四つの物語を載せます
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第五章、本の中の物語 第三巻き 命と同等の起点の危機、赤い糸の出会い?
太鼓の乱れ打ちから神を招くような綺麗な音に変わった。すると、村人や下級の武人は満面の笑み浮かべながら踊る者や歌い始めた。本当に神が来てくれると思っているのだろうか、それとも、今日の宴で嫌な事を忘れ、又、明日からの生きる糧にするのだろう。 だが、全ての人々が浮かれ騒いでいるのでは無かった。村の有力者や領主や上級武人は真剣な表情で神社がある階段を上がって行く。 「領主様」 「ん」 「あっ、上様」 「気にするな、領主で良い。今まで隠れていた意味がなくなる」 「はい、首が晒され死んだと思っていましたが、ご無事で何よりでした」 「酷いことをするものだな。似た者を探して殺したのだろう」 「影武者でなかったのですか?」 「影武者だと、我が一族は卑怯な事はしない。いや、あの戦まではしなかった」 「分かっています。ですが、私達も、この地だけはお守りする為に名前も誇りも捨てました。この地は上様の即位の地ですから、私達は、私達は、お会い出来たのが嬉しいです。三年も軍備を整えていたとは思いませんでした。それで、今日は戦の日をお決めになる」 「そうだ。占いの結果しだいで、死ぬか生きるかを決める」 「最後の戦いをなさる覚悟ですか」 「最後の戦いだが、数日前に父とは袂を分かった」 「何故です。いいえ、聞かない事にします」 「気にするな、三年で人は変わる。父は、全てを捨てて、始祖の地に帰ると言い出したのだ。同じ考えの部下と家族を連れて行った。恐らく、半分は海を渡るまで持たないだろう」 「それでは、占いの結果しだいでは後を追うのですか」 「例え、海を渡る事が出来ても死しか道はない。恐らく無人の廃墟のはずだ。まだ廃墟ならまだ良いかもしれない。土の下に埋もれてなにもないだろう。我らも含めて全ての一族で行ったとしても結果は同じだ。いや、もっと酷い事になるだろう。一族全ての食料を生産が出来るとは思えない。うっう、父上、父上、私は、父上の希望を考えて残ったのですよ。一族が別れれば希望が持てるでしょう。誇りの為に死んだとしても、何処かの地で生きている。そう思えるでしょう。それに、分かれれば救いの手が来ると、夢も持てるはず」 村長の言葉は届いていなかった。父と別れる時の事が思い出しているのだろう。恐らく言い争いをしたはずだ。自分の気持ちは共に行きたかったはず。だが、一族の中では誇りを捨て切れない者やこの地に残りたい者、仇を考えている者もいたのだ。一族全てで行動すれば途中で分裂して始祖の地まで行けるはずがない。父の為に一族を篩にかけたのだ。それでも、始祖の地の夢を壊すことだけは言わなかった。言ったとしても信じるはずもなく、それだけは言いたくなかったからだ。 「うぇ、領主様。占いが出来る地に着きました」 村長は、愚痴のような話しを耳にしたが、何も言わずに聞かなかったような態度だった。 「そうか」 山の頂上に着くと社が建っていた。質素と言うよりも普通の新築の民家と同じだ。長老の家よりも小さい。だか、何故か土台は立派な作りだった。恐らく、強制的に壊され、他神を強制され、前の建物を材料とされ、そして、土台として社を建てたのだろう。 「こちらの席にお座り下さい」 最上階段に白装束を着た幼い巫女七人畏まっていた。村長と上様の一行が現れると、それぞれの受け持ちがあるのだろう。言葉を掛けてきた。 「そうか」 上様が声を上げると、他の六人は、巫女の後を付いて行った。椅子は横にやや三角に並べられ、その前方十歩位前に祭壇があり。その前に祭司が腰掛けて待っていた。その頂点に上様、村長が左に、右に若武者を装っているが、長女の百合が座り、残りの椅子に上級武将が席に座った。全てが座り着くと、祭司が上様の前に行き畏まった。 「これに、占い事を書き記してください」 供物代の上に紙と筆と墨が置かれていた。それを恭しく差し出した。 「そうか」 そう呟くと紙と筆を取り、一瞬考えたのちに娘に顔を向けた。娘の微笑みを見たからだろうか、それとも、娘が頷いたからだろうか、全く迷いがない筆の運びだった。 「はっ」 父から占い事を見せられ返事を返した。百合は男装だからか、それとも、元々の性格なのかハッキリと男装に恥じない言葉だった。だか、父は血が繋がっているからだろう。娘の声色に微かに喜びを感じて微笑みを返した。 「願い事は書いた。頼むぞ」 そう、言葉を返しながら紙片を四つ折にし、供物代の上に置いた。 「はい、畏まりました。上様、答えは神のみが知る事です」 そう、畏まりながら呟いた。だが、頭を上げる事はしなかった。 「そうだな。答えは神の言葉だ。責任も咎める事もしない。心配するな」 祭司の言葉で顔を顰めた。だが、目線の下で震えながら畏まっている姿を見たからだろうか、そうとは感じられない。子供に話し掛けるような柔らかい言葉だった。 「はっ、全身全霊を持って神に訊ねます。それではお預かりします」 畏まりながら供物代を持って下がるが、目線を合わせないのは儀式の様式の為とは思えなかった。それは、声色には恐怖が感じられたからだ。 「七巫女、儀式の用意を頼む」 祭壇の上に供物代を置くと呟いた。 