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第九章
 常磐新一とシロは、何故、森の中で倒れていたのか、それは、真が、七人の女性と別れたの頃に理由があった。時間は、朝の八時五分だ。新一は、普段のように家を出ようとしていた。
「新一さん、おはよう」
 同級生の女の子が玄関の前で待っていた。
「げぇ。初音(はつね)ちゃん。何故、居るの?」
「えっ、学校行くでしょう。一緒に行こうかと思ったの」
「でも、突然、どうして」
「父が、警護人を増やしてくれて、歩いて登校を許してくれたからなの」
「ニャァ、ニャアァ」
 シロも主人が玄関から出てくると、塀の上から鳴き声を上げた。おはよう。と呼んでいるのだろうか、遅刻するよ。早く行こう。と言っているようにも思えた。それは、幼稚園から小学生、中学、高校と、シロが登下校の見送りをしていたからだ。幼稚園の時なら頼もしかったと思うが、最近では、嬉しいような恥ずかしい気持ちを感じていた。
「シロちゃん。もう、見送りはしなくていいの。私がするからね」
 意味が分からないのだろう。シロは、主人を見続けていた。
「ねえ、初音ちゃん。周りに居る人達も一緒に来るの?」
 初音の周りには、三十人の強面の男が警護として来ていた。警護とは驚くだろう。裕福な家の子供と思うはずだ。それなら、何故、車で送り向かいしないのか。誰でも、そう思うはずだ。確かに、新一と出会う前は、車で登下校をしていた。新一との出会いの当時、猫の付き添いで学校に来るのは、昔でも今でも有名だった。まあ、新一と初音の出会いの話しは機会が合ったら話すとして、勿論、初音は、一緒に登下校したくて、新一を車に乗せようとしたのだ。だが、猫が引っ掻き騒ぐので車に乗せる事が出来なかった。それで、歩いて登下校したい。そう、両親に頼んだが許してもらえなかったが、何度も頼んで、やっと許して貰えたのだ。そして、初音は、朝、一緒に登校しようと嬉しそうに出迎えたのだ。
「父に、警護は要らないって言ったのよ。だけどね。それだけは許してくれなかったの」
と、話をしていると、シロが塀から下り、新一の足元に絡み付いた。時間だと教えているのだろう。その様子を見て、警護の一人が腕時計を見て声を上げた。
「お嬢様。そろそろ行かなければ、遅刻になります」
「そう分かったわ」
 初音は、新一の手を取り歩こうとした。だが、シロは、初音に対してなのか、時間だと教えているのだろうか、一声の怒りの声を上げた。
「シロ。分かったよ。今行くから絡み付いたら歩けないよ」
 シロには意味が分かったのだろう。道を教えるように先頭を歩き出した。家から、それ程に離れていなく、初めての曲がり角を曲がった時だ。シロは後ろを振り向いた。主人が後を着いてきているのかと、確かめようとしたのだろう。
「ニャ~」
「本当に頭が良い猫ねぇ」
「ねぇ、初音ちゃん。腕を組まなくても歩けるよ」
 シロは、悲しそうに鳴き声を上げた。主人は直ぐに、初音と腕を組み現れたからだ。シロには、その様子が楽しそうに感じたのだろう。初音と会う前は、主人が名前を呼び、シロが逃げて困らせる。そのように遊びながら登下校していたのだ。まあ、新一に言わせれば、「猫の付き人が居ないと外も歩けないのねぇ」と近所の人に笑われたから捕まえて抱っこしようとしたのだ。それなら、新一が猫を守っていると子供心に思っての行動だった。それに、今の初音の場合も、無理に腕の組を外そうとしたら警護をする人が鋭い視線を向けられて嫌々だったのを猫が分かるはずもなかった。
「離れたら危ないわ。これからは、シロの代わりに私が守るって決めたの」
「えっええ、そんな事をしなくてもいいって」
「ニャ~」
 シロは「遅いよ」とでも鳴いたのだろうが、新一にも初音にも聞えていない。新一が猫の鳴き声を無視するなど、今までには無かった事だ。それに、驚いたのだろうか、シロも今までに無い行動をした。主人が気づくまで、その場で待つと考えたのだろう。だが、シロに気が付かずに通り過ぎてしまった。その事で悲しかったのだろうか、人では嗚咽のような咳で苦しむ。そのような感じを表した。その息苦しさが聞えたのだろうか、それとも、前に居るはずのシロに助けも求めるつもりだったのだろう。だが、視線には居なかった。直ぐに後ろを振り向いた。そして、シロの容体を確かめに向った。
「フッゴウ。フッゴウ。フッゴウ」
「シロ大丈夫か、どこか痛いのか?」
と、シロの背中を苦しみが癒えるように何度も何度も撫でた。その気持ちが伝わり、痛みが治まったのだろう。呼吸が少しずつ整ってきた。
「シロ、大丈夫か?」
「ニ~ァニャ~」
「良かった。大丈夫なんだなぁ」
「ニャァ」
「新一さん。シロは、私の警護の者に任せて学校に行きましょう。遅刻しちゃうわ」
「でも、あの、でも」
 初音は、一人の警護人を、その場に残る指示を与えると、新一の腕を掴みながら歩きだした。それでも、新一は抵抗するが、他の警護人から説得の声や殺意の視線を向けられ渋々と歩き出した。だが、心配になり警護人の人だかりの隙間から後ろを見た。すると、シロを托された者の手からシロが逃げるのを見た。
「シロ、どこに行く~ぅ」
 新一は、シロの事だけを思ったからだろう。普段の時には考えらない力を出して、警護人、そして、初音の手から逃げて、シロを追った。
「シロ、シ~ロ~、おいで、シロ、病院に行こう。シロ、おいで、おいで」
 シロは、主の声が聞こえているはず。それでも、足を止めようとしなかった。
「新一さん。どこ行くの。遅刻するわよ」
「初音様。これ以上、この場に居れば本当に遅刻します。もし、今の事を聞いてくれないのでしたら、抱えても学校に行って頂きます」
「でっでも」
「どうしても、時間までに学校に行って頂きます」
「むむむ、私に指示をするのですね。頭に来ました。私は、今日は休みます」
