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第四章
 事件の起きた建物の最上階の在る一室では、長老の様子が可笑しかった。朝に入室してから受話器の上げ下げに始まり、一つしかない扉のノブを持つと、直ぐ離して椅子に座り、
指で机を叩く。イライラしている様に見えるが、片方の手では指を額に付け考え始める。その動作を何度繰り返したか覚えていないだろう。
「娘さんが来てしまう。もう迷っていられない。あの二人にするしかないか?」
 扉を開くと、騒ぎ声が耳に入ってきた。
「いったい何時までこの騒ぎが続くの?」
「何か、指示を要求しているわよ」
「俺に聞かれても解らん」
「隣の部屋にも電源が入ったそうです」
「作業指示通りに全て記録してくれ」
「音が鳴り出したそうです」
「指示を要求し始めました」
「誰も解る人は居るはずも無い。作業指示通りに全て記録しろ」
「あああっ、もう嫌だ。何時までこんな事をするのよ。映像記録では駄目なの。ねえ」
 女性は余ほど嫌なのだろう。鬼のような表情で髪をかき回しながら声を上げた。
「何度同じ事を言わせる。そうしたいのなら良いと言っているだろう」
「御免なさい。義務なのは分かるわ。だけどねえ。早く自分の専攻した仕事をしたいの」
「映像記録と関係が無いだろう。そうしたいのなら良いぞ。だが、専攻した仕事には行けないのは分かるはずだ。この義務が嫌なら止めろ。次が荷物運びになるかも知れないぞ」
「あっ新しい指示が表示されました。記録を開始します。それと同時に、他の部署に同じ記録がないか調べます」
 鬼の表情をしていた人が、まるで、別人のように何も無かったように仕事を始めた。
「ああっあー、ヒステリーを聞く、俺の身も考えてく、俺も早く専攻した仕事に帰りたい。このヒステリー女と同じ奴が、俺の苺の苗や実の世話をしていると思うと胃が痛くなる」
「どうすれば良いの?」
「ああ、それなら資料室にあったぞ。警報が止まるまで同じ事を表示するだけだ」
 長老は地下に向かう途中で、悲鳴のような声を全ての階で耳にした。先ほどまで気難しい顔をしていたが、目的の階に着いたからか、騒ぎ声が聞こえなくなった為だろうか、表情が少し和らいでいるように感じられた。
 その静けさも、監禁室、反省室とも言われる階に入るまでだった。呻き声や泣き声が響いてくる。何を言っているのか分からないが、近寄る毎に言葉が聞こえてくる。
「うっうっ、何故、何故、この部屋に居るのだろう。私が何をしたのだろうか、だけど記憶がまったく無いのは、私は頭が変になったのだろうか、うっうっ、何故、何故」
「今度は愚痴か、いい加減にしてくれ」
 隣の反省室の者が愚痴を言った。
 長老は言葉がはっきりと聞こえる毎に、気難しい顔に変わる。
「熱は下がったかね」
 長老は、扉を叩きながら意味不明な事を吐いた。確か、牢の男は、酒色のはずだ。
「はっはい。熱はありません」
 熱があるような、おどおどした声色だ。
「わしの話を聞くだけで良い。何も考えるな」
「はっはい」
「隣の御仁も、わしの話を聞く気があるか?」
「話ですか、聞こえますよ」
「そういう意味では無い。仕事の話を聞く気があるか、と言う意味だ。特注車で外界の月人の跡を調べる予定だったのだろう」
「そうです、そうですよ。今ではどうでもよくなりました」
「それでだ。今回の事件を解決する。と言うなら、車が必要だとして、特注車の申請をしても良いぞ。それと得点を普通の四倍払う。どうだあぁ良い話だろう」
「貴方に、そんな権限があるのですか」
「ない」
「私をからかっているのですか」
「違うぞ。一族全員が、いや、この都市全員が嫌気を感じている。解決をしてくれたら、と言うよりも、事件の担当を引き受ける。そう言った時点で、感謝を込めて一人、一人から最低でも一得点を自然に払うはずだ。それを何人かで分ければ良い。悪くないだろう」
「そうですね。悪くない」
「扉を開けるが、暴れるなよ」
「しませんよ。話を聞くまでもありません。即座に、引き受ける。そう言います」
 男は扉が開いて出て来ると、直ぐに、
(酒は抜けているようだが、もし、暴れたら頼むぞ。これも仕事の一つだからなあ)
と、長老に耳打ちされた。
「開けるから、奥の壁に手を付けていろ。良いか。病状を見たら出すそうだぞ」
 長老から、鍵を渡されると、檻の中の獣を出すような様子だ。
「私は何の病気だったのですか、まさか」
 この男の顔を見なくても、顔色は青ざめていると感じる。それは声色からも、体の機能からも、不治の病と思っているに違いない。
「ただの風邪だ」
 男の後ろから長老が言葉を掛けた。
「本当にそうなのですね」
 部屋から出ると、長老の顔を見て問い掛けた。
「そうだ。大丈夫のようだな。廊下の突き当たりの部屋で身なりを整えろ。湯も出るから汗なども流せよ」
「はい、分かりました」
 即座に返事をすると、駆け出した。
「あの男は何ですか。別人ですよ。確か二日酔いとか、耳にしたような、違うのですか?」
「ううんっう。あの男は酒が強いのか、弱いのか分からん奴で、何て言えば分かるだろうか、普通はあのような男なのだが、酒の臭いでも酔ってしまう。酔うと底なしに飲んで記憶がなくなり、性格も少し変わってしまう。それを知り合いが面白がって、つい、慰労会の時に酔わせるのだよ。止めろと言うのだがなあ」
「あの男は使えるのですか?」
「それは保障する。お前も身なりを整えてくれんか、昼には二人が来るのでなぁ」
「ほう、四人でやれ、と」
「そうだ、頼んだぞ。わしは、自分の部屋に居る。終わりしだい部屋に来てくれ」
「分かりました。必ず二人で行きますからぁ」
「済まない」
 長老は最後の言葉だけが、心からの声なのだろう。ふかぶかと頭を下げた。その後は同じ騒ぎを聞きながら自室に戻ると、のんびりと煙草を一本吸い終わる頃に、ほぼ同時に二人の女性が現れた。
「あっ済まないが、お茶でも飲んで、暫く時間を潰して欲しい。ついでに、わしの分も用意してくれると嬉しいが、良いかな」
「はい、はい、長老様は紅茶ですね。貴女は何を飲むの。遠慮しなくても良いわよ」
 声を掛けられた女性は顔を顰めるが、この女性を知る者が見れば照れ隠しをしていると感じるはずだ。
「紅茶にします」
と、答えるが、扉の近くで立ち尽くしていた。
「お嬢さん。椅子に腰掛けて待ちなさい」
長老が話を掛けた。
「はっはい」
 人見知りする人柄のなか、腰を掛けると俯きテーブルを見つめていた。
「どうしたの。気にしなくて良いのよ。この部屋に何があるか分からないのだからねえ。何も出来ないのは当然よ。どうぞ、お口に合うか分からないけどねえ」
「いいえ、良い匂いで美味しそうです」
「お婆様のように美味しくないわよ」
 長老に渡しながら声を掛けた。
「有難うなぁ」
 部屋に居る三人は、紅茶の香りや味で夢中になったのだろう。二人の男が来るまで時間を忘れていた。
「コン、コン」
扉を叩く音が聞こえ、二人の女性は驚いた。と、言うよりも、この部屋に来た目的が思い出されたような驚きだ。
「入ってきて良いぞ」
「あっ、済みません」
 少し時間をずらして、また来ます」
 男二人は、女性を見ると部屋を出ようとした。
「あっ、あの時は済みません」
「あっ、酔っ払い」
 二人の女性は驚きの声を上げた。片方は険悪表し、もう片方は何度も誤り続けた。
「何を考えている。この四人で事件を解決するのだぞ。気心を確かめたらどうだ。
 長老は四人をなだめた。
「この馬鹿と一緒なの。冗談でしょ」
 先ほどは囁き程度だったが、長老の言葉で理性が切れたようだ。
「礼儀も知らない小娘と、共に、やれやれ」
 大げさに肩を竦ませ、連れの男性を助けに入ったように見えるが、これからの仕事、いや、使命の事を考えたのだろう。心の底から疲れを感じられた。
「小娘とは何よ。礼儀を知らないのは、あなたの方でしょう。貴女も言って上げな。この馬鹿が適切な対処をしていれば、大騒ぎにならなかったと言う噂よ」
