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第十六章
「お婆ちゃん。その後の話しは良いよ。お母さんが怒って、甲斐性無し、と、お父さんに言うと、必ずその話になるから聞き飽きちゃった。そして、さっきの、お姉さんのお父さんが、娘よりもお前さんの方が心配だから、娘を連れて行きなさい。そう言うのでしょう。それよりも、恐竜や綺麗な巫女様や秋奈さんには会ったの。秋奈さんは、やっぱり病院で暮らしをしているの?」
「そよね。別の話しをしましょうね」 
「明。何、大声上げているの」
「お婆ちゃんが別の話をしてくれると、言ったのに寝ちゃたよぉ」
「話し疲れたのね。外で遊んできなさい。起きたら話の続きを頼んであげるから」
「うん。起きたら教えてね」
 不満そうにしていたが、別の楽しみが浮かんだのだろう。外に駆け出した。
「はい、はい、起たらね」
 数十分後、家に帰ってきて、祖母の部屋の扉に視線を向けた。
「お婆ちゃんは起きた」
「まだよ」
「何時、起きるのかな」
 小声で呟いた。
「明、扉を見ていても起きては来ないわよ。それよりも、お母さんの手伝いをして」
 明は、母の手伝いや食事が終わるまでは、祖母の事を忘れていたが、食べ終わると不満を表した。
「まだ、起きて来ないよ。起こして来ようか、お婆ちゃんも、お腹が空いていると思うよ」
「明、お風呂に入って来なさい」
 食事を片付けながら声を上げた。
「もう少しで起きて来るかもしれないよ」
「眠くなったら入らないと言うでしょう」
「絶対入るよ」
「お婆ちゃんも起きて来たら言うわよ。お風呂が終わったらねって、今入らないと、もっと時間を待つ事になるわよ。そうなっても良いの」
「御風呂に入って来る」
 明は、風呂から上がり、祖母がまだ起きて居ない事を知ると、頬を膨らませ、扉を見続けた。その姿を見て、息子が可愛そうになり話し掛けた。
「お婆ちゃん。起きて来ないわね。お母さんも知っているのよ。何の話が聞きたいの、お婆ちゃんでないと駄目かなぁ」
「お母さんも知っているの」
 満面の笑みを浮かべた。
「そおよ。何の話がいいの」
「秋奈さんの話は知っている」
「その話は、まだお婆ちゃんも知らないでしょう。お爺ちゃんが帰って来ないと分からないわ。他に聞きたい話はないの」
「それなら、恐竜の話は知っている」
「恐竜なんて、お婆ちゃん話したの、ああー守護竜ね。何所まで知っているの?」
「消えた所まで」
「恐竜はね。遠い、遠い昔に言ったのよ」
「どのくらい昔に行ったの」
「そうね。このまえ神社に御参りに行って凄く大きい木を見て驚いていたでしょう。その木のお爺ちゃんの、そのまたお爺ちゃん位かな。そこにはね。恐竜の仲間が沢山いるの。だけどね、仲間は生まれた所に帰りたいって泣いているの。あらあら、寝てしまったのね」
 明を優しく抱き上げて、部屋に連れっていた。暫く寝顔を見詰めていると、扉の開く音が聞え確かめる為に、居間に戻った。
「お婆ちゃんなの?」
 恐怖で声を震わせていた。
「驚かせて済まない」
「あら、何をしているの、御父さん」
「お腹が空いて、食べ物を探していた」
 台所から離れ、食卓に腰を下ろした。
「何か作りますね」
「婆さんは」
「寝ています。明に、昔話を聞かせていたのですが、疲れたのでしょう。早くに休みましたから、そろそろ、起きると思うわ」
「やっと終わったよ。最後の秋奈さんに会ってきた。婆さんが起きたら話すからな。先に言っとくが話の途中で消えても、心配するなよ。月に帰るのだからな。お前も月人の連れ合いがいるのだから、分かるだろう。それとなく、明には誤魔化してくれな」
「はい。あの父さん。私の時も、こんなに時間が掛かるの?」
「私達の場合は特別だ。三つの世界が絡まって締まったからだ。お前は大丈夫だ。安心しろ。だが、婆さんが居なくなると子守をしてくれる人もいなくなるし、歪みが消えるから他世界に行く事になるだろう。憶えていないか。三人で他世界を飛び回っていたのだぞ」
「憶えているわ」
 俯き、涙を堪えていた。両親を亡くした事を思い出したのだろう。
「大変だと思うが頑張れよ。運が良ければ、月で会えるだろう」
「そうよね」 
 悲しみの表情から笑みを浮かべ、呟いた。
「ちょっと婆さんを見て来る」
 部屋に入ると、寝具が二台置いてあり。その一つに夏美が眠っている。起こさないように静かに寝具に腰を下ろした。寝顔を見詰めていると気配を感じたのだろう。
 顔の表情が寝覚めるような動きをした。
「あっ、帰っていたの」 
 目を開けると、輪の顔があり、驚いた。
「ああっ、皺のある顔を見ていた」
「やあね、馬鹿。本当にもー何考えているのよ」
 若い時なら、恥かしさを隠すのに平手打ちをしたのだろうが、目線を逸らすだけだった。
「その皺顔が見られないと思うと、目が離せなくてなあ、忘れないように見ていた」
「秋奈に会ったのね」
 破顔して、言葉を待った。
「会ったよ」
「元気だった」
「ああ、それは後で話すから」
「旅は終わったのね」
 喜びというよりも、悲しみが顔に表れた。
「待たせたね」
 二人は扉を叩く音に気が付かなかった。 
「直ぐ、月に帰るの、明にね、秋奈さんの話を聞かせる時間はある」
「明は寝てしまったよ。私達は明日まで入られない。身支度を整える位の時間しかないよ」
「そう」
「私は食事を食べるが、婆さんはどうする」
「もう出来上がっているだろう。冷めてしまう。行こう」
 輪の問いに、夏美が頷くと、支えながら部屋を後にした。
「済まない」
 料理を食卓に並べて、娘が待っていた
「お酒もあるわよ」
「いいよ」
 輪は食事をしながら、秋奈の話を語っていたが、途中で夏美が名残惜しい様に席を立った。娘が気を遣い浴室の用意をしてくれていた。
「綺麗ね。御母さん」
 浴室から上がると声を掛けられた。
「有難う。話は全て聞いたの」
「はい。明の喜ぶ顔が浮かぶわ」
「婆さん行こうか」
 輪は夏美の手を取り、玄関に向った。
 その後ろ姿を見ながら、玄関を出る。その時、別れの言葉を上げた。
「御父さん、御母さん。本当の娘のように育ててくれて有難う」
「私の娘だろう。何を言っているのだ。なあ、婆さん」
「そうよ。月で今度会ったら、妹か弟に会うだろうね。楽しみでしょう」
「うん、うん」
 声を出そうとしたが出せなくて、何度も頷きながら、代わりに涙が零れ出ていた。二人を見送ろうと顔を上げたが、涙目では、もう何も見えなかった。二人にも見えなくなるのが分かっていたのか、手を取り合い楽しそうに話しながら、もう振りかえる事をせずに歩き出した。
「途中までしか聞けなかったけど、秋奈さんは元気だったの」
「他世界に行った事で、病気が良くなったと喜んでいたよ」
「えっ、何で、なの」
「病名や専門的な理由は分からないが、普通の人には何でも無い科学物質が、秋奈さんには毒となり体内に溜まり。それを直すには化学物質の無い所で、生活しながら汗と一緒に毒を出して、体を鍛える事だったそうです。秋奈さんの世界には、その様な場所は無くて、治療の方法も病気名も、知らされなかったそうです。それが一日いなくなって、現れると治っているのですから、皆は驚いて全てを話してくれたそうです」
「秋奈は他世界に行った事を話したの」
 輪に問うたが、答えが分かっていたのだろう。悲しい顔をしていた。
「話をしても信じないと思い、自分でも分からないと言ったそうです」
「そうなの。喜んでいたでしょう」 
「病気が治り本当に喜んでいましたよ。秋奈さんと別れる時に言われたよ。私と又会えて、話もできて良かった。私が現れなかったら、夏美さんと楽しく過ごした事を、夢と思い忘れていたって、そして、私も幸せに生きるから、夏美さんも幸せになって、そう言われたよ」
 輪と夏美は、身体が月明かりに溶けるように消える。まるで、月までの階段があるように空を昇っていた。
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第十五章
「あー居たわ。遺言命の刺繍が背中に見えますわ」
 時の流れを絡ませた張本人達は、最後の目標物を捉えた。
「直接に会うのは止めて帰ろう。人目だけでも見られたのだからな、な」
 訓は、冴子の時とは違い理性が感じられた。自分の息子の事だ。自分が修正をしていた時の事が思い出されて、自分達が息子や同胞の修正の邪魔をしていると思った。それとも男親だからか、女親は男と違い、生命誕生の時の苦しみを思い出せる為に、理性が切れるのだろう。
「だけど、月を出てから可なりの時間が経つのに、連れ合い候補に会えたようにも、女性と係わったようにも見えないわ」
「何故、そう思える」
「あなたは息子が旅立ちの時言いましたわよね。世の中は善人だけではない、少し奇抜な格好をしていれば災難も避ける。そう言いましたわ。男の人の考えは分かりませんが、私や女性から息子の姿を見れば変人と思い近寄りませんわ。私達が伝えなければ、一生あの姿のまま、時の流れから開放されません。それでも良いのですか?」
 連れ合いの話に頷いているように思えたが、違っていた。地上を映す画面を見ていた。
「お前が話している間に録音しながら聞いていたが、運命の人に会ったようだぞ。観て見るか」
「はい」
 気持ちが落ち着くと恥ずかしくなり、小声で少女のような返事を返した。訓は妻の言葉を受けて、数ある中の液晶窓硝子の一つに映像を出した。
「御母さんが話してくれたような。正義の味方があそこで立っているよ」
「見ないようにしなさい」
「お母さんの馬鹿。もう飴玉は要らない。行ってくる」
 少女は、母が厳しい顔で、手を引っ張る気持ちが分からなかった。
「駄目よ。戻りなさい」
 娘は駆け出してしまい、見失った。
「御兄ちゃん。正義の味方だから術の力で、鬼を倒しているのでしょう。凄いよね。お金、ここにいれるね。がんばってね」
「ぶつ、ぶつ、ぶつ」
「御兄ちゃんは、鬼を倒すほど強いから、怖いなんて感じたことない思うけど、でも、箱にお金を一杯いれて欲しいのなら、指に赤い糸を付けないほうが良いよ。御本で読んだ事があるから意味は知っているけど、本当は糸なんて無いのだって、だからね。偽物を指に付けていると、変態と思われて箱にお金を入れてくれないよ。頑張ってね。御兄ちゃん」
 少女は、話を掛けても、呪文に夢中で何も言ってくれない為に頬を膨らませ、愚痴を零した。母親は、やっと娘を見付けたが、人込み挟まれ行く事ができなかった
「沙里華、沙理華。此処よ、此処よ」
「御母さん」
「大丈夫。何もされなかった」
「ん、大丈夫。あのね。いろいろな話しを聞きたくて話し掛けたのに、何も言ってくれなかったの」
「そうなの。御母さんは思うの。誰かを助けていたので、気付かないでいたのよ」
 親子は話しながら家路に向ったが、男の話しがでたのか、時々、男を見ていた。そして、人込みの中に消えていった。
「えっ、何と言った。誰だ、何所にいる」
 今頃気付き、辺りを振り返り見渡した。目線が合ったのは子供だけ、聞き違いと思ったのだろう。又、呪文を唱え始めた。
「なあ、合う必要がないだろう。間も無く帰ってくるから家で待とう」
「はい、帰ります」
 自動追尾録画機を使い、地上にいる息子の映像を妻に見せた。嬉し涙を浮かべて画面を見ていたが、息子の馬鹿な様子を見て笑みに変わり、全てを見終わると自分の時と重なったのだろうか、憂い顔で答えを返した。亀形の船は、夫婦が話し終わると、この世界から消えて、月に帰った。すると、同時に、輪と夏美も同時に消えて、二人が初めて会った大松の前に現れた。
「夏美さん。帰れましたね」
「そのね。これで旅も終りなのね」
「それよりも、夏美さんに聞きたい事があるのですが、教えてくれますか」
 今まで一緒にいて、最高に機嫌が良いと思い声を掛けた。
「なあーに」
「赤い糸は、何時気が付きました」
「ん。恥ずかしいから、内緒」
 夏見は、初めて会った時からに決まっているでしょう。そうでなければ、助けなかったわよ。あの現れ方に、あの姿を見たら幽霊か変態よ。誰だって無視するわよ。恥ずかしさを装って、頬を赤らめていたが、心の中では悪態を吐いていた。
「旅は終わったのでしょう。これから、何所に行くのかしら」
少し怒りを表して、言葉を吐いた
「分からないのです」
 夏美の怒りを感じて、苦しそうに吐いた。
「旅は終わってないのね。まさか、私を置いて消えてしますの」
「私は心底から、一緒に月に行きたいと思っているのですが、飛べないのです。何故なのか。母の話では、連れ合いが見付かれば、直ぐに月に帰れると聞いたのですが、何故、飛べないのだろう」
「あっ」
 突然、夏美が甘い声色の、ため息を吐くと、輪は、夏美の容態を確かめた。夏美は、何か言いたげに、輪の目を見続けた。だが、全てを言わなければ分からないの、そんな表情を浮かべ、泣いているように思えた。
「夏美さん。大丈夫ですか、顔どころか耳まで赤くして、熱でもあるのですか」
「何か重大な事を忘れていると、思うのですが気が付きませんか」
「ああああっ、煎餅を買わなければ」
「本当にもー何を考えているの」
「落ち着いて下さい。なんで、怒るのか分かりませんが、思い出したのです。父の土産は忘れましたが、母の土産を思い出したのです。それを買えば月に行けます」
「月に行って貴方の両親に会うのは分かりますが、私の両親に会って言わなければならない事ありますでしょう」
「何を言うのです」
「月に居る、輪さんの両親に、私を紹介して安心してもらうの分かるわ。私の両親にも会って結婚の許し貰って欲しいの。そして、私の両親に遠回しに会えなくなる事を伝えて欲しいのよ。この世界に帰って来られないのでしょう。何も言わないで居なくなったら心配して捜すわ。それも全てを投げ捨てても、そして、病気になり、嘆きながら死ぬわ」
