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第十一章
「此処はどこだ・・・・・む」
 空中から自分を見下ろしていた。
「病の為に、無意識で力を使ってしまったのか、約束を違える事は出来ない。我ら十二人が総て死ななければ、一族を助ける事が出来ない。純血族の者なら止めを刺せるはず、約束したのだ。守らなければならない、総てを擬人に渡すと決めた事だ」
 半幽霊のような姿をしている者は、足音を立てながら苦しそうに、一人事を呟きながら洞窟から地上に出ようとしていた。
「擬人との混血で力が弱わり、力を持つ者も少なく成ってきた。仕方がないのだ。いずれ力を持つ者が生まれなくなる。今なら、まだ神と思われている内に総てを渡せば、八尾路頭家の血族が生き残る可能性はまだある。だが、何故だろうか、我らの遺伝子を使っているのに、殺し合い、奪い合いをするのか、恐怖から来ると思い、我らは親しみを込めて護って来たはず。今度は我らを怖がるとは分からぬ。我らと同じ遺伝子が八割も有るのに、たかが、二割の猿の遺伝子がここまで変えか」
八尾路頭本家の祖は、月で住めなくなり、この地に移り住んで来た。月と言えば、輪もだが、輪の月の住人は、八尾路頭本家の祖と分かれて、月に残った者だ。八尾路頭本家の祖は、この地が身体に合わない為か出産が減少した。子孫を残す為に動物を改良して、自分達と似た擬人を作り子孫を残す事を考えたが、血族は少数しか生まれなかった。逆に、擬人の子が自然と増えてしい。月人は自身の子が生まれない為だろう。擬人を自分の子のように考え、支配と言う形だが、独り立ち出来るように手助けして来た。だが、擬人同士の争いを止める為に、月人の命が一人、二人と消える事を考え、擬人は擬人に託して永い眠りに入る事を、最後の純血種十二人が、次のように説得した。
「反対する者もいると思うが、我々が擬人を作り十万年経つが擬人は増えて、我らは減る一方だ。総てを託して眠りに就こう。擬人独自の高度な文明が築く未来か、月から離れた同胞が訪れるまで待とう。祖が良かれとした事を十万年も費やしたが変わらないのだ。我の提案に全員が賛同して欲しい。一人でも係われば、我々と似た文明に成り兼ねない。それでは同じ事の繰り返しだ」
 地上の光が見えてくると、昔を振り返るのを止めた。
「何が起きたのだ」
 辺りは焼け跡が広がり。まだ、遠くの方では火が燃え盛り消える事が無く、広がって行く姿が見えていた。
「この地を捨てたのか、だが、あの地は未だ作られていないはず。それよりも、我が生きている事が分かれば一族全ての命が危ない。我の命を早く絶たなければならない。何か声が聞こえる」
 無言のまま。微かに聞える方に夢遊病のように近づいていった。
「話が違うではないか」
 現八尾路頭当主が怒りを表して、問うた。
「違う事はありません。総てを譲ると言われました。総てを譲り受けるだけですが?」
 無表情で淡々と語った。
「全てを渡した。お前らが恐怖を感じるだろう。そう思い。純血種十二人も命を絶った。この地も捨て、何もかも総て渡した。早く子供達を帰してくれ」
「私は総てと言ったのですが、神の力は無くなったが、名は未だ残っている」
「意味が分からぬ。お前らが守護八首竜を殺した事で、我らの名は地に落ちたはずだ」
「神の子の力が、まだ渡されていない。神の子がいれば、王とも神とも言われた十二人を殺されて、何もかも総てを取られた。と言われる恐れがあります。そう考えると微かに残る力が、我らは怖いのです。神の子の彼方がたも死んでいただければ、子供はお助けしましょう。子供だけでは生きられないでしょうから、力を持たない者は助けます」
「我々は恨みなど抱いていない。十二人が死ぬ事も総てを譲ると言った事は、我らから言ったのだぞ。我らは、どの様な約束でも違える事はないぞ」
「私は総てが欲しいのです。本当の神の子がいては神の子に成れません。神の子の名前が欲しい」
「神の子の名前もやろう。元々、父の後を追うつもりでいたのだ。父を埋葬して、新しい地で子供が喜ぶ姿を見た後に、力が有る者は全てが命を絶つ。そこまで、言う必要が無いと思い。言わなかっただけだ。安心しただろう。子供達を放してくれるな」
「後からでは怖いのです。それに、今欲しいのです」
「我らが約束を違えると思っているのか」
「今欲しいのです。駄目なのですか」
「分かった。その前に子供達を放せ」
「何故、先に放せと言われる。やはり恨んでいるのですか、それとも、私を信じられないのですか」
「そうではない」
「それでは、良いではないですか」
「分かった。そなたらの矢で、刀で、なのか?」
「神の矢が有ると聞きます。それで、終わった後で、それも譲り受けて欲しいのです」
「あれは遣れぬ。壊す事にしたのだ。渡したところで使えぬぞ。我らの力を高めて放つ物なのだ」
「ですが、力の無い人でも使えると聞きましたが」
「そなたには、分からないと思うが、力にもいろいろ有るのだ。渡しても役に立たない。意味が無いのだぞ」
「それでも、欲しいのです。そして見てみたいのです」
「そうしよう。持って来てくれ」
 振り向き、一人の女性に声を掛けた。
「はい。今、持って参りますが、駄目だと思います。それでもですか」
 子供達を一瞬見て、聞き返した。変な事を呟くようだが、力が無い者は心が読めるのだ。擬人の心を読んで、皆殺しを考えている。そう言ったのだ。
「頼む、約束は破れぬ。そして後を頼むぞ」
 目で訴えた。
「誰からだ」
 同族が同族を殺す事に涙を流した。
「並んでいる。順番で良いと思いますが?」
 擬人の指示で、八尾路頭家の者が、神の武器と言われた物で、同属の命を絶った。
「これで、子供達を」
「矢を放て」
 神の子と言われた人々の、全ての命を絶った後、振り向きながら呟くが、最後まで話す事が出来なかった。何が起きたかと言うと、神の武器で同属の命を絶った人々を、約束を守らずに、擬人の矢で命を奪ったのだ。最後の一人が倒れると同時に声を上げた。
「後は分かっているな」
「一組の双子を」
「言う必要は無い。後を任せる」
「何所に行かれますので」
「お前らは、お前らのする事をしろ」 
 初めて、人らしい表情を表したが、役目が終り安心した為か、それとも、神の武器を早く手に取りたい。その気持ちが現れたのだろう。
「やはり使えないか、だが神の力を得た」
 死んだ女性の手からはぎ取った。
「総ての計画が終わりました」
「帰るぞ」
 人々は、住みなれた所に戻れる喜びを表した。だが、陽炎のような半透明の者が近づいて来るのを、誰も気が付かないまま、この地を離れた。陽炎のような者が、この場に現れた時には、足跡と死体だけが残るだけだった。
「ひどい・・・・子供まで、惨すぎる」
 一人ずつ意識を確かめては涙を流し。知り合いを思い浮かべては、この場に居ないでくれと願いを込めて歩き回った。
「双子だけが居ない。隠されているのか?」
 耳を澄まし気配を探った。
「移動している。まだ歩け無いはずだ。助けなければ成らない。だが、半不随では追いつけない。八首竜の力が届けば、うっ」
 気配がする方向に体を向けた。その身体は痙攣のような、消えかけているようにも見えた。それが終わると段々と大きくなり、八つの首を持つ恐竜のような光の形が現れた。大地に振動を起こしながら、双子の気配がする。野営の篝火に向って歩き出した。
「この騒ぎ声は何だ。あの音は何だ?」
 渦巻きのように簡易小屋が並び、それを囲むように篝火が焚かれていた。その中心の小屋を一人で使う者が、苛立たしく外に聞えるように大声を上げた。
「八つの首を持つ竜が、双子を渡せと叫びながら、此方に向ってきます」
 警護人が小屋に入り、問いに答えた
「まさか、倒したはずだ」
 声を上げながら、小屋から出た。
「透けて見える。化けて出てきたのか。今すぐに、此処から離れるぞ。我を忘れている者は置いていけ。準備を急がせろ、直ぐに出るぞ」
「その声は富山神家の第二子だな。今すぐに双子を帰せ」
 直接声を聞いた訳ではなかった。相手の心を読み、心に伝えた。
「誰だ。私は約束を交わされた通りにしているだけだ」
「全て殺しただろうが、何が約束だ。お前は知らないだろうが、力を持たないと思っている者は心が読める。お前の心の中を知っていても、信じたのだぞ。我々でも心の中は邪な事を考える。まして、確かな約束を交わし、同じ血の流れる者だ。邪な事を考えるが、殺すはずがないと最後まで信じていただろうに、何故、何故、何故だ。何を言っても仕方が無いが、双子を我に返せ。返せば、全てを忘れる事にする」
「準備が出来たようです」
 合図で知らされ、隣の主人に知らせた。
「行くぞ」
 声と同時に駆け出した。
「待て、双子を帰せ」
 一歩、二歩を踏む時に、突然に半透明な竜が消えた。
「力が途切れたか、助けるまで死ねない。最後の血族だ。この地に一人だけでも残さなければ成らない。一緒に月から離れ離れになった。同胞に知らせなければ、そうしなければ、何も無くなった月が、故郷だと言う事をだぁ」
 半透明な人に戻り、何かを探すように辺りを見回しながら呟いた。
「人だと良いのだが、無理だとしても、何か、鳥か、仕方ない暫く借りる」
 鳥を見つけると、拝む仕草をしながら呟いた。呟き終わると半透明の者は消え、鳥は人々が逃げる反対の海の方向に飛んで行った。
 
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第十章
「この服は、もう着る事が無くなるのね」
 春奈は最後の仕事を終え。自室で巫女服を眺め一日を振り返っていた。
「だけど、父の知らせが来る前に、警護頭以上の家々から使いが来て親戚が総て辞めるなんて、何か遭ったの、まさか、私が居たから遣りたく無い巫女をしていたの。それより父が、母の部屋にこいなんて、亡くなってから誰も入れなかったのに、今さら入れると言っても嬉しく無いわよ」
 春奈は独り言では嬉しく無いと呟いているが、母の部屋に入れる嬉しさは、顔色に表れていた。その姿を見かけた。警護人や御用人が話しをしていた。
「春奈様の笑みを始めて見るが、何か良い事が合ったのだろうなあ」
「知らないのか。今日巫女の御役目を、お辞めになったと聞いたぞ」
「気疲れが取れたのだろうか?」
「笑みでなく笑顔が見られるぞ。俺、今日の昼に警護頭の用足しで、春奈様の服や見た事も無い綺麗な首飾りを運んだからな。早く着た姿を見たいな。綺麗だろうなー」
「それだと、礼様と結婚の用意だろう」
 上役が現れると、警護人達は話す事を止めた。見回りの時間なのだろう。その場の残る者や別の場所に向う者と別れていった。 
「父様、父様」
 母の部屋の扉を叩き、声を上げた。その時、約束を忘れているのかのように、父は食室で二人の男と話しをしていた。
「噂は真でした。八尾路頭本家が幼児の双子を残し総て殺されました」
「だが、弓や刀では殺せないはず」
 春奈の父は顔を青ざめていた。
「それが、」
 男は苦やしそうに話し始めた。
最下部の第十一章をクリックしてください。

第九章
「父上様。参りました」
 巫女服以外は一つしかない。母の手作りの服に着替え父の元に現れたが、目線を合わせずに俯きながら告げた。それが礼儀なのだろう。親と子の接し方には見えなかった。