「はい、畏まりました」 七人の巫女の内の一人は、何かを取りに行ったのだろう。階段を下りるが、残りの六人は細々とした薪を祭壇の周りに置き始めた。その中心で、祭司は祝詞を奏上している。 そして、残された六人の巫女も、自分の段取りが終わったからだろう。次々と階段を下りて行く。恐らく、七人の巫女が向かった先は同じ所のはずだ。 「祭司様、お持ちいたしました」 七人の巫女が全て階段を下りると同時に祝詞が終わり。初めに階段を下りた巫女が亀の甲羅を手に持ち現れた。 「私の元へ」 祝詞を奏上していたからだろう。祭司は興奮しているような声を上げた。 「畏まりました」 「薪の中に収めなさい」 祭司は隣に巫女が現れると指示を与えた。 「畏まりました」 巫女は納め終わると、周りにある篝火から一つの松明を手にした。 「準備が整え終わりました」 「上様、これから占いを始めます」 祭司は、巫女の言葉を聞くと、振り向き、始まりを知らせた。 「宜しいでしょうか」 「始めなさい」 巫女は、七つ有る薪の中の一つに松明を入れた。即座に火が盛大に燃えた。恐らく油らが掛けられていたのだろう。火の激しく燃える様子は、まるで神の怒りとも神の光臨とも感じられる。それほど、激しくて、目を奪われる。そう思うほど綺麗だ。 この時の同時刻、麓では、江見が驚きの声を上げていた。 「本当に、左手の糸が見えるのですね」 「見えますが、見えると行けないのでしょうか」 「いいえ。行けなくありません。私、私は嬉しくて心がはち切れそうです」 江見は、先ほどカイが嫉妬を表した醜い様子も、男性特有の力任せの態度も、カイの一言で、統べての出来事を忘れてしまった。 「その糸は綺麗ですね。心が洗われるようです。何故か運命が変わるような気がします」 カイは、江見の表情から自分に好意を表している。そう感じ取ると、嫉妬と怒りの感情は消えていた。江見を自分の物にする。その欲望だけしか頭になかった。 「私も、カイ様の御顔を見ていると、心が安らぎます」 「ありがとう。例えば、何処が安らぐか聞いても宜しいでしょうか」 カイは、江見に話しを返したと言うよりも、かかりが悔しがる顔を見たいからに思えた。 「そうですね。例えば、どのような事でも諦めない強そうな意識を感じる目」 (へっ、欲望しか感じない嫌らしい鋭い目だろう) かかりは自分の意思に関係なく、心の思いを囁いていた。 「ん」 カイは、かかりの言葉は聞こえなかったが殺気を感じた。 「全ての生ある者を慈しむ優しい声色」 (女なら誰でも良い、能天気な頭と言葉使い) 「貴族、いや、王のような雰囲気と優美な仕草や容姿」 (親の力で能天気に遊んでいる馬鹿で、日焼けを嫌うオカマ) 「そうですか、そうですか。ですが、今の統べの言葉は貴女に当て嵌まる事です」 「まっまぁままあー、嫌ですわ。もうーカイ様ったら恥ずかしいですわ。もうー」 「嘘ではないですよ。それほど、貴女は美しいのです」 「まっ」 江見は恥ずかしくて言葉を無くした。 (真顔で言えるのだからカイは普通でないよ) かかりが心の中で思った。 「それで、祝い物を食べに来たのでしょう。普通に並んでいたら無くなってしまいますよ。私と一緒なら一般以外の参拝道を通る事ができます。早く行きましょう」 「まあ、そんな事をしてもカイ様は大丈夫ですか、心配ですわ」 「江見さんの為なら何でもできますよ。心配しないで下さい」 「まっ」 江見は頬を又、赤らめた。 「かかりも一緒に来るのだろう」 「いいのか?」 「何を言っているのだ。友達だろう。気にするなよ」 「とっと、友達、う~ん」 (江見さんが綺麗なのは分かるが、女性と一緒だと、これほど変わるのか) 思案していた為に言葉を上手く伝える事ができなかった。 「それでは、江見さん行きましょう」 「あ、俺たちは食べて来たから、屋台を覗きに行くよ。いいだろう」 取り巻き立ちは、カイの視線が帰れ。そう言っていると感じ取った。 「そうだな。一度行ったのに付き合わせたら悪いからな気にしなくていいぞ」 「おう、又な」 取り巻きが消えると、江見に言葉を掛けた。 「行きましょう」 「かかり行くわよ」 三人は、人が並ぶ最後尾まで戻り、カイの自宅、村長の家に向かった。村長の家は板壁で仕切られ、中の様子が見えない程の高さがあった。その板壁に沿って右側に向かえば村長宅の門が見えるが向かわずに、道なりに真っ直ぐ山の方に向かった。すると、赤い鳥居のような小さい門があり。その前の立て札に、神社関係者以外は立ち入り禁止と書かれていた。この出入り口は神社の巫女などが食料品などを買出しに使用している所だ。木々で何も見えないが、丁度、村長宅の裏に当たる。入ると直ぐに神社に向かう坂道と下ると祭りが催されている広場に行く事ができた。三人は太鼓が響いて聞こえてくる、坂道を下った。もう五分位前だったら巫女が亀の甲羅を手に持ち坂を上っていくのが見えただろう。 「おわー、何か配っているわね。あれを頂く為に並んでいたのね」 森を抜けると、人々は何列も並んで炊き出しの様に順番に器を貰っているのが見えた。 「そうですよ。祝い物だから欲しがるが、数には限りあるのです」 「そうなの。残念ね。かかりは食べた事があるの?」 「無いよ。祭りに来たのも始めだから」 かかりは、江見に問い掛けられたが、何も答える事ができなくて俯いた。 「江見さん。私と一緒なら並ばなくても頂けます。