「心配して捜す。子供が親から旅立てば会えなくなるのは当然のはず。それを捜すなんてそんな事をしたら、子供の人生が狂ってしまいますよ」
「貴方の場合はそうかもしれないわね。私の場合は、突然に消えたのよ。それにね。必ず捜すという訳では無いわ。私が幸せに暮らしていると分かっていれば捜さないわ。だからね。両親を安心させて欲しいの。嘘で良いからね」
「そうですね。芝居を打ちましょう」
「私の父は、簡単には結婚を承諾はしないと思うわ。婿になり家を継ぐと言えば許してくれるけど」
「婿。家を継ぐ。それは何ですか。私に出来る事ですか?」
「はっあー貴方は様々な世界に旅をしたのでしょう。月以外の常識分からないのですか、分かりましたわ。私の世界の常識を全て話しますわ。この世界ではね」
最下部の第十六章をクリックしてください。 
第十四章
「探す所は無いわよ。もう止めようよー」
 秋奈が愚痴を零した。春奈は旅を続けられるが、全ての人々が避難したかを確かめるのに協力して欲しい。そう言われ、二日、四日と捜し歩いた。勿論、遊びながらだが、秋奈は飽きたのだろう。
「巫女様。長が動けば士気は上がりますが限度を超えれば邪魔になるだけです。秋奈さん達の言い方は悪いですが、友人と思い話し掛けていると思いませんか?」
「分かりました」
 礼は、言い終わると、春奈の話を聞かずに二人の女性の機嫌を取り始めた。その後を、春奈は暫く歩いた。警護人が町を探索しながら無駄話をしている声が聞え、耳を傾けた。それは、警護頭が試合で上位に残り、明日が最後の試合だと聞いた。皆にも聞え、警護頭の話題になった。礼の話が中心で、口から出るのは悪口だけだ。春奈は黙って聞いていたが、心の中では、幼い頃から最近までの事が思い出され、そして、侮辱する話と重なるたびに、違う。違うと呟いていたが、我慢の限界を越え、大声を上げた。
「警護頭は、礼と闘っても負けるはずがありません。今まで試合に出ないのは、試合は、部下の夢の為にあると言っていました」
「ほう、凄い自信ですね。私に言っても良いのですか。これでも勘当されましたが、春奈さんと身分は同じです。元の身分を言えば勝者だけと闘えます。ああ、巫女様の護衛があるのでした」
 大袈裟な身振り手振りで、怒りを誘うように感じられた。
「私は帰りますから、闘ってみなさい」
「闘いましょう」
 最後の言葉と笑みには、全ての思いを伝え、心底から安堵したように思えた。
「輪様。私から頼んだ旅ですが、これで帰らせて頂きます」
「いいえ。私がお礼を言いたいほど、楽しい旅でしたよ」
 春奈が怒りを表しながら帰る姿を、輪は見え無くなるまで見送った。
「これから何所に行きます。港町を離れる意外なら、何所で行きますよ」
 三人は、残りの二日間は遊びに飽きたのだろう。何気無く過ごし、謎の生物が現れるのを砂浜で待つ事にした。
「今度失敗しても、自棄を起こさないでよ。私はこれで旅が終わると思うと少し寂しいから、慌てて家に帰らなくても良いの」
「私も、帰っても病院生活の戻るのだけだし、旅が長くなる方のが嬉しいわ」
 輪の気難しい顔をほぐそうとしたのか、別れの挨拶のようにも思えた。
「心配してくれて有難う。必ず帰れますよ」
 輪の話が途切れて不審に思った時に、頭の中で声が響いた。
「我の双子は来ていないようだが、話しの内容しだいでは、我に考えがある」
「夏美さん。秋奈さん。羽衣を返して頂きます。良いと言うまで林に隠れてください」
(赤い糸で傷が付かない事を祈るしかない。もし傷が付いても、あの化け物を倒せるはずがない)
 言葉を掛けると同時に、心の中で考え。手渡された羽衣を背中に付けた。その姿は飛ぶという姿ではない。妖精のように浮いているようだ。そして、巨大な恐竜に似た謎の生物に近づいた。
「お前は、何所から来た」
 幽霊でも見たような驚きの声を上げた。
「私は月から来ました」
「嘘を吐くな。月では住めなくなり、我々はこの地に来たのだぞ」
「嘘ではありません。ですが、過去か未来の月なのか分かりませんが、今見える月に係わりがあるのは確かです」
「そうか」
 話しを聞き終わると、全ての思いが吹っ切れた。すると、父や同族の顔が過ぎる。血を絶やすな。絶やさなければ、月で別れた同族と一つになれる。父の最期の言葉だ。そして、幾つかの物語。住めなくなった月に最後まで残り、遠い昔まで時を飛ぶ。そう考える同族もいた。今立つこの地のように、数限りなく、高等生物が生まれて滅んできた。月でも同じ事が起きたはずだ。生物の進化の時間は、月も、この地と同じと考え、後の月人に係わりが起きない昔まで飛び生きる。確かに時を越えられるが、代償の重さにより変わるらしい。そして、海水と地表を代償に使った。成功か失敗か分からないが、今の月になってしまった。月を見る子供を居ると、大人は夢物語のように話しを聞かせた。そうか、生きていたか、そして時間の狭間から出られなくなったか、だが、この男はどの様にして、この地に来たのだろう。初めて会った時は、同族の気配は感じられなかった。
「そこは、楽園なのか?」
「楽園です。今までいろいろな世界に行きましたが、私の生まれた月以上の楽園は無かったです」
「いろいろな世界に行った。と、言う意味が分からぬが、教えてくれないだろうか」
「私も詳しくは分かりませんが、この星の多重世界。いや、この星が無数に重なりあう空間に、私の住む月が一つだけ浮かんでいるのです。そして、連れ合いを探す為に、月を離れてこの星に入り、自分の意思に関係なく、いろいろな世界に飛ばされるのです」
 獣の声の響きが、段々と穏やかな囁きに変わり、このまま気持ちを静めてくれ。そう願った。
「そうか」
 八尾路頭家の生き残りが居れば、孫と話をしていると錯覚するほどの、心優しい響きをしていた。
この地に移り住んだ我々や、宇宙を永遠に彷徨っているかも知れない同胞と、時を飛んだのだろう。その中の同胞で、どの同胞が幸せだったのだろうか、考えても仕方が無い事だ。今まで我や、我の同胞は幸せだった。それで、良いのだ。
「我と、お前は、同じ月人の子孫だ。血族が生きているのならば、お前に従わなくてはならない。お前に全てを委ねるが、今際の言葉を聞いてくれ。我の一族は、幼い双子を残して全て殺された。今はまだ生かされているが、先は分からない。行く先々の時の旅で、双子が生きていれば、手助けしてくれ。頼む。それだけだ、さあ、好きにしてくれ」
「待ってください。双子の事も、私達の過去や月の事も、この星の事も何も分からないのです。知っているのなら教えてください」
「何を言っている。気が変わるぞ」
 輪は、嘘だと分かるが、慌てて考え直した。
「分かりました。私は、時の神に従って時の流れに任せるだけです。貴方が死ぬのか、他の世界に飛ばされるか、私には分かりません。勿論、御孫さんの事も、時の神が、私と御孫さんを合わせてくれた場合は、全ての力を使ってお助けします」
「そうか」
 他人事のように語り。予想を思案した。私は多分過去に行くだろう。月にだけに存在する守護獣が、何故にこの地に居るのか分からなかったが、我の事だと思えてきた。獣は、僅かな言葉しか語らず。殆どは眠っていたが、我の言葉なのだろう。そして、何も語らなくなったのは、我が死んだからなのか、それとも、時を飛んだ事により。我の生命の時間の流れが変わり、時折獣の体に入っていたのか、その答えはゆっくり考えるとしよう。時間だけはあるようだ)
「まだか」
「一つだけ教えて下さい。私達の本当の姿は貴方のような恐竜なのですか?」
 輪は顔を青ざめて、問うた。
「わははははは、違う、お前と同じ姿だ。安心していいぞ」
「分かりました。それでは始めます」
 話すと振り返り、大声を上げた。
「夏美さん。秋奈さん力を貸して下さい」
「えっ。何をすれば良いのかしら」
 木々の間から顔だけを出して、問うた。
「夏美さんが言った通りにします。好きなように騒ぎながら破壊して下さい」
「分かりましたわ。だけど、失礼よ。まるで、化け物のような言い方ね。でも、羽衣が無いのですから出来ないと思いますけど、それでも騒げと言うの?」
「羽衣は、二人に渡しますから、好きなだけ遊んで下さい」
 邪な考えを浮かべる魔女のような笑みを浮かべていたが、突然に悲しみを浮かべ、問うてきた。
「秋奈さんや輪さんとは、これで、お別れになるのですのねぇ」
「多分そうなりますね。成らないと困る事になります」
 輪の話に、夏美は頷いたまま話し掛けた。
「秋奈さん。元の世界に帰れば入院生活でしょう。悔いが残らないように好きなだけ遊びましょう」
「そうね。御別れするのですから、忘れられない思い出にしますわ。輪さんは、見ているだけなの?」
「夏美さんが、教えてくれた。最大な修正をしますよ」
「ふうん。始めから遣ればよかったのに」
「まだなのか」
 殺気を放つ声で呟いた。自分の死も、孫の事や一族の全ての気持ちを殺して、心を穏やかに努めようとしている側で、男女の楽しい騒ぎ声が聞えてくれば、心変わりを考えたくもなるだろう。
「今、準備をしております。少々お待ち下さい。言い忘れていましたが、歩き回っても構いませんから、もう少しお待ち下さい」
「そうか」
 話を掛けられると、肩を下ろしたように感じられ、そして、体を動かすと一点を見続けた。自分の生まれ育った方向にだ。始まったのか、輪が、焚き火と落ち葉を撒き始めると、二人の女性は空中を泳ぎ始めた。その光景を見て陶酔しているように感じられた。確かに数分の間は、昇天する者の気持ちを解し、天国に導いてくれる者と感じた。それは、雲の道を進みながら、大勢の遊女が美しい衣を纏い。歌や舞を踊りで、現世の事を忘れさせてくれる場面に見える。 
「何だ?」
 天国にいる心地だったが、明かりと暑さを感じて、我に返った。周りを見て見ると、火の粉が飛び、山は盛大に燃えていた。それでもまだ足りないのだろうか、二人の女性は火を点けて周、今度は体が熱いのだろうか海に潜り。飛び跳ねると海水は飛び散りまくり。所々に渦が出来上がっていた。今度は何を考えているのか、空中を信じられない速さで飛び回る。竜巻を起こしては、山火事を煽り、海水を巻き上げては歓声を上げていた。輪を見ると、祈りを捧げているようにも。頭を抱えて悔やんでいるようにも見えたが、輪が頼んだ事なのだから、儀式をしているのだろうと感じていた。この場面を二人の女性に言わせれば、海の中を行ける所まで潜りの競争をして、海の水を掛け合っただけよ。山火事は、海の中で遊び終わった後に、焚き火に当たるために、先に火を点けて置いたの。確かに、羽衣があれば寒さや暑さを感じなくても、気分で当たりたかったのよ。そして、飛び回って遊んでいたら、火が拡がったのね。そう、他人事のように言って、二人は頷くだろう。
 輪は余り事に放心していたが、竜が消える予感がして視線を向けた。一瞬の間だけ表情を見たが、笑っているような、驚きの余りに呆れているようだ。獣は、怒りを表しても、ここまでする気持ちはなかったぞ。と、言う目で見られたように思えた。
「楽しかったわ。さようなら」
 竜が消えると同時に、秋奈の体が透けて見えた。自分でも帰る事を悟り、羽衣と同時にお別れの挨拶が終わると消えた。輪は、秋奈の別れ顔を目に焼き付けた。羽衣があるのだから、汗を掻く訳が無いのに、清々しいく生き生きしている顔を見せてくれた。
「終わったようね」
「終わったと言うより。終わらせたと思いますよ。周りを見て下さい」
「あら、あら」
「えっ」
 この状況を見て、それだけですか。と、口に出さずに、心の中で呟いた。
「春奈さんの所からは見えないわよね。見たら、チョット遣りすぎ。そう言われるかも知れないわ」
「たぶん見えませんが、巫女様がこれを見たら、心臓が止まると思いますよ」
「二人で、少し遊んだだけなのに、心臓が止まるなんて大袈裟よ」
「そうですか。私には大袈裟に思えません。港町は全壊。砂浜は、竜巻で飛んで来た岩だらけ」
「止めて」
 夏美は大声を上げて話を止めさせた。
「ほんとにもー、私は羽衣の力を使ったとしても、女性としては恥ずかしい事をしたと感じているのよ。慰めてくれませんの」
「すみません。」
 とっさに、声が出ていた。
「輪様。赤い糸が見え、あっ、いや、赤い糸が繋がって欲しい。そう思える人がいたら、何て言うの。試しに、私に言ってくれませんか」
 恥じらいながら声にした。
「私には、まだ、そのような人は」
しどろもどろに伝えた。
「ほんとにもー、私以上の究極な美しい女性が、これから現れると思いますの」
 怒りを現し話したが、話し終わると恥ずかしくなり俯いた。
「究極。確かにそう思います」
 恐怖を感じて、頷いた。
「聞いて見たいの。私も元の世界に帰るような気がします。それで、月人の愛を伝える言葉を聞いて見たいなー、駄目なの。礼さん程の言葉は期待してないけど、思い出にしたくて、駄目なの?」
「分かりました。夏美さん。私の赤い糸が見えるのでしたら、私の生まれた所に遊びに来ませんか?」
 恥ずかしいのだろう。早口で語った。
「えっ、今のが、愛を伝える言葉なの。礼さんと共に過ごしきたのに、何も感じませんでしたの」
「何か可笑しいですか、母が父に言った言葉を言ったのですが?」
「女性なら良い伝え方ね。男が伝える言葉では無いわ。それで、誰かに言った事ありますの」
「何人かに言いましたが、駄目でした」
「何て言われましたの」
「帰ってこられますの。そう言われた事が多かったです」
「それで、どのように答えましたの」
「すみませんが、帰ってこられません」
「そう言ったの。信じられないわ」
 首を振りながら溜め息を吐いた。
「輪様。私に心を籠めて、礼のような言葉を言う気持ちがありますか?」
「えっ」
 意味が分からず、驚きの声を上げた。