「許す事が出来ません」
「なら、学校に行って欲しいなら、シロを探すのを手伝いなさい。シロの容体が何でも無いと分かったら学校に行きます。それか、病院に連れて行くだけでも良いのです。安心すれば、新一も学校に行くはずだから、私も一緒に行きます」
「仕方がありません。無理やり学校に連れて行ったとしても、途中で抜け出して誘拐されては困ります。その、指示に従って猫を探しましょう。ですが、警護の者から離れないと約束だけは守って頂きますぞ」
 これ程までの真剣な警護は、確かに、可なりの資産家なのだから誘拐を心配するのは分かる。だが、それだけでなかった。初音の父の代で莫大な資産を作った為に、勿論、怨みを感じる者いるだろう。だが、一番の恐れがあったのだ。父の代で解散はしたが、代々やくざの家系で、まだ、祖父が手打ち式や相談役としての力があり、その為に、一人の孫娘に組の再興を考えている。そう思われ、初音の命を狙う者が居たからだった。
「約束は守る。早く探しに行きなさい」
「必ず探し出します。お待ちください」
 初音の言葉で、二十人の警護人が散り、残りの十人が初音を囲むように歩き出した。そして、一時間位の時間が過ぎると、探しに出た全ての者が帰ってきた。だが、何かを隠すような態度を表したのだが、「探し出す事が出来ませんでした」その言葉しか吐かないのだ。初音は、納得するはずもなく、何度も問うが同じ言葉を吐くだけだ。それで、再度、探しに行けと言うが、それも、拒否をされて怒りを爆発する時だった。
「シャー」
と、猫が威嚇する時の鳴き声が響いた。恐らく、シロが威嚇しているはずだ。何故だろう。近くに居るのなら新一と一緒のはずだ。シロに何か遭ったのか、それとも、新一に何か遭って、守る為に戦おうとしているのか、初音は、不審を感じて、その場に向おうとしたが、警護する者に止められた。
「お嬢様、行ってはなりません」
「如何してなのだ。何か隠しているのは分かる。それを、答えないのなら一人でも向うぞ」
 初音は、怒りの為だろうか、それとも、猫と同じように男性のような言葉で威嚇を表しているのだろう。その怒りが伝わったのか、それとも、止めても止めなくても同じように怒りを感じるのなら見せた方が、初音の気持ちが落ちつくと感じたに違いない。
「んっ・・・・・・・?」
 三十人の警護人は、ある方向に進ませるように囲いを解いた。そして、初音は、猫の鳴き声を辿るように歩きだした。それは、数十歩くらいだろう。
「し・ん。何をしているの?」
 初音でなくても驚くはずだ。自分の命よりも大事な猫が、主人を助けるように威嚇をしているのに、新一は、七人の女性に囲まれ喜んでいるとしか思えないからだ。まあ、新一に言わせると、絶世の美女と思える七人に囲まれ膠着しているのだが、それを、初音に分かれとは無理だろう。勿論、分かるはずもなく、問いにも答えないのだから何も見なかったかのように元に居た場所に戻って行った。
「お嬢様?」
「荒井(あらい)、武器を用意しなさい」
「武器・・・・・・?」
「そう、武器を用意しなさい」
「新一様と会ったのでは、まさか、他の組みの者?」
「威嚇する程度の武器で構わない。直ぐに用意しなさい」
「それでしたら、弓で、矢尻に吸盤を付けてみては、どうでしょうか?」
「それを、直ぐに用意しなさい」
「畏まりました」
と、初音に礼を返すと、直ぐに部下に視線を向けた。
「辰(たつ)、直ぐに用意しろ」
「どの位の時間で用意が出来るの?」
「私の娘が弓道をしていますので、三十分もあれば、自宅から帰ってこられます」
「分かりました。この場で待ちます」
 この時、時間は朝の八時三十五分だった。
 最下部の十章をクリックしてください。

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第八章
 今日子の家は、代々の洞窟を守る家系だ。旧国道沿いに神社の社は在るが、母屋の陰で見えない。鳥居が無ければ離れの部屋か蔵と思うに違いない。その母屋から女性七人が笑いながら出てきた。その上空に魂だけの真が浮いていた。だが、下を見るのでなく珍しい物でも見るように辺りをキョロキョロ見回している。それも、そうだろう。先ほどは、無我夢中で転生した身体を捜す為に上空に上っただけだ。そして、地の果てまで建物が立ち並んでいると感じたのだ。その気持ちでは他の人工物など目に入るはずもなかった。
「凄い、何処を見ても人工物しかない。それに、想像が出来ない物まである。本当に凄い文明だぁ。どの位の月日が流れたのだろう。うぉおおおおお」
 真は、辺りを見て感心していた。そして、男性だからだろうか、ある物を見て興奮を表した。恐らく、女性の裸体の絵だろう。映画の看板のはずだ。勿論、真の様子など分かるはずもなく、七人の女性は、目的の場所に歩き続けた。
「まあ、転生した七人の女性達は昼に帰って来るのだし、この文明の進歩した姿を見物でもしてみるかぁ。もし、子孫が間違った文化を進むのなら修正するように教えなければならない。それが、魂だけになったが始祖の役目に違いないはずだ。そして、転生した時の最初の仕事になるはずだからなぁ」
と、呟いた。まあ、視線はある場所に釘付けで、表情からは欲望しか表れてなかった。その呟きは、七人の女性が見えなくなるまで呟き続けた。もしかすると、自分と同じように姫達の魂が、七人の身体に存在していると思っているからだろうか。
「これは、文明の資料だ」
 七人が視線から消えても呟くのだ。それほど、転生前の七人の女性が怖いのだろうか、それとも、女性が怖いのだろうか。まあ、それは良いとして、真は、欲望のまま映画館に入って行った。この状態では昼に、七人の女性と合流する事は出来るはずがない。母屋に帰らなければならないと気が付き、外に出て見ると夕方になっていた。そして、慌てて母屋に向ったが女性達は居なかった。
