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 第十章、結婚式まで十五日前。薫と江見で最後の亀の欠片探し行動開始

「えええぇ、この部屋で一夜を過ごすの」
 二人は薫の部屋にたどり着いた。そして、江見が部屋での最初の声を上げた。
「そうですよね。この部屋で、朝まで二人で過ごすのは嫌ですよね。常識に考えれば当然ですね。なら、私は外で寝ますよ」
 江見は、薫の話を最後まで聞かずに、話を遮った。それも、不審を感じて、問い掛けるように話を掛けた。 
「だから、そうでなくて、何で明日の朝まで部屋に居るの。まだ、太陽が沈む時間は、まだまだ先ですよ。その意味が分からないわ」
「先ほども言いましたでしょう。資料館が閉館していますから、開館まで待たなければならない。それで、これからの事を、二人で話し合いをしましょう。そう言う事です」
「その意味は分かりますわ。それなら、今から遠い地の亀の甲羅を見に行かない」
「でも、そこも、たぶん閉館していますよ」
「この地から、それほど遠いのなら大丈夫でしょう。薫だって事は分からないわよ。ねえ、先ほどの建物のように入りましょうよ」
 薫は、我を忘れる程考えを巡らした。顔の表情を歪めるほどに、それでも、考えが思い浮かばなかったのだろう。だが、突然に微笑みを浮かべると話を始めた。まるで、神経や血管が切れて、思考回路が変わり、本当に別人のように変わってしまったようだ。
「分かりました。それでは、宮城県に有る物だけは、幽霊のように入るとして、もし有れば、それでいいですが、無ければ、様子を見て、大騒ぎになるようでしたら考えて行動しましょう。それでいいですね」
「それで、良いわよ」
 江見は微笑みを浮かべながら肯いた。でも、意見が通った為の微笑みではない。まるで、理想的な男性に会ったような感じに思えた。
(どうしたのかしら、別人のようねえ。でも、凛々しいわ。この様な感じなら赤い糸が繋がって無くても惚れてしまいそう)
「江見さん。それでは行きましょう。始めに向かう場所は、先ほどの所でなく、この都市の外れ名取市と言う所に向かいます。恐らく、銀行の周囲は警察が動いているはずです。資料館には向かわない方がいいでしょう」
「何故、その警察と言う者が来て、騒いでいると思う訳なの?」
「それはですね。先ほど試しに入った建物は銀行と言う所で、もう、警察に通報されているはずだからです。例え、幽霊だと思われても、詳しく調べているはずです」
「そうなの?」
「ですが、名取に行く途中で資料館を通って様子を見ます。騒ぎになって無ければ二番目に確かめる。そうしましょう。いいですね」
「でも、何故、始めに遠い所に行くの?」
「それは、三番目に行く所は、地図で場所を確かめた所、交番の隣にあるのです。出来れば最後にしたいです。それに、二番目の場所の理由は言わなくても分かってくれますね」
「そうね。警察の本部がるの。分かったわ」
「まあ、本部でないけど、常に居るのは確かです。そう言い理由です」
「ごめんなさい。もう何も言わないわ。信じて全て任せます」
「ありがとう」
「あっその前に、地図を見せて下さい。もしはぐれてしまった時の為に、大体の場所を記憶しておくわ」
「わかりました。その方がいいですね」 
 そう言うと、地図を食台の上に開いた。
「私達が、今居る所は、どこなの?」
「長町中学校の裏です。私の家までは、この地図には載っていませんが、もし、はぐれた時は、そうですね。太白区役所にしましょう。それなら、誰に聞いても分かるはず」
 薫は話をしながら、地図に二点の場所を指差して教えた。
「そう、忘れないように憶えておくわ」
「それで、これから行く所は、名取市の愛島と言う所に向かいます」
「愛島、愛島」
 江見は地図を見て、その場所を探すのに指差しながら探した。
「ここです」
 薫は目的の場所を指差した。