心配しないで下さい」 カイは得意げに言葉を掛けた。 「そう、でもね。私、何をやっているか分かったから良いわよ」 「江見さん。本当に気にしなくていいのですよ。折角きたのだし食べましょう」 カイは予定通り、江見が喜ばないからだろう。声色からも態度からも苛立ちを表した。 「でも、並んでいる子供に悪いわ」 江見は、子供の泣き声のような言葉と子供に連れ添う親の冷たい目線を感じ取った。 もし、カイと一緒でなければ並んで待て、そう言われながら叩き出されたはず。そう思うと、カイが居なくなった後の事を考えると、この場から早く離れたいと思った。 「江見さんは優しいですね。ここで待っていて下さい。今、持って来て上げます」 カイは勝手に解釈した。江見は、回りの人に何かされる。そう思って恐がっていると、普通の人なら諦めるのだが、カイは違っていた。取り巻きと同じだと感じたのだ。虎の威を借りたい。そう思っているはず。取り巻き達も始めは、今の江見と一緒だった。恐いと言っていたのだった。だが、一度味を占めると、次回からは、自分から要求するように変わるからだ。カイは、江見から離れようとした時だ。かかりが驚きの声を上げた為に振り返った。恐らく、自分の分も欲しい。そう言うはず。そう感じる表情を浮かべていた。 「亀の甲羅だ」 「えっ」 江見は、振り返り、巫女が甲羅を抱えている。それを見て、顔を青ざめた。 「ん、如何した亀の甲羅が珍しいのか、かかりの分も持ってくるから心配するな」 「カイ、まさか、亀の鍋か」 「そうだが」 「あっ」 江見は探していた亀が食べられた。そう考え、めまいを感じた。 「江見さん、大丈夫ですか?」 カイは、言葉を上げるよりも即座に体を支えた。それと同時にかかりが声を上げた。 「江見さんは、自分の亀を探していたのだよ」 「そうなのですか、江見さん」 「責めて、甲羅だけでも取り戻さなければ」 「甲羅が欲しいのですね。私なら何とか出来ますから心配しないで」 「江見さん、確りして、甲羅を取り返さないと駄目だろう」 カイとかかりは、ほぼ同時に声を上げるが、正気に戻したのは、かかりの声のはずだ。それほど、真剣に殺気をも感じる言葉だったからだ。 「居ないわ。何処なの、さっき、巫女が甲羅を持っていたわ。行き先は分かる」 「ごめん。分からない」 かかりは、何度も首を振って答えた。 「江見さん。私に任せてください。取り返して上げます」 「分かるのね」 「はい、分かります。私が言えば直ぐに返してくれますよ」 「何処、何処、早く、私の亀を取り戻したい」 「は~あっ、江見さんが、そこまで言うのなら直ぐに行きましょう」 カイは、色気の楽しみもなく、遊ぶ楽しみも無い事に肩を竦めた。 「カイ、俺も行くぞ」 「いいだろう」 そう呟くと、江見に視線を戻した。 「江見さん、行きますよ。歩けますか」 「カイ、今来た道を戻るのか?」 かかりは言わなくても分かる事を呟いた。それは問い掛ける。と言うよりも、江見の肩や腰に手を添える事に気持ちが許さない為と感じられた。それでも、許しているのは、自分では恥ずかしくて女性に触れる事ができない。もし、できたとしても、カイは気分を壊したら案内を断るはずだ。それに、江見は、自分の運命の人。赤い糸が見える者が隣にいる事で安心している。その姿を見ると何も言えなかった。 「そうだ」 カイは、つい大声を上げてしまい、江見が不審な顔を向けた。 「何でもないよ。安心して、私に全て任せていれば大丈夫だからね」 「うん」 江見は、運命の連れ合いだからだろう。何も心配を感じられない笑みを浮かべていた。 「何処に行く?」 「えっ戻るのだろう」 「上に行くぞ。神社にあるはずだ」 かかりは、先ほどの赤い鳥居を抜けた所、三股に分かれる道でカイに指示をされた。 「神社だな、分かった」 かかりは、江見に、かっこ悪い所を見せたと感じて、それを、隠す為だろう。やや早歩きで階段を登っていった。三十段位だろうか、登ると階段が無く、何かが有ったかのように小山で塞がれていた。この丘は、元々は城が建てられていたのだ。恐らく、この小山は砦の址だろう。もし、小山を登れば、兵を速やかに移動する為の道があるはず。だが、壊されているに違いない。それでも、痕跡は見る事ができるはずだ 「カイ行き止まりだぞ」 「左側に獣道みたいのがあるだろう。それを行ってくれ」 「分かった」 「江見さん。狭いですから一人で歩けますか、もし、駄目なら」 「大丈夫です。気持ちも落ち着きましたから歩けます」 江見は、カイの言葉を遮った。何を言われるか分かったのだろう。いい歳の女性が男性に背負われる事が恥ずかしかったに違いない。 「本当に狭いわね。もしかして本当の獣道なのかしら、熊でも出たら恐ろしいわ」 「それは、大丈夫ですよ。獣道でないですから、人が歩く度に土が固まり、邪魔な木々が折られて道みたいになったのです」 「そうなの」 「そうです」 先に歩いているかかりを心配する事無く話しをしていると、かかりが立ち尽くしているのを目に止めた。カイと江見には見えないが、かかりは階段の前で二人を待っていた。 「カイ、これから、どう進んだらいい」 「かかり、階段は使わない。階段を横切り、又、森の中に入ってくれ」 「わかった」 「え」 江見は、不安を感じて、カイに視線を向けた。 「あの、ですね。このまま階段を登って占いを邪魔したら、理由を聞かずに叩き出されます。だから、私が、父の様子を見ながら声を掛けます」 「そうなの。信じていますから心配していませんよ」 カイを先頭に、三人は森の中を歩き出した。 最下部の六章をクリックしてください。
