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第二十九章
「蘭。そろそろ、良いかな」 「そうねえ。殺気は感じられなくなったわねえ。大丈夫かな、良いかも知れないわ」 「わかった。出てみるよ」 「待って、私も一緒に行くわ」 二人が車外に出ると、乙は、うずくまり震えていた。 「何をしているの?」 蘭は、疑問に思い問い掛けた。 「あの、あの、あの、ここから動けないのです。身体が自由に動かないのです」 乙の身体の状態は、蛇に睨まれた蛙のような状態だった。 「そうでしょうね」 「助けてくれませんか?」 「それ位ならまだ良いわよ。愛と会えば殺されるわ。早く逃げなさい」 「でも、でも、動けません」 「もう大丈夫よ」 「本当に、そうなのですかぁ?」 乙は、恐る恐る手を伸ばした。 「早く逃げるのよ」 「でも、どこに逃げたら良いでしょうか?」 「それは、自分で考えるしかないだろう」 「私達が決めてもねえ。気に入らないかもしれないでしょう」 「馬は、どうしたら良いでしょう。返さなければ、この近くに居られないですよ」 「それは心配するな。また、借りなければならないだろうから、老夫婦の家の近くで馬を放すよ。それで良いだろう」 「それより、早く行きなさい。愛が、いつ来るか分からないわ」 「は~い~」 顔を青ざめ、振るえる声でうなずいた。 「乙、気をつけてねえ」 「邪魔者が居なくなったな」 「馬鹿ねえ。可愛そうでしょう。ふっふふ」 蘭は微笑みを浮かべながら、乙の後姿を見る事もなく、甲の目を見詰めていた。 乙は、とぼとぼと歩いていた。行き先は三通りしかない。近くの町には、愛が居る。元の東国は廃墟だから行っても無駄のはず。最後の選択は老夫婦の家しかない。そして、喉が渇いたのだろうか、老夫婦の家の近くの井戸の前に立ち尽くしていた。何分くらい経っただろうか、乙は涙をポロポロ流しだした。心の底から悲しいからだろうか、足に力が入らなくなり、座り込んでしまった。 「うっうう」 乙は、いつまでも涙を流し続け、日付が変わるが、動く事が無かった。 その、少し前の時間に、甲と蘭は、 「乙が居ると酒は飲めないからな。良い酒があるぞ。愛の連れ合いの誕生日が間もなくだ。それを乾杯として、飲まないか?」 「そうねえ。良いわよ」 「椅子に座っていてくれ、持ってくるから」 「楽しみにしているわ」 そう言うと、愛は車内に入らずに、御者に腰掛けた。 「蘭、グラスを取ってくらないか」 「はい、美味しそうねえ」 「そうだろう。少し時間が過ぎてしまったが、いいだろう。ん、どうした?」 「馬の鳴き声が聞こえたような」 「こんな何も無い所で、真夜中だぞ。誰も、居るわけ無いだろう」 「それもそうねえ。いや、気のせいではないわ。甲、やっぱり聞こえるわよ」 「そうか、ん。本当だ。誰だ」 甲は笑っていたが、耳を澄ましてみた。 「愛、愛みたいよ。何でなのぉ。一緒にいる男性は、あの時の子供なのかな?」 「そうだろう。大きくなったな」 「私ねえ、私ねえ」 愛は満面の笑みを浮かべ、馬上から、声を上げながら近づいてきた。 「愛、どうしたの」 蘭は、御者から降り、愛の元に近寄った。「あっ」 甲は、酒を飲まれる事が心配なのか、顔を青ざめながら車内に戻る。それとも、リキの飼い犬がいる。そう思い、初めてあった時の恐怖が思い出されたに違いない。 「蘭、私ねえ。毎年、誕生日になる日。十二時に贈り物を置いてから、朝まで、あの公園で、シロから一年間の出来事を聞いていたの。 だけどね。今回は、お父さんとお兄さんに見付ってしまったの」 「まあ、酷いわね」 「何で酷いの」 「だって、帰れと言われたのでしょう。それとも、泥棒と言われたの?」 「違うの、あのねえ」 「だから、どうしたのよ」 愛の煮え切らない態度に怒りを感じた。 