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第十一章、竜宮城
「やっと帰ってきたわ」
 二人が現れた所は竜宮城にある、江見の自宅の前だった。
「ここが、江見の家ですか」
「ここで待っていて」
 江見は、薫の声が耳に入らないようだ。自分の言葉の返事も聞かずに、直ぐに駆け出した。それほど、嬉しいのだろう。
「はい、分かりました」
 江見は、駆け出しながら大声を上げる。
「お父さん、お母さん。私、帰って来たわ。居ないの。私、帰ってきたわよ」
 でも、玄関を叩く事も取手を回す事もなく、裏庭に向かった。
「江見ね。江見よね。あなた、江見よ。江見が帰ってきたわよ」
 裏庭の方から、江見の母だろう。悲鳴のような声が聞こえてきた。心の底からの喜び溢れて涙まで流している。そう思える声だ。
「はっあー」
 薫は、自分も両親に最後の別れをしてくるのだった。そう、思いが込み上げてきた。
「おお帰って来たか。ん、どうした。まさか一人で帰って来たのか?」
「違うわ。玄関で待っているわ」
「会わせられないほど酷い男なのか」
「違うわよ。いい人よ。格好よくて、優しい人。浮気どころか、一生、私だけしか愛せないわね。まあ、それは、歳を取っても変わらないわ。そう思う人なの、だって、凄くウブなの。だから、女性と目も合わせられないのよ。本当に可愛いの」
「そうか、そうか、良かったな。もし、変な男だったら、玉手箱を渡して帰すところだぞ。それも、未来の時間にずらしてなあ」
「あなた、それは昔の事でしょう」
「今でも出来るぞ。わははは」
「それは本当の事だったの。お父さん、気に食わないからって、勝手に帰さないでよ」
「大丈夫だから、早く連れてきなさい」
 薫の居ない所で、薫には聞かされない話をしていた。
「薫、待たせてごめんね。今からお父さんとお母さんを紹介するね」
「うん、楽しみだよ」
「でも、お父さんを怒らせないで、気に入らなければ薫の世界に帰す。そう言ったわ」
 先ほどの父の話が思い出されて、不安を感じたのだろう。小声になり顔も青ざめていた。
「大丈夫だから、大丈夫だから、気に入られるように頑張ります」
「うん、うん。ガンバッテね」
 二人で、江見の父と母が待つ裏庭に向かった。
「お父さん、お母さん。この人が薫よ」
「ほう」
 江見の父は骨董品を鑑定するように薫を鋭い目で見詰めた。
「江見、この家で共に住むのだから家に上がるように勧めなさい。お父さん良いわね」
「そうだな」
 父は気難しそうに答えた。
「お邪魔します」
 そうハッキリとした大きな声を上げて、薫は家に中に入った。そして、江見の父は、
「薫君だったね」
 そう、言葉を掛けると、上から下と見詰め、まるで、値踏みを付けるようだった。
「はい、そうです。お父さん」
「むっ、ご両親には何と言って、竜宮城に来たのだね」
 始めて会った男に、ならなれしい言葉を掛けられて怒りを感じた。
「あっ、その、何を言いませんでした」
 薫はしどろもどろで答えた。
「君は何を考えているのだ」
 薫に掴み掛かるのか、と感じられた。
「お父さん、そんなに大声を上げなくても、ねえ、江見」
「なに、お母さん」
 父を無視するように答えた。
「勿論、薫さんの両親には、ご挨拶したのよね」
「えっ、会ってないわ。だって、会いたくても、直に竜宮城に飛ばされたから」
「なんだぁ~とぉ~」
「あなた、私に任せて」
 江見の父は怒りを表したが、自分の連れ合いに諭され怒りを静めた。
「そうか、おまえが、そう言うなら」
「江見」
「なに、お母さん」
「学校で学ばなかったの。最後に、二人で通る門は、確認の門とも言われているでしょう」
「うん」
「江見は、薫さんと出会い、そして、助けて貰ったはず。今度は、薫さんの為に何かをしなければならないわ。そうでしょう」
「うん、でも、何をするの?」
「さあ、何でしょうね。行ってみたら分かるわ」
 何が起こるか分かっているのだろうか、楽しみ溢れた笑みを浮かべた。
「うん」
「いってらっしゃい。ご両親を連れてくるのよ。私達は準備をして待っているわ」
「うん。お父さん、お母さん、行ってきます。薫、行こう」
「江見、行ってきなさい。薫君、江見を頼みます」
 江見の父は、薫に頭を下げた。
「お父さん。江見さんは、私が確り守ります。安心して下さい」
 父は、頭を下げたが、まだ、父と言われるのに抵抗があるのだろうか、顔を顰めた。