 この女性の一言で、四人は言いたい事を言い始めた。その様子を長老が椅子に腰掛け、笑みを浮かべながら見ていたが、話題がずれるにしたがい笑みが崩れてきた。
「いい加減にしないか」
 老人独特の恐怖を感じさせる声色が響いた。
「あっ済みません」
何故か四人の言葉が重なった。その様子を見たからか、長老は何も言葉を掛けずに何度も頷いていた。恐らく、似た者と感じたのだろう。
「共に食事をしながら任務の事を話そうとしたが、無理のようだな。まずは、四人だけで食事を食べて、気心を確かめてきてくれ、話はそれからだ。費用は、わしが持つぞ」
「この馬鹿とですかぁ」
「生意気な女、俺が言う事だ」
「いい加減にしろ。早く行け」
 四人が、また、騒ぎ始め。それを見た長老は、怒鳴り声を上げた。
「はい~」
 長老の判断は間違い無いと思える。又、四人の返事は声色まで同じだったからだ。
「始めに言っておく。私は、誰の指揮でも構わない。これから言う事は命令ではないぞ。
食事や、飲み会をするような良い店は分からない。隣の男もなぁ。二人の女性に任せるぞ」
「良いわよ」
「あああ、忘れていた。飲み会は駄目だぞ」
「私達を馬鹿にしているの。そんな事は分かっているわよ」
「そうねえ。この騒ぎでも開いている店屋があれば、あっあの店屋なら開いているかな」
「それ程の騒ぎになっているのか?」
 年配者が、不審に思い問い掛けた。
「何も知らないの?」
 三人の男女が同時にうなずいた。
「まさか、反省室に、今まで居たの?」
「・・・・・・」
 三人の男女は口にするのも嫌だ。そう表情に表れていた。
「そうなの、食事をするよりも、家に帰りたいでしょう。この場は長老に謝って、素直に話を聞きましょうか?」
「そうなだ。私は、それで良いぞ」
 他の男女もうなずいた。まだ、長老の部屋の前で話しをしていた為に、即座に扉を叩いた。
「入れ」
 そう言われ、四人は部屋に入った。
「長老様。先ほどは失礼しました」
 最年長の男が声を上げると、三人は俯いて答えた。長老はその様子を見て笑みを浮かべているが、その笑みは可笑しいので無く、全てを任せられる。安堵の笑みに思えた。
「そうか分かった。それなら椅子に腰かけてくれないか、見上げると、わしの首が疲れる」
 四人は何やら言いたそうにしていたが、長老の真剣な顔を見て、口にするのを止めた。
「外界の事を知っている者もいると思うが異議を答えないで欲しい。まず、本名は忘れて欲しい。自分で好きな名前を考えてもらうのが良いと思うが、時間が惜しい。わしが決めるぞ。愛、蘭、甲、乙と決める」
 左から女性二人、男性二人に指を示した。 
 愛と名づけた者は、この中では一番の身長があり眼鏡をかけ、長い髪で色白で均整のとれた体をしていた。二人目の蘭は、襟首までの短い髪で、幼児体型だからだろう。幼く見えるが二十代前半で背が四人の中で一番低く少年のようだ。甲は一番の年長だが二十代後半で、愛とほぼ同じ身長で、そして、常に渋い顔を表していた。最後の乙は、蘭が背伸びをすれば届く位の身長で、常に何かに恐れているように落ち着きがない。そして、酒の匂いでも酔い。酔うと性格が変わる。
「何故、名前を変更するか分かるなぁ。だが、一応、簡単に伝えておく。外界で、同姓の種族が居た場合、仇と思われて命の危険があるからだ。それに、同属と思われて、一族を救うのも困る。歴史が変わるからなぁ。その行為で記録に残されて、英雄などになって外界の歴史に残されても困る。まあ、出来る限り騒ぎを大きくして欲しくない。
「それは、分かっています」
 代表のように甲が答えた。
「それで、外界で何をするか、ただ、獣に会って話しを聞き、その要求に応えるだけだ。もしも、四人が本能で獣が危険だと感じた時は、連れ帰ってきて欲しい」
「えっ、命の危険があるのですか?」
「特別兵務経験得点を付けるからなぁ」
 長老は突然に笑みを浮かべて、問いの答えになっていない事を呟き、後は笑みを浮かべて誤魔化しているように感じられた。
「あのう」
 四人は問いの答えに言葉を無くした。甲だけが年長だからだろう。長老に再度問い掛けようとした。
「ん、どうした。あっ言い忘れていた。甲が申請した特殊車だが、明日の朝に届くようにしたぞ。獣人探知機だけは確認してくれよ」
「なん、なな、何で、私の最高傑作車を使わないと行けないのですか。私の夢ですよ。あれを設計するのに車を何台潰したか」
 怒りで我を忘れ、長老に掴み掛かる行きよいだった。
「今回の車はお前の物ではない。試作品だ。今回の任務で不具合を確かめたら良いだろう。わしの気持ちが分からないのか」
 長老は話を誤魔化せた。そう思ったのだろう。煙草を吸う為に視線を逸らした時に、甲が、長老の首に掴み掛かった。長老は自分の力でも、三人に助けを求める時間も無い。そう感じたのだろう。死に物狂いで声を上げた。
「そう何ですか。有難う御座います」
 笑みを浮かべながら自分の世界に入り、任務の事も自分が何処に居るか、全てを忘れているように感じられた。
「げっほ、げっほ、ごっほ、ごほごほ」
 甲は無邪気な表情のまま。愛と乙は長老の言葉で顔を青ざめ何も言えないでいる。蘭は気性の為だろう。微かな気を振り立たせた。
「あのう、長老様。命の危険の事や助言などを詳しく聞きたいのです」
「ごほ、そうだろう。ごほ、ごほ」
「そうですよね。あれだけの話で任務に赴け。そう、言うはずが無いと思っていました」
「ごほ、ごほ、ああっ明日の朝までに調べておく。ごほ、心配しなくて良い。ごほ、出発までに間に合わせる。今日は、ごほ、心身ともに休みなさい。通常出勤時間には車が来ているはずだ。ごほ、点検していてくれ」
 長老は始の内は息をする事が苦しかったのだろうが、用件を言う頃には顔色も赤みを取り戻したのだが、考える仕草を誤魔化す為に咳きをしているようだ。そして、全てを言い終わると、又、わざとらしく咳きを吐いた。
「長老様、大丈夫ですか」
「ああ、大丈夫だ。ごっほ、今日は早く帰りなさい。ごほ、ごほ」
 咳きを理由に、四人を部屋から無理やり出したように感じられた。
 四人は、周りで騒ぐ人々に話を掛ける事も出来ず。長老の部屋に入る事も出来ないでいた。ここに居ても何もする事も、出来る事もない。そう思ったのだろう。それぞれが家に帰って行った。
 翌朝。甲以外は、出勤時間を言われなかった為だろう。皆が出勤する時間をずらして現れた。恐らく三人は、事件の担当に決められた事を、皆に知られていないと思うが、中には知る者がいて話を掛けられる。そう感じたからだろう。それなのに何故。
「がんばってくださいね」
「この騒ぎを早く終わらせて下さい。得点なら好きなだけ与えますからお願いします」
「ありがとう。頑張って下さい」
 三人の、家を出る時間が分かっていたのだろうか、それとも待っていたのだろうか、窓という窓から声を掛けられる。普段のこの時間なら人に会わないのだが、何故か人が可なりいるのだ。そして、声を掛けられる。握手を求める者もいる。何故か涙を流す者もいた。
(何故。皆は知っているの。誰にも会わなくて済むと思ってこの時間にしたのに、これで失敗したら命の心配は大げさかもしれないが、もう普通に暮らせない。と言うよりも、この都市には居られるはずがない)
 甲以外は、同じ考えなのだろう。青ざめて落ち込んでいるようだ。甲だけは笑みを浮かべながら車の点検に夢中だった。
「長老にお聞きします。何故、皆は任務の担当を知っているのですか?」
「それは当然分かると思うが、助言や忠告などを知りたいと言ったはずだ。それを調べれば都市に住む全ての人に聞かなければならないだろう。そう考えなったのか」
「そうですね。長老様、意味は分かったのですが、何故、手には花しか無いようですが、助言などの資料は無いのですか?」
「ない」
 長老は真剣な顔でハッキリと答えた。
「・・・・・・・・・」
 甲以外は言葉を無くし立ち尽くした。
「それでは任務を頼んだぞ」
 愛と乙に花束を渡し、甲と蘭に大人の菓子と言われている。度数の高い酒入りチョコレートを渡した。そして、二人に耳打ちした。