「貴女が、リキの幼い頃からの想い人ですよね。そろそろ、リキと結婚して、一緒に暮らしませんか、そう言われたの」 「本当なの。よかったわねえ」 蘭は、そう言いながら、愛の耳元まで近寄り。そして、リキに聞こえないように囁いた。 (あの愛、歳の事は誤魔化せたの?) (私の事は飛河連合東国の人だと思っているわ。それでねえ。幼い頃に会って居たのは、私の母か姉でしょう。そう言われたわ) (リキもなのぉ) (そう見たい) 「愛、良かったわねえ」 「ありがとう。そして、お別れを言いに来たの。それに、馬も返しに来たわ」 「結婚式はするのでしょう。出席は出来ないけど、遠くから見て祝福するわね」 「ありがとう。だけど、飛河国に睨まれないように、内輪で済ました方が良いって」 「そう、なんか悲しいわねえ」 「ううん。一緒に住めるだけで嬉しいわ」 「そうよねえ」 「乙は居ないようねえ。甲、馬を返して来て、お願いして良いでしょう」 「愛、おめでとう。馬や他の事も心配するな。自分の事だけを考えろよ」 「うん」 「近くに来たら、遊びに来て下さい。慌ただしいですが、これで帰ります」 そう伝えると、愛はリキが乗る馬の後ろに乗り、幸せそうに話しながら町に戻っていた。 「蘭、乙をお姉さんの所に連れて行かないか、野垂れ死にされたら、寝覚めが悪いしなぁ」 「そうねえ。居る所は分かるの?」 「馬を借りた家にしかないと思うぞ」 「そう、私も行くわ。それで、車で行くの?」 「そうだな、車で行こうかぁ」 一頭引きの馬車に装い、出掛けようとした時だ。悲鳴のような怒鳴り声のような音が聞こえて来た。だが、恐怖は感じなかった。獣が居る訳が無いのは分かっていたからだ。 「お姉ちゃんかな?」 そう感じた。 「蘭、違う。と分かったら車内に入れよ」 「やっぱり、お姉ちゃんだ」 自分の名前がハッキリ聞こえたからだった。 「病人がいるのよ。建設途中の新都市跡まで連れて行ってくれない。お願いよう」 「私一人で馬を返してくるよ。お姉さんとゆっくり話す機会がなかっただろう」 甲は、そう言葉を掛けると、蘭も信達もうなずいた。花だけが、不満そう態度だ。 最下部の三十章をクリックしてください。 PR 第二十八章 「んっ」 「嫌な感じねえ」 「この近辺には西国の者は来ないはず。だが、これ程の殺気は獣族しか居無いはずです。 まだ、我々には気が付いてないようだが、丁度良い。先を急ぎます」 三人は、今進んで来た後ろを振り向いた。 「だが、殺気を感じた方角は」 「信ありがとう。蘭達なら大丈夫と思うわ。あの戦いを生き残ったのよ」 「そうだな、考え過ぎか」 「何をしているのですか、急ぎますよ。もう少しで、私の家に着きます」 「済まない。急ごう」 暫く歩くと、道は、二人に声を掛けた。 「着きました、あの家です」 「ほう」 (可なりのぼろ小屋だな。剣を隠す為に好んで選んだのかな。それにしても、男の満面の笑みはなんだろうか?) 「どうします。少し休んで行きますか?」 「そうだな、喉が渇いたなぁ。休まして頂こうか、涙花、そう思うだろう」 信は、男の笑みの理由を知りたい。そう個人的な考えだけなら、先を急いだのだが、涙花の疲れた姿を見て、そう感じた。 「そうねえ。良いわよ」 「美味しい、お茶を飲ませますよ」 そう言うと、道は駆け出した。犬がお帰り。そう吼えているのだろう。それを無視して、家に駆け込んだ。 「花、帰ったよ。信と涙花を連れてきたぞ」 「信様と涙花様でしょう」 女性と思えない。男のような強さを感じる声が、小屋から響いた。 「信で良いですよ。奥さん」 信は、先ほどの笑みの理由が感じ取れた。主人としての態度だろうか、それとも、愛情が溢れた。その声を聞きたいのだろう。 「ごめんなさいねえ。お邪魔します。