「あっ、可なりありますね。この場所なら行き帰りで日が沈むでしょうね」
「片道二十キロです。でも、歩く訳でないから、何事も無ければ行き帰りで二時間もあれば大丈夫でしょう」」
「えっ、なら、自動籠に乗るのですね。あれは、本当に早い物ですよね」
「え、自動籠。ああ、自動車と言うのですよ。人を乗せる事を生業にしている自動車です」
「そう、楽しみです。えへへ」
「その神社を確認して帰って来ても、三時までは帰れるでしょう。一番の問題は簡単に確認できるかです。それは、江見さんが幽霊のように建物に入り、確かめるまでの時間です。それが早く済み、何の問題も無ければ、資料館を調べます。予定では三十分もあれば十分でしょう。それから、交番の隣の神社。そこは向山と言う所です。えーとここです」
「ほう近いわね。それなら、薫の家に寄ってから行くのかしら」
「いいえ。資料館を確認したら、そのまま向かいます。そこに無ければ、北海道か東京ですね。そこに向かうには、二、三日待ってください。必ず行けるように、何とかしますから信じて下さい」
「薫。多分大丈夫よ。私が、この地に来たのは、薫に会う為だけのはずがないから、たぶん、薫が住む宮城県に有ると思うわ」
「感ですか。それとも、赤い糸の感覚器官で分かるのですか」
「今までの破片探しは、そうだったからね」
 江見は、簡単に亀の甲羅を探し出したはずはないが、薫を安心させようとした。
「有ればいいですね。宮城県に有るように祈りましょう」
「そうね」
「そろそろ行きましょうか」
「はい」 
 二人は、薫の部屋を後にした。
「そうだ。私の近所では、あの自動籠は通らないから、待ち合わせの場所を見ましょう」
 薫は、ある言葉を恥ずかしそうに呟いた。家の中でなく外を歩いているから、誰かに聞かれ、笑われると感じたのだろう。
「もう薫。籠で良いわよ。それで分かるわ」
「はい。それで、神社に着いた時に料金が分かるので、その時にお金を渡しますから、それを使って太白区役所に来て下さい」
「はい」
 江見は、その場所に着く十分間の間いろいろと、薫に問い掛け続けた。それも、本当に楽しそうに会話を楽しんだ。よほど、この世界の事に興味を感じただろうか、それとも、薫がいる世界だから必死に憶えようとしている。そう感じる事もできた。
「この建物です」
「ねえ、薫。この建物は、何をする所です」
「ここは、この国が決めた規則を申請や受け取る施設です」
「ああ、あまり係わりたくない所ね」
「そうですね。楽しい所ではないのは確かな所です」
 そう答えると手を上げた。
「何をしているの?」
 江見が問い掛けた。
「あああ、籠を止めるのです。手を上げると、乗りたいです。そう知らせているのですよ」
「そう。もし、私も乗る時はそうすれば良いのね」
「誰も乗ってなければ止まってくれます」
「はい」
「あっ、江見さん。止まってくれたから乗りましょう」
「おっ、自動で開くのね。おもしろいわね」
「江見さん。早く、早く乗って」
 江見は、立ち尽くしていた。恐怖を感じたのか、それとも、乗りなさいと、そう呼ばれるのを待っていたようにも思えた。
「はい」
「お客さん。行き先は何処でしょう」
 二人が席に着くと、即座に声を掛けてきた。
「愛島までお願いします。あっ熊野堂を通る道を行って下さい」
「畏まりました」
「済みません。それと、長町民族資料館の前を通ってくれませんか」
「分かりました」
 運転手は、ややご機嫌な声色で言葉を返してきた。片道二十キロも走るのだから当然だろう。そして、嬉しそうに資料館を通る間際に言葉を掛けた。
「お客様。長町資料館の前に、一時的に止まればいいのでしょうか?」
 益々、ご機嫌なのは、恐らく、暫く停車すれば料金が高くなる。そう考えたのだろう。
「いいえ。前を通るだけでいいですよ。待ち人が着ているか、確かめるだけですから」
「え」
