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第十一章、竜宮城
「やっと帰ってきたわ」
 二人が現れた所は竜宮城にある、江見の自宅の前だった。
「ここが、江見の家ですか」
「ここで待っていて」
 江見は、薫の声が耳に入らないようだ。自分の言葉の返事も聞かずに、直ぐに駆け出した。それほど、嬉しいのだろう。
「はい、分かりました」
 江見は、駆け出しながら大声を上げる。
「お父さん、お母さん。私、帰って来たわ。居ないの。私、帰ってきたわよ」
 でも、玄関を叩く事も取手を回す事もなく、裏庭に向かった。
「江見ね。江見よね。あなた、江見よ。江見が帰ってきたわよ」
 裏庭の方から、江見の母だろう。悲鳴のような声が聞こえてきた。心の底からの喜び溢れて涙まで流している。そう思える声だ。
「はっあー」
 薫は、自分も両親に最後の別れをしてくるのだった。そう、思いが込み上げてきた。
「おお帰って来たか。ん、どうした。まさか一人で帰って来たのか?」
「違うわ。玄関で待っているわ」
「会わせられないほど酷い男なのか」
「違うわよ。いい人よ。格好よくて、優しい人。浮気どころか、一生、私だけしか愛せないわね。まあ、それは、歳を取っても変わらないわ。そう思う人なの、だって、凄くウブなの。だから、女性と目も合わせられないのよ。本当に可愛いの」
「そうか、そうか、良かったな。もし、変な男だったら、玉手箱を渡して帰すところだぞ。それも、未来の時間にずらしてなあ」
「あなた、それは昔の事でしょう」
「今でも出来るぞ。わははは」
「それは本当の事だったの。お父さん、気に食わないからって、勝手に帰さないでよ」
「大丈夫だから、早く連れてきなさい」
 薫の居ない所で、薫には聞かされない話をしていた。
「薫、待たせてごめんね。今からお父さんとお母さんを紹介するね」
「うん、楽しみだよ」
「でも、お父さんを怒らせないで、気に入らなければ薫の世界に帰す。そう言ったわ」
 先ほどの父の話が思い出されて、不安を感じたのだろう。小声になり顔も青ざめていた。
「大丈夫だから、大丈夫だから、気に入られるように頑張ります」
「うん、うん。ガンバッテね」
 二人で、江見の父と母が待つ裏庭に向かった。
「お父さん、お母さん。この人が薫よ」
「ほう」
 江見の父は骨董品を鑑定するように薫を鋭い目で見詰めた。
「江見、この家で共に住むのだから家に上がるように勧めなさい。お父さん良いわね」
「そうだな」
 父は気難しそうに答えた。
「お邪魔します」
 そうハッキリとした大きな声を上げて、薫は家に中に入った。そして、江見の父は、
「薫君だったね」
 そう、言葉を掛けると、上から下と見詰め、まるで、値踏みを付けるようだった。
「はい、そうです。お父さん」
「むっ、ご両親には何と言って、竜宮城に来たのだね」
 始めて会った男に、ならなれしい言葉を掛けられて怒りを感じた。
「あっ、その、何を言いませんでした」
 薫はしどろもどろで答えた。
「君は何を考えているのだ」
 薫に掴み掛かるのか、と感じられた。
「お父さん、そんなに大声を上げなくても、ねえ、江見」
「なに、お母さん」
 父を無視するように答えた。
「勿論、薫さんの両親には、ご挨拶したのよね」
「えっ、会ってないわ。だって、会いたくても、直に竜宮城に飛ばされたから」
「なんだぁ~とぉ~」
「あなた、私に任せて」
 江見の父は怒りを表したが、自分の連れ合いに諭され怒りを静めた。
「そうか、おまえが、そう言うなら」
「江見」
「なに、お母さん」
「学校で学ばなかったの。最後に、二人で通る門は、確認の門とも言われているでしょう」
「うん」
「江見は、薫さんと出会い、そして、助けて貰ったはず。今度は、薫さんの為に何かをしなければならないわ。そうでしょう」
「うん、でも、何をするの?」
「さあ、何でしょうね。行ってみたら分かるわ」
 何が起こるか分かっているのだろうか、楽しみ溢れた笑みを浮かべた。
「うん」
「いってらっしゃい。ご両親を連れてくるのよ。私達は準備をして待っているわ」
「うん。お父さん、お母さん、行ってきます。薫、行こう」
「江見、行ってきなさい。薫君、江見を頼みます」
 江見の父は、薫に頭を下げた。
「お父さん。江見さんは、私が確り守ります。安心して下さい」
 父は、頭を下げたが、まだ、父と言われるのに抵抗があるのだろうか、顔を顰めた。
 そして、二人は歩き出す。江見がやや先頭に、薫が後ろから付いて歩く。江見は微笑みを浮かべながら歩くが、薫は不安顔だ。それもそのはずだろう。薫は、江見の家の前に突然に現れたのだ。恐怖を感じるはずだ。まるで、二人は異国に来たおのぼりさんのようだ。江見は、旅立ちから変わってないなあ、とでも考えて町並みを見ているのだろう。その後ろの薫は、顔を痙攣させていた。恐らく、突然に声を掛けられるとでも思っているのだろう。身分証がありますか。とでも、そして、戦時下のスパイのように連行され、拷問でもされる。そんな事を考えているような顔色だ。
「ねえ、江見さん」
「なに、あああ、あれ美味しいのよ。食べてみる」
 江見は、そう言うと買いに行こうとした。でも、財布が無いのを思い出し、又、別の建物に視線を向けた。今、薫の顔を見たら、別な言葉が出たはずだ。大丈夫なのと、それほど、死にそうな顔をしていたのだ。この気持ちがあったからだろう。門を通るのに死に物狂いで、江見の手を放すものか。その事を感じるのは、後、数十分後だった。
「ねえ、江見さん」
 薫が恐怖を感じているが、別に恐がるような人物が歩いている訳でもない。建物も普通の平成の現代を探せば、何処にでも有るような造りだ。それだから余計に、恐ろしい過去などを考えて、不安を感じているとも思える。
「だから、なに?」
 江見は、久しぶりに故郷を見て楽しんでいる所を何度も声を掛けられ、苛立ちを覚えていた。それを気が付かずに、薫がやっと言葉を上げる事ができた。
「ねえ、江見さん、段々と、建物も無くなり寂しい所だね。どこに向かっているの?」
「門よ」
「そうだよね」
「そうよ。どうしたの?」
「ねえ、その門てぇ、通行証とかいるの?」
「要らないわよ」
「そう、良かった。門を通る時って命に係わる事はないよね」
「うん、無いわよ。確かね」
「え、確かなの」
「冗談よ。でも、想像も出来ない。別々の地に着く事くらい有るかもね」
「えっ」
 薫は言葉を無くした。
「薫、あれよ。あれが門よ」
「おっ」 
 薫は、江見が指差した所を見て、綺麗と言うか寂しい所と思えた。それを見ると、自分が住んでいた所で同じ所は、イギリスのストーン・ヘンジだと感じた。
「どうしたの、行くわよ」
「少し、待って下さい。気持ちを落ち着かせる時間を下さい」
「まさか、さっき私が言った事を信じたの。馬鹿ねえ」
「え、嘘」
「そうそう、恐がりなのねえ。手を繋いであげるから行くわよ」
「そうなのかぁ。はい、行きます」
 江見が笑いながら手を差し出して来た。薫は、その手を掴み、門の中に一歩踏み出した時、江見が振り返りながら声を上げた。 
「でもね。何が起きるか分からないから手を離さないでよ」
「えっ、うっおお」
 薫は、門に入ると体が潰されるような感覚を感じた。そして、今度は浮き上がるような感覚を感じる。薫は乗った事もないが、飛行機が急上昇、急降下を繰り返して、目的の場所を探している。そう感じた。普段の薫なら恐れと痛みで手を離していただろうが、竜宮城に来て、知らない町を歩いていた時の不安と恐怖を思い出す。もし、一人で別の地に行き着いた時を考えると、恐ろしくて、恐ろしくて、死ぬ気で手を握り締めていた。
「顔が青いわよ。大丈夫?」
「えっ」
 薫は、いつ地面に着いたか分からなかった。体の機能や感覚では一時間くらいと思えたが、恐らく一分も経ってないだろう。まだ、体の機能が上下に動いたような感覚がある為に思考する事ができない。その為に、江見の言葉の意味を判断する事が出来なかった。
「大丈夫なの?」
「大丈夫だよ」
 言葉の意味だけが判断が出来て、自分が何処にいるか分からない。そのような答え方だ。
「そう、なら手を離してくれる。痛いわ」
「手、うわああ。ごめん、ごめんなさい」
 薫は、江見の手を繋いでいたのが恥ずかしかったのだろうか、それとも、恐怖を感じて、それを紛らわす為に、強く手を握り締めていた事に恥じたのか、慌てて手を離した。
「良いわよ。謝らなくても」
「ねえ。薫の部屋に入らない」
「え、えええぇ」
 やっと統べての事が判断できたようだ。薫は、自分の家の前にいた。一瞬で、今までの事が理解できた。恐らく、上下に動いた感覚は、他世界から、薫の世界に入る為に危険な物や、この世界の人々に不審を感じさせない為の場所や時間を探していたのだろう。
「うん、そうだね。入ろうか」
 薫が、そう言葉を掛けながら家に向い、部屋に入った。
「何か飲む」
「うん、飲む」
「何がいいかな」
「薫と同じ物で良いわ」
「分かった。適当に座っていて」
 薫は部屋に入ると、直に、江見に言葉を掛け、湯を沸かしに行った。
「凄いねえ、江見さん」
「なにが」
 薫は、台所から部屋に入る途中で、時間と日付を確認した。
「神社から消えたでしょう。あれから一時間くらいしか経ってないよ」
「そう」
「驚かないのだね。どう考えても五、六時間は経っているはずだよ」
「それは、そうでしょう。薫は、この世界の住人なのだしね。時間の流れの自動修正で支障が無い時間に入ったのでしょう。時間も生きているのよ。人のように不純物が入れば外に出したり、正気を保てないなら忘れたりするでしょう。それと同じよ」
「ほう」
「そう、でね」
「うん、なに、ちょっと待っていて、湯が沸いたから紅茶を作ってくる」
 その間、江見は、薫を見詰めていた。
「どうぞ」
 紅茶を手渡し、自分も座った。
「薫の両親は何処にいるの?」
「近くにいるよ。でも、歩いたら可なりあるけどね」
「そう」
 江見は、何が不安なのか声が微かに震えているようだった。
「直ぐ行く?」
 その様子を見て、薫は、江見に聞いた。
「出来れば、そうしたいわ」
 満面の笑みを浮かべていた。
「紅茶を飲み終わったら行こうか」
「そうね。そうしましょう」
 二人は数分の間だが無言で紅茶を楽しんだ。
「行きましょうか、江見さん」
「はい」
「あっ、先に言わないと行けない事があります」
「何ですのぉ」
「私の母の事です。絶対に母と言わないでください。それだけは守って下さい」
「何て、お呼びすれば良いのですか?」
「お姉さん、とでも」
「薫は何て呼んでいるの」
「涙姉さんです」
「ほう、はい、分かりました。私も涙お姉さんと呼びます」
 一瞬、思案しだが、江見は同意した。
「ほっ、安心しました。それでは、江見さん行きましょう」
「はい」
 江見は余りにも嬉しくて、そして、恥ずかしくて、やっと声を出しているようだ。
 さっさと薫は玄関から出ると、何故、出て来ないのかと首を傾げていた。
「ごめんなさい。今行きます」
 江見としては、一つだけを約束してくれ、そう言われ承諾したのだから、普通の人なら喜びの余りに口付けくらいすると思ったのだろう。それなのに、薫は不審そうに見つめているだけだ。仕方がなく、微かな溜息を吐きながら玄関から出てきた。
「江見さん、大丈夫、転びそうだったよ」
 江見は、薫の態度やご両親に会う。そう思うと心が動揺して足が縺れてしまった。
「大丈夫よ」
「良かった。私の家に行くから後に着いて来て、逸れたら大変だからね」
「はい」
 声色からは喜びを感じる声だが、薫の背中に向けて口を尖らせて不満を表した。
(心配なのでしょう。なら何で手を繋いでくれないの?)