あっ」 「どうした」 涙花の驚きを感じ取り、信は即座に、涙花の前に出て、身を守った。 「気持ち悪いでしょう。ごめんなさいね」 花の左腕が複雑に折れ曲がっていた。 「医者」 涙花は、そう言葉を掛けようとしたが、西国の者から逃げている者に、それを口にする事が出来なかった。 「花、約束は果たしたぞ。これで、俺の奥さんに成ってくれるのだろう」 「静かにして、その話は後よ。信様、竜家の長老から、鍵を渡すように言われました」 「ありがとう」 「いいえ。それで、鍵の隠し場所は、犬の習性を利用しました。何か光り物を犬に与えれば、鍵の場所に案内してくれます」 「ありがとう」 「ああっお茶を淹れますねえ」 「いらないわ。信、行くわよ」 涙花は、不機嫌と言うよりも、信じられない。そう、思うような怒り顔だ。 「あの?」 「あんたも来るの」 涙花は、そう言いながら、無理やり道の手を引っ張り、小屋の外に連れ出した。 「えっえええ」 「行って来なさい。待っているからねえ」 花は、心の底から安堵した表情で送り出した。 「信。犬と剣だが、鍵だか分からない物は任せるわ。道、必ず。花さんを竜機の所に連れてくるのよ。腕だけでは無いと思うわ。完全の完治と行かないと思うけど、何とか治して見せるわ。良いわね」 涙花は、家に残り、花の容体を確かめた。 「涙花、話は済んだのか」 「なに、それは、剣のように大きいけど、突起が何個も付いて、武器としては役に立ちそうにないわねえ。何か剣というよりも、突起が沢山あって、添え木には丁度良いわねえ。長い突起にトマトが生ると可愛いわよ」 「なななっ、トマトだと、この素晴らしさが分からないのか」 「分からないわ」 馬鹿馬鹿しいのだろう。あっさりと答えた。 「私は、家に入ってもいいですよねえ」 「ああ、そうだ。信、あの人を一緒に連れて行っても良いかな」 「そうだな、一緒に連れていく方が良いだろう。獣機の中にも医療施設があるはずだ」 「そう言うと思っていたわ。早く奥さんを連れてきなさい。信がおんぶしてくれるって」 「えっ」 信と道は満面に嫌気を表した。信は背負う事に、道は、自分以外の男に肌を触れさせたくないのだろう。そう感じられた。 「馬鹿ねえ。おんぶくらいで嫌気を表してどうするの、診察や治すのに肌に触れるのよ」 「うっ」 「早く、準備と奥さんに話してきなさい」 道が小屋に入ると、即座に怒鳴り声が響いた。だが、道の声は聞こえない。一方的に花の話し声だけが響き渡るだけだ。 「説得しに行った方が良いのではないか」 「馬鹿ねえ。今言ったら殺されるわよ。それに話がこじれるわ」 「そうか」 「そうなの。ただ恥ずかしがっているだけ」 「あの怒鳴り声が、恥ずかしがっている?」 「そうよ。女心が分からないのねえ」 「そうとは思えないが」 「あの手の男は泣き落としねえ」 「ん、静かになったな」 「ほらねえ。そろそろ出て来るわよ」 「おっ」 信は二人の姿を見て驚き、声を無くした。 (涙花、男の頬が腫れているぞ。涙花の予想は外れたらしいなあ) (本当に馬鹿ねえ。恥ずかしい気持ちを隠す為に叩いたのよ。分からない人ねえ) (そうか、顔の形が変わっているぞ) 二人に聞こえないように耳打ちした。 「大丈夫なの。おんぶしてもらったら?」 「大丈夫だ。気にするな」 顔を真っ赤にして答えた。恐らく死ぬほど恥ずかしいのだろう。涙花は、自分なら喜んでおんぶしてもらうのに、そう思える。不満顔を表していた。 「蘭の所に急ぎましょう」 (大丈夫か、殺気を感じたのだぞ) (何度もしつこいわよ。大丈夫よ) 涙花と信は囁き合った。 「そうだな、行こう」 「すびばぜん」 「何を謝っている。関係ないだろう」 「ふぁい。そうでず」 信と涙花は笑いながら歩き出した。花と道は、自分の事で笑われた。そう感じて、気分を壊したのだろう。何度も問い掛けながら二人の後を追った。 最下部の二十九章をクリックしてください。