「乙が役に立たない時に一つ渡しなさい」
 長老が渡し終えると、人々の声援が響いた。「がんばってください。頑張って下さい」
 人々の雰囲気は四人が任務を断る事が出来ないようにする。そのような演出に感じた。
「あの、あのう」
「長老」
「長老」
「・・・・・・」
 甲もやっと、この任務が危険なのかも知れない。そう気が付いたようだ。だが、長老を
含めて、人々は固まったままの四人を動かす為に、そして、早く任務に赴いて欲しい為だろう。これでもか、これでもかと大声を上げる。そして、人々の押す力に負け、無理やりに車内に押し込められ、車は自動操作で走り出した。もう、後は、四人には何も出来ず、悲鳴だけが車内に響いた。
 そして、車が消えると、人々は自分の部署に帰りながら囁く。だが、大勢だからだろう。
「目標点に行動開始。と打ち込める」
 ハッキリと都市の中に響いた。
 四人が居た。幻のような都市とも船とも思える物は、周りを薄い膜で覆われ異空間を漂い浮いていた。まるでシャボン玉のような感じだ。だが、都市の人々は、都市が作られた理由も、機能の操作も何も分からなかった。それでも、その都市に住む人々は、都市の外を外界と呼び、外界に住む人々を擬人と獣人と呼んだ。その者達は、都市の住む人々の祖先が自分達の遺伝子と動物の遺伝子を使って人を造ったが、猿の遺伝子を持つ者は何一つ獣としての力が無かった。その為に擬人と呼び慈しんだ。その他の動物の遺伝子を持つ者は鼻が利く者や足が速い者がいた。そして、変身が出来た。だが、獣人は家族を守る時だけに力を使い。普段は力があるのは動物の血が濃いと自分を蔑み、力を隠し通し擬人として暮らしていた。そして、時が流れた。獣人は生まれた所を子供達に夢物語として伝えた。東洋系獣人は崑崙、西洋系獣人はエデンと言い。アトランティスと話す人々もいた。擬人は力などが無い為だろうか、全てを忘れていた。
「これから、どうすれば良いの」
 愛は車内の雰囲気や精神が我慢出来なくなるまで悩み続けたのだろう。悲鳴のような泣き声のような声を上げた。
 車内の四人以外、都市に住む者は何が起きようと機械の指示通りにするか、指示が変わるのを待ち続ければ良いのだろう。だが、四人は何をして良いか分からない。それどころか命の危険があるに違いない。そう思っているはずだ。
「自動的に目標の獣の十キロ範囲に出現する。その後は接触してから考えるしかない」
 甲は驚いたような声を上げた。
 それは皆が思っている事だろう。愛は着いてから、どうするの。と、聞いたはずなのに。
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今回最後の議題に入る」
 警報事件から二日経ち、都市の中が落ち着きを取り戻し始めた。その午後に人知れずに各部署の長が集まっていた。
「警報の件に付いてだ。現場の二人の告白書によると、女性は、貸し出し禁止の本を読む場合は、例の部屋の看視が義務とされていた。 そう、告白書には理由が書いてある。所長に確認して見ると、五百年以上も作動していない為に故障していると思われ、名目上だったらしい。それは、今回の件で不明の施設や故障と思われていた物が作動したから、女性の気持ちは分かるだろう。だが、我々は、この騒ぎで得た物は多いが、このような事が頻繁に起きては困る。それで、緊急非常警報を使用が出来ないようにするか、そのままにするかを決めて頂きたい」
 老年の男性は透明なガラスのような機器の前で、十八人の同じ年配の男女に問い掛けていた。部屋に居る男女は作戦会議室と思って使っているのだろう。確かに話の内容や雰囲気は近い。だが、元の用途は休憩室だと思えた。何故か、それは、一つだけ置かれている起動していない。その機器だ。それは、一般家庭に置かれている受信を受けて映る娯楽機器と思われるからだ。
 男性は話を終えたからだろう。一つ空いている椅子に向かう。自分には関係ない。後は勝手に決めてくれ、そう思える表情をしていた。その気持ちに気が付いたのか、椅子に座る前に、声を掛ける者がいた。
「貴方の部署は全て起動したから良いが、この都市の半分の機械は解らないままだぞ」
「その警報の事を、今話したはずだが、それとも、直ぐに決を採る事にするかね」
 椅子に腰掛けながら不機嫌そうに呟いた。
「そうね。早く決を採りましょう。あの騒ぎで忙しいのよ。皆さんも分かるでしょう」
 十八人は、誰の声なのかと顔を向けた。それもそうだろう。少女の声色とは大袈裟だろうが、少女が、大人をからかうような響く声だ。同年輩しか居無いはず。だから、驚くのも無理ない。その口調のまま、話を始めた。
「それでは、何かの処置をする。そう思う方は手を上げて欲しいわねえ」
 十八人は声色に聞き惚れているのか、それとも、本当に異議が無いのだろうか、誰も手を上げる者はいなかった。
「議題は全て終わりね。私は帰るわよ」
 老年の女性とは感じさせない声色の女性が席を立つと、他の女性も後に続いた。残りの男性は席を立つ事も無く、視線を送り続けた。やはり聞き惚れていたに違いない。
 全ての女性が部屋を出ると、部屋の男達も、一人、二人と出て行く。用事を思い出したと言うよりも、惚ける夢の度合いの深さのように感じられた。老年の男なら、幾人の美女を見ているだろう。それを夢心地にさせるのだから、あの年配の女性は余程、若い頃は美女だったのだろう。最後まで残る者は、今でも想いを抱いているに違いない。だが、最後まで残る者は、先ほど最後の議題を出した者だ。表情からは夢心地をしているとは思えない。もしかすると、部屋の鍵を閉める役目なのか、それとも、夢心地のまま、部屋に残り続ける者が居ると思っての事か分からないが、男は、一人になると笑みを浮かべた。夢心地になった男達を馬鹿にしたのか、その表情からは若い頃の夢を見ているように思えた。笑みが消えると、やっと腰を上げる。用事を思い出したのだろう。事件の起きた建物に向かった。隣のビルだった為に、疲れる事は無いだろうが、何故だろうか、顔色の表情には心底から疲れを表していた。そして、建物の中に一歩入ると、建物の中は悲鳴の声なのか、指示の声なのか分からない程の慌てようだ。水晶のような球が、点滅してから、全ての機器が動き続け、指示を要求していたからだ。その中を、先ほどの男性は他人事のように歩き続ける。自室に向かうのか、水晶の点滅を確認するのだろう。だが、向かわない。何を考えているのか地下に向かい出した。何か用があるのだろう。地下には倉庫、監禁室、配電室などがある。普段は入る者が居ない。まさか、警報を止める為、それとも、外界に居る獣に会いに行くのか、今は倉庫として使用しているが、当初は地、海、空の乗り物の駐車場だから、探せば乗れる物はあるだろう。
 それにしては倉庫の灯りを点けない。置かれている場所を知っているのか、壁沿いを歩けば、用途のしれない部屋でも灯りは点いている。だから歩ける。それとも、騒ぎを止める為に配電室に向かっているのか、警報機だけを壊す事は出来ないはずだ。
 さらに、地下に向かうと言う事は監禁室に向かうようだ。室に人が居るとすれば、酒色や口答では分からない者などを入れて反省させる場所だ。勿論、警察のような組織はあるが、建物や地域ごとが親族の集まりだから羽目を外す者がいる為に設けてあった。だが、本家や分家や家長などは無い。年配者を重んじる考えだけだ。この都市に生きる者は歳以上に、上を作らない考えで、大根一本と自動車一台も同じ価値だ。そして、得て、不得手に関係なく生涯の内に全ての職種を経験する決まりだ。全ての差別を無くし、心を丸く最高の人格者になる。そう決められていた。老年になると最後の学問で真実を知る事になる。月に人が住んでいた永い歴史の間に、差別を無くす為に様々な事を試されていたらしい。そして、財の差別は職種にある。と考えられ強制的に職種替えを考えた。だが、軍隊のような自我を無くす事ではない。評価を下げる事が目的だった。当時は、税率の上げ下げの目安とされ、一日の体験だけで行かない者がいたが、その者は、極端の税率上げや新しい職種で役職候補の者が、次の職種では格下げされる。地位も金もない者は、いずれ赴く職種を学ぶ事や助手を務めれば、福祉制度で最低限の生活が出来る。それが嫌な者は一度赴いた職種でも助手でなら仕事に就けた。
