第七章
台所から楽しい気分になる音が響いてくる。何かの音楽のようだ。このような音を出せるのは、本人も心底から嬉しいから出せるに違いない。その響きが止むと、今度は、足音に変わった。だが、注意深く聞かないと聞えない程だ。そして、その音は娘達が寝ている部屋で止まった。すると、忍び込むような音を響かないような感じで扉が開いた。
「ほらほら、早く起きなさい。今日くらいは、私の手伝いをするの」
と、娘に言っているが、後は、手伝いと言っても食器の準備しかないはずだ。
「ふぁああい」
「声を上げないの。友達が起きるでしょう」
「ふぁああい」
まだ、眠いのだろう。目を擦りながら声を上げていた。だが、母の返事を返したのではない。寝言と言うか欠伸に近いだろう。
「早く着替えなさい。そして、全ての準備が出来たら、今日子が友達を起こすの。早くしないと遅刻するわよ。分かっているわね。早く来るのよ」
そして、朝食の用意をして、自分の身支度が終わると、戦場の末端の兵士、いや、調理場の見習いのような急がしい状態を味わうのだ。男性では分からない。女性の身支度と言う戦場だった。今日子の父は、この状況を何度か味わった事があり、その為に社で、妻が起こしに来るのを待つ事を決めたのだろうか、その答えは正解だったと言うしかない。
「それでは、お父さんを起こしてくるわね。それから、一緒に食べましょうね」
「は~い」
と、七人の女性が声をあげた。先ほどの殺気を放つ表情でなく、穏やかな清楚のような表情だった。そして、娘達の返事を聞くと、自分の運命の相手を起こしに社に向った。
「あなた起きていますか、食事の用意が終わりましたわよ」
と、トントンと扉を叩き、扉越しから話をかけた。
「起きているぞ。今すぐに出る」
と、同じように扉ら越しから声を上げた。そして、数十秒後、扉が開いた。
「戦場は終わったのか?」
「戦場・・・・・・・・ああ、そうよ。娘達の身支度は終わったわ」
「そうかぁ。だが、数年前までは、お父さんと競争とか言いながら、身支度をしたのだが、最近では、変態を見るような表情を向けるからなぁ」
「そう言う年頃なの。早く行きましょう。そうでないと、今後は腹が空いた狼になるかも」
「それも、困るなぁ。急ごう」
娘達が聞いたら怒りを表すような事を呟きながら母屋に向った。
「お父さん。おはよう」
「おはよう御座います」
と、同時に、七人の女性達は、それぞれに、性格を現すような挨拶を返した。
「おはよう。遅れて済まない。さあ、食べようかぁ」
皆が、この家の主(あるじ)が、食事の挨拶をすると食べ始めた。主が無言で食べるからだろう。皆も同じように無言だったが、それでも、人が多い食卓だからか、それとも女性が多いからだろうか、明るい雰囲気なのは確かだった。
「あなた、お代わりは要らないのですか?」
「ああ」
「なら、お茶でも」
「清めの儀式が終わり、そして、お供え物を上げた後に、ゆっくり頂くよ」
「そう、分かりました。お父様、お母様に宜しくと言ってください」
「それは、大丈夫だ。お前の手料理を上げているのだ。喜んでいるだろう」
「そうなのですか?」
「そうだぞ。清めの儀式の後に取り来るから頼むぞ」
「はい」
「ゴッフン」
娘は、咳をした。このままでは、父と母の甘いやり取りは際限なく続く。それを止めようとした。
「まぁ」
「あっ、済まない。ゆっくり食事を楽しんで下くれ。だが、遅刻はしないようになぁ」
母は、頬を赤らめさせ、父親は恥ずかしさを隠そうと、呟きながら居間から出て行った。
そして、直ぐ、父が扉を閉めようとした時だ。
「痛い」
今日子が悲鳴を上げた。だが、左手の小指に針が刺さったような感じだった。
「今日子、どうした。大丈夫なのか?」
父親は、扉を閉めずに、娘の方を振り返った。母も、友人も問いを掛けた。
「あなた、安心して、まだ、赤い感覚器官が敏感なだけだと思うわ。ねね、今日子、大丈夫でしょう。もう痛みは消えたでしょう」
「うん、痛くない。なんでもなさそう、安心して大丈夫よ」
安心させようと、今日子は笑みを作ろうとした時だ。
「キャア~」
今日子と、六人の友人は同時に声を上げた。そして、同じように、その場に倒れた。
「今日子・・・・・・きょうこ~」
父が叫ぶと、母は、やっと正気を取り戻した。
「今日子、今日子、今日子」