「ああ、そうだ。お金を渡していたでしょう。それを使うからね。私が払うより自分で払って見たいでしょう。私が出したのと同じのを出してね。たしか、この硬貨二枚だからね」
 薫は突然振り返った。体の機能では何かを感じたのだろう。だか、思考では家に着いた時の事、着くまでの事を考えていた為に、体の機能、感情までは届かなかった。
「はい、それと同じのね」
 不満を隠す為に慌てて硬貨を探した。
「そうそう、それそれ」
 同じ硬貨を見ると頷いた。
「何に使うの、又、自動籠に乗るの、それにしては違うわね。前は紙を出したわ」
「ああ、あれとは違うのを乗ります。前は数人用だけど、今度は大勢が乗るのです」
「そう、楽しみですわねえ」
 二人は話しをしながら近くのバス停まで向い、たどり着いた。そして暫く、その場で待つ事になった。江見は、薫が無言だったから不審、いや不満を感じて言葉を掛けた。
「あのねえ、薫。立ち止まって何をしているの?」
「ん、此処で待っているのはね」
「キャアー」
 薫が突然に顔を近づけたので驚きの声を上げた。
「ごめん、あのねえ。自動籠を待っているのです」
 薫は、自動籠と言いたく無いからだろう。江見の耳元で囁いた」
「そうなのね。うんうん、楽しみにしています」
 悲鳴を上げた事を隠す為でないが、本当に楽しそうに車が来る度に、薫に視線を向ける。そして、薫は、まるで、猫や子供の無邪気な仕草を見て楽しんでいるかのように、何度も何度も首を振って答えていた。
「江見さん、来たよ」
「えっ、何が」
 江見は、意味が分からないと言うよりも、自分が乗るとは想像もしてなかった。その不細工な乗り物を無視していた為だった。
「あれに乗るよ」 
「あれなの。そうなの、分かりましたわ」
 江見はがっかりした。
 バスが着き、扉が開くと、江見が乗ろうとしたが手を掴み引き止めた。江見は不審を感じたが、薫の頷きを見ると頷き返し最後まで待った。恐らく、自分の仕草を見せる為だろう。不思議そうに仕草を見詰め、回数券を取り。同じように手すりに?まった。
「薫、開いたわ」
 バス停に着く度に扉が開く、そして、薫に視線を向ける。江見も何度目か忘れて外を見ていた時だ。突然に肩を叩かれ、薫の後を追った。
「面白いわね」
「良かった。でも疲れなかった」
「いいえ、楽しくて忘れていたわ。ん、又乗るの」
「そうだよ。もう一度乗ったら着くから」
「そう、面白いから良いわよ。えへへ」
「良かった」
 先ほどと同じ様に待ち、そして、バスに乗った。
「降りるよ」
「はい」
 バス停の名前は中田一丁目と書いてあった。そして、降りると直に薫が話しを掛けた。
「此処から少し歩くから、付いて来て」
「はい。ねえ、聞きたいことがあるの、いいかな」
「いいよ、なに」
「薫、この世界は、親の事をお姉さんって言うの?」
 二人は歩きながら話しを始めた。この理由は後で分かることになる。薫も驚くのだった。
「違うよ」
「そうなの、なら何でなのぉ?」
「それはね。幼い頃に怒られた事があってねぇ。でも、それから、今まで一度も怒られた事も大声を上げられた事もないよ。でも、今でも怖いからお姉さんって言い続けている」
「そう」
「でも、恐くないよ。優しいよ」
「それは、薫も優しいから、同じ様に優しい人と思えるわ」
「でも、父は恐いよ。よく怒られた。今でも怒られるけどね」
「私の父もそうよぉ。会ったから分かるでしょう」
「そっ、そうだね。でも、いいお父さんと思うよ」
「ありがとう。本心と思うわね」
「嘘でないよ」
 薫は、嘘を隠すように大声を上げていた。
「分かっているわ」
「うん、ごめん」
「もう、いいから、怒って無いわ。そろそろ着くのでしょう。変な所を見られたくないわ」
「うん、そこ曲がったら直だよ」
「え、もう、着く前に教えてよ。心を落ち着かせる時間が欲しいわ」
「そんな事を言われても、時間を潰せるような店なんかないよ」
 薫は困り果て泣き声を上げた。
「ごめんなさい。いいわ、行きましょう」
「うん」
「でも、薫、連絡とかしたの、家に居れば良いけど、この世界の人は忙しいのでしょう」
「大丈夫、猫が心配で何時も家にいるよ」
「本当、見てみたいわ。名前は何ていうの?」
「シロ」
「そう、シロちゃんって言うの、見てみたいわ。可愛いのでしょうね」
「うん。ああああ、忘れていた」
 一瞬だが、何かを思い出して我を忘れた。
「なになに、どうしたの?」
「年に一度だけ、理由は分からないけど必ず出かける日があるのを思い出した。急ごう、もし、今日だったら大変だ。私達の今の状態では日付なんて当てに出来ない」
「そうよね。急ぎましょう」
 二人は駆け出した。と言っても一分も走らずに家に着いた。
「ここなの?」
 そう、江見は問い掛けた。薫が居た部屋と同じような造りだ。少しは規模が大きいように思えるが、同じ共同住宅だったからだ。別に豪邸を期待していた訳ではない。
ただ、江見の考えでは、いえ、竜宮城では家族が離れて暮らす事はない。そして、家の規模は大小あるが、家と家が繋がった物など無かったからだった。
「薫、薫なの、珍しい事もあるわね。どうしたの?」
 薫が、自動ドアの暗証番号を打つ時だ。母が自動ドアから出てきた。
「涙姉さん。あっ、その、会わせたい人がいるから、それで、」
「うふふ、そう、そこに居る。女の子ね」
 息子の話しを聞くと、突然に笑みを浮かべた。何故か、魔女が良からない事でも考えているような笑みだった。
「うん、そうだけど」
(姉さん。何かあったのかな、何か怖いよ)
「早く、部屋に入りましょう」
「涙姉さん、だって、出掛けるのでしょう」
「いいわよ。暇だから散歩しようと思っただけ」
「あっのう、私」
 江見は、自分の事を話そうとした。
「立ち話ではなくて、部屋でゆっくり話しましょう」
「はい、涙お姉さん。そうさせて頂きます」
 江見は、非の打ち所がない、礼儀を返した。
「まあ、まあ、いい人ね。薫」
 礼儀よりもお姉さん、そう言われたからだろう。破顔して喜んだ。
「うん、そうでしょう。そうでしょう」
 三人は、箱型の昇降機に乗り、部屋に向い、玄関を開けた。誰も居ないはずだが、出迎えの声が聞こえた。
「にゃ、にゃ、にゃ」 
 恐らく、寂しかったよ。何所に行っていたの、置いていかないでよ。そう言っているはず。意味が分からなくても、そう思えた。シロは一人になったから、悲しくて鳴いたのだろう。余りにも鳴き疲れて、やっと声を上げているような掠れた声、本当に悲しみが伝わってくる鳴き声だった。
「ごめんねえ。ごめんねえ。寝ていたから煩いと思ったから出掛けたのよ」
 そう言葉を掛けながら抱き上げた。
「うわあ、可愛い」
「シロ、元気だったか」
 江見と薫は、シロの鳴き声が、ころころ変わるのを楽しみながら何度も撫でた。
「玄関で立ってないで、どうぞ、中に入って下さい」
 そう呟くと猫を下に下ろした。嬉しそうに猫は居間に向かう。三人は、子猫が親を追うように家の中に入っていった。
「今、飲み物を淹れるわねえ。何が好きなの?」
 紹介されるのが待ちきれず、興奮を表していた。
「涙姉さん。父さんが帰ってから言うつもりだったけど、彼女は江見さんと言います」
「そう江見さんと言うの、名字は何て言うのです」
「それは、宗教上の事で名字は無いのです。勿論、日本人でもないよ」
「そうなの。ねえ、それで何を飲む。薫はいつもの紅茶でしょう。江見さんは何する」
「そうだ、江見さん。コーヒーにしてみたら、涙姉さんが淹れるコーヒーは美味いよ」
「はい、そうします」
「そう、美味しいわよ。待っていてね」
 薫は、二人だと恥ずかしいのか、間を持たせようとしたのか、新聞に手を伸ばした。
「やはり、明日だ」
 新聞を手に取ると、即座に声を上げた。日付の欄だけを見たのだろう。
「え、どうしたの?」
「さっき話した事です。一年に一度だけ二人で出掛けるって」
「うん」
 シロは、出掛ける。その言葉の意味が分かったのだろう。又、置いて行かれる。そう感じて、鳴き声を上げながら膝に上がってきた。
「お、シロ、いい子だな、いい子だな」
 新聞を下に置き、何度も何度も頭を撫でた。
「うわあ、可愛いわ。ごろごろ言っている」
 二人が猫と遊んでいると、涙の言葉が響いた。
「お待ち、うわあ、良かったわね。シロちゃん、遊んでもらっていたの」
「にゃ」
 そうだよ。と、でも言ったのだろう。それが、可愛くて、又、何度も撫でられていた。
「薫、テーブルの上を片付けて、置くから」
「はい、私が」
 薫は猫に夢中だったからだろう。江見が、それに答えた。
「はい、良いです。置けますよ」
「ありがとう、江見さん」
「いいえ、涙姉さん」
「ねえ、二人で何の話をしていたの?」
 そう、声を掛けながら、薫には紅茶を、江見と自分にはコーヒーを手渡した。
「涙姉さん、明日は出掛けるのでしょう」
「そうね」
 涙は、悲しみの表情を浮かべた。何か隠し事があるのだろう。それが、言えない為の苦しみと思えた。それでも、声色からは微かだが、喜びを感じられた。涙は、毎年出掛けるのだから楽しい事なのだろう。
「それで、父さん。今日は、帰りは遅いかな」
「何で?」
「父さんと涙姉さんに話しがあって、今日、父さんが遅ければ、明日も話しが出来ないだろう。それで、何時頃に帰ってくるのか、知りたくて」
「そう、話しがあるの。そうねえ。なら、江見さんと薫も、明日は一緒に出掛けましょう」
「えっ、今まで、必ず二人で出掛けていたのに、なんで、父さんに聞かなくて大丈夫なの?」
「そんな事、聞かなくてもいいわよ。まさか、行けないなんて言わないわよね」
「涙姉さん、行きますわ。行きます。楽しそうです」
「勿論、行くよ。何だろう。楽しみだなぁ」
「そう、ありがとう」
 二人が義理で言っている。そう分かるはずなのだが、何故か、涙を流していた。
「どうしたの、涙姉さん」
「何でも無いわよ。薫が始めて女の人を連れて来たから嬉しいのよ。もう、馬鹿」
 涙を拭きながら笑みを作ろうとしていた。
「そうなのですか、始めて、そう、そう」
 江見は、生まれてから、これほどの驚きは始めてだった。
「江見さん、そんなに驚かなくても大丈夫ですよ。病気とか変な趣味はないからね」
「そう、そうなのですか、あっ、別に、そのような事は考えていません」
 言葉と違い。驚き、ホットしていた。
「涙姉さん。夕飯を食べて行きたいけど、いいかな」
 二人から話しを逸らそうとした。
「珍しいわね。彼女が出来ると、やっぱり変わるのね。いいわよ。でも、薫の嫌いな辛口のカレーよ。それでも良いの」
「薫、辛い食べ物は嫌いなの」
「そうでないよ。カレーの辛さだけはあまり好きでないだけだよ」
 薫は大きな溜息を吐いた。そして、心の中で父が早く帰るのを願った。
自分から話題を逸らそうとしたのだろう。だが、それは無理のはずだ。二人の問題だが、今、話題の中心は薫だからだ。江見は助けを求めるように視線を向け。もう一人、涙は好奇心と悲しみを感じる視線を向けているからだ。
「お腹が空いたでしょう。父さんが来る前に食べる?」
 薫は、涙と江見を交互に視線を向け、言葉に困っていた。
「私も、お腹が空いたから食べようかな」
「うん、食べる。江見さんも食べよう」
 普段なら帰りを待っている。たが、血を分けた息子だ。その気持ちが分かったのだろう。
「それなら、私も手伝います」
「いいわよ。温めるだけだから、そう、なら、お皿を出してくれる」
 涙は、両親に始めて紹介された時を思い出したのだろう。その時の不安の気持ちと、一生懸命に家族になろうとした時の事を、それで、考えを変えた。
「はい、分かりました。このお皿で良いのでしょうか?」
「そうそう、それ、ご飯を盛ってくれる」
「はい、涙姉さん」
 薫は、二人の姿を見て微笑みを浮かべていたが、何故か時々顔を顰める。恐らく、父が帰って来たら、竜宮城で住む事、江見と結婚する事、一番の問題は、どうやって、二人を竜宮城に連れて行く事だろう。それを考えると頭が痛い。二親が心の底から祝いたい。行きたいと願えば行けるだろう。そうでなくても、薫と江見が、この世界から離れる時に二人の手を握っていれば、竜宮城に飛ばされるだろうが、その方法だけは考えたくなかった。
「頂きましょう」
「はい」
「頂きます」
 テーブルの上に料理が用意され、涙の言葉で食べ始める。無言で食べているが、美味しくて言葉を忘れている。そうではなかった。心の思いを伝えたいが、どう言えばと悩んでいるような食べ方だ。そして、食後は、甘い物を食べたから気持ちが解れたのだろう。心の思いは口にはしないが、楽しい会話を楽しんでいるように感じられた。
 食後から二時間後、玄関の方から、
「涙、何処にも寄らずに帰って来たよ。今日はカレーなのだろう」
 大人の男の猫なで声が聞こえた。
「父さんだ」
 薫が席を立ち上がった。だが、涙から、私が行くと視線を感じた。そして、頷いた。
「涙、誰か、来ているのか?」
「そうね、父さんが帰って来たわね」
 涙が立ち上がった。そして、声の元に向かった。数分後、驚きの声が響いた。
「え、薫が彼女を連れて来た」
「馬鹿」
「わしは、本が恋人かと、本気で思っていたが、普通の子だったか、安心したよ」
 そして、居間に涙だけが入って来た。父は着替えをしているはずだ。
「冷たくなったでしょう。今度は何を飲む」
 そう、薫と江見に声を掛けながら、カレーの鍋に火を点けた。
「江見さん、何を飲む。私と一緒に紅茶にする」
 そう言葉を掛けた。頷くのを見ると、薫は、
「涙姉さん。私と同じ紅茶を飲むって」
 江見は、薫の父が帰って来たから、と言うよりも、父の驚きの言葉で驚いたのだろう。
「そう、わかったわ」
 もう一つ調理器具で湯を沸かした。その音と同時に、居間の扉が開いた。
「ひさしぶりだな、薫、何か用があって来たのか」
 下手な会話をしながら入って来た。それも首や体を動かしながらだった。まるで、始めて着た服のように思えた。恐らく、普段は寝巻きを普段着と併用しているのだが、涙に言われたはずだ。それで、滅多に着ない服を着てきたのだろう。
「おお、薫の、彼女か可愛い人だな」
「父さん、江見さんと言います」
「そうか」
「外国人で、宗教的な理由で名字がないのです」
「そうか」
「宜しく、江見と言います」
「そう硬くならないで、気が早いと思うけど家族と思ってくださいね」