 江見が驚きの声を上げた。即座に薫が片目を瞑って合図を送った。江見は、その合図に気が付き、それ以上声を上げなかった。そして、資料館の前を通り、何の騒ぎもなかった。そして、そのまま通り過ぎ、目的の場所に向かった。
「お客様。そろそろ、愛島ですが道なりに進んでいいのですか?」
「はい。この道路沿いに神社があるはずなので、そのまま走って下さい」
「お客様。もしかして亀神社ですか、それなら間もなく見えますよ」
「そうです。亀神社です」
「はい。亀神社ですね。分かりました」
「薫。もう着くの?」
「うん。間もなく着くみたいです」
「そう」
「お客様。見えてきました。あの、小さい丘がそうです」
 そう、運転手は言葉を掛けながら反対車線の駐車場らしき所に入ろうとしていた。
「おお何か、本格的な神社と思える雰囲気ですよ。ねえ、江見さん」
「当たり前でしょう。神社なのですから」
「お客様。二千五百円です」
「あっはい」
「三千円からね。ありがとう御座います」
 江見は、扉が開くと、何かに興味を感じたように、車外に出た。
「チョット、チョット待って」
 薫は、お釣を財布に入れる時間も惜しいのだろう。江見の元に向かった。
「薫。道を造る為に、本宮以外は削られたみたいよ。酷い事をするわね」
「そうなのか、この砂利を敷いてある所は駐車場のはずないよな。昔は車なんてある訳ないしね」
「そうよ。あっ車が行ってしまうわよ」
 江見は、疑問に感じて回りを見ていたからだろう。車が走り出した事に、今気が付いた。
「大丈夫。又、別の車に乗ればいいよ。それよりも、神社に行こう」
「はい」
「この石段を見ただけでも、そうとう年代を感じる神社だ。それにしても、この石段百段はあるぞ。上るのが大変だな」
「そうね。だけど、削られる前は、厳かな雰囲気を感じた神社だったはずよ」
「そうだろうね。だけど、ここなら欠片あるよ。神社の名前からして有りそうだしね」
「そうねえ」
「そうだよ。あっ、それと、三千円を渡しておくね。何かあった時使って」
 二人は石段を上りながら話をしていた。先に薫が上り終えると、驚きの声を上げた。
「えっ」
「無さそうね」
「でも、確かめないと分からないよ」
「そうね」
 二人は社を見た。木々が社を隠すように茂っている。まるで、神がいるような雰囲気があるが、三畳くらいの無人の社だけしかなく、それも、今にも崩れるような社だった為に欠片がない。そう感じたのだろう。
「江見さん。私は、ここで人が来ないように見張っているよ」
 薫は、一緒に見に行く。そう言えなかった。遠目からも社の扉が開かれて甲羅が見えたからだ。そして、江見の落ち込んだ様子を見たくないからだろう。薫は、心の底から探している甲羅でありますようにと、祈りながら石段のある方向に体を向けていた。
「薫。違ったわ」
「そうか、帰ろう。民族資料館に行こう」
「はい」
 二人は石段を下りると、数台の車が止待っているのに驚いた。その中の一台が自動籠だった。何故止まっているのかと、気が付かれないように視線を向けた。
「あっ休憩しているのですよ」
 全ての車の運転手が助手席で仮眠を取っていた。そして、薫は乗せてくれるか聞こうとして、車の窓を叩いた。
「ん」
 運転者が目を覚ました。
「済みません。休憩しているのに済みませんが、長町資料館まで乗せてくれませんか」
「ああっいいですよ」
 運転手は不機嫌そうに聞いていたが、地名を聞いて、微かな笑みを浮かべた」
「ありがとう。江見さん、早く乗りますよ」
 二人は車に乗っても、走り出しても話をしなかった。江見が、外も見ずにうな垂れていたので、薫は言葉を掛けなかった。勿論、運転手も雰囲気を感じ取り、声を掛けない。
「お客さん、着きましたよ」
「ありがとう。休憩の邪魔をしまして、そのお詫びとして、少ないけどお釣はいいです」
「ありがとう御座います」