「それは亡き母が作った衣だな。その衣を渡す時にも言っていた。巫女などになって欲しくはなかった。好きな人が出来た時に、この衣を着て欲しい。そう言っていたな」
 父の声色は楽しい昔を思い浮かべているようには感じられない。今までは、母の事は禁句と言っていたはずだ。それなのに、父は突然に話しを持ち出し驚いていたが、俯いていた為に、父は娘が驚いているに気が付ない。
「御話があると伺いましたが何でしょうか」
 俯きながら問うた。
「それでだ。そなたの母の言っていた事が気に掛かっていた訳だ。お前に良い相手を見付けなければ成らない。そう思い。相手を控室に待たせた。これで心の気遣いが取る。良い思い付きだろう」
 心にも無い事を言っている。それは、誰もが感じる態度だった。
「なっ・・・・」
 春奈は驚き、一声上げ、父を見た。
「良いな」
 父は喜ぶ姿を想像していたが、不満そうな顔を見て、鋭い声を上げてしまった。
「はっ」
 室内に居る家臣は目線で物を言われ、返礼の声を上げ控室に向かった。数分も経たない間に家臣が現れて、一人の男を連れてきた。その人物は身分が在る。誰もが見ても感じる様子だ。服装から判断したのではない。目線や態度で現れていた。その者は自分以外の人を、特に家臣と思える人を同じ人とは見ていないように思えた。家臣の導きが終え、部屋の主を見ると微笑を浮かべたが、やっと人に会えた。そう思える感じだった。  
「参りました。私が礼家の嫡男です。気が早いと思いますが、父様とお呼ぶしても宜しいでしょうか、私の事は礼と呼び捨てて下さい。家長だけ使える名前です」
「良い。良い」
 父は、礼が話す時に髪を弄くる姿を見て、一瞬言葉を詰まらしたが、春奈が幼い時の恥ずかしい時の仕草と同じ為に、この者も恥ずかしいのだろう。そう思い快く答えた。
「準備は出来ているか」
「はっ。出来ております」
 家臣は即座に答えた。
「何時まで脹れている。行くぞ」
 父は娘に声を掛けたが、娘は結婚を決められた事に、ささやかな抵抗をしていた。父には伝わらなかった為に立ち上がり、後を付いて行きながら考えを巡らせていた。(母が亡くなってからは、食事の時は二人だけで過ごしてきたのに、まさか、この男を呼ぶはずがないわ。先ほど母と私の事を気遣っていたもの。まして、私の一生の事ですもの聞いてくれるわ。二人だけになったら、巫女のままが良いというわ。今さら普通の女性に戻れる訳ないもの)
 礼が父の後を何所までも付いて歩く。その後ろを不審な表情を浮かべて、春奈も付いて歩くが、突然顔色が変わった。(まさか)と、大声を上げそうになった。(何故、あの男が食室には入るの。 ああ、顔見せをするのね。その後に、二人で食事をしながら訳を言ってくれるのねえ。父の考えが分からず悲しくなったが、心を落ちつかせ、共に食室に入った。春奈は決められた椅子に座り、先ほどは畏まって居た為に声しか聞えなかったが、人目見て、父が息を詰まらした理由に気が付いた。礼は成人の男子のはず、成人の証は髪を上げて額を出すのが一般的な男子の姿だ。だが、髪を下げ幼い子供のような、男とも女とも見える中性的な姿は巫女に似ていたからだ。父が息を詰まらすほどの嫌悪感は姿かと思ったが、何かの動作をする後とに、前髪を弄らなければ出来ないのか、その事もあるはず。春奈も嫌な感じを受け、その事を父に伝えようとしたが、男は、食室から出る気配がない。顔見せは終わったはず、まさか食事を一緒に食べるの、と、父に目線を向けたが気が付いてくれない。それでも見続けるが、食事が少しずつ運ばれて来るたびに、目頭が段々熱くなり、総てが運び終わる頃は目から涙が溢れでてくる。それを止める事が出来なかった。
「如何したのだ。春奈よ」
 父は、娘が涙を流す姿を見て声を上げた。
「父様。部屋に戻っても宜しいですか」
 此処に居る事に我慢が出来なかった。
「構わん。戻って休むとよい」
 娘が苦しそうに話す姿を見て、最後まで聞かずに言葉を掛けた。
「・・・・・・・」
 春奈は悲しみの為に声が出せなくなり、仕草だけの最高の礼を返して食室を出た。自室に戻る間に警護頭に声を掛けられたが、会釈が精一杯のような姿をして自室に入った。室の前で警護頭は扉を叩こうか、警護する元に場所に戻ろうか、何度も繰り返していた。思い切って扉を叩こうとした時に、部屋から嗚咽声が聞えて何を思ったのか、扉を叩く事も警護する場所とも違う方向に走り出し、自室に駆け込んだ。警護をする場所から離れるという事が、どのような事になるか分かっているはずだ。警護頭は自室から、布のような物を手に取り、真剣な表情から突然に微笑を浮かべた。
(昔を憶えていますか、まだ、共に幼かった頃に言いましたよね。春奈様と同じ歳ですが警護をするのが代々の役目です。春奈様の好きなように振舞って下さい。どの様な事が起きようと、命を懸けて守る事が役目です)
 微笑の間は昔を思い出していたが、突然に苦顔に戻ると自室から駆け出した。何かが吹っ切れたのか、無邪気な少年のような笑顔を浮かべながら、春奈の部屋の扉を叩いた。
「どなたですの」
 春奈は啜り泣き声で問うた。
「私です。春奈様、警護頭を務めている者です」
 警護頭は、春奈の泣き声で昔の思い出と重なった。春奈は幼い時、血筋の為か、それとも、幼い時に良くある、枝が揺れただけで恐怖を感じて、幻覚を見ては、私に石を投げた事が遭った。そして、私です。春奈様、もう大丈夫ですから落ち着いて下さい。その私の言葉で我を取り戻していた。
「何の用件ですか」
 扉を開け、涙を隠すため、俯きながら問うた。
「春奈様。これを使って下さい。これを使えば飛ぶ事も、身を守る事も出来るようです。別の地で新しい生活する事も、輪様達と一緒に旅立つ事も出来ます。後の事は、私が何とか致します」 
 警護頭は笑みを浮かべながら羽衣を手渡すと、警護する場所に向かった。警護の場所に何事も無く戻れた為だろう、微笑を浮かべていた。その笑みに気が付く者は、見慣れている親だけだろう。
(主様が、現われになられた)
 警護頭は靴音が聞え畏まった。この奥の扉は食室で扉は二個あるが、入り口と出口用だ。使用出来る者は二人だけだ。春奈様と、この地を治める最高権力者だけだ。足音は、段々近づいてくる。そして、信じられない事が、それは、自分の目の前で足音が止まったのだ。
「警護頭、何所に行っていた。ん。良い事があったか、お前でも喜びが顔に表れるのだな。今回は珍しい顔が見られたとして許すが、次は無いぞ」
 人を殺せる様な鋭い目線を放ちながら言葉を掛けた。警護頭は恭しく面を上げた。その顔を見ると不思議な物を見たように驚き、微笑みを浮かべた。
「はっ」
 声を掛けられると、即座に畏まる為に膝を折ろうとしたが許された。
「良い、良い。そのまま警護を続けろ」
 恐怖に引きつる顔では、親でも心の隅の喜びは感じ取れないはずだが、さすが、この地の最高権力者だ。顔色で心の隅々を見抜かなければ治められないのだろう。再度許しの言葉を掛けると、娘の部屋に向かった。
「春奈入るぞ」
「父様、何の御用ですか」
 怒りを感じている為に扉越しに声上げた。
「春奈よ。まだ泣いていたのか、二人だけで食事をしないか」
 自分で扉を開けて、娘の元に向かい、頭を触ろうとした時に言葉を掛けた。
「私の部屋に来たのは初めてですね。此処まで来て結婚を勧めに来たのですか、理由を聞かして頂ければ命令と思い従います」
「理由など無い」
 娘に命令と言われて大声を上げた。娘は、父の顔を見ると涙が次から次に溢れ出た。
「あっ、わっ、悪かった。大声を上げて悪かった。理由は本当に無いのだぞ。お前に普通の女性のように、お洒落や会話をしながら食事を楽しんで欲しいだけだ。巫女など辞めて、笑顔の溢れる生活をして欲しいと思っているだけだ。理由など無いのだぞ」
 春奈の涙が止まるまで、笑みを浮かべ、出来る限りに優しく言葉を掛けた。
「何故、礼なのです」
「お前に似ているからだ」
「・・・・・」
 春奈は意味が分からず言葉を詰まらせた。
「言い方が悪かった。嘘が付けず、直ぐに顔や仕草に出てしまう。お前のように嘘を言う必要が無かったのだろう。違う意味で、お前と同じに世間知らず。そう言う意味だ」 
 真剣な表情だが、声は優しい口調のまま話しを続けた。
「結婚をして巫女を止める事でなくて、ただ、巫女を止めて普通に暮らす事は行けないのですか」
 父の言葉が止むと直ぐに問うた。
「今は、私が要るから良いが、私が死んだ時に女一人では何も残せない。結婚をして婦人となれば理由を作れるからだ」
「父様は体が悪いのですか」
 父の話の途中で遮り問うた。
「いや。どこも悪くは無いが、お前くらいの女性が子と楽しく暮らす姿を見ると、私も見たくなった。私が思うのだから、お前も感じていると思い相手を探したが、巫女を辞めたくないのか、だが、私が死ねば強制的に辞める事になるのは確かだぞ」
 春奈の言葉を待った。
「父様。普通の暮らしをして見たいと思いますが、礼では、心が躍る気持ちになりません」 
「心の中に思う人がいると言う事か?」
 春奈のコロコロ変わる顔色や仕草を見ていると、作り笑いでなく無邪気な子供のような笑みを浮かべてしまう。
「あのう、すみません。何て言えば良いのか、礼を見ても楽しみたい事が想像できないのです。想像ができなければ父様が思っている。楽しい笑みが溢れる生活はできません。そう言う事です」
「喜ぶと思ったが、嫌か。礼だが、知る限りの女性には評判は良いと聞いたのだがなあ」
 娘の為に、自分の考えを要れずに、知る限りの女性の考えを聞いていた。
「礼のような軟弱な人でなくて一番強い人と結婚したいです。それで父様にお願いがあります。人を集めるだけ集めて一番強い人と結婚したいと思います」
 春奈は警護頭が勝つと考えていた。噂で、賭け試合では上位三人が常に同じ為に、賭け試合が暫く行なわれていないと聞いたからだ。それに、警護頭は思う人がいるらしい。残り二人は結婚をしている為に、誰が勝っても結婚しなくて済む。そう考えていた。
「春奈は、それで良いのだな。礼のように嫌とは言えないのだぞ。もし、それで礼が勝ったらどうするのだ。礼は、あれでも強いぞ」
「えっ」
 春奈は、礼の見た目と違いに驚いた。
「お前は世間を知らな過ぎる。結婚は保留にする。周りの人々の話を聞いて見ろ」
 娘に失望した。
「父様。世間を知るために、輪様と旅をする事をお許し下さい」
「結婚を保留にしたはずだが、何が気に入らないのだ」
 怒りよりも悲しみが感じられた。
「私は、今気付きました。結婚をすれば、国を治めるか、連れ合いの補助をしなければならないはず。私は人の上に立つ運命です。それならば、世間を知らなければ行けないと気が付いたのです」
 そう話したが、心の中では、輪様たちと共にいれば、幼い時のような喜びが感じられる。春奈は初めて嘘を付いた。悪魔の囁きを聞いてしまい。一瞬だが、魂が奪われた様な笑みを浮かべた。その時に、左手の小指に痛みを感じた。声を上げる程ではないが、小指の皮膚の切れる感覚だった。自分では気が付かないが悪魔に魅入られて、運命の歯車を狂わせられた者だけが、気が付く痛みだ。
「分かった。お前の連れ合い候補で一番近い礼が、供を承知したら考えよう」