「仕方が無い。自分で探すしかないかぁ。歩きで行けると言っていた。確か、北東の方向と言っていたはずだ。向ってみるか、駄目な時は、その時に考えるしかない」
 真は、急いで向かっているのだろう。だが、魂だけなのだ。ふわふわと幽霊のように飛んで行った。時々、興味を感じる物があると視線を向ける。誘惑に負ける時もあるが、それでも、目的の方向に向って行った。
「ん・・・・・?」
 また、興味を感じた物でもあったのだろうか、突然に進むのを止めた。だが、辺りを見回していた。興味を感じたのでなく、何かが耳に入り探しているように思えた。
「ん・・・・・助けを求めているのかぁ。だが、聞き取り難い。方言か?」
 ある一言だけが聞え悩んでいた。それでも、聞えて来た方向が北東の方向だった為に向う事に決めた。時間にして二〇分くらい過ぎた。距離は分からないが近づいて来たからだろうか、聞えて来る言葉が多くなってきたのだろう。進まずに耳を傾けるのが多くなってきた。だが、助けを求めるような人は居ない。それでも、進み続けた。その時・・・。
「小さい主様(ちいさいあるじさま)。助けに向います。もう少し待っていてください」
と、真の耳に確りと言葉として聞えてきた。その言葉以外も聞こうとして意識を集中した。そして、相手にも聞えるのかと、祈りながら大声を上げた。
「おお、わしの言葉が聞えるか?」
「聞えます。もしかして、貴方様は、私の上空に居る人ですか?」
「ん・・・・・・・下?」
 下を向いたが、想像を描くような男性は存在しなかった。
「そうです。下です。貴方様は、幽霊なのですか、それとも、猫神様(ねこかみさま)ですか?」
「猫・・・・・・・猫神?」
「話をしている時間が無いのです。猫神様なら、お願いですから力を貸してください。私は、動けないのです。お願いですから小さい主様を助けてください。もし、力を貸してくれるなら動けるようにしてください。私が助けに向います。お願いします。お願いします」
「猫?」
 真は、下を見た。草木に隠れ猫が苦しそうに横になっていた。外見からは分からないが、もしかすると、可なり歳を取った猫かもしれない。
「俺の下にいる。猫なのか?」
「私は猫です。お願いですから小さい主様を助けて下さい」
「俺には何も出来ない。それでも、もしかすると、お前の身体に入れば、前と同じように身体が動くかもしれない。だが、痛みがあるかも、そして、記憶が無くなる可能性もある。それでも、良いのか?」
「痛みなら常にある。もう歳だから身体が悲鳴を上げているのでしょう。別の所の痛みが増えても気にはしない。記憶が無くなるのは困りますが、小さい主様の為なら問題は無いので頼みます」
「そうかぁ」
「はい」
 猫の必死の頼みに渋々だが答えようとした。
「もう一度、確かめる為に聞くぞ。もし、身体に入った同時に死んでも良いのだな」
「はい、構いません。このまま何もしないで死ぬよりましです」
 真は、猫が承諾すると、ゆっくり、ゆっくりと下に向った。そして、猫の身体に少しずつ、猫の身体を労わるように融合していった。完全に融合すると、真の意識に、今まで生きて来た。猫の思い出が、走馬灯のように見えた。猫は二十年も生きて来た。小さい主の両親は子供が出来なかったので、猫を飼ったのだった。それでも、猫が三歳目の誕生日が過ぎた頃に待望の子供が生まれた。それが、小さい主様と叫んでいた者だ。その子を助けるのだろう。その子供は赤子の頃から何を見ても、些細な音でも怖がる子供だった。だが、何故か、猫の尻尾が好きで掴むと安心して寝る赤子だった。それだからだろう。小さい主の両親は、猫を信じて、赤子と猫だけで留守を任せる事が多かった。猫も自分の子供と思っていたのだろう。そのお蔭で、両親が留守でも赤子の鳴き声は家の外にも中にも響く事がなかった。赤子は、猫を、赤子の玩具のガラガラと思っていたのだろう。猫は、その気持ちに答えるように尻尾を左右に振り、掴めるなら掴んでごらんと、猫も遊び気分でしていたのだ。それでも、長い間、尻尾を掴む事が出来ないと泣くので、時々、故意に?まえさせてやっていた。勿論、猫の痛みの感覚があるので悲鳴をあげていた。その様子が近所に人達に分かるはずもなく、何故、赤子が泣かずに猫の鳴き声だけが響くのかと、驚く人も居た程だった。
「それ程まで思っていたのか、なら力を貸そう。必ず助けよう」
「ありがとう御座います」
 猫の二十年の思い出は、一瞬の間で真に伝わった。猫の心底からの思いを感じたからか、それとも、猫の体質に合ったからか、痛みは感じたが記憶と自我は残る事が出来た。猫は敏捷な動きで起き上がり、小さい主が居る場所に向った。
[小さい主様。今、助けに行きます」
と、泣き叫んだ。そして、小さい主の様子を見ると、真は不審と驚きを感じるのだ。
「命の危機でなかったのか?」
「小さい主様の危機です」
「口から泡を吹いているが怪我もないようだぞ?」
「小さい主様は潔癖症で、虫なども死ぬほど嫌いなのです。家に居る時も、外出する時も、私が先頭を歩き、蜘蛛の巣などを払うのが、私の役目なのです。それでも、最近は、小さい主様の運命の相手に出会い。私の役目を終わりと思い、自分の死を隠す為に旅に行こうとしていたのです。その時に、小さい主様の悲鳴が聞えたのですよ」
「そうか、なら如何するのだ?」
「何でしょうか?」
「思いは遂げたと感じたのだが?」
「猫神様の許しがあるのでしたら、命が有る限り、小さい主様の助けになりたいのです」
「そうか、良いぞ。だが、私の身体、いや、転生した身体を見つけるまでになるが、それでも、良いのか。恐らく、俺が身体から出ると命が尽きるかもしれないぞ」
「それまでの命でも構いません」
「そうか、分かった」
「ありがとう御座います」