「月人という人種は、貴方のような馬鹿しかいないの。それとも、輪だけが変わっているの。まだ分からないの。ほんとうにもー、輪と繋がっている糸が、締め付けて痛いのよ。分かった」
「えっ」
「私がここまで言ったのですから、礼のような心がときめむく言葉を言わなければ、許さないわよ」
「はい。はい。はい」
 驚きの表情をしていたが、目線は夏美の顔を見続け、何度も首を上下に振っていた。
「はい、は、分かりましたわ。早くして」
 声色は期待に満ち溢れていた。
「無数に在る時の流れの世界に、旅をして来ましたが、春、夏美さん。以上の美しい女性に巡りあった事がありませんでした。偽りではなく心から思う美しさ、理想を遥かに超え過去にも未来にも、これ以上の美しい女性は現れないはず。私の運命の人なのですね。この喜びに神に感謝します」
 目を見続け、手を取り、思いを伝えた。
「夏美さん。私の故郷に来てください。これからの人生に、悲しみを感じさせません」
「今、私の名前を間違えましたわよね。春奈と聞こえた気が、気持ちが変わりましたのかしら?」
 笑みを作っているが、目線や声色は殺気を放ちながら問うた。
「そのような事は」
 輪は竦んでしまい、声は出てこなかった。
「私に嘘を付き悲しませるの。素晴らしい人生を送らせて暮れるのでしょう」
 偽の笑みから泣き顔に変わりながらも、殺気を放ちながら話し続けた。輪は、夏美を見ていると、段々と血の気を失い体が縮んだ。人間を石にする魔法があるとしたら、この様な感じだろう。
「はい。春奈と言いました」
 恐怖を感じたために、息をするにも大変だったが、何故か声を出ていた。
「春奈さんには言ったの?」
「はい、言いました。母が伝えた言葉を言いましたが、赤い糸とは何ですのぉ。そう言葉を掛けられ、赤い糸が見えて無い。そう思うと気を失ってしまい。気が付くと夏美さんと出会いました」
「そう」
「夏美さんの方が素晴らしい女性ですよ。私は本当に幸せと思っています」
 夏美から殺気が消えて、本当に悲しい声色を出されると、恐怖が消え去り自分も悲しくなった。
「そう」
「夏美さん」
「そうよね。赤い糸が見えていたとしても振られたようなものよね。春奈の、あの話し方は警護頭を好きと言ったと同じですもの。それは良いとして、今まで一緒にいたのに、私には運命の人に言う言葉を伝えたい。そう思わなかったの。今幸せとか言いましたわよね。告白されたから嬉しいだけじゃないの。違うと言いたいのなら、先ほどの伝え方では納得しませんから、私が言葉で酔うまで、何度も言って貰いますからね。ほら、初めて」
 時の神が存在して、もし二人の祝福と時の修正も兼ねて、奇跡の贈り物を褒美として与えようとしても、厭きられて帰るだろう。二人は何時までも楽しい遊びをしていた。
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第十三章
 輪は、二人が旅の仲間に入れる事を心配していたが、この世界の流れに逆らう事が出来ない為に仲間に加えるしかなかった。今では二人が来てくれた事に感謝している。巫女様と礼が着てから、二人の女性は、別人のような変わりようだ。確かに、私が原因でこの世界に連れてこられたのだから、不満をぶつける事は分かるが、人の話はまったく聞かない、注意しても自然を破壊する。もし、世界を自分の物したいと思う魔女がいたとしても。ここまで自己中心な人では無いはず。そう感じていた。それが、二人が大人しくなった理由を挙げれば思い付く事は有る。巫女様の旅の費用で、人並み以上の食事や宿に泊まる事も出来る。大げさかも知れないが、総ての女性に好意を持たれると思う。気品のある付き人がいる。礼を見ていると本当に少しだが、私にも原因が有ったような思いがしてくる。私と礼以外の他の三人は、羽衣の力で超人のような者になっているが、食欲やストレスが無くなる訳ではない。礼は女性に労をおしまない性格なのか、それとも自分の為なのだろうか、定期的に咽を潤す物を買い求めてくるし、宿の手配までしてくる。今思えば宿に着く時間や一日の休憩のような時間は同じ回数だった気がする。旅での休憩の取り方は、珍しい鳥の鳴き声が聞えるから鳥の歌を聞きましょう。心地よい風受けながら花の香りや美しさで心を癒しましょう。そう言って休憩を取るのだ。それだけならば、私にも出来るような気がする。驚くのは何時、用意したのか、飲み物や軽食まで出される。ここまで出来れば、二人が不満を言う暇がない。それに、私に対しての八つ当たりと思うが、辺りを破壊しながら悲鳴なのか、雄叫びなのか分からない笑い声を上げない。それが、一番助かっている。二人の八つ当たりがないのは、礼の飽きさせない会話術のお蔭だ。それと、まさかと思い考えないでいるが、蜘蛛や蛇を見ての悲鳴が聞えないのは偶然出会わないのだろうか、礼も、まさか、そこまで出来ないだろう。そう思う出来事は総て夢。五人で旅に出た日から、今まで本当に何事も起きない為に、何日過ぎたのか分からない。と、言う事は、日がそれだけ過ぎていないのか知れない。私は歩きながら白昼夢を見ているのだろうか、それとも旅の初日は、巫女様のお蔭で、始めて宿に泊まる喜びの余り。まだ初日に夢の中なのだろうか、それでも構わない。夢ならいずれ覚めるはずだ。穏やかな日々が一瞬でも感じられるのなら、夢でも満足だ。あああ、恐怖の笑い声が聞こえてきた。夏美と秋奈の声だ。だが、指に痛みが感じない。自然破壊の木々の悲鳴も聞えて来ない。変わりに心を穏やかにする声が聞こえてくる。やはり夢だったのか。目を覚ましたくない。
「輪様。輪さま。輪さま」
「み、巫女様」
「急に何も言わなくなり、如何されたのですか、何か心配事でもあるのですのぉ」
「間も無く港町に着きますから。それで、どの様な所なのか、思い浮かべていました」
 輪は、自分の顔を抓る代わりに、夢か、本当に港町に着くのかを、春奈で試した。
「巫女様、間も無く港町です。その前に茶店が有りました。御団子でも食べませんか」
「輪様。どうします」
 春奈が問うた。
「休みましょう」
 礼を見ていると、今まで幾つの次元世界に行ったが、運命の人が見付からない原因は自分にあるのか、時の神が礼のようにするのだと諌める為、この世界に来させた。そう思えてくる。
「巫女様。宿代からこんな物まで払ってくれて頂いて、何て言ったらいいのか」
 上目遣いで話した。先ほど、自分を変えようと考えたはずなのに、忘れているような話し振りだ。
 礼の勧めで五人は茶店にいる。茶店といっても普通の家の前に、手ごろの大きさに切った丸太の椅子と、旗に、御茶と、書いてあるだけの作りだ。旗が無ければ普通の民家と思い通り越すだろう。
「いいえ。私の方が、輪様に謝らなければならないと思っていましたわ」
 深刻な表情で話し掛けられた。
「え」
「礼の事ですわ」
「礼さんが、何をしたのです」
 礼の様子を見ながら原因を考えた。
「礼さんは、皆に、本当に良く尽くしてくれています。私も見習わなければ、そう思っていました」
 輪は、照れ笑いのような笑みを作った。
「礼を見習う。何を言っていますの。輪様も感じていると思っていましたわ。私は、輪様が何時怒り出すのではないかと、ハラハラしていましたのです。礼の人柄が分かっていたら連れて来ませんでしたのに、幼い子供でも、礼よりは礼儀を知っていますわ」
「巫女様。ちょと、待ってください」
 意味の分からない事を喚かれて、落ち着かせようとした。
「輪様、な、何でしょうか」
 輪の声で驚いた。
「あのう、巫女様。礼さんに付いてもう少し分かりやすく、と言うか。どの様な所が?」
「どの様な所と言われても。挙げれば切りがありませんのよ」
「私が注意しますから言って下さい」
 輪は一瞬、礼に視線を向けた。
「皆は疲れていないのに、礼が休みたいといえば休む事になりますし、勝ってに出かけ菓子など持って現れますでしょう。挙句の果てにだんだんと調子に乗って、この地に来て、あれを食べなければ恥です。と、言い出して、道を遠回りするはめに成った事もありましたわ。今では悪知恵を働かせて、先に夏美さんと秋奈さんに話をして、後押ししてもらっていますね。その位ならまだ提案をしているのですから仕方ないと思います。私が我慢出来ないのはあの話し方ですわ。幼い子供でも、もう少しましな話し方が出来ると思いますわ。あのような話し方をするのは、輪様を怒らせる為にしているはずです。私は、どうしたら良いか、考えていたのです」
 告げ口をしているような気がしてきて、話の最後は恥ずかしくなり俯いていた。
「巫女様。私は、礼さんが気を遣わなくなって喜んでいたのですよ。私と、巫女様にはまだ、気を遣っていますね。夏美さんや秋奈さん見たいに、まったく気を遣わないで欲しいと思っています」
 輪は、春奈の心の中を打ち明けてくれた事が本当に嬉しかった。
「輪様は、幼い子供のような話し方をされるのが嬉しいのですか、礼は悪巧みを考えて故意にしていると思いますわ。その事や考えが気を遣わない事なのですか?」
「いいえ。巫女様が話しをしてくれたように、心の中で考えている事を、一々整理して話すのでなくて、心の言葉を出す事や、笑みを浮かべる人もいます。人それぞれですよ。巫女様は心が躍っていませんか。言いたかった事言って楽しくないですか、礼さんも楽しんでいるのですよ」
「楽しんでいるのですか」
「そうですよ。遊んでいるのです。巫女様。会話だけでなくて、今やって見たいと思う事がありましたら、直ぐに行動してみたらどうです。旅に出たのですから旅の楽しい思い出を作りましょう」
「そうですわね。私も遊ぶ事にしますわ」
 春奈は、礼と始めて言葉を交わした時の事が思い出された。あの時の礼は、馬鹿にしたのでなくて、私と親しい友人になろうとしていたのね。
 輪は、春奈が幼い子が悪戯を考えた時のような無邪気な笑みを見て、気持ちが伝わった。感じた。
「礼」
 大声を張り上げた。
「はっ、巫女様」
 即座に畏まり。頭を下げ言葉を待った。
「私は旅を楽しむ事にします。礼も旅を楽しみなさい。私が許します」
「有り難き幸せです」
「その話し方もしなくても宜しい。初めて言葉を交わした時の口調でかまいません。礼の好きなようにしなさい。私は友人に対する時の礼儀を憶えました」
 夏美と秋奈は何が起きたのかと、きょろきょろと周りを見ていたが、春奈の言葉を聞くと肩を竦めた。礼は先ほどまでの春奈と輪の会話が聞えていた為か、許しを頂いたお蔭だろうか、一瞬苦笑いを浮かべると、自分の耳にも届かない声で呟いた。
「この方には、どの様な事をすれば伝えられるのだろうか、気持ちが疲れるとか楽しむ事は考えないのだろうか、友人の礼儀を憶えたと言われては話にならない。私が馬鹿を装い話したくない。輪と話すのは分かって欲しかったからだ。好意のある人には砕けた話し方になるはずだろう」
「礼。何故、気難しい顔をしているのです」
 許しを与えたのに、何故かと傾げた。
「巫女様。私は泊まる宿を考えていました。友人の礼儀を憶えたと言われましたが、それでは港町に入る前に泊まる宿は、どの様な物にしたら良いだろうか、悩んでいました」
「何故にですか」
 春奈が呟いた。
「このまま行けば昼過ぎに港に着くのでしょう。早く水着を買って泳ぎたいわ。泊まる所は夕方までに探せば良いでしょう。ねっ」
「港町では予約を取らなければ泊まれないのですか?」
 礼は、夏美と秋奈が不満を表したが相手にはしない。と、言うか。聞えてないようだ。
「巫女様。港町では言葉の伝えも無く、昼過ぎに宿を探すのは、疾しい人と思われるのです。普通は港町に入る手前の宿に泊まり。主人の紹介を得るのです」
「そうですか。なら泊まる事にします」
 無表情で答えた。何も疑問に感じず。ただ泊まる事が規則と思って、答えた感じだ。
「巫女様が港町で、どの様な事をするかに依って宿も変わります」
「何故にですか」
「巫女様みたいな上流階級の方は、上級用の宿が有ります。普通の方でも雰囲気を味わう為に泊まる方もいますが、水着を買って泳ぐだけなら、この手の宿は使わない事を勧めます。豪遊して目立ちたいと言うなら話は別ですが、どの様にいたしましょうか?」
 夏美と秋奈は、豪遊と聞き騒ぎ始めた。それ見て、輪は顔面蒼白になり頭を抱えた。
「豪遊ね。豪遊ね。豪遊にしましょうねえ」
「私、一度でいいから究極の暮らしをして見たかったの。豪遊にしましょう。ねえ」
「私の事よりも。輪様が、何時でも行動出来る宿にして下さい」
「分かりました。小金を貯めて港町に遊びに来た事に、宿は中の上の位に致します」
 礼は、用件を聞いたが行動に移さずに、悩み事があるような姿で立ち尽くした。
「巫女様。気分を害す恐れがありますので話して措きますが、巫女様の顔が港町では知られていない為、と、言うよりも、此方から明かさなければ信じないと思います。その為に話を掛けられる事があると思いますが、その方々は邪な考えはないのです。人は一人では生きていけない、助け合わなければならない、そう思い話しかけてくるのです。嬉しい事があると幸せを分けよう。そして、相手の悩みを聞いて、幸せの手助けをしよう。そう考えているのです。その方々とお会いした場合は、夏美さん達と接する時のような、態度や話し方をして欲しいのです。ただし、男の場合は、私に話し掛ける時と同じにした方が良いと思います。今話した事は必ずお守り下さい。お守り頂けないと、輪様が困る事になるかも知れません」
「輪様に迷惑を掛けるのですね。分かりました。必ず守ります」
 此処が密室にでもいるかのように、二人は、自分達の世界に入っていた。春奈は、使命感に燃えるように真剣な表情で答え。礼の立ち去る姿の礼儀が、扉の開け閉めに見えたのは冗談なのか」
「巫女様。誰にも迷惑は掛かりません。気にしないで楽しんで下さい」
「大丈夫です。輪様には心配を掛けません。礼が話していたように、女性のような弱い者は助け。見掛けにこだわらずに礼儀を尽くします。輪様を貶める事は致しませんわ」