「はい」
 江見は頷いた。
「いいから、いいから、座って、座って」
「ありがとう」
 江見は、笑みを浮かべ、椅子に腰を下ろした。
「はい、お父さん、出来たわよ」
「涙、ありがとう。江見さん、済まないが、ここで食べさせてもらうよ」
「どうぞ、気にしないで下さい」
 江見が、そう答えた。
「ありがとう。ねえ、江見さん、薫とは同級生、部活動とかで会ったのかな?」
 カレーを二口ほど口に入れると問い掛けた。
「違うよ。父さん」
「そうか、アルバイト先とかかな」
 また、二口ほど口に入れると問い掛けた。
「紅茶が出来ましたわ。父さんも食べるのか、話すのか、どっちかにしてよねえ」
 自分と二人に紅茶を渡すと、父に鋭い視線を向け、言葉を掛けた。
「ごめん、ごめん、そうだったな」
「ありがとう。涙ねえさん」
「頂きます。涙姉さん」
 薫と江見は、ほぼ同時に言葉を掛けた。
「どうぞ、そう、同級生でなかったの」
「うん、本屋でね。欲しい本を手に取ろうとしたら、同じ本を取るところでねぇ。それで、手が触れて、顔を見たら綺麗な人だな。そう思って声を掛けたよ」
 薫は嘘を伝えた。
「そうなの」
「そうです。私も、そう感じました」
「それで、彼女になって、そう言ったのね」
「いやあ、結婚して、そう言った」
 薫は、本当の事が言えない為に、思い付く事を口にした。
「まあ」
 江見は真っ赤な顔を現した。
「まあ、気が早いわねえ」
 涙は驚きを表した。父も、その言葉を聞き、喉を詰まらせた。
「父さん、大丈夫、水、水を飲んで」
 江見の顔をみて、二親は承諾したと感じた。
「そう、江見さんは、良い、そう言ってくれたのね」
「うん、それでね。結婚式に出て欲しい。それで、家に帰ってきたよ」
「そう」
 涙は、笑みを浮かべているようだが、悲しみを表しているようにも思えた。
「まさか、江見さんの両親は知らないのか?」
 薫は、父が不安を表したので、答えた。
「父さん、安心して、許可は取ったよ」
「そう、それなら、何の問題もないわ。出席しますわ。ねえ、父さん」
「そうだな」
「でも、明日、一日は、私達に付き合ってね」
「そ、そうだな。でも、涙、いいのか?」
「父さん、もういいの」
「そうか」
「それで、何時なの?」
 涙が問い掛けた。
「出来れば、直にでも来て欲しい。明日の用事が終わったら直でも」
「そう、いいわよ。父さんは大丈夫?」
「上司が駄目、そう言っても出席するよ」
「そうね」
「そうだろう」
「父さん、ありがとう」
「気にするな、こう言う時の為に必死に働いてきた。何日でも休むよ」
「うん、うん」
「それでは、父さんは風呂に入ってくるな、今日は泊まってくのだろう」
「うん、そうする」
「なら、薫は、父さんの部屋だな。江見さんは、薫の部屋で休んでもらいな」
「そう、そうね。それがいいわね」
「はい、そうします、涙ねえさん、お父さん、ありがとうございます」
 父は仕事で疲れたのだろう。風呂から上がると、簡単な挨拶で寝室に入ってしまったが、薫、江見、涙、三人が、大きな欠伸をするのは夜遅くまで掛かり、それまで、会話を楽しんだ。そして、次の日、やはり、年配だからか、朝早く起きるのが慣れているのだろう。誰よりも早く起きて、涙は朝食の準備をしていた。小鳥が朝の挨拶をしているような時間になると、先に、薫を起こさないようにして、連れ合いを起こした。恐らく、二人だけの話しがしたかったのだろう。
「おはよう、コーヒーを飲むでしょう。どうぞ」
「ありがとう」
「お父さん、薫に全て話すわ」
「そうか、そうだな。まだ、子供だが、結婚するのだし、大人になったような者だしな」
「そうでしょう。これから、私達と同じ事が起きるかもしれないでしょう」
「そうだな、親として話しをしていた方が良いな」
 二人は、そう言葉を返していたが、段々と声の音が低くなった。コーヒーの香りを楽しんでいるようにも思えたが、薫の今までの思い出を楽しんでいるのだろう。
「父さん、涙姉さん、おはよう」
「薫、おはよう」
「おはよう」
 二人の親は、何時間、いや、何十分だろう。時間を忘れていたが、薫の挨拶で、現実を思い出した。そう感じられた。
「薫、江見さんは起きていた」
「涙姉さん、覗く訳無いでしょう」
 涙は、笑みを浮かべていた。恐らく、返事が分かっているように思える。自分が、始めて、連れ合いの両親を紹介された日の事を思い出しているように思える笑みだった。
「そうね。起きてくるのを待ちましょう。知らない家で疲れているでしょうからねえ」
「うん」
「三人だから、丁度良いわ。薫、私からお願いがあるわ」
「なに、涙ねえさん」
「ん、涙」
「あのねえ。私の事、涙姉さんでなく、お母さんって、呼んで」
「え、なんで、どうしたの?」
 薫は顔を青ざめ、驚きの声を上げた。
「あのね、薫が言いやすいなら、って、今まで思っていたけど、そろそろ、お母さんって呼んで欲しいわ。駄目ならいいけど」
「えっ、だって、お母さんって言ったら怒られたから、今まで呼ばなかったよ」
「え、嘘、私が怒った?」
「憶えてないの、私が幼稚園に入った時だった。帰りに、何かの食事会に一緒に行って、その時、会場に入る前、恐い顔して、この店に入ったら、お母さんって呼ばないでね。涙お姉さん。そう言うのよ。分かった。そう言われたよ。憶えてないの?」
「え」
 話しの意味が分からなかった。
「今だから、何の食事会か想像できるけど、たぶん、同窓会と思う」
「あああ、そう、うん、うん、そうかも、私、早く結婚したから、あの時期は子供がいる。そう言われるのも、そう思う事も恥ずかしかったからだわ。なんだ、そんな、理由だったの、馬鹿ね。そう言えば良かったのに」
「涙ねえさん。今でも、あの時の事を思い出すと、背筋が寒くなる。本当に恐かったよ。会場に入って、誤って、お母さん、そう言った時の涙姉さんの顔、鬼のようだった」
「何となく思い出したわ。初恋の人と会えた喜びと、やっと話しが出来て、あの時は足が地に付いて無いほど舞い上がっていたけど、怒った記憶は無いわよ」
「えっ、分かったよ。もういいよ。母さん、そう言えば良いのでしょう」
 薫は一瞬だが、言葉を無くしたが、逆らえない事に気が付き、承諾するしかなかった。
「ギッギギ」
 扉の開く音が聞こえた。親子の会話が大きくて、江見は、その声で起きたのだろう。でも、内容まで聞こえていないようだった。もし、聞いていたら笑ったかもしれない。
「遅くて、済みません。おはようございます」
 江見は、何度も頭を下げていた。
「おはよう、座ったら、江見さん。コーヒー飲むでしょう。紅茶の方がいいかな」
「ありがとう。涙姉さん。薫さんと同じな紅茶にします」
「そう、どうぞ」
 涙は、江見に紅茶を手渡した。三人は、江見の紅茶を飲む姿を見ていた。別に楽しいとか、変わった飲み方ではない。ただ、新しい家族が出来た喜びと、これから、長い連れ合いの、今の姿を忘れない為だろう。
「ねえ、お母さん」
 薫が問い掛けた。
「えええぇ、かっか薫、さん」 
 江見は、心の底からの驚きの大声を上げた。
「江見さんは、好きな呼び方でいいわよ」
「はい、お母さん」
 薫が突然、言い方を変えた理由を知りたかったが、会話の流れに合わせた。
「ありがとう、嬉しいわ、江見さん」
「ねえ、お母さん」
 先ほどは、江見の驚きの為に話がそれたが、再度、問い掛けた。
「なに、薫?」
「今日は何処に出掛けるのかな」
「涌谷町って言う所よ。朝食を食べたら直に出かけるわ。途中で弁当を買って、夕方まで河原で過ごす予定よ」
「ふ~ん、そうかぁ。いいよ」
 それ以上は聞かなかった。現地に行けば分かるだろうし、その場に着けば、たぶん、理由を話してくれる。そう思ったからだった。
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 第十章、結婚式まで十五日前。薫と江見で最後の亀の欠片探し行動開始

「えええぇ、この部屋で一夜を過ごすの」
 二人は薫の部屋にたどり着いた。そして、江見が部屋での最初の声を上げた。
「そうですよね。この部屋で、朝まで二人で過ごすのは嫌ですよね。常識に考えれば当然ですね。なら、私は外で寝ますよ」
 江見は、薫の話を最後まで聞かずに、話を遮った。それも、不審を感じて、問い掛けるように話を掛けた。 
「だから、そうでなくて、何で明日の朝まで部屋に居るの。まだ、太陽が沈む時間は、まだまだ先ですよ。その意味が分からないわ」
「先ほども言いましたでしょう。資料館が閉館していますから、開館まで待たなければならない。それで、これからの事を、二人で話し合いをしましょう。そう言う事です」
「その意味は分かりますわ。それなら、今から遠い地の亀の甲羅を見に行かない」
「でも、そこも、たぶん閉館していますよ」
「この地から、それほど遠いのなら大丈夫でしょう。薫だって事は分からないわよ。ねえ、先ほどの建物のように入りましょうよ」
 薫は、我を忘れる程考えを巡らした。顔の表情を歪めるほどに、それでも、考えが思い浮かばなかったのだろう。だが、突然に微笑みを浮かべると話を始めた。まるで、神経や血管が切れて、思考回路が変わり、本当に別人のように変わってしまったようだ。
「分かりました。それでは、宮城県に有る物だけは、幽霊のように入るとして、もし有れば、それでいいですが、無ければ、様子を見て、大騒ぎになるようでしたら考えて行動しましょう。それでいいですね」
「それで、良いわよ」
 江見は微笑みを浮かべながら肯いた。でも、意見が通った為の微笑みではない。まるで、理想的な男性に会ったような感じに思えた。
(どうしたのかしら、別人のようねえ。でも、凛々しいわ。この様な感じなら赤い糸が繋がって無くても惚れてしまいそう)
「江見さん。それでは行きましょう。始めに向かう場所は、先ほどの所でなく、この都市の外れ名取市と言う所に向かいます。恐らく、銀行の周囲は警察が動いているはずです。資料館には向かわない方がいいでしょう」
「何故、その警察と言う者が来て、騒いでいると思う訳なの?」
「それはですね。先ほど試しに入った建物は銀行と言う所で、もう、警察に通報されているはずだからです。例え、幽霊だと思われても、詳しく調べているはずです」
「そうなの?」
「ですが、名取に行く途中で資料館を通って様子を見ます。騒ぎになって無ければ二番目に確かめる。そうしましょう。いいですね」
「でも、何故、始めに遠い所に行くの?」
「それは、三番目に行く所は、地図で場所を確かめた所、交番の隣にあるのです。出来れば最後にしたいです。それに、二番目の場所の理由は言わなくても分かってくれますね」
「そうね。警察の本部がるの。分かったわ」
「まあ、本部でないけど、常に居るのは確かです。そう言い理由です」
「ごめんなさい。もう何も言わないわ。信じて全て任せます」
「ありがとう」
「あっその前に、地図を見せて下さい。もしはぐれてしまった時の為に、大体の場所を記憶しておくわ」
「わかりました。その方がいいですね」 
 そう言うと、地図を食台の上に開いた。
「私達が、今居る所は、どこなの?」
「長町中学校の裏です。私の家までは、この地図には載っていませんが、もし、はぐれた時は、そうですね。太白区役所にしましょう。それなら、誰に聞いても分かるはず」
 薫は話をしながら、地図に二点の場所を指差して教えた。
「そう、忘れないように憶えておくわ」
「それで、これから行く所は、名取市の愛島と言う所に向かいます」
「愛島、愛島」
 江見は地図を見て、その場所を探すのに指差しながら探した。
「ここです」
 薫は目的の場所を指差した。
「あっ、可なりありますね。この場所なら行き帰りで日が沈むでしょうね」
「片道二十キロです。でも、歩く訳でないから、何事も無ければ行き帰りで二時間もあれば大丈夫でしょう」」
「えっ、なら、自動籠に乗るのですね。あれは、本当に早い物ですよね」
「え、自動籠。ああ、自動車と言うのですよ。人を乗せる事を生業にしている自動車です」
「そう、楽しみです。えへへ」
「その神社を確認して帰って来ても、三時までは帰れるでしょう。一番の問題は簡単に確認できるかです。それは、江見さんが幽霊のように建物に入り、確かめるまでの時間です。それが早く済み、何の問題も無ければ、資料館を調べます。予定では三十分もあれば十分でしょう。それから、交番の隣の神社。そこは向山と言う所です。えーとここです」
「ほう近いわね。それなら、薫の家に寄ってから行くのかしら」
「いいえ。資料館を確認したら、そのまま向かいます。そこに無ければ、北海道か東京ですね。そこに向かうには、二、三日待ってください。必ず行けるように、何とかしますから信じて下さい」
「薫。多分大丈夫よ。私が、この地に来たのは、薫に会う為だけのはずがないから、たぶん、薫が住む宮城県に有ると思うわ」
「感ですか。それとも、赤い糸の感覚器官で分かるのですか」
「今までの破片探しは、そうだったからね」
 江見は、簡単に亀の甲羅を探し出したはずはないが、薫を安心させようとした。
「有ればいいですね。宮城県に有るように祈りましょう」
「そうね」
「そろそろ行きましょうか」
「はい」 
 二人は、薫の部屋を後にした。
「そうだ。私の近所では、あの自動籠は通らないから、待ち合わせの場所を見ましょう」
 薫は、ある言葉を恥ずかしそうに呟いた。家の中でなく外を歩いているから、誰かに聞かれ、笑われると感じたのだろう。
「もう薫。籠で良いわよ。それで分かるわ」
「はい。それで、神社に着いた時に料金が分かるので、その時にお金を渡しますから、それを使って太白区役所に来て下さい」
「はい」
 江見は、その場所に着く十分間の間いろいろと、薫に問い掛け続けた。それも、本当に楽しそうに会話を楽しんだ。よほど、この世界の事に興味を感じただろうか、それとも、薫がいる世界だから必死に憶えようとしている。そう感じる事もできた。
「この建物です」
「ねえ、薫。この建物は、何をする所です」
「ここは、この国が決めた規則を申請や受け取る施設です」
「ああ、あまり係わりたくない所ね」
「そうですね。楽しい所ではないのは確かな所です」
 そう答えると手を上げた。
「何をしているの?」
 江見が問い掛けた。
「あああ、籠を止めるのです。手を上げると、乗りたいです。そう知らせているのですよ」