第二十七章
愛に殺されるかもしれない。乙は、悩み悩んで、一歩も進める事が出来なかった。 「う~ん、どうしよう。毎年、適当な菓子を用意するのだが、今回は、そのような時間が無かった。これでは、馬を貸して貰えないだろう。う~ん、時間に遅れても、馬を連れて行かなくても、馬を盗んでも殺されるかもしれない。どうしたら良いのだろう」 乙は、頭を抱えながら座り込み、泣きながら呟いていた。 「どうせ、殺されるのだ。盗むしかない」 死にそうな顔で立ち上がった。そして、神からの贈り物だろうか、ポケットから何かが落ちた。金属の音が耳に入り、不審そうに、それに視線を向けた。 「懐中時計、愛が持ち忘れたのかぁ。これで、頼んでみよう」 もう、夕陽が沈みかけていた。乙の目には、向かう家しか入っていない。恐らく、自分が二時間近くも悩んでいた事も、今の正確な時間も分かっていないだろう。そして、駆け出し、家の扉を叩いた。 「はい、今開けますよ」 その言葉の後に、家の中で囁き声が響いた。 「婆さん、やはり来たぞ」 「私の事よりも、開けるのが先でしょう」 乙には室内の声が聞こえなかった。それで、もう一度、扉を叩こうとした。 「今年も来ましたね。待っていましたよ」 「済みませんが、今回は、この懐中時計で馬を貸して貰えないでしょうか?」 「変わった品物ですなあ」 「なんですのぉ。甘い物、辛い物、なんですのぉ。美味しそうな物なのでしょう」 「今回は懐中時計と言う物らしいぞ」 「済みません。来年は必ず。食べ物を持ってきますから、馬を貸して下さい」 乙が、余りにも低姿勢な態度だからだろう。老夫婦は、不気味な笑みを浮かべた。 「まあ、中に入って下さい」 「あのう、分かりました」 乙は、毎年菓子を渡すと、直ぐに帰るのだが、今回は懐中時計の用途などを教え、馬を借りる為に説得しようとした。 「ほう、太陽の位置が分かるのですか?」 「そうでなくて、時間が分かるのですよ」 「おお動いているぞ」 「馬を貸してください。返しに来た時に、どの様な事でもしますからお願いします」 「ふぅ、ゆっくり出来ないのですか、良いですよ。今度は話を聞かせてください。今日は楽しかったのですよ」 「済みません。お借りします」 老夫婦には簡単な挨拶で済まし。死ぬ気で愛の元に向かった。やはり、愛はやはり車外で待っていた。遅くなり殺されると思っていたが、愛は泣いていた。乙には分からないのだろう。愛は約束に遅れるからでも、会える時間が削られる為でもない。もし、時間に遅れて居なかったら、それが怖いのだ。早く着く事が出来れば、自分から声を掛けられるが、遅れたら声を掛けられない。いつも怖いのだ。歳も離れ、私だけ歳を取らない。怖がれる事もなく、毎回、毎回、満面の笑みを浮かべ話を掛けてくれる。 「お姉ちゃん、早いねえ。今度は、僕が待っているからねえ」 そう言って笑ってくれるから、話が出来るのだ。それでも、笑みを見るまでは、心の中で化け物。そう言われる事を恐れていた。愛が、今までの事を振り返っていると、 「愛、遅れて、ごめん。泣かないでくれないか、まだ、間に合うのだろう」 「話をしている時間が惜しいわ。だけど、これだけは言っとく、女の涙は高いのよ。あなたは、女性の涙の原因で、女性の涙を見たのですからね」 「うっ」 愛は視線で殺せるような目で、乙を見つめた。乙は、まるで、蛇に睨まれた蛙のようだ。 「蘭、愛は泣き止んだようだぞ」 「甲。駄目よ、出ないで、石にされるか、死ぬかよ。女が泣いた後は、満面の笑みを浮かべるか、殺されるかなのぉ。そんな事も分からないの。女の子を泣かせては駄目。そう、親に言われなかったの?」 「乙が帰ってきたから笑っているかも」 「本当に馬鹿ねえ。殺気を感じないの?」 