「えっええ」
 巫女の言葉の意味が分からなかった為、夏美と秋奈は、驚きの声を上げた。
「ねえ。礼の話していた事って、女性の友達は歓迎しますが、男は駄目だ。そう言ったのよね」
 夏美は、自分の考えに自信が無い為に小声で、輪の耳元で話し掛けた。
「・・・・。巫女様。出かけましょうか」
 輪は答えに困り、話を逸らした。
「夏美さん。秋奈さん。如何しましたのですか、行きませんの?」
 巫女は、二人が席を立たない事に疑問を感じて立ち尽くした。
「夏美さん。秋奈さん。礼さんが何か用意しているかも知れないですよ」
 輪は二人の不満な顔は、先ほどの礼と巫女の話に入れなかった為だろう。二人が暴れ騒ぐ前に猫撫で声で、礼に関心を向かせた。
「二人とも、体の具合でも悪いのですか」
「何でもないわ。港町の事を考えていただけ、早く泳ぎたいなって、ねぇ、秋奈もよねぇ」
「そっ、そうよ。海で泳ぐのって初めてだから、綺麗な所なら良いなと考えていたの」
 二人は、礼や春奈の事よりも、輪に無視された事に腹を立てていたが、礼や春奈の前では馬鹿な事は出来ないと思い。渋々席を立ち上がり、四人は茶店を後にした。それ程歩く事もなく、礼と合流すると、驚き立ち尽くした。礼と早く会えた事でなく豪華な馬車が並んで停まっていたからだ。 
「春名様。御待ちしておりました」
 礼と御者の他に、何の為に連れてきたのか十四人が、一斉に同じ声音で答えた。
「礼。その礼儀は良いです。友人の礼儀で」
「うわあ、礼さん有難う。やっぱり、私達の話を聞いていたのですね」
「私の意見を聞き入れてくれたのね。その方達は、私達の世話をしてくれる人でしょう」
 春奈は、夏美と秋奈の悲鳴のような声が重なり、最後まで話す事が出来なかった。
「そうですが」
「礼さんは、豪遊出来る方を選んでくれたのですよ。秋奈楽しみね」
「そうよね。迎えがこの豪華さですから宿も食事も、豪華な衣装も着られるのかしらね。私はこれ以上想像できませんわ」
「秋奈はテレビを見た事はないの。モット豪華よ。ひょっとしたら天蓋の付いた寝台や雲の上を歩いているような感じがする絨毯が敷いてあるのよ。私ね。聞いた事があるの。その絨毯は足首が埋まるらしいのよ。ああ早く感触を楽しみたいわ」
「夏美さん。私が思うには、この地では和風の物しか無いと思いませんか、確かに洋風の馬車に見えますが、近くで見ると和風に近いですよ。私は想像出来ないのですが、夏美さんは和風の豪華と言えば、何を浮かべます」
 夏美と秋奈は世話役が声を掛けられるまで浮かれ騒いでいた。
「御名前は伺っていますが、どの様に御呼びしたら宜しいでしょうか」
 それぞれの馬車の模様の服を着る世話役四人ずつが、女性三人の前で畏まり。同じ言葉を伝えると、声を掛けられるのを待っていた。
「礼さん。豪遊遊びをするつもりですか」
 輪は、礼の耳元で囁いた。
「これでも女性には普通の接待ですよ。男の方は世話役が一人です。馬車も一台で相乗りすると言ったのですが、男性は際限がない為に、接待は止めたそうです」
 礼は、輪に耳元で話され、一瞬渋い顔を表したが、直ぐに親しい友人の顔に変化した。
「御二方の荷物が無いのでしたら、私達は帰らせて頂きます」
 世話役の二人は慇懃無礼に話した。
「ああ、言い忘れていました。本当なら女性の館には入れないのですが、巫女様達と離れないで要られるように、話を通しましたから安心して下さい」
「礼さんには、本当に、いろいろとしてくれて済みませんね。安心しました」
 輪は心からの感謝の現れだろう。話ながら何度も頭を下げていた。
「あの二人の男変わっているよ。金を払ってまで使用人をしたいと言ったのだろう」
「金持ちの家では珍しくないらしいぞ。常に人に命令していると、命令されたくなるらしい。それにな、金持ちの家では成人の儀式で、人に使われる事を学ぶ家訓があるらしいぞ。もっと驚く話を聞いた事がある。雲の上のような人の生活は、箸よりも重い者は持った事が無いらしい」
「えっ。食べる時には茶碗は持つだろう」 
「それが持たないらしい。全ての食べ物を毒味する為なのか、美しい盛り方にこだわるからなのか解らないが、一つの皿には、二口分しか盛らないらしい」
「それで箸以外は持たないのか、味噌汁の時は、如何するのだろうなあ」
「解らない。私らには想像も出来ない食べ方をするのだろう」
 輪の世話役に来た二人は、話し声が聞かれない位離れると、輪達と話していた真剣な表情から顔を崩して話し出した。二人が、この場所から離れる事が合図だったのか、今まで畏まっていた十四人が、再度、声を掛けた。
「どの様な御名前でも御使い頂けます。例えばですが、巫女様と、御呼びする事もできます」
「えっ」
 三人の女性は、ほぼ同時に驚きの声を上げた。春奈だけは意味が分からない驚きだろうが、夏美と秋奈は、自分達の世界ならどのような言葉を使っても聞き流してくれるだろう。だが、この世界では命懸け。それは大袈裟ではないはずだ。それなのに、本当にその言葉を使っても大丈夫なのかと考えが過ぎった。
「春奈さん。三人で巫女様にしませんか?」
 夏美は真剣な表情で話しながら、春奈の表情を窺った。私も含めて咄嗟に使う恐れが有ると思い提案をしたが、今、此処に立つ地での最高権力者の目の前で、夏美の心臓は破裂するのではないか、そう感じた。春奈が笑みを浮かべてくれたので、心から安心した。
「構いませんが」
 春奈は、何故、自分が出てくるのか分からなかった。女性に対しての最高の尊敬語だろうと頭の中で解釈しながら、三人で巫女を演じるのを楽しみに感じた。 
「面白そうね。秋奈巫女様かしら、それとも言い難いから、秋巫女様かしらね」
 秋奈が嬉しそうに呟いた。 
「秋奈さんが、秋巫女様なら。私は春巫女様ですわね」
「私は、夏巫女様にしますわ。それで本当に宜しいのですね」
 世話役人を心配して、夏美は確認を求めた。
「仰せの儘に」
 十四人は畏まり。問いを返した。
「春巫女様」 
「夏巫女様」
「秋巫女様」
「この輿にお乗り下さい。館まで御連れいたします」
 四人の中の、それぞれの長が声を掛けた。そして、三人の女性が輿に乗り終わると、世話役は自分の模様と同じ輿を囲み、それぞれの、世話役の長が輿の小窓を叩いた。
「ん。これを開けるのね」
「宜しければ、出発致します」
「宜しいですわ」
 世話役は許しを得ると、先頭の者に手で合図を送り、小窓を閉めようとした時だ。
「閉めないで、聞きたい事があるの」
 世話役は声を掛けられると、手を止めた。 
「何なりと。私を呼ぶ時は、伊と、他の者も腕章の字の通りに、呂、葉、煮、と呼んで頂けたら直ぐに参ります。夏巫女様」
「分かりましたわ。伊。ですね。伊。巫女様って偉い人なのでしょう。私達は良いとしても、貴方方は、巫女様に怒られませんか?」
 小窓から、春奈に聞えないように囁いた。
「この地来られる方は、必ず問いかけますが、心配はありません。この趣向は、現巫王様と亡き巫女様の提案です。この港町は、巫王と巫女様が御結婚された時に、差別の無い夢の町を作る考えで、この土地を選んだのですが、旧町の有力者の賛同がえられず。人々を集める為に、この遊びを提案されました。先巫女様が亡くなられると、現巫王様は変わられましたが、港町だけの遊びとして許されています」
 他人事のように感情を表す事が無かった。
「そうなの。解りましたわ。それなら、私は心行くまで我が儘をしますわよ。うっ、ふふっふ」
 小窓を自分で閉める目的は、魔女の様な笑みや笑い声を隠そうとしたからだ。
「謹んで、お受けします」
 小窓を閉めながら言葉を掛けた。輪と礼と、規模の小さい大名行列は、太陽が微かに傾くほどくらい進み、館に着いた。
「ほおう。私の世界の倉庫にトラックが乗りつける時見たいですわね。特権階級は、この様な生活をしているのかしら。それとも、この世界が特別なのかしら」
 館の扉が開くと驚きの声を上げた。
「お待ち致して下りました」
「ちょっと。えっ」
 夏美達は声を上げる暇もなかった。
「人の道が切れるまで進みください」
 襖を開けられると、真直ぐに、廊下に女性が両脇に並んで畏まっている。広さは人が並ぶと四人位の大きさで、廊下の先は走ると数十秒は掛かるだろうが、それで驚いた訳では無かった。畏まる女性が手に何かを持ち。私が目の前に来ると立ち上がり、靴を脱がし、衣服を歩きながら着替えさせたからだった。廊下の突き当たるまで、この接待が続いた。突き当たりの襖を開けると、大きい宴会場には、輪と礼が、伊の服と同じ格好して待っていた事に、夏美達は驚いた。
「意味は解りませんが、世話役をしなくては行けないみたいです」
「夏美さん。秋奈さん。春奈さん。何か用がありましたら、私と礼に伝えてください。私達が館の者に伝えます。私達に言い難い事は襖の前で畏まっている人に伝えて下さい」
「温泉が有るらしいの。ほら、春巫女さんも行きますわよ。秋巫女も早くして」
 三人の女性は、輪の話しを最後まで聞いていなかった。
「礼さん。私達は、如何しますか?」
 輪と礼が話しをしていると、年配の女性が襖を開けて入って来た。
「御連れの女性は、此処に戻られるには時間が掛かるでしょから、戻って来られる前に入浴や食事を早めに済まして下さい」
 不満が有るのか、時間に追われているのだろうか、話を伝えると慌しく出て行った。
「待って下さい。湯は何所に有るのです」
 輪は追いかけて尋ねた。
「聞いてないの。付いて着なさい」
 年配の女性の後を付いていくと、館に入る時に通った。従業員専用の出入り口に連れてこられた。
「ここよ。後は中で聞きなさい」
 二人が連れて来られた所は、良く言えば警護人の休憩所と思えたが、薪や食料が詰まれ物置にしか思えなかった。
「こっちに来い。男は、この先に入れんからな、何時、来るのかと食べずに待っていたぞ。早く来い。我慢の限界だ。ほれほれ」
 荷物が置かれた。その置くに、何も囲いのない囲炉裏から手招きされた。
「あのう。湯船は何所でしょうか?」
 量だけを考えた鍋物を、五人で食べながら輪は話し掛けた。
「風呂か。その扉を開けて見ろ。湯が溜まっているだろう。それだ」
「えっ」
 輪が驚くのは当然だった。湯が溜まっている所は、城壁の様な壁から湯が漏れ出して池にしか見えない。それも、普通の家で作る質素な作りで囲いもなく。景色でも楽しめるかと思ったが、館の裏しか見えず最悪だった。
「嫌な顔をするが、それでも、大金を払って入る者もいるのだぞ。女性の残り湯は万病の元に効くと喜んでなあ」
 輪と礼は食欲と疲れでよく食べた。湯に入り。無理やり湯に入らされたが、逃げるように、春奈達が居る部屋に向った。
「ああ、お腹が空いた」
「そおねえ」
 秋奈が夏美に話し掛けたが、上の空で答えられ、春奈は心配になって問いただした。
「如何しましたの?」
「お腹が空き過ぎて話すのも嫌なのでしょう。私も死にそうなの。早く食べましょう」
 三人は歩きながら着替えから全ての身支度を整えられて、部屋の前に着いた時には、又、別の室内着を着せられていた。
「食事が無いわ」
「あら。輪様が食べてしまったのかしら」
 部屋を開けると、輪達が雑魚寝していた。
「秋奈さん。あっ、いや。秋奈巫女様、春奈巫女様。やっと来られましたか」
 輪達は待ちくたびれて寝ていたが、声が聞えて飛び起きるが、世話役の鋭い顔を見て言い直した。
「食事なら、此方です」
「ほおー」
 世話役は案内をする為に待っていたかのように、向いの部屋の襖を開けた。
「すごーい。此処の世界に来て食べられないと思っていた物まで有るわ」
「あれは何でしょうか。食べ物なの」
 皆は驚きの声を上げるが、特に、春奈は旅に出てから始めて感情を表した。
「輪様。後で話が有ります。少しの間待っていて下さい。直ぐ戻りますから」
 春奈は世話役から、輪は食事を済ましたと言われて、自分だけ部屋に入った。
「男性の方は、食事は済まされたはずです」
 輪は豪華な食事を見て入ろうとしたが、慇懃無礼な話し方をしながら襖を閉められた。そして、一時間くらい経っただろうか、三人の女性が現れた。
「輪様。何をしていますの?」
 輪は余りの豪華な食事を見て、意識が遠くなり襖の前で立ち尽くしていた。
「春奈巫女様。食事は食べないのですか?」
「食べましたわ」
「綺麗な女性を見て、我を忘れて楽しい夢を見ていたのでしょう。やぁね。男って」
「輪さんも変見たいだけど、夏美さんも変なのよ。又、落込んじゃったわ」
「春奈巫女様。立っていないで座りませんか。話が有るとか言っていましたでしょう」
 春奈に、部屋の中に入るように勧めた。
「此処で遊ばれるのですね。それでは酒宴の準備をいたしましょうか」
「そうね。果物で良いから少し欲しいわ」
「心得ました」
 世話役が部屋を出ると、用意されていたように、即座に食べ物が運ばれてきた。
「又、だわ」
 夏美ががっかりして、呟いた。
「凄い数の料理ですね」
 料理が並べ終わるまで誰も話さなかった。
「それでも、先ほどよりは少ないわよ」
 部屋が夕食の時より小さい為だろう。それでも、五十人分は有るように見えた。
「踊りや楽隊は、何時頃が致しましょうか」
「大事な話が有りますから。遠慮します」
「御用があれば、御呼び下さい」
 全ての世話役が居なく無くなると、輪が礼に話し掛けた。
「礼さん。これで本当に普通なのですか」
「普通です」
「夏美。あっ。済みません。夏美巫女様。元気ないようですが、何か有ったのですか」
 輪は、ふっと。目線が夏美に向き言葉を掛けた。
「私の考えって、独創が無いのかと考えていましたの。馬車に乗った時から、遣りたい放題の我が儘をしようと考えていましたわ。私が声を掛ける前に、何から何までしてくれるのですもの。我が儘をしている気がし無くて、何だか虚しくなってきたの」
