四つの物語を載せます
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第八章
「あれはなんだ。雄叫びなら止めさせろ」 都市の中心にある。ただ一つの木造の家から、光と同時に怒鳴り声を上げる者がいた。 古い組み立ての家だが質素には見えない。この都市の象徴物か、支配者の家だろう。建物の壁面には豪華に六頭の彫り物が描かれている。家紋か、神話の彫刻だろう。それにしても何故、他の家々からは灯りを灯す家はないのかと感じるはずだ。それは、獣の血が流れているからに違いない。獣の様に空腹か発情期以外は寝て過ごす習性が微かに残っているからだ。何故この男だけが、そう思うだろう。確かに気性は激しいが、住人を守る気持ちと、その仕事で睡眠が少ない為と、余りにも愛の喚き声が大き過ぎるからだ。 「今調査をしていますが、悲鳴のようです」 「悲鳴だと、東国は干渉しない。そう確約したはずだぞ。欺いたのか、許せん」 「落ち着いて下さい。擬人のようです」 「擬人だと、調査だけで済ますな。擬人なら自国に帰るまで付けろ。もしもの時は」 主の気持ちを考え、途中で話を遮った。 「はい、言わずとも。それでは失礼します」 部下は即座に部屋から退室したが、部屋の主は悲鳴が消えるまで、窓から離れる事も灯りが消える事もなかった。この悲鳴が直接の原因ではないが、愛、蘭、甲、乙の四人が、この世界に来たのが原因で、二つの種族が種族と名乗れないほど、命が消える事になる。 そして、甲は、どうしたら良いか悩んでいた時だ。どの家からか分からないが、家の主人だろう。家族に言われて苦情を言いに来たに違いない。だが、甲は気が付かない。 「どうしました?」 今は夜中で朝ではないのに、朝刊の新聞でも取りに出て偶然に会ったような話し方だ。 「えっ」 甲は驚き、声が出なかった。苦情などなら即座に答える事は出来ただろうが、清々しく笑みまで浮かべていた。 「お連れさんが奇声を上げているようですね。人に、それとも獣に襲われたのですか?」 耳が聞こえないのなら分かるが、今見聞きしたような驚きだ。 「えっ」 甲は言葉の意味が分からないのだろう。愛と主人を交互に目線を向けた。 「お嬢さんも馬車では怖いでしょう。又、襲われるのではないか、そう心配しての悲鳴なのでしょうねえ。今のお嬢さんの状態では、直ぐに旅立つ事は無理でしょう。だが、この町には宿は有りません。どうしたら良いでしょうねえ。仕方がない家内に聞いて見ます」 突然に現れた男は、自分の思いを述べ、自分で勝手に納得して、家に帰ろうとした。 「あのう、話したい事があるのです」 蘭は二人の様子を見て、自分だけ正常の判断が出来ると感じたのか、いや違う。甲の様子を見て魔女のような笑みを浮かべた。その笑みの通り、邪な考えが浮かんだのだろう。 「なんでしょう」 「貴方の言う通りなのです。変な集団に襲われるし、何の獣なのか暗くて分からなかったのですが襲われました。それは忘れられるのですが、連れの男は変態で常識を知らないのです。普段はどちらかが起きて見張っているのですが、あの状態ですから困っていました。ああっ何故に一緒にいると思われるでしょう。あの男の家は名の知れた資産家なのです。それで、男の父親から始めての仕事の監視を任されたのですよ。お願いと言うのは、あの男は甲と言うのですが、人生の経験と言う名目で朝まで仕事をさせえてくれませんか、昼間寝てくれれば、私達も安心出来ます。どの様な事でも命じても構いません。もし渋るようなら車と言ってくれれば喜んで働きますよ」 蘭は泣き顔、微笑みと様々な表情を作りながら説得を試みた。どの表情に弱いかを確かめて女の武器として使った。そして、言葉を待った。 「分かりました。そうしましょう。甲さん以外は、私の家でゆっくり休んでください。何かあれば車と言えば言いのですね」 主人は穏やかに言葉を掛けるが、心の中は違っていた。 (擬人は何を考えているのだ。この擬人の心は読めない。嘘を付いているのは分かるが、同属をいたぶって楽しいのか?) 「そうです。心の底からの感謝をします」 主人が振り向き家に向かうと、蘭は、子供が悪戯を成功したような笑みから、魔女のような笑みを浮かべた。そして、馬車に向かう。 「愛、愛、大丈夫よ。この家の主人が泊めてくれるそうよ。安心だから落ち着いて、ね」 「ふぅあ」 愛は錯乱して、自分が誰かも忘れていた。 「そうよ。安心して良いの」 愛は喚き騒いでいたが、蘭の言葉が分かったのだろう。微かだが、我を取り戻した。 「甲には悪いと思うけど、私は、愛の様子を見ないと、そう思うでしょう。だから、一人で礼を返して欲しいの。それと、換金場所やこの世界の常識などもね。大丈夫よ。良い人ですもの簡単な用事よ」 「そうだな。調べて見るよ。余り時間を掛けていられないからな。任せてくれ」 甲は、蘭から殺気と言うか、不審を感じて視線を向け続けるが、表情からは判断できず。考え過ぎかと思ったのだろう。快く即答した。 「御免なさい。後はお願いしますね」 目を潤ませながら頭を下げた。それも深々と、甲は済まない気持ちからだろうと、言葉を無くし、甲は何ども頷いた。だが、蘭は、 (けっけけけ。これで仕返しが出来たよ。私を馬鹿にするからだ。それも長老の前で、だけど、これで全てを忘れるわ。安心しな) 目を潤ませたのも、頷いたのも、嬉しさの余りに堪えきれないからだった。 「愛、行くわよ。甲、お願いね」 蘭は、明日の甲の表情を考えると、嬉しくて、嬉しくて、心の底からの満面の笑顔だ。 「ああゆっくり休めよ」 (やっぱり女の子だ。部屋で泊まれる事であんなに喜んで可愛いね。私は車外で寝る方が怖いぞ。車内の方が清潔なのになぁ) 甲は、完全に女性の笑みに騙された。二人が心配で、扉を叩き、家内に入るまで身届けた。その後、車内に泊まる準備をした時だ。声を掛けられた。 「待たせました。甲さん、行きましょうか」 「えっ、そうでしたね。分かりました」 甲は、主人の指示通りに車を進める間、優しく言葉巧みに話を掛けられた。そして、確実に何かを知りたい時は、ある言葉を使用して聞き出した。そうあの言葉、車と言って聞き出せたが、半分も理解出来なかった。 「甲さん。底の敷地です。好きな所に止めて下さい。大丈夫ですよ。馬車を触る人などいませんから安心して下さい」 「あっはい。ありがとう」 主人は何を慌てているのか分からないが、車から降りると歩きながら甲に伝えた。そして、周りにあるのと同じ土で作られた家に向かった。知人の家にしては変に感じる。何かを警護しているように人が立っているからだ。 「まだ、寝ていなかったのですね。良かったよ。頼みたい事があるのです」 笑みを浮かべながら知人に近寄った。何故か、甲に聞こえるように大声を上げた。 (至急知らせなければ、神が居るはずがない。 あれは禁じられている武器のはずだ。まして、神の子孫など言い訳だろう。我ら六氏族を滅ぼす企てをしているはずだ) だが、心の中では真剣な思いがあった。 「良いですよ。暇ですから」 その様子を後ろから甲は見ていた。世間話をしながら近づき抱きついたのだ。甲は、驚き見つづけたが、相手も同じ事を返した事で挨拶だったのかと、安心したが、挨拶なら女性にもするのだろう。そう思い、自分には出来ない。と、顔を赤らめた。 「大丈夫です。なぜ真っ赤な顔をしているのか分からないが、不審には感じてないようです。何があったのです。顔が真っ青ですよ」 警護をしていた者が小声で呟いた。