「殺気」 「そう。甲、乙に言った方が良いわ。愛が帰る前に、何所かに消えた方が良い。とねえ」 「大袈裟だろう」 「それ程の事なのよ。女の涙はね」 「分かった。伝えて来るよ」 「まだ駄目よ。死にたいの、この殺気の状態では二時間位は出られないわよ」 「乙は死んで居るのでは無いのか?」 「台風の目と同じよ」 「台風の目?」 「そうよ。殺気を放って、自分が死んでは困るでしょう。だから、自分の中心では何も起きてないのよ。乙は中心にいると思うわ。それだから、まだ生きているはずよ」 「そうなのか?」 甲は半信半疑だったが、蘭だけが感じたのでは無い。まだ、信達も近辺に居た。 最下部の二十八章をクリックしてください。
第二十六章
「蘭、乙が居ないのか、そう言われたぞ。何と言えば良いだろう」 「もー、そんな事。一々聞かないで、乙に会わせれば良いでしょう」 「えっ」 甲は、蘭の一言で言葉を無くした。 「何で、こんなに忙しいの?」 「それは、普段は乙が遣っているからな」 「それなら、乙はどこに居るのよ。呼んで手伝わせなさいよ」 「あの、その、いや、居ないです」 「だから、呼んで。そう言っているでしょう。私の話が分からないの?」 「あの、都市に置いてきたのですが、覚えていないのですか?」 「もうー、愛は役に立たないわぁ。乙はどこに遊びに行ったのよ。もー、良いわ。甲、紅茶なら作れるでしょう。お願い」 「だから、乙は置いてきた。と何度も」 「もー良いから、作って」 車外では、愛と獣族の男がいた。そして、何度も、乙を呼んでくれ。そう何度も話を掛けているが、惚けている愛の耳には入らなかった。勿論、車内の中で騒いでいる。蘭と甲に気が付くはずが無かった。 「蘭、やっぱり、時計が良いわ。オルゴール付きのねえ。今ねえ。喜ぶ姿を考えていたのだけど、この玩具では駄目よ。喜ぶ姿が八分位と思うの。時計なら満面の笑みに感じるのよ。だから、もう一度、都市に行きましょう」 御者に座り、惚けていたが、突然に立ち上がり車内に入った。男は、その姿を見て喜びを現したが、直ぐに愛の話を聞き不安の表情に変わった。 「愛、分かった。後でちゃんと話を聞くから、頼むから食事の手伝いをしてくれ」 「甲、口を動かすよりも、手を動かしなさい。もー、乙は何をしているのよ」 「だから、乙は」 甲は、二人から突付かれ泣きそうな声を上げた。そして、(食事を済ませれば、話を聞くはずだ。それまでの我慢だ)そう心の中だけで喚いた。 「もー又、口より手を動かしてよ」 「はい、はい」 蘭と甲は、食事の準備をしているのだろうが、まるで獣と格闘のようだ。その脇で愛は一枚の皿を持ち立ち尽くしている。その表情には、リキの事しか考えられない。そう感じられた。愛はそれでも、蘭と甲の指示で一枚の皿をやっと運び終えた頃、食事の支度が終わっていた。 「あら、お客さんねえ」 「そうねえ。御一緒に食べません」 愛と蘭は、食事を口に入れるだけの作業だけだからだろう。周りに意識を向ける事が出来た。それで、やっと男に気が付いた。 「あのう」 「ご心配なく、料理は余分にありますから」 そう、甲は声を上げた。その後に、 (乙の所にお連れしますから心配しないで下さい。それに、涙花さんに、ひょっとしたら会えるかもしれませんよ) 男に耳打ちした。 「おおお、美味い、美味い」 そう呟くが、料理をただ口に放り込むように感じる。もしかしたら、料理を早くなくそうとしているのだろうか、確かに無くならば出発が早いのは確かだろう。 「甲、乙は時計を探しているわよねえ」 「大丈夫よ。時間に間に合うように、私も一緒に探すわ。だから、心配しないでねえ」 「あの都市の様子では、ちょっと無理」 「甲、食べたのなら出発の準備をして」 蘭は鋭い視線を向け、甲の話を遮った。 「愛、大丈夫だからねえ。