 二人は資料館の前に着いた。薫は、資料館の周りの様子を見たかったが、江見が落ち込んでいる姿を他人が見たら、何かあったと不信がられる。それで、直ぐに資料館の裏手に向かった。
「江見さん、入れそう」
「大丈夫」
「江見さん、人は居ない」
「うん、居ない」
 そう言うと、一人で、幽霊のように資料館に入り、ある物に目を止めた。
「なんだ。忘れられたのでは無いのね」
 それは、八百万の神々をかたどった置物だった。 
「良かった。安心したわ」
 江見は甲羅が無くて落ち込んでいたのではなかった。昔は、人から神と言われた。その
八百万の神の末裔が、江見だ。その事に誇りを持っていたが、先ほどの神社を見て落ち込んだのだった。だけど、今は、甲羅の事を忘れているような感じで、資料館の全ての展示物を見て回っていた。
「あっ、江見さん。有ったのですね」
 先ほどより喜びの表情を浮かべていた。それで、見付けたと感じたのだった。
「無かったわ」
「そうか、なら、直ぐに、もう一つの神社に行きましょう」
「うん」
「籠を止めますね」
 江見に分かりやすい言い方をした。
「ああ、私が止めてみたいわ」
「いいですよ。どうぞ、お願いします」
 そう言葉を返すと、江見は楽しそうに手を上げて振っていた。
「おわあ、止まったわ」
 江見は手を上げて直ぐに、籠が止まったので嬉しかった。そして、扉が開くと乗り込み、
薫が乗るのを満足顔で待っていた。
「向山交番までお願いします」
 薫は籠に乗り込んだ。そして、扉が閉じると行き先を伝えた。
 二人は、宮城で最後に探索して出した神社の前に現れると、落胆の表情を浮かべた。そして、呆然と神社を見続けた。何故、そう思うか。それは、こぢんまりとした神社。そう言えば想像できるだろう。それでも、まだ、神社と思えるが、目の前の、それは、社と言うよりも祭壇としか思えない。何故か、立派な鳥居があり。小石が敷き詰められている。この二点があるから神社と名前が残されているのかもしれない。だが、歩道と二十四時間の食料品店、交番の駐車場に挟まれて見えなくなっていた。
「ここなの?」
 二人が、いや、誰が見ても、この神社では神が居るとは思えないだろう。
「地図の通りに来ましたから、間違いないです。これが、目的の八木山神社です」
「何処に置いてある。まさか、あの鳥小屋のような所なのかしら?」
「そうだと思います。江見さん。確かめないで帰りますか、どうします?」
「ここまで来たのですから、確かめて見るわ。もしもの為にね。有ったら馬鹿をみますからね。そうでしょう」
「そうですね。そうしましょう」
 薫は同意すると、社の元に歩き出した。その後直ぐに、江見も後を付いて行くが、苦痛のような表情を浮かべたのは隣の交番が気になる為だろうか、まさか、名前だけの神社に何かあるとは思えないからだ。
「ねえ、江見さん。見えますか、私は中が暗くて見えないけど、どうです?」
 薫は、鳥かごのような社の扉の隙間から覗きこんだ。
「ん」
 江見の言葉が聞こえない為に振り返った。
「駄目。信じられないけど凄い結界が働いているみたい、目を開けていられないわ」
「江見さん、分かりました。隣は交番ですし、目立つ事はしないで下さい。お願いしますよ。時間をずらして、又、来ましょう」
「そうねえ。そうしましょう。それにしても、ここは何を祭っているの。それに、由来は分かる。それが解れば対策もあるわ」
「私も、先ほど由来を書かれているはずの立て札を読もうとしたのですが、墨文字が薄くなって読めませんでした」
「そうなの。それなら、やっぱり強制的に術を破らなければ駄目なようね」
「止めて下さい。隣は交番ですよ。大騒ぎになってしまう」
「それなら、薫が鍵を開けられるの?」
「開けられないけど、社を壊す位なら鍵を壊して、警察に捕まった方がましに思えます」
「そうなの?」
「江見さん。甲羅を見るだけでも無理ですか、それが分かれば、この場の問題は解決しますでしょう」