「コッ、コッ、コッツン」
 年配者の男性は階段を降り終えると、幾つかの部屋が並ぶと言うよりも、寝起きが出来る位の個室が廊下の両脇に並んでいた。
「おおおおい、誰かいるのだろう。ここから出してくれー。おおーい、出来ないのなら長老を呼んできてくれよー」
 成年に近い声色だが、泣き声に近いからだろう。子供がいても良い位の大人のはずだ。
 この者は、足音が聞こえ大声を上げたのだろう。だが、返事が無い為に扉を叩き始めた。
「まだ、丸一日過ぎてもいないぞ。普段のお前は、監禁室に入られたら評価が下がる。心底から恐れるのに、何を考えている。何の職種でも上位ランクなのに。何故、酒を飲むと職場まで持つ込み、飲み続けるのだ。二日酔いと分かる休み方や何を考えているのか突然休む者もいるが、それを、やれとは言わない。だが、休んで酒を飲まれた方がましだぞ」
 無視していたが、自分の事を呼ばれたからか、それとも、全く反省が感じられない声が聞こえて、無視できなくなったのだろう。
「普通の人の二日酔いの治し方は分かりませんが、私は二日酔いの時は酒を飲んで、飲んで飲み続け、そして吐き続けて、酒が見たくなくなるまで飲めば直るのです」
 声色から判断すると、この室から出たい為に、真面目に説得しようとしているようだ。
 長老と言われた者は歩きながら聞いていたが、立ち眩みを感じたようだ。一瞬足が縺れて振り向いたが、又、歩き始めた。
「長老聞いていますか。真剣に話をしているのに、何故、何も言ってくれ無いのです」
「お前は何度この部屋に入った。この部屋で酒を飲んだか、飲まずに直っただろうがー」
 信じられない話を聞いて怒鳴り声を上げた。
「・・・・・・・・」
 普段の長老は人の話を聞いているのか分からない表情だった為に、この男のように調子の良い者は言ってはならない事を言ってしまう。だが、この怒りようでは余程、男を期待していたのだろう。言った後は何事も無かったように右の通路を歩き始めた。そして、目的の場所に着いたのだろう。
「話がしたいのだが、良いかね」
 コン、コンと扉を叩きながら声を掛けた。
「気が向くまで、この場で待たしてもらうよ」
 普通の人は、このように落ち込むのだ。もう、何をやっても駄目。一生窓際族が決まった。そのように思い続けて開き直るか、好きな職種だけに赴くのが幸せと気が付く。
「誰だが分かりませんが、何の用ですか?」
「今直ぐに出してあげます。その前に話を聞いて欲しいのですが、良いかな」
「何の話です。私の人生は終わりました」
 死人のような声の為に、女性と分かるが年齢まで想像が出来なかった。
「その事で話に来たのだが、話を聞いてくれるかね。聞く気持ちがあるのなら扉の前に来てくれないか、歳だから聞き辛いのだ」
 少しの間だが待ってみると、何か引きずる音が聞こえ言葉を掛けた。
「来てくれたのだな」
 だが、声が返ってこない。一瞬大きな溜息を吐いて、扉に寄りかけながら話し始めた。
「貴女は何も責任を感じる事は無いのです。本を借りに来ただけだ。運悪く貸し出し禁止の本で偶然に事件が起きただけだ。
 この室に入れたのも。貴女の事を隠す為だ。この室に入ったのは誰も分かりません。ただ、貴女がこの建物に来たのは本を借りに来たのではなく。この建物の事件の使いに来ただけです。分かりましたか」
「それでは、私は始末書を書いた事も、そして、事件にも関係が無くなるのですね。分かりましたわ。それで、何時、この室から出してくれるのですか?」
 即座に、喜びに溢れた声が響いた。
「今直ぐに出して上げます。だが、今から話をする内容を、貴女の口で、長老に、全てを伝えて欲しいのです。出来ますか?」
「えっ」
(やはり無理か、仕方がない。この子と共に、私が直接行くしかないのか)
と、心で思い。又、話を掛けた。
「娘さん」
「そんな事で良いのですね。私の祖母ですから大丈夫ですよ」
 一瞬言葉を失くしたように見えたが、長老の言葉と同時に、又、良く響く声を上げた。そして、長老は、鍵を開けた。錯乱の恐れがないと感じたのだろう。
(ほー、あの人の若い頃に瓜二つだ)
 扉を開け、少女を見ると、言葉を無くした。
「如何したのですか、出ても良いのですよ」
「あの、眼鏡は返してくれ無いのですか?」
「私の手に掴まりなさい」
 声が上擦っているように感じられたが、そうだとしても、この女性に対してでは無い。老人が、若い頃の思い出の人と重なっての事だ。
「貴女が、あの方の孫なら何が起きたか分かっているだろう。ただ、一言、人手を借りたい。そう伝えてくれれば、それで良いのです」
 部屋と部屋の間の壁に、小さな引き出しが有り、娘を支えながら左手で開けて眼鏡を取り出した。
「眼鏡は、この建物を出てから掛けなさい」
 少し厳しい口調になったが、若い頃の思い出を隠そうとしたに違いない。
「でも、眼鏡を掛けないと見えません」
「私が手を引いていれば、誰もが客人と思ってくれるだろう。地下から出て来た。何て誰も思わないはずだ」
「そうですね。誤魔化せますわねえ」
 先ほどまでは事件や眼鏡の事もあって、顔を強張らせていたが、笑みを浮かべながら言葉を返した。一歩、歩くごとに怖いのだろう。左手で相手の右手を強く握り締めてくる。
「娘さん。私が左手を添えたら、階段などが有ると思ってください」
「はい、分かりましたわ」
 くすくす、笑いながら答えた。
 二人の様子は、深窓の令嬢と執事のように思えた。女性は、目が見えない為に真剣に歩いているだけなのだが、長老は、女性の為に足元を注意過ぎる程に見ている仕草は、心の底から傅くように感じられた。だが、この都市には主従の関係は無い。それでも、女性の気を惹こうとして良く遊びで見られる光景だった。その様子のまま、地下から1階、そして、正面玄関に出るまで続いた。
 後日だが、長老が流行に乗ると思えない人柄だからか、それとも、美しい女性だからだろう。今の二人の様子を、誰でもが知る話題になっていた。
「それでは、お嬢さん。先ほどの事をお願いしますね」
 正面玄関に出ると、長老は、言葉と同時に眼鏡を渡した。
 長老から、眼鏡を渡されると直ぐに自宅に向かった。そして、身だしなみを整え終わると、優雅に紅茶を飲もうとした時だ。何か思い浮かべて、突然に手を止めてしまった。
「女性ですから、身だしなみを整える時間は欲しいでしょう。整えしだい、なるだけ急いで、私の話を伝えて欲しい」
 その言葉が思い出された。
「さすがに、これは許されないわねえ。一口だけにしますわ。それ位は良いでしょう」
 誰も部屋には居ないが、聞いて欲しいのではなく。自分の心の言い訳だろう。
 そして、自宅の扉を閉める時に沈みがちの気持ちは、テーブルの上に置いたままの残りの紅茶の事。それとも、事件に係わりが無いのは本当の事だろうか、それが祖母の力だったら、何を言われるか分からない。そう思い悩んでいる表情をしていた。恐らく、紅茶を残した理由も、長老の言葉を思い出して残したはず。楽しみを残しておけば嫌な事が減ると思っての事だろう。おどおどしながら自分の職場であり。祖母の職場でも在る。建物に向かうが、途中で人と会えば視線を逸らす。人に会うのが怖いのだろう。突然に事件の犯人だ。そう言われる事が怖いのだろう。建物に入る時は、更に青ざめて、祖母がいる部屋に向かった。
「お婆様。御用があります。宜しいですか」
 扉を叩き、暫く言葉を待っていたが、返事が無い。仕方が無く又、大声を上げるが、声色には不安を感じて震えていた。
「入りなさい」
「はい」
 女性が扉を閉め終わると、同時に、温かみの無い声が耳に届いた。
「この部屋に来たと言う事は、手紙が来る前に家を出たのね。まだ、分別はあるみたいね」