と、思いを告げながら尻尾で、小さい主の顔や頭に付いている蜘蛛の巣を払っていた。そして、真の許しを貰えると、また、尻尾で服の汚れを落とし終わると、顔の汚れを舐めた。猫の舌はザラザラの舌だから痛いのだろう。男性は直ぐに目を覚ました。
「シロ、シロ。探したのだぞ」
 気が付くと直ぐに猫を抱え、涙を浮かべながら喜びを表した。小さい主の言葉に答えるように猫はゴロゴロと喉を鳴らして、ちいさい主に思いを伝えた。
「シロと言うのか、シロよ。俺は、そろそろ、転生した身体を捜しに行かなければならない。それでだ、北東の方向に進みたいのだが、行動してくれるなぁ」
「う・・・・・でも、小さい主様を、この場に置いて行けない」
「自宅に帰したらどうだ」
「それしかないですね」
 シロは、虚空を見て鳴いていた。シロは、真と話をしているのだが、人から見ると何もない方向を向いて鳴いているのだ。その姿を見て、猫の主人は恐怖を感じていた。
「シロ、シロ。如何した。何か居るのか?」
 その言葉が分かったのだろう。振り向いて、一声だけ鳴くと歩き出した。
「シロ、シロ、家に帰るのだよね?」
 シロは、主人が話し続けても家の方向に歩き続ける。それでも、声が聞こえ無くなると、後ろを振り向き、後に付いて来ているのかと確認していた。主人は、猫の名前を呼んでも自分に向って来ない。それが悲しいのか、それとも、夕方の暗い森が怖いのだろうか、猫の後を泣きながら歩き続けた。だが、森から出て住宅街に来ると、何故か泣き止んだ。恐怖を感じる不気味な森を出たからだろうか、人工物が密集して虫も居ないから安心したのだろうか、本当の理由は、極度の自尊心の固まりだった。突然に恥ずかしい気持ちが心を満たしていた。この男性は、幼いように見えるが、歳は、十五歳になっている。名前は、常磐(ときわ)新一(しんいち)と言う。一人の時、特に恐怖を感じる時は幼児に戻る。だが、人、得に女性の視線を感じると痩せ我慢をする性格だった。その性格が分かるから、猫も、運命の相手と結ばれるまで陰ながら手助けをする考えなのだ。この猫と男性の関係や今までの全てが、真の心の中に記憶された。そして、何事も無く、家の目の前まで着く事が出来た。
 
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第七章
 台所から楽しい気分になる音が響いてくる。何かの音楽のようだ。このような音を出せるのは、本人も心底から嬉しいから出せるに違いない。その響きが止むと、今度は、足音に変わった。だが、注意深く聞かないと聞えない程だ。そして、その音は娘達が寝ている部屋で止まった。すると、忍び込むような音を響かないような感じで扉が開いた。
「ほらほら、早く起きなさい。今日くらいは、私の手伝いをするの」
と、娘に言っているが、後は、手伝いと言っても食器の準備しかないはずだ。
「ふぁああい」
「声を上げないの。友達が起きるでしょう」
「ふぁああい」
 まだ、眠いのだろう。目を擦りながら声を上げていた。だが、母の返事を返したのではない。寝言と言うか欠伸に近いだろう。
「早く着替えなさい。そして、全ての準備が出来たら、今日子が友達を起こすの。早くしないと遅刻するわよ。分かっているわね。早く来るのよ」
 そして、朝食の用意をして、自分の身支度が終わると、戦場の末端の兵士、いや、調理場の見習いのような急がしい状態を味わうのだ。男性では分からない。女性の身支度と言う戦場だった。今日子の父は、この状況を何度か味わった事があり、その為に社で、妻が起こしに来るのを待つ事を決めたのだろうか、その答えは正解だったと言うしかない。
「それでは、お父さんを起こしてくるわね。それから、一緒に食べましょうね」
「は~い」
と、七人の女性が声をあげた。先ほどの殺気を放つ表情でなく、穏やかな清楚のような表情だった。そして、娘達の返事を聞くと、自分の運命の相手を起こしに社に向った。
「あなた起きていますか、食事の用意が終わりましたわよ」
と、トントンと扉を叩き、扉越しから話をかけた。
「起きているぞ。今すぐに出る」
と、同じように扉ら越しから声を上げた。そして、数十秒後、扉が開いた。
「戦場は終わったのか?」
「戦場・・・・・・・・ああ、そうよ。娘達の身支度は終わったわ」
「そうかぁ。だが、数年前までは、お父さんと競争とか言いながら、身支度をしたのだが、最近では、変態を見るような表情を向けるからなぁ」
「そう言う年頃なの。早く行きましょう。そうでないと、今後は腹が空いた狼になるかも」
「それも、困るなぁ。急ごう」
 娘達が聞いたら怒りを表すような事を呟きながら母屋に向った。
「お父さん。おはよう」
「おはよう御座います」
と、同時に、七人の女性達は、それぞれに、性格を現すような挨拶を返した。
「おはよう。遅れて済まない。さあ、食べようかぁ」
 皆が、この家の主(あるじ)が、食事の挨拶をすると食べ始めた。主が無言で食べるからだろう。皆も同じように無言だったが、それでも、人が多い食卓だからか、それとも女性が多いからだろうか、明るい雰囲気なのは確かだった。
「あなた、お代わりは要らないのですか?」
「ああ」
「なら、お茶でも」
「清めの儀式が終わり、そして、お供え物を上げた後に、ゆっくり頂くよ」
「そう、分かりました。お父様、お母様に宜しくと言ってください」
「それは、大丈夫だ。お前の手料理を上げているのだ。喜んでいるだろう」
「そうなのですか?」
「そうだぞ。清めの儀式の後に取り来るから頼むぞ」
「はい」
「ゴッフン」
 娘は、咳をした。このままでは、父と母の甘いやり取りは際限なく続く。それを止めようとした。
「まぁ」
「あっ、済まない。ゆっくり食事を楽しんで下くれ。だが、遅刻はしないようになぁ」
 母は、頬を赤らめさせ、父親は恥ずかしさを隠そうと、呟きながら居間から出て行った。
 そして、直ぐ、父が扉を閉めようとした時だ。
「痛い」
 今日子が悲鳴を上げた。だが、左手の小指に針が刺さったような感じだった。