「そう。もし、私も乗る時はそうすれば良いのね」
「誰も乗ってなければ止まってくれます」
「はい」
「あっ、江見さん。止まってくれたから乗りましょう」
「おっ、自動で開くのね。おもしろいわね」
「江見さん。早く、早く乗って」
 江見は、立ち尽くしていた。恐怖を感じたのか、それとも、乗りなさいと、そう呼ばれるのを待っていたようにも思えた。
「はい」
「お客さん。行き先は何処でしょう」
 二人が席に着くと、即座に声を掛けてきた。
「愛島までお願いします。あっ熊野堂を通る道を行って下さい」
「畏まりました」
「済みません。それと、長町民族資料館の前を通ってくれませんか」
「分かりました」
 運転手は、ややご機嫌な声色で言葉を返してきた。片道二十キロも走るのだから当然だろう。そして、嬉しそうに資料館を通る間際に言葉を掛けた。
「お客様。長町資料館の前に、一時的に止まればいいのでしょうか?」
 益々、ご機嫌なのは、恐らく、暫く停車すれば料金が高くなる。そう考えたのだろう。
「いいえ。前を通るだけでいいですよ。待ち人が着ているか、確かめるだけですから」
「え」
 江見が驚きの声を上げた。即座に薫が片目を瞑って合図を送った。江見は、その合図に気が付き、それ以上声を上げなかった。そして、資料館の前を通り、何の騒ぎもなかった。そして、そのまま通り過ぎ、目的の場所に向かった。
「お客様。そろそろ、愛島ですが道なりに進んでいいのですか?」
「はい。この道路沿いに神社があるはずなので、そのまま走って下さい」
「お客様。もしかして亀神社ですか、それなら間もなく見えますよ」
「そうです。亀神社です」
「はい。亀神社ですね。分かりました」
「薫。もう着くの?」
「うん。間もなく着くみたいです」
「そう」
「お客様。見えてきました。あの、小さい丘がそうです」
 そう、運転手は言葉を掛けながら反対車線の駐車場らしき所に入ろうとしていた。
「おお何か、本格的な神社と思える雰囲気ですよ。ねえ、江見さん」
「当たり前でしょう。神社なのですから」
「お客様。二千五百円です」
「あっはい」
「三千円からね。ありがとう御座います」
 江見は、扉が開くと、何かに興味を感じたように、車外に出た。
「チョット、チョット待って」
 薫は、お釣を財布に入れる時間も惜しいのだろう。江見の元に向かった。
「薫。道を造る為に、本宮以外は削られたみたいよ。酷い事をするわね」
「そうなのか、この砂利を敷いてある所は駐車場のはずないよな。昔は車なんてある訳ないしね」
「そうよ。あっ車が行ってしまうわよ」
 江見は、疑問に感じて回りを見ていたからだろう。車が走り出した事に、今気が付いた。
「大丈夫。又、別の車に乗ればいいよ。それよりも、神社に行こう」
「はい」
「この石段を見ただけでも、そうとう年代を感じる神社だ。それにしても、この石段百段はあるぞ。上るのが大変だな」
「そうね。だけど、削られる前は、厳かな雰囲気を感じた神社だったはずよ」
「そうだろうね。だけど、ここなら欠片あるよ。神社の名前からして有りそうだしね」
「そうねえ」
「そうだよ。あっ、それと、三千円を渡しておくね。何かあった時使って」
 二人は石段を上りながら話をしていた。先に薫が上り終えると、驚きの声を上げた。
「えっ」
「無さそうね」
「でも、確かめないと分からないよ」
「そうね」
 二人は社を見た。木々が社を隠すように茂っている。まるで、神がいるような雰囲気があるが、三畳くらいの無人の社だけしかなく、それも、今にも崩れるような社だった為に欠片がない。そう感じたのだろう。
「江見さん。私は、ここで人が来ないように見張っているよ」
 薫は、一緒に見に行く。そう言えなかった。遠目からも社の扉が開かれて甲羅が見えたからだ。そして、江見の落ち込んだ様子を見たくないからだろう。薫は、心の底から探している甲羅でありますようにと、祈りながら石段のある方向に体を向けていた。
「薫。違ったわ」
「そうか、帰ろう。民族資料館に行こう」
「はい」
 二人は石段を下りると、数台の車が止待っているのに驚いた。その中の一台が自動籠だった。何故止まっているのかと、気が付かれないように視線を向けた。
「あっ休憩しているのですよ」
 全ての車の運転手が助手席で仮眠を取っていた。そして、薫は乗せてくれるか聞こうとして、車の窓を叩いた。
「ん」
 運転者が目を覚ました。
「済みません。休憩しているのに済みませんが、長町資料館まで乗せてくれませんか」
「ああっいいですよ」
 運転手は不機嫌そうに聞いていたが、地名を聞いて、微かな笑みを浮かべた」
「ありがとう。江見さん、早く乗りますよ」
 二人は車に乗っても、走り出しても話をしなかった。江見が、外も見ずにうな垂れていたので、薫は言葉を掛けなかった。勿論、運転手も雰囲気を感じ取り、声を掛けない。
「お客さん、着きましたよ」
「ありがとう。休憩の邪魔をしまして、そのお詫びとして、少ないけどお釣はいいです」
「ありがとう御座います」
 二人は資料館の前に着いた。薫は、資料館の周りの様子を見たかったが、江見が落ち込んでいる姿を他人が見たら、何かあったと不信がられる。それで、直ぐに資料館の裏手に向かった。
「江見さん、入れそう」
「大丈夫」
「江見さん、人は居ない」
「うん、居ない」
 そう言うと、一人で、幽霊のように資料館に入り、ある物に目を止めた。
「なんだ。忘れられたのでは無いのね」
 それは、八百万の神々をかたどった置物だった。 
「良かった。安心したわ」
 江見は甲羅が無くて落ち込んでいたのではなかった。昔は、人から神と言われた。その
八百万の神の末裔が、江見だ。その事に誇りを持っていたが、先ほどの神社を見て落ち込んだのだった。だけど、今は、甲羅の事を忘れているような感じで、資料館の全ての展示物を見て回っていた。
「あっ、江見さん。有ったのですね」
 先ほどより喜びの表情を浮かべていた。それで、見付けたと感じたのだった。
「無かったわ」
「そうか、なら、直ぐに、もう一つの神社に行きましょう」
「うん」
「籠を止めますね」
 江見に分かりやすい言い方をした。
「ああ、私が止めてみたいわ」
「いいですよ。どうぞ、お願いします」
 そう言葉を返すと、江見は楽しそうに手を上げて振っていた。
「おわあ、止まったわ」
 江見は手を上げて直ぐに、籠が止まったので嬉しかった。そして、扉が開くと乗り込み、
薫が乗るのを満足顔で待っていた。
「向山交番までお願いします」
 薫は籠に乗り込んだ。そして、扉が閉じると行き先を伝えた。
 二人は、宮城で最後に探索して出した神社の前に現れると、落胆の表情を浮かべた。そして、呆然と神社を見続けた。何故、そう思うか。それは、こぢんまりとした神社。そう言えば想像できるだろう。それでも、まだ、神社と思えるが、目の前の、それは、社と言うよりも祭壇としか思えない。何故か、立派な鳥居があり。小石が敷き詰められている。この二点があるから神社と名前が残されているのかもしれない。だが、歩道と二十四時間の食料品店、交番の駐車場に挟まれて見えなくなっていた。
「ここなの?」
 二人が、いや、誰が見ても、この神社では神が居るとは思えないだろう。
「地図の通りに来ましたから、間違いないです。これが、目的の八木山神社です」
「何処に置いてある。まさか、あの鳥小屋のような所なのかしら?」
「そうだと思います。江見さん。確かめないで帰りますか、どうします?」
「ここまで来たのですから、確かめて見るわ。もしもの為にね。有ったら馬鹿をみますからね。そうでしょう」
「そうですね。そうしましょう」
 薫は同意すると、社の元に歩き出した。その後直ぐに、江見も後を付いて行くが、苦痛のような表情を浮かべたのは隣の交番が気になる為だろうか、まさか、名前だけの神社に何かあるとは思えないからだ。
「ねえ、江見さん。見えますか、私は中が暗くて見えないけど、どうです?」
 薫は、鳥かごのような社の扉の隙間から覗きこんだ。
「ん」
 江見の言葉が聞こえない為に振り返った。
「駄目。信じられないけど凄い結界が働いているみたい、目を開けていられないわ」
「江見さん、分かりました。隣は交番ですし、目立つ事はしないで下さい。お願いしますよ。時間をずらして、又、来ましょう」
「そうねえ。そうしましょう。それにしても、ここは何を祭っているの。それに、由来は分かる。それが解れば対策もあるわ」
「私も、先ほど由来を書かれているはずの立て札を読もうとしたのですが、墨文字が薄くなって読めませんでした」
「そうなの。それなら、やっぱり強制的に術を破らなければ駄目なようね」
「止めて下さい。隣は交番ですよ。大騒ぎになってしまう」
「それなら、薫が鍵を開けられるの?」
「開けられないけど、社を壊す位なら鍵を壊して、警察に捕まった方がましに思えます」
「そうなの?」
「江見さん。甲羅を見るだけでも無理ですか、それが分かれば、この場の問題は解決しますでしょう」
「ここの祭り神の名が分かればね。主神でなくても副神でも良いのだけどね。それが分かれば見るだけなら出来るわ」
「ああ、あの時の幽霊のように、ですね。分かりました。何とか調べてみます」
「私は、この場所でいろいろ調べているわ」
「駄目です。私と一緒に来て下さい。隣が二十四時間営業の食料品店です。不審な事をしていると強盗と誤解されますよ」
「ぐっうう」
 江見は、心底からの苛立ちを現した。
「何をしているのです。行きますよ」
 江見は顔中を真っ赤にして動こうとしなかった。何かを考えているようにも思えるが、恐らく怒りの余りに聞こえていないのだろう。
「ぐっううう」
(最低な科学技術しかないのに、宇宙にも時の流れにも、他次元にも行けない世界なのに、全てを空想としか考えてない人達なのよ。本当に疲れるわ。この世界はね)
 この女性が呟く妄想も嘘ではなかった。薫の世界は、まだ、中世と同じ扱いをされていた。それだけでなく、時の流れの中では一番の不人気だった。時の流れを変えたいと思う犯罪者も、一国家の力が強すぎて邪な考えを実行しようと思う者も無く、歴史的な芸術家も無く盗む者も居ない。過去や他次元からの時間犯罪移民者も、物価も高く、自然環境も最低の為に訪れる者も居なかった。この世紀は時の流れの中でも簡単に入れるのだが、その為にスリルを感じないからだろう。誰一人来る者が居なかった。この女性のように強制的か事故の為に来る者ぐらいしか来ない。
「江見さん。行きますよ」
 薫は二度同じ言葉を掛けた。顔を赤らめ、頬を膨らませながら何かを呟いているから聞こえない。そう思ったからだ。
「聞こえていますわ。何度も言わなくても聞いていますわよ。本当にっもぉー嫌になるわ」
(まあ、役に立たないのに、薫は、逃げる時は早いのね)
 そう心に思い、薫に鋭い視線を向けた。
「ん。どうしました。ああ、大丈夫ですよ。恐らく、昔は、この山全体が、一つの神社だったと思います。直ぐに主神が分かるはず」
 薫は、江見の視線が問い掛けと思い、即座に自分の思い。微かな希望を答えた。
「それは本当なの?」
「そうだ。交番に聞いてみましょう」
「え、大丈夫なの。係わりたくなかったのでしょう。それなのに、私の為にありがとう」
「気にしないで、私の為でもあるでしょう。江見さんのような綺麗な人の為なら何でも出来るさあ。そう言ったでしょう」
「んっもー、そうね。ありがとう」
「隣だしね。直ぐに行きましょう」
「薫。本当に良いのね」
「何もしてないのだから大丈夫だよ。犯罪者以外は優しいからねえ」
「そうなの。それは良かったわ」
 江見は、完全に全てが終わった気持ちになっていた。この世界の事や地域の事が分からなくても、隣に有る物を隣の人に聞くのだから知っていると思うのは当然のはず。それは、薫も同じ気持ちだった。江見は、そのような気持ちだからだろう。嬉しくて薫の腕に抱きついた。余程、興奮を隠せなかったに違いない。二人は、そのまま交番に向かう。
「江見さん。先ほど言いましたように恐くないですから心配しないで下さいね」
 薫は、江見が抱きついてきたのは恐怖の為だ。そう勘違いした。それで、そのまま隣に向い、扉を開いた。
「すみません。聞きたい事があるのですが、いいでしょうか?」
「あっお願いします」 
 江見も厳粛な空気を感じ取り、自然と言葉が出ていた。
「構いませんよ。何でも聞いて下さい」
「忙しいところ本当にすみません」
「それにしてもいいですねえ。新婚旅行でしょうか、仙台はいい所でしょう」
「あ、その」
「えっ、う~ん。新婚旅行?」
 江見は言葉の意味が分からず問い掛けた。
「やはりそうですか、私も半年前に結婚しましてね。でも、私の連れ合いは、腕は組んでくれませんよ。結婚したらしてくれるかな、そう思っていたのですがしてくれません。何故なんでしょうねえ」
「あっ、その違います」
 江見は、所々の言葉の意味が分からず聞いていたが、やっと全ての意味が分かったのだろう。顔中を真っ赤にして手を離した。
「騒がしいぞ。何かあったのか?」
 不機嫌そうに上司が現れた。隣室で仮眠をとっていたのだが、騒がしくて事件と思ったのだろう。まあ、ほとんど笑い声の方が大きかったから、その注意とも思えた。
「いえ、何もありません。この男女が聞きたい事があるそうです」
「そうか、大丈夫だな。俺はもう少し仮眠をとるから頼んだぞ」
 大きい欠伸を上げながら隣室に消えた。
「それで、何を聞きたいのですか?」
「あの、隣の神社の事です。由来などを知りたいので立て札とか、資料館があれば教えてくれませんか」
「資料館はないですね。立て札なら社のそばに有りませんでしたか?」
「あるには有ったのですが、墨文字がぼけて読めませんでした」
「そうですか、う~ん。あっそれなら、神主さんにお会いしますか、気難しい人だから会ってくれるか分かりませんがどうします。行くなら教えますよ」
「行きます。行きます。教えて下さい」
 江見は、抱きつくのではないか、そう思える勢いで声を上げた。
「お願いします」
 薫も同じ気持ちなのだろう。同時に何度も何度も頭を下げていた。
「これが仕事なのですから気にしないで下さい。え~と、交番を出て右に行くと郵便局があります。その裏です。名前は、神野平蔵さんです。神野さんは果物が好きだから郵便局の隣の果物屋がありますので、買われたらどうでしょう」