「分かりました。それと、巫女頭は明日で辞める事にします。次の巫女頭は、修練頭が適任だと考えます。それ以上の役職だと我らの血族です。使命すれば承諾するでしょう。後々問題が起こる可能性があると思います。明日の夕方までに総ての巫女と話し合って決めますが、恐らく修練頭に決まると思いますが、父様が最終の決定を決めて下さい」 
 巫女の時は、何かを伝える時には巫女言葉を使っていた。父に失礼と考えたが、説得力があると思い。巫女言葉を口にした。
「そうだな。血族には、それとなく聞く事にする。殆どが、娘可愛さで丁重な断りの便りが届くだろう。決定は、夕方までに警護頭に伝える」
 父は、娘の事は頭の隅に置き。政治の事でも考えているのだろう。上の空で部屋から出て行った。居なくなると、明かりを消し床に入ったが、明日で巫女を辞める。そう思うと心が躍って寝る事が出来なかった。話で聞いた様々な景色を思い。知らない内に夢と重なり、夢の中で楽しんでいた。

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第八章
「ふっ」
 輪は、自分の溜め息で、見惚れていた事に気が付き焚き火に集中した。
「これ位火が付けば、しばらくは消えないだろう。さて魚を捕りに行きますか」
 輪は呟くと、川に向い潜り始めた。
 赤い糸で何十匹も魚を突いていた。傷も付かない事を何度も、何度も。それなら手で捕まえれば良いだろう。それは誰でも思うだろうが、赤い糸で傷が付くものは修正の為に殺さないと行けない。それを探して何度も川から出たり入ったりを繰り返していた。そして、焚き火の所に戻ったのが、何度目なのか覚えていないが、二人は戻ってきて居た。それも、殺気を放ちながら不機嫌そうな症状で輪を待っていたのだ。その理由は、食事だ。落ち着かせる為に、二匹しかないが焼いて食べさせたのだが、満ちるはずも無く不満を高めるだけだった。魚では時間が掛かるので、仕方が無く、鳥を捕まえるからと気持ちを逸らした。だが、信じられない事を言われた。現代人なら当然の事なのだが、輪には考えられない事だった。それは、鳥を食べるのは好きだが、血の一滴、羽一枚も見たくない。そして、鳥が解体された場面を想像も出来ないようにしてくれ。そう言われたのだ。これには、心底から悩んだ。
「さあ。私達も時間を潰しましょう」
 二人は、あれ程、注意されたのに、
川の上を飛び、川の上や底を歩き回り、好き勝手に遊んでいた。輪が、この様子を見ていれば、泣きながら魚や鳥は逃げ出します。と喚くに違いない。そんな、二人は心の底から楽しんでいると感じられたが、秋奈が突然に泣き出しそうな顔色で浮かんで来た。夏美は、秋奈の様子が気になり、近寄ると真っ先に怪我をしていないか、目線で身体を確かめた。怪我がない事に安心したが理由が分からない。出会ってから間もないが、子供のような無邪気な様子しか見た事がなくて心配になり声を掛けた。
「どうしたの」
 秋奈は嬉しかった。気を使われる事は何度も有ったが、今までは顔を青ざめて声を掛けられていた。私が死ぬと思ったのだろう。今は違う。心配して青ざめているが、話し合うだけで解決が出来る。そんな顔色だ。
「私ね。羽衣を外して水浴びをしようと考えていたの。汗を掻いて気持ち悪いでしょう」
「私も思っていたわ。それで?」
「だけど、急に悲しくなったの」
「なんで?」
「今の姿では考えられないと思うけどね。この世界に来る前は、病気で自分の家にも帰れなかったわ。毎日、毎日、いろいろな事を想像しながら病室で過ごしていたの。夏美さん達と会ってからは、楽しくて病気の事は忘れていたわ。本当に忘れて、羽衣で泳ぐ真似をしていたら、川の水を肌で直接感じて見たくなったの。だけど、一人で御風呂も入った事がないのを思い出したら、水が急に怖くなって悲しくなってきたの」
「そぉだったの。そぉーねえ」
 夏美は考える時は、顎に人差し指を付ける事が癖のようだ。だが、今は悩むというよりも、悲しみを隠す顔色から、恐怖を表す顔色に変わり、悪戯を考えている子供のような表情を浮かべた。
(私も幼い頃は水が怖かったわ。今も別の意味で怖いわ。海の水は大丈夫なのよ。川で底が見えないと、川で溺れた友達を思い出すわ。今は、それよりも気を士気しめて、秋奈の笑みを取り戻さなければ行けないわ。確か、遊びながら恐怖を克服したのよ。簡単な遊びなのよ。何の遊びだったかしら。あっ、思い出したわ)
「潜り遊びしましょう」
 夏美は心の底から子供に戻っていた。笑みには邪気が全く感じられずに、逆に癒しが感じられた。もし、秋奈以外に人が居れば、女神と思って癒しを求めたはずだ。
「えっ」
 秋奈は、夏美の笑顔で驚いた。夏美の笑顔を見ると驚きはしたが笑いたくもなった。顔が面白いと言う訳ではなくて、幼児の無邪気の笑顔で心が安らいで、釣られて笑ってしまうようだ。秋奈はその笑顔で総ての悲しみが消えた。
「どの様な遊びなの」
「本当は水に潜るのだけどねえ。水に顔を付けるだけでもいいのよ。そして長く息を止めていられた方が勝なの」
 秋奈の無邪気な笑みを見て安心した。
「分かったわ」
 秋奈は即答した。そして二人は、ほぼ同じに無造作に羽衣を近くの木に掛けた。
「先に汗を流してから始めましょうねえ。あの岩陰なら、輪が来ても見えないわ」
 二人は羽衣とは違い、折り目まで気にして丁寧に衣服を脱ぎ、最後に履物を衣服の重石に置いた。二人は確認の為か、女性の癖か分からないが、同じ仕草で辺りを見渡し、悲鳴のような歓喜のような声を上げて川に入った。
「うわあ。気持ちいい」
「本当に気持いいわねえ。友達が嬉しそうに話していた気持ちが分かるわ」
 始めの内は入浴のようにやや大人しく入っていたが、準備運動の為と思うが突然騒ぎ始める。まるで、二人は幼子に戻ったような感じで、水を掛け合い騒ぎまくった。
「そろそろ始めるわよ」
 二人は騒ぎ疲れたようには感じられないが一瞬沈黙して相手を見た。秋奈の笑みが合図のように、夏美が勝負の掛け声を上げた。夏美は顔だけを付けて競っている内は、秋奈に勝たせていたが、何回目だろう。二人は潜るようになり、夏美は真剣に競い始める。その事が秋奈は嬉しいのだろう。何度も何度も競い合う遊びをしていた。だが、人の気配を感じて、二人は奇声を上げた。
「キャアー」
 秋奈は悲鳴と同時に、聞えた方に振り向いたが、身体は硬直して声を出せなくなった。
「輪さん、よねぇ」
 夏美は震える声で訊ねたが、心の中では輪ではなくて、熊や、この世界の住人なら自分の命に係わるだろう。そう感じて、心の底から輪であってくれと願がったが、心の底の底では、輪なら後で殺す。と、思いもあった。そして、夏美は、声を掛けてから数秒なのだが、長い時間に感じた。再度訊ねたが返事が返らない。何を思ったのか目線を衣服に向けた。一度深い息を吸うと、秋奈に視線を向けたが硬直したままだ。慌てて左右を確かめ衣服のある場所に向かう。その間も何度も辺りを確かめては、秋奈に手を振ったが、目線を向けるだけで動かない。仕方がなく一人で行き、素早く着替えた。終えて手を振ると安心したのだろう。秋奈は硬直が解け、何度も頷いていた。夏美には届かない声を上げ、動き出したが中腰の為だろうか、いや慌てている為だろう。犬掻きとも、潜っているとも思える。そのような格好で進んで来た。二人は、着替え終わると同じに悲鳴を上げたが、夏美は輪を呼ぶ為に、秋奈は羽衣が一つ無くなり、人が居たと思い恐怖で上げた。
「今行きます。今行きますから」
 輪は鳥を捌くのを止め、近くに転がすと、大声を上げながら走り出した。
「アッハハ」
 夏美は安心したのだろう。輪の死に物狂いで来る姿を見て笑い声を上げた。秋奈にも見せようと肩を叩いたが、秋奈の真剣な表情を見て首を傾げる。意味が分からず。幼児に声を掛けるような微笑みを浮かべて訊ねた。
「どうしたの」
「あれ」
 と、声を出して指を指した。
「えっ」
 夏美は意味が分からず視線を向けたが、意味が分かり言葉を失った。
「大丈夫ですか。何が遭ったのです」
 輪は辺りを見回しながら訊ね。秋奈の示す場所を見ると意味が解り気を失いかけた。
「羽衣が、羽衣が」
 秋奈が硬直したままで呟く。
「あーっ、うぁーっ、ぎゃあー」
 輪は気が狂う。そのような声を上げた。
「ごめんなさい。私が悪いの。私が無理を言ったからなの。私が川に入る事しか考えてなくて、無造作に羽衣を置いたのがいけなかったの。人が来たような感じはしたわ。だけど、怖くてどうする事も出来なかった」
 秋奈は、輪が泣き狂う姿を見て、大切な物を貸してくれた。そう感じて、心底から謝罪した。
「謝ってもらっても。私は、これからどうすれば良いのか、考えが思い浮かばない。あれは私の連れ合いに渡す物なのですよ。もし連れ合いが見付かっても、あれが無ければ、月に連れ帰る事も、証明する事も出来ない。私はどうすれば、私は、私は、うぁー」
 輪は、我を忘れて泣き崩れた。
「私は、何をすれば許してくれるの。犯人を見付けるにしても、誰か分からない」
 秋奈は嗚咽を漏らしながら話す為に、何を言っているのか解らなかった。
「あなたは、男でしょう。いい加減にしなさいよ。悩んでも仕方が無い事でしょう」
 秋奈を宥めながら、輪に大声を上げた。
「私は、私は」
 輪の耳には何の音も入らない。ただ自分の世界に入り、訳の解らない事を呟くだけだ。
「秋奈だけが悪い訳ではないの、私の羽衣かもしれないわ。大丈夫だから、私が見つけてくるから、気をしっかり持つのよ。私は出掛けるけど、危険を感じたら逃げるのよ。輪なんか気にしなくて良いからね。良いわね」
 夏美は片方の羽衣を使い飛び上がった。そして、秋奈は、夏美の言葉で気持ちが落ち着いたのだろう。泣くのを止めて、夏美が飛び去る姿を何時までも見続けた。
「このままなら行けるわ」
 無我夢中で飛び上がったが、使い慣れないのだろう。始めは目線と違う方向に飛んでいたが、何回か修正をしている内に、感をつかんだように感じられた。
「人が持ち去るという事は、村が近くに在るはず。まず、それを探すとして、あっああ、羽衣の力を偶然に使って空に浮かんでいるかも、見落とさないようにしなければ行けないわね」
 夏美は枝を踏み台にして飛び跳ねる。まるで、ノミのように飛んでいた。それは前方方向を確認する為と、飛び慣れないからだろう。
「おかしいわね。村らしい所か、一つの家も見付からないわ。それ程、時間は過ぎていないのよ。羽衣を持つ人が居ると思ったのに、どうしよう。何所を捜せばいいの」
 夏美は飛ぶ事に疲れたとは思えないが、飛び跳ねるのを止めて、座るような姿で空に浮かび思案していた。暫くの間その場にいたが、一瞬、光を感じて目線を向けた。
「あっ、いたわ」
 先ほどまでの青白い顔から比べると、別人のような顔色だ。まるで、幸運の女神が取り付いたような輝いた笑顔を浮かべ、目線を向けると同時に行動を起こした。だが、まだ慣れない為と、慌てている為に、真直には進めない。その人物の後を付けるのがやっとだ。羽衣を持ち去った人物は、走る後ろ姿を見ると男だろう。何故、突然姿を現したのか。夏美は気が付いていないが、それは、夏美の飛びながらの行動で、木々のざわめきや枝の折れる音が聞え、何かの獣が現れたか。後を付けられていると思ったのだろう。身の危険を感じて隠れていたが、音が聞こえなくなり。辺りを見回しながら出て来た。それを、夏美が見付け。その人物は、この場所に居る事に恐怖を感じて、少しでも早く逃げる為に、死ぬ気で走っていた。