「独創はありますよ。夏美巫女さん程に、人を困らせる考えを思いつく人はいません。いろいろな人と会いましたが、夏美巫女様より自己中な人はいませんでした」
「そうね。想像力は豊富なのはわかるわ。ん。今、自己中とか、何か言わなかった」
「えっ。えっ。えっ」
「話題の豊富な、貴婦人と言いたかったのです。違いますか」
 輪は、自分の心の中の不満をぶつけたが、良い言い訳が思い浮かばず慌てたが、礼の機転に助けられて、夏美が納得するまで首を前後に振り続け、話題を春奈に逸らした。
「春奈巫女様。話しとは何でしょうか」
 春奈の話とは、旅の目的を忘れている。優先するのは輪の修正です。と言う話だった。輪はその話を聞き感激したが、旅の目的は一人でも出来ますから旅を楽しんで下さいと話し、明日の港町の事で話しが盛り上がった。
この部屋を見聞きしていたかのように、話し疲れた頃、最高の頃合に世話役が現れた。
「御休みの用意が整いました」
「有難う。今、呼びに行こうと思っていたのですよ。明日の為に休みましょう」
 輪が話し掛けた。皆が、この部屋を出ようとした時に世話役に止められた。
「正気なのですか。此処からは女性の部屋なのですよ」
 輪と礼に数人の世話役が立ちはだかった。
「男性の方の寝室は、食事を頂いた所で聞いて下さい」
 輪の視線を感じ取り、世話役が答えた。その話を聞き、輪は不安な気持ちで向かった。礼は何が楽しいのか笑みを浮かべていた。やはり出迎えたのは、あの男だった。
「寝室は何所でしょうか」
 輪は相手の気分を壊さないように、引きつきながらも最高の笑みを作ろうとしていた。
「そんなに気を遣わないで下さい。私たちが接待する方なのですから。二人は酒を飲めますね」
「はい」
 輪は、早く床に入りたかったが、話の流れで断れ切れなかった。
「ほう、かなり飲めますね。貴方が普通の方ではないのは分かっています。私達が心を込めて出来る限りの接待をします」
「私は寝室の場所を教えてくれるだけで結構ですから」
「貴方のような方は、此処によく来られますから何も言わなくても良いです。身分の継承に必要なのは分かっています。私達も仕事です。手を抜く事は致しませんが、最後まで出来れば、新人研修修了証を御渡しますよ」
 元軍人と思える年配者の世話役は、輪の話しを全く聞かずに、話し続けた。   
「貴方のような上流階級の人は、この館にいる間だけで済みますが、私達には一生続くのです。何も心配する事はありません。私達が御手伝いすれば必ず最後まで出来ます。第一は、朝まで酒を飲み続けなければなりませんが、一人でなら出来ないかもしれませんが、私達は仕事と割り切っていますから酔う事はありません。さあー飲みましょう。杯を出して下さい」
 輪は今の話を聞き、礼に理由を目線で問いかけたが、礼は真顔で首を振り、分からないと伝えられ、もう少し、礼を見ていられたら、真顔の引きつる様子を感じられただろう。それはまるで、子供が悪戯に成功して笑いを堪えているように見えた。
「もう、飲めないのですか。仕方がないですね。朝までは時間はまだあります。仕方がない。次の段階に行きますか、歌や踊りをして下さい。飲む方が楽しいと思うのですが、仕方がありません」
 輪は理解出来ない理由で強制的に、朝まで飲み続け。終わったのは、女性の世話役の言葉で、やっと終わった。
「三人の巫女様が朝食を供にしたいと言われていましたが、無理のようですね。分かりました。辞退すると伝えときます」
「最後段階です。身だしなみを整え終われば、新人研修終了証を御渡します」
 輪は貰わなくても良いのに、むしり取るように証書を受け取り。早く海に行き眠るぞ。と、心の中で考えた。
「早く出かけましょう」
「えっ。分かりましたわ」
 三人の女性は、輪の別人のような顔付きに驚き。一言しか声が出せなかった。
「礼さん。輪さんは、何故、殺気を放っていますの。分かります」
「早く海に行き、貴女方の永服を早く見たいからと思います」
「まっ」
 夏美は顔を赤らめた。
「何をしているのです。早く行きますよ」
 輪は普段の通りに話しているが、皆には別人としか思えなかった。普段は頭のネジが緩んでいるような笑みと、幼稚園の女性教師が子供をあやすような話し方をする為に、輪を困らせて見たいと思う人が多い。7話を掛けても聞き流されるが、今日の様子は殺人狂が人をいたぶるように感じられた。行動も変だった。今までなら先頭を歩き、所々で振り返り顔色を窺っていたが、今日の輪は、私達の後を、今にも死ぬような歩き方で付いて来る。そして、私達がよそ見をすると、まだ着かないのですか。殺気を合わせながら話し掛けてくる。これでは、町並みを見るゆとりも、会話を楽しむ事も出来ずに、無言で歩き続けた。輪は店に付いても様子が変わらず。何所を見ているのか一点を見続けた。この緊迫感を破ったのが、春奈だった。
「この泳服、裸と同じではないですか」
 顔を赤らめ驚きの声を上げたが、他の客と夏美さん達は、笑みを浮かべながら熱い視線で泳服を選んでいた。声を上げた事に恥ずかしく思い。考えを変えた。これは体を綺麗に見せる強制服なのよ。泳服の中に着るはずよ。こんな姿を人に見せられるはず無いもの。と、心の中で呟き。店内に視線を動かして永服を探すと、輪の視線に気が付き、その元を探した。
「まっ」
 今まで見た物より肌が露出する物だった。輪様は、この強制服を着た姿が見たいの。と、心で思い店員に声を掛けた。
「強制服の他に泳服はないのですか」
「強制服は分かり兼ねますが、店内にある物は全て泳服になっております」
 店員の言葉で気絶しそうだったが、気持ちを落ち着かせて、妥協出来る物を探したが、有るはずがない。如何する事も出来ずに立ち尽くしていた。
「春奈巫女ちゃん。迷っているの。聞いて挙げる。礼さぁん。二枚買っても良いわよね」
「秋奈巫女様。ちょと、その、あの」
 礼は大声に気が付き、頷いた。
「良いってよ。私も二枚にしましょう」
 秋奈の余計な親切で決められた物を見て気絶しそうだった。
「終りましたか。早く海に行きましょう」
 店員が、三人の物を手に取り集計が終わると、輪が声を上げた。
「春奈巫女様。大丈夫ですか」
 礼が支えながら歩く。
「店を出たのですから大丈夫よ。私も店の中の熱気に耐えられない為に、買う物を言って店の外にいましたもの」
「大丈夫です」
 春奈は勝手に決められた泳服の事で、夏美が何を言っているのか分からなかった。ただ、何度も自分に言い聞かせた。大丈夫。大きい湯船と思えば大丈夫。大丈夫。大丈夫よ。湯船と思えば。
「礼さん。いい加減に離れなさい。春奈巫女様の気持ちが落ちつかないでしょう」
 秋奈が、春奈に肩を貸して、礼に問うた。
「礼さん。それにしても、何であんなに夏美巫女の機嫌が良いの。分かります」
 礼は、二人の変わりようを分かっていた。輪は二日酔いで、夏美は、輪が水着を見たいのだろう。と、自分で話した事だ。礼の笑みには、輪の困る姿が見たい。そう思えた。
「輪の態度の変わりようは、何かがあったのかも知れませんが、私には分かりません」
 輪と夏美の後を、春奈は心あらずのように付いて行き。その後ろを秋奈と礼は話しをしながら歩いていた。二人を心配していた訳ではない。ただ気持ちが悪い為に近寄りたくなかった。二人の姿は、夏美は水着を胸に抱き。恥ずかしそうに輪の後を歩いて行く。輪は潮の香りを頼りに死ぬ気で歩く姿はまるで、戦地にでも行くような鬼気迫るようすをしていた。
「私は、此処で休んでいます。好きなだけ遊んできて下さい」
 砂浜に着くと、気力が尽きたのか、千鳥足が縺れたようになり。海が見ると倒れこんだ。
「分かりましたわ。此処にいるのですのねぇ」
「私も此処で休んでいます」
 礼も同じ言葉を上げた。
「分かりましたわ」
 三人の女性は、水着店の専用更衣室が在る館に向っていった。
「海に行けば分かる。そう言っていたけど凄い館ね。私ね。掘っ建て小屋と思っていましたわ」
 三人は金銭感覚が分かっていない。巫女は同然だが、二人は少し考えたら分かると思うが、店にいた客は熱い視線を向けるだけで買い求める人が少なかったはずだ。他の店では同じような物で半額以下、そして、安い宿まで借りられる値段だ。
「輪さん。一緒に泳ぎましょうよ。えっ、輪さん如何なさいましたの」
 夏見は、輪の容態が気に掛かり近寄った。輪が気持ち良さそうに寝息を立てていた。
「本当にもー、何寝ているのよ」
「如何しましたの」
 少し遅れて、春奈。秋奈が現れた。
「この男寝ているのよ。私の水着を見たかったはず、そうじゃなかたの。ほんとにもー」
「それで、礼はどこに?」
「私は此処に、夏美巫女様が、一人で現れましたので、この場に居たら邪魔と思いまして」
「この馬鹿はほっといて遊びましょう」
 輪の連れ達が、この場所から離れた事が合図のように、赤い糸が奇妙な動きをした。だが、輪は目が覚めない。赤い糸は一点の方向を示したが、輪は気が付かない。そして、赤い糸は指を締め付けたが、一声を上げただけだった。又、赤い糸は奇妙な動きをしたが、それは、人が考える時の姿に見えたが、一瞬で解けて、先ほどとは違う海の方向を示し、輪を引きずって行った。海に沈められて、輪は、やっと目を覚ました。
「ああっ、はあ、眠い。修正をするのか」
 赤い糸の示す方向に歩き出したが、眠いのだろう。目を擦り、呟き。それを繰り返していると連れの喜びの悲鳴が聞えてきた。
「きゃあ。あはは。もー止めてよ」
 輪は振り返った。大声を上げようと手を口に当て、修正に出かける事を伝えようとしたのだろうが、遊びに夢中なら、その間に、修正を終わらせる事に決めた。
「この指の締め付けだと、かなり気が付かないで寝ていた見たいだ。今からではするべき事は過ぎた後だ。簡単な修正で済んでくれれば良いが、無理だろうなあ」
 輪は呟き終わると顔色を変えた。耳を澄まして目を血走らせ、辺りを見回しながら歩き出した。この姿を見る者がいれば、変人と思われて騒がれるだろうが、この時期の海にしては数える位しか人はいなかった。お蔭で、もし、輪を見かけても飼い犬や猫を探していると思うだけだろう。
「時間が経ちすぎて修正は無理なのか。赤い糸の導きのまま歩いているが、何も見付からない。今までなら一点を示すが、今回は一帯を示すだけだ。今まで通りの修正は無理なのか。寝過ごした為なのは分かるが、大事だけはならないように祈るしかない。それにしても、なぜ人がいない。水着が売られているのだから、泳ぐ楽しみがある筈なのに、この状況も修正に遅れた為なのか?」
 輪は探し疲れたが、休まずに独り言で疲れを癒しているように感じられた。その話を、この土地の者が聞いていたら、ほとんど意味が分からないだろうが、一つは輪を安心させる話をしてくれるはずだった。それは、海岸に人が居ない理由を笑いながら聞ける事だろう。左海岸ではなく右海岸を端まで歩けば分かりますわよ。輪がその話を聞き、歩けば、店屋と人が増えてくるが、段々と粗末な店屋と同じ水着を着る人が増え、自然と店屋ごとに人が分かれる事に気が付くはずだ。極端な例を挙げれば、誰でも好きな所で泳ぎ楽しめるが、もし家族で左海岸の一番豪華な店の前で泳ぎ楽しんでいる時、子供が一杯の飲み物を頼んでしまった。と、する。心臓が止まるほどの金額を請求される事になる。人々は左に行くほど商人の売り込みは際どくなる事を知り。自然と商人魂を避けるように、右側に人々が集まるのだった。輪は、鳥の羽ばたきを聞き駆けつけた。鳥は怪我をしていないが痙攣していた。脅かさないように近寄ったが、突然飛び立ち、輪は、驚きの声を上げた。
鳥が飛びさると、地震のような、津波が来るような音が、頭の中で声が響いた。
「我は、八尾路頭。我の双子を帰せ、一週間の間に帰せば、全ての事は忘れる。我に帰さない場合は、全ての地を水没させる」
 輪は、頭の中で何度も同じ言葉が響き。頭痛を感じながら修正を試みた。
「力ある者よ。我には効かない。ん。先ほど、我の心が入っていた鳥を助けようとした子だな。昔の擬人は全て心優しかった。お前のような者が、まだ要る事を知った。我は怒りを静めよう。一週間後、我は現れる。その時の話しだいでは怒りを現すぞ」
 又、地震のような津波が来るような音がすると頭痛が止み。言葉が止むと、輪は、即座に連れの元に向かったが、途中で逃惑う人々に出会い。何所に、こんなに人が居たのかと驚いた。
「輪さぁん。此処よー、此処よー」
 秋奈が手を振って、輪を導いた。
「礼さんは、何所にいるのです」
「私が、父に伺いに出しました」
 春奈が、即座に答えた。
「礼さんが帰るまで、此処で待ちましょう」
「礼の事は良いのですよ。輪様の仕事を優先して下さい」
「私には手に負えません。私、いや、夏美、秋奈、私が、この世界から消えるのを待ちます。その間は、巫女様の用事を手伝ますから」
「消えるのですか。故郷に帰るのですね」
 春奈は言葉の意味が分からず。首をかしげながら問い掛けた。
「輪さん。修正に失敗しましたの」
 今度は、夏美が、輪に問いかけた。
「はい」
 輪は、簡潔に答えた。そして、安心させようとした。
「そうです。失敗してしまいましたが、二人を必ず元の世界に返します。今回は時間に遅れて無理でしたが、今度行く修正では気を抜きません。必ず帰れますから安心してください」
「私が言いたいのは、焚き火で失敗したのでしょう」
 夏美は、輪を諭すように話した。
「焚き火をしていた訳ではないですが、それに近いですが、それが、どうしたのです」
「それよ。焚き火で駄目なら山火事を起こしなさい。分かった。それを言いたかったの。一度失敗したからって落ち込まないでよ」
「なな、夏美さん。八つ当たりで山火事を起こさないで下さいよ。諦めないで、もう一度やって見ますからお願いしますよ」
「何時ものにやける顔になったわね。苛める楽しみが湧き上がってきたわ。先ほどまでは幽霊よ」