二親は、娘の所に行き、容態を確かめようとした。そして、呼吸しているのを確認して安心した後、六人の友人の容態を確かめた。すると
「うっあっああ」
今日子が、そして、また、同じく、友人も呻き声のような悲鳴のような声を吐き出した。
「大丈夫?」
夢でも見ているに違いない。苦しそうには感じたのだが、病気などの痛みでは無いらしい。でも、娘達が早く目覚めるのを祈る事しか出来なかった。それと同時に、何故、倒れ、意識が無くなったのかと不審を思案する時間だけはあった。その思考だけが、二親の精神の安定を保つ事が出来た。そして、二親には数時間に感じているだろうが、数分後に娘達が、次々と意識を取り戻した。
「大丈夫?」
「うん、でも、何故だろう。頭がくらくらする。それに、左手の小指の赤い感覚器官がビクビクと何かに反応しているみたい」
娘と、六人の友人も娘と同じような事を話しだした。
「あああ、もしかして、それなら、私も経験があるわ」
「え」
「それって」
「もしかして」
「・・・・」
「大丈夫よ。命の危険とかではないわ。私の場合は、お父さんが喧嘩をしていたの。それで、殴られた時の身体の状態と同じ感覚を味わったのねぇ。心配しなくていいわよ」
「だが、変だ」
「え、お父さん。何故、どうしてなの?」
娘と、妻、友人は同じ言葉を吐き、視線を向けてきた。
「七人が同時に同じ感覚、いや、同時に倒れる。それは、変と感じないかぁ」
娘達は、思案しているのか、それとも、理由が分からないのだろう。妻だけが、理由が分からなくても、意味が伝わり問い掛けてみた。
「変よねぇ。それって、もしかして、七人の運命の人は同じって言いたいの?」
「えっええ、何故、そうなるの。そのような事ってありえるの?」
七人の若い女性が同時に驚きを表した。
「一人だけなら」
「それは、誰?」
「それは、始祖様しか考えらない」
「だって、亡くなった人でしょう。まさか今でも生きているの?」
「転生したのかも知れない」
「わははは、想像上の人物でしょう。在りえないわ」
「もう、お父様って、冗談が好きなのね」
「うんうん、雰囲気を和ましてくれたのね。ありがとう」
「・・・・・・・」
「むむむ」
「わははは、お腹が苦しい」
「ほう、うんうん」
一人だけ納得している。その明日香が、問い掛けた。
「お父様。確認って取れるの?」
「明日香、そんな冗談は信じないの」
「そうよ。普段は無口なのに、口を開いた方が驚きだわ」
「今日子、黙っていて」
と、その一言で笑い声が消え、明日香と、今日子の父の話しに耳を傾けた。
「もし、会えれば、その人物が左手の小指の赤い感覚器官が見える。それが、証拠だろう」
「その方法しかないのね?」
明日香は、大きな溜息を吐くと考え始めた。
「明日香、皆で、直ぐにでも運命の相手を探す旅に出よう」
「きょうこ~、何を言っている」
父は、娘に手を上げようとした。
「やめて、それしか方法が無いのでしょう」
明子は大声を上げて、連れ合いが、娘に手を上げようとしたのを止めた。
「確かに、その方法しかない。だが、今で無くても、まして、旅などしなくても、年に二度の一族集会がある。それで、探し出せるはずだ」
「まあ、旅と言っても、学校が終わって近所を探すだけだわ。今日子、そうでしょう?」
「う・・・・・・・・・うん」
父親より、腹を痛めて生んだだけはある。娘の考えが手に取るように分かるのだろう。今日子は、頭を下げるしかなかった。
「そうなのかぁ。なら許そう」
「一つだけ聞いていいですか?」
「明日香さんでしたなぁ。何です?」
「お母さんが、あっ今日子のお母さんが、喧嘩して殴られたら痛みを感じるって、でも、私達は失神したって、それは、重い病って可能性もありますよね。それなら・・・・」
「それは、大丈夫でしょう。七人の女性を運命の相手にする程の人なら健康のはずよ」
「・・・・・」
「大丈夫よ。七人が同じ運命の相手って可能性ってだけよ。安心しなさい。一人だけを愛してくれる運命の相手に違いないわ」
「・・・・・・」
明日香は、また、無言になった。不満のようでもあり安心したようにも思える。そして、今日子に視線を向けた。
「ん?」
今日子は、明日香の視線の意味が分からなかった。それを、明菜が感じ取った。
「学校に行こうかぁ」
明菜が腕時計を見て声を上げた。その時、また。
「痛い」