主人は大きな溜息を吐いた後、抱き付きながら相手の耳元で、心の思いを囁いた。 「まさか」 「感情を表すな。気付かれたら困る。私は六種族の危機の恐れがあると知らせに行く」 「私は」 「あの男を頼む。朝まで寝かせないでくれ」 「わかった。私も探ってみる」 と、挨拶と思える事をしながら一瞬の間に伝えた。 「甲さぁん。来て下さい」 主人は振り向くと、心の中を見透かれない為だろうか、微笑みを浮かべた。 「なんでしょう」 「この人の指示に従ってください」 「はい」 (やはり、何かするのか、はっー) 甲は、心の思いを言葉にしなかったが、表情には不満をハッキリと表した。 「それでは入国許可書を見せてください。まあ、形式ですから勿論持っていますよね」 「えー必要な物は塩をお金に換えたら揃えようとしたのですが、今すぐ必要ですか」 「えっ」 意味が分からず言葉を無くした。 「如何しました。私が何か可笑しい事を言いましたか。ん、大丈夫ですか」 甲は即座に問い掛けたが、口を大きく開けて、虚空を見ていた為に声を掛けた。 「えっええ、大丈夫ですよ」 (この男は本気で言っているのか、まあ何でもいいか、言いがかりを付ける積りだったのだ。手間が省けた。さて、何をして貰おう) 「そうなのですか、分かりました。購入しなくても良いですよ」 「それは、どういう物なのですか?」 「ん。そうですね。礼儀と思ってください。人は一人では生きて行けないでしょう」 「そうですね」 「分かってくれましたか、それでは名前と生まれた所を教えて下さい」 「名前は甲と言います。生まれは神の国です。分からないですよね。それならエデンで分からなければ崑崙なら分かりますよね」 「んーう。仕方がないですね。甲さんですか、生まれた所は良いですよ」 (言うわけ無いか。さて、どうするか?) 甲の事を始めから間者と考え、その為に何を言っても誤魔化しだろうと考えるのだ。それにだ、神の国って言う方も、普通に考えれば変に違いない。 「それなら旅の理由は、この都に来た目的は何でしょう。それも言えませんか?」 「この都に来たのは、塩をお金に換えに来たのですが、日が暮れて困っていました」 「それはお困りでしょう。朝になれば両替屋を教えますよ。ここは塩の交換率が高いのですよ。知っていらしたのですか」 「本当ですか、ありがとう」 「それでは、誰でもがやっている。礼儀の奉仕活動をしてくれますね」 不審人物の尋問をする者は、この男のように仏のような安らぎの笑みを浮かべるのだろうか、それとも、この男が特別なのか、だが、この笑みでは心の底から感心して、全てをぶちまけるはずだろう。 「はい。私は礼儀を重んじますから」 「ありがとう。先にお礼をいいますね。仕事が忙しくて言えない人もいますからね」 (ほっ、これで素性が判断できるだろう。何も出来ない。ボンボンを装っても分かるぞ) と、心で考え、仏のような笑みを返した。 「それではまずは、薪割りをお願いします」 「えっ。こんな夜中に薪割りですか」 「月明かりで十分でしょう。貴方もですかぁ。はっーやれやれ、遣りたくないからですね」 先ほどの仏の表情からは例えようもない醜い表情を表し、盛大に嘆いた。 「すみませんでした」 「お願いします。あっ、私は台所にいますから少しの間一人で割っていてください。私は飲み物を作って、持ってきます。その時一緒に一休みしましょう」 (さて、陰から様子を見るのも時間が掛かるだろう。何を飲もうか) そう思いながら台所に入った時だ。地震か雷、いや、爆弾の破裂音のような音が響いた。 「なんだ」 (やはりな、化けたか) 驚いたが、意味が分かったのだろう。一人で頷き、風呂場に向かった。 「うぅん、難しいものだな」 甲は、何ども同じ事を呟き、大きい株の上に割る木を置いて、斧を投げているのだ。 「この男は何をやっているのだ」 風呂場にいた。薪を割る所と風呂を焚く所が隣の為に、男と甲との間は板壁一枚の隔たりしかない。その隙間から覗いていた。 「おおっわぁー」 隙間から覗いていた所に、斧が段々と近づき刺さった。何とか声を上げるのを我慢しようとしたが、体の機能が恐怖を感じ取り、叫び声を上げていた。 「おっと。うん、何をやっているのですか」 甲は刺さった斧を取り、隙間から覗いて見た。人がいると思って覗いたのでなく。ただ、穴が開いてしまい好奇心を感じたからだ。そして、顔を青ざめて腰を抜かしている人を見かけたからだ。 「何をやっているのですか、薪割りを頼んだはずですよ」 「そうです。薪を割っているのですが、難しいものですね。まだ、一つも割れません」 「わかりました。甲さんの所に直ぐ行きます。ですから、何もしないで、何も触らないでくださいね。お願いしますよ。必ずですよぉ」 「ううっむ」 斧を見て立ち尽くしていた。何故、自分を見て青ざめて怯えているのか思案していた。 「そのままですよ。そのまま、良いですか」 「はい」 「良い子ですね。この丸太に座りましょうねえ。そして、私のやり方を見ていてくださいね。まずは斧を持ちます。大きい株の上に割る木を載せて、斧を下ろして、トン、トン」 男は、甲の元に向かう数秒間に思案した。それも、そうだろう。薪の割り方を教えるなど、一度もした事も、聞いた事も無いからだ。 「おおお、簡単に割れた」 「簡単でしょう。投げないで出来ますねえ。それなら、お願いしても良いですね」 「大丈夫です」 と、答え斧を持ち上げた。時に、甲が怖いのだろう。何度も視線を向けながら家に入ろうとした。玄関まで来て安心したのだろう。大きな溜息を吐いた。その時だ。 「シュルル、ドッカ」 男の鼻先に斧がかすめた。 「ひっひい」 「大丈夫ですか。斧が株に刺さって抜けなかったのです。本当に済みません」 「ひっ」 (この男は故意にやっているな。そっちがその気なら、ぼろが出るまで苛めてやる) その頃の愛と蘭は、与えられた客室で蘭だけが格闘していた。 「何で蜘蛛がこんなにいるのよ。この部屋は蜘蛛の巣でないの。それに、カサカサと音はするし、何かいるわ。もうー嫌よ」 「ふっーはあー、ふっーはあー」 愛は幸せそうに寝息を立てていた。 「幸せな顔して本当にもー、愛は良いわねえ。 だけど、もし、起きて悲鳴を上げられたらねえ。それを考えると仕方が無いわ。今は我慢する。明日の朝、甲の死んだような顔を見られるなら我慢しなくちゃ」 蘭は、愛の為だろう。いや、ある意味では甲の為だろう。一晩中蜘蛛と格闘しなくてはならなかった。 「ふぁーんっはぁー良い朝ね」 熟睡できた心の底からの喜びを感じられる。大きな欠伸をした後は、蘭の事も何処に居るかなどまったく気にしていない。ただ、小鳥の囀りに導かれるように窓を開けて喜びを感じていた。それは本当に嬉しそうだ。 「愛、起きたのね。おはよう」 「ん、おはよう。良い朝ね」 空を見上げながら気の無い返事を返した。 「そうね」 蘭は、溜息のような声で答えた。 (だぶん、愛だけよ。気持ちの良い朝を迎えたの。都に住む、全ての人は夜中に起こされているだろうし、甲は一睡もしているはずないわ。私も知らない内に寝てしまったけど、小鳥の声は聞いたのよ。殆ど寝てないわ) 「愛、お礼を言って帰りましょう」 「んっ、お礼。そうね。人の家ですものね」 愛は部屋を見回して、今気が付いたようだ。 「はー行くわよ」 (もー興味あるものしか、頭にないのね) 愛は、窓の景色が名残惜しいのだろう。蘭は、無理やり手を引きながら部屋を後にした。 