「えっ」
 大きい溜息を吐き、胸を撫で下ろした。
「それで、何を言われてきたの?」
 祖母は、笑みを浮かべて声を掛けてくれるが、何かを隠している。そう思えた。
「お婆様に、私の口で直接に伝えて欲しい。人手を借りたい。その一言でした」
「それだけなの?」
「あっのう」
「貴女の事は、何も言わなかった」
 悩んでいると言うよりも、微かに怒りが感じられた。そして、直ぐに作り笑いを浮かべて、話しを掛けようとしたが遮られた。
「ああっあ、言われました。私は事件の現場には居なかった事にした。それから」
「全てを言わなくても分かっているわ。ただ、確かめる為に聞いただけよ」
「えっ、あっ」
 意味が分からず言葉を無くした。
 確かに、自分からは言いたくなかったのだろう。知っているのに何故聞くの。と、驚きの表情を表した。その表情を見て、孫を褒めるような笑みを一瞬だけ浮かべると、又、作り笑いと分かる笑みを浮かべ、問い掛けた。
「貴女は知らない振りをして、元の部署に戻るの。それとも、この事件を解決するの?」
「私の任期はまだ終わっていませんから、部署に戻りたいのですが、やはり格下げされて、別の部署に移るのですか?」
「何故、格下げと思うのです」
「誰もが思っている事です」
「任期間の途中の移動はよくあるのですよ」
「えっ、初めて聞きました」
「貴女は肉体労働の部署には、いつ赴くつもりだったのですか?」
「男性だけと聞きました」
 溜息を吐いた。歳だからか、それとも、呆れているのか、問いの答えを待っているのだろうか、言葉を待つよりも、話し始めるのだから、話し疲れたのだろう。
「それこそ噂です。全ての検査を年に二度するのは健康の検査と思っていたのですか。
 違いますよ。人生の内に全ての部署に就かなければならない事は分かっているわね。
検査の目的は、誰が、何キロ持てるかの基準の様な物。女性の場合は子を儲けた者は免除されますが、その代わりに、人事の緊急要請があった場合は必ず赴く事が決まっています。何故、このような話をしたか分かります。私の所では反省室と呼んでいる所に入れられたようですけど、貴女は、我を忘れて呟いた事を覚えていますか、これで自分の評価が下がった。人生が終わった。そう言ったそうだけど、貴女が居た部署は、逃げ組みと言われているのですよ。私は知っていて部署に入ったと思っていましたわ。評価で言えば下がる事は有っても、上がる事は無いわよ」
「私は、好きな部署から赴いて良いって、だから、そう言われたから」
 言われた事に驚いて、それ以上は言葉にする事が出来なかった。
「大抵の人は、若い時に肉体を使う部署に赴くわ。私が好きな部署からしなさい。そう言ったのは、貴女が糸の導きを信じる。そう言ったからです。神が導く道を歩く人だと思ったから、時の流れに任せるのだろう。だから、好きにしなさい。そう言いましたわ」
「私は、今の部署が終わりしだい。肉体を使う部署に赴きます」
「行きたいと言うなら止めませんが、そんなに評価を気にしているようだけど、何か考えがあるのですか?」
「えっ、考え。だって義務なのでしょう。私の歳では当然だって、だから、私は、私」
 今まで思っていた事が全て違う。そう言われたからだろう。顔を青ざめていたが、やっと気持ちを変えてやり直す決心を決めたのだろう。だが、再度の問い掛けを受けると、我を忘れて嗚咽を漏らして座り込んだ。
(何が行けないの。どうすれば良いの?)
 何度も心の中で考えるが答えが出ない。
「私が、貴女の歳の頃は、赤い糸を真剣に考えていたわ。だから、逃げ組みだったの。それで、手当たりしだいの学科や助手を受けて、出会った男の子に見えるか確かめたわ。あの時は、糸を腕輪型にすると出会う確立が高くなる。そう噂だった。男の子は皆同じ事を言うのよ。噂は男の子も知っていたのね」
 女長老は、我を忘れている女性を落ち着かせようと、思い出を話し始めた。それも、甘い楽しい思い出なのだろう。目が潤み、声色も優しく、少女のような声色とは大げさだが、耳に届いてくれれば、我を取り戻すはずだ。だが、我を取り戻さないからか、それとも、気分を害する事を思い出したのか、怒りを感じる声色に変わりだした。
「初めて違う事を言った人。貴女に言付けを頼んだ長老よ。何て言ったと思う。赤い糸は退化したが、元は身を守る武器と言ったわ。動物の爪や牙と同じと言ったのよ。うぁあああっあああ。今、思い出しても腹が立つ」
 女長老は元気付けようとしていたはず。だが、突然に怒りを表した。それは、花瓶を投げては喚き、近くの物や引き出しなどを撒き散らしていた。
「お婆様。落ち着いて下さい」
 女性は、我を忘れていたはずだ。長老の話も、この場の状況も目に入ってない。偶然と思うが花瓶が肩に当たった。痛みを感じたからか、体が痙攣を始めた。それから直ぐ、我を取り戻したが、痛みの為と言うよりも体の機能が危険を感じて、我を取り戻したように感じられた。
「あの野郎。会議の時も澄ましやがって、あの頃とまったく変わってない」
 女長老は、あの長老が余程嫌いなのだろう。一々憶えているのだから好きなのか、その事は別として、この都市の人々は赤い糸が見えない同士が半数位はいるのだ。何故か、老年の時に受ける。その最後の学問を取得した長老が説き伏せるからだ。
「あの、あの。お婆様。私の話を聞いてください」
 喉が潰れるほどの大声を上げた。
「ごめんなさいね。まさか物が当たったの。貴女の正気を戻そうとしただけなのよ」
 女性の声で直ぐに落ち着いたのだから話の通りなのか、だが、投げる物が無くなったから正気が戻ったとも思えた。
「何、話があるのでしょう」
 先ほどが鬼女なら、菩薩のような笑みを浮かべた。感情の切り替えが安易なのはこの人物が特別なのか、それとも、この老婆くらい歳を取ると当たり前の事なのだろう。
「長老様は、全ての職業の義務を終えたのですか、それとも、終えて無いのですか」
 親しい言葉で問い掛けようとしたが、先ほどの怒りが自分に向いたら命が無い。それで、言えなかった。震えた声が、そう感じられた。
「私は全て果たしたわ。あの男の話を聞いて疑問を感じてね。特に人生の大半は歴史を調べる事に費やしたわ。全ての職業は助手で済ましても、知りたい事はわからないまま、知らなくてもいい事ばかり分かったわ」
「全てを助手で終わらしたのですが、それでは評価は最低ですよね」
「そうよ。誰に何を聞いたかしらないけど、例えば、服や自動車が欲しい時は工場に申請して評価の点数で決められるでしょう。それは助手でも同じなのよ。ただ、時間が掛かるけどね。好きな分野というか、趣味で人生が生きられるわよ。そして、私は自分の趣味を職業として申請しているの。雑用役は派遣されて来るわ。勿論、私も雑用の派遣は赴かなければならないわ。私が言いたかったのは貴女が何をしたいのかよ。長老にも、全ての期間を最高の評価の人はいるわ。だけど、最終の職業というよりも学問でしょうねえ。それを受けて怒りを感じるのを通り越して、自分の人生は何だったのかと泣いていたわ」
「何故、泣いていたのです」
「最終の職業の事は言えない規則なのよ。
 だけど、最低肉体労度の経験は早く済ました方が良いわよ。そうしないと出来ない物や何かしたい時に申請が通らない事があるわ」
「分かりました。直ぐに赴きます」
 何もかもが、吹っ切れたような表情をして、部屋を出ようとした。
「そう、何所に赴くか知らないけど、今回の事件を担当してみない。それだと、肉体労働に、兵務の経験にもなるわよ。どう」
「兵務は経験したくないです」
 即座にでも部屋から逃げ出したい。そう思える表情を表した。
「運が良ければ外界に行けると思うわ」
「わぁー、それ本当ですか。私赴きます」
 女性は満悦の笑みを浮かべて即答した。
「それで、何所に赴けば良いのです」
「事件現場の建物よ。長老に会って聞きなさい。私が宜しく。と言っていたって伝えて」
「はい、伝えます」
 今直ぐに走り出すのでないか、そう思える様子で部屋を出て行った。
「ふっはー」