「ねえ。あれ、礼さんじゃないの」
 逃惑う人々と逆に、礼が悠然と歩く姿を見て、秋奈が声を上げた。今までの重い雰囲気が消え、礼を心待ちした。
「礼、早いですね」
 春奈は、礼が近寄ると即座に声を掛けた。
「あの話は相当な広さに伝わっています。私が巫女様の言葉を、緊急連絡人に伝え行った時には出た後でした。これなら、今日中に、御父上から連絡が来るはずです」
 礼は完璧な礼儀で報告していたが、突然立ち上がり、春奈に海水を浴びせた。
「礼。何をするのです」
 意味が分からず驚きの声を上げた。
「これで旅は終りですよ。最後の少しだけの時間です。飽きるまで遊びましょう」
 礼儀の欠片もない態度に、礼は豹変した。
「礼。今の状況が分かっていますか」
 礼は、春奈の話を途中で遮った。
「分かっています。御父上の考えも、貴女の考えも、このままでは貴女の答えは一つ、御父上の考えの通りにするのだろうが、私は嫌ですね。貴女の本当の気持ちなら別ですが。はあー、表情も変えませんね。もう一つの答えもあります。それは御父上も用意しているはずです。この人達と一緒に、共にしていたのなら分かるはずです」
 輪達は、礼の豹変に驚き何が起きたのか。黙って話を聞いていたが、春奈を侮辱しているというよりも、家出をした子供を諭すようにも感じられた。春奈は、どの様に感じているか分からないが、首を傾げる時もあったが、普段通りに話しを聞いていた。 
「楽しい言葉遊びは終りですか?」
 夏美は言葉が途切れると声を掛けた。 
「ん」
 礼と春奈は振り向いた。
「私は、何時お別れしても良いように、楽しい事だけを考えていますわ。今もねえ。終わったのなら、私の話を聞きませんか」
 夏美の話で、輪は、働き蟻のようだ。だが、嬉しそうに走り回り。秋奈は、輪の手伝いをすると言って釣りに夢中だ。礼、春奈は何をしているか分からないまま、夏美の指示に従っていた。夏美は旅の終りを待つのではなく、楽しい旅の続きのままで、終わって欲しいと思うだけだった。
「来たようですよ。春奈さん」
 夜が更け、月明かりや海の音に慣れてきた頃に、鳥が鳴くような砂の音が聞えてきた。
「はい、聞えます。私は海に来てこの音が一番の驚きでした。海の広さや波の音は話に聞いていましたから。でも、砂浜を歩く音ほど驚きませんでした。私は鳴き砂のような鳴く鳥を飼って、輪様達や海での楽しい思い出を浮かべながら生きようと思います」
 鳴き砂の聞こえる方を向きながら呟いた。
「巫女様。御父上から御手紙をお持ちしました。それでは失礼します」
 畏まりながら手渡すと、男は立ち去った。
「えっ」
 夏美は、驚いた。男は供として残る。そう感じたが、手紙を渡すと立ち去ってしまったからだ。
 一つ、武道試合を行なう。
 試合後、最高上位の者に家位級を授ける。
 二つ、新都建設を行なう。
 三つ、春奈の帰宅後、退位を行なう。
 と、書かれていた。
「今直ぐに帰るのですか」
 手紙から目を離さない理由を尋ねた。
「いえ。私の好きにして良いようです」
「私達と旅を続けるのですね」
 秋奈が喜びを表した。
「はい、あっ、手紙を見ますか」
 秋奈に答え、夏美の目線に気が付いた。 
「見たいですわ。あら古語ですわ。それなら読めるわ。かいきゅう、と言うのかしら」
「そうです」
「身分の事ですよね。どの位の地位なの」
「分家の扱いです。血の繋がりが無くても親戚になれる事です。今までは賞金でしたが港町から全ての人々を非難させる為の、一つの考えだと思います」  
 春奈の話の口調には、不安が感じられた。
「素性の知らない者を、親族に入れて大丈夫なの?」
「父に何か考えがあるのでしょう。新都の計画も代替わりの者が決めるはずです。それを作るのですから非難場にするのでしょう。全てが終わった後は何かの施設として使い。その者に任せるはず」
 夏美の問いに答えると言うよりも。自分を安心させるように感じられた。皆は、春奈が帰らないと分かると、明日の行き先や手紙に書かれた意味などを話し合っていた。普段の野宿なら闇に浮かぶ月が傾くほど、口数と同じに焚き火の光も弱まり、二人の男だけが残って交代で休むのだが、今日の焚き火は弱くなる事はなかった。
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第十二章
「その双子は、富山神家と八尾路頭家との初の子なのか」
「その子です。そして、その子を掲げて、富山神家から天祖家と改めるようです」
「良いか悪いか別にして、戦は無くなるだろう。血族の男は一人。従うしかない」
 話し終わると、皆は手を合わせ祈った。突然に扉を叩く音が響き、声が聞こえた。 
「礼です」
 男二人は目線で退室の礼を送ったが、春奈の父は、手の仕草で良いと伝えた。
「入れ」
 礼は、床に跪く二人を故意に無視して、椅子に腰掛けた。
「父様。御用があると聞きましたが?」
「父と言うのだから、従うか」
「喜んでお受けします。春奈と結婚すれば一夫多妻になれる。この地が好きですから」
 礼の言葉を聞き、父は眉を顰めた。
「娘を好きだと聞いたが、あれは嘘か」
 他人事のような口調で問うた。
「嘘では無いです。あれ程の美人です。二十五年。いや二十年は春奈一人を愛せますが、その後は分かり兼ねます」
「ほう。如何するのだ」
 口調には、微かに怒りを感じられた。
「善き理解者。良い夫。良い父になれます。ですが、その歳ですと。うっ、ううむ。女性と思えるか分かり兼ねます」
 礼は悩んだすえに、きっぱりと言った。
「今の話を春奈が耳にした場合、春奈は破談したいと言うと思うが」
「言っている意味は分かり兼ねますが、愛する気持ちがあれば、何の障害も無いと思います。それとも、私の愛に嘘があると」
「分かった、分かった。何かと忙しいように感じるが、夕食は共に食べるのかね」
 礼に、春奈の旅を止めるように説得を頼もうと呼んだが、この礼に総てを話しても、春奈に付くか、我に付くか計りかね。成り行きに任せる事にした。そして、人を見る目が落ちたと嘆きながら、夕食に来ない事を祈った。
「私は忙しくありません。夕食は共にと考えていました」
 大げさに考える仕草をして、声を上げた。
「退室して良い」
「はっ。御用があれば何なりと」
 手で退室を示したが、伝わらず言葉を掛けた。礼は育ちの為だと思うが、即座に完璧な返礼をしたが、大げさな仕草は不満を表したように感じられた。
「御用がなければ」
 二人の男も退礼をした。
「春奈が旅に出る事になるだろう。それも合わせて、引き続き頼む」
「はっ」 
 男二人を退室させて、自分も亡き妻の部屋にいるはずの、春奈の元に向かった。
「父様」
 扉を叩くが返事が返らない。中には居ないのだろう。父の使いが、この場に居ないのなら間もなく来るはず。何気無く時間を潰す為に辺りを見回すと、昔を思い出した。 
(母を困らせる為に草花に隠れていたわ。だけど、虫も、扉が見えなくなる事も怖いから、隠れるというよりも、今立つ場所で目線の届かない所を見付けて屈むだけだった。母は、私を捜す時には決まって神様に祈って、直ぐに隠れていた場所を見つけたわ。あの時は不思議だった。母に聞くと、目を瞑り神様にお願いするとね。目を開けた時に、居る場所を見せてくれるのよ。そう笑って答えてくれた。今考えると、この場所に立つと、私が見えていたのね。子供の目線と大人の目線では見える範囲が違うから、でも、今では確かめようが無いわね。
「春奈よ。何を見ているのだ」 
 娘が荒れた庭を見ていたので、不審に思った。
「何も、幼い時を思い出していただけよ」
 父の声の驚き振り返った。
「あれが亡くなってから何も変えていない。どうした部屋に入らないのか」
「この箱は何です?」 
 部屋に入ると箱が目に入った。直ぐには数えられないほど積まれていた。 
「巫女服の代わりに作らした物だ。着たくなければ着なくても良い」
「えっ」
 春奈は、父の話しを聞き驚いた。そして、二人はしばらく部屋の中を見回した。
(あれも、あれも有るわ。あの櫛で母は、私の髪を梳かしてくれた。えっ、あの髪飾りは母が作ってくれた物、でも、巫女になる時に髪を短く切るから、似合わないと言って投げ捨てたはず。本当はあの時、巫女が嫌で八つ当たりで投げたわ。後で捜したけど見付からなかったのに。父様が?)
 父を見詰めて、問い掛けようとした。すると、父から鍵を渡された。
「今までは、巫女の生活があったが、これからは、この部屋で、母が楽しんだように暮らすが良い。まあ、今日は無理だろう。明日は、一日付き合っても良いぞ。それとも人に任せるか?」
「えっ・・・・・本当に手伝ってくれるの」
 笑みを浮かべているが、不信そうな目をして問い掛けた。
「嘘は言わない。この思い出の部屋に、他人は入れたくないのだろう」
「開けて良いの。夕食に着て行きたいから」
 父の優しい顔は始めて見る気がして、駄々をこねるような仕草をした。
「構わないが、汚れるのではないのか」
「此処では着替えません。見るだけです。父様のお勧めはあるの?」
「箱に赤い丸の印の付いている物だ。それだ、時間は経ったがこれで約束は守ったからな」
 春奈のしゃがむ姿が幼い娘の大きさと重なり、幼い時の娘が泣いてせがむ姿に思えた。
「綺麗な服ね。だけど、特別綺麗な服でも珍しくも無いわね。母様との思い出の服なの」
「ううっう。春奈よ。旅に出てしまうのか。父がここまでしても出掛けるのか。ううっ、ううう」
 幼い時の事を忘れた事は悲しいが、巫女の時は表情を変えなかった娘が、喜びで光り輝く姿を見ると、嬉しくて涙が止まらなかった。それを、隠す為に芝居で誤魔化した。
「父様は、芝居が本当に下手ね。父様も人目が無いとふざけるのね。初めて見たわ」
「駄目だと思ったが、やはり駄目か、皆に聞いたのだぞ。娘を止める方法は何かないのかと、そしたら鄭が、娘は、私が泣き顔になると、心の底から心配してくれます。春奈様も、主様の泣き顔を見れば、気持ちが変わるのではず、そう言われた。鄭の初めての提案を試したのだが、駄目か」
「鄭、知らないわね」
「分からぬか。何が楽しいのか、何時も笑っている者だが」
「あーあの人なの。私も声は聞いた事は無いわ。鄭に伝えてください。少しは心が動いたって」
 春奈は、笑いが止まらないのだろう。話す声よりも笑い声の方が多かった。娘は、巫女の時は笑い声など聞いた事がなかった。その声、今の様子を見て気持ちが変わった。
「春奈よ。礼が行かなくとも許す。だが、最長でも一年だ。それに、供は付けるぞ」
「ありがとう。父様」
 満面の笑みで、答えた。
「春奈よ。出掛ける前に、服を着た姿は見せてくれるのだろう」
「はい。夕食の時に必ず。明日の朝食の時もお見せしますわ。それから旅にでます」
 父の芝居のお返しだろう。幼い子がする。ぎこちない会釈で返した。
「そうか。楽しみにしている」
 娘に声を掛けると、部屋を後にした。春奈は、父の後ろ姿を見て、何時もの威厳は感じられず、悲しみを感じた。
「父様御免なさい。口では恥ずかしくて言えなかったけど、父に初めて駄々をこねた服を、憶えていてくれたのですね。父様、ありがとう)
 心の思いを口にしていた。笑みを浮かべながら、母の部屋に入った。
「私も、そろそろ仕度をしないと。だけど、あの服を着るのは少し恥ずかしいわね」
 その服は、子供服を特別に大人用に作ったものだ。父に勧められた服を手に持ち、自室に行った。
 春奈は着替え終わると、自分の姿が恥かしくなり暫く考えていた。
(父様よりも先に食室に入れば、誰にも合う事は無いわ。私を警護する人はいないはずだから)
 春奈は、泥棒か夜逃げでもするかのように、少しずつ扉を開け、人がいないと分かると、扉から少しずつ体を出して部屋を出た。その不審な行動は食室の入るまで続けた。部屋に入ると。父と礼が酌み交わしていた。春奈は、時間に遅れたので無いので、簡潔に礼をすると椅子に座った。そして、料理が並べらあったので食事の挨拶をすると食べ始めた。父は、言葉で言ってくれないが、私の姿を見ると嬉し涙で目が潤み。恥ずかしいのだろう。それを誤魔化そうと、料理を一口食べると目頭を押さえて呟くのだ。
「今日の料理は辛いな。うっうっ」
 私を見ては、何度も繰り返した。礼も褒めてくれるのだが、勘違いをしているように感じられた。
「私を喜ばす為に、その服を着てくれるとは最高の喜びです。うっうう。私も着ていました。今も着たいと思うのですが、人から嫌な目線を受けますでしょう。特に女性は変人扱いですからねえ。春奈様が着ると知っていれば、私も着て来たかった。今からでも許しを貰えれば、相手役の服を着てきますが、宜しいでしょうか」
 礼は、変な礼儀を見せた。
「今の仕草は何です。礼の所では、今の様な礼儀をするのですか?」
 首を傾げて、尋ねた。
「春奈様。その服を着ているのに、知らない振りをしなくても良いのですよ。あの芝居に、あの役者を思い出します。父も母も、あの時は優しかった。父は、私を喜ばす為に専用の芝居小屋を作ってくれたのですよ。家族だけで良く見ました。そうそう、今でも、あの芝居をやっているらしいです。春奈様と二人だけで見に行きましょう。その時は、私も、男性用を着て来ますからね」
 父と礼は幾ら時間が経っても、訳の分からない話や泣き続ける。仕方なく。父に退室の許しを掛けた事で、我に返ってくれたから良いが、言葉を掛けなければ何時までも続いていたはず。春奈は、退室する時に、父に、先ほど礼に、旅の供の話しをしたら承諾してくれた。そう伝えた。礼には、楽しみしています。と、伝えた。何故、満面の笑みを浮かべながら話をしているのか、意味が全く分からなかったが、何所かに連れて行きたい。その言葉だけが意味が分かり。社交辞令で返した。
「春奈さま。おめでとう御座います」