「お二人さん。おはよう。良く眠れました」 主人の奥さんだろう。満面の笑みで話を掛けた。その笑みだけで判断できる。全ての事柄を喜びに感じ、笑み意外の表情を作った事がないように思えた。 「はい。有難う御座います。気持ち良く寝られて疲れが取れました」 蘭は、愛が返事を返さないので肘を突いた。 「ん。はい、本当に有難う。気持ち良く寝られて、今も夢心地です」 「まあーそうなの。良かったわ。今、内の人がお連れさんを迎えに行っているから、来るまでお茶でも飲みましょう」 「うわぁー本当ですのぉ」 我を忘れたような満面の笑みを浮かべた。 「ミルク茶ですよ。嫌いでなければ良いけど、水を汲みに行くのは大変だから」 「蘭、ミルク茶ですって、ここに来たら飲めないと諦めていたわよねえ」 話を最後まで聞かずに即答した。表情からも分かるが、喜びを我慢できないのだろう。蘭の背中を何ども叩き、興奮を抑えた。 「良かったわ。椅子に座って待っていてください。温め直しますから」 「はい、有難う御座います」 蘭は、礼を返したが、愛は、惚けていた。殆ど、待たずにお茶が用意された。恐らく、主人が飲んで出掛けたからだろう。 「美味しいです」 蘭が言葉を掛けると同時に、愛と女主人は話を始めた。二人は別々の話題を挙げているのに、何故か会話の意味が繋がり盛り上がっていた。その様子を見て、蘭は、愛が歳を取ると、女主人になるだろう。そう感じた。二人の会話を聞いていると疲れを通り過ぎて、嫌気を感じ始めた。もう我慢できない。そう思った時に主人が帰って着てくれた。 「済まない。遅くなった」 「もうー早いですわ。話が盛り上がってきたところなのに、ほんとうにっもぉー」 頬をそんなに膨らませたら破裂するのではないか、そう思えるほど膨らませて愚痴を零すが、他人が聞いたら殴りたくなる甘い声色だ。恐らく、普段からも何事にも愚痴を零すのだろう。そう思える目線のやり取りだった。 「ゴッホン。蘭さんでしたね。お連れさんは疲れて動きたくないから、車で待っているそうですよ」 主人は、妻の甘い声を聞いたからだろう。一瞬だけ、顔を崩したが、二人が居る事を思い出し、甲の言付けを伝えた。 「甲に悪いわ。愛、早く行きましょう」 「ふぁい」 まだ、寝ぼけていて、正常な気持ちに戻らないのだろう。一言だけ、やっと吐き出した。 「ああっご馳走様でした。愛、早く、早くして」 蘭は、慌てて挨拶を済まし、手を引いて、甲の元に向かった。 「甲、ごめんね。いろいろ大変だったのでしょう」 蘭は喜びの余りに、表情が引き攣っていた。 「蘭、愛も大変だったのだなあ」 甲は、特に蘭の引き攣る表情を見て、何か嫌な事があったと感じた。 「ええ、蜘蛛とか、変な虫がいて怖かったわ」 「えっ」 と、愛が困惑した。 「そうか、そうか。大変だったのだなあ」 甲は涙を浮かべた。自分だけでなく、二人も同じだったのかと共感した。 (女性に虫攻めか。本当に酷いなあ。私も一息も吐く事が出来ないくらい辛かった。まだ、薪割りは良いほうだった。あの後は、自分の体重と同じ水量が入る桶を作らされ、何をするのかと思えば、それで水を汲んで来てくれだ。あれは疲れた。その後は食事の用意だ。風呂の掃除、拭き掃除だ。風呂を沸かせ) と、苦しい思いに耽っていたが、蘭が優しい言葉を掛けられ心底から安らいだ。 「泣くほど心配してくれていたの。有難うねえ。だけど良いのよ。私達は少しでも寝られたのだから、後は休んで良いわよ」 (甲も良い人なのねえ。これからは考えを改めるわ。本当にごめんなさいね) 男女に関係なく涙には心が動くようだ。 「いや、心配するな。大丈夫だぞ。愛、蘭に比べたら何でもない事だからなあ」 甲は、嗚咽を漏らした。 「甲さん。塩をお金に換えるのも、乙の所まで行くのも、私がしますから休んで下さい」 「塩をお金に換えてきた。後は、乙の所に帰るだけだ。気にしなくて良いぞ。自動制御で済むからなあ。私は男だ。大丈夫だ。愛と蘭はゆっくり休んでいてくれて良いぞ」 甲は、愛と蘭を無理やりのように床に就かせると、自動制御した後は体の機能が限界に来たのだろう。その場に倒れて眠りに就いた。暫くしてから、愛だけが起きだすと、御者席で手綱を持ちながら幸せそうに空を見続けていた。乙の元に着くまでには、愛は勿論だが、蘭も甲も、心身ともに回復するだろう。 最下部の第九章をクリックしてください。
第七章
枯れ井戸を中心に土で固めた家のような物が五件建てられていた。砂丘の上からは建物の中で四頭の馬が鳴いている姿が見えた。恐らく馬小屋だろう。奥行きがあるから十頭位は入れられるだろうか、それにしても何故、馬が鳴いているのだろう。そう思える姿で家人が別棟から出て来た。宥めるよりも辺りを見回した。普段は大人しいのだろうか、家人は首を傾げる。水か飼い葉の催促と考えたのだろう。馬を落ち着かせて二頭だけを放した。何故二頭だけなのか分からないが、馬はゆっくりと出て来て近くの草を食べる。段々と遠くに向かうが気に留めない。残りの二頭を宥めながら閂を閉める。突然に砂丘に目を向けたが、馬から知らされたのだろうか、家人は見慣れない物を見つけ、見つめ続ける。四人はそう思われても仕方がないだろう。馬も無く歩き旅にしては汚れてもいない。と言うよりも新品にしか見えない。そして旅装服にも見えないからだ。そして、家人は用事を思い出したのか、それとも殺気も感じられず、武器を持って無い事が見えたのだろうか、何事も無かったように家に入って行った。 「四頭いるな。これなら多分貸して貰えるだろう。直ぐに行こう。ほら、立ってくれ」 愛、蘭、乙は着いた事で安心したのだろうか、砂丘の上で座り込んでいた。甲だけは目が血走っている。目や表情からは早く恋人に会いたい。そう見えるが、恐らく早く済まして車の場所に戻りたいのだろう。 「はぁい、はぁい」 蘭だけが、嫌、嫌、声を上げる。二人が歩き始めると、愛と乙も付いて行く。 「ほう、これ家よねえ。土を固めた物よねえ。雨が降っても崩れないかしらねえ。蘭」 「もうー何を言っているの。固まったら溶けないの。愛、話しは止めなさい。聞こえたらどうするの。失礼よ。早く来なさい」 蘭は怒り声を上げた。当然の反応だろう。 これから交渉すると言うのに印象を悪くしたくない為だ。 「何の御用でしょうか?」 家人は話が聞こえ玄関に現れた。声色からだけで判断すると優しそうな中年と感じるが、髪と髭が覆われていて老年とも感じた。だが、目は人を殺した事があるような鋭い視線だ。視線が本心なら髪も髭も油断を誘う為だろう。四人は気が付かないが、武道を少しでも学んだ者なら感じるはずだ。 「あのう、ですね。言い難い話ですが聞いて頂けませんか」 甲は心底から困っているように思わせるが、誰もそう思わないだろう。だが、見方によれば御曹司が困っているようには感じられる。 「何でしょうか。もし、宿をお探しなら、小金を頂けたら空き家をお貸し出来ますよ」 家人は右手を隠して話を掛ける。恐らく背中に武器を隠している。そう思わせたいはずだ。邪な考えがあるか確かめる為だろう。 (何も感じないのか、武術を知らなくても分かると思うが、余程の腕の持ち主か、それとも本物の馬鹿なのだろうか) と、家人は思いを巡らした。 「どうしても、町に行かなければならないのです。ですが、馬に逃げられてしまいまして、出来れば馬を貸して頂けないかと、話に来ました。駄目でしょうか」 「ほう、それはお困りでしょう」 穏やかに話を掛ける。