「このー泥棒―待ちなさいよー待ちなさい。たっ、らぁー待ちなさい」
 夏美は大声を上げるが、勿論、死ぬ気で走っている人に聞えるはずはない。聞こえていたとしても。逃げている者が待つと思えない。それでも、夏美は声を上げないと気が済まなかった。
「もー待ちなさいったらあーもぅー」
 夏美は髪を振り乱して、鬼女のような様子で羽衣を持つ人物を追っているが、顔色には微かな追う楽しみというよりも。捕まえた時の虐待を考えての笑みと感じられた。その頃、秋奈は、輪の姿を見つめていた。夏美の姿が消えてから、ただ立っていても疲れを感じるほどの時間が過ぎた。自分と輪を守る為に、辺りに気を配るのだから疲れを感じているはずだ。その様には見えない。羽衣を盗まれてしまった謝罪の為に、心から出来る事をしたい、そう思っての事だろう。もし輪が、正常な心が少しでも有れば、羽衣の無い秋奈の様子を見て、赤い糸が繋がって無くても、自分の人生を投げ捨て一生守ってあげたい、そう思える様子をしていた。
「お願いです。正気にもどって」
 秋奈は祈るように呟いていると、突然に足下を見回した。手ごろの木を見付けると、ある一点を見詰め続け、震えながら構えた。危険を感じる事があれば、輪に伝えれば良いと思っていたのだろう。秋奈の顔の表情で感じられた。鋭い目線をしている。風で枝の擦れる音が聞こえれば怯えた表情になり。輪に視線を向け、また、鋭い表情に戻る。今の輪の状態では、自分が守らなければならない。そう感じて奮い立てているのだろう。秋奈は、何かが変だと感じた。先ほどまで鳥達の響きの良い声が心を和ましてくれたのに、今は耳を塞ぎたくなる。鳥達が何かを訴えているように感じて気合を入れた。鳥達の囀りが更に激しくなると、輪は痙攣を始めた。特に小指の痙攣が激しい。恐らく、赤い糸が身体全体に痛みを走らせて、強制的に正気を戻させようとしているに違いない。世界の修正をさせる為に、神か、時間世界の意思か、それとも輪の中の、月人としての生命の叫びか分からないが、輪は正常な月人に少しずつ戻り始めた。
「秋奈さん。夏美さんは何所にいます。すみません、聞くまでも無い事でしたね。この様子を見れば分かる事でした」
 輪は突然起き上がり辺りを見回した。肩を竦めると、先ほど捕まえた鳥を捌き始めた。
「輪さん。それよりも、この状態を何とかしなくても良いの」
 そう話し掛けたが、何か変だと感じた。
(まだ正気に戻ってないの。先ほどは森を歩いただけでも(輪に言わせれば像が我を忘れて走り回ったようだ)怒りを現していたわ。それなのに、先ほど以上に酷い状態なのに何も無かったような態度をしているのって、まだ、正気に戻っていないの)
「ねえ、輪さん。聞いていますか、この世界の修正をしないと行けないのでしょう」
 輪が冷静な態度で料理をするのを見て、少し怒りを感じて大声を上げてしまい。恥かしさを隠すように頬を膨らました。
「心配してくれてありがとう。鳥を食べる事も修正の一つです。食べる為に殺したのですから食べなくてはいけないのです。勿論。食べ終わったら、夏美さんを追いかけながら修正をしますよ。それに、早く夏美さんを見付けなければ、飢えて人を襲ったら困ります。あっそうだ。鳥が焼き上がるまでの間ですが、川釣りをやってみませんか」
 輪は、落ち着いているが、羽衣の事を忘れた訳ではない。先ほどの惨状、この場の惨状、これからも酷い事になるはずだ。それは試練と感じていたのだ。普通の修復では収まらないと覚悟を決めたのだ。その為に羽衣が自分の手から離れた。そう感じたのだ。そして、一番の肝心な事は、夏美、秋奈を好きなように行動させない。そう考え、まず秋奈に、食料の確保を兼ねた遊び、釣りを提案した。予想以上に喜んでくれて、輪も真剣に釣り竿を作った。秋奈は無邪気に喜んでくれたから、輪も楽しくなり魚釣りのやり方を細やかに丁寧に教えた。それでも、材料も間に合わせの代理品で作ったので、魚が釣れるとは思えなかった。
「キャアー」
 今聞えた響きには温かみが感じられた。
「まさか、魚が釣れたのか」
 悲鳴の意味がわかるのだろうか。聞えたと同時に手を休め、呟きながら立ち上がる。
 川の方に顔を向けた。その顔色には驚きとも不審とも思える顔色をしていた。
 そう思うのは当然だろう。今、川に向ったのだから、時間にして一本の煙草を吸い終わるか。終わらない位だ。だが、悲鳴は悲鳴だから心配なのだろう。様子を見に行こうとした時に歓喜の声が聞えた。
「見て、見て。釣れましたわ」
 秋奈は釣り糸に魚が繋がれたまま、興奮を隠し切れないほどの喜びで姿を現し、声を張り上げながら駆け寄って来た。その姿を見て、羽衣の件で沈んでいた秋奈が、出会った時のように元気になってくれた。心の底から喜びと同時に、微笑みに見惚れてしまった。
(自分の連れ合いも、秋奈さんのように綺麗な満面の笑みを浮かべる人ならいいな)
「こんな短時間で釣るなんて、秋奈さんは天才ですよ。そんな大きな魚を釣り揚げるなんて、初めてと言うのは嘘ではないですか。普通は糸が切れて逃げられますよ」
 輪は自分の事のように喜びの声を上げた。
「クラスの男が見舞いに来てくれた時に、何度も話を聞いていましたから、釣り上げる時が肝心で、一番わくわくする時だからって、本当に嬉しそうに身振り手振りで教えてくれたわ。その通りにして見たの。釣りって本当に楽しいのねえ」
 今の秋奈の姿を見ていると、恐らく話題に上げた男と同じ事をしている事に、気が付いていないだろう。それでも、興奮をした事に恥かしいと感じたのだろうか、無理に隠そうとして真剣な顔を作るが、隠しきれずに顔色に表れていた。
「魚は食べるのでしょう。焼いときますからもう少し釣りを楽しんできますか」
「いいえ。魚の焼き上がるまで見たいわ」
 秋奈の笑みを見ていると、問いの答えは想像出来たが訊ねて見たくなった。私も、父に始めて魚釣りに連れてきてもらい。釣り上げた時は、私も焼き魚を食べたかった。今の秋奈のような様子をしていたのか、そう思うと嬉しいような恥かしいような複雑な気持ちが込み上げてきた。
「焼き上がったのね」
 秋奈は真剣に焼き上がるまでを見続け、満面の笑みを浮かべながら喜びの声を上げた。
「はい。最高の美味と思いますよ」
 秋奈は受け取ると隅々まで見回した。焼き上がりを見ているのか、それとも、何所から食い付こうと考えているようだ。おもむろに口にすると、これ以上の幸せがないと思える祝福の笑みを浮かべた。食べ終わると、満足したのだろう。これからの事を、輪に問いかけた。
「勿論。夏美さんが心配ですから、修正をしながら後を追いますよ」
「そうね。私の原因で本当にごめんなさい」
「そんなに気にしないで、それよりも、羽衣が無いと命に係わります。私から離れないで下さい」
 輪は本当に危険だと知らせる為に、笑み崩し真顔で語った。
「ハイ。分かりましたわ」
 ほんの一瞬、命の危険と言われて我を忘れそうになったが、焼き魚一つ、焼くにも真剣になれる人なら命を預けても問題はないと感じた。
「それでは出かけますか」
 輪は腕時計を見るように赤い糸に視線を向け、導き通りに歩き続ける。と、言うよりも。自然破壊の後を辿っているようだ。辿ってきた中で周りが破壊された姿しか見えない所で、突然に止まり、辺り見回した。秋奈もつられて見回した。(竜巻の痕なのかな)そう思い描き、輪に視線を向けた。真剣な顔で火を熾している。手伝おうとして木々を拾い始めると、真剣な顔で手を振られて、立ち尽くした。
「私が良いと言うまでは、此処で動かず、声も上げないで下さい。良いですか」
「はい」
 秋奈は、鋭い別人のような視線に恐怖を感じて、微かな声になりながら頷いた。その姿を見て安心したのか。輪は落ち葉を両手で掴めるだけ掴むと、大声を上げながら空にばら撒いた。
「空を飛ぶ生物よ、この場所に帰りたまえ」
「地を歩く生物よ、この場所に帰りたまえ」
 今度は落ち葉を掴み地面に撒き散らした。
「その生物に係わる生物達よ、この場所に集り、弱りし生物に力を与えたまえ」 
 今度は、落ち葉を何度も焚き火にくべながら声を上るが、落ち葉が多すぎたのだろう。火種が見えない。輪は気にせずに空を見上げた。
「あっ」
 秋奈は驚き声を上げてしまったが、輪には届かなかったようだ。偶然だろうと秋奈は感じたが、風が吹いたと感じると、煙が盛大に上がる。風が渦を巻きながら煙を巻き上げると、破壊された全体に拡がる姿を見た。終わったのかと思ったが、まだ声を掛けられない。輪の後ろ姿を見続けた。
「我の導き通りに修正したまえ」
 今度は囁きながら木切れをくべた。直ぐに燃え尽きるとは思えないが、何故か、火は勢いを増す。突然虚空に視線を向け頷いた。
「修正したまえ」
 囁きながら枯葉を出鱈目に辺りに撒いた。
「修、正、し、た、ま、え」
 一言ずつゆっくりと気持ちを込めて声を上げる。同じにまた、枯葉を焚き火に投げ込んだ。
 輪は微かな鳥の囀りが聞えると、秋奈に柔らかな口調で言葉を掛けた。
「良いですよ。終わりましたから」
「えっ。修正が終わったの。なによ、焚き火をしただけでしょう。煙は不思議だったけどね。これから修正すると思いましたわ。それなのに、終わったの。そうなのね。ふっふ」
 秋奈は、不満のような表情で、馬鹿にしているようにもとれる感じだ。
「そうですよ。修正のやり方はいろいろ有りますが、今のも、その一つですよ」
 輪は笑みを浮かべながら、問に答えた。
「私は修正すると言うから、てっきり破壊された森を、元の状態に瞬時に戻すと思ったわ」
 秋奈の声色には怒りを感じられた。
「それに近いですよ。このような酷い状態でも。私の言葉で少しずつですが、鳥や動物と昆虫が帰って来てくれました」
「そうなの」
 話された事に感心して周りに耳を傾けた。
「私がした事は、この場所にいた生き物に帰って来るようにお願いしたのです。この場所に生物が居なくなると世界が変わってしまうからです。勿論、植物の芽や枯れそうな植物や怪我をした生物達に、生命力を分けて回復させます。その力は時の流れの自動修正の力ですが、私が生物にお願いをして意志の力を集めなければ働かないのですよ」
 熱弁を振るいながら修正の結果を語った。
「あのね。聞きたい事があるの」
「何ですか」
 輪は興奮していた。修正した事で高揚しているのか。他の場所の修正を考えているのだろうか。それとも、秋奈から賛美を期待して邪な事を考えているのだろうか。まさか(その赤い糸は何です)そう言われる事を期待しているのか。連れ合いは好きか嫌いかでは決められない、赤い糸が見える人だけだ。そう思うのは勝手だが、運命の女神がいたとしても、こんな結末を考えるはずがない。
「何故、声を上げる事や動く事がいけないのです。私は緊張どころか恐怖を感じたのよ」
 秋奈はホットして。思っていた事が自然と声に出たという感じだ。
「それは、すみませんでした。秋奈さんの声で、私の声が途切れて伝わると困るからです。動かないで、と言った事も。今言った事と同じような意味です」
 秋奈の話が期待と違う為か、謝罪する為だろうか。輪は気落ちしていた。