 警護頭は扉が開かれる音を考えると胸が高鳴っていた。巫女に羽衣を渡して逃げるように勧めた事が明かされて、捕らえにくると思う気持ちではなく。数十年間お洒落をした事がなかった。その姿が見られる。そう思うと心が躍っていた。完璧な礼を三歩離れるまでの十五秒間続けた。普段なら労いの言葉を掛けてくれるのだが、我を忘れているように感じられた。
(もー、恥かしいなあ。そんなに見ないで)
 春奈は子供服を着ているのを見られて、恥ずかしくなり、母の部屋へ、慌てて駆け出した。
「春奈様。私も、その気持ちを味わっていました。あの服を着ると、その人物になりきり夢のような心地でした。うっ、うっ、うううっう、春奈様は着て見たい、楽しみたい。その思い殺して、我々の為に青春を捧げてくれた思いを忘れません。一生御仕えします。私は心に決めました」
 使用人の鑑のようだ。表情には表さないが感激の余り、心の中で泣き叫んでいた。
(父様が作ってくれた服に、輪様を悩殺できる服あるかな、うふ。父が選んだのですもの無いわね)
 春奈は、部屋の前に来ると、今まで服を見られて恥ずかしかった事を忘れているようだ。お洒落をする思いは人格を変えるのか、女心は本当に分からない。夢心地もまま母の部屋に入った。
「これを着ようかしら。これも良いわ。この全ての服って、着て歩いている人見たこと無いわ。そういえば、結婚をした友人から言われたがあったわ。結婚生活はママゴトの延長よ。楽しいから貴女も結婚しなさい。そう話した後は、私の事なんて忘れて、楽しそうに、夫に服をせがんでいたわ」
 服を手に取っては、夢想にふけていた。
「うわあ、何これ、殆ど裸じゃないの。このような服があるという事は、裸前掛けの話しは本当の事なの。それでは、この服は全て結婚した人が着る室内着なのかしら」
 輪に、悩殺する気持ちを考えていたのだから想像していても良いと思うが、着た姿を考えたのだろう。恥ずかしくなり体が硬直した。春奈は服を手に持ち、立ったままの状態で夜が明けていた。鳥の囀りで少しずつ硬直が解け出し、深い眠りは、朝日の柔らかい暖かさで少しずつ眠りを覚ます。時計がない時代の天然の目覚ましで起こされた。
「夜が明けているわ。何故なの?」
 時間が過ぎている事に疑問を感じるが、それどころでなかった。食事の時間に遅れる。それで、慌てて箱の中から適当に服を手に持ち、湯浴み場に向った。そして、湯浴みが終わったと言うのに出ようとはしなかった。あれほど時間が無いと慌てていたはずだが、と、言うよりも、適当に持ってきた着替えは、我を忘れた服以上の露出度の高い服で、それを見つめ、立ち尽くしていた。
「巫女様も湯浴みですか、今までの習慣は止められませんね。朝の湯浴みは気持ちいいですからね。うわあ、綺麗な服ね。チョト着るには恥ずかしい気持ちになるけど。私も欲しいわあぁ」
 巫女と話しが出来て嬉しい顔をするが、心の中では悪態を吐いた。
「何故、共同湯浴みにいるのよ。私と違い専用湯浴み場が有ると耳にしましたわ。それに、あの服なかなか手に入らない物じゃないの。私なんて巫女辞めて、この服を一着だけ買ってもらえたのよ。家では巫女服だと言うのに、良いわね」
「結婚していないのに、本当にこの服が欲しいのですか、それとも結婚の予定があるの?」
 目線は相手の服に、そして、春奈だけしか分からない事を呟いた。言われた女性は意味が分からなく、一言だけだが、意味を聞き返した。
「この服と交換してくれませんか、私の服で結婚が破談や迷惑を被った場合は、私が謝罪をします。いや、父に全面的に協力してもらいます。この服も上げます。私が帰ってからで良いのでしたら、貴女が選んだ服を好きなだけ上げますから、それと、それと」
 それを着ないと死ぬかのような姿で、期待の返事が返るまで話し続けたが、話が詰まり、最後は嗚咽を吐くように声を出し続けた。
「結婚、破談、迷惑、謝罪」
 真剣な表情で訳の分からない事を言われて戸惑ったが、何かを説得されているのが伝わり、落ち着かせる為に返事をした。
「分かりましたから、私が出来る事はしますわ。落ち着いてくださいね、ね」
「本当に良いのですね」
 服にしがみ付いて問うた。
「ううう、うん。うん」
 意味が分からないが、承諾してしまった。
「これを、後は、私が帰ってから好きな服を何着でも良いですからね」
「えっ、この服が欲しいの?」
 肩を撫で下ろされ、満面の笑みを浮かべて寄越された服の値段を考え始めた。
「有難う。この御恩は一生忘れません。残りの服は帰ってから、必ず約束は守ります」
 服を奪うように取って着替え終わると、振り返りながら声を上げた。
「私急ぎますから。これで失礼しますわ」
 急いで食室に向かったが、食室では父と礼は席に付いて待っていた。
「遅れてすみません」
 私が席に付くと、父は食事の準備の鈴を鳴らしたが、何も声を掛けてくれなかった。
「昨夜が女傑なら、今日は深窓の麗人ですね。麗しい人は、何を着ても似合いますね」
 礼は昨夜と同じく話し続ける。褒める言葉が尽きないものだと感心していたが、心の声を伝える訳にも行かない為に、笑みを浮かべ頷いると、心の底から考えが膨らんできた。苦労して着飾ってきたのに、父は何も言ってくれないからだ。
「父様は、褒めてくれませんのですねえ」
「鈴音。鈴音」 
 虚ろな目で鈴を鳴らしながら、耳を澄まさなければ聞えない声で囁いていた。
「父様、父様」
 食事の催促の為に鈴をならしている。そう思っていたが、違うと気が付き声を掛けた。
「え。すず、ね。母様が如何したの。父様」 
 礼の声と鈴の音が煩かったが、耳を澄まして聞き取った。
「今着たのか、今まで待っていたのだ。昨夜よりも洒落だな。おおっ母に似てきたな本当に綺麗だ」
 春奈の声で正気を取り戻した。
「えっ、何を言っているの」
 父が記憶の無い事に驚いた。
「少し酔ってきたようだな、声まで鈴音の声に聞えてくる」
 娘が亡き妻に重なり、動揺を誤魔化す為に手酌で飲み続けていたのだが、酔いで段々と娘の記憶が薄れてきた。
「鈴音。鈴音や酌をしてくれないのだな」
「父様。何を言っているの、私は春奈よ」
 酔っているように見えないが、突然、母に間違えられ驚いた。
「え、春奈。す済まない。母に本当に似てきたな、髪を下ろす髪型は、瓜二つだ。鈴音と思ってしまう」
「父様。お酒を止めて食事にしましょう」
「ああ、そうだなぁ。食事にしよう」
 虚ろな目で答えた。
「礼様も話よりも食事にしませんか」
 礼は話と言うよりも、自分の世界に、春奈を入れて一人事を呟いている。春奈は聞いた振りをして頷いていた。
「鈴音。春奈はもう寝たのか?」
「父様。いい加減にしないと怒りますよ」
 顔を赤くして怒りを抑えた。だが、今の春奈の言葉は耳に入らない。耳に入ったのは次の言葉だ。
「この時間に起きていれば、怒らなければ行けないのですよ」
と、娘の話が違う内容で耳に届いた。妻の幽霊が居るのか、酔っての聞き違いなのか、目を開けて白昼夢を見ているのか、それは本人も分からない。だが、妻の声が、姿が見えていた。
「そうだなぁ。寝ていて当たり前だな。時間を考えていなかった。悪かったな、済まん」
 心から愛しい思い出。見詰めながら呟いたが、娘を見る目線ではなかった。
「父様も礼様も、いい加減に悪ふざけを止めて下さい。父の人柄は分かっていますわ。顔の表情が変わらないどころか、瞼も閉じない。蛇よりも冷たくて、血も通わない人のはずです。お酒や可笑しな姿くらいで、表情を変わるわけが無いはずだわ。それに礼様も、何事にも第一に考える事は美しさで、人に笑われる事が死ぬほど嫌のはずです。それとも、私を女性とは思ってないのですね。何時ものように仕草は神々しく艶やかで、話す声は花々のような香りを放ち。蕩ける甘い囁きのはず。私には幼児の様な接し方だわ。男性の接し方のように無視してとは言いませんが、大人として扱って欲しいです。私は、食事も頂きましたから出かけますわ。長くとも一年で帰る約束は守りますから心配しなくてもいいですわよ。あっ、そうだったわ。父様は心配などしませんわねえ」
 春奈は立ち上がり怒鳴り声を上げた。その声で、父は驚き正気に戻った。礼は始めて女性に怒鳴られて気落ちしている。それだけでなく、心に秘めた趣味まで一緒で無いと言われ、女性不審になりそうだった。
「礼様。時間に遅れても待っていませんよ」
 食室を出ようとした時に、何かを忘れたように振り向き、礼に声を掛けた。
「はっはい。遅れません」
 忠実な飼い犬に噛まれたような、脅える様に答えた。
「礼君済まない。世間知らずで礼儀と本心が分からないのだろう。今の事で春奈の供は心変わりしましたかな?」
 謝りの言葉を掛けているが、普段のように表情を変えず、答えしだいでは殺気も表せずに斬りかかる。そう思える話し方だった。
「変わりません。姫を思う気持ちは同じです」
 この場の雰囲気を変える為だろうか、大げさな仕草で、芝居の役を演じているようだ。
「そうか、頼む」
「此れで失礼します」
 簡潔だが優美な返礼を返し自室に向った。
「鈴音。見守ってくれな」
 食室に残る父は、容器に残る最後の酒類を飲み干し終わると、虚空を見詰め呟き。愁い顔から無表情に戻して、食室を後にした。
「姫。お待ちして折りました。御手の物は私奴に、御気遣いなく」
 正式な礼ではなくて、芝居小屋で評判を得る。特に女性に受ける派手な礼をした。 
「礼。お願いね」
 満悦な笑みで答えた。
「有り難き幸せです」
 優美に受け取った。
「ふふうん。ふん、ふん」
 気分は、るんるんで鼻歌まで歌い。輪と二人の女性が待つ、思い出の場所に向かった。
「輪様。羽衣が見付かりましたわ」
 老木が見えると駆け出した。
「行ってしまったの」
 辺りを見渡すと、居ないと思い、一粒の涙を流した。
「巫女様、巫女様。遊びに来たの」
 二人の女性は走りながら声を掛けた。
「夏美さん。秋奈さん。又作ってきましたのですが、食事は済みました」
「まだですよ。早く食べましょう」
 秋奈と夏美は喜びの声を上げた。
「輪様は何所に、渡す物があるのですが」
「食べ物を探しに出ていますが、悲鳴を上げれば直ぐ来ますわ」
「すううっ、きゃー」
「きゃー」
 二人の女性は、輪が現れるまで交互に叫び声を上げ続けた。
「大丈夫ですか」
 顔や手足に木々の擦れ傷を付けて現れた。
「巫女様。輪が来ましたわよ」
「さあ、早く食べましょう」
 二人の女達は、輪の姿を見ても何も感じもせずに、食事の準備を始めた。
「輪様。羽衣と言うのは、これですか?」
 巫女は着替えを入れている背負袋を、背から下ろして、自分でその中から取り出した。
「そうです、それです。見付けてくれて本当に有難う御座います」
 手を震えながら手に取った。
「え。羽衣を探してくれたの。本物なのね。良かった。夏美さん羽衣が見付かったって」
「うん、うん、うん」
 喜びの為に声も出ずに頷くだけ。出てくるのは頷くたびに、一粒ずつ涙が零れ落ちる。
「夏美さんが悪い訳ではないのですよ。泣く事ないじゃないですか」
 輪は、夏美の前で屈み、慰めた。
「あのう。食べませんか」
「夏美さん食べましょう。先ほどまで二人で言っていましたでしょう。又、巫女様の料理が食べたいなって、ねえ、秋奈さん」
「本当ですのぉ。嬉しいですわ。幾らでも食べてください」
 夏美は食事に釣られたのか、礼の姿を見た為だろう。普段の夏美に戻った。
「巫女様。畏まって控えている方を、此方に呼ばないのですか」
 輪が巫女に話すと、夏美たちは、礼に聞えない声で、歓喜の声を上げて紹介を頼んだ。
「礼も此方に来なさい。許します」
「はっ。麗しき姫方々と共に食せる喜び、心より感謝いたします」
「きゃあ。私、姫なんて言われたのは初めて、何て快い響き、そう思いませんか、夏美さん」
 秋奈は頬を赤らめて、うっとりと呟いた。
「私も始めてよ。下心が有っても、この様な人に真顔で言われると、心が動きますわね」
 平常を装っているが目が潤んでいた。
「下心とは何ですのぉ」 
「もう。私に聞かないでよ。輪に聞いて」
 春奈の問いに、夏美は頬を赤らめた。
「輪様。下心とは何ですのぉ」
「子孫繁栄の事と思います」
 春奈が問い掛ける方も変だが、真顔で答える方も変と思うだろう。だが、まだ今の答えは良い方だ。この男は始めての連れ合いと思う人に、次のように答えたからだ。貴女の赤ちゃん製造工場に、原料を入れても良いでしょうか。と、本当の自分の事が言えずに、咄嗟にこのように答えた。勿論、その女性に殴られて終わってしまった。
「子孫繁栄ですか、それよりも、私を、修正の旅の供に加えてくれませんか、父の許しを得ました」
 会話の流れで問うたが、言われても意味が分からない。ただ、話すきっかけが欲しかっただけだ。
「巫女様。この方を紹介してくれませんか」
「春奈さん。供の事は嫌だと言わせないから安心して、それで、この方は誰なのです」
 秋奈が熱い視線を、礼に向け声を上げた。夏美も同じだった。
「礼と言います。私の供というよりも、監視人いや護衛人見たいな人です。私も最近知り合いましたので、よく分からないのですが、父には気に入られていますね。礼。後は自分で話しなさい」
 何を言えば良いのか、しどろもどろしていたが、どうでも良くなり、礼に話をふった。
「有り難き幸せです。食事の席だけでなく。私の名前までも心に刻で下さるのですね。私は幸せです。この喜びを、姫方々に、どの様に表したらよいのか。考え付きません」
 世界に一人の天才役者が同じ仕草や言葉を言っても。この男より美しく、人を惹きつける事は出来ないだろう。これで、下心を考えての台詞なら、運命の糸が有ろうが無かろうが、神や悪魔の強制的な力を借りての恋心でも、この男に心を奪われる事だろう。
「礼さん。それ程まで気を使わないで下さいねえ。これで友人になれたのですから」