だけど、時間が許される限り探すけど、無い時は諦めるしかないわよ。リキの誕生日に間に合えないよりも良いでしょう」 「う~ん。そうしますぅ」 愛は渋々頷いた。 「蘭、準備は出来たぞ」 「はい、はい、食べ終わったらねえ」 「蘭、私は良いわよ」 「そう、それなら行きましょう」 「蘭、愛、食器などは後で良いと思うぞ。盗まれる事は無いだろう。貴方も乗って」 「はい。私は鼠家の道と言います。宜しくお願いします」 「はい、はい、みち、さんねえ」 男は、三人の仕草を見て、安全の為の様々な留め金をした。だが、その意味が解らないのだろう。そして、目を閉じる。その後は膝に顔を埋めると、腿の下で腕を組んだ。恐らく、この男は獣族の獣機に乗った事があり。この姿勢が獣機の助手席の正しい乗り方と感じられた。 「ほう、この男は凄いな。その姿勢ならむち打ち症にも、首を折る事ない。だが、これを強制は出来ないだろうなあ」 「何をやっているの」 「おかしな人ねえ」 「この姿勢は疲れるが、一番安全だぞ」 「そうなの」 「席に着いたな、なら行くぞ」 そして、タバコを二本くらい吸った位の時間で、乙を置き去りにした所、都市に着いた。 「早く扉を開けてよ。時間が無いのよ」 「甲、この男、もしかして気絶しているの?」 「安全が確認された。席を立て」 甲は、肩を叩き、身体を揺するなどしたが、起きない為に、冗談で口にした。 「着いたのですか、凄いです。揺れもなくて、時間も早いですねえ。これなら違う意味で心配ですね。子供が乗っても怖がらないのは困ると思いますよ」 「まあ、良いから降りて下さい」 車外では、愛と蘭が大声で、乙の名前を上げていた。 「あう、あう、うっうう」 乙は、泣きながら現れた。何故、この場に居る。そう思うだろう。涙花に贈り物にする物を探さなくて良いのか、そう言われて、家から叩き出されたからだ。 「帰って来てくれたのですねえ」 乙は泣きながら話すから伝われなかったのだろうか、愛と蘭の言葉には微塵も心配していない事が感じられた。 「時計、時計はあるの。探したのよねえ」 「もし、持ってなければ置いていくわよ」 「うっううう。有ります。有ります。置いてかないで、うっううぅそうだ。涙花さんに会いましたよ。蘭に会いたい。そう言ってってぇ」 乙は、愛と蘭と男にもみくちゃにされた。 「どこにあるの。時計を出しなさい」 「姉さんにあったの。何処に居るの?」 「涙花様に会ったのですねえ。何処です?」 「ぐっえ、ぐっえ、ぐっええ」 乙は声を出せないかわりに、甲に視線で助けを求めた。だが、甲も、愛と蘭が怖いのだろう。首を横に振り続けていた。 「愛さーんぅ。蘭さーんぅ」 森の茂みから、三人の男が手を振りながら現れた。偶然を装っているようだが、手には薬草や機械部品などを持っている。可也の時間を都市の中や周りにいたのだろう。涙花の頼みで、愛と蘭たちが来た時の為に、都市の中や周りで時間を潰していたのだろう。どんなに、乙が都市の中で泣き声や悲鳴を上げたとしても無視していたはずだ。それなのに、女性だからか、それとも、涙花に頼まれたからだろうか、満面の笑みを浮かべながら、嬉し涙まで流していた。 「えっ」 「うっうう、涙花さんは、やっぱり心配で護衛を寄越してくれたのですねえ。うっうう」 乙、一人が感涙していた。だが、男女四人は、この地に知り合いが居るはずが無い。居たとしても、涙花と同じ位の歳なら、自分達を判断が出来るだろうが、まだ、少年のような者に不審を感じていた。 「愛さんも蘭さんも、分かれた時のままだ。子供の時の幻影かと思っていましたが、やっぱり天女のように綺麗ですねえ」 「うっうう、嬉しいです」 「うっうう、美しい」 「えっ、まあ、本当なの、嫌だわぁ」 「やだわっもぉー」 男たちの視線や喜びの声を聞き、愛と蘭は完全に不審が消え、喜びを感じていた。 