「私だってー。あれが修正なら枯葉や木切れを集められますわー。それよりも、私はがっかりしました。なんなの、私の命が危険かも知れない。どこがなの、危険なんて言うから、気絶するほどの物を見せられるかもしれない。それどころか死ぬほどの事が起きるかもしれない。それなのに焚き火をして、枯葉を撒いて大声を上げるだけですもの。私をからかっています」
 秋奈は、姿や口調からも分かるほどの失望感と言うよりも、邪魔者扱いされた事に腹を立て、不満を解消する為に喚き散らしているようにも感じられた。
「雨乞いや厄払いや祈祷とか、見た事や聞いた事はないですか」 
 秋奈が落ち着くのを待ち、輪は言い訳見たいに話し掛けた。
「無いわよ」
 冷たい笑みを浮かべ、きっぱりと鋭い口調で答えた。
「・・・・・・・・・・」
 輪は何も言う事が出来なかった。輪に見詰められて、自分は悪くないと言いたげに声を掛けた。
「夏美さんを早く見付けに行きましょう」
 輪は何か言い掛けたが止めて、腕時計を見る仕草をして、赤い糸が示す北東の方向に指を差した。
「この方向に進みます」
 秋奈は離れるに当たり、何気無く一瞬、釣竿に目を向け溜め息を吐いた。輪は、その姿を見なかった事にして心の中で思った。(秋奈さん。又作りますよ)二人は黙々と自然破壊の中を捜し歩く、自分で歩く歩数を数えられる位の時間だった。夏美は自然破壊の境目にある。折れた巨木にうな垂れていた。夏美を見付ける事は出来たが、その姿を見ると声を掛ける事を躊躇っていた。一瞬の間の後に、秋奈に視線で物を言われ、うろたえながら声を掛けた。
「あのー夏美さん。何かあったのですか?」
 夏美は顔を上げて何か言い掛けたが、輪の顔を見ると、又、俯いた。
「もしも、羽衣の事でしたら・・・・」
 輪は話しを掛けたが、夏美に遮られた。
「私、浮かれ過ぎていたようね。本当に御免なさい。だけどね。少しは気持ちを分かって欲しいわ。貴方はいろいろな世界に旅なれているのから良いわよ。私達は始めてなのよ。秋奈は、ここに来る前は病気で寝たきりだったと聞いたわ。だから、貴方の力で見付けるのではなくて、私が見付けて風の悪戯だったと伝えたかったの。それなら何も気にしないで楽しんでくれると思ったの。だから真剣に探したわ。それで、羽衣を持ち去った人物を見付けたのよ。だけど、見失ってしまったの」
 又、俯いてしまったが、夏美は気持ちを切り替えたように目線を向けた。
「輪さん。秋奈の物が無くなったと思っているようだけど。違うわ。私のよ、だからね。この世界に居る時くらいは、健康なら出来た事を好きにさせて欲しいの。その為ならなんでも協力しますわ」
 夏美は心の底から済まないと感じているからだろう。話をしながら目線を向けたり、逸らしたりをしていた。
「私も、そのような気持ちは受けました。秋奈さんは全ての物事に喜びを感じて、瞳を輝かせていたのは、そう言う事だったのですか、ねえ、お腹が空きませんか、秋奈さんは釣りが上手いですよ」
 夏美の話で考えを変えた。私の補助の為に二人が来た。それならば、全ての事に納得できる。秋奈や夏美が自然破壊や殺傷したはずなのに修正が簡単に終わるからだ。恐らく、秋奈や夏美の行動の全てが、時の修正の一つになっているのだろう。
「ありがとう。釣った魚を食べて見たいわ」
 何も不安が感じられない満面の笑みで、夏美が答えた。それが合図のように、三人は食事の準備(秋奈と夏美が遊んでいるとしか思えないが)を始めた。
「ガサガサ」
 三人は食事の余韻を楽しんでいた。その時に草木の擦れる音が聞え振り返った。
「此処で何をしています」
 この女性は、焚き火の煙を見て走って来たのだろう。息を切らし、微かだが顔色には人を案じる様子が感じられた。恐らく普段から表情を変えないように努めているのだろう。いや、感情を表す事を忘れたに違いない。顔色からそう思えた。
「なっ、何故、輪様が、この場所に居るの。突然いなくなり心配をしたのですよ」
 焚き火をしている人を見て驚きの声を上げたが、先ほどとは態度が違う。知人だからか、人間味に溢れる、喜びの混じる驚きを表した。
「春奈巫女様こそ。何故ですか」
 輪も、驚きではなく喜びを表した。
「私は巫女ですから当然です。この場所は神様が降りたとされる神聖な場所、私の仕事は、神様が何時お帰りなられても良いように、清潔に保つ仕事があります」
 春奈は不審な顔で答えた。
「そそそそうでしたね」
 忘れては行けない事なのか。慌てていた。
「それより、警備の人々が来ない内に早く離れて、私が後始末をしますから早く立ち去って下さい」
「巫女様。そう言う訳には行きません。山に無断で入った者は調べる規則です」
 春奈が慌てて駆けつけた事や心配顔も、この事を避ける為だった。この男達も焚き火の煙で気が付いたのだろう。
「それでは、輪様と女性の二方は、此方に来て頂きます」
 この男が指を示すと、部下が三人を囲んだ。
「輪様を知っている筈です。私達を助けてくれた人です。その方の連れなら宜しいと思いますが」
 春奈は心配だった。巫女だから、皆は普通に接してくれない事は分かる。特にこの森で、この者達に連れ去れた後は様子が変わり、もう、三人は笑みを見せてくれない。私も幼い時の様に、焚き火の前で、笑みを浮かべながら楽しい話をしたい。
「春奈様。後で話したい事があるのですが」
 警護人が、春奈に退礼をして三人を連れ去ろうとした時に、輪が話し掛けた。
「ハイ。良いですわ」
 春奈はこれほど嬉しい事がない。そう思える笑みで答えた後、感情を表して行けないのだろうか、即座に真顔に戻した。
「ああありがとうございます」
 輪は、何度もしつこい位お辞儀を繰り返して、どもりながら言葉を返した。
「ふうん。輪さんは違うと思っていたのに、このような方が好きなのね。やーねえ、男ってえぇぇ」
 輪の顔と、春奈の胸を交互に見て、夏美は声を掛けた。
(私の方が輪よりも歳は上みたいだし。あれ程胸が大きく無いわ)と、心の中呟いた。
「違います。春奈様に失礼ですよ」
 輪は顔を真っ赤にして、大声を上げて否定した。春奈を馬鹿にされたと思った為か、恋心を抱いているのか、自分でも分からなかった。
「あの時別れた所で、又、待っています」
「なんだぁー。振られたの」
 輪は、春奈の頷きを確認すると、夏美に一瞬鋭い目線を向け、又、何ども頭を下げた。
「それでは、我々は失礼します」
 警護頭は、春奈に退礼を伝えると、部下に鋭い視線の合図を送った。三人を、この場所から強制的に連れ出せ。その合図だ。警護人が向かっている場所は、高さ300~500メートル位の大小の三つ重なる小山の真ん中の山だ。その三山の一つは神が現れたと伝わる現山。そこで、三人がこの世界に現れ破壊した(夏美が殆どだが)山だ。そして、春奈や警護頭に会った山は、神が言葉を告げに来て住まわれると伝わる。来山と言われていた。最後の山は、山の中腹にある洞窟の前で願い事を話すと、神が直接聞いてくれると伝えられている為に、願い事が叶うと思われていた。その為に人々が参拝に来る事から参山と言われていた。その参山の洞窟から願い事も聞こえず、姿も見えない所に、小さい小屋が建てられていたが、別に監視の為ではなかった。お参りに来る人は願いを聞いてくれるのだから、神様が近くに居ると思い、幻聴や幻覚を感じて失神する人が多い為に設けていた。その小屋に三人は連れて来られた。
「我々の仕事は参山の監視以外に、貴方方のような人が理由は別にしても、無断で入り込む人を排除するのが主な仕事です」
 警護頭は連れて来た理由を簡潔に伝えた。
「輪様は祈祷の旅を続けていると伺いましたが、途中ですか。それとも帰りですか」
「祈祷の途中です」
「そうですか、それで、二方の関係を知りたいのですが」
「私の助手ですが、何か問題でも」
 警護頭は慇懃無礼に問い掛けた。輪も同じように簡潔に答える。
「夏美さんと秋奈さんでしたね。巫女様には嘘を言っても、総て考えている事が分かるのですよ。人の心の中が分かるのですから」
「えっ」
 夏奈と秋奈は、警護頭の話しを自分の世界で聞いたのなら笑って聞き流すが、この世界なら有り得ると思い。輪を見たが首が横に振られない。事実と判断した。
「・・・・・」
 警護頭は、一瞬不信な顔をしたが何も言わず、手を扉の方に向けた。その仕草をみて、三人は帰れと判断して小屋を出た。三人が居なくなると、警護頭は椅子に腰掛け溜め息を吐く。先ほど自分が話した春奈の事だ。幼い頃は共に遊んだのだから普通の人だと知っている。だが、役目で話さなければならない事に嫌気がさすのだろう。春奈の力とは、警護頭の脅しの言葉ではない。此処を治める血族が、住人や他国から春奈の血筋は特別だと思わせていた。人の心が読める。神の声が聞ける。神の力を使い天罰を起こせる。と、春奈一人を犠牲に神格化に装い。祭り上げる事で、人々から畏怖される様にしていた。その事で心変わりする人を見ると春奈は心寂しい思いをしているのは、誰も知らないが、する者が疾しい考えをしているとは、春奈は気付いていなかった。それで、三人は、警護頭に開放されて向かった場所は、誰でも入れる。参山の御神体のような老木の近くに居た。三山では、焚き火は禁止されていたが、修正の偶然の結果で薬草などの植物の収穫を元に戻した事で、輪は許されていた。二人の女性は近くの川で釣りを楽しんでいた。輪は、老木に寄りかかりながらそわそわしていた。釣れた時の為に焚き火を焚いて待っているように装うが、視線は川の反対側を見続け、人を待っていると分かる様子だ。五本の枯れ木が炭になる頃に、春奈が現れた。
「輪様。他の方々は、何所に」
 首を傾げながら問うた。
「近くの川で釣りをしていますよ。二人の声が聞えませんか」
 川の方に指を向け、耳に手を当てた。二人のはしゃぎ様子では、魚が逃げて釣れるとは思えないが、二人の嬉しさが自分にも伝わってくるのを感じられた。
「聞えますわ。本当に楽しそうな声ねぇ」
 春奈は、クスリと笑い。輪に微笑みを返した。
「来て頂いて。本当にすみません」
 座ったままだが、礼を返した。春奈は、首を横に振って気にしないでと伝えた。
「あっ、お腹が空いていると思いまして、握り飯を持って来たのですが、食事は済みましたか」
 春奈は、一緒に食べようとして握り飯を持って来たが、川遊びに夢中になっている為に食事は終わったと思ったのだろう。少し悲しげに俯きながら話をしていた。
「まだですよ。握り飯ですか、二人も喜びますよ。此処に着てからは、自分が釣った魚や果物でしたからねえ。二人を呼んできます」
 輪は目を輝かせながら、二人を呼びに川に向かうが、余りの喜びを感じて途中で振り返り、心の中で感じたまま声を上げていた。
「春奈さんも一緒に食べますよねえ」
 今の輪の姿を、誰が見ても告白の呼び出しと感じるだろう。輪の心の中では恋心を感じている。だが、赤い糸が見える事が確認できなければ、月人と言う事も、それに係わる総てを告白する事が出来ない。もし、月人を捨てる気持ちで赤い糸の見えない人に、それが相思相愛だと感じても、時の世界の自動修正の流が、輪の邪魔に入る。自分だけに降りかかるのなら、もう一度試みるだろうが、総てが相手に降り掛かかる。あの時の悲しみを二度と味わいたくなかった。
「お邪魔でないようならば、一緒に食べようと思います」
 春奈は、親しみを込めた呼ばれ方や、父以外の食事は幼い時以来だった。話し方では遠慮しているようだが、嬉しくて頬が熱くなり、身体からも喜びが溢れていた。