 一人になると深い溜息を吐いた。その後は独り言を呟いた。
「嘘は付いてないわ。でも、本当にあの子でないと、事件を解決出来ないのかしら、あの野郎の目の保養の為だったら許さないわよ」
 だんだんと不満を解消するような呟きに変わった。そして、自分の耳にも聞き取れない言葉になり、幼い頃を思い出しているような表情に思えた。
 女性は長老の部屋を出た後は、自宅の紅茶の事など忘れ、直ぐに事件が起きた建物に向かった。そして、建物の中の騒音の事など耳に入るはずもなく、嬉しそうに扉を叩いた。
「入りなさい」
 扉を叩く音と同時に声が聞こえた。
「失礼します」 
 嬉しいような恥ずかしいような複雑な表情をしながら礼を返した。恐らく、反省室での醜態を思い出したのか、それとも、外界に行ける喜びだろう。そう思えた。
「真面目な人だ。直ぐでなくても、何日か考えてからでも良かったのですよ」
「あのう」
(外界に本当に行けるのですか?)
 そう問い掛けようとしたのだろうが、遊び半分でするのか、そう、言われる気がして声を掛けられなかった。
「引き受けてくれて有難う。詳しくは明日、昼食を食べながら話そう」
「はい」
 即答で答えたが、部屋をでようか、問い掛けようか、迷っていた。
「貴女が思っている通り外界に行けます」
「えっ、本当に行けるのですね」
「驚いているようですが、貴女の考えが分かった訳ではないのです。外界に行くと言えば、皆は極端な反応を示します。貴女は承知してくれたのですから外界は好きなはずですね」
「はい、好きです。有難う御座います。私頑張ります。それでは失礼します」
「娘さん。明日の昼は、この部屋に来なさい」
「あっ、はい。済みません。済みません」
 場所も聞かずに部屋を出ようとして引き止められ、顔を真っ赤にしながら何度も何度も頭を下げながら部屋を出て行った。そして、念願の外界に行ける喜びだろう。興奮を表したまま、寄り道などせずに、自室に向かった。恐らく、外界の写真や資料を見て想像したいのだろう。だが、何故か、女性は自室に戻ると、湯を沸かす容器を見つめ続けている。年頃の女性特有の湯が沸く音でも楽しいのだろうか、それとも、先ほどの失態の事を思い出しているのだろうか、そして湯が沸くとさらに、嬉しそうな笑みを浮かべながら容器に紅茶の葉を入れて、湯を注ぎ入れる。目線はテーブルの上の本に向けて歩き出した。腰掛けて美味しそうに一口紅茶を飲んだ。その後は本を開くが、溜息を吐いて何度も本を閉じてしまう。何かを思い出しているのか分からないが、自分の耳にも届かない声で呟いた。
「早く、外界に行きたいなぁ」
 女性は外界を楽園と思っているのか、それとも、深い思い出が外界にあるのだろうか、それにしても、それほど好きな本が読めないとは、悪魔か、それとも、神に導かれている。そう思えるような陶酔しているような顔色をしていた。
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第二章
 微風が木々の葉を揺すり、女性に向かって囁いているように聞こえる。
「外は気持ちが良いわよ。ふふ、本を読むにしても外の方が明るいわ。出てきたら良いのに、外にも椅子もテーブルもあるわよ。肩が凝るような窮屈な所が好きなの。うっふふ」
 女性が窓を開けていれば、いや、窓を開けていなくても、木々の葉の揺れを見れば心に感じて気持ちが変わるはずだろう。だが、女性は本に夢中だ。そして時々、目の前にある二つの水晶球に似た物に視線を向ける。恐らく、四ページ位読むと必ず視線を向いているはずだ。何をしているのか、それは、女性の仕草や部屋の中を見れば解るだろう。
 部屋の中央に有る水晶球に似た物は恐らく警報機だ。その前にメモを書ける位の小さいスペースに無理やり本を広げながら看視しているはずだ。右の隅に大きい水晶球がある。その中には地球の映像が浮かんでいた。左の物は硝子の板のような物だが起動していない。恐らく、細かい地域を映す物だろう。
 本のページも後半になると、目線は活字を読む時間が長くなってきた。看視の事など頭の片隅に残っているか分からない程に、本に夢中になっている時だ。突然に水晶球に似た物が光り出し、光が目に飛び込んだ。
「えっ、まさか。えっ、えっ」
 何が起きたのか分からないのだろう。赤い点滅を見つづけ、何を思ったのか。意味の分からない事を呟きながら部屋を飛び出した。
「あれが、あれが、あれが」
 喚きながら走り、知らせに向かった。
「何があった?」
 扉を叩く事もしないで、女性は喚きながら部屋に入ってきた。
「あれ、あれ、あれが、ぴかぴか」
「あれが点滅したのか、何色だ」
「分からないわ。驚いて、知らせに来たから色までは覚えていないの。今から見てきます」
 自分の喚き声で言いたい事が伝わり、落ち着きを取り戻した。
「行かなくて良いぞ。一緒に行こう」
「はい」
「私が幼い頃に点いて以来だ。驚くのは無理ないが、あれは異常な驚きだ。人でも殺したのかと思ったぞ」
 立ち尽くしている女性の肩を叩き、二人で水晶に似た物を確かめに向かった。
「青ではないぞ。赤は獣人だ。俺でも対処の方法は知らんぞ」
「私は何をすれば良いのですか?」
 男は、光を見るまでは落ち着いていた。完全に対処方法が頭の中にあったからだろう。
 だが、光を見ると驚きの余りに気を失いかけたが、連れの何事も無かったような普段の声色で問い掛けられて、怒りを感じ、辛うじて意識を取り戻せた。如何する事も出来ない事に変わらないが、自分に言って欲しい言葉を、心の叫び声が、口から出ていた。
「あっ義務を果たした。帰って良いぞ」
「はい、分かりました」
 女性は、上司に報告したから全てが終わった。そう思っているのだろう。本を手に持ち、部屋を出ようとした。
「警報を鳴らせ」
 男は無表情で口にしたが、自分でも何を言っているのか分かっていないはずだ。
「えっ、警報は付いていますが?」
 女性は意味が分からず問い掛けた。
「緊急非常警報を鳴らせと言ったのだ」
 表情も声色も落ち着いているように見えたが、この言葉を吐くのだから完全に正常の判断が出来ない状態だ。
「あれは所長しか押せないはずです」
 驚きのあまり大声を上げた。
「私は所長代理だ。私が良いと言っているのだ。押して来い」
「分かりました。押せば良いのですね」
 女性が部屋から出て数分後に、都市中に警報が響いた。
 人々は何が起きたのか、不安を抱いて端末機に情報を得ようとした。だが、娯楽を流す映像機などは、普段は手動でなければ動かないはず、それなのに、物が勝手に動き出した。
「A地区の方はA地下避難所に至急お集まり下さい。身分照合を確認後に、全ての情報を得る事が出来ます」
 室内にある電灯は明暗で、映像を映す物は映像で、全ての機械が機能を使い室内にいる人に同じ情報を知らせた。非難に向かう人や恐れを感じて外に出た人々は、失神するほどの驚きを感じた。それは、普段は動く訳が無い石畳が動いているからだ。近くで見る勇気がある者は、無数の砂が動いているのに気が付くはずだ。無理をして走れば逆の方向に行けるが、無限に走れるはずが無い。いずれ疲れ果て、人や砂の上の全てを指定の場所に連れて行く。驚きは、それだけでは無かった。外に置かれた拡声器や照明からも、室内以上に同じ言葉を騒ぎ伝える。全ての機器は緊急避難警報が作動すると動き出す仕組みか、それとも、普通の警報でも作動する物が錆付いていた為に、偶然に緊急非常警報が作動したのだろうか、何故、警報で、これ程の騒ぎになるか疑問に思うだろう。それは、
「原子爆弾が飛んできますよ」
 それを、知らせる警報だと思ってくれれば分かるはずだ。そして、都市中は想像絶する騒ぎになっている。そう思うはずだ。だが、機械が騒ぐだけで情報を与えない為に、人々は非難場所に向かうしかない。その場所でなければ何一つ、情報が得られないからだ。
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物語が始まる前に、一言。
 