だが、疑いが晴れず背中に差してある短剣を握り締めた。 「出来る限りのお金を払います。あっこれをお金に換えに行くのです」 甲は現物を見せれば良い返事を聞ける。そう考えて塩の袋を見せた。 「ほう、海の塩ですか、それも一級品ですね。これだと金の十倍の価値がありますよ」 家人は手触りと味を確かめた。 「そうでしょう。それで相談なのですが、お裾分け程度の塩で保障として考えてくれませんか、後は換金した時に正規の値段を払いますから馬を貸してくれませんか」 甲は、家人が一瞬だが表情が和らぎ手答えを感じて上擦った。 「そこまで言われたら断れませんね。それで貴方が一人で行くのですかな」 「いいえ、三人で行きます。心配でしょうから、もう一つの保障として、この男を置いていきますので好きに使ってください」 仲間から苦情が出ないように一気に話しながら乙の背中を叩いた。 「えっ、そこまでして頂かなくても」 一瞬だが、襲われる心配をして断ろうとしたが、即座に話を持ち出された。 「それで、三頭の馬を借りたいのですが」 「三頭ですか、うっ、ん。良いでしょう」 (考え過ぎか。本当に油断を誘うなら手持ちの塩を置いていくな。まあ襲われても、この四人なら負けるはずがないがなぁ) 「好きな馬を連れて行きなさい」 家人が口笛を吹くと、二頭の馬が直ぐに帰ってきた。そして、二頭を甲に手渡しながら馬を与えた。やはり、先ほど二頭放したのは遊ばせる為でなく、もしもの時に危険を伝える為だろう。四人は気が付かないでいるが、世間話をする中でポツリ、ポツリ出てくる内容がそう感じられた。それは、自分はこの近くの水の管理と関所を兼ねていると、四頭も馬が居るのは伝書の為だと話をしたからだ。 「そのような大切な馬を貸して頂いても宜しいのですか、任務の支障は無いのですか」 「大丈夫です。一頭いれば足りますから」 家人は、そう伝えた。 (この甲と言う男は、代替わりになっての始めての仕事だろう。少し様子が変だが報告はしなくても大丈夫だな) 甲は安心した。話をして心を落ち着かせられた。そう感じた。視線が和らいだからだ。 「ああっ忘れていました。この男は乙と言うのですが、働きに渋るようでしたら、この菓子を与えて下さい」 と、言いながら酒入りのチョコレートを家人に手渡した。乙に視線を向けるが苦情を言わないのは馬に乗りたくないのだろう。それは馬が近寄る度に顔が引き攣っているのだから間違いないはずだ。三人は家人に分かれの挨拶をすると即座に行動に移した。 愛、甲、蘭は何も話さずに車のある場所に向かっていた。乙の為に目標物の確認と換金を終わらせて戻る為ではないだろう。ただ、馬から振り落とされない為なのかもしれない。「やっと着いたぞ」 甲はふらつきながら車に向かった。 「外界では、このような物に乗って移動しているの。信じられないわ」 「だけど、蘭、行きの半分の時間も掛かってないわ。馬に乗って来たから夕陽も見える事が出来るのよ。良かったわ」 だが、馬の方にも言い分がある。自分の周りに蚊のような機械が飛んでいるからだ。まだこの世界には機械など無い。始めて機械の音(人の耳にも聞こえないのだが、馬の方も聞こえたのでなく人口物を感じて恐れたのだろう)で死ぬほどの恐怖を感じたはずだ。 「蘭。それ位にした方が良いわ。馬だって好きで乗せていた訳でもないし、聞こえていたら本当に怒るかもしれないわよ」 「えっ、そうね。そうよね」 蘭は顔を青ざめた。先ほども死ぬ気持ちを味わったのに、本気で怒らせたら殺される。そう思っているからだろう。馬の手綱を持つ手が震えていた。 「ねえ、甲まだなの」 蘭は震えた声を上げた。甲から馬は臆病だぞ。大声を上げたら暴れる。そう言われたからだ。だが、甲の耳には届かない。夢中で車を馬車に見えるように装っているからだ。 (ほんとにっもぉー) と、心の中で悪態を付き、甲の所に行こうとしたが行ける訳が無い。馬車に装う作業の音。特に、金槌の音が聞こえ無い所で、逃げないように馬を捕まえているからだ。どうしようかと迷っている。馬から離れたい為に声を掛けた。それも馬を気にしながら何度もした。 「ねえ、ねえ。甲まだなの」 声が届いたのだろうか、それとも偶然なのか、甲が声を上げた。 「良いぞ。連れて来てくれ」 「愛、良いってよ」 「えっあっ、はい」 愛は空を見て惚けていた。 「お願いだから暴れないで歩いてよ。そう、そう、そうよ」 「ありがとう。馬を馬車の木枠に繋ぐから、もう少し捕まえていてくれよ」 甲が工夫をして馬車のように装ったが、ただ、車体を布で覆っただけだ。確かに車の後ろに木枠を固定して馬を繋げば、馬車に見ようと思えば見えなくもなかったが、大きさから見ても三頭では動かないだろう。それとも自力で動かすのか、それなら問題がないが後ろ向きで長距離を走れるか疑問だ。 「ねえ。甲、大丈夫なの」 愛は疑問を感じて問い掛けた。 「えっ何がだぁ」 「蘭も。そう思うでしょう」 「そうねえ。後ろ向きではねえ」 蘭は馬から離れる事が出来て、普段のような勝気の声色に戻った。 「あああ、その事なら大丈夫だぞ。手動なら「前方方向の運転席側だが、自動運転なら後ろ向きの荷台向きに動くからなあ」 「えっ何故そんな仕組みにしたの」 二人の女性は驚きの声を上げた。 「愛、そう言う事は聞かないのよ。甲の専攻職種の問題だと思うわ」 顔を顰めながら首を横に振っていた。恐らく話題にするな。と、言っているのだろう。 「おおお、良く分かるなあ。そうなのだよ。愛なら分かると思っていたがなぁ。星を見ながら行動したいだろう。私も地図を見ながら地形を見ないと行けないからなぁ。まさか蘭が、気が付くとは思わなかったよ」 満面の笑みを浮かべて話を始めた。 「その話は後で聞くわ。早く町に急ぎましょう。乙の元に早く帰らなければ行けないわ」 蘭は顔を顰めて話を逸らした。愛の問い掛けで気分を壊しているのに、その愛は荷台に座り夕陽を見ながら惚けていた。 「愛、良かったわね。夕陽もゆっくり見られて楽しみにしていたものね」 「はっ、出発するぞ。私は中に居るから、愛と蘭は確りと手綱を持って馬車のような感じに思わせていてくれよ」 甲の溜息は、二人の遊び気分に疲れを感じたのだろうか、それとも、愛車の傷の心配なのか、恐らく車の傷だろう。そう思えた。話し終えてから数分後に偽馬車は動き出した。辺りには、二人の女性の心の底から楽しんでいる会話が辺りに響いた。 三人が向かう先は飛河連合西国と言われる都に向かっていた。その国は幻の国と言われていた。何故、幻か。それは、獣人しか居ない為に、擬人が軍隊で攻めて来る者や邪な考えを抱く者を、獣人の嗅覚、殺気や心を読む力で感じ取り、都市中の獣人が消える事が出来た。その事に不審に思うだろうが、都市の生命線の河が不規則に流れを変えるのだ。砂の上を河が流れる為に酷い時は十キロも変わってします。その度に新都を造っていた。その為に、何か危機を感じたら旧都市に逃げる事が出来たからだ。その数も無数とは大袈裟だが、そう思うほど都市の跡があった。 「ねえ、甲。本当に町があるの。周りは廃墟しかないわよ。まさか、この車で一夜を過ごす事になるの。ならないわよね」 夕陽が沈んで、念願の満開の星空を見ていたが、何も変わらない事に気が付く頃だ。愛の気持ちを考えて、二人は無言でいたと言うのに、その本人が沈黙を破った。 「愛、そうでも無いと思うわ。 堀の向こうを見てごらん。最近まで住んでいたように新しいわ」 「そうなの。暗いのによく見えるわね」 「月明かりでも見えるわよ。