「夏美さん。秋奈さん。釣りよりも握り飯を食べませんか。春奈さんが持って来てくれたのですよ」
「えっ、握り飯」
 二人は一瞬、輪の言葉の意味が分からなかった。山の中に居た為に、この世界で米を栽培しているとは思えなかったのだろう。夏美と秋奈は即座に返事をした。その頃の春奈は、焚き火の前で荷物を置くと、落ち着きがなくうろうろしていた。帰ろうか。待っていようか、考えているようだ。春奈には長い時間に感じた。輪が離れてから、一本のタバコを吸う時間も過ぎてないはずだ。それなのに(私、握り飯を置いて帰ろう)春奈は悲しみを堪えたような呟きを吐いた。春奈の心の中では、今までの事が思い出されていた。巫女にされて、山を降りる事を禁じられた事。人々と同じ人と思われない様にする事。人々と山で会うと敬うしく礼をされるが、通り過ぎた後の、緊張からの溜め息や畏怖からくる引きつった顔を見た時だ。父や血族は畏怖や敬いを望んでいた。その為に自分は巫女にされてしまった。そして、今までの事を思うと、輪や二人の連れは隠れて、自分が立ち去るのを待っているに違いない。そう考えて帰ろうとした。ふっと振り返り、三人が喜び溢れた顔で駆けてくる。それに釣られて、春奈は、微笑を浮かべ手を振っていた。
「春奈さん。お待たせしました」
 輪は何度も頭を下げ言葉を口にした。
「美味しそうね」
「これ、春奈様が作ってくれましたの」
 輪が謝罪している時に、二人は籠を開けながら声を上げていた。
「そうです。お口に合うか分かりませんが食べて下されば嬉しいわ」
 春奈の言葉で食べ始めた。食べながら下らない話で盛り上がっていたが、話も尽きろうとした時に、春奈が話を掛けた。
「輪様。お話があると言われましたわ。どの様な話しなのでしょうか」
 首を傾げながら嬉しそうに問うた。
 二人の女性は、その様子を見て悪魔の様な笑みを浮かべた。
「春奈様に謝らないといけない事が」
 輪は俯きながら言葉を詰まらせた。
「何故です」
 春奈は不思議そうに問うた。
「春奈様から頂いたお守りを、失くしてしまいました。本当にすみません」
 輪は何度も頭を下げながら話を続けた。
「それは酷いですわ。あれは亡き母から頂いた物だったのですよ」
 春奈はくすりと笑いながら偽りを言った。
(私が願いを込めて作った鈴です。壊れたか、失ったのなら、輪様の身代わりになってくれたのね)
 本当に楽しそうな笑顔で会話を楽しんでいた。これほど笑った事は幼い時から考えてない。そう感じていたが、輪は俯いている為に気が付いていないはずだ。
「輪ちゃんは何を考えているの。好きな人からの頂き物を失くすなんて」
 夏美は猫撫で声を投げかけた。自分が鈴を踏みつけて壊した事を知っていて、輪を玩具として遊んでいるのなら恐ろしい人だ。
「何を言うのですか、春奈様に失礼です。私は赤い糸が見え、いや、赤い糸が繋がっている人以外は連れ合いになれないのです。私は赤い糸の導きに逆らえませんから」
 輪は感情を剥き出して、全てを言いそうになったが、恥ずかしさと、時の修正の事を思い出して言葉を詰まらした。
「もう、恥ずかしい人ねえ。貴方も良い年でしょう。そんな事子供でも言わないわよ」
「・・・・・・・・・」
 秋奈は恥かしくて、顔を真っ赤にして黙ったまま俯き。夏美は赤い糸と言うだけでも恥かしくて頬を赤らめた。況して、赤い糸が見えるのだから恥かしさを堪えきれずに、輪の背中を叩き続けた。
「赤い糸。それは何です?」
 春奈は真剣な表情で、夏美に尋ねた。
「本当に分からないの?」
 夏美は話の流れで嘘を言っていると思ったが、春奈の真剣な表情を見て問いに答えた。
「簡単に言うとねえ。結ばれる人と人には目に見えない。運命の赤い糸が小指と小指に繋がっている。そう言われているの」
 自分の話で火照りを感じて、頬に手を当て火照りが冷めたと思ったのか、気の所為と思ったのか、一瞬で手を離した。
「目に見えない赤い糸が、小指と小指に」
 春奈は真剣な表情で小指を見ながら、頬を赤らめながら笑みを浮かべた。
(輪様の赤い糸って、私も小指にあるの)
 三人の女性は同時に同じ事を思ったのだろう。輪の指を同時に見詰めた。輪は気付いていないが、想像も出来ない事が起きていた。もしも、運命の女神が存在して哀れに思ってくれたのなら、次ぎのように語るかもしれない。そなたの親や友人が悪いのです。あの亀船で、この世界の均等を崩し過ぎて世界が絡み合ってしまった。その為に歳や育ちは違うが、同じ遺伝子を持つ者をこの世界に連れて来てしまったのです。これを直すには、そなたが行なう普通の修正では直りません。それに、今回は一人の力では直す事は出来ないはず。赤い糸の導きを信じなさい。そう語るだろう。
「何ですか。皆して見詰めて」
 輪の問いで、三人の女性は我に返った。三人は微妙に違うが、ほぼ同じ事を心の中で思い浮かべた。(赤い糸など物語の中だけだわ。今見えているのは目の錯覚よ。いや、本物かな、それにしても不思議よねえ。あれ程目立つのに、皆は何も思わないのかしら。まさか、私だけに見えるの。そんな馬鹿な、おとぎ話のはずよ)
「羽衣が盗まれてしまったのです。名前を言っても解らないと思いますが、夏美さんが肩から掛けている物と同じ物が、盗まれて捜しているのです。あれが無いと世界の修正が出来ずに、この世界に影響を及ぼします。春奈様なら、人とお会いする機会も多いと思いまして、もし見掛けたら教えて下さい」
 本当は告白をしたかったが出来ず。違う話しをする為に顔が痙攣していた。
「修正が出来ないと言いましたわね。又、薬草が取れなくなってしまいますの?」
「その可能性はあります」
 輪は即答した。
「それは早くしなくては成りません。そう思いますが、見た事も聞いた事もありませんわ」
 春奈は悩んでいた。首を傾げて指を額に付けるのが考える時の癖のようだ。
「春奈様。輪様。御連れ方々様失礼します」
 警護頭は、苦い顔で割り込んできた。
「何かありましたのですか」
 皆と楽しい会話の邪魔をされて、誰も気が付かなかったが、春奈は溜め息を吐いた。
「父上様が御呼です。身支度を整えしだいきて欲しいと、だが、巫女姿では無く。そう伝えるように言われました」
 警護頭は理由を知っての苦い顔なのか、それとも、春奈の思いを一生隠し通す為か。
(巫女姿が行けないなんて、何故かしらねえ。嫌な気持ちを感じるわ)
「身なりの整えが終わりしだいお伺いします。そのように伝えて下さい」
 春奈は心の中で呟き、警護頭には心と違う事を言った。 
「畏まりました。そうお伝えします。それでは、これで失礼致します」
 春奈に礼を返し、伝えに向かった。
「輪様。羽衣の事は、私も探してみます。見付かりしだいお知らせしますわ。あっそうそう、鈴の事なら気になさらないで下さい。私が作ったお守りですから又、作って差し上げますわ。何かあれば警護頭に、気難しい顔をしていますが、優しくて頼れる人なのですよ。私は、父の元に行かなくては、それでは、失礼致します」 
 春奈は、輪や彼女達と楽しく過ごした事で、毎日が楽しかった幼い頃を思い出した。特に幼馴染の警護頭の事が、私の知る昔から不機嫌な顔しか記憶になかったが、自分の家族の前でも変わらないだろう。と、遊び仲間の話題にもなっていたが、悪く言う人はいなかった。何か在れば頼りになる人。そう思われ、気持ちの優しい人で相手の心を感じ取り、それとなく力を貸す人だ。とも、思われてもいた。春奈はその時の事を思い出しながら話しをしている為なのか、聞いている相手の心が安らぐような笑顔を浮かべていた。
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第七章
 白い壁、白いカーテンと清潔を考えて汚れが解るような部屋に、輪は現れた。その部屋には一人の女性が寝台に横たわっていた。意識が有るが目は瞑り腕を胸に組んでいた。
「夢の中でも良いですから。残りの命が燃え尽きるほどの恋がして見たい。家族の様子から判断すると、永くは生きらそうに無いようです。夢で良いです。出会いから始まり、看取られるまでの普通の一生を体験したいのです。在る人から聞いた話では、人が死ぬ時は自分の一生を見ると聞きました。嘘で、いいのです。普通の恋を夢で見せて下さい。神様お願いします」
 女性は寝る時に、願いをしていた。今日は心に思うだけでは効き目が無いと思い、自分の耳に声を聞き取れるか分からないほどの声で呟いた。その言葉に導かれたかのように、輪は意識の無いまま女性に倒れこんだと、同時に歪みが現れ、二人を包み込む。女性は体に重さを感じて悲鳴を上げたが、歪みの為に、この世界には響かず。歪みが消えると、二人はこの世界から消えた。二人は、先ほど女性を置いて消えた所に現れたが、女性はまだ気絶したままだ。歪みの一部が地面に付くと同時に歪みが消え。病弱な女性が、自分の世界で上げた悲鳴が、この世界で響いた。
「キャー、何を考えているのよ」
女性は、声を上げると同時に、輪の顔を殴った。今の様子では病弱には思えない。
 輪は、川の渦のような時間の渦に巻き込まれて、この場所に病弱な女性を連れて戻って来たようだ。空を見上げる者がいれば亀船が見える。輪を包んだ時の歪みと同じ光が粒になって、月から亀船までを光の竜巻が横になったように見えた。その亀船は、輪の親たちが乗る船だ。
「ちょっと、起きてえぇ。ちょと、ちょと」
 初めに連れて来られた女性は、今の女性の悲鳴で目を覚ましたが、不安を感じて、輪を起こそうと、何度もゆすったが起きない。一人で一瞬考えたが何も浮かばない。もう一人女性が居たが何を考えているのか。自分が映画の主人公のようだとか訳の解らない事を騒いでいた。頭でも打ったのか。それとも恐怖で狂ったのだろう。相手にしても仕方が無いと思い無視する事にしたが、恐怖と、不安が消えたのでない。必死に輪を起こそうと何でも頬を叩いた。
「早く起きてよ。お願いだからねえ」
 病弱な女性は、女性の悲しい声が聞こえ、女性の元に行き声を掛けた。
「私に何か出来る筈ですわ。これが夢で無いとすると神が私の夢を叶えてくれたのです。信じてくれないと思いますが、私は満足に歩く事も出来なかったのですが、それがこの通りです。私には力があるはずですわ。任せてください」
 この女性は病室の時は気弱で行動的では無いと思っていたが、まるで別人のようだ。病気でなければ何事にも興味を示した。行動的な人になっていたのだろう。女性を安心させるために話したのだろうが、誰が聞いても不安が増すだろう。
「私が触れば起き上がりますわ。任せてくださいねえ」
 女性の願い事は恋がしたいと頼んだはずなのに、何を考えているのか、自分に本当に力が有ると本当に思っているようだ。偶然と思うが触ると、輪の意識が戻った。
「うううっう」
 輪はうめき声を上げ起き上がった。
「此処は」
 輪は辺りを見回し無意識に声が出た。
「あのう、何故、私達は森に居るのでしょうか、此処は何所なのでしょう」
 輪は未だに顔が腫れている為、舌を噛んだような話し方で、女性に自分が解らない事を総て訊いてみた。もう一人の女性にも問いかけようとしたが、体を動かしては納得をして、木の棒を持ち、掛け声を上げて楽しそうにしていた。何が楽しいのか分からないが、聞いてもまともな答えが返らないだろう。それに見た感じ、心配を感じていない。女性の話を聞いてから考える事にした。だが、自分の原因で、二人の女性を連れて、他世界に飛んだのだろう。今まで、この様な事は無かったのだが、まず、二人の女性を安心させなければならない。そう考えた。