「今日子、どうした。大丈夫なのか?」
 父親は、扉を閉めずに、娘の方を振り返った。母も、友人も問いを掛けた。
「あなた、安心して、まだ、赤い感覚器官が敏感なだけだと思うわ。ねね、今日子、大丈夫でしょう。もう痛みは消えたでしょう」
「うん、痛くない。なんでもなさそう、安心して大丈夫よ」
 安心させようと、今日子は笑みを作ろうとした時だ。
「キャア~」
 今日子と、六人の友人は同時に声を上げた。そして、同じように、その場に倒れた。
「今日子・・・・・・きょうこ~」
 父が叫ぶと、母は、やっと正気を取り戻した。
「今日子、今日子、今日子」
 二親は、娘の所に行き、容態を確かめようとした。そして、呼吸しているのを確認して安心した後、六人の友人の容態を確かめた。すると
「うっあっああ」
 今日子が、そして、また、同じく、友人も呻き声のような悲鳴のような声を吐き出した。
「大丈夫?」
 夢でも見ているに違いない。苦しそうには感じたのだが、病気などの痛みでは無いらしい。でも、娘達が早く目覚めるのを祈る事しか出来なかった。それと同時に、何故、倒れ、意識が無くなったのかと不審を思案する時間だけはあった。その思考だけが、二親の精神の安定を保つ事が出来た。そして、二親には数時間に感じているだろうが、数分後に娘達が、次々と意識を取り戻した。
「大丈夫?」
「うん、でも、何故だろう。頭がくらくらする。それに、左手の小指の赤い感覚器官がビクビクと何かに反応しているみたい」
 娘と、六人の友人も娘と同じような事を話しだした。
「あああ、もしかして、それなら、私も経験があるわ」
「え」
「それって」
「もしかして」
「・・・・」
「大丈夫よ。命の危険とかではないわ。私の場合は、お父さんが喧嘩をしていたの。それで、殴られた時の身体の状態と同じ感覚を味わったのねぇ。心配しなくていいわよ」
「だが、変だ」
「え、お父さん。何故、どうしてなの?」
 娘と、妻、友人は同じ言葉を吐き、視線を向けてきた。
「七人が同時に同じ感覚、いや、同時に倒れる。それは、変と感じないかぁ」
 娘達は、思案しているのか、それとも、理由が分からないのだろう。妻だけが、理由が分からなくても、意味が伝わり問い掛けてみた。
「変よねぇ。それって、もしかして、七人の運命の人は同じって言いたいの?」
「えっええ、何故、そうなるの。そのような事ってありえるの?」
 七人の若い女性が同時に驚きを表した。
「一人だけなら」
「それは、誰?」
「それは、始祖様しか考えらない」
「だって、亡くなった人でしょう。まさか今でも生きているの?」
「転生したのかも知れない」
「わははは、想像上の人物でしょう。在りえないわ」
「もう、お父様って、冗談が好きなのね」
「うんうん、雰囲気を和ましてくれたのね。ありがとう」
「・・・・・・・」
「むむむ」
「わははは、お腹が苦しい」
「ほう、うんうん」
 一人だけ納得している。その明日香が、問い掛けた。
「お父様。確認って取れるの?」
「明日香、そんな冗談は信じないの」
「そうよ。普段は無口なのに、口を開いた方が驚きだわ」
「今日子、黙っていて」
と、その一言で笑い声が消え、明日香と、今日子の父の話しに耳を傾けた。
「もし、会えれば、その人物が左手の小指の赤い感覚器官が見える。それが、証拠だろう」
「その方法しかないのね?」
 明日香は、大きな溜息を吐くと考え始めた。
「明日香、皆で、直ぐにでも運命の相手を探す旅に出よう」
「きょうこ~、何を言っている」
 父は、娘に手を上げようとした。
「やめて、それしか方法が無いのでしょう」
 明子は大声を上げて、連れ合いが、娘に手を上げようとしたのを止めた。
「確かに、その方法しかない。だが、今で無くても、まして、旅などしなくても、年に二度の一族集会がある。それで、探し出せるはずだ」
「まあ、旅と言っても、学校が終わって近所を探すだけだわ。今日子、そうでしょう?」
「う・・・・・・・・・うん」
 父親より、腹を痛めて生んだだけはある。娘の考えが手に取るように分かるのだろう。今日子は、頭を下げるしかなかった。
「そうなのかぁ。なら許そう」
「一つだけ聞いていいですか?」
「明日香さんでしたなぁ。何です?」
「お母さんが、あっ今日子のお母さんが、喧嘩して殴られたら痛みを感じるって、でも、私達は失神したって、それは、重い病って可能性もありますよね。それなら・・・・」
「それは、大丈夫でしょう。七人の女性を運命の相手にする程の人なら健康のはずよ」
「・・・・・」
「大丈夫よ。七人が同じ運命の相手って可能性ってだけよ。安心しなさい。一人だけを愛してくれる運命の相手に違いないわ」
「・・・・・・」
 明日香は、また、無言になった。不満のようでもあり安心したようにも思える。そして、今日子に視線を向けた。
「ん?」
 今日子は、明日香の視線の意味が分からなかった。それを、明菜が感じ取った。
「学校に行こうかぁ」
 明菜が腕時計を見て声を上げた。その時、また。
「痛い」
 また、七人が同時に悲鳴を上げた。だが、失神はする事はなかった。
「また、同時なのね」
 今日子の母が声を上げるのと、同時に明日香が声を上げた。
「北東の方向に感じます」
 明日香が、今日子に視線を向けた。
「広い空き地。・・・・・・・でも公園で無いみたい」
「森の中を歩いているみたい。私と同じ・・・・年下かも・・男性よ」
「人力で行ける距離ね。・・・・・恐らく、二キロの範囲よ」
と、明日香の後に、美穂(みほ)。由美(ゆめ)。真由美(まゆみ)が皆に聞えるように大声をあげた。
 今、声を上げた。四人の女性は、左手の小指の赤い感覚器官は円を書くように回り始めた。防御なのだろうか、それとも、場所を特定しようとしているのか、その両方に感じられた。そして、残りの三人は無為意識で、剣のように構える者、槍のように長めに伸びて構える者、鞭のように撓り続ける者。視線は、交互に、場所を示した四人に視線を向けた。