「ここの祭り神の名が分かればね。主神でなくても副神でも良いのだけどね。それが分かれば見るだけなら出来るわ」
「ああ、あの時の幽霊のように、ですね。分かりました。何とか調べてみます」
「私は、この場所でいろいろ調べているわ」
「駄目です。私と一緒に来て下さい。隣が二十四時間営業の食料品店です。不審な事をしていると強盗と誤解されますよ」
「ぐっうう」
 江見は、心底からの苛立ちを現した。
「何をしているのです。行きますよ」
 江見は顔中を真っ赤にして動こうとしなかった。何かを考えているようにも思えるが、恐らく怒りの余りに聞こえていないのだろう。
「ぐっううう」
(最低な科学技術しかないのに、宇宙にも時の流れにも、他次元にも行けない世界なのに、全てを空想としか考えてない人達なのよ。本当に疲れるわ。この世界はね)
 この女性が呟く妄想も嘘ではなかった。薫の世界は、まだ、中世と同じ扱いをされていた。それだけでなく、時の流れの中では一番の不人気だった。時の流れを変えたいと思う犯罪者も、一国家の力が強すぎて邪な考えを実行しようと思う者も無く、歴史的な芸術家も無く盗む者も居ない。過去や他次元からの時間犯罪移民者も、物価も高く、自然環境も最低の為に訪れる者も居なかった。この世紀は時の流れの中でも簡単に入れるのだが、その為にスリルを感じないからだろう。誰一人来る者が居なかった。この女性のように強制的か事故の為に来る者ぐらいしか来ない。
「江見さん。行きますよ」
 薫は二度同じ言葉を掛けた。顔を赤らめ、頬を膨らませながら何かを呟いているから聞こえない。そう思ったからだ。
「聞こえていますわ。何度も言わなくても聞いていますわよ。本当にっもぉー嫌になるわ」
(まあ、役に立たないのに、薫は、逃げる時は早いのね)
 そう心に思い、薫に鋭い視線を向けた。
「ん。どうしました。ああ、大丈夫ですよ。恐らく、昔は、この山全体が、一つの神社だったと思います。直ぐに主神が分かるはず」
 薫は、江見の視線が問い掛けと思い、即座に自分の思い。微かな希望を答えた。
「それは本当なの?」
「そうだ。交番に聞いてみましょう」
「え、大丈夫なの。係わりたくなかったのでしょう。それなのに、私の為にありがとう」
「気にしないで、私の為でもあるでしょう。江見さんのような綺麗な人の為なら何でも出来るさあ。そう言ったでしょう」
「んっもー、そうね。ありがとう」
「隣だしね。直ぐに行きましょう」
「薫。本当に良いのね」
「何もしてないのだから大丈夫だよ。犯罪者以外は優しいからねえ」
「そうなの。それは良かったわ」
 江見は、完全に全てが終わった気持ちになっていた。この世界の事や地域の事が分からなくても、隣に有る物を隣の人に聞くのだから知っていると思うのは当然のはず。それは、薫も同じ気持ちだった。江見は、そのような気持ちだからだろう。嬉しくて薫の腕に抱きついた。余程、興奮を隠せなかったに違いない。二人は、そのまま交番に向かう。
「江見さん。先ほど言いましたように恐くないですから心配しないで下さいね」
 薫は、江見が抱きついてきたのは恐怖の為だ。そう勘違いした。それで、そのまま隣に向い、扉を開いた。
「すみません。聞きたい事があるのですが、いいでしょうか?」
「あっお願いします」 
 江見も厳粛な空気を感じ取り、自然と言葉が出ていた。
「構いませんよ。何でも聞いて下さい」
「忙しいところ本当にすみません」
「それにしてもいいですねえ。新婚旅行でしょうか、仙台はいい所でしょう」
「あ、その」
「えっ、う~ん。新婚旅行?」
 江見は言葉の意味が分からず問い掛けた。
「やはりそうですか、私も半年前に結婚しましてね。でも、私の連れ合いは、腕は組んでくれませんよ。結婚したらしてくれるかな、そう思っていたのですがしてくれません。何故なんでしょうねえ」
「あっ、その違います」
