔は可なり腫れているが、雫が掛かれば気が付きそうなのに。頭の打ち所が悪かったのだろうか。
「本当の赤い糸って。私にも有るわよね」
 小指を見ながら溜め息を吐いた。
「まさか、この人って事はないわよね」
 男の顔を見詰めて初夜の事が浮かび、顔と耳が赤く目尻も下がり、大声を上げた。
「やだー」
 恥かしさを隠す為に、男の顔を叩いた。
「痛い」
 男は声を上げた。
 少しでも早く意識が気付かないと本当に殺されてしまう。本能で感じたようだ。
「貴女様は」
 男は起き上がろうとしたが、腹部に痛みが走り。又、横になろうとしたが、人の気配が感じて声を上げる。
「大丈夫ですか」
 女性は男の背中に腕を回したが、支えきれず、体を寄せた。
「す、みません」
 男は痛みで何を言われたか分からず。気に掛けられた事に感謝の声を上げた。今の言葉で人柄を感じて、女性は一瞬笑みを浮かべた。
「もう少し休まれた方が宜しいですわ。顔も冷やした方が宜しいですしね。遠慮なさらず力を抜いて下さって良いのですよ」
 女性は背中を支えていた腕をそのままにして後ろに下がり、男の頭を膝に移した。
「うっわ」
 男は痛みを感じたのか、それとも後ろに倒されたのが怖いのか分からないが声を上げ、寝てしまった。身体が危機を感じたのか。膝枕が心地良い為なのか。判断出来ないが、ボコボコの寝顔から見ても、膝枕は気持ちが良くて、痛みも和らぐ楽しい夢のはずだ。
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物語を書いて五年になりましたが、私は「左手の赤い感覚器官(赤い糸)と「蜉蝣(カゲロウ)の羽(背中にある(羽衣)の 夢の物語が完成するまで書き続ける気持ちです。
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