建物が確りと残っているし、恐らく堀でなく河だと思うわ。 底の方に光っているのが見えるもの。河の流れが変わったのよ」 「そう。私は眼鏡だから見えないのかな」 「あっ愛ごめんなさい」 蘭は心の底からの悪いと思い謝罪をした。 「星も見飽きただろう。それなら、馬車の速度を上げても良いか」 二人の話し声が聞こえ、車内から問うと。 「ああ甲、良いわよ」 「ねえ甲、話を聞いていたでしょう」 「ああ、蘭の言う通りだ。河の流れが変わったようだ。五キロほど先に人体反応があるから住人は移ったのだろう」 「五キロなの。そう、まだ時間が掛かるわねえ。だけど、そんな時間に店屋が開いているの。本当に部屋に泊まれるのよね」 愛は話せば話すほど、険悪を顔に表した。 「えっあっあ、愛、流れ星を見たか」 甲は、愛に恐れを感じて話を逸らした。 (この女が一番怖い。表情や殺気が本物なら何をするか分からんぞ。この様な人が我を忘れて、原形を留めない程に殴り殺すのだろうなあ。何とかしないと不味いぞ。流れ星を探し疲れて寝てくれないかな) と、心で思いながら恐る恐る目線を向けた。 「えっ流れ星。ななんですか。それは」 一瞬で表情が変わった。目をキラキラさせえて、もう先ほどまで何で怒りを感じていたのかを忘れているようだ。 「仕組みなどを聞いているのではないよなぁ。知っていると思っていたよ。何て言えば良いのかな、星が動くと言うより流れるのだよ。見れば直ぐ分かるぞ。それよりも、擬人には面白い話しがあるぞ。流れ星が消えるまでに願いを言えれば叶うらしいぞ。試してみろ」 話し終えると、大きく溜息を吐いた。愛の顔色や様子で誤魔化せたと感じたのだろう。 (これで、明日の朝まで夢中で星空を見ていてくれよ。俺が流れ星に祈りたいよ) そう心の中で祈った。 「愛は何を願うの。ねえ愛」 蘭も女性だからだろうか、本当に楽しそうに話を掛けるが、愛は夢中で流れ星を探していた。町に入るまでは馬車の中も回りも静かだったのだが、流れ星が見つからなかった為だろうか、愛は喚き声を上げた。 「なな、何なの、無人じゃないの。これで人がいるの。これじゃ部屋に泊まるどころか食事も駄目でしょう。甲、絶対に何とかして」 愛が無人と思っても仕方がない。普通の町なら全ての家の灯りが消える時間ではない。それに、家々が粗末と言うよりも機能重視の簡易家だからだろう。夜だと人が住んでいないように見える。だが、三人は町の外側しか見ていないが、町の中心に行けば粗末な家がなくなり、開いている店もある事に気が付くはすだ。恐らく、故意に廃墟とは大袈裟だが、人を寄せ付けない考えだろう。住人全員が人付き合いを嫌っているか、それとも、襲撃を恐れているのだろう。町の造りでそう思えた。 「なあ、愛落ち着いてくれ、今日は馬車に泊まってくれよ。明日、塩をお金に換えたら好きな物も、好きな所を連れて行くからなあ」 「ぎぎゃあ、甲、変な事を考えているでしょう。寝言を聞きたいの。寝顔が見たいのね」 甲が何を言っても、愛は、我を取り戻してくれない。声は段々大きくなり、何を言っているか自分でも分からないのだろう。甲は頭を抱え座り込んだ。それもそうだろう。愛の叫び声が都市中に響いているはずだからだ。 最下部の第八章をクリックしてください。
第六章
「目標地点には車内時間で三十分後に到着します。探査虫を飛ばす準備をして下さい」 車内には四人以外の声が響き、驚き車内を見回した。 「あああ、忘れていた」 甲だけが意味が分かり、あわてて射出した。 その虫は人口の蚊に似た物だ。時期によって形は違うが目標地点を探査する機械だ。 「本当にもー。これから如何するのよー」 愛は又、声を上げた。 「だから、目標地点の安全を確認する為に虫を出したから、そんなに心配するな」 甲は操作をしながら声を上げた。 「甲で良いですよね。年長者と思い聞きますが、何かの計画を考えているのですよね」 「だから、虫を出したから目標地点に障害物があっても、この時間なら変更が出来る」 画面を見ながら操作をしていた。その為に苛立ち、問いとは違う事を喚いた。 「何故なの。到着する前から危険に会うの?」 愛は狂ったように喚いた。乙は気絶して何も言わない。蘭は怒りを表しながら到着まで声を上げるのを我慢していた。それもそうだろう。甲の何も考えていない事に呆れていた。 「ふうー大丈夫だな。衝撃があるかも知れない。しっかりと椅子に座っていてくれ」 甲が椅子に腰掛けながら話すと、二人は慌てて腰掛けた。数分後、エレベータが急速に落ちるような感覚を感じた。 「俺の車がー」 喚きながら甲は車外に出た。 「着いたのですね」 愛は顔を青ざめていた。よろめきながら車から出ると、ホットしたのだろう。 「うぁああ広い空」 満面の笑みを浮かべ、愛は喜びの声を上げた。 「あいつは駄目」 蘭は、甲に鋭い視線を向けた。 「何なの。乙はまだ気絶しているの」 車内から出る間際に蘭は、泡を吹いている乙にも声を投げ掛けた。 「うぉおおお。これなら都市だけでなく、外界でも何ども行き来できるぞ」 子供が始めて自転車を買って貰った時のような異常な驚きだ。 「ほう、任務を終了しても都市に帰るのに支障ないのですね。それで、これからの計画はどの様にするのでしょうか。私は歳も若くて、計画を考えられませんわ」 笑みと目が釣り合ってない。勿論、声には感情が感じられないが、天性の営業微笑だ。 「そうだな。それなら飲み物でも作ってくれないか、飲みながら気持ちを解そう。今この時間以外は緊張の連続が続くだろうからな」 (この野郎作ってやるよ。どうせ即席の物しか無いのだろう。えっえー) と、蘭は心の中で思いながら頷いた。 「俺は薬草茶に、同じ薬草を三枚入れてくれよ。それから小さじで一つの酒を、ああ、あいつが居た。匂いでも酔うのだった。諦めるしかないか、全ての物に名前が書いてあるから安心してくれ、作り方も扉に貼ってあるぞ。大抵の物があるから好きな物を飲んでくれ」 「はい、はい。分かりましたわ。用意しますから、乙の様子を診て下さい。愛も惚けていますからお願いします」 営業微笑は変わらないが、本格的な物がある思いで、目元に微かだが喜びが感じられた。「えっ、乙は病気なのか。それは大変だな」 (この野郎は、車以外は頭にないのか) 甲の話を聞き流し、蘭は心の中で悪態を吐きながら車内の中に消えた。 「わぉおー泡を吹いている。なんでだぁーやばいぞ。おーい、愛、あーいー」 「もうー何ですか。素晴らしい景色を見ているのにー。ほんとにっ、もー何なの」 先ほどまでは奇人のように錯乱していた愛なのに、他人事だからか、それとも都市以外の風景を見た事が無いからだろう。まるで別人のような変わりようだ。 「悪いが、乙の様子を診てくれよ。愛が医師職種経験者なのだろう」 愛はお多福風邪に罹ったような顔で現れ、その為に、甲は怯えた声を上げた。 「そんな事ですか、私ではないですよ」 乙が見えないのだろうか、用件を聞くと車外に出ようとした。 「チョット待ってくれよ。蘭なのか」 「乙ですよ。私は看護だけです」 「こいつなのか信じられない。愛、チョット待てって」 「もうー何です」 「乙を見ても何とも思わないのか」 「変ですね。何かあれば酒入りのチョコレートを食べさせろと言っていましたでしょう」 「食べさせれば良いのだな」 甲は言われたように袋を開けて手に持つが、意識が無い者にどうの様に食べさせるか考えていた。