第四章、現代の江見の様子。
江見は、大声を上げた。 平成の現代の江見も驚きの声を上げた。その声は、薫が読み上げる声と同時だった。 「馬鹿な」 「えっ」 薫は、江見に問い掛けようとした。 「良いから続けて」 そして、顔色は真っ赤から青に変わる。まるで、全ての予想が当たり、恐怖を感じて青ざめているようだ。 「はい」 薫は、江見の真剣な表情を見ると、何も答えずに読み上げた。 最下部の五章をクリックしてください。
第三部、結婚式まで十五日前、本の中の物語、第一巻き。
今から四千年前の日本、縄文後期と言われた時代。現代では、宮城県塩釜市鳴瀬町と言われている所だ。その浜辺に、一人の女性が現れた。自分では、江見と言ったらしい。だが、その名前は後世まで残る事は無かった。理由は様々ある。復讐神とも災害神とも言われ、その名前を口にすれば、復讐を果たせる代わりに、酷い災害が見舞われるからだ。その為に祭る者は居ないが、二度と開けられないようにする為の封印に使われた事があった。その、最後に封印を使用され、一つだけ残された神社が、宮城県仙台市太白区の八木山神社だ。その事は、この女性は知らない。そして、この地に来て始めて、江見は声を上げた。 「うわー、まあ、可愛い」 江見は、悲鳴のような声を上げながら駆け出した。向かう先は砂浜を歩く海亀だ。 「うわ、大きくて重いわ」 欲望のまま、海亀を抱え上げた。 「うわあー、いたぞ」 数人の子供が、江見の元と言うよりも、海亀を見つけ駆け寄ってきた。 「何をしているの。お姉ちゃん。海亀探しは、子供の仕事だよ」 この地の特有なのだろうか、子供が、食料件占いをする為に海亀を捕まえていた。 「これ、あなた達の亀なの、そう」 「ん。そう言えば、そうだよ。亀を持って来るのが仕事だしね」 「う~ん、そう、ごめんね。返すね」 江見は、言い方が間違っているのに気が付いて無かった。でも、まさか、食料にすると考えないだろう。それは仕方がない事だった。 「お姉ちゃん、ありがとう」 「また、触らせてね」 そう、江見は、言葉を返して子供達が帰るのを見続けた。 突然だが、現代の薫の部屋に戻る。江見が驚きの声を上げた為に、本から江見に視線を向けたからだった。 「え、嘘、江見、何で?」 江見は、不審を感じて声を上げた。 「如何しました。ああ、同じ江見で驚いているのですね。作者が好きなのでしょうね。何か、江見と言う名前に何か思い出があると思いますよ」 薫が真剣に物語を読んでいたが、江見が大声を上げたからだ。薫は驚き、問い掛けた。 「何でもないわ。続けて」 「そうですか、それなら、続けますね」 「えーと、何処からだっけかな」 「早く、早く続き」 江見は、本の内容を聞き、驚きの声を上げた。益々興味を感じて耳を傾けるが、顔色は真っ赤だ。驚いているのか、怒りを感じているのだろうか。 「はい、はい」 薫は、慌てて、又、読み始めた。 本の中の物語 第二巻き 旅立ちに必要な起点探し。 「大変な事をしてしまったわ。どうしたら良いの」 子供達が、居なくなると、と言うよりも海亀が居なくなると。海亀の興味、いや欲求が消えて、江見は、正気を取り戻した。 「あああああ」 突然に悲鳴を上げた。そして、頭を抱えながら、その場に座り込んだ。 「痛い、痛い、痛たたぁ」 一時間位は悩んでいただろう。突然に痛みを感じた。それはそのはずだ。江見は気が付いて無いが、今、起点を付けた亀が死んだのだ。起点を付けた事で体の一部になり何かあれば体に痛みを感じるのだ。それでも、亀の生死に関係ないのが幸いだった。 「こんな事をしていられない。亀を探さなければ成らないわ」 江見は、痛みを感じたからか、それとも、起点が付いている為に、海亀の苦痛が感じられたのか、そのどちらかだろう。完全に正気を取り戻した。そして、砂浜を歩き出した。 「どこ、どこ、あの子供は、何処にいるの?」 キュウと、砂浜の足音が鳴ると、顔を上げて鋭い目線で辺りを見回す、だが、何も人口物が見付らない。それが分かると、がっくりとうな垂れる。それを何ども繰り返していた。 「おっ、小屋だわ」 三十分位は歩いただろう。すると、自分の目に信じられない物、いや、探していた物と言うべきだろう。やっと見つける事が出来た。それで、嬉しくて駆け出した。 「すみません。すみません」 江見は、息を整える事よりも、扉を叩いた。 「誰だ、なんの用だ。誰?」 部屋の中から男の声が聞こえると、江見は、扉を叩くのを止め、出て来るのを待った。 「誰。誰だぁ」 男は愚痴を言いながら出てきた。若い男だ。ひょっとしたら成人になっていないかもしれない。恐らく、十五、十六歳だろう。そして、江見を見ると、声を無くした。 「あっ、あの、あの」 この男でなくても、驚き、声を無くすはず。それほど、江見は美しいのだった。この時代、江見のような肌が白くて綺麗な容姿は、貴族の女性しかいなかった。貴族の女性は、外に出ること無く、容姿を綺麗にする事だけを考えていたが、江見が、同じようにしていたのではない。そう感じたのは、貴族と一般女性が余りにも、掛け離れていた生活をしていたからだ。 