「さあさあ、涙花様が待っていますから村に来て下さい」 「えへへ、俺、蘭様に憧れていました」 「おれ、先に行って、皆に知らせてくる。今度はゆっくり居られる。そう、涙花様に言っても良いのでしょう」 「蘭、駄目よ。直ぐ帰るわよ」 「そうねえ。仕方が無いわ。お姉ちゃんには又、必ず遊びに来るから。そう伝えて」 「愛、探していた時計は有ったのか」 「甲、有ったわよ」 「そうか、それでは行くか」 「チョット待ってください。涙花様か信様に伝えたい事があるのです。少しだけ、時間を下さい。お願いします。お願いします」 道は土下座をして頼み込んだ。 「う~ん、でも。本当に時間が無いのよ」 「この地から村までは遠いのですか、近いのなら、愛、二、三時間なら良いだろう」 「愛、私からもお願い。お姉ちゃんと少し話すだけだからねえ」 「分かったわ。近くならねえ」 「近いです。ですが、この男は、あの戦いで一緒に居たのでは無いのですね。それでは連れては行けません。ここで待っていて下さい。直ぐに来ると思います」 道の土下座を見て、仲間では無い。そう感じて顔色を変えた。 「俺はこの場に残る。お前は信様に知らせに行ってくれないか?」 「蘭様から離れたくないが、仕方が無い」 「ごめん。頼む」 「気にするな。一つ貸しだぞ」 そう呟くと、この場から走り出した。 この場に居る者にとっては長い時間と感じただろうが、信と涙花が来るまでの間は、一時間も経たなかった。 「お姉ちゃんなの?」 蘭は頭の中で解っていた。自分には三年だが、姉達には八年が経っていた事に。 「そうよ。老けたでしょう」 「二歳しか変わらないはず、私が苦労をかけた為に、済まない。そればかりか、着飾ってやる事も出来ない」 「ばぁか」 涙花は心底から恥ずかしかったのだろう。顔を真っ赤にして、悲鳴のような声を上げながら、信の頬を叩いた。 「うっううう、幼子が叩くような力にまで落ちたのか、気が付かなかった。済まない」 「信、いい加減にしないと本当に殺すわよ。それよりも、時間が無いのでしょう。着いてから話を聞くわ。行きましょう」 「そうだな」 「甲さん、私たち二人も乗れるの?」 「七人ぐらい、大丈夫ですよ」 そう言いながら車内に招いた。そして、隠された椅子を出し、信と涙花に勧めた。 「はい、ありがとう」 道と信は椅子に座ると、即座に、安全の為の様々な留め金を閉める。そして、膝に顔を埋めると、腿の下で腕を組んだ。 「信、何をやっているの?」 「なにって、涙花、早く腿の下で腕を組め。舌を噛むだけで済めばいいが、下手をしたら首の骨を折るぞ」 「大丈夫よ。様々な事故防止用の安全留めをしているでしょう。これで安心よ」 「そうなのか」 「もう良いから、私と同じ姿勢をして、愛さんが睨んでいるわ」 「済まない」 信は、そう言って体を強張らせた。 「もう着いたわよ」 そう言いながら、信の肩を叩いた。 「え、嘘だろう。何分経った。と言うよりも、いつ出発して、いつ着いたのだ。振動は感じられなかったぞ」 「そうねえ。十五分ぐらいかな。んっ、あれよ。赤が点灯すれば出発と到着を表すの、青は安全確認が終わった。それでよ」 「乙、町から馬を借りてきてね。早くよ」 「はぃ~」 乙は心の底から嫌だ。そう感じられた。 「この男またかよ。信さん、起こし方があるのでしょう。お願いしますよ」 甲は、そう信に声を掛けながら車外に出るが、その時、信の起こし方が聞こえた。 (やっぱり、あの言葉で良いのか)そう思い、笑い声を上げた。 「蘭、足りない物があったか、大丈夫だったろう。皿など持ち去る者など居無いよ」 「えっ、誰か何か言った?」 「乙、俺も一緒に行こうか」 「気にしないで下さい。良いですよ」 甲は、次々と、皆に声を掛けるが、相手にされないからだろう。車の点検を始めた。 