乙は酒の匂いで、ぴく、ぴく、と身体を痙攣させて意識を取り戻したのだが、目が虚ろで自分では食べられないだろう。 「もう何をやっているの」 愛は言葉と同時に、甲からチョコレートを取り上げると、心の底から不満を表しながら無理やり乙の口に押し込んだ。 「ほう、荒っぽい治療だな」 甲は治療の事が全く分からないからだろう。真剣に愛と乙を交互に見つづけた。 「私に用はないわね。外に居るから」 返事も聞かずに車外に出る。 「はっふー」 乙は溜息なのか気合のような声を上げた。 すると、顔中に赤み戻る。と言うよりも酔っているようだ。だが、気のせいなのかも知れないが瞳には知性が感じられた。 「わっおっ大丈夫なのか」 「ああ大丈夫だ」 「本当に大丈夫なのか。何か眼つきと言うか雰囲気がいつもと違うように感じるぞ」 「ああ本当に大丈夫だ。有難う」 甲が変と感じたのは、乙がおどおどした話し方でなくハッキリとした話し方だからだ。 「そうか。それなら手を貸してくれないか」 「私に出来る事なら。うっうう」 「大丈夫なら簡易小屋を作るのに手を貸してくれ。少し休んでかれで良いからな」 甲は、乙が何度も頭を振りながら話す仕草を見て不審に思いながら話を掛けた。 「何をやっているの。出来たわよ」 「蘭、乙の様子が変でないか」 「ん。そう見えないけど、どこか変なの。それよりも、これを置く所を作ってよ」 乙の事はどうでも良いのだろう。愛は一瞬目線を向けるが、目に入ってないに違いない。 「適当に腰を下ろして飲まないか、話の内容によっては準備で忙しくなるはずだ」 「別に良いわ。早く紅茶を取ってよ」 四人は車内では飲みたく無かった。たとえ座り心地が良い椅子が有っても、都市とは違う開放感を味わいながら飲みたいのだろう。 「外界って凄いのね。空を見ても隔てる物もないわ。それに周りは砂しかないけど、その先は又、空なのよ」 「日が沈んだら驚くわよ」 蘭は、愛に話に相槌を打った。 「ん。ああっ太陽の事ね。星が見えるのでしょう。早く見たいわ。綺麗でしょうねえ」 二人の女性は満面の笑みを浮かべる。嬉しさで目が輝くとは、この様な笑みだろう。 「私達は都市から出た事がないのだから驚くのは確かに分かる。だが、そろそろ話を始めても良いかな」 「何を言っているの。いつ話すのか、いつ話すのかと、待っていたのよ。早くしてよ」 蘭は本心の言葉のように声を上げた。 「そうか悪かったな。許してくれ」 ここで言い返せば言い争いになる。甲はそう思ったのだろうか。いや違うだろう。蘭の悔しがる顔が見たかったに違いない。それは、甲の一瞬の笑みで感じられた。 「これから話すとしても、あの乙の様子では話をしても頭に入らないわよ」 蘭は心配などしていない。それは人を馬鹿にしたような勝ち誇る笑みで感じられた。 「ぎり、ぎり」 甲の顔の表情は変わらないが、耳を澄ましていれば、奥歯の噛み締める音が微かに聞こえるだろう。そして、心の中で悪態を吐いた。 (先ほどから言っているだろうがー、今頃気が付いたのか。この女、良い性格しているよ。 それとも、どうしても俺を怒らせたいのか」 「あっああ、もっもー、ほんとっにっもぉー、一つで駄目なら二つあげたら良いでしょう」 愛は又、乙の口にチョコレートを入れた。 すると、微かだが目が潤んだ。感謝からと言うよりも酔いが回ったように感じられた。 「愛、蘭ありがとう。私を心配してくれるのは嬉しいですが、本当に大丈夫ですから話を始めて下さい」 乙は、愛と蘭に礼を返して、甲に話しを勧めた。そして、甲は頷き、話を始めた。 「ここからだと、目標物が居る都市は歩きだと半日位の距離だ。二手に分かれるしかないだろう。車を隠し、簡易小屋を建てて二人が残る。もう二人が目標物を確認しに行く」 「チョットまって、その人選を甲が決めるのですか、それで自分は行かないつもりね」 蘭は掴み掛かるような態度だ。 「まて、まだ話の途中だ」 死にそうに青ざめているのは、本当は別の考えが無い為か、それとも蘭の鬼のような表情の為だろうか。 「あのう、なあ、あっ近くに民家がある。 そこで馬を買うか、馬を借りて、車を馬車のようにする方法もあるぞ」 「ほうー皆で目標物に向かうのですね」 「私も、それなら文句ないわ」 愛は歩くのかと思い悩み、甲とは違う意味で顔を青ざめていたが、大きく息を吐き出すと、赤みを取り戻し始めた。蘭もその姿を見て渋々承諾するしかなかった。 「誰も文句はないようだな」 乙の承諾も聞かずに計画が決定された。 「甲、何をすれば良いの。夜になる前に終わらせたいのですが、大丈夫ですか」 愛は話をしながら、夜の星を夢見ているのだろう。目を潤ませ惚けているようだ。 「大丈夫だろう。それでは始めに車に幌を被せて簡易小屋を作ろう。馬に逃げられて立ち往生したように見せなければならないぞ。それでは早く準備を始めようか」 甲が設計した車は、この世界には無い物だ。この時代から二千年後位に化石燃料で走る物に近い。それは荷物を運ぶ専用車と、簡易宿舎を兼ね備えた車と思ってくれれば分かってくれるはずだ。 「乙、留め金を取ってくれないか」 と、甲が、乙を使用人のように扱う。それを見た二人も、当然のように同じ扱いを始めた。「乙、小屋まだなの。急いでね。食器運ぶから、えっと、それ終わったら火を起こして」 「乙、これ売れそうだから外に出してね。それと、これと、これに、それもね」 「おおお、これなら馬車に見えるだろう」 甲は一人で喜んでいた。ただ、車輪以外の部分を皮布で覆った。それだけだ。そして傷が付いてないかを撫で回すように探し始めた。 その少し離れた所で、乙は小屋を一人で建て、火を熾し、湯を沸かし、汗を流しながら無言で売り物にする物を磨いていた。 「ねえ。何か食べ物を作ろうかぁ。もしかしたら、馬と交換が出来るかしら、蘭どう思う」 「そうねえ。ああー塩よ。塩なら売れるわ」 「らんぅ。塩ですかぁ」 不振そうに、愛は問うた。 「そうよ。塩、塩よ。そう、よねえ」 蘭は思案していた。他に売り物が無いか考えているのか、それとも、交換金額だろうか。 「愛、思い出したわ。何かの資料でみたわ。確かねえ。金と同じ価値で交換が出来るのよ」 二人の女性は軽い食事を作るからと、乙に全てを任せて車の中に居た。甲は車の事でまったく気が付かないが、乙は声が聞こえる度に様子を見る。そして塩が売れる。それだけが確実に耳に入る。もう品物と言っていた物を磨かなくて良いのか。不思議そうに、それとも問い掛けているのか、どちらかにも思える視線を向け続けていた。 「乙、どうした」 車の傷が有るかを確認し終えると、正気に戻ったような顔で辺りを見回した。そして、驚き声を上げた。小屋から全ての用意が終わったからの驚きではないようだ。 「ん、何だ。何だ。女の尻を見ていたのか、不謹慎な野郎だ」 「えっ、えっ」 想像絶する事を言われて、声が出ないのだろう。そして又、甲の言葉で声を無くした。 「何をしている。そんなガラクタを磨いて遊んでいるのか、早く片付けろ」 甲は、乙に言うと車内に入った。 「おお食事の支度をしていたのか、済まない。民家に行くのは食事の後にするか」 「蘭の話では塩は金と同じ価値があるのよ」 「そうか、馬と交換出来るな。待てよ。それは大きい町で交換しよう。良い考えが浮かんだよ。我々は塩を交換する為に町に向かう途中で馬に逃げられたとしよう」 「だけど、それなら馬はどうするの」 「大丈夫だ。任せてくれ」 四人は直ぐに食事を始めた。愛と蘭は夜が楽しみだと嬉しそうに話ながら食べる。