 江見は、所々の言葉の意味が分からず聞いていたが、やっと全ての意味が分かったのだろう。顔中を真っ赤にして手を離した。
「騒がしいぞ。何かあったのか?」
 不機嫌そうに上司が現れた。隣室で仮眠をとっていたのだが、騒がしくて事件と思ったのだろう。まあ、ほとんど笑い声の方が大きかったから、その注意とも思えた。
「いえ、何もありません。この男女が聞きたい事があるそうです」
「そうか、大丈夫だな。俺はもう少し仮眠をとるから頼んだぞ」
 大きい欠伸を上げながら隣室に消えた。
「それで、何を聞きたいのですか?」
「あの、隣の神社の事です。由来などを知りたいので立て札とか、資料館があれば教えてくれませんか」
「資料館はないですね。立て札なら社のそばに有りませんでしたか?」
「あるには有ったのですが、墨文字がぼけて読めませんでした」
「そうですか、う~ん。あっそれなら、神主さんにお会いしますか、気難しい人だから会ってくれるか分かりませんがどうします。行くなら教えますよ」
「行きます。行きます。教えて下さい」
 江見は、抱きつくのではないか、そう思える勢いで声を上げた。
「お願いします」
 薫も同じ気持ちなのだろう。同時に何度も何度も頭を下げていた。
「これが仕事なのですから気にしないで下さい。え~と、交番を出て右に行くと郵便局があります。その裏です。名前は、神野平蔵さんです。神野さんは果物が好きだから郵便局の隣の果物屋がありますので、買われたらどうでしょう」
「そうします。ありがとう御座います」
「ありがとう。あの、その」
 江見は礼を言いたいのだろう。だか、名前が分からず。戸惑っていた。
「お巡りさんでいいですよ。幸せになってください。お嬢さん」
「ありがとう。お巡りさん」
「神主さんと話が出来たらいいですね。もし、会えなくても仙台を楽しんで下さいよ」
「はい、そうします」
「それでは、江見さん。行きましょう」
「はい」
 江見は満面の笑みを浮かべた。
 江見と薫は、何ども頭を下げながら交番を出た。そして、二分位だろう。歩くと目的の郵便局の前に着き、隣の果物屋の勧める果実を購入して、神野家の前に着た。
「すみません」
 薫は、そう声を上げると同時に扉を叩いた。暫くと言うよりも可なり長い時間、玄関の前で待っていた。
「何か、御用があるのですか?」
 これ以上不機嫌な顔を表せない。そう思える感じで現れた。
「あの、ですね。神社の由来を聞きたくて、神野さんに会いにきました」
「何だと」
 益々顔をしかめた。
「あのう、神主さん。これをどうぞ」
「ん、何だ。それは?」
「ええーその、果物です。神様のお供え物を持ってきました」
「そうか、そうか」
 女性だからか、それとも果物と聞いたからだろうか、顔の表情が柔和に砕けた。
「どうぞ、神主さん」
「神様も喜ぶでしょう。茶でも出しますから上がりなさい。話があるのだろう」
「ありがとう御座います」
 二人は同時に声を上げた。
「さあ、上がりなさい」
「はい」
 二人は靴を定規で測ったかのように、揃えると、神野の後を付いていった。
「この部屋で待っていなさい」
 二人は部屋で待て。そう言われたが、とても落ち着ける気分でなかった。神社の由来を聞くからではない。座る事が出来ないからだ。何故か、それは部屋の中は年代物と思える壷や触れば壊れるような剣や息を吹きかけたら崩れるような文献や掛け軸が無造作と言うよりも隙間があれば置いているように思えた。これが本物か偽物かそう考えるよりも、客人を待たせる部屋とは思えないからだ。
「立ったままでどうした。寛いでくれていいのだぞ。由来を聞く為の礼儀としても、立ったままでは話し辛い」
「はい、そうですね」
「ああ、その食台を取ってくれないか、茶を置きたいのだ。それ、それだ」
 薫と江見は、神主に言われたが、指差すが普通に使用できる物か分からなかった。
「ふー、茶を持っていてくれないか」
 不機嫌そうに呟いた。
「はい」