「出てきたな。話を聞かせてくれないか」 信と道が車外に現れた。 「はい、簡単に言います。竜家の長老に剣を、信に渡してくれと言われました」 「まさか」 「信様、そうです。竜の獣機の鍵です」 「それよりも、何人位が生存しているの?」 「六種機の獣機も、竜の中にあるそうです。それも信様に任せる。そう言われました」 「そうか、分かった。この地から持ち去ろう。それと同時に、生存者も連れて行くぞ」 「ですが」 「皆を初期の古都跡の地に、連れてきてくれないか、頼む」 「ですが」 「あの地は墓標と同じだ。あの地なら西国も手は出さないはずだ。お願いだ。私は、あの時は何も出来なかった。だから、生存者が居るなら家族に合わしたい。うっうう」 信は、最後まで話す事が出来ずに泣き崩れた。自分でも悔しいのか、悲しいのは分からないのだろう。だが、自分だけが幸せに過ごした時間を、生存者にも味わって欲しいと心底から願っての涙を流した。 「分かりました。言ってみますが、もう、普通に暮らしている者もいます。皆が来るか分かりませんよ。それでも」 「構わない。私は何度も、この地を行き来する。その為に獣機を使う」 「それでは、竜家の長老が思っていた事と違うと思います。恐らく、長老は封印を願っていたはずです」 「だが、私に託すと言ったのだろう」 「ですが」 「三度だけ許して欲しい。今回と、一年後と二年後、三回だけ使用する。生存者に、共に暮らそう。そう、伝えてくれ。それでも、この地に残る。そう言うのなら諦める。その後は必ず封印する。お願いだ。三回だけだ。信じてくれ」 「分かりました。それで、発つ日は」 「一週間後に、そして、一年後と二年後に必ず来る。そう伝えて欲しい」 「伝えます。それでは、鍵を渡しますから一緒に来てください」 「涙花はどうする」 「一緒に行きます」 「お姉ちゃん」 「ごめんねえ。今度は遊びに来て、その時は、楽しい話をしましょう」 「うん、お姉ちゃん、遊びに行くねえ」 「それでは、行こうかぁ」 案内をする道は一人者と思えた。信と涙花は、二人で居られるだけで嬉しい。そう姿や表情で感じられた。その姿や表情を見たくない為だろう。道は無言のまま、早足で先頭を歩き出した。 「必ず行くねえ。お姉ちゃん」 蘭は、姉に伝える為では無いだろう。今度会う時は、もっと歳が開き、親子のようになるだろう。それで、姉妹でいられるのは最後と感じての呟きに思えた。 「行ったのか?」 「うん」 「お姉さんも信さんも、何か楽しそうだな」 「うん。も~、馬鹿、愛も乙もいるのよ」 蘭は、甲に手を握られ恥ずかしそうに声を上げた。そして、大きな溜息を吐いた。 「乙はいないぞ」 「バッカねえ~、同じ事でしょう」 又、大きな溜息を吐いた。姉の嬉しそうな後姿を見たからだろうか、それとも、甲が握る手を離したからか、それは、蘭が嬉しそうに、甲の手に、自分の手を触れた。女心が分からない為だろう。そう感じられた。 邪魔者にされた。愛は、満面の笑みを浮かべながら懐中時計を綺麗に包んでいた。時々、殺気を放つように車外に耳を傾けている。恐らく、乙を待っているのだろう。そして、時計に視線を向けて、溜息を吐くのだ。日付が変わるまでに、リキの元に着けるか心配なのだろう。 「乙。もし、間に合わなければ殺すわよ」 最下部の二十七章をクリックしてください。 第二十五章 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自己紹介:
物語を書いて五年になりましたが、私は「左手の赤い感覚器官(赤い糸)と「蜉蝣(カゲロウ)の羽(背中にある(羽衣)の 夢の物語が完成するまで書き続ける気持ちです。
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