甲は、誰が小屋などを作ったのか、などを聞きもせずに惚けていた。おそらく又車の事だろう。 その横で乙は、汗を掻きすぎて、もう汗は出ないのだろう。その代わりに塩を噴出しながら無言で食べていた。 「ねえ甲。民家に行くのでしょう。ゆっくりしているけど、そんなに近くなの」 蘭との話も尽きたのだろう。愛は心配そうに尋ねた。その心の中は日が沈んで、星を見逃してしまう。それだけだろう。 「そろそろ行くとするか、愛大丈夫だぞ。往復しても日が沈むまで戻れるはずだ」 甲は空にある太陽を見て問いに答えた。 「勿論、塩だけを持って四人で行くのよね。まさか、誰かを残して大事な車の見張りをしろ。なんて言わないわよね」 「ああ勿論そうだ」 「ふううん。そう、荒らされない自信があるの。それとも理由があるのかしら」 「ああ警報機も入れたしなぁ。小屋があれば近くに人がいる。そう思うだろう」 蘭の笑みは、確認と言うよりも、甲の表情が変わるかを確かめながら遊んでいるようだ。 「良いな。それでは行くぞ」 その掛け声で話を止め、甲の後を追う。 四人の頭上には、やや西に傾いた太陽が輝いていた。時間にして二時頃の時間だった。 一同は民家に向かうが、その住人は、砂漠にある数少ない水源の管理と国境の監視を任されていた。国境と言っても同じ獣人族の飛河連合国なのに変だと思うだろうが、国の成り立ちに原因があった。獣人は、猿人とも擬人とも人とも言われる人々に係わらないように東洋系は西へ、西洋系は東へと逃げるように移り住んだ。そして、この地に行き着き。一つの国を興した。自然と衝突を避ける為に東洋系と西洋系とに分かれて住んだのだ。 それが丁度この水源が西と東の境であり。今では国境線となった。 「甲。本当に民家の方向に向かっているの。まさか迷ったとは言わないわよねぇ」 太陽の位置が動いたとハッキリ分かる頃で、そして、身体が疲れを感じて歩くのが嫌になったのだろう。蘭は愚痴のように問い掛けた。 「間違ってはいない。あれが見えないのか、虫がいるだろう。確かに、太陽だけを見ていれば可也の時間が過ぎた。そう思うが、それほど歩いていないぞ。砂の上を歩き慣れていないから、そう感じると思うぞ」 甲は空を見上げながら話を掛けた。 「えっ虫」 愛は意味が分かれず声を上げるが、蘭が指を指して伝えた。 「あれ、あれよ」 乙は話に乗らずに無言で歩き続ける。声を上げる気力もないのだろう。休んでいたのは食事の時だけだ。心底疲れているのだろう。 「あれだ。前を飛んでいるだろう。あの虫の設定は、我々の歩く早さの平均より下だぞ」 「分かったわよ。それで、後どの位なの。いい加減に疲れたわ」 蘭は、甲をやり込めようとしたのだろう。だが、出来ずに頬を膨らませた。 「そろそろ着いても良いのだが、仕方が無い。あの砂丘を登り、見えなければ休もう」 三人は休める。そう思ったからだろう。愚痴を零さず、笑みまで浮かべ砂丘に向かった。 「あれだ」 甲は指を指して声を上げた。一人だけ喜び顔だ。他の三人は休まずにまだ歩くのかと苦渋を表している。だが、砂丘を登り民家が近い事に安堵したような表情を表した。 最下部の第七章をクリックしてください。 第五章 一人の女性が何故、雨に濡れながら歩いているのか、紋章入りの服装から判断すると供がいても同然な裕福な育ちと感じられた。 「雨は恵みの雨だが、このように何日も続くと嫌になるわ。えっ」 夜と言うよりも、朝と考えて良いほどの時間だ。人が居るはずが無いと感じた。それもそうだろう。雨も降り止まないのだからだ。 「人形か」 この女性は貴婦人のように見えるが目線からは戦士のように感じられた。だからだろうか、恐怖でなく敵意が感じられた。それを確かめるつもりでは無かったが、帰るには、この道だった為に近づいた。 「人だねえ」 その人物の下に目線を向けると、陶器のお椀が置かれ、最低通貨が一枚入っていた。 (托鉢をしているのか?) そう思い、男の顔に視線を向けた。 「これから、私は軽く食事をしながら飲むのだが、付き合わないか?」 この男は元々無表情なのだが、女性は雨に濡れて青ざめている。そう思い、自分が無視すれば人が通る時間まで体が持たないだろう。それで声を掛けた。 「私に言っているのか?」 この男は驚いているのだろうか、表情からも声色からも感じられない。 「そうだ。他に誰か居るように見えるのか?」 服装からは想像が出来ない。男性のような話し方で、男は驚いているのだろうか。 「むう、うっうう」 何か考えている。悩んでいるようだ。 「私とでは、食事をしたくないのか?」 怒り声を上げた。 「いや、違うのだが、女性と二人では何かと、不味いのではないかと考えていた」 歯切れの悪い口調だ。 「ほう。私を見て色気を感じたのか」 「いや、違うのだが、何って言えば」 「坊やと食事をしても困る事はない」 この男は坊やではない。二十代前半だ。そして、何かの宗教だろうか、マントの背に遺言命と、刺繍で書かれていた。 男の話を途中で遮り、声を上げた。 「それでは行くぞ。後に付いて来い」 女性はお椀を拾い。男の手を引きながら話し掛けた。 「何をしている。来い。酒も付き合えるな。飲めるのだろう?」 「遺言状、第一巻、第二章二十番と、第三章三十番。目上の好意は受ける事、女性の気持ちを尊重する事。にある。喜ぶべき事だ」 無理やりのように歩かせられ、男は呟くが、雨音に消されて、女性の耳に届かなかった。 「ん、何だ。飲めないと言いたいのか、私の酒を断るとは始めて聞いたぞ」 このような時間で、雨で人が居ない為だろう。遠くからも店屋の明かりが見える。女性は、男性を引きずるようにして明かりの元に向かった。 「親仁。飯をくれ、酒も頼む」 常連の親父のような声を上げた。 「まいど、どうも」 初めての客だが、親仁の癖に違いない。 「それと、悪いのだが、親仁の服と湯を借りたいのだが、金は払うぞ。この坊やに、な」 「貴女様はよろしいのですか」 「私の湯は良い。近くに家があるからな。部屋で窮屈な服を脱いでくる。その間に飯を作っていてくれ、私は直ぐ来る」 「はい。畏まりました」 「あっ」 店主は驚き、一瞬だが声を掛けるのを忘れた。 女性の言葉の通りに直ぐに現れたからだが、それだけでなく、先ほどが深窓の令嬢と思える服装から男女兼用の旅装服だ。普通の旅人なら着ても可笑しくないのだが、穴が開いてよれよれだからだ。 「お連れさんは湯に入っています」 「かまわない。酒をくれないか、あれも食事はまだなのだろう」 「はい。ご一緒に食べるのですね」 「そうする」 店主と女性が話をしている間に、男が湯から上がって来たが、何故か、裏口の扉で立ち尽くしていた。 「おー上がって来たのか」 「何て言って、お詫びすれば良いのか」 「このくらいの事で気にするな」 「第五巻、第二章七番、人の睦言を聞いては行けない」 「ななっ、第、睦言。何、馬鹿な事を言っているの。早く、席に座りなさい」 驚くと女性の言葉に戻るのか、それとも身の危険を守る為に男性のような言葉を使っているのだろう。 「お連れさんの体を考えて、やや冷たい汁物から出しますが、同じ物にしますか?」 女性は顔を赤らめ言葉を無くしていた。その雰囲気を変えようとしたのだろう。立ち上がりながら言葉を掛けた。 「そうする。同じ物で良い」 二人は食べ物の香りに負けたのだろう。調理場を見つめ続けた。そして、料理を出されると、一言も話す事も無く食べ続けた。 「酒は飲めるのだろう。礼の代わりに付き合って欲しい。