「それは、私が聞きたいわよ。気が付くと、貴方が寝ていて、この女性が騒いでいたわ。そうそう、私の家で、貴方の顔を冷やしている時に、貴方の身体が痙攣を起こしたの。それから、何が、どうなったのか、分からないわ」
 女性は首を傾げながら話し出した。
「そうですか。それなら想像が付きますから、何も心配はしないでください」
「話が有ります。私の近くに来て下さい」
 輪は、二人の女性に声を掛けた。
「此処は、貴方達が住んでいた世界ではないでしょう。それで帰る方法ですが、私の話を聞いている途中で、自分の世界に帰れるかもしれません。そして、帰れば夢と思うでしょう。但し、私の話を全て聞いても帰れない時は、少し面倒な事になりますが、話の内容を聞いて約束を守ってくれれば帰れます。良いですか。少し時間が経たなければ分かりませんから、時間を潰しと思って聞いて下さい」
 輪は、二人の女性は不安な顔色だが、恐怖を感じて無いので安心して話しだした。
「始める前に、私は輪(リン)と言います。貴女方の名前を聞きますが、名前以外に家名や国名は言わないで下さい。世界によっては同じ血筋の者だと勘違いする人もいます。もし国名も在って敵と思われても困りますから」
「私は秋奈と言います」
 初めに紹介を始めたのは、元の世界では病弱だった。そう語った人だが、健康そのものだ。
「私は夏美よ」
 落ち着きがなく声を上げた。 
「それでは話します」 
「このまま、この場所で聞くのですか」
 夏美は周りを見ながら話した。
「すみません。帰るには現れた所に居る必要がありますので、此処に居てください」
 輪は、地面に頭を付くと思うほど頭を下げて説明を始めた。
「言いたい事は分かるのですが、早く森から出たいの。蛇や毛虫がいるのかと考えるだけでも駄目なのです。こんな気持ちで話をされても頭に入りませんわ」
 夏美が、落ち着かないで立っていた意味が分かり、輪は、一瞬の間だけ思案した。
「分かりました。それならこれを」
 背中に両手を持って行き、背中を掻く様な仕草をした。「バリ、べり。バリ、べり」と、ガムテープを接がす様な音を上げ、腕を背中から前に持って来た。その手に持つものは、綿菓子をトンボの羽のように伸ばした物のような、透き通るマフラーにも見えた。二人の女性は、暫く輪を見詰めていたが、手に持つ物に視線を移し問いかけた。
「これは何です。虫の羽のように見えますねえ。こんな大きな羽の虫が要れば、だけど」
 二人は、輪の手と顔を交互に見詰めた。
「だけど、ふわふわして温かそうねえ。触っても良いの」
 夏美は声を掛けたが、秋奈は言葉を待たずに手に取ろうとした。
「これを二人で持っていて下さい。虫にも蛇にも咬まれませんから。いろいろな事から貴女達を守ってくれます」
 輪が手に持つ物は生き物では無いが、二人は可愛い猫などを見せられた時のようだ。
「わぁー軟らかい。重さが感じられないわ」
 二人は同じに声を上げた、手に持った瞬間に、身体全体に薄い透明な膜が覆った様に思えた。
 何故、そう感じたか、それは、月光が屈折して見えたからだ。
「うぁー気持ちがいい。雲の上に乗る事が出来たらこんな気持ちよねえ」
「雲と言うよりも。卵の中の方が近いと思うわ。卵の中てこんな感じよ」
 我を忘れて喜び騒ぎだした。そして、宙に浮いた。秋奈は自分で思う様に、雲の寝台に寝ている感じに、夏美は卵型の椅子に座る感じのような、母の胎内にいるような感じで、少し背伸びをしたような格好をしていた。
「これって。何ですのぅ」
「私達は、羽衣と言っています」
 夏美の問いに、輪は即答した。
「羽衣なの。そっ、それなら飛べるの」
「秋奈さん。夏美さん。今浮いている事に気が付いて無いのですか」
 輪は首をかしげた。
「これは浮いていると言うよりも。物に腰掛けていると思うのですが」
 夏美は答えた。
「うん。うん」
 秋奈はもっともだと言うように、首を上下に動かしていた。
「それは、夏美さんが、物に乗ると思ったからです。それは、飛ぶのが目的では無く身体を守る物なのですよ」
 輪は即答したが、自分で考えて話した訳ではなかった。それは輪の体に付いている物。手足の動かし方を聞かれたと同じ事で、羽衣が体から離れて使い方を問われると、今のように声が自然と出たように感じられた。
「卵の中に入りたいなんて考えなかったわ」
 夏美は、人格を疑われたと思ったのだろう。輪を殴り掛かるように感じられた。
「そのような話は良いですから。飛ぶにはどのように使うの」
 秋奈は、夏美と輪の間に入り頼み込んだ。
「空を泳ぐように身体を動かして下さい」
 輪は身体を動かしながら言葉を掛けた。
「こうかしらねえ」
 秋奈は声を上げた。
「そのような感じです」
「待って、私も行きます」
 輪は、何回も同じ言葉で励まし続けた。秋奈が、夏美の背丈を越えると、夏美も同じ行動をした。二人は高さが怖いのか、泳ぐのに疲れたのか、それとも、輪の声が届くまで行けると思ったのだろうか、その高さまで行くと、泳ぐのを止めてしまった。
「ひっ。降りるにはどの様にするの」
 秋奈は一瞬悲鳴を漏らし、助けを求めた。
「何もしなければ降りられます」
 秋奈は、少し前かがみで降りているのを確かめながら、這うように降りてきた。夏美も同じ理由なのだろうか、同じ高さ位になると同じ格好で降りて来た。そして、興奮を表し、惚けていた。
「どうでしたか」
 二人の女性に声を掛けた。
「降りてくる時はねえ。降って来る雪に乗っている感じで良かったわ。昇る時は何て言うかねえ。足の裏は触れている感覚が全く無くて、少し気持ち良かったけど。浮いている感覚が無くて、ただ立って手を動かしている感じで、全然面白く無かったわ」
 夏美が話し、秋奈が愚痴を零した。
「目を瞑っていたら、自分のしている事が馬鹿らしくなって止めると思うわ。それに、あれだけ身体を動かしてあの高さでしょう。これを使って栗の実でも取るとしたら、木を蹴る方が楽かも知れないわねえ」
「栗の実?」
「降りる時は良かったわね。無重力ってあんな感じかも。気持ちよかったわー」
「無重力って、貴女達の科学力は宇宙に行けるのですか?」
 輪は栗の実を知らないのだろう。二人の女性に途中で声を掛けたが、気が付かれないでいた。片方が喋ると頷き。又話して頷き合う始末だ。褒める場面になると、輪を思い出したように視線を向けるが、輪を話の中に入れる事は無い。輪の役目は、二人が嬉しさを隠す為に、背中を叩かれるだけの役目しかなかった。そして、輪は大声を上げたが、それでも、耳を貸さない。そして、赤い糸が回転して異変を知らせている。早く修正してください。そう知らせていた。だが、二人にこれからの事を話さなければ行動に移せなかった。
「咽が渇いたわねえ」
「そうねえ」
 二人は視線を輪に向けずに、声を上げれば給仕が用意する様な態度だった。
「聞こえていないの。咽が渇いたのよぉー」
「咽が渇いたわ」
 二人は当然の要求のように、輪に詰め寄り催促した。
「先ほど飛んだ時に、川が見えませんでしたか?」
 輪は、二人に問いかけたが、何故だか怒りを感じている。その意味が分からなかった。
「川の水を飲めと言うの」
「そんな水を飲んだら病気になるでしょうが、何を考えているのよ」
「なっなななななな」
 夏美は、極度の怒りの為に声を出せず。口を開けたり、閉じたりしていた。その代わりのように、秋菜が答えた。その、理不尽な言葉を聞くと、輪は、精神の安定を保つ為だろう。大声を上げた。そして、二人は、輪の様子を見ると信じられない行動をした。
「いい子ね。いい子ね。良い子だから怒らないでね。良い子だからねえ」
 二人は真剣な表情で正気を疑う言葉を上げながら、輪の頭を撫でた。
(この二人は、この二人、うゎああ。こっお)
 輪は、心に思う事を声に出そうとした。だが、極度の怒りの為に言葉にならず。脳の血管も限度を超えて切れてしまい。輪は、気絶した。
「秋奈のいい子。いい子で頭の傷に触れ、それで気絶したのよ」
「違うわ。夏美が咽を撫でるから息苦しいく、我慢の限界が来て倒れたのよ」
 二人は、輪の背中を叩かないと話せないのか。話題に上げた事を実行するが、撫でるではなくて首が折れる位動かすわ。咽を撫でるではなくて殴りつけていた。この様な事をされれば、死んでいる者も生き返るだろう。
「いい加減にして下さい」
「ごめんなさい」
 二人は心からの謝罪ではない。ただ、驚いて声が出ただけだった。その様子を見た輪は、驚きの仕草が心からの謝罪と思い、それ以上の言葉を飲み込んだ。そして、輪は、二人が話を聞く気持ちなったと思い。地面に腰を下ろした。そして、二人は、輪を上から見下ろすと、顔の痣や傷が増えている事に気が付いて、首を傾げていた。恐らく、記憶がないのだろう。話し疲れたのか、それとも、痣や傷は、自分達が原因と感じたのだろうか、正座をして言葉を待った。
「秋奈さん。夏美さんも、自分の世界に帰りたいと、思っていますよね」
 二人は頷いたが、本心は分からない。輪の顔の表情や目線からは帰らせてやる。と感じられ、恐怖で首を上下に動かしたように感じられた。
「先ほどは、時間が経つと戻れると言いましたが、今まで待っても、帰れないのですから駄目だと思います。貴女方が帰る為には、私が今までして来た事を、遣らなくては帰れそうもないです。ただし、貴女達は何もしないで下さい。理由を言いますから、この世界に私達が入り世界を変えてしまった為に、私達が必要とする世界に変わってしまったのです」
「必要ですってえー」
「やはり、その為に呼ばれたのですのねぇ」
 夏美は悲鳴を上げた。秋奈は嬉しそうに呟き終わると、はしゃぎ回り喜びを表した。
「その事について、今話します。貴女達は宇宙まで行ける文明社会から来た人たちですから、祟りだとか、神隠しと言う誤魔化した言い方はしません。今、私は必要と言いましたが、秋奈さんが思っている事とは違います。そうですねえ。例えば、この木を指に乗せると釣り合いますよね。この木がこの世界と思ってください。そして土が、私と夏美さん。秋奈さんです。付けると釣り合わないですよね。土を取らなければ指から落ちてしまいます。この木は、一秒も待っていられません。その為に私達の代わりに、別の生き物が犠牲になりました。私達はこの世界の住人として、一つの歯車にされたのです」
 二人の女性が話の途中に大声を上げた。
「元の世界に帰れないの」
「私は嫌よ。此処の住人として暮らすなんて絶対に嫌ですわ」
「話の続きはまだあります。この住人に成りたく無いのなら、出来る限り草木を折る事も、虫を殺す事も絶対に駄目です。これ以上世界を壊さないで下さい。この世界が、夏美さん。秋奈さんの住む世界に関係していたら、次元世界の自動修正で、夏美さん。秋奈さんが不必要とされて、存在が出来なくなる恐れもあるのです。まだ、今なら私が修復できます」
「分かりました」
 輪は全てを話し終えると、二人の言葉を待った。秋奈は直ぐに答えてくれたが、夏美は話の間も終わった後も、悩む姿を解いてくれなかった。
(何故、何を悩むのだろう。先ほど、存在出来なくなる。そう言った事だろうか?) 