 この物語は、第三十一章で完結です。元々、「探偵見習いと化け猫」の連載が終わった後に連載を開始しようと考えていたのですが、三十一章なので、長い時間が掛かると思い連載を開始する事に決めました。連載形式は、毎月、一章を載せる考えです。長い連載になると思います.
 

そろそろ、物語を始めようと思います。

最後に、もう一言。。。。

主人公の涙花は、いや、涙花が住む都市の住人は、左手の小指に赤い感覚器官があり、背中に蜉蝣のような羽がある。その羽は、羽衣と言われていた。
涙花は、誕生日の日に、父からのプレゼントを貰い。それは、幼い時からの夢だった。
だが、それが、全ての始まりだった。それからは、想像も出来ない生き方を選ぶ事になる。何故、それは、左手の小指の赤い感覚器官が見えると、ある人に言われたのだ。それは、自分の運命の相手のはずだからだ。再び、その人物と再び会えるだろうか、そして、結ばれるのだろうか?
         
それでは、物語が始まります。  

糸の導きを信じて

第一章
 食卓に多くの料理を並べられているが、誰も食べようと手を伸ばす者は居なかった。それなら、装い分けるのを待っているのだろう。そう思うだろうが、違っていた。その理由は、誰もが直ぐに分かるだろう。室内は料理が見えないほど暗いからだ。だが、機械仕掛けの光が無いと言う訳でも故障でも無い。その事は表情で感じられた。怒りを感じる視線を食卓の中央にある燭台を見つめ続け、灯そうともしない。皆は怒りを感じている事だろう。目が慣れるのを通り越して、料理が冷たくなる程の時間が過ぎているからだ。
 カチリと鍵を開ける音が響いた。怒りの表情のままだが、微かな笑みが感じられた。恐らく待ち人に違いない。ギギイ、と扉の開ける音と同時に一本の蝋燭の灯りが見える。
 三人は座ったまま、一本の蝋燭を目線で追い続け、燭台に挿してある全ての蝋燭が灯ると、三人は同時に怒りの声を上げた。
 [お父さん遅い、何をしていたのよ」
「もう、料理を作ったのに冷めましたわ」
 [やっと話せるぅ、死ぬかと思ったぁー」
 この地の住人の習慣で、誕生日の最初の灯りを灯すのは異性の役目、大抵は父と決まっていた。夢を持たせる遊びなのだが、心底から住人は信じている。それは、歳を取る最初の夜の蝋燭の灯りに未来の事や結ばれる異性が現れると思われていたのだ。そして、蝋燭を灯した者は、幻影が本当に成るまでの未来を守り、導かなければならない。そして、歳を取る者は料理を並べた後、歳の数の蝋燭が灯るまで声を上げてはならない。知人や家族は声を上げても良いのだが、蝋燭の囁きを聞き逃しては困るだろう。それで、共に沈黙するのが普通だった。
「最高の贈り物を用意するのに時間が掛かったぞ。待たして済まなかったが、私の贈り物は蝋燭の灯りに映っていたかも知れないぞ」
「えっ」
「えっーお姉様だけずるい。私も欲しい」
「あなた早く教えてあげなさい。驚きの余り息をするのも忘れているみたいよ。窒息で死んでしまうかも知れないわ」
「この都市の人口の星ではなくて、外界の本当の星が見たい。そう言っていただろう」
「えっ、外界に行けるのね」
「そうだよ。遅れた事は許してくれるな」
 父の、これ以上崩れないと思う笑顔を見て感謝の言葉を掛けようとした。その時に、突然耳に、草木の踏む音や擦れる音が聞こえた。
「誰、お父さんなの?」
 その音で夢から覚めた。夢を見ていた事の驚きよりも、人の気配に恐怖を感じた。
「脅かして済まない。火に当たらして欲しいのだが、宜しいかな?」
「えっ、えっ」
 若い男の声が聞こえる。声色からは疲れが感じられた。歩きながら話をしているのだろう。草木の踏む音が近づいてくる。
「えっ、えっ」
 私達と同じ姿をしていると聞いたが、初めて出会うのだ。猿の遺伝子と我々の遺伝子の複製だ。好奇心もあるが恐怖も感じた。何か答えなければならない。恐怖を感じているのを悟られたら襲いかかるかもしれない。そう心を決めて、言葉を上げようとした時に男が現れた。そして、決めた心が吹き飛んだ。
(あっらぁー、見られる程度の良い男じゃないの。無精髭を剃った姿が見たいわねぇ)
 緊張も恐怖も完全に無くなった。この女性が特別なのか、それとも、全ての女性も色男なら恐怖が消えるのだろうか。
「どうぞ、焚き火の近くに来て下さい」
 色男は犯罪をしないと思っているのだろうか、笑みを浮かべながら手招きをする。
「図々しいと思いでしょうが、温かい飲み物を頂けないでしょうか、お礼に可也の金額を差し上げる事が出来ます。駄目でしょうか?」
 男は本当に飲み物を欲しいのか、金に困っていないと強調して、恐怖心を取ろうとしているようにも感じられた。
「宜しいですよ。お礼なら旅の話や貴方の事などの話が聞きたいですね」
「そうですか、良いですよ」
 女性は、男性の返事を聞く前に、焚き火の周りの石に紅茶の容器を載せようとした。男性に目線を向けながらなのに手元は確りしている。恐怖心も、疑いも感じていないのだろう。そう目が言っている。男性は容器が心配なのだろう。目線を向けながら話を始めるが、ちらちらと手首を見るのは焚き火の火で、火傷をしないか心配をしているのだろうか、その仕草に女性は気が付いてない。
「そうなの、それで」
 直火ではない為に時間は掛かるが、男性の旅の話が楽しくて時間を忘れていた。
「旅をするのは楽しいのは分かりますが、長男で家柄も良いのに信じられませんよ。何故、お父さんは旅を許してくれたのです」
 男性は話し疲れたのだろうか、それとも紅茶が温まった事を知らせようとして、話を止めたのだろうか、視線は容器とも女性の手首とも思える。そんな、視線を向けていた。
「あっ、ごめんなさい。淹れますね」
「ありがとう」
「どうぞ、砂糖はありますよ。それとも塩の方が良いのかしら?」
 女性は容器を地面に下ろしながら尋ねた。
「このままで飲むのが好きですから」
「そうですか」
「いい香りですね。そう、旅を許してくれたのは、叔父の話を持ち出したからなのです」
 男性は喉を潤しながら、又、話を始めた。
「えっ、どのような話ですか?」
 女性の表情からは驚きが感じられない。ただの、相槌のように感じられた。
「母方の叔父が、私と同じ歳に近衛兵に入隊し、忠誠の誓いの時に言った言葉なのです」
「どのような言葉なの?」
「それはですね」
 男性は、先ほどの柔和な表情から真剣な表情に変わり、言葉で足りない事は身振り手振りで表現しながら話を始めた。それは、
「陛下。私は自分の気持ちを陛下に伝える為に入隊の儀式を頑張りました。早く儀式を終わらせ、見知らぬ老人の話で心動かされた事を伝えたい為です」
 男は、物語の主人公のように声色を変えて伝えた。少し話すと、喉を潤すために中断して、今度は叔父の感想を言い出した。
「叔父は死ぬ覚悟で話をした。そして、頷くのを待ったそうです。許されると、満面の笑みを浮かべながら話し出したそうです」
 今度は老人と叔父の二役を演じた。
「貴方は地位、名誉、財産はあるように見えます。それで、次は何を望みですか?」
「えっ、何を言っているのだ。私に言っているのか?」
 老人は路肩に腰掛け、愚痴のように話を掛けた。叔父は、普通は無視するのに笑みを浮かべて、老人の隣に腰掛けた。
 男は二役の動作まで演じるのだから芸人を職業にすれば天下を取れると感じられた。
「その中の一つでも、一生掛けて得ようとする人がいるそうです。それで一つでも手にした者は、次に何を得ようと考えるか、それは、若い時に出来なかった思いを取り戻そうとするそうです。特に異性を欲しいと願うそうです。私は、負け惜しみだと思っていました。
 私は地位、財産、名誉を得たのですよ。信じられないでしょう。私は何の為にがむしゃらに働いてきたのか忘れていたのです」
「私は信じるぞ。心の底からの悲しみを感じるが、目は死んでないぞ。何かをやり遂げた。良い目をしているからな」
 男は二役を完璧に演じているから疲れたのだろう。又、喉を潤し、終わると普通に話を始めた。このように普通にしていれば貴族だと言っても、誰でも信じるだろう。
「叔父の身なりで、地位も財産もある人だと思ったからでなく、目の輝きや顔色で何かの思いを感じた。そう言っていました。
 その老人は気が付いたら、その歳になっていた。そして偶然に初恋の相手に再会して、昔の思いを伝えたそうです。そしたら、悲しくなる事を言われたそうです。
 男は突然立ち上がり女の声色を上げた。姿や雰囲気が、育ちが良いから変には感じない。
それが変だと言われれば、確かに変だろう。
「何故、言ってくれなかったの。貴方は馬鹿です。思いだけでも生きて行けるのですよ」
 男は本当に涙を流しながら演じる。涙を流すのを隠す為に演じたのだろうか、何故、そう思えたか、それは、涙の演技だと思わせると、直ぐに腰を下ろしたからだ。
「老人は全てを話し終えると、叔父の肩を叩き頑張れよ。私の様な人間になるな。そう言って笑ったそうです。叔父も、ここの場面だけは笑って言うのです。不釣合いの二人が路肩に座っているから、人の視線を感じ、昔の気持ちが戻って羞恥心を感じたのだろう。そう言いっていました」
 笑みから真剣な顔というより、死にそうに顔を青ざめてゆっくりと声を上げた。
「陛下。私の想い人が、何処かで待っているはず。旅に出る許しを頂きたいのです。旅から帰った後は陛下に生涯の忠誠を誓います」
「・・・・・・・・・・」
 女性は無言で耳を傾けていたのだから、本当の話しと感じたのか、それとも惚れてしまったのだろうか、それで、口から出る言葉を全てが本心と感じたのだろう。
「私も、父に想い人の探しの旅に出たいと言いましたら、一言で許されました。お前はあの男と似ている。駄目だと言って陛下に直談判されては困る。行きたいのなら行け、又、我が部族からあの言葉を吐く者が出たら、王の輩出が出来なくなるどころか、一族全てが抹殺される。だが、必ず見つけて帰ってきてくれ、あの男と同じになってくれるな」
「そうなの、ふううん」
 男の顔色は、無邪気な子供が好きな物語を話すように見えて、女性は口調では真面目な話だと思い装っているが、笑いを堪えているようにも感じられた。
「先ほどから気になっていたのですが、一つ聞いても宜しいでしょうか?」
「なんですか?」
 女性は驚きなのか、それとも不審とも思える顔色を浮かべながら首を傾げた。
「小指と一体になっている腕輪は、何の宝玉なのですか。継ぎ目も無いようですね。不思議だなぁ。そう思っていました」
「これの事ですか?」
 目を見開いて、驚きの声を上げた。
「そうです。連れ合いを見付けた時に、贈りたいと思いまして、何の宝玉なのです」
「このような所に客人とは珍しい。何かの用があってですかな?」
 女性の父は、話し声が聞こえて娘の事が心配になり現れたのだろう。
「いえ、何の用事もありません。占いで、この方角に良い事があると出ましたので、行ける所まで行こうと考えています」
「あっの、あっのうぉ」
 女性は顔を真っ赤にして、父と男は交互に視線を向けて、何かを言いたいのに言えないでいた。だが、心の中では悪態を吐いていた。
(もうお父さんの馬鹿、なんでこんな時に現れるのよ。現れるのならもっと早く現れればいいのに。本当にもー。この男も名前を言うか、先ほど尋ねた話題を出しなさいよ)
「あっの、あっのうぉ」
「ほう、自由気儘の旅ですか、いいですな」
「今、頂いているような嗜好品は飲めませんが、異国の様々な物を見る事が出来ますからね。本や話を聞くのとは違います。目の保養にも、心を豊かにもしてくれます。それが、一番の楽しみですね」
「そうでしょう。お若いから出来る事です。私にも聞かせて欲しい。私もこの歳です。そのような話を聞く位が楽しみですからなぁ」
「いいですよ。私も旅の話で本当に喜んでくれる。その顔を見るのも楽しみの一つですから、そうですね。何から話しましょうかね」
「あっの、あっの」
 娘は顔を真っ赤にして、死ぬほど恥ずかしいのだろう。必死に我慢して声を上げているのに気が付いてもらえない。父は、娘が居る事を、男は女性が居る事を忘れていた。
「あれも見てきたのですか、それは、それは、良かったでしょう。私も感動しましたよ」
 二人だけの会話が続いていた。笑い声、感動の声や自分が見たかった場所などを交互に話し掛ける。その脇で女性は必死に目線を向けているが、しだいに涙目に変わり嗚咽を漏らし始めた。それでも、男二人は話に夢中で気が付かないでいた。
「そうそう、私も話だけで行った事はないのですが、砂漠のある国では川が飛ぶらしいです。私は蜃気楼と考えていますが、貴方は聞いた事がありますかな。必ず話題に出るでしょう。まさか、その国も見て来たと言いませんよねえ。どうです、次の旅の目的にしてみては、どうですか?」
 娘の父は話し方に熱がこもる。誰でも、この話題を持ち出せばさらに盛り上がるはずなのだが、男は突然に笑みから真剣な顔に変わった。二人の会話や笑い声が大きかった事に気が付き、生物の眠りを妨げるとでも思ったのだろうか、それとも、本当に可也の時間が過ぎて疲れたのだろうか。
「あなた方の連れが戻られたようです。私は失礼した方が良いようですね」
「何故、私達は朝まで居るつもりですが、仲間にも話を聞かせて欲しい。それに、夜中を無理して歩かなくても良いでしょうに、お疲れなら焚き火の近くで休まれては、仕事の後ですから仲間も休む者もいますので、お気遣いなされないで下さい」
「いえ、私は失礼します。何やら揉め事が起きるような気がしますので」
「そうですか」
「あっの、あっの」
 父は不審な表情を表し、娘は嗚咽を漏らしていたが、男と目線がやっと合い笑みに変わった。男も笑みを見たからだろう。微かな笑みを返したが、声を掛けようか迷っているように感じられた。
「焚き火に招いてくれた事と、美味しかったお茶のお礼として、名前を名乗ります。
 飛河連合東国、第八王家、羊長信です」
(トガ連合トウ国、第八王家。よう、ちょう、しん様。私は一生忘れません。父を説得して必ず貴方の元に行きます)
 娘は心に刻むように耳を傾ける。目線は男の全てを忘れないようにする為だろう。目に焼き付けるように真剣に見つめていた。
「最大の感謝として言いますが、貴方が話しをしていた。幻の河に住む国の者です」
 最後の言葉は歩きながら語る。同時に仲間が現れて、男の声と仲間の声が重なって声が届いたのか分からない。全てを言い終わる頃には、木々に隠れて見る事が出来なかった。