 二人は頷き、何を使用するのかと、視線を送り続けた。驚いた事にゴミのように壷などを払いのけて、有る物の中では使用出来そうな物を引っ張り出した。
「驚いているようだな、やはり分かるか。この食台は年代物だぞ。由来を聞きに来るだけはあるようだな」
 二人が驚きの表情をしたのは机の事ではない。壷や剣が崩れ壊れたからだ。
「どうした。座りなさい」
 もう、二人は呆然とした。今度は食台を置く広さや三人が座る場所を作るのに、無造作に足で退けていたからだ。
「はい、はい」
 二人は頷く事しか出来なかった。
「由来だが、正確な事は分からない。時代が変わる度に権力者に文献を没収されてしまった。そして、昭和の空襲で殆どが焼けてしまったのだよ。それで、口伝で良いのならば話は出来るが、それで宜しいかな」
「はい、お願いします」
「今の話で分かってくれると思うが、正確な年代は分からないが、若い男の漁師と、ある国の姫と思える二人を祭っている。この男は姫の願いを叶える為に亀の甲羅を命懸けで守ったのだ。だが、一欠けらしか守れなかった。そして、怨み言を言いながら死んだ。結局、姫は現れない。恐らく、その姫は戦の勝利祈願の祈りを阻止したかったに違いないと思われていた。これだけなら神社は建てられなかったのだが、噂が広まったのだ。男の死ぬ間際の言葉だ。本当に呟いたかどうか分からない。
「姫が、この地に有る。この亀の甲羅の欠片と全ての亀の甲羅の欠片を取りに必ず戻る。その度に、私は生き返りお助けする」
「そう言いながら死んだらしい。そして、不規則な年で、何故か桜が咲く時期に甲羅が消える。すると、魚が獲れなくなり、飢饉、災害が起きたらしい。それで、恐ろしくなり、最後の亀の甲羅の欠片を守り神にして、そして、若い男と姫を神として祭り、この神社を建てた。と伝わっている」
 江見は、話が終わると、全ての意味が分かった。そう思える表情を浮かべた。
「ありがとう御座います。良い参考になりました。それで出来れば、福神と主神の名前を教えてくれませんか」
「主神が、江見神。福神が、かかり神」
「えええ」
 薫は、驚きの表情を浮かべた。
「ありがとう御座います。私達は、これで失礼します」
 江見が、薫の口を塞ぎながら声を上げた。
「そうか、幸せになりなさい」
「あっ、今からお参りしても良いですよね」
「好きにしなさい」
「ありがとう」
 そう言うと、薫を置き去りのような感じで、急いで神社に向かった。勿論、薫も神主には何も言わずに急いで後を追った。
「私と同じ名前ね。まさか、私の事。このような話は記憶に無いけど、主神の名前が分かれば、それで十分よ」
 そう呟きながら胸元から筆箱と札を取り出した。
「江見さん。待って下さいよ」
 薫が神社に着くと、もう江見は、社の扉に自分の名前を書いた札を貼り、両手でいろいろな形を、手で作りながら祈りを上げていた。 
「はっ」
 江見は、最後に気合を上げた。
「江見さん。見えましたか、それとも、甲羅の破片を取り出せたのですか?」
「何故、封印の術が解けないの?」
「駄目でしたか」
 江見が心底落ち込んでいる為に、それ以上言葉を掛けられなかった。
「何故、墨も水も以前使ったのが残っていたわ。紙も、この世界の物でないわ。何故なの三点の物は全て違う時代の物よ。全てが揃っているのよ」
 江見は不審に思うのは当然だった。違う時代や世界の物があれば、時の流れを止められる。例を挙げるならば、薄い紙でも時の流れを止めれば鉄でも切れる硬度になるのだ。今回は空中にある原子を固めているのだろう。そして、封印を解くのは同じ文字や数字を書いて解除と付け足すだけで良いのだが、文字か何かが足りないのだろう。
「江見さん。ガッカリしないで」
 薫は慰めの言葉を掛けようとした。その時に後ろから声が聞こえてきた。
「どうして泣いている。何かあったのか?」
 神主は不審と好奇心で後から追いかけて来た。
「えっ、その」