「そうします。ありがとう御座います」
「ありがとう。あの、その」
 江見は礼を言いたいのだろう。だか、名前が分からず。戸惑っていた。
「お巡りさんでいいですよ。幸せになってください。お嬢さん」
「ありがとう。お巡りさん」
「神主さんと話が出来たらいいですね。もし、会えなくても仙台を楽しんで下さいよ」
「はい、そうします」
「それでは、江見さん。行きましょう」
「はい」
 江見は満面の笑みを浮かべた。
 江見と薫は、何ども頭を下げながら交番を出た。そして、二分位だろう。歩くと目的の郵便局の前に着き、隣の果物屋の勧める果実を購入して、神野家の前に着た。
「すみません」
 薫は、そう声を上げると同時に扉を叩いた。暫くと言うよりも可なり長い時間、玄関の前で待っていた。
「何か、御用があるのですか?」
 これ以上不機嫌な顔を表せない。そう思える感じで現れた。
「あの、ですね。神社の由来を聞きたくて、神野さんに会いにきました」
「何だと」
 益々顔をしかめた。
「あのう、神主さん。これをどうぞ」
「ん、何だ。それは?」
「ええーその、果物です。神様のお供え物を持ってきました」
「そうか、そうか」
 女性だからか、それとも果物と聞いたからだろうか、顔の表情が柔和に砕けた。
「どうぞ、神主さん」
「神様も喜ぶでしょう。茶でも出しますから上がりなさい。話があるのだろう」
「ありがとう御座います」
 二人は同時に声を上げた。
「さあ、上がりなさい」
「はい」
 二人は靴を定規で測ったかのように、揃えると、神野の後を付いていった。
「この部屋で待っていなさい」
 二人は部屋で待て。そう言われたが、とても落ち着ける気分でなかった。神社の由来を聞くからではない。座る事が出来ないからだ。何故か、それは部屋の中は年代物と思える壷や触れば壊れるような剣や息を吹きかけたら崩れるような文献や掛け軸が無造作と言うよりも隙間があれば置いているように思えた。これが本物か偽物かそう考えるよりも、客人を待たせる部屋とは思えないからだ。
「立ったままでどうした。寛いでくれていいのだぞ。由来を聞く為の礼儀としても、立ったままでは話し辛い」
「はい、そうですね」
「ああ、その食台を取ってくれないか、茶を置きたいのだ。それ、それだ」
 薫と江見は、神主に言われたが、指差すが普通に使用できる物か分からなかった。
「ふー、茶を持っていてくれないか」
 不機嫌そうに呟いた。
「はい」
 二人は頷き、何を使用するのかと、視線を送り続けた。驚いた事にゴミのように壷などを払いのけて、有る物の中では使用出来そうな物を引っ張り出した。
「驚いているようだな、やはり分かるか。この食台は年代物だぞ。由来を聞きに来るだけはあるようだな」
 二人が驚きの表情をしたのは机の事ではない。壷や剣が崩れ壊れたからだ。
「どうした。座りなさい」
 もう、二人は呆然とした。今度は食台を置く広さや三人が座る場所を作るのに、無造作に足で退けていたからだ。
「はい、はい」
 二人は頷く事しか出来なかった。
「由来だが、正確な事は分からない。時代が変わる度に権力者に文献を没収されてしまった。そして、昭和の空襲で殆どが焼けてしまったのだよ。それで、口伝で良いのならば話は出来るが、それで宜しいかな」
「はい、お願いします」
「今の話で分かってくれると思うが、正確な年代は分からないが、若い男の漁師と、ある国の姫と思える二人を祭っている。この男は姫の願いを叶える為に亀の甲羅を命懸けで守ったのだ。だが、一欠けらしか守れなかった。そして、怨み言を言いながら死んだ。結局、姫は現れない。恐らく、その姫は戦の勝利祈願の祈りを阻止したかったに違いないと思われていた。これだけなら神社は建てられなかったのだが、噂が広まったのだ。男の死ぬ間際の言葉だ。本当に呟いたかどうか分からない。
「姫が、この地に有る。この亀の甲羅の欠片と全ての亀の甲羅の欠片を取りに必ず戻る。その度に、私は生き返りお助けする」
「そう言いながら死んだらしい。そして、不規則な年で、何故か桜が咲く時期に甲羅が消える。すると、魚が獲れなくなり、飢饉、災害が起きたらしい。それで、恐ろしくなり、最後の亀の甲羅の欠片を守り神にして、そして、若い男と姫を神として祭り、この神社を建てた。と伝わっている」
 江見は、話が終わると、全ての意味が分かった。そう思える表情を浮かべた。
「ありがとう御座います。良い参考になりました。それで出来れば、福神と主神の名前を教えてくれませんか」
「主神が、江見神。福神が、かかり神」
「えええ」
 薫は、驚きの表情を浮かべた。
「ありがとう御座います。私達は、これで失礼します」
 江見が、薫の口を塞ぎながら声を上げた。
「そうか、幸せになりなさい」
「あっ、今からお参りしても良いですよね」
「好きにしなさい」
「ありがとう」
 そう言うと、薫を置き去りのような感じで、急いで神社に向かった。勿論、薫も神主には何も言わずに急いで後を追った。
「私と同じ名前ね。まさか、私の事。このような話は記憶に無いけど、主神の名前が分かれば、それで十分よ」
 そう呟きながら胸元から筆箱と札を取り出した。
「江見さん。待って下さいよ」
 薫が神社に着くと、もう江見は、社の扉に自分の名前を書いた札を貼り、両手でいろいろな形を、手で作りながら祈りを上げていた。 
「はっ」
 江見は、最後に気合を上げた。
「江見さん。見えましたか、それとも、甲羅の破片を取り出せたのですか?」
「何故、封印の術が解けないの?」
「駄目でしたか」
 江見が心底落ち込んでいる為に、それ以上言葉を掛けられなかった。
「何故、墨も水も以前使ったのが残っていたわ。紙も、この世界の物でないわ。何故なの三点の物は全て違う時代の物よ。全てが揃っているのよ」
 江見は不審に思うのは当然だった。違う時代や世界の物があれば、時の流れを止められる。例を挙げるならば、薄い紙でも時の流れを止めれば鉄でも切れる硬度になるのだ。今回は空中にある原子を固めているのだろう。そして、封印を解くのは同じ文字や数字を書いて解除と付け足すだけで良いのだが、文字か何かが足りないのだろう。
「江見さん。ガッカリしないで」
 薫は慰めの言葉を掛けようとした。その時に後ろから声が聞こえてきた。
「どうして泣いている。何かあったのか?」
 神主は不審と好奇心で後から追いかけて来た。
「えっ、その」
 薫は、理由を言えずに言葉を無くした。
「お嬢さん。理由は知らないけど、恐らく、この男から何か言われたのだろう。大丈夫だから安心しなさい。御神体を触らしてあげよう。この御神体に触ると必ず結ばれるか、運命の人が見える。そう言い伝えがあるから試してみなさい」
「え、本当ですか」
 江見は、驚きの声を上げた。だが、言い伝えでなく、甲羅を触れられるからだ。
「何代も前から封印されていたらしい。ご利益はあるだろう。それに、あなた方が来てくれたから壷が割れたのだ。その欠片の中から鍵を見つける事が出来た。これも、何かの縁だろう。心の底から信じなさい。願いが叶うはずだ」
「はい、願います」
 その言葉を聞くと、神主は頷き。握り締めていた鍵を、扉の鍵穴に入れた。
(あっ、鍵に文字が刻んでいる。江見と書かれていた。四重に術が仕掛けられていたの。これでは、術が解けるはずないわ)
 神主は、亀の甲羅を社から取り出した。
「心の底から信じなさい」
 そう呟くと、江見の手の平に載せた。すると、硝子が割れるような音が響く。と、同時に、虚空に残りの破片六個が現れた。その様子は幻のような蜃気楼のようにゆらゆらと揺れていた。まるで、シャボン玉の中にある絵の様に、その玉が弾ける度に、手の上にある甲羅と繋ぎ合わさった。それと同時に、二人の姿が溶けるように透け始める。
「何が、起きたのだ?」
「神主さん。言い伝えの女性。江見は、私の事のようです」
「あれは、本当の事だったのですか」
「恐らく、先ほどの話は記憶にないけど、長い時間の為に違う話しになったのでしょう」
「江見様の言う通りでしょう」
「そして、先に謝っておきます。私達が消えれば、この場の事は記憶に残らないはず」
「そうか、残念だな」
「今まで、亀の甲羅を守ってくれて、ありがとう。私は生まれ故郷の竜宮城に帰ります」
 そう言い終わると、江見と薫は、神主に視線を向けてない。もう神主が見えないはずだ。
(やっと帰れるのね)
 江見の目には忘れた事の無い。故郷の姿が見えると、嬉しさの思いがこみ上げてきた。
「江見さん。今、おぼろげに見えるのが、江見さんの故郷、竜宮城ですね」
「薫にも見えるのですね。そうよ」
 二人は、まるで、空間に溶け込むようだ。そして、全ての甲羅が繋がると、二人は消えてしまった。
「そうなのか、早く行きたいです」
「でも、行ってみてガッカリするかも、だって、薫の世界と変わらないからね」
「そうか、でも、私は、江見が住んでいた所の空気と言うか、雰囲気かな、それを感じたいから、心配しないで下さい」
「そう、それなら良かったわ」
「はい、楽しみにしています」
 全ての破片が揃い、体が空間に溶け込んだのに竜宮城の世界に入れない。まだ、ぼんやりと見えるだけだ。そう、不審な顔を浮かべながら話をしていた。
 突然に、二人は竜宮城の世界に吸い込まれた。まるで、何かの言葉を言ったからのように思える。だが、それは分からない。江見の満開の笑顔なのか、それとも、薫の決心の言葉を上げたからなのだろうか、それとも、江見が、薫の手を握り締めたからか、全てが重なったからだろう。そう感じられた。
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第九章、結婚式まで十五日前。江見の過去、そして、薫と江見で最後の亀の欠片探し。
「江見さん。どうです楽しかったですか、物語に出てくる物や話の元に使われている資料の本がありますよ。見てみますか」
「それより、この作者は、羽衣の関係の話を好んで書いているの」
「余程、この作者が気に入りましたね。確かに面白いですからね。だけど、この本は初期の作品です。幼い頃に祖父に聞かされた事を参考にして書いたそうですよ。それで、最近、古い書物が家から見付り、書き足して、豪華本で出版されたのです」
「そうなの。今の物語は、私が体験した事よ。主人公の江見は、私の名前だしね。相手の赤い糸が見えると嘘を言った男の名前もカイよ。土地の名称も全て同じなの」
「だけど、神話を元にしているけど、現実では滅亡した国です。それに、種族名を変えて復興なんて出来るはずないですよ。それに、この本には書いてないが、初版本には、主人公は竜宮城から来て、その竜宮城は、時の流れの狭間にあるのですよ。これだけでも信じられないのに、過去、未来、多次元を飛び回るなんて信じられませんよ。それなら、江見さんは、竜宮城から来たのですか」
「そうよ。竜宮城から来ました」
「何かの機械で」
「いえ、羽衣の力でね」
「へえ、今」
「まって、一々聞かれても困るから、私から全て話します」
「はい」
「私たちは、八百万の神々の仲の一種族なの。そう言えば分かるでしょう。勿論、元は薫の世界に竜宮城はあったわ。だけど、薫のような心の綺麗な人や好きになってしまった人間を助ける為に、神々同士で戦いが起きたの」
「えっ、本当に竜宮城はあったのですか」
「だから、最後まで聞いてから問い掛けて」
 そう言ってから、江見は、又、話を始めた。
「六千年ほど前に栄えた。先史文明の生き残りである八百万の神々は、子孫を残す事が難しくなると、自分達の遺伝子と猿の遺伝子で人間を造った。その、自分達の遺伝子の有る人間達を守る為に戦争が起り、竜族だけは最後まで中立を守り、人を見守る事を通したが、その為に、他の神々の怒りを受けてしまい。竜族以外の全ての神々の力で、竜宮城だけでなく、島ごと時の流れの中に閉じ込められてしまった。その住人が江見の一族だった。別名は天人族と言われていたが、その住人は、時の中に閉じ込められたからだろう。体の機能が変わり、背中に蜉蝣の羽と左手の小指に赤い感覚器官が現れた。羽の力で、様々な時の流れを飛ぶことができる。そして、左手の小指に赤い糸のような感覚器官があり。その感覚器官で連れ合いの導きと、行動の指示の働きをしていた」
 江見は、教科書にでも書かれていたのだろう。感情を込めずに思い出しながら語る。そして、終わった訳ではないが、一息付いた。それを待っていたのだろう。薫は、即座に口を開いた。余程、問い掛けたくて仕方がなかったに違いない。
「たしかに、ここまでは同じ内容です。現実では、戦いで王が殺され国が滅んだはず。この本でも同じです。だが、信じられない事は、死んだのは王でなく影武者だった。復讐と復興の為に、一族全てが自国も名前も捨て、自国を滅ばした国の家臣に入る。そして、その主を、謀反を起こすようにそそのかし、負けるように計画を考え。それで、仇の首をとり終えると、まだ幼い、仇の主君の元に娘を嫁がせて、影から国を支配する。こんな歴史は聞いた事がありませんよ」
「う~ん。何て言えばいいのかな。正しい時間の理論は忘れたけどねえ。私達のような一族とか、これより先の未来では、過去などの世界に行けるのです。それが原因で、複数の時間の流れができたと聞いたわ。私達や未来人が一度でも過去に行くだけで、時の流れが変わるらしいの。私たちの学者が確認をしたわ。それはね。ある文明の知識を憶えさせて、文明の不審な点を確認させに行くと、考えた通りの事が起きるの。だけど、学者だからでしょうねえ。ある考えが浮かんで実行したのよ。それはね。ある文明の知識がない者と知識のある者を同じ所に送ったの。だけど出来ないの。必ず、片方が敵国に行ってしまうの。知識のある者は、歴史の通り確認と取ってくるわ。だけど、知識がない方は、羽衣伝説の本のような歴史を体験してくるのよ。
 それで学者は、時間の流れを変えられないように常に二通りの流れがある。そう結論をだしたわ。そうでしょう。この死ぬべき王が生きていようと死んでいようと、娘は、君主と結婚するのだからね。影で操っていたと言う相談役も、仇を討ち取った事は娘の実の父とは公然にしてないでしょう。二通りの歴史でも、最後は、補佐役は、若い二人を守り抜いた。そう書かれているはず。