また、七人が同時に悲鳴を上げた。だが、失神はする事はなかった。
「また、同時なのね」
今日子の母が声を上げるのと、同時に明日香が声を上げた。
「北東の方向に感じます」
明日香が、今日子に視線を向けた。
「広い空き地。・・・・・・・でも公園で無いみたい」
「森の中を歩いているみたい。私と同じ・・・・年下かも・・男性よ」
「人力で行ける距離ね。・・・・・恐らく、二キロの範囲よ」
と、明日香の後に、美穂(みほ)。由美(ゆめ)。真由美(まゆみ)が皆に聞えるように大声をあげた。
今、声を上げた。四人の女性は、左手の小指の赤い感覚器官は円を書くように回り始めた。防御なのだろうか、それとも、場所を特定しようとしているのか、その両方に感じられた。そして、残りの三人は無為意識で、剣のように構える者、槍のように長めに伸びて構える者、鞭のように撓り続ける者。視線は、交互に、場所を示した四人に視線を向けた。
「あの・・・ねぇ」
今日子だけが、父と母に視線を向けた。
「言いたい事は分かるわ。行ってきなさい」
自分の連れ合いに視線を向けた。
「・・・・・・・」
「あなた・・・・同じ考えよね」
「皆で行って来なさい。学校には連絡しておく、それに、友達の両親にも伝えておくから安心しなさい。だが、夕方までには戻る。それだけは、約束して欲しい」
「私も同じ考えよ。夕方までには帰ってきなさい。皆の両親にも、そのように伝えるわ」
「うぅ・・・・・・・・」
今日子は、思案して気が付いていないが、六人の女性と二親に視線を向けられていた。二親は意見を変えないだろうが、六人の女性は、今日子が、言葉にした事を従う。そう決めているようだ。その上空と言うか、天井近くで浮遊している者がいる。何故か、驚きの表情を浮かべながら声を上げていた。それを、誰も気が付く者は居なかった。
「まさか、この七人の娘達は前世の記憶があるのか、それとも、感覚だけなのか、本人に会ったような殺気を感じたぞ。この娘達の感覚なら、私の転生した者が居るとしたら導いてくれるかもしれない。いや、七人が転生したのだ。私の身体も転生しているはずだ」
そう呟くと、自分の下に居る。女性八人と、男性一人を面白そうに見ていた。その者は、月の主であり、始祖様と言われていた。洞窟から出てきた真だった。その友人の視線を受けて、今日子は思案していたが、やっと答えが出たようだ。
「う・・・・・・ん。夕方でなく、昼には食事を食べに帰ってきます。だから、その時に、考えられる全てを教えてください。だって、さっきの、明日香(あすか)、美穂(みほ)、由美(ゆみ)、真由美(まゆみ)の様子が変だったわ。それだけでなく、私だけかもしれないけど、赤い感覚器官が話し掛けてきたみたいだった。剣として使うの。私の適正だって、もし、戦う相手が居たら勝手に動いてくれたかも、それも、何度も戦ったような感覚も味わったような気分だったわ」
「私も、何も考えて無かったわ。勝手に口が開いたって感じで方向を口にしていたの」
「私も同じだったわ」
と、美穂、由美、真由美も頷いていた。
「私も感じたわ。槍なんて使った事がないのに、使える感覚を味わったわ」
「私も、鞭を使えると感じたわ」
と、瑠衣(るい)。そして、明菜も同じだと声を上げた。
「分かった。昼までに出来る限りの事を調べておく」
父から返事を聞くと、今日子は、明日香に視線を向けた。
「明日香、方向は?」
「・・・・・・・・」
「はっー、また、無口に戻ったのね」
「広い空き地からは出てないみたい。たぶん、同じ方向よ」
「美穂、方向が分かるの?」
「分からない。けど、風景って感じた場所から何も変わらないから同じだと思う」
「なら、美穂を先頭にして行くわよ。何か変わったら教えてよ」
「ねえ、今日子」
「美穂、何?」
「何の準備とかしなくて良いの?」
「大丈夫でしょう。今の世の中で戦いなどあるはずも無いし。それに、何か変な事があれば、真っ先に明日香が反応すると思うわ」
「そうよね。普段は無口な明日香が声を上げたら、その時考えればいいかぁ」
「でしょう」
と、六人の女性が頷くと、今日子の両親に挨拶をして母屋から出た。勿論、魂だけの真もフワフワと浮きながら後を付いていった。
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