最下部の第二章をクリックしてください。

 第十六章、終章、新しい時の流れ

 薫の両親は十年前に戻された。

「ああ」

 二人は声を無くした。夢にも見ていた。徹が死ぬ寸前の場面を、幽霊のように宙に浮きながら見ていた。

「涙が欲しがっていた。あの指輪を買ってもいいぞ。少し大目にボーナスが入ったからな」

「えっ、本当にいいの。まだ、売れ切れてなければいいわね」

「そんなに急ぐな、何かあったらどうする」

「あっ」

 急ぐあまりに、足がもつれた。そして、乳母車から手を離してしまった。

「大丈夫か」

 妻を抱き止めた。だが、乳母車は前、前と進んで行く。

「あっ、私の赤ちゃん」

 あまりの驚きでぎこちなく歩くが届かない。それでも、二人は、乳母車を止めようとして、手を伸ばすが、乳母車は段々と早くなり、手に掴めない、このまま進めば水路に落ちてしまう。幽霊のような二人は、その場面を、空中から見ていた。

「何度も、この場面に戻りたい。そう思っていた。だが、どうすれば良いのだ」

「何を言っているの。赤ちゃんを助けるの。赤ちゃんを助けるのよ」

 二人の頭の中では、竜宮城の事も幽霊のような自分の事も、思考できなかった。ただ、自分の子供を助ける事だけだった。本能のように乳母車に体ごと向かうが、掴む事も触る事もできない。ただ、通り抜けるだけ、それでも、必死に通り抜けるが、何度も乳母車の前に戻り、何度も止めようと繰り返した。

「お願い、止まって」

 止まることは無かったが、速度は、だんだんと、遅くなっていく。自分の行動が過去の世界では、風を起こしている。それが分かると、もっと必死に祈りながら止めようとした。すると、神に祈りが届いたのか、それとも、玉手箱の力だろう。

「うわー」

 過去の二人は、突然の突風を顔に受け、目を閉じた。

「止まったわ」

「止まってくれた」

 幽霊のような二人が、赤ん坊の笑みを確認するのと同時に、過去の二人は目を開いた。過去の二人も同じような笑みを浮かべると、幽霊のような二人は、過去の二人の体の中に吸い込まれた。時の流れが変わり一体になった。
 そして、時が流れ、徹が自由に言葉を話す頃、弟が欲しいと言う事になる。弟が生まれ、時の流れが、薫と結び付く事になる。そして、時が流れ、江見と会う事になるはずだ
第終章



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物語を書いて五年になりましたが、私は「左手の赤い感覚器官(赤い糸)と「蜉蝣(カゲロウ)の羽(背中にある(羽衣)の 夢の物語が完成するまで書き続ける気持ちです。
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