「分かりました。そうなのか、それでは、兄弟争いで殺された者とかは死んでないのか、海を渡ったとか、別の地で生きている。そう言う伝説は本当なのかな」
「そうよ。死ぬ物狂いで高い地位に付いても、好きな人ができて止めてしまうか、戦いの準備だけで終わってしまうのよ。だから、未来人が歴史を変えようとしても無駄らしいわ。二つの時間の流れが柔軟に重なるからね」
「ほう」
「ひょっとしたらね。私と言う異分子が、この世界に来なければ、薫は死んでいたかもね。歴史に関係ないような人でも、時の流れには必要なのよ。薫を見て、怒り、笑い、泣く。
それだけでも、ある人物の人生の力に関係するわ。信じられない。そうねえ。もしよ。些細な交通事故で薫が死んでも、犯人が政治に関係ある人なら歴史に影響あるでしょう。私が言いたいのは、そう言う事よ」
 薫は、江見から、死んでいた。そう言われた事が気にかかり、思考にふけった。
(私は死ぬ運命だから竜宮城に行けるのかな。
はー、痛いのかな、苦しいのかな、でもでも、江見さんと一緒に居られるならいいか)
「そうかー、分かりました。それで、江見さんは直ぐに故郷に帰るのですか?」
「えっ何で?」
「そうでしょう。私は、江見さんの生涯、ただ一人の連れ合いでしょう。もう連れ合い探しの旅は、必要ないはずですよねえ」
「う~ん」
 江見は返事に困った。
「私は、あの本のようなカイとは違いますよ。嘘は言いません。本当に見えますよ。それに、江見さんの為なら何でもできます。何か機会があれば証明します。必ずします」
「本当ですのぉ?」
「ほっほっ本当です」
 薫は、一瞬だが、命の危険を思い浮かべて、言葉に詰まった。
「それなら、泥棒になって下さい」
「えっ」
「出来ますわよね」
「江見さんの為ならやります。ですが、理由だけは、教えて下さい。お願いします」
「そうよねえ。確かに、連れ合いが見つかれば帰れたわ。ですが、ある失敗をしてしまったの。その事を解決しなければ帰れません」
「なんですか、それは」
「それは、竜宮城に帰る時の起点なのです。普通は、動かない物に付けるのですが、私は亀に付けてしまったのです」
「亀ですか」
「そう亀です。それも、食べられてしまいました。せめて、甲羅が残っていれば良かったのですが、占いに使われバラバラにされて何処にあるのかわかりません。もし、連れ合いが見付かっても帰れません」
「信じてくれないのですね」
 薫は、悲しみを浮かべた。
「私の話の流れで、連れ合いと感じたのなら謝ります。でもね。私の故郷、竜宮城の住人でも神を全く信じない人はいるの。勿論、赤い糸も信じないわ。でも結婚はしますよ。楽しい人や頼れる人などでね。その人達の理屈では、神が決めた相手は遺伝子的に合うだけ。そう言っているわ」
「それで、江見さんは、どちらですか?」
「う~ん。内緒」
「あの、あの、何でもしますから、赤い糸の導きを信じて下さい。私は嘘を付いてないですよ。信じて下さい」
 薫は、心の底から悲しそうに問うた。
「そうねえ、考えとくわ。まず先に、亀の占いの事を調べてくれますか、まずは、それからね。出来ますか」
「はい、はい、分かりました」
 薫は、無我夢中で本を読み始めた。一つでも関連の本を見付ると、興奮を表しながら話を始めた。
「ありがとう。そうなの、それなら、占いで使われた亀があるか、調べられる」
「出来ますが、それを調べるなら機械の方がいいでしょう」
「機械ですか」
「そうです。皆はパソコンと言っています。それなら、詳しく調べられますよ」
「そう、ぱ、そ、こ、ん。ふ~ん」
「そうです」
「分からないけど。それでも、良いわよ」
「それなら出掛けましょう」
「出たり入ったり、忙しいわね」
「私は持ってないのです。済みません」
「別に良いわよ。出掛けるのでしょう。それなら早い方が良いわね」
「早く見付けて、私も竜宮城に行きたいですからね。見付ければ行けるのでしょう」
「そうねえ」
 薫は目を血走らせて興奮を表したからだろうか、江見は気のない返事を返した。
「分かりました。早く済ませましょう」
 それから二人は直ぐに部屋を後にした。それほど町の中を歩き回らずに、パソコンを貸す事を生業にしている店に着いた。
「ほう」
 江見は驚きの声を上げる。薫が、店員と長い時間が過ぎたから、そう感じたからではないだろう。それでも、薫が異性と話すのは気分が悪いに違いない。暫く見詰めていたが、薫が怒り声を上げているのを見て、色恋事でない。そう感じたからだろう。時間を潰す為に店内を見回し、興味を感じたからだ。
「だから、私だけがパソコンを使用するのです。連れは何もしないで椅子に座っています。ですからひとり分でいいでしょう」
「お客様、二人で室に入るのですね。それではお金を頂くのは規則です。お連れ様はパソコンでなくても楽しまれる物が有ると思います。そうお伝えしてみてはどうです」
「そうですか、それでは、他の店に」
 薫は本気で帰ろうとした。
「お連れ様は興味を引かれたようです。良かったですね。それでは、二人分を頂きます」
「はい、分かりました。一人分は割引券で」
「ああ、お客様。お一人で来店に限り、割引券が使えます」
「うっうう、はい」
 薫は何も言い返す事が出来なかった。
「有難う御座います」
 薫は、お金を払うと、店員の話を最後まで聞かずに、江見の元に向かった。それも怒りを表しながらだ。普段は一人で来る為に分からなかったのだろう。
「どうしたの。時間が掛かっていたわね」
「何でもないよ。冷たい物か温かい物にするか迷っていました。冷たい物でいいよね」
「冷たいので良いわよ。ん、でも、この茶碗」
「あっ江見さん。この茶碗で、好きな物を自分で持ってくるのです」
「どこですのぉ?」
 手で場所を示したが、始めて機械を見たのだ。分かるはずない。それで、問い掛けた。
「ああごめん。一緒に行きましょう」
 薫は、江見に丁寧に教えた。それも心の底から楽しくて、嬉しそうな様子だった。
「え、飲み放題なの?」
「そうですよ。冷たい物なら何でもね」
「凄いわねえ」
「それでは、座って調べましょう」
「そうねえ」
「ああ、ここがいいですね。私の隣に座っていて下さい。今調べますからね」
 薫は、隣り合わせの二席を探し、座った。
「おっおお、凄いわね。その機械は亀の甲羅が出てくるのねえ」
 江見はパソコンの画面を見て驚いた。
「えっ、そう言う訳ではないのですよ」
「そう、ごめんね。でも、探してくれるなら、占いに使われた。壊れた物をねえ」
「はい、え~と、千年ほど前で、占いに使われて、壊れた物で、場所は特定しない」
「そうです」
「うわー。何千件もでてきた。江見さん、この国だけの限定でいいよね」
「そうねえ」
「それでも、三十件もあるなあ」
「そうなの」
「一個ごと見せますから、違うようなら言って下さい。いいですか」
「はい」
「これは違うかな」
「う~ん、これは違うわねえ」
 薫が、亀の甲羅を画面に出すと、喜びの悲鳴を上げながら画面を見る。欠片だけを見ても分からないと、そう思うだろうが、そうではなかった。だいたいの予想ができた。
「そうですか、この五個が似ているのですか、直接見られれば分かるでしょうね。だけど、展示されている施設は場所が遠いのや、公開していない物もありますね。どうするか」
「ん、その画面に直ぐ出てくるのに、行けないほど遠いの。それに、公開とは何ですか?」
「えぇ~とですね。今地図を見せますね。今、私達がいるのが、日本と言う国で、東北の宮城県です。宮城県には三個あります。それで、四個目の場所は北海道で、最後の一個の場所が東京です」
「そうねえ。距離の感覚は分からないけど、離れているわね。遠いのは見て分かるわ」
「でしょう」
「でも、公開ってなんですか?」
「それは、古い物や貴重な物を見せて、お金頂く商売です」
「ほう、ああ、分かりましたわ」
 悩んでいたが、その謎が解けたような嬉しい笑みを浮かべ頷いた。
「それでは、今日は、この店を出て、明日でも県内の博物館や神社に行きましょう」
「何で、明日なの?」
「今日は土曜ですから、昼では、もう公開の時間が終わっています」
「そう、見られる時間があるのね」
「はい」
「そうなの。見られないの?」
 江見は、心底からガックリとうな垂れた。
「でも、帰り道に博物館の前を通るから、建物の外見だけでも見ましょう。ねえ」
「ありがとう。見てみたいわ」
「外観を見ただけでも驚くと思いますよ。もし、江見さんが言っていた物なら盗むのでしょう。これでは無理だ。そう感じますよ」
「そう」
「そうですよ。今の世の中、泥棒と言う商売は難しいですよ。ああ、ごめんなさい。商売ではないですね」
「わあはは、良いわよ。謝らなくても、言っている事は分かるからね」
 薫は、江見と話すのが楽しい。それは、心底から感じる。でも、歩きながら話は止まらない。話を止めると嫌われる。そう思えるような話し振りだ。そして、目的の場所に着き、博物館の説明を始めた。まるで、本職の博物館任の人、その者のようだ。
「そんなに厳しい警護とは思えないけど、警護人も五、六人でしょう。そして、隠れて様子を見る機械と鍵で閉めてあるのよねえ。一番の肝心な護符が貼ってないから、誰でも簡単に入れると思うわよ」
「え、護符、護符ですか」
 薫は、江見の言葉の意味が分からないのだろう。不審な表情を表した。
「そう、護符よ。何を驚いているの?」
「護符を貼って、何か意味があるのですか」
「薫、何を言っているのよ。一番の肝心な事でしょう。本気で言っているの?」
「だって、江見さん。紙に文字が書いてある。あれでしょう。ねえ、そうでしょう」
「もうー、時間世界では常識でしょう。人の世の未来世界とも契約したはずよ。だって、薫も、していたでしょう、パソなんとか、あの機械の箱で文字を記入していたはずよ」
「未来って、何時の。この現代に関係ないでしょう。え、パソコンが、何ですって」
「さっき、薫が、使っていたでしょう。契約の番号や偽の名前ですよ」
「えっ、あああ。あれが何ですか」
「もうー本当に知らないの?」
「お願いですから怒らないで下さい。でも、あれは、制限のある所に入る為の番号と名前ですよ。それと、護符と、どうして同じなのですか、教えてくれませんか。出来れば小声でね。閉館した前で大声を上げていては、変と思われますよ。歩きながら話しましょう」
「そうねえ。目立つわね」
 閉館の前で、薫と江見は大声を上げていた。人々は、話の内容は分からないはずだが、恋愛の末期を見ているような視線を向けられた。
「本当に知らないのねえ。分かったわ。私の亀と同じ仕組みです。その時代に無い物は固定や反発するの。それで、文字や絵で時間の流れを緩和させるのよ。出来れば、三点全てを持ち込めれば完璧ね。水と紙と墨ね」
「ほう、でも。それと、番号と名前が関係あるのですか、無いように思えます」
「元々護符はねえ。人の出入りを制限する物だったの。絵が書かれていて、その紋章の家だけが入れるようにしていたの。始めは、何の効力も無かったわ。ただの絵が書かれている紙だったの。でも、多次元や未来から人が訪れ、そして、行けるようになると、偶然に護符が信じられない働きをするのを発見したの。薫が先ほど自分専用の番号などを書いたと同じ様に絵や文字を書かないと入れないのに気が付いたのよ」
「それが、本当なら凄いですね」
「嘘は、言ってないわ。そうねえ」
「ん、どうしました」
「あの建物に入りましょう」
 江見は、ある銀行の十五階の建物に指し示した。薫は、驚きの声を上げた。そう感じるのも仕方が無いだろう。警備員がいて、最新と思える警備体制と機械がある建物だからだ。
「閉まっていますが」
「だからよ」
「ほう、護符でも使うのでしょうか」
「あっらぁ、何の処置していないわ」
「え」
「好きな所から入れるわよ。入ろう」
「チョト待ってください。入れるはずが」
「大丈夫よ。付いてきなさい」
「あの、もし、チョト、あの、入れたとしても警察に通報されたら、あの、ですね」
 薫は、江見の話を信じていなかった。だが、それでも、江見のような綺麗な女性に出会える事は、もう無いだろう。そう思い、真剣に亀の甲羅を探して手渡したかった。そうすれば生涯の連れ合いになる。それなのに、ここで警察に通報されて捕まれば全て終わりだ。それで、必死になって止めようとした。
「警察。ああ、犯罪だから捕まる。そう思っているのね。大丈夫よ」
 江見は、薫の気持ちも知らないで、建物の裏へ裏に歩き出す。裏口にでも行こうとしているのだろう。
「江見さん、計画を考えてからにしましょう。入れるのは分かりましたからお願いです」
 薫は、必死で止めようとして、肩を掴もうとした時だ。
「え」
 何もない壁の中に、江見の体が半分消えた。
「大丈夫よ。早く手を繋いで、入れるから心配しないで、早く来て」
「うっ」
 薫は恐怖の為に目を瞑り、壁の中に入った。
「ねえ、大丈夫でしょう。目を開けても良いわよ。もう、建物の中よ」
 建物の中は警備の為だろう。窓が閉められていて、真っ暗だった。
「何も感じなった」
「でしょう」
「これは、夢か幻か、本当に現実なのか?」
「馬鹿ねえ。現実に決まっているでしょう」
「おっ」
 薫は靴音を聞いて、顔を青ざめた。
「どしたの。あっ、大丈夫だから」
 警備員のはずだろう。携帯の電灯の光と同時に、足音も近づいてくる。薫は、益々顔を青ざめるが、江見はまるで、おばけ屋敷の脅かし役のような喜び顔で待ち構えていた。
「駄目だ。来る、来るぞ。これで、私の人生は終わりだ。ああ犯罪者になってしまう」
 薫は、江見に微かに届くような声で、独り言を呟いた。
「えへへ、もう少しよ。もう少し」
 江見は薫の言葉を聞いたはず。だが、返事を返さない。何故か楽しんでいるようだ。
「え」
「面白いわよ。見ていて」
 江見は、壁に当たる携帯の電灯の光を見続ける。その光の輪が大きくなるにしたがい、心を躍らした。逆に薫は、光よりも曲がり角を見続けた。何時、警備員が出てくるかと心配しているのだろう。
「3、2、1、どろろろろぉ」
 江見は、警備員が来る時間を考え、それに、合わして声を上げた。
「ひ、ひ、ひ~」
 警備員は二人現れた。一人は声を出す事も出来ずに、腰を抜かし、口から泡を吐いていた。もう一人は腰を抜かしながらこの場から逃げようとしている。だが、手や足を動かしているが、全く進めないでいた。