「私、海亀を探しているの。ねえ、この近くに海亀を飼っている子供を知らない?」 「あっ、あの、あの」 「それなら、子供が海亀を捕まえたら、何処に連れて行くか知らない?」 「あっ、あの、あの」 「ねえ、お願い。何か知っていたら教えて下さい。私の命に係わる事なの。ねえ」 「あっ、貴女様の命に係わる事なのですか、なな、何でもします。貴女様の為なら」 この男は、余りにも美しい女性を見た為に惚けていたが、命に係わる。そう耳に入ると、やっと現実に存在する女性と感じて、話す事ができた。 「ねえ、お願いよ。海亀を探しているの。子供が海亀を連れっていたのよ。その亀をどうしても探さないと行けないの。何か知っていたら教えて、お願いよ」 「えっ。子供が海亀を連れてった」 男は、惚けて赤い顔をしていたが、声を上げるにしたがい顔を青ざめ始めた。 「そうよ。そうなの」 「それでは、もう、生きて無いかも知れない」 「えっええ。な何でなのぉ」 「もう、食べられていますよ」 「えっ」 江見は、顔を青ざめ、足をがくがく震わせると、その場に斃れた。 「おおうわ。大丈夫かぁ」 「うっうう」 想像も出来ない事を聞かされて、江見は気を失った。 「生きている。大丈夫だな。ふっ、良かった」 そう呟くと、江見を抱え、寝台に寝かせる事にした。 「やめて、お願い。お願いよ」 目を瞑っているのに涙を流しながら悲しい声を上げ始めた。 「海亀が食べられる所を、夢で見ているのか。それほど大切な物なのだね」 (この人の為なら何でもする。例え、自分の命を犠牲にしても) 男は呟いた。その後の言葉は口を動かすだけで声は響かなかった。江見に聞こえると恥ずかしい。と感じたのだろうか、それとも、誓いと考えた為に口にしなかったのだろう。 「うっうう」 江見は、夢の中で絶望的な場面を見ているのだろう。そう思えた。呻き声が段々と小さくなっていくからだ。恐らく、自分が死ぬ場面を見ているのか、それとも、絶望を感じて生きる気持ちが消えかけているのだろう。どちらかの場合でも死を感じているはずだ。 「死ぬな。死なないでくれよ」 益々、小さくなる呻き声を聞き、聞こえ無くなると死ぬ。そう感じたのだろう。それで、如何したら良いかなど考えてなかったが、大声を上げていた。その声は、江見の思考には感じ取れなかったが、体の機能では感じ取った。だからだろう。今まで見ていた幻想が突然に消える。と、同時に目を開けた。 「えっ、ここは何処なの?」 江見は、部屋の中を見回した。元々は、網など漁業の道具を入れて置く為と休憩の小屋だった物だ。それを、家として住んでいるに違いない。所々に壁の穴から網などが見える。それも、古くて使用できないはず。もし、出来たとしても蜘蛛が巣を作っているほど長い時が流れているのだから。可なり修復しなければならないはずだ。 「私の家の扉を叩いて直ぐです。斃れてしまいましたよ」 「そう、ごめんなさい。あっ」 江見は、寝台から落ちそうになった。寝台と言っても長椅子を並べただけの物。偶然に椅子と椅子の間に手を入れてしまったからだ。 「大丈夫ですか、寝ていても良いですよ」 「私、何をしに、この家に来たのかしら?」 江見は、現実と夢の悪夢の事で記憶が混乱していた。朝の、寝起きの状態に近い。 「な、何を言っている。本当に大丈夫かよ」 「え、すみません。大丈夫です。それで、貴方は誰でしょうか?」 「ああ、言ってなかったなぁ。俺は、かかり、と言います。名前の意味は分かりません。俺の親が付けてくれたのか、村の人が付けたのか分からない。物心がつく頃は、この小屋にいたから、でも、微かな記憶では大人の女性と住んで居た記憶があるよ。たぶん、お母さんと思う。病気になると思い出す。綺麗で優しい人だよ」 「そう、いいお母さんだったのね。病気で死んだのでしょう」 「違う」 かかりは、怒り声を上げた。 「ん」 江見は、かかり、に問い掛けた。 「生贄にされたよ。海神様のねえ」 「え」 「村の人達の噂を聞いたよ。お父さんとお母さんは、この村に逃げて来たって。そして、お父さんは病気だったらしくて、何日も経たずに死んだって聞いた。お母さんは何で、生贄にされたか分からない。けど、無理やりに生贄にされたはずだ。絶対そうだよ」 「そう、酷いわね」 「ありがとう。そう言ってくれるだけで嬉しいよ」 「きゃー」 小屋の外から、いや、隣の部屋だろうか、凄い音が響いた。 「大丈夫だよ。風で隣の部屋のガラクタが崩れたか、村の子供の悪戯だよ」 「子供なのね。ああっ海亀の事を聞かなければ」 「まって、村の人は知らない人には冷たいから、何も考えないで話し掛けても、無駄だよ。もっと酷い事になるよ。俺に、理由を聞かせて、そしたら、俺が、何とかするよ」 「かかり、分かったわ。私は竜宮城と言う所から来たの。何故、この地に来たかと言うとね。運命の人を探す旅をしているの」 「竜宮城、かあ。何か良い響きで、住んでみたくなる所だね」 「ありがとう」 「それで、運命の人って何なの?」 「結婚する相手よ。左手の小指にある赤い糸が見える人を探しているの。それが見える人と結婚したら幸せになれるからなの」 「ねえ、お姉さん」 かかりは、名前を知らないから、恥ずかしそうに問い掛けた。 「あっ、私は、江見よ」 「江見様」 「もう、馬鹿ねえ。