それとも、貴方が信じる神では酒は飲めないのなら別だが、違うのだろう」 「おっ、付き合ってくれるのか」 男は無言で杯を女性の目線まで上げた。 「若そうだが、何歳だ」 「歳か、何歳に感じる。貴女は、あっ、 遺言状、第一巻、第一章、二番の注意事項は、女性の歳を聞かない事」 「何歳に感じる。ん、何の冗談だ。えっ、そうだな、二十歳位に見えるな」 「目は確かだ。二十歳だ」 男の表情からは判断が出来なかった。女性が見える。それを俯いたように感じられた。 「おまえは、何処から来たのだ?」 「・・・・・・」 「言いたくないのか、そうか、これからの行き先はあるのか?」 「行き先は出来た。第一巻、第二章三番、例え、米粒一つの事でも義理を返す事。 例え、行き先が地獄だろうと、貴女の護衛をします」 男は酒を一気に飲み込んだ。普段は酒を飲まないと、言うよりも飲んだ事もない。まして、誰に勧められても飲まないのだが、女性から自分と同じ匂いを感じて、故郷の事を思い出しているのだろう。そう思う微かな笑みを浮かべていたが、全ての感情表現を知る事は、親以外には分からないだろう。 「ほう、面白い奴だな。義理を返すかぁ」 女性の目が一瞬だが光った。この男の性格が分かったのだろう。そして、試してみた。 「私に義理を返すのだな、それなら飲め」 「そうだ」 男は機械人形その物に見えた。杯の差し出す時間も、杯の酒を飲み終わる時間は、何度繰り返しても同じだった。 「酔わないなぁ。酒は強い方だろう。それとも、酔っているのか?」 (やはり何も答えないなぁ。試してみるか) 「私に義理があるのだろう。酒は好きか」 女性の表情は子供が悪戯をする時のような表情を浮かべた。 「義理はある。酒は好きではない。感覚が狂い、眠気を催す。気にするな、美味いぞ」 この男としては、最後の言葉は冗談なのだろう。だが、無表情で言われれば相手は気にする。それは分かっていないだろう。 「そうか、嫌いか」 (義理と言えば何でも話すのか、先ほどは答えなかったからな、もう一度試してみるか) 「私に義理があるのだろう。それなら、何処から来て何をしに来た」 「義理はある」 男は女性の悪戯で全てを話してしまった。 自分が訓の息子の由と言い。あだ名が遺言男と言う事から始まり。地球多次元世界から来た。そこは、無数の地球が存在するが月は一つしか無く、その月が生まれ故郷で、その 月には地球と同じ植物や動物がいる。その住人は蜉蝣のような羽と小指に赤い感覚器官があり。蜉蝣のような羽で次元を飛び。赤い感覚器官の導きで、連れ合い探す。その旅に出た事を話してしまった。 「ほう、赤い糸が繋がる異性を探す旅なのか、私と同じだぞ。あははは。だが、私には羽など無いがなぁ。お前の背中には本当に羽があるのか、その話は誰から聞いた。あははは」 二人は、元は同じ同族だと知らない。 男女の祖先は、まだ、通常空間の宇宙の月に植物や動物ともに月人が存在していた時の直系の子孫だ。だが、月に異常が起きて脱出したが、逃げ出す時に、偶然に次元の狭間に入ってしまい。そのまま、時の流れの次元の隙間に取り残されてしまった。その閉ざれた所で生存していた為だろう。連れ合いを探す事が出来るはずもなく、背中に蜉蝣のような羽が生えたのだ。だが、それでも、違う月だが月に住めたのは救いだったはずだ。この月に住む純粋な月人の生き残りが、この男だ。 女性の方は、当時、月に無質転送装置があり。それで、無事に地球に着いた。その装置は簡単に言えば、月から地球までの重力を軽減するトンネルと思ってくれたら分かるだろう。そして、地球に逃げ延びて暮らしていたが、月人は、時が経つにしたがい子孫を残す力が衰えた。そして、様々な職種の担い手や自分の子孫を残す為に、動物と月人の遺伝子を使い擬人を造った。だが、猿の擬人だけ何も獣としての力が無い為だろう。擬人として信じられない程に慈しんだ。他の動物の遺伝子を使った人々を獣人と差別した。それだけでは済まずに、月人は、擬人が、獣人を怖いと言えば倒してまで、擬人の願いを叶うように手を貸し続けた。このまま係わっていれば、月人は、一人、二人と消えてしまう。そして、全ての同族が消える。そう考えた。だが、それだけで収まれば良いが、擬人が月人と同じ歴史を辿らせては成らない為もあった。それで、この地の全てを擬人に渡し、残りの月人は係わりを絶つ為に、都市だけで住み。都市を雲のように浮かべて空から見守る事を考えた。元々、月に住んでいる時は、月から地球を見守っていたのだ。それと、同じ様にしようと、都市の周りの地面を切り取り、周りの砂や土の時間を止めて船のように作り変えようとした。月に住んで居る時は、何でも無い事だったのだが、永い月日の為に知識や使用方法を忘れたのか、それとも、都市の機械設備の限界だったのだろう。成功しなかった。その結果が、異空間に都市が漂い浮く事になったのだった。その子孫が、この女性だ。 この男女とも地球人類から連れ合いを探すのだが、蜉蝣のような羽がある男性は、より純粋な月人の血を探す為だろう。二人の共通する事は、赤い糸の感覚器官がある事と、遠い過去を忘れている事だ。何故に忘れたか、それは、最後に全機能が使用されてから数千年の時間もあるが、その時の使用目的だったはずだ。 「まあ、嘘でも良い。私の気を惹こうとしたと思うぞ。冗談も言えるのだな。あっははは、面白い奴だな。私を涙花と呼び捨てして良いぞ。なみだの涙、と、花と書いて、るいか。可愛い名前だろう。この名前で呼ぶ者は、お前を入れて二人目だ。光栄に思え。あっはは」 女性は楽しそうに、男から聞き出していた。話し出す内容によっては真剣に頷きながら声を掛けていた。始めの内は自分の知らない血族と思っていたのだろう。だが、羽衣の話を聞くと突然に笑い声を上げた。赤い糸も嘘に違いない。自分に気を惹こうとして、外界に住む獣人の夢物語を話したのだろう。そう感じた。 「そろそろ夜が明けるな。私は少し寝るが、お前は如何する。宿は無いのだろう。私の所に来るか。宿と言っても自宅のような物だ。空き室があるぞ。来ないか」 「・・・・・・」 遺言男は無言で頷いた。 「親仁。お代はここに置くぞ。釣りは良い」 女性は紙幣を見せると、食卓の上に置いた。 「ありがとう。御座います」 女性は楽しそうだ。男と会う前は雨具も使わず。雨に濡れながら歩いていたはずだ。よほど男との会話が楽しかったのだろう。それもそうだろう。世界中探しても男と同じような変人は居無いはずだ。心の底から笑いすぎて、嫌な考え事は忘れたに違いない。 「雨は止んだようだ。行くぞ」 店を出る前に、男に振り返り言葉を掛けるが、後を付いて来ているのか気にも掛けずに歩き出す。その後を遺言男は顔を赤くして呟きながら歩き出す。 「既婚、未婚に係わらず。女性と二人で家に泊まる事は、遺言、遺言、遺言」 父親も書き忘れがあったようだ。それとも息子と違い。父親は女性と二人で部屋に泊まる事が当たり前で、書き残す事が思い浮かばなかったのだろうか。 最下部の第六章をクリックしてください。 |
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物語を書いて五年になりましたが、私は「左手の赤い感覚器官(赤い糸)と「蜉蝣(カゲロウ)の羽(背中にある(羽衣)の 夢の物語が完成するまで書き続ける気持ちです。
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