「ゆぅうれいぃ、幽霊。来ないでくれ、私は何も悪い事もしてないぞ。お願いです。取り付くことも、逆恨みもしないでください。お願いです。助けてください。助けてください」
「幽霊、ん。何で、見えないのか?」
 薫は、不審な声を上がる。薫からはハッキリと二人の警備員が見えたからだ。
「ひっひっひぃー」
 同じ場所で悲鳴を上げている。それも、そうだと思える。江見と薫の姿が透け、壁に貼られている紙の文字が見えるのだ。それだけでなく、陽炎のように姿が揺れながら声も震えて聞こえるからだ。
「面白いでしょう。自分の意識しだいで、自分の姿を見せる事も、他人の姿を借りて見せる事もできるのよ」
「ほう、それは凄いですね。それでは、そろそろ、家に帰りましょう」
「え。甲羅を見に行かないの?」
「は~あ、もう、これで大騒ぎになりますよ。直ぐに、民族資料館に入れば捕まります。それに、出る時に見られたら~、どうするのですか、それで、」
「大丈夫よ」
「はい、はい、誰にも見られなければ、そうしましょう」
(何で、そんなに簡単に思えるのかな)
 薫は、心の中で愚痴をこぼした。
「そうねえ」
 江見は、頷くと、壁に視線を向けた。
「あのう、江見さん」
「チョット、待っていて」
 そう言うと壁を見続ける。不審を感じる程の時間の為だろう。薫が声を掛けた。
「今なら大丈夫よ。行きましょう」
「え」
 江見が突然に大声を上げた。壁を見ていたのでなく、壁の向う側の人通りを見ていたのだろう。そして、人が居ないのを確認と同時に、薫の手を掴み外に向かった。
「ほっ、誰も居ない」
 深い息を吐いた。それも、心の底からの安心が感じられた。恐らく、犯罪者にも化け物のような扱いもされなかったからに違いない。
「ん、何をしているの。行きましょう」
「その場の思い付きでなく、少しは考えてから行動しましょう」
「心配しょうね。大丈夫、大丈夫よ」
 そう問い掛けたが、まったく気にする気持ちが無く、今来た道を戻り始めた。
「江見さん。チョット待って、待って下さい。何処に行くのですか?」
「何処って資料館でしょう」
「え、今から見に行くのですか」
「そうよ。なぜ聞くの?」
 江見は、薫から問い掛けられるが、立ち止まることなく歩き続ける。
「でも。もし、もし、何かあったら困るでしょう。計画を決めてからでも遅くないはず」
 嫌な予感を感じて、江見の手を掴み引き止めた。そして、必死に説得し続ける。
「ん、あっ」
 江見は、薫の真剣な表情を見て、自分も必死に説得した時の事を思い出された。
(そう、甲羅を返して、そう何度も言ったわ。私も、薫のように真剣に頼んだ。お願いだから止めて、返して、別の亀を捕まえてくるからと、何度もお願いしたのに駄目だった。そうよね。私も、今の薫のような表情をしていたはずだわ。だから、薫の気持ちがわかる)
「そうね。薫の言ったように計画を決めた方が良いわね。それなら、薫の部屋に早く行きましょう。そこで、ゆっくり考えて行動しましょう」
「ほっ、分かってくれたのですね。良かった。本当に良かったよ。うっうう」
「ハハハ、何を泣いているの。バカッねえ」
 江見は笑って、自分の気持ちを誤魔化していた。昔を思い出して、怒りとも悲しみとも思える思いを感じていたのだ。もし、あの時の人が、少しでも、今の私のような気持ちがあれば、複雑な旅をしないで済んでいたはずだからだ。
「本当に恐かったのですよ。犯罪者になるのか、もう、どうしたら良いのか真剣に考えました。どうやって説得しようかと~」
「え、私の為なら何でもするのでしょう」
「でも、でも」
「いいわ。だから確りして」
 誰が見ても、薫の姿は情けないが、それでも、一つは克服ができた。普段の薫は、人目を気にしてビクビクしていた。話す相手がいるか、何かをしていれば何でもないが、一人だと人が恐いのだ。それで、外に出る時は必ず本を持ち歩き、本を読んで人との係わりを隔てようとしていたが、江見が生涯の連れ合いなら心配はないだろう。江見だけを思い考えれば良いのだからだ。
「おおおお、江見さん。私は大丈夫です」
「正気を取り戻してくれて良かったわ」
 二人は、薫の部屋に向かった。薫は情けない姿を思い出したのだろう。江見に弁解をするかのように話し続ける。「いいのよ。いいのよ」と答えながら頷いているが、聞き流しているようにも感じられた。余程、甲羅の事が、気にかかるのだろう。
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 第八章、一族が消える三十分前、
四人の武将は、部下に出発の準備と武具などの整理を任せると、有る場所に向かった。その場所は、四人の武将の言葉で判断できるだろう。
「かかり、月姫の言葉を伝えに来た。外に出て来てくれないか」
 そう呟きながら扉を叩いた。中でゴソゴソしている音が聞こえる。だが、中々出て来ない。再度、扉を叩こうとした。
「まだ、江見さんは帰って来ていませんよ」
 目には涙の痕が残っていた。恐らく、旅にも行けず、江見とは強制的に引き離された為だろう。泣いていたに違いない。
「そうか、その事で来たのではない」
「そうですか、俺は、その事以外では話す気持ちなどない。帰ってくれ」
「甲羅は持っているか、それが心配で来た」
「ある、中にあるよ。それが何か?」
「そうか中にあるか、それは良かった。甲羅を返して貰うぞ」
「なにぃ、ぐっほ」
 四人の武将は無理やり中に入ろうとした。邪魔なかかりを、まるで、物を退けるように腹に一撃をあたえ。四人は中に入った。
「あった。これだ」
 甲羅は寝台のような所の上に置いてあった。それを取り上げ小屋から出ようとした。
「かえせー」
 かかりは、甲羅を取り戻そうとして、甲羅を持つ左の手に掴みかかり、取り戻した。
「何をする」
 一人の将が、かかりを蹴り飛ばした。小さい小屋だから板壁に叩きつけられ、うずくまった。痛みの為と言うよりは甲羅を腹の下に隠すように思えた。四人の武将に殴られ蹴られるが、動こうとしない。それでも痛みは感じるのだろう。苦痛を感じる悲鳴だけ、何度も響いた。そして、顔面に蹴りが入り仰向けになったが、甲羅は手から離さなかった。
「ごめん。かかり」
 カイが、江見とかかりの事が心配で小屋の近くまで来ていた。だが、かかりの虐待を見ると又、逃げ出した。
「誰かが来たようだぞ。早く事を済まして、この場から消えるぞ」
「そうだな」
「私達だと思われると厄介だからな」
「遊んでないで捕まえていろ。私が甲羅を取る」
 この言葉を最後に、かかりから無理やりに甲羅を毟り取った。そして、かかりは声も上げずに仰向けのまま動かない。唯一の希望が消えたのだから仕方が無い。
 この事を知る者はカイしか居ない。そのカイは誰にも告げずに家で震えていた。それでも家に居るのだ。父が帰るのを待っているのだろう。その頃の父は、まだ、神社にいた。
「村長、全ての村民が、この地から消えるのか?」
「我々が共にではお邪魔になるだろう。我らは陰から一族の為に働かなくてはなぁ」
「私も毎日、お祈りを致します」
「お願いします。それだけが一族の心の支えです」
「私も、他家の名前を名乗っていますが、同じ一族です。気持ちは同じですよ」
「そうでしたな」
「行かれるか」
「そろそろ、親子の会話も終わった頃でしょう。見送りに行かなくてはならない」
 そう呟くと階段に向かった。階段を半分くらい下りた頃だ。
「もう行かれてしまわれた。それほどまで急がれなくても、だが、この気構えなら占いは叶いましょう。これからが楽しみ。そう思っているでしょう。私もそうです。上様」
 木々の隙間から人々の行列が見えた。
「それでは家に帰るか、カイは自分の部屋で震えているだろう。これで懲りてくれればな」
 村長は、江見、かかり、カイが通ってきた道を逆に進み、家に向かった。
「カイ、カイ居るのだろう。出て来なさい」
 家に入ると、直に大声を上げた。普段なら誰かは居るのだが、祭りの為に誰も居なかった。それを知っているから大声を上げたのだろう。
「父上、父上、助けてくれよ。俺も、俺も、かかり見たいに殴られ蹴られるのかな」
「今、何と言った」
 息子が泣き叫ぶ声を聞き流していたが、余りにも物騒な話しを聞き、問い返した。
「だから、父上なら、俺も、かかりも助けられるだろう。あれでは死んじゃうよ」
 かかりは、父の足に縋り付いた。
「本当に邪魔をする者がいたのか、刺客がいるのか?」
「え、刺客」
「それは何時だ」 
 息子の顔を自分に向かせた。
「え、三十分くらい前かな」
「カイ、どこだ。その場所を教えろ」
「えっ」
「いいから、案内しろ」
 そう、息子に問い詰め、かかりの家に向かった。
 玄関の前で、かかりは倒れていた。それを見るとカイは立ち尽くした。最後に見た場所から動いたように見えなかったから死んだと感じたのだ。そして、村長は息子を落ち着かせると、かかりに駆け寄り抱き上げた。呻き声を上げているが、誰が見ても助かるとも思えなかった。それでも声を掛け続けた。
「かかり大丈夫か、確りしろ」
「うっうう、許さない」
「誰に遣られた。えっ」
 何か言っていると感じて、口元に耳を近づけた。
「許さない。うっうう、許さない」
 恨み事を繰り返すだけだった。
「カイ、私の家に運ぶから誰かを呼んで来てくれ」
「はい」
「甲羅は盗られたのだな、私にも、一族の為にも必要な物だ。必ず取り返す。もう心配するな。もう話しをするな」
「うっうう。許さない」
 もう、村長の声は、かかりの耳には届いていない。二人になって数分くらいだろう。カイが現れた。恐らく自宅でなく。近くの家か、祭りを楽しんでいた者に頼んだのだろう。数人の男女が戸板を担いで現れた。
「村長なにがあったのです」
 現れた中の一人の女性が声を掛けながら水筒を手渡した。
「占いの甲羅が盗まれた。誰か、月姫に知らせに行ってくれないか」
「はい、分かりました。あなた、行って来てお願い」
 女性は、一人の男に声を掛ける。男は頷くと駆け出した。女性の連れ合いだろう。
「かかりに出来る限りの事をしたい。私の家まで手を貸してくれないか」
 戸板に乗せ、村長の家に向かうが、かかりは恨み言を呻き続ける。その間に人々が何事かと見に来るが、恨み言を耳にすると、係わりたくない為に直に離れた。それなのに、村長の家に着くまでには、村人の統べてと感じる人々に噂が広まっていた。それでも、祭りは続いていた。止められるはずもない。神に感謝する行事だ。それもあるが、不吉な事を払えればと、その思いで騒ぎが大きくなったようにも感じられた。
「奥に寝かせてくれないか」
 家に着くと、村長は指示をした。その場所は客間と思えた。
 かかりは恨み言を吐き続ける。それなのに、誰の言葉にも反応しない。それだけでなく、腕や体を動かす事もしない。もう、痛みも感じてないのだろう。
「村長、甲羅が姫の所にありました」
 日が沈み、祭りも終り、幼子が母などの手を引かれ家路に向かう者や夕食を作る煙が多くなる頃だ。村長が使いに出した者が帰ってきた。時間にして三時間くらい経っただろう。
「何故、月姫様の手にあったのだ」
「それは、姫の考えを間違って判断して、無理やり取り返した者が居たらしいのです」
 村長の言葉を伝え。それで帰って来るだけなら一時間半もあれば十分なのだが、手にある書状の為に倍の時間が掛かったのだろう。
「そうか」
「詳しい事は、これに、書いてあるそうです」
 男に労いの言葉を掛けると書状を読み出した。それには、月姫が問い詰め。統べての事が書かれていた。そして、月姫の指示が書かれている。直には会えない事、一番重要な事は、占いが凶に変わる事を恐れて、社を建て、甲羅を祀るようにと書かれていた。そして、この書状の事を統べて、かかりに伝えて欲しい。そう書かれていた。
「かかり、月姫は嘘を付いていないぞ。甲羅も返してくれたぞ」
 村長は、そう言葉を掛けるが、かかりの耳に入っていない。今も恨み言を呟くだけだった。それでも、村長は、かかりの手当てを続けた。でも、かかりは、朝日を見る事は出来ずに息を引取ってしまう。この後、直ぐに村長は、祭司の所に向かった。
「そのような事が起きていたのですか、う~ん」
 祭司は、顔色を青ざめた。不吉な事を感じたのだろう。
「祭司様、占いに影響がありますか?」
「そう成る可能性はある」
「なら」
 村長が問い掛ける。
「それなら、かかりを神の見使いとして祀り上げる事が最善かと思う」
「う~ん」
 今度は、村長が考え始めた。
「甲羅を祀るなら、かかりを側に置いておかないと凶になる可能性があるぞ」
「う~ん。やはり、それは出来ない。盛大に弔ってやろう。それだけだ」
 村長は、祭司の提案を断った。
「分かりました」
 祭司は不満そうだが、返事を返した。
 かかりを弔い。数日後、魚が取れなくなり、異常な天候も続いた。村人は、食事が偏る者や食べられない者が増え、死ぬ者もいた。この統べての事が、かかりの怨みの念だと騒ぐ者が多くなり、日にちが経てば、経つほど、その数が増え続けてしまった。仕方がなく、村長は無視する事が出来なくなり、祭司に相談を持ちかけた。
「やはり、かかりを祀るしかない」
 祭司は、即答した。
「それしかないか」 
 村長の言葉で、その日の内に祀り上げる儀式をした。すると次の日、天候も変わり、魚も大漁になり。かかりの事は一部の者以外は忘れられた。その一部の者は、それは怨みを生業にする者達だった。何故か、かかりに怨みの願いを言うと、願いが叶ったのだ。その為に、近隣から心の底から怨みを思う者が訪れるようになった。それから、数年が経つと、桜が満開の時期に限り、甲羅の欠片を持つ者から一つ、一つ手元から消える事が起きた。かかりの祟りだ。江見の祟りだと噂が広まった。その事件は、かかりの甲羅の欠片だけになるまで続く、その頃になると、八百万の人々の事も忘れられ、典雅が政治を仕切り、月姫の孫が、この国の二種族の、ただ一人の王の直系とされ、将来が約束されていた。これで、統べての占いが叶った為に、かかり、江見の事など書き記す者もいるはずもなく、二人の事は忘れられた。それでも、怨み言が叶う神社として、平成の現代まで語られていた。
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第七章、本の中の物語、終章。 亀の甲羅を取り戻せるか、江見の生死は?