江見で良いわ」 「うん、江見」 「それで、なに?」 「ねえ、江見。左手を見て良いかな、嫌ならいいよ」 「ううん。見て欲しいわ。見て、赤い糸が見えたら教えてね」 「小指だよね。おれには見えないやぁ」 「そう、見えないの。でもね。かかりには、かかりの運命の人がいるわ」 「本当かな」 「ガッカリしないでね。必ずいるわ」 「うん、江見。俺も、運命の人を探す旅に一緒に行って良いかなぁ」 「えっ、それはねえ」 「海亀は旅に必要なのだろう。俺が何とかしてやるからな、な。良いだろう」 「う~ん。もし、運命の神様が許してくれるならねえ」 「それは、如何すれば許してくれる」 「何もしなくて良いの。神様は何時でも見ているからねえ。ただ、自分がして欲しくない事をしなければ良いだけよ。そうしたら神様は許してくれるわ」 「わかった。嫌だと思う事はしないよ」 「そうよ。ん、又、音がしたわね」 「風だよ。子供なら悪戯が成功したと思って、笑い声を上げるからな」 「そう、何か足音にも、思えたわよ」 「こんなぼろ小屋に、人なんか来ないよ。気のせいだよ」 江見が言った事は間違えなかった。男の足音だった。小屋の隙間から覗けば男が走り去るのを見る事が出来ただろう。 「へえへへ、ガキ達が言っていた以上の、いい女じゃないか。左手の小指に赤い糸が見える。そう言えば良いのか。それで、俺の女になるのか。へえへへ、楽しみだぞ」 男は、小屋から離れたからか、それとも、欲望の為に気持ちを抑える事が出来なかったのだろうか、心の思いを口にしながら村の方に駆けて行った。 「外ばっかり気にしているね。直ぐ、村に行こうか」 「そうじゃないわ。音が聞こえたから」 「良いよ。時間を潰してごめんね。行こう」 かかりは、心の中で溜息を吐き、扉を開いた。 「ごめんね。かかり」 「良いよ。俺も、早く旅に行きたいしなぁ」 部屋の中では、不安や苛立ちを感じる青い表情をしていたが、外の新鮮の空気を吸ったからだろうか、いや違う。海亀の所に行ける為だろう。江見は、喜びを表していた。 その、江見の表情を見て、かかりは幸せを感じた。何故、笑みだけで、そう思うはずだ。親が生きていた時は、笑みを返してくれただろうが、幼い時だから記憶が無かった。それで、今までの人生で、始めて、自分に向けられた笑みと感じたからだ。 「なんか、楽しそうね。かかり、どうしたのよ」 「なんでもないよ」 「そう」 「うん。ねえ、同じ海亀でないと駄目か、違うので良いなら、直ぐに捕まえてくるぞ」 「ありがとう。でも駄目なの。同じ海亀でないと帰れないのよ」 「う~ん、海亀でないと帰れない。その、意味が分からないけど、海亀が絶対に必要なのが分かった。村の人は、俺の話を聞かないからなぁ。でも、何とかする」 「ありがとう」 二人は、小屋を後にした。村に着くまでに、同じ様な小屋を何度も見かけた。それも、一つや二つではない。住人全ての数。それは大袈裟だが、可なりの数だ。恐らく、住居から持ち出すのが面倒な事もあるのだろうが、小屋に、修理道具と網を共に置けば、清潔な生活ができ、漁をするにも適しているからだろう。 「なにか、感じの悪い村ね。私達を見ようともしないわ。何故かしらね」 「それは、俺が、一緒だからだよ」 「かかりが、何かしたの?」 「なにもしていない。俺が、よそ者だからだよ」 「えっ、おかしいわよ。同じ住人でしょう」 「この村は、カイ一族だけが住んでいるから、血が繋がって無い者には冷たいよ。特に、俺は、嫌われている。網も船も使わないで魚を獲るからだろうなぁ」 「そう、凄いわね」 「そうでもないよ。自分が食べる分だけだよ。それが、長老も村人も頭にくるらしい」 「何で?」 「皆は、長老から網と船を借りて大量に魚を獲る。半分は長老に、残りは、自分が食べて、残りを他の物と交換する。確かに、借りた方が楽だけど、何か嫌だから」 「そう、でもね。村の人と仲良くした方が良いと思うわ。一人では寂しいでしょう」 「そうだけど、でも」 「なんだ。友達がいるじゃない」 江見は、かかりと話に夢中で周りを見てなかった。それで、何処の建物から出て来たか分からないが、正面から笑みを浮かべながら近寄ってくる男の事を言った。 「えっ、誰?」 「ほら、嬉しそうに向かって来るでしょう。友達でないの?」 「か、かい、」 かかりは、驚きの声を上げた。 「やっぱり友達ね。は~い」 江見は、嬉しそうに、その男に向かって手を振った。 「かかり、探したぞ」 「ああ」 かかりは、言葉を掛けられても、俯いたまま顔を上げなかった。何か、理由があるだろうか、それに、江見は気が付かなかった。 「大漁祝いに来て欲しくて探したぞ。なあ、かかり、食事会に来てくれるのだろう」 「ああ、頼みたい事あるから行く」 苦渋な表情で呟いた。かかりは、心の底から悔しいのだろう。 「ありがとう。楽しみにしているよ。彼女も連れてきてくれな。それと、あれもな」 「えへへ、彼女だって」 「分かっている。必ず行く」 「かかり、他にも伝える人いるから先に行っているな。来いよ」 かいは、二人に伝えると、即座に走り出した。そして、誰かに声を掛けられたのだろう。手を振りながら建物の中に消えた。 「いい友達じゃないの。かい、って言うのね」 「かい、見たいのが好きなのか?」 「馬鹿ねえ。私は容姿とかでは判断しないわ」 「そうか、そうか。海亀の事は、かい、に頼んでみる。