「あの・・・ねぇ」
 今日子だけが、父と母に視線を向けた。
「言いたい事は分かるわ。行ってきなさい」
 自分の連れ合いに視線を向けた。
「・・・・・・・」
「あなた・・・・同じ考えよね」
「皆で行って来なさい。学校には連絡しておく、それに、友達の両親にも伝えておくから安心しなさい。だが、夕方までには戻る。それだけは、約束して欲しい」
「私も同じ考えよ。夕方までには帰ってきなさい。皆の両親にも、そのように伝えるわ」
「うぅ・・・・・・・・」
 今日子は、思案して気が付いていないが、六人の女性と二親に視線を向けられていた。二親は意見を変えないだろうが、六人の女性は、今日子が、言葉にした事を従う。そう決めているようだ。その上空と言うか、天井近くで浮遊している者がいる。何故か、驚きの表情を浮かべながら声を上げていた。それを、誰も気が付く者は居なかった。
「まさか、この七人の娘達は前世の記憶があるのか、それとも、感覚だけなのか、本人に会ったような殺気を感じたぞ。この娘達の感覚なら、私の転生した者が居るとしたら導いてくれるかもしれない。いや、七人が転生したのだ。私の身体も転生しているはずだ」
 そう呟くと、自分の下に居る。女性八人と、男性一人を面白そうに見ていた。その者は、月の主であり、始祖様と言われていた。洞窟から出てきた真だった。その友人の視線を受けて、今日子は思案していたが、やっと答えが出たようだ。
「う・・・・・・ん。夕方でなく、昼には食事を食べに帰ってきます。だから、その時に、考えられる全てを教えてください。だって、さっきの、明日香(あすか)、美穂(みほ)、由美(ゆみ)、真由美(まゆみ)の様子が変だったわ。それだけでなく、私だけかもしれないけど、赤い感覚器官が話し掛けてきたみたいだった。剣として使うの。私の適正だって、もし、戦う相手が居たら勝手に動いてくれたかも、それも、何度も戦ったような感覚も味わったような気分だったわ」
「私も、何も考えて無かったわ。勝手に口が開いたって感じで方向を口にしていたの」
「私も同じだったわ」
と、美穂、由美、真由美も頷いていた。
「私も感じたわ。槍なんて使った事がないのに、使える感覚を味わったわ」
「私も、鞭を使えると感じたわ」
と、瑠衣(るい)。そして、明菜も同じだと声を上げた。
「分かった。昼までに出来る限りの事を調べておく」
 父から返事を聞くと、今日子は、明日香に視線を向けた。
「明日香、方向は?」
「・・・・・・・・」
「はっー、また、無口に戻ったのね」
「広い空き地からは出てないみたい。たぶん、同じ方向よ」
「美穂、方向が分かるの?」
「分からない。けど、風景って感じた場所から何も変わらないから同じだと思う」
「なら、美穂を先頭にして行くわよ。何か変わったら教えてよ」
「ねえ、今日子」
「美穂、何?」
「何の準備とかしなくて良いの?」
「大丈夫でしょう。今の世の中で戦いなどあるはずも無いし。それに、何か変な事があれば、真っ先に明日香が反応すると思うわ」
「そうよね。普段は無口な明日香が声を上げたら、その時考えればいいかぁ」
「でしょう」
と、六人の女性が頷くと、今日子の両親に挨拶をして母屋から出た。勿論、魂だけの真もフワフワと浮きながら後を付いていった。
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第六章
 時間は少し戻る。今日子が洞窟から出て直ぐ、真が、今日子の身体から離れて直ぐの出来事だ。今日子が、何故、直ぐに出掛けなかったか、女性なら当然だ。愛する人に会いに行くのだからだ。軽くシャワーを浴び、身支度を整えていたのだ。勿論、勝負下着も忘れるはずもないだろう。急いで、今日子が玄関から出ると、口笛の音が響いた。それから、どこに隠れていたのか、それとも、今、着いたのだろうか、女性が声を上げながら駆けてきた。
「今日子、十六歳の誕生日おめでとう」
「明菜(あきな)、ありがとう。でも何故、この時間が分かったわねぇ。まさか、待っていたの?」
 この女性は、櫛家(くしけ)の明菜、今日子と同族の幼馴染だ。そして、二人には分からないだろうが、始祖の転生に生涯を掛けた。側室の一人の転生した姿だ。
「私も十六歳になったのよ。想像が付くわよ」
「そうよね」
「今日子、あのね」
「ごめん。祝ってくれるのは嬉しいけど、私、直ぐにでも、晶に会いに行きたいの」
「分かっているわ。その事で来たのよ。今日子がしてくれたように、私達も、誓い(ちかい)の木を確保しておいたわ。誰も来ないから、ゆっくり二人だけの気分を味わいなさい」
「明菜、あ、ありがとう」
 今日子が、何故、涙を流すほど喜びを感じているのは、一族の中では有名な木なのだ。元々は、男性が、と言うか大人の男性が、何かの誓いの為の儀式として使用されていたが、それは、かなり昔の事で、最近では、女性の間で有名になっていた。二人だけで、運命の人との誓いの場として利用されていたのだ。有名なら、常に人が居るだろう。そう思うはずだ。だが、もし、木の前に人が居れば邪魔をしない。そう暗黙の了解となっていた。
「今ね。木の前で、明日香(あすか)と晶が居るわ」
「え、まさか、明日香の想い人?」
「違うわ。今日子がしたように場所の確保をしているだけよ」
「えっ、男性と話す事も出来ない。あの明日香なの?」
「そうよ。話が出来ないから丁度いいでしょう。そろそろ、二時間になるわね。だから、晶さんが可哀想だわ。なるべく急いで行った方がいいわ。まあ、でも、急がなくても、瑠衣(るい)が合図の口笛を吹かない限り、明日香は、その場から動く事も話しもしないでしょうね」
「え、瑠衣も居るの?」
「そうよ。それだけでなくて、六人全てが居るわ」