「それなら、果物を取って食べる事も」
 悩める仕草のまま首だけを動かして、艶っぽい話し方で問い掛けてきた。
「わ、わっ私に言って下さい。私が確認すれば果物くらいは用意しますから」
 輪は、恥かしくなり視線を逸らした。何故、大袈裟に言ったかを忘れているようだ。一時間も経たずに、三人が居る場所が変わり果てた姿になったはず。
「分かりましたわ」
 その時に、二人の女性は悪魔の様な笑みを浮かべた事に、輪は気が付かなかった。
「此処で朝まで休みます。それとも移動しますか。羽衣があれば怖くありませんよね」
「私、本当に咽が渇いていますの。探して下さるのなら一緒に行きますわ」
「私も、それなら良いわよ」
「湧き水が見つかれば休むとして。それでは出かけますか」
 輪は、腕時計を見るみたいに左手を動かして、小指に有る赤い糸に視線を向けた。赤い糸は方位磁石のように北東に向いていた。指を真後ろ北東に向け、二人に声を掛けた。
「行きましょうか。こっちですよ」
 二人は声を返さないが、顔色では不満だと分かる表情をしていた。二人の表情を見て声を掛ける事を止めたが、それでも、後ろに居るか、変な事をしてないか、と何度も振り返り確かめていた。足よりも、首が疲れを訴えるほど歩いた時に、小指に針を刺すような痛みが走り、腕を動かし小指を見た。赤い糸は北東から北に変わっていた。
「何かしませんでしたか。いや、何か起こりませんでしたか?」
 二人が何かをした事は確かだが、追及すれば二人の事だ。理由に関係なく騒ぐだろうと考え、これ以上、この世界を壊されたくない為に言葉を飲み込んだ。
「いいえ。何も」
「少しの間、此処で休んでいて下さい」
「何かありましたの」
「何もありません」
 輪は、早く場から離れたい為に、二人の話を遮ったが、振り向くと顔を青ざめた。
「ねー。何が、あったのよぉー。ねー」
 夏美は枝を振り回しながら呟いた。
「いつ折ったのです。その枝」
 輪は声を震わせながら指差した。
「蜘蛛の巣が有ったからねえ。それで」
「枝を折らないで、そう言いましたよね。勿論、虫も。それだけでも世界は変わってしまう。本当に止めてください。私は直ぐに帰って来ますから、夜も明けた事ですし。この場で何もしないで休んでいて下さい。良いですね。お願いしますよ」
 輪は丁寧な話し方だが、よほど悔しいのだろう。涙を浮かべ、利き腕の拳は震えていた。二人は、輪の気持ちが全く解らない。枝や蜘蛛が世界を狂わす。限度は有ると思うが泣くほどの事なのか。そう、考えたが、輪の姿を見て言葉を飲み込んだ。二人の俯く姿を見て安心して、輪は、修正する為に行動に移った
赤い糸は、この世界の悲鳴(世界の自動修正が効かなくなる事)だ。三人が、この世界に来なければ死ぬはずのない命の悲鳴。それを受けて、修正する場面を見せる。目を開いていても見えるが、画像は透ける為に日常生活も支障はない。例えば手のひら位の幽霊が目の前で劇をすると考えれば近いだろう。輪の目には二つの場面が見えていた。狐が雲雀を襲う場面と、狐が罠に掛かり死ぬ場面が見えていた。この世界に、三人が来なければ、狐は餌を探し周り罠に掛かるはずが、三人の話し声や枝の折る音で、狐は偶然に雲雀を見つけてしまった。修正とは、雲雀を助けて、狐を罠に掛ける。大声を上げれば良いだろう。そう思うだろうが、それだと、森中に騒ぎが広がり雲雀は助かるが、狐も助かってしまう。自然に逃がす為に、動物が獲物に近寄る時に似た。いや、幽霊の様に無音で、糸が示す場所に向かわないとならない。突然に止まり座り込むのだから、目的の場所に着いたのだろう。その場所は、二人からはそれ程離れていない。大声を上げれば聞えるだろうが、木々が邪魔で見えない位の距離にいた。
「枯葉で間に合えば良いが」
 心で思い。枯葉を生き物のように優しく両手で掴めるだけ掴み。拝むように頭上に上げた。風は微風ほども吹いてない。だが、枯葉は一枚一枚が蝶のように舞い上がった。
 時の流れ自身では何も出来ない。だが、自動修正は物などを動かし、事件や物事を大事にする。例えば、焚き火だった物を山火事にする。そして、力を与えられた枯葉は赤い糸の示す方向に飛んで行った。輪は座っていた為に、舞い上がる姿しか見えないが、枯葉は、木々を蝶のように避け。人が見える限界ほどまで飛び。枯れ木の枝に一枚一枚止まった。その枝は、狐と雲雀の直線上の真ん中にある。総ての枯葉が集まると鳥が木から飛び立つ時に似た。いや、少し大げさな音を立てて、枯葉は飛び散った。その音に驚き、雲雀は真上に飛んだ。枯葉は飛び散った後、地面に点々と微かな枯葉の山を作った。修正が終わったのだろうか。だが、輪は、緊張を解いてない。雲雀の羽ばたき音が止むと、枯葉の山々は狐を誘うように、兎が飛び跳ねる足音に似た音を上げた。狐の耳は風の音か獲物かと、確かめるように何度も動かしている。耳を頼りに一歩を踏み出しのだから獲物と考えたのだろう。だが、それ以上動かない。枯葉は狐に向って行く。兎が狐に気が付かないで、向うように。狐は兎と認識したのだろう。隠れようと後ろに数歩下がった時、片方の後ろ足の自由がなくなり悲鳴を上げた。その悲鳴が聞えると緊張を解いた。修正が終わったのだろう。微笑みと同時に溜め息を吐きながら立ち上がった。一歩を踏み出した時に、視線のような殺気を感じて、腕時計を見るように小指の赤い糸を見た。
「考え過ぎか」
と、呟いた。輪は二人が何かをしたと考えたのだろうが、反応は無い。思い過ごしと思い、二人が待っている方向に一歩を踏み出した時だ。輪を呼ぶ大声が聞えた。
「やっと、修正が終わったと言うのに、あいつら」
「何が有りましたの」
「大丈夫ですかー」
「きゃあ。きゃあー蜘蛛よー」
 輪は、嗚咽のような声を吐いて、頭を抱えた。二人は手に棒切れや小石を持ち、大声や悲鳴を上げて輪を捜しているが、その手に持っているのは、輪を助ける為ではなかった。虫が死ぬほど嫌いな為に、虫に石を投げ、棒切れを振り回して蜘蛛の巣を払い退けていた。人を探すというよりも、未開の地に道を広げているようだ。輪は生き物の悲鳴を感じて立ち上がった。
「いましたわよー。此処よ。此処」
「あれ、あれ、何所、何所。居たわ」
 辺りは阿鼻叫喚のような惨状だ。輪は、その惨状を見て、硬直した。
「良かったわ。怪我は無いようねえ」
「木から落ちるような音が聞えたから、貴方が落ちたと思って心配したのよ」
 夏美と秋奈は、輪の元に着くなり同時に言葉を掛けた。輪は問いには答えなかった。声を出せば怒りの言葉しか出ない。だが、ぎりぎりの均等で保っている。この場所が、二人がいれば又、自然を壊すのは間違いない。そして、修正をする羽目になる。自分を殺して一言だけ吐き出した。
「此処から離れます」
 二人に顔を合わせずに歩き出した。
「怒っているみたいね」
「そうみたいね。理由は解らないけどねえ」
 二人は本当に解らないようだ。二人が歩いた後を見れば、自然を愛していない人でも理由は思い付くはずだ。それなのに、今度は、輪の態度に腹を立て、愚痴を言い始めた。
「水まだ見つからないの。ねえ」
「水もだけどねえ。お腹が空きましたわ」
 秋奈も夏美の話に同意した。
「ねえ。聞いているの」
 輪は、夏美の問いに困っていた。水の事など忘れていたからだ。二人が自然を壊した為に、怒りを静めようと歩いていたからだ。それを、二人に正直に言えば、先ほど以上の地獄を見ることになる。あの惨状は森の中を歩いただけで起きた事だ。怒りを現し発散したら、どのようになるか考えたくもない。二人が、話し疲れて悪魔の笑みを作るまでに、回避する方法を考えなければならなかった。
「えっ」
 二人の話し声が途切れ、視線を向けた。
「ふふっ・・・・」
 夏美と秋奈は、輪が死にそうな顔を向けられ、気持ちを解そうとしたのだが、輪には、邪な考えを隠す悪魔のような笑みに感じて、その極限の恐怖の為に、聴覚が鋭く発揮され、聞えるはずのない水が流れる音を聞いた。三人は、その場で耳を澄ました。秋奈は落ち着きが無くなり、二人の手を取ると、二人を急かした。輪は、気が疲れないように左手の赤い糸を見て、水の音がする方向と同じと分かり安心した。
「わああ。川の底まで見られるわね」
「気に入りましたか。魚を獲りますが、焼き魚は食べられますよね」
 秋奈と輪は、川が見えると駆け足で向かったが、夏美は疲れているのか、二人の後をゆっくりと付いてくる。輪は、川に着くと直ぐに火を起こし始めた。秋奈は子供が始めて親に川に連れてこられたように、目を輝かせ川を見ていた。すると夏美が近寄り声を掛けた。
「それで、この水飲めますの?」
「まだ飲んでなかったの。美味しいわよ」
「そうねえ。美味しそうよね。だけど、ずいぶん深そうねえ」 
 夏美の言葉には感情が感じられなかった。それとは逆に、秋奈は落ち着きがない。夏美に水を飲むように勧めたが、確かめもせずに、輪の元に向かい嬉しそうな声を上げた。
「釣竿は作るのよねえ」
「いいえ。潜って捕まえます」
「そうなの」
 輪の言葉で一瞬悲しそうな表情をする。それを心配したのか、夏美が近寄って来た。
「美味しかったでしょう」
 秋奈は微笑みを浮かべ問うた。
「水が怖いのですね。大丈夫ですよ。羽衣は自分が危険と思うものは避けますから、試しに、水に入ってきて見てはどうです。私は、その間に魚を捕まえますから。ゆっくりと遊んできて下さい。私の方も、三人分は時間が掛かると思いますからね」
「輪さん。あのねえ」 
 秋奈は恥ずかしいのだろう。顔を赤くして、輪に声を掛けたが伝わらない。手を伸ばし中指で輪の肩を叩き。自分に振り向かした。
「なっ、何ですか」
 輪は少し驚き振り向いた。
「今までに一度も泳いだ事ないの、それで泳ぎ方を教えてくれませんか」
 輪は、秋菜に頼まれたが、自分も泳ぎが得意でない為に、羽衣を使用すれば、息をしながら底を歩けると話した。だが、何故か、秋菜は悲しみの表情を表した。その理由は、自分にあると思い、どうしたら笑みを浮かべてくれるかと考えていた。だが、そうではなかった。秋奈は、本当の自分が思い出されたからだ。この世界では健康だが、生まれた世界では病院暮らしで、学校には行けない日の方が多かった。そして、輪の話し方や顔色が、時々見舞いに来てくれる友人と全く同じで、腫れ物に触るような態度と感じたからだ。
「あっ」
「早く行きましょう」
 秋奈は、突然に左手に温もりを感じて、後ろを振り返った。それは、夏美が、秋奈を元気付けようと、川遊びに誘う為に手を握ったのだ。
「飛び上がる事や水の上を歩く事はしないで下さいよ。お願いしますよ」
 秋奈は、満面の笑み浮かべ、喜びに満ちた声を上げた。川に行く事よりも、その温もりを放したくないのだろう。逆に手を引き催促をしていた。輪の声は届いているはず。だが、返事は返って来なかったが、輪は始めて、笑顔と殺気を感じる微笑みの違いに気が付き、その笑顔を見ていると、秋奈が可愛いと感じて姿が見えなくなるまで見続けた。
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物語を書いて五年になりましたが、私は「左手の赤い感覚器官(赤い糸)と「蜉蝣(カゲロウ)の羽(背中にある(羽衣)の 夢の物語が完成するまで書き続ける気持ちです。
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