場所が分かれば盗んででも、江見に渡すから安心して良いぞ」 「盗むのは止めてね。私は、この村から居なくなるけど、かかりが心配だからね」 「だって、旅に連れてってくれるのだろう。違うのか?」 「それは、運命の神様しだいよ。私は、海亀を手に取ると、突然消えるかもしれないわ」 「そうなのか」 「でも、別れの挨拶くらいの時間はあるからね」 「仕方が無いな。神様が決める事だ」 「かかり、ありがとう」 「うん、いいよ」 「小さい村だと思っていたのに、凄い人の集まりね。ヒョットして有名はお祭りなの。それで、他の村か町から人が来ているの?」 「何処の村でもやる。大漁祝いだよ。でも、本当に人が多いな、何故だろう?」 二人だけが、理由をしらなかった。この村を含め、近隣すべてを治める領主が来るからだ。その警護もあるが、勝利祈願と領主の二心ある考えを選ぶ為の占いだ。その結果しだいで行動を起こす為の陣営の準備だった。その二心とは、もう、今では無い国だ。平成の現代では、北海道、青森王国と借りの名称で言われている所だ。その国は滅ばされたから国名が残らなかったのではない。神の末裔や人などが集まる所、と国名はなく。ただ、八百万と言われていたからだった。元々、先史文明の時代、地球の事は地球と呼ばれず。八百万と言われていた。その名残もあったからだった。その国、八百万は、今の領主の祖父の頃は、現代の富士の裾野の辺りまでを、そう言われていた。だが、年が経つ毎に、北へ北へと追い詰められ。父の代では、現代の北海道と青森県だけになり。今、占いにすがる。今の王は、数日前に全てを失った。二心の一つは、最後の一兵まで戦い続ける。もう一つは、曾祖父の頃に袂を分かった。その同胞に仕えて生き残る。それを、決める事だった。 「あれが、村長の家だ」 海岸から山に向う道に沿って、家々が建てられていた。その山の裾に長老の家が建てられ、その道の奥の山は、領主が勝利祈願と占いをする神社がある。村人には、漁の安全と大漁祈願をする馴染み深い神社だ。 「言われなくても、そう思える大きい家ね」 「そうだね」 「ねえ、眼つきの鋭い人だけが、山に向かっているけど、何かあるの?」 「神社があるよ」 「そう。あの方達、神社に何の用なのかしら?」 「さあ、分からないよ。それより、行こう」 「そうね」 長老の家に行くまでの間には、様々な食べ物が用意されていた。酒、握り飯や様々な汁物があった。平成の現代のお祭りの様に、屋台が並べている。そう考えてくれれば分かるはずだ。だが、全て無料で食べられた。豊作や大漁の時や何か行事などの時に、村長や網元が仕事の励みの為に惜しみなく振舞った。その中にある。一つの屋台を任された男が声を掛けてきた。だが、好意的な話し方には思えなかった。 「おい」 「ねえ、知り合いなの?」 「気にしないで行こう」 「おい、何をしに来た。自分で獲った物しか食べないのだろう。冷やかしに来たのか?」 「ねえ、良いの?」 「行こう」 「ねえ、お嬢さん。隣の馬鹿は相手しないで、何か食べてってよ」 「えっ、でも」 「ここに有る物全て、振る舞い物だから、誰が食べても何も言いませんよ」 「そうなの、無料なのね」 「えっ無料。ああ、お代は要らないよ」 「そうだって。ねえ、ねえ、かかり食べましょう」 「要らない、行こう」 かかりは、食べ物の匂いを感じて、体の機能が悲鳴を上げた。 「ん」 「んっもう。かかりったら」 その音を聞くと、嫌味しか口にしなかった男が、笑い声を上げた。 「腹の音を鳴らして何を格好つけているのだ。腹を空かしているのだろう。馬鹿な奴だな。ほら、ほら食べろ」 「うん」 江見以外の微笑みを見た事がなかった。かかりは嬉しくて泣きそうな表情にしながら容器を受け取った。 「美味しいの」 江見は、嬉し泣きを始めて見たのだろう。自然と言葉が口から出ていた。 「お嬢さんも食べませんか」 「美味しそうね。頂きますわ」 「勝也。美味しい所をかかりにも食べさせてやったらどうだ」 「俺の肉の焼き方は普通と違う。全てが美味いぞ。ん、かかり食べたいのか?」 勝也は、渋い顔で愚痴を言っていたが、かかりに顔を向ける時には、微笑みを浮かべていた。かかりは、その微笑を見て、ますます、顔を崩すし頷いた。その楽しそうな様子をみて、隣の女性も声を掛けてきた。 「男の料理で嬉し泣きかい。私のあら汁を食べてみないと、本当の料理の味は分からないだろうね。どうする。食べるのかい?」 「おかみさん。私、食べてみたいわ」 江見は、かかりが頷くのを見るのと同時に、自分の分を要求した。 「そうか、食べてみなさい」 おかみは楽しそうに、二人に容器を手渡した。 「ん、どうしたのだい。泣くほど美味いのかい?」 「美味い、美味いよ」 「おかみさん。本当に美味しいわ」 かかりは泣いていた。食べ物の味よりも優しい言葉を掛けてくれた。その事が一番嬉しいのだろう。そう思えた。母や父の事は記憶が無い為に、人の優しさが分からないのだ。その気持ちを始めて感じたからだ。かかりは心の底から嬉しさを表した。 「そうだろう。男の料理との違いが分かったかい。分かったのなら早く行きなさい。あれを目当てに来たのだろう。ほら、無くなってしまうよ」 かかりと江見は、その意味が分からなかった。だが、確かに人が、ある場所に集まって行く。何かあるのだろう。