「そうなの。皆が居るのね」
「そうよ」
「皆に悪いから、急ぐわ。ありがとうね。明日にでも結果を知らせるわ。またね」
「馬鹿ねぇ。皆でないでしょう。本心は、晶に悪いからでしょう」
「もう馬鹿、本当に急ぐわ。また明日ね」
 急ぐと伝えたが、走り出す事はしなかった。だが、本心は走り出したいはず。なら、何故、と思うだろうが、女性らしい考えなのは様子を見たら分かる。恐らく、身支度が乱れてしまう。その姿を、晶に見せたくないのだろう。ゆっくりと歩いているが、表情からは心底から早く会いたい。でも、乱れた姿を見せたくない。その思案がはっきりと顔に表れていた。そして、時々、笑みを浮かべるのは、赤い感覚器官が見える。そう言われた。後の事を、思い描いているはずだ。
「ピュー」
 今日子が、目的地に行く途中で口笛の声が響く。明菜に続いて二度目の響きだ。自宅を出て、自分達が通う高校に着くと響いたのだった。まだ、目的地の誓いの木にはまだある。歩きで十五分くらいだ。早歩きでもたいして変わらないだろう。三度目の響きは、今日子の予想の通り、学校の裏山の入り口だった。疲れたのだろうか、立ち止まり辺りを振り向きながら息を整えていた。整え終わると同時に、続けて四度の口笛が響いた。自分の場所を知らせると言うよりも、早く目的の場所に行きなさい。そのように感じる優しい響きだった。それを感じたのだろう。今日子は、口笛が聞える方向に手を振ると目的地に向った。森の中に入ると五度目の口笛が響いた。もう今日子は辺りに関心を振り向かない。森を抜けると巨木が一本だけある空き地に出られる。その開けた場所にだけに目線を向けていた。そして、空き地に出ると、六度目の長い口笛が響いた。それは、今日子にではなく、明日香に合図の響きと思えた。
「あきら・・・」
 今日子は、言葉を無くした。それは、晶が、明日香の両肩に手を乗せて真剣な表情で言葉を掛けているように見えたからだ。だが、口笛の音が響くと、明日香は、何度も頭を下げて走りだした。恐らく、ごめんね。そう呟いたはずだ。そして、晶は、何度も頭を振りながら叫んでいた。恐らく、明日香に、何故なんだ。と何度も叫んでいるのだろう。
「あきら~」
 今日子は叫びながら駆け出した。その声が聞こえたのだろう。晶が振り向いた。それも、怯えるように少しずつ後ずさりした。だが、ある程度、下がると、晶は両手を広げた。
「今日子、誕生日おめでとう」
 だが、今日子は、晶が望んだように抱きついては来なかった。
「晶。今、何故、逃げようとしたの?」
「まさか、逃げてなどいないぞ」
「そう」
「会えるのを楽しみしていたぞ」
「なら、何故、家に来てくれなかったの?」
「それは、それは、当然だろう。誓いの木で会おう。そう言われるのを待ってかたからだ」
 今、思い付いたように話を掛けた。
「そうなの?」
「当然だろう。今日子、早く赤い感覚器官を、俺に見せてくれ」
「うっうん」
 今日子は、おそろおそろと、左手を晶の顔に向けた。
「ごめん。俺には見えない。でも、今日子、俺はまだ誕生日になってない。まだ、子供なのだろう。十六歳になれば見えるかもしれない。その時、俺に左手を見せてくれ、必ず今日子の赤い感覚器官が見えるよ。勿論、俺の赤い感覚器官も見えるはずだ」
 晶は、大きな溜息を吐きながら左手を見た。その後、何故だろうか、一瞬、笑みを浮かべたように感じられたのは考え過ぎだろうか。
「うん、そうね。そうよねぇ」
「大丈夫か?」
「うん」
「今日は、早く帰って寝た方が良いぞ。明日は、学校で会おう。会えるよなぁ」
「うん」
「俺は、今日は帰るぞ。明日、学校で会おう。おやすみ」
「うん、お休みなさい」
「なら、明日なぁ」
「うん」
 今日子は、晶が帰る姿を見続けた。見えなくなると、嗚咽を吐いた。
「今日子、大丈夫?」
 明日香が、誓いの木に戻ってきた。そして、一人、二人と今日子の元に近寄ってきた。
「どうしたの?」
「大丈夫?」
「今日子、まさか」
「今日子?」
「そう、見えなかったのね?」
 瑠衣の一言で、嗚咽だったのが、泣き叫ぶに変わった。
「瑠衣。うっうう、瑠衣、あのねぇ」
「何かの手違いよ。そうそう、まだ、晶は子供だから見えないのよ」
「晶にも、そう言われたわ」
「そうでしょう。晶の誕生日まで待ってみようね。だから、泣かないで」
「私達の、六人全員の想い人も見えなかったのよ。私達も、今日子と同じなの。相手の誕生日を待つのよ。その時は、見えるわ。だから泣かないで、ねえ、大丈夫だからねぇ」
 明日香は、口下手だからだろう。その言葉には真実味があると感じて、今日子は、泣くのを止めた。普段の通りではないが、笑みを浮かべた。
「そうねぇ。子供では仕方ないわねぇ」
「そうよ」
「ねえ、皆で、私の家に来ない。お母さんが料理を作って待っているはずなの」
「そうねぇ。今日子のお母さんは、料理の名人だしね」
「ねぇ、行こうかぁ」
 瑠衣の一声で、皆が同時に声を上げた。家に着くと珍しく父が出迎えてくれた。
「早かったなぁ。今日子の好きな料理だぁ。早く食べなさい」
 今日子は、父の言い付けよりも早く家に帰ってきた。父は、驚きの表情をしていた。晶と一緒で無いからか、早く帰って来たからなのか、表情からは分からなかった。それでも、娘が落ち込んでいる。それが分かったからだろう。六人の友人に挨拶だけすると、社(やしろ)に向った。恐らく、朝になっても、妻が向いに来るまで社から出ない考えなのだろう。もしかすると、娘の連れ合いが直ぐに会えるように、と祈っているに違いない。
「あら、皆で来たのね。久しぶりね。どうぞ、上がって、上がって」
「久しぶり」
「わぉお、いいのですかぁ」
と、六人の女性は、交互に、それぞれの気持ちを言葉で表した。今日子は、その様子を見て、友達に喜んでもらう為に、母に問いかけたのだ。
「ねね、お母さん。今日の夕食は何かな?」