 その頃、江見とかかりは、信じられない速さで階段を駆け下りていた。江見は命に係わる事だから死ぬ気で走っている。それは分かるが、かかりには他人事だ。江見に付いて行けるのは男で若いからだろう。そうとは思えない表情をしているのだ。それは、普通は真剣に走るなら疲れや肉体の限界が顔に表れるはず。それなのに、笑みを浮かべていたのだ。その表情を江見が見たら、この状況で不謹慎だ。そう感じて怒りを感じる程の嬉しい笑みだ。恐らく、自分の肉親ができた。それを助ける為と言うよりも、好きな異性を助ける為なら命を捨てても悔いが無い。そんな祝福の笑みに思えた。
「ん、江見さん。立ち止まって足でも挫いたのか?」
「いいえ、桜が咲いていたのね。気が付かなかったわ」
 江見は、先ほど階段を横切った所で足を止めた。
「時間が無いのに、何か意味があるのか?」
「何かが起きる時って桜が咲いているから、お願いしていたの。桜の精霊に好かれているのかな。そんな気がする。だから亀も直に見付ると思うわ」
「そうか、綺麗だね。本当に神様か精霊でも居る見たいだね。うん、江見さんの言う通りに、すぐ見付りそうに思えてきたよ」
「そうでしょう」
「うんうん、でも、余り時間ないから急ごう。私の家に向かって」
「はい」
 丘から村に入っても走る速度は落ちない。もう十数分も走っていた。二人は、その事に気が付いていないはずだ。それほど真剣なのだろう。
「着いたね。直ぐに捕まえてあげるから心配しないで」
「ごめんね。私と係わった為に付き合わせて」
「ううん。好きで付き合っているから気にしないでいいよ」
 二人は、家に着くと直ぐに、喉の渇きを満たし、息を整える。それでも、時間が惜しいからだろうか、息を整えながら話し始めた。
「そろそろ、行こうか。俺に付いてきて、いい場所を知っているから」
「はい、ありがとう」
「江見さん。亀を見つけたら教えて、あっ泳げるよね」
「大丈夫よ。心配しないで泳げるわ。かかり、似ている亀を教えるからお願いね」
「行こうか」
「うん」
 二人は息を整え終わると、海に向かって駆け出した
 江見とかかりは、真剣に海に潜り海亀を探した。それも、何度も、海亀を捕まえては逃がして、と、何度も繰り返した。何匹目かだろうか、江見は潜るのを止めた。自分から止めたのでなく、似た海亀を知らせるよりも、かかりが捕まえてくるからだ。
「ねえ。この亀は違うの」
「う~ん、もう少し大きかったわ」
「待っていて、又、捕まえてくれるから」
「でも、私には分からないわ。何かを感じるって言っていたけどなんだろう」
「大丈夫。神様が、これだ、と言うのを教えてくれるよ。それが、分かるまで何度も捕まえてくるから気にしないでよ」
「はい」
 かかりは可なり疲れているだろうに、嬉しそうに声を掛けるのだ。そして、又、海に向かって走り出した。それを、江見は見続けた。
「ごめんね」
 江見は、心底から済まないと感じたのだろう。そう囁いた。その声が聞こえたのだろうか、だが、聞こえるはずがない。でも、何故か、かかりは振り向き手を振ってくれた。
「今度捕まえてくるのは大丈夫だからね。待っていて」
 かかりは、江見の言葉が聞こえて振り向いた訳でない。亀の大きさなどの予想ができたからだ。今度こそ捕まえて来る自信があるからだった。
「大きいわね。見せて」
 かかりが、十九匹目を江見に渡すと、江見が苦しみを顔に表した。
「江見さん、やっと見つけたのですね。それですか、ん、違うの?」
「かかり、私、私」
 江見は、最後まで言葉にする事ができず。気絶した。
「これだ、この亀だ。この亀がそうだね」
 かかりは、江見をこの場に残し、家に向かった。そして、直ぐに縄を手に持ち、江見の所に戻ってきた。
「江見さん。甲羅も江見さんも、祭司の所に連れて行くからね。安心して寝ていて」
 そう呟くと、江見を背負い、可なり大きい亀だが、縄で縛り首から下げた。
「これで、旅に出られるよね」
 かかりは亀の甲羅を祭司様に渡せば旅に出られる。その気持ちで夢心地でいた。そのお蔭で、休まず亀を探し、神社まで行く事も、亀の甲羅を首から下げる事を苦に感じていない。江見を背中に背負う事は辛くないのか、そう思うだろうが、それは、逆に夢心地を向上しているはずだ。
 かかりが向かう神社では、最後の占いが始まろうとしていた。
「上様、最後の占いを始めます」
 薪の火は消えて、煙が出始めると、祭司が言葉を掛けた。
「頼む」
「始めさせて頂きます」
 長い金槌のような物で甲羅を引き寄せた。そして、直ぐに出したからだろう。急激に冷やされて亀の甲羅にひびが入った。これで、江見は気絶したのだ。江見に何が起きたか、祭司には分からない。もし、知ったとしても儀式は続けたはずだろう。そして、筆で亀の甲羅の灰を取り除いた。
「七つ、吉と出ました。願いが叶う。そう出ました」
「願いを叶う。叶えてくれるか、どちらかを、私が選ぶのだな」
「複数の願いを書いのでしたら、そう成ります」
「そうか。結果は、時間、早く行動、女性と子供、女性が重要、命が大切。だったな」
「そうです。上様」
「決断は早く、女性と子供の事を重要に考えるのだな。それでも、血を流すべきでない」
 占いで出た結果を組み合わせ。答えを出した。
「はい、そうです。上様」
 占いの結果は、そう出たが、自分で答えを出す事はしなかった。勿論、占い事を読んで無いないから分からないが、もし、読んだとしても、自分の保身の為に答えを言うはずが無い。それは、即座に簡潔に感情が感じられない言葉で判断ができた。
「余は、誇りの為に死ぬ事は考えない事にする」
 この決断で一族が滅びないで済んだ。二世代ほど昔に袂を別れた同族の下で家臣として生きるのだ。それが結局、良い方に良い方に運を変えたのだ。
「父上」
「お前に一族の運命を委ねる。敵の大将の息子だが許す。好きな男に嫁げ」
 この場にいる祭司以外の男は、誇りを捨てる事に泣いた。
「父上」
「気にするな、これも運命なのだろう。戦で怪我をしていたのが、大将の息子とは思わなかった。そして、お前が看病して、助けた」
「父上」
 悲しいような嬉しい気持ちで、言葉を口にする事ができなかった。
「娘よ。父と言うのは、今の言葉で最後にするのだ。私は先の戦で死んでいる事になっているのだぞ。これからは、側用人として生きる。良いな、忘れるなよ」
 これで、一族統べての者が名前を捨てて、敵の家臣になる。だが、子が生まれると二種族が一つになり、この国を支配する。その子供の側に居るのは、占いで自分の運命を決めた者だった。その者は、時間を掛けながら次々と、自分の一族を役職に就かせた。そして、運命の通りに、事実上の主になっていた。この事は、まだ、神しか知らない事だ。
 その時、階段の方から声が聞こえてきた。
「来てしまったようだ頼む」
 七つ目の亀の甲羅を持ってきた巫女だけが、今まで儀式の助手をしていた。他の六人は指示が聞こえる所で控えている。突然、祭司は苦い顔を浮かべた。もう間もなく儀式が終了する時に声が聞こえてきたからだ。そして、隣に控えている巫女に言葉を掛けた。その祭司の一言で七番目の巫女が、他の六人の巫女を連れて階段に向かった。
「祭司様。甲羅を持ってきました」
 階段から聞こえて来た声は、かかりが声を上げていた。それも、何度も何度も、階段の頂上に登るまで同じ言葉を繰り返していた。本当に嬉しい。そう感じる声色だった。だが、それは、階段の頂上に着くまでだった。ある物を見て言葉を失ったのだった。
「祭司様。まさか、その亀の甲羅は、江見さんのですか?」
 かかりは声を上げるが、この場に居る者は聞こえない態度で、儀式を進めていた。
「祭司」
 統べての事が嘘だと感じて、かかりは怒りを満面に表し、祭司に近寄ろうとした。
「儀式が間の無く終わります。この場でお待ち下さい」
 七人の巫女が、かかりの行く手を阻んだ。
「あの者と何か約束をしたのか?」
 上様は、怒りを抑えていると分かる声色で問い掛けた。
「いいえ」
 祭司が即答で答え。
「そうか」
 上様は頷いた。
「上様、最後の儀式を始めます」
 祭司は、先ほどから手に持つ長い金槌のような物で足元にある甲羅を叩いた。
「きゃー」
 甲羅を叩いた音と同時に、江見の悲鳴が辺りに響いく。
「かかり、私、私」
 江見は胸を押さえながら、かかりに何かを伝えようとした。悲鳴を聞いても祭司は何事もなかったように、又、長い金槌のような物を叩きつける。
「キャー」
 江見は苦しそうにわめく。
「甲羅を取りに戻るから、それまで」
 祭司は、又、長い金槌を叩きつけた。三度目には、甲羅が七つにひび割れた。江見は体を震わせながら声を出そうとした。だが、口から出るのは悲鳴だけだ。
「かかり、必ずこの地、この世界に戻るから、それまで甲羅をお願い」
 江見は最後まで伝える事ができなかった。
「江見さん。大丈夫だよ。亀の甲羅は、来るまで預かっているからね」
 江見は、一度だけ口を開くが、それ以上、口を動かす事も出来ないのだろう。頷くと突然に消えた。それは、完全に亀の甲羅が綺麗に七つに割れたのと同時だった。
「江見さん」
 かかりは、江見が消えると、その場で泣き崩れた。
「祭司、何が起きた。消えたぞ」
 上様は、席を立ち、錯乱気味に声を上げた。
「上様、何の問題もありません」
 祭司は、何事もないような態度で答えた。
「そうとは思えないが、何が起きたのだ?」
 村長が祭司に詰め掛けようとした。恐らく、自分の息子。カイが、江見と係わっていた為に自分の責任と考えたのだろう。
「上様、これは、吉兆です。亀の甲羅に神の使いが宿っていたのです。その事で、凶と出た事は神の元に持ち帰りました。消えた事が証拠と判断ができます。もし、災いなら事を起こす為に残るはずです」
 司祭は何事も無い事のように話しをするが、心の中では死の恐怖を感じていた。もし、親しい人が、祭司の話し方を聞いていたら震えを隠している。そう思ったはずだ
「う~ん」
 皆は、上様の言葉を待っていた。その言葉によっては村長と司祭の首が落ちるだろう。そして、誇りの為に一族が最後の戦いになる。
「父上。いいえ、てんが、と名付けます」
「てんが、祭典の典に、雅かな。そうか、そうか」
「そうです」
 上様と言われていた者は満面の笑みを浮かべ、何度も頷いた。
「典雅、占いの結果は出たのです。掲示に従うべきです」
「はい、従います。月姫様」
 典雅が臣下の礼を示すと、他の者もそれに倣った。
「祭司、占いは統べて終わりなのか?」
 月姫は、祭司に問い掛けた。
「皆様方に、甲羅の破片をお渡しすれば終わりです」
「祭司、甲羅を分けるだと、それは江見さんのだぞ」
 かかりは泣きながらうずくまっていたが、甲羅を分ける。その言葉を耳にすると、叫びながら甲羅の上に覆いかぶさった。
「誰にも、渡さない。江見さんは帰ってくると約束した。必ず来る。絶対に渡せない」
 かかりは、この場にいる者に鋭い視線を向けた。その視線は、例え、死んでも、甲羅の上から動く事も、甲羅を渡す事もしない。そう感じられた。
「かかり。そう言う名前でしたね」
「はい、そうです」
 かかりは、月姫の気品はあるが柔らかい言葉に惹かれて答えていた。
「統べての事柄が終わった後には返します。もし、終わらなくても、江見が帰って来た時は、二人で私に会いに来なさい。即、返します。その証拠として、私の甲羅だけは、儀式が終わりしだい。かかりに渡します」
「・・・・・・」
 かかりは、先ほどまでは、鋭い視線を回りに向けていたが、月姫の話しの後は地面に顔を向け動かなかった。恐らく思案しているのだろう。
「かかり、心配する事はない。今まで儀式を邪魔した事も亀の甲羅の事も罪と考えているのなら心配しなくて良い」
「ん」
 かかりは、月姫に不審そうな顔を向けた。
「私の願い事は叶ったから要らないの。私の亀の甲羅は儀式が終わりしだい渡します。ねえ、だから、甲羅を渡して、儀式を続けさせてくれない。統べて持って無くても一つでも持っていれば大丈夫でしょう。江見さん帰ってきたら返すわ」
 かかりの不審そうな顔を見ると、月姫は子供を宥めるような話し方をしていた。
「うん。分かった。それなら、見ていても良いよね」
「かまわないわ」
 月姫は、三度も説得した。そして、かかりの返事を聞くと、祭司に言葉を掛けた。
「最後の儀式を頼む」
「はい、始めさせて頂きます」
 そう言葉を返すと、祭司は七人の巫女に視線を送った。巫女は即座に意味が伝わり。儀礼を返した後、祭司の下に集まった。
「甲羅に宿る力よ。人を選び給え」
 祭司は甲羅に手を翳すと声を上げた。そして、一つの甲羅を手に取った。
「一の巫女、これを、差し上げてくれないか」
 一の巫女に手渡すと、又、地面から一つの甲羅を手に取った。その間に、一の巫女が居た場所に二の巫女が立ち。一の巫女が上様の下に、いや、典雅に差し出した。
「二の巫女、これを、差し上げてくれないか」
 二の巫女も、一の巫女と同じ事を、三の巫女も、四の巫女もと、七人の巫女が、それぞれを案内した人の下に甲羅を手渡した。
「月姫様、占いは、統べて終了しました」
 七の巫女が甲羅を手渡し終わると、祭司は、月姫に伝えた。
「祭司、ご苦労でした」
「無事にお勤めが出来たことが嬉しいです」
 祭司は、この言葉を言えた事で、心の底から安心を感じた。それも、そのはずだ。儀式が失敗すれば、この地の支配者に命を取られるからだ。
「かかり、私の元にきなさい。甲羅を渡します」
「はい、月姫様」
 かかりは、月姫の前に行き屈んだ。礼儀は知らないが出来る限り低い姿勢をしなければならない。そう感じたからだ。
「これを渡します。もし、江見さんが現れたら一緒に来なさい。統べての甲羅を渡します」
「はい、約束しましたから、江見さんは必ず来ます」
 かかりは、不満そうな言葉を吐いた。そして、受け取ると自分の家に向かった。
「そうね。必ず来るわよね」
 月姫には分からない事だが、これから死ぬまで、無邪気な満面の笑顔は、これで最後だった。それは、一族の為、子の為、そして、生涯、人々の上に立った事を第一に考える為に、自分の感情一つで何事にも左右されると考えたからだった。
「姫様、それでは、即、宴の用意を致します」
 村長が言葉を上げた。同族だが、今の立場を考えれば、少しでも早く帰って欲しいのだろうが、息子の失態を許してもらう為と感じられた。
「典雅、如何したら良いと思う。私は、出来うる限り早く一族の名を捨て、一武将の一人として、臣下の礼をした方が良いと考えています」
 月姫は、父に問い掛けた。父の考えの通りに、相談役として家臣としての態度を示した。
「はっ、私も良いと思います。武装したまま、この地に居るのは凶と思います」
 父は、いや、典雅は、祭司の話し方を真似た。これから生涯、吉、凶と答えるだけどで、誘導はするが、直接の答えは言わない事を通した。
「武装は良くないか、それなら、八百万は武器を捨てて北に逃げたとします。そして、武器などは戦利品として献上します。四将、先に行き、武具の解除を伝えなさい」
 父の言葉を聞き、思案し、それを、武将に伝えた。
「はっ」
 武将は即座に走り出し、この場所から消えた。
「それでは、行きます」
 月姫は残りの者に視線を送った。
「はっ、いや、私はまだ、この場で仕事があります。終わりしだい。直ぐに向かいます」
 村長は、最後の親子だけの話しをさせようと気を使った。その事は姫には分からなくても、父、いや、典雅には分かったのだろう。村長に頭を下げた事で理解ができた。
 二人は階段の中ほどまで無言で歩いていた。
「これで最後にします。父上と言って良いですか?」
「許そう」
 典雅は、厳しい声色で話はしたが、嬉しいのだろう。笑みを浮かべていた。
「父上、先ほどの、私の指示は正しかったのでしょうか?」
 月姫は、幼子が叱られているかのように上目遣いで問い掛けた。
「正しかったぞ。満点だ。もっと自信をもって指示をしなさい。それだけが心配だった」
「はい、父上。そうします」
「そろそろ、人目も付く、階段を下りたら、父と思う事は忘れなさい」
「はい、父上」
「はっー、私は、死んでいるのだよ。これで最後にしなさい。いいね」
 月姫が無邪気に答えるのを見て、心配のような嬉しいような複雑の表情を浮かべた。
「典雅、良き相談の相手になって欲しい。頼むぞ」
「はっ、月姫様」
 二人が階段を降り終えると、統べての一族が控えていた。先に四人の武将を行かせたからだろう。武具は手にはない。そして、直にでも出発が出来るように用意は終えていた。
「月姫様、何時でも良いように出発の準備は出来ております」
「済まない。それでは、出発するぞ」
「はっ」
「馬を頼む」
 今の、月姫の言葉を最後に、この地から八百万の一族は消えた。
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物語を書いて五年になりましたが、私は「左手の赤い感覚器官(赤い糸)と「蜉蝣(カゲロウ)の羽(背中にある(羽衣)の 夢の物語が完成するまで書き続ける気持ちです。
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