二人は好奇心で皆の後を付いて行った。人が多いからだろうか、それとも、ある場所が、まだ、遠いからだろうか、何が始まるのか、何があるのか分からない。だが、突然、大太鼓の音が響き渡った。それは、時間を知らせているように思えた。始めはゆっくりと、そして、段々早く鳴らし始める。何の集まりか分からなくても、皆に、太鼓の音で何かを知らせているのは確かだ。 「かかり、何が始まるか分かる?」 「ごめん、村の人と係わり合わないようにしていたから分からないよ」 「お、何か始まったようね」 突然に音が変わった。太鼓の乱れ打ちが始まった。 「そうだね。何かが始まったみたいだね」 「おっ」 「歩くのが止まったわね」 「そうだね。でも、この場所からでは何が何だか分からないよ」 二人の会話は周りの人に聞こえているはず。だが、二人を知っていて故意に無視をしている。そうではなかった。真剣に考えているからだ。その場所に早く行きたい。その気持ちしかない為に周りに関心が向かなかったのだ。 「お、歩き出したわ。もう、終わったのかしらね」 「そうでは無いみたいだよ。皆帰らないで、向かっているからね」 二人は、皆の歩く速度は遅いが、気には成らなかった。速度よりも周りを見回していたからだ。ヒョットしたら、その場所から帰ってきている人がいるかもしれない。その人達を見たら何か分かるかもしれない。その気持ちで一杯だったからだ。 「かかり、かかり」 男の野太い声が響く。 「ん。かかり、呼ばれているわよ」 二人の斜め前方からカイの声が聞こえて来た。それも、人々を追い払うように無理やりに進んでくる。その姿をかかりと江見には見えないが、カイの声と、カイは子分と考えているだろう。その友人の声で何が起きているか想像が出来た。 「気にしなくていいよ」 「そう、そうなの」 「あっあんな奴」 かかりは、怒り表し言葉を出し掛けたが、江見が居る事に気が付き、言葉を飲み込んだ。 「でも、友達でしょう」 「そうだね。でも、今は、行列の先に何をやっているかの方が楽しみだろう」 「私の事は気にしなくていいからね」 「俺も、楽しみだから、江見も気にしないで」 「そうなの?」 「そうだよ」 だが、長い間、カイ達を無視する事は出来なかった。江見が、この地の成人男性と同じ背丈があり、色白で、余りにも目立つ容姿だったからだ。それは、人ごみの中の巨人。そう思ってくれれば分かるだろう。 「おお、かかり、探したぞ」 「ああ、そうか、探していたのか気が付かなかった」 (カイの奴、来たのかよ。何の用件だ。まさか用件も聞かずに、あれを寄越せと言いたいのか。確かに、村の中に入ったのだから用件がある。だか、簡単にはやらんぞ) かかりは、言葉を返したが、目線を合わせる事はしなかった。余程、カイの事が嫌いなのだろう。まるで、親の敵のような表情を浮かべていた。その為に、カイの表情には気が付かなかった。始めの挨拶の時は、かかりに親しみを感じる表情を浮かべていたが、その後は、江見の姿を上から下まで眺め回しながら涎を垂らしているように見ていた。 「確か、カイさんですよね。かかり、そうでしょう」 江見は、始めてカイに会った時は気が付かなかったが、今の姿や視線は、男が性欲を表す欲望そのままと感じ取り、背筋が寒くなったのだろう。それで、かかりに助けを求めた。 「カイ、俺たちは、行列の先に有る物を見る為に並んでいる。用件なら後で聞くよ」 そう言うと、江見の手を掴み、先ほどと同じく歩き始めた。 「待て、私を無視する気なのか」 カイは、満面に怒りを表した。それを見てカイの連れも、周りの人々も驚きの声を上げていた。長老の一人息子である為に好き勝手にしていたが、それを、誰も諌める者がいなかった。そう言う生い立ちもあるが、女性の前では怒りを表す事はない。それなのに、怒りを表したのは、同じ村人と思われていない者に、無視をされ、諭されたからだ。 「江見さん、行きましょう」 「待て。何が合っても村の中に入らなかったのに、村の中に入って来たのは何か用事があるのだろう。私を無視して、その用件が叶うと思っているのか」 「その為に、あれを持ってきた」 「ああ、赤い勾玉だな。本当に欲しかったのでない。かかりには似合わない物だし、赤色は我が家の象徴だから持って欲しくなかっただけだ」 「うっう」 「それにだ。お前の指の手入れもしていない長い爪で、江見さんの手に傷を付けたのでないのか、糸のようの血が流れているだろう。手を離せ」 「えっ、糸のような血」 江見は、驚き声を上げながら、かかりの手を離した。 「大丈夫ですか、痛いでしょう」 「この赤い糸が見えるのですか?」 最下部の第四章をクリックしてください。 第二部、結婚式まで十五日前、薫との運命の出会い。 朝日が昇り、日の光が地上を明るくし始めた頃、一人の女性が平成の現代に現れた。場所は宮城県の仙台と言う所だ。その都市の外れ、何処にでもあるような森だった。 |
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物語を書いて五年になりましたが、私は「左手の赤い感覚器官(赤い糸)と「蜉蝣(カゲロウ)の羽(背中にある(羽衣)の 夢の物語が完成するまで書き続ける気持ちです。
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