「決まっているでしょう。祝い事には、今日子の・・・・どうしたの?」
今日子は、母の話を嬉しそうに聞いていたが、何故だろう。頭痛を感じたような仕草をしたかと思えば、その場で倒れた。
「きょう~」
 六人の女性は、今日子に駆け寄った。
「安心して、大丈夫よ。羽衣と赤い感覚器官が身体全体に繋がったからだと思うわ」
 今日子の母は、そう伝えると娘を玄関から居間に運ぶのを手伝って欲しいと頼んだ。そして、五分くらいだろう。時間が経つと、何も無かった様に起き上がった。
「如何したの?」
 今日子は、母と六人の友人が、自分を心配しているのは分かるのだが、何故か、笑みを浮かべている。その理由が分からなかった。
「今日子、今日の夕飯は、お赤飯にしましょうかね。直ぐ作れるから待っていてね」
「お母さん。そうですね。私もそう思いましたわ。作るのを手伝いますね」
「今日子も、大人になったのね。おめでとう。ふふ」
「あなた達、何を言っているのよ。お母さんも、何、冗談を言っているの。私は大人よ」
 今日子は、母にも、友人にも、自分を出汁にして楽しんでいるのは面白くなかった。それでも、自分を心配してくれた気持ちは分かっていたが、素直に喜ぶ事が出来なかった。
「もう、本当に怒るわよ」
 今日子は気が付いていないだろうが、母と友人の温かい心遣いで、晶の事を完全に忘れていた。その証拠に、普段の今日子のように笑みを浮かべていた。その様子を見て、母と友人も安心しただろうが、満面の笑みを浮かべるまで、今日子を玩具にするのを止めるはずがないだろう。
「今日子、明日も学校があるでしょう。それに、もう夜も遅いし、友達の御両親も心配するでしょう。そろそろ終わりにしなさい」
「お母さん・・・・・・・うん」
「お母さん。それは、大丈夫です。今日子の誕生日ですもの。そのまま泊まるって言ってきました。帰った方が良いのでしたら帰ります」
「私も」
「お母さん。大丈夫ですよ」
「うちの親、心配などしないから大丈夫、大丈夫です」
「親友の誕生日だから泊まるって言ってきました」
「私も言ってきました」
 明菜の考えなのだろうか、代表のように言うと、他の五人も同じように頷いた。
「そう、それなら問題は無いわね。娘の為にありがとう。でも、私からも御両親に連絡はしておくわ。ゆっくり楽しんで行ってね」
(今日子、晶君の事は残念だったけど、良い友人を持ったわね)
と、明子は感じた。全てが嘘だと分かっているのだろう。恐らくだが、それとなく、両親に言い訳をする考えなのだろう。
それから、食事が始まると、益々、舌が滑らかになり笑い声が大きくなった。勿論、夜更けまで家の明かりは消える事はないだろう。そして、今日子の満面の笑みを確認した後は、明日からの楽しい計画の為に、睡眠を取る事を決めるはずだ。
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第五章
「今日子、お帰り」「ただいま」 今日子は、日の出の頃に洞窟に入ったが、予定の通りに、日が沈む間際に洞窟を出る事になった。父親の想像の通りに、娘は満面の笑みを浮かべて現れた。それでも、一つだけは想像とは違う事があった。自分の連れ合いの明子(あきこ)が悲しい事でもあったのだろうか、泣きそうな表情だったのだ。もしかして母親は、自分の娘の身体の中に男性の意識がある事に気が付いたのだろうか、その様子を見て妻に話をかけた。「明子。如何したのだ?」「何でも無いわ」 返事を返すと同時に、今日子が、父に話をかけた。「お父さん。今から出掛けていいわよね」「駄目だと言っても会いに行くのだろう」「・・・・」 父に視線を向けて返事を待った。「行って来なさい。だが、遅くても十時までには戻るのだぞ。良いな」「・・・・」「良いな。その頃になれば食事の準備も終わっているはずだ。待っているからなぁ」「はい。行ってきます」 今日子は、父に返事を返すと、洞窟の入り口に向かった。そして、出ると眩しい訳でもないのに、立ち眩みのように身体がふらついた。その様子は、始祖の真が身体から出た証拠だった。その事には、二親も娘も気が付いていなかった。「久しぶりの外だぁ。だが、想像以上に変わってしまった。私が魂になって最後に見たのは、人工物など無い森林だったはずだ。どの位の年月が過ぎたのだろう」 真は、今は月と言われている箱舟で死んだ時の思い出と、魂になって洞窟に保存される最後の景色を思い出していた。「うぉおおおお」 真は、自由になった喜びからだろう。叫びながら上空に上っていった。そして、驚くのだった。あまりにも想像と違う事に言葉を無くすのだ。「えっ・・・・・」 辺りの景色を見回し、見た物が信じられないのだろう。更に上へ上へと上がり続ける。「馬鹿なぁ。何という数の人工物だ。人口は何人だぁ。これでは探しようも無い」 真は、地球に向かう時の人数は一万にも満たなかったのだ。それで、増えたとしても十倍と考えたのだろう。それなら、一人、一人の男性の意識を読もうとしたのだ。だが、完全に無理だと判断した。「あっ、静の生まれ変わり、今日子の赤い感覚器官を頼るしかない」 即、先ほどの洞窟に向かったが、今日子が居るはずがない。「居るはずがないかぁ。晶とか言う男に赤い感覚器官を見せに行ったのだからなぁ。仕方が無い。二親の近くで待つしかないなぁ」 洞窟から離れ、母屋へ、二親の声が聞こえる方向に向っていった。だが、後、五分早ければ、今日子の声も聞こえただろう。
 
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物語を書いて五年になりましたが、私は「左手の赤い感覚器官(赤い糸)と「蜉蝣(カゲロウ)の羽(背中にある(羽衣)の 夢の物語が完成するまで書き続ける気持ちです。
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