 薫は、理由を言えずに言葉を無くした。
「お嬢さん。理由は知らないけど、恐らく、この男から何か言われたのだろう。大丈夫だから安心しなさい。御神体を触らしてあげよう。この御神体に触ると必ず結ばれるか、運命の人が見える。そう言い伝えがあるから試してみなさい」
「え、本当ですか」
 江見は、驚きの声を上げた。だが、言い伝えでなく、甲羅を触れられるからだ。
「何代も前から封印されていたらしい。ご利益はあるだろう。それに、あなた方が来てくれたから壷が割れたのだ。その欠片の中から鍵を見つける事が出来た。これも、何かの縁だろう。心の底から信じなさい。願いが叶うはずだ」
「はい、願います」
 その言葉を聞くと、神主は頷き。握り締めていた鍵を、扉の鍵穴に入れた。
(あっ、鍵に文字が刻んでいる。江見と書かれていた。四重に術が仕掛けられていたの。これでは、術が解けるはずないわ)
 神主は、亀の甲羅を社から取り出した。
「心の底から信じなさい」
 そう呟くと、江見の手の平に載せた。すると、硝子が割れるような音が響く。と、同時に、虚空に残りの破片六個が現れた。その様子は幻のような蜃気楼のようにゆらゆらと揺れていた。まるで、シャボン玉の中にある絵の様に、その玉が弾ける度に、手の上にある甲羅と繋ぎ合わさった。それと同時に、二人の姿が溶けるように透け始める。
「何が、起きたのだ?」
「神主さん。言い伝えの女性。江見は、私の事のようです」
「あれは、本当の事だったのですか」
「恐らく、先ほどの話は記憶にないけど、長い時間の為に違う話しになったのでしょう」
「江見様の言う通りでしょう」
「そして、先に謝っておきます。私達が消えれば、この場の事は記憶に残らないはず」
「そうか、残念だな」
「今まで、亀の甲羅を守ってくれて、ありがとう。私は生まれ故郷の竜宮城に帰ります」
 そう言い終わると、江見と薫は、神主に視線を向けてない。もう神主が見えないはずだ。
(やっと帰れるのね)
 江見の目には忘れた事の無い。故郷の姿が見えると、嬉しさの思いがこみ上げてきた。
「江見さん。今、おぼろげに見えるのが、江見さんの故郷、竜宮城ですね」
「薫にも見えるのですね。そうよ」
 二人は、まるで、空間に溶け込むようだ。そして、全ての甲羅が繋がると、二人は消えてしまった。
「そうなのか、早く行きたいです」
「でも、行ってみてガッカリするかも、だって、薫の世界と変わらないからね」
「そうか、でも、私は、江見が住んでいた所の空気と言うか、雰囲気かな、それを感じたいから、心配しないで下さい」
「そう、それなら良かったわ」
「はい、楽しみにしています」
 全ての破片が揃い、体が空間に溶け込んだのに竜宮城の世界に入れない。まだ、ぼんやりと見えるだけだ。そう、不審な顔を浮かべながら話をしていた。
 突然に、二人は竜宮城の世界に吸い込まれた。まるで、何かの言葉を言ったからのように思える。だが、それは分からない。江見の満開の笑顔なのか、それとも、薫の決心の言葉を上げたからなのだろうか、それとも、江見が、薫の手を握り締めたからか、全てが重なったからだろう。そう感じられた。
 最下部の第十一章をクリックしてください。

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垣根 新
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男性
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物語を書いて五年になりましたが、私は「左手の赤い感覚器官(赤い糸)と「蜉蝣(カゲロウ)の羽(背中にある(羽衣)の 夢の物語が完成するまで書き続ける気持ちです。
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