 夏美は年長者だけはある。平常を装っているが、目も声にも熱い思いが表れていた。
「あっふうう。あっ、ふうう」
 秋奈は、礼に夢中で、顔を真っ赤で瞼を閉じる事もできない。礼から目線を外したくないのだろう。片手で地面を支えてなければ倒れてしまう程に、身も心を奪われていた。
「そうですよ。夏美さんの言う通りです」
 礼は、輪の言葉で一瞬、眉を顰めたが、誰も気が付かない。男と話す事が死ぬほど嫌なのだろう。
「気を使う」
 気を使う事も、された事も無いと思っている為に、言葉の意味が分からなかった。人が聞けば笑い話と思うだろう。だが、今までに、春奈が声を掛けて返る言葉は、仰せのままに、畏まりました。
この、類義語しか聞いた事がなかった。この地を治める父の社に生活していれば当たり前だと感じるだろうが、箱入り娘と言う訳では無い。幼い時に見習いとして巫女修練社に入って歳の近い人達と同じく。いや、それ以上に厳しい修練をして来た事で、誰も世間知らずと思う人はいないはず。だが、巫女修練所は僅かな賃金だが払う為に、朝食から始まり、日が沈むまでを奉仕時間と決められていた。勿論、厳しい規則が有り、礼儀作法の取得から、神聖な三山の施設の人員や清掃などをしていた。奉仕時間内は、私語を話す事が出来るわけもなく。その為に、父の社と変わらない生活をして来たが、皆が、春奈と同じ生活ではない。夕日が沈めば完全な自由だ。稀に、闇夜に一人で自宅に帰り、日当を渡しに行く者もいるが、多くは無料施設で過ごしている。位の高い者は迎えが来るが、巫女の修練で知り合った友人と楽しい時間を過ごす為に、修練所に泊まる者や、時間を遅らせて帰る者が殆どだった。春奈だけは、警護の問題で夕日が沈む少し前に、父の社に帰る事になっていたが、故意にされていた訳ではないだろう。父親の手の空く時間は、警護やその他の交代時間の少しの間だった。春奈はその時間に、間に合うように帰ってくるが、友人がいたとして、友人と過ごす時間と、父の時間を選ぶとしても、父と過ごしたいと答えるだろう。だが、夕日が沈んだ後の修練社では話し声や歓声が聞え、別世界のようになる事を春奈は知らない。もしも、知っていれば友人と過ごしたいと言っただろうか、そして、過ごしていれば、礼が夢中で話した事や、一般常識の欠落はなかったはずだ。
「有り難き幸せです。これで生涯、唯一の友が出来ました」
 礼は大げさな仕草で言葉を返した後に、春奈を一瞬、見詰め、又、話し始めた。
「幸せに思いますが、巫女様の父君様から、如何なる場合でも礼儀を忘れるな。それが、供の条件だと言われています。姫様方々、御気に為さらずに、言葉を掛けてくれた事を心の底から幸せに思い。一生涯忘れません」
 礼以外が、今のように話せば感謝を表していると感じるが、礼が話すと愛の詩に聞えるのは、顔が良いからか、支配する血筋の気品か、大げさな仕草や話し方なのだろうか、全てが合さった結果なのだろうが、春奈だけを除き、二人の女性は聞き惚れていた。
「私は夏美といいますの」
 夢心地で話しを掛けるが、輪に言われた事は忘れていなかった。貴女方の過去の可能性がある為に、名字を明かすと祖先にしわ寄せが行き、世界が狂って元の世界に帰れなくなるか、貴女方が消えてしまう可能性ある。その事が辛うじて頭の隅に残っていた。
「私は、礼と言います。私の心情は女性に使えるのが喜びの為に、名字はありましたが忘れました。礼と御呼び下さい」
「私は輪と言います」
「私は秋奈と言います」
 礼を見て釣り合う女性像を考えていた。元の世界では本を読む事しか楽しみが無かった為に、無数の女性像が頭の中で浮かぶ、その中の深窓の令嬢と決めて、心から演じた。
「秋奈さんは魚釣りが上手いのですよ。私が釣り竿を作りますから、礼さんも、巫女様も魚釣りをやりませんか」
 輪は二人に声を掛けた。
「ほほほ、輪さん何を言うのですのぉ。私は魚釣りなどした事が有りませんわ」
 秋奈は鋭い目線で輪を睨んだ。
「輪様。私を御仲間に入れてくれる。そう言う事のですのねぇ。有難う御座います」 
 破顔して呟いた。
「巫女様。おめでとう御座います」
 礼は畏まって、祝いの声を上げる。
「輪様」
「何でしょうか」
「釣竿を作られると聞えましたが、聞き違いでしょうか、本当でしたら教えを乞いたいのですが」
 話をするたびに顔が痙攣していたが、そのたびに笑みを作り誤魔化していた。それ程、輪と話をするのが嫌なのに続けているのは機嫌取りと思う。それとも、何か良からぬ考えが有るのだろうか。
「良いですが、そうですね。です。ます。それは癖でしょう。止めてと言っても無理でしょうから、輪様。その呼び方は止めて下さい。それなら、喜んで教えますよ」
 礼をどのように考えても、育ちが良いのはわかる。それなのに、幼稚な竿かも知れない物に、教えて欲しいと言われ、喜びで顔が崩れた。
「輪さん教えてください。此れで宜しいでしょうか」
 引く攣りながら笑顔を作る理由が分かる気がした。嫌いな人に敬語を話すのは何でもないと思うが、笑顔を浮かべて、喜びの声色まで作るのは苦痛だろう。だが、二人の女性には、慣れない事を強制されて困る仕草に見えていた。その照れ笑いが可愛くて受けていた。
「私も、夏美と言ってくださいねえ。言わないと仲間と認めませんわよ」
「私も、私も。秋奈と言わないと認めませんわ」
 礼の照れ笑いが見たくて興奮していた。
「二人の美しい姫に言われては光栄に思います。それでは、夏美、秋奈、これで、友と認めてくれますでしょうか」
 照れ笑いもせずに真顔で答えた。
「あっ、ふう」
 秋奈は夢心地で溜め息を吐いた。
「貴方は何を考えていますの。礼儀が生きがいの人と思っていましたのに、本当は下らない考えをしていますの?」
「下らない事と言われても意味が何通りも有ります。数ある中で一番の侮辱の言葉と、夏美が言っている事が一致しているならば、私は心の底から考えていません」
 考え、考え言葉を伝えた。
「何故、恥ずかしくもなく真顔で言いえますの?」
「言っている意味が分かりませんが、貴女方の話し方の方が恥ずかしいです。名前を呼び捨てにして、気を配らない言葉を使う。な、なんて、まっ、まるで夫婦の睦言そのままの会話なんて恥ずかしくて言えません。巫女様も気持ちは同じはずです」 
 話の最後は顔を赤くして慌てて気持ちを伝えたが、これが演技で顔を赤くする事が出来るのなら、生き方を替えた方が、この男の為だと思う。巫女に話しを振ったが、春奈は、ぼんやりと輪を見て、話題に出た言葉の意味を考えていた。気を配る言葉、普通の言葉、愛の言葉、何を言っているの。方言なのかしら。春奈は馬鹿ではない。知識が偏っているだけだ。例えば、薔薇の花が綺麗ね。そう言われても、花の名前が分からない為に、赤くて綺麗な花ね。と、しか考え付かない。幼い時は花の名前も分かっていただろうが、会話と言える話は父とだけだからか、それとも母が亡くなり悲しみを忘れるために、巫女修業に打ち込んだ為だろうか、春奈は、全て忘れていた。春奈は心の中で格闘していた。言葉を、どの様に置き換えても話が繋がらない。その為に、礼の言葉は耳に入ってなかった。
「くす。本当なのね。御免なさい。癖だろうけど大げさな表現や仕草は止めてください。愛の唄の様な、素敵な言葉を聞くのは心地良いけど、私が聞きたいのは礼さんではないわ。聞き慣れして、言って欲しい人が言ってくれた時に感動が薄れるのは嫌だわ。それに、秋奈を見て何も感じませんか、これから一緒に旅をするのですから一番の問題は、貴方が話すたびに、今のような夢うつつの状態では命の危険の恐れが遭って困るわ。私が言いたい事は分かりますでしょう」
 夏美は、礼が顔を赤らめて話すのを見て笑ってしまったが、本心と思い提案をした。
「分かりました。話す時は考えて言葉を選びます。それで宜しいでしょうか」
 いつもの癖の様な仕草が出たが、途中で止めて髪を弄る事で紛らわした。
「巫女様。如何したのです。難しい顔をして何か有りましたか?」
「輪様。聞きたい事が有るのですが宜しいですか。気を使わない言葉、普通の言葉、愛の言葉とは、何を言っているのです」
「巫女様。これから旅に出かけますよね。今答えを言われるよりも、旅の中で、少しずつ自分で見つけた方が楽しいと思いますよ。今気付きましたが、巫女様の父親が旅を許した理由が少し分かったような気がします。私も、礼さんと一緒に必ずお守りしますから、自分で遣りたいと思う事を好きなだけして下さい。知らずに分かってきますから、楽しいかもしれませんよ」
(私が、この世界に戻って来た理由に、関係あるかも知れない)
 最後の言葉は、心の中で呟いた。
「秋奈さん。そろそろ出かけますよ」
「ハイ」
 寝起きのような声を上げた。
「輪様。何所に行きますの」
 春奈は目を輝かせて問うた。
「何所に行く当ては有りませんが、この方向を進みます」
 左手の小指を見て呟いた。
「此方の方向ですと、海に行くのですか?」
 声を弾ませて問うた。
「そうですね。海に行くかも知れませんね。巫女様が行きたいなら必ず行きますよ」
 春奈に問うたが、心の中では違う事を思っていた。巫女様が行きたい。そう言う訳ないのは分かっていますよ。そろそろ秋奈さんが騒ぎ出し、行く事になりますから、あれ、何時もの騒ぎ声が聞えず、秋奈の方を振り向いた。
「秋奈さん。気難しい顔して、何か不満な事でも有るのですか」
「夏美さん。理由が分かりますか」
「海と言えば水着でしょう」
 輪の問いに答えた。
「ねぇ、水着でしょう。海に行くのですもの泳ぎたいわよ。大丈夫。輪さんが何とかしてくれるわ」
「えっ。水着て何ですのぉ」
 小声で呟き、傾げた。
「巫女様。泳服と思います」
 礼は呟きが聞えた訳ではなかった。顔色で判断して言葉を掛けた。
「私が、皆の泳服を持ってきますわ」
 女性の物の為に礼に頼めなく、自分で取りに行く為に、館を振り向きながら呟いた。
「巫女様。港町では色々な泳服が有ると耳にします。港町買われた方が宜しいと思います」
 礼は、巫女に言葉を掛けて引き止めた。
「港町で本当に手に入るのですね。それでしたら、そうします」
 巫女は、全ての言葉の意味が分かって無いだろう。ただ手に入ると言う言葉に頷いただけだ。
 礼も、巫女の不自然な態度を感じ取り、笑みを浮かべた。心の中で、港町で泳服を買い求める時の姿が楽しみだと思った。怒るか、失神するか分からないが、想像して楽しんでいた。
「巫女様。良いのですか」
 輪は肩をすくめ、済まなそうにしていた。
「構いませんわ。私の護衛をする御礼と思って頂ければ、それで宜しいです」
 輪と二人の女性は、今までの会話で春奈の生い立ちと、生活の全てが感じられた。全ての物事に、一瞬の間や手を止める事がある時に、付き人が間に入り全てを補佐されるのだろう。まるで、映画や本の中の人物のように、指を鳴らすだけで自分の考え通りにしてくれて、歩きながら、その部屋の似合う服を着替えるに違いない。と、夢心地に思いに耽り。一度でいいから映画の中の人物のような生活をして見たい。そう思い。夏美と秋奈は溜め息を漏らした。
「礼。大丈夫なのですね」
 礼に確認を取った。
「巫女様。私達の分まで気配って頂き、有難う御座います」
「いいえ。良いのですよ。私も海に行く楽しみは同じですわ」
 春奈は本当に嬉しそうに、話をしていたが二人が喜んでくれたからでは無いだろう。山から出た事の無い為に、何が何でも行きたかたが、自分からは言えなくて諦めていた。それが、知らない内に行く事が決まり、嬉しくて顔や声に表れていた。
「それでは、そろそろ行きますか」
 掛け声を上げてから、夏美に声を掛けた。
「夏美さん。お願いがあります。今持っている羽衣を、巫女様に渡してくれませんか」
 私が持っていると心配なの、思う事を言葉に出来ず。羽衣を渡しながら別の思いを問い掛けた。
「輪さん。必ず私を守ってくれますね」
「心配しなくても大丈夫ですよ。羽衣は夏美さんを記憶しています。秋奈さんと二人で使っても、飛ぶ事が出来なくなる位ですから、ただし、秋奈さんの声が届く範囲にいてください。あまり離れると人体に影響が無い物は反応してくれません。例えば、蜘蛛とかは避けてくれませんよ」
「分かりましたわ」
 輪の話しを聞くと頬を膨らまして、不機嫌そうに答えた。夏美の気持ちが分かるような気がする。礼の様な言葉を期待していた訳では無いが、もう少し言い方があると誰もが思うだろう。 
「秋奈さんと夏美さんを守るのですよ」
 秋奈の肩にある羽衣に、手を触れて呟いた。羽衣は返事に答えたのか、白から桜色に変わった。
「巫女様。その羽衣は持っているだけで疲れを癒してくれます。私の大切な物ですから失くさないで下さいよ」
 輪は、春奈に総ては伝えなかった。この世界の物や人には係われないからだ。壊れる物は壊れる。死ぬ運命の者は死ななければならない。だが、間接的には助けようと思っていた。例えば、弓の矢が飛んできて危ない避げろと伝えたとしても、当たるかは春奈しだいだろう。羽衣の力で疲労を感じなければ災難を避ける事は出来るだろう。そう考えて、羽衣を渡す事にした。
「私も巫女ですから意味は分かります。御祓いやお守りは、私自身が何かをしなくては何も解決しないのは、分かりますわ」
「そうですね。行きましょうか」
 春奈の解釈に笑みを浮かべ、心の中では、秋奈さん達の場合は赤い糸が無くても、他世界の人ですから弓矢を跳ね返す力が働きます。巫女様。それでも本当に効きますよ。此処から海まで何日あるか分かりませんが、歩きで二日掛かるとして、全力で走り通しても息も上がりません。そうですねえ。今言われた通りに、思ってくれているのなら考えている以上に効くはずです。
 心の中で呟き。この地を後にした。

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