 そして、二人は歩き出す。江見がやや先頭に、薫が後ろから付いて歩く。江見は微笑みを浮かべながら歩くが、薫は不安顔だ。それもそのはずだろう。薫は、江見の家の前に突然に現れたのだ。恐怖を感じるはずだ。まるで、二人は異国に来たおのぼりさんのようだ。江見は、旅立ちから変わってないなあ、とでも考えて町並みを見ているのだろう。その後ろの薫は、顔を痙攣させていた。恐らく、突然に声を掛けられるとでも思っているのだろう。身分証がありますか。とでも、そして、戦時下のスパイのように連行され、拷問でもされる。そんな事を考えているような顔色だ。
「ねえ、江見さん」
「なに、あああ、あれ美味しいのよ。食べてみる」
 江見は、そう言うと買いに行こうとした。でも、財布が無いのを思い出し、又、別の建物に視線を向けた。今、薫の顔を見たら、別な言葉が出たはずだ。大丈夫なのと、それほど、死にそうな顔をしていたのだ。この気持ちがあったからだろう。門を通るのに死に物狂いで、江見の手を放すものか。その事を感じるのは、後、数十分後だった。
「ねえ、江見さん」
 薫が恐怖を感じているが、別に恐がるような人物が歩いている訳でもない。建物も普通の平成の現代を探せば、何処にでも有るような造りだ。それだから余計に、恐ろしい過去などを考えて、不安を感じているとも思える。
「だから、なに?」
 江見は、久しぶりに故郷を見て楽しんでいる所を何度も声を掛けられ、苛立ちを覚えていた。それを気が付かずに、薫がやっと言葉を上げる事ができた。
「ねえ、江見さん、段々と、建物も無くなり寂しい所だね。どこに向かっているの?」
「門よ」
「そうだよね」
「そうよ。どうしたの?」
「ねえ、その門てぇ、通行証とかいるの?」
「要らないわよ」
「そう、良かった。門を通る時って命に係わる事はないよね」
「うん、無いわよ。確かね」
「え、確かなの」
「冗談よ。でも、想像も出来ない。別々の地に着く事くらい有るかもね」
「えっ」
 薫は言葉を無くした。
「薫、あれよ。あれが門よ」
「おっ」 
 薫は、江見が指差した所を見て、綺麗と言うか寂しい所と思えた。それを見ると、自分が住んでいた所で同じ所は、イギリスのストーン・ヘンジだと感じた。
「どうしたの、行くわよ」
「少し、待って下さい。気持ちを落ち着かせる時間を下さい」
「まさか、さっき私が言った事を信じたの。馬鹿ねえ」
「え、嘘」
「そうそう、恐がりなのねえ。手を繋いであげるから行くわよ」
「そうなのかぁ。はい、行きます」
 江見が笑いながら手を差し出して来た。薫は、その手を掴み、門の中に一歩踏み出した時、江見が振り返りながら声を上げた。 
「でもね。何が起きるか分からないから手を離さないでよ」
「えっ、うっおお」
 薫は、門に入ると体が潰されるような感覚を感じた。そして、今度は浮き上がるような感覚を感じる。薫は乗った事もないが、飛行機が急上昇、急降下を繰り返して、目的の場所を探している。そう感じた。普段の薫なら恐れと痛みで手を離していただろうが、竜宮城に来て、知らない町を歩いていた時の不安と恐怖を思い出す。もし、一人で別の地に行き着いた時を考えると、恐ろしくて、恐ろしくて、死ぬ気で手を握り締めていた。
「顔が青いわよ。大丈夫?」
「えっ」
 薫は、いつ地面に着いたか分からなかった。体の機能や感覚では一時間くらいと思えたが、恐らく一分も経ってないだろう。まだ、体の機能が上下に動いたような感覚がある為に思考する事ができない。その為に、江見の言葉の意味を判断する事が出来なかった。
「大丈夫なの?」
「大丈夫だよ」
 言葉の意味だけが判断が出来て、自分が何処にいるか分からない。そのような答え方だ。
「そう、なら手を離してくれる。痛いわ」
「手、うわああ。ごめん、ごめんなさい」
 薫は、江見の手を繋いでいたのが恥ずかしかったのだろうか、それとも、恐怖を感じて、それを紛らわす為に、強く手を握り締めていた事に恥じたのか、慌てて手を離した。
「良いわよ。謝らなくても」
「ねえ。薫の部屋に入らない」
「え、えええぇ」
 やっと統べての事が判断できたようだ。薫は、自分の家の前にいた。一瞬で、今までの事が理解できた。恐らく、上下に動いた感覚は、他世界から、薫の世界に入る為に危険な物や、この世界の人々に不審を感じさせない為の場所や時間を探していたのだろう。
「うん、そうだね。入ろうか」
 薫が、そう言葉を掛けながら家に向い、部屋に入った。
「何か飲む」
「うん、飲む」
「何がいいかな」
「薫と同じ物で良いわ」
「分かった。適当に座っていて」
 薫は部屋に入ると、直に、江見に言葉を掛け、湯を沸かしに行った。
「凄いねえ、江見さん」
「なにが」
 薫は、台所から部屋に入る途中で、時間と日付を確認した。
「神社から消えたでしょう。あれから一時間くらいしか経ってないよ」
「そう」
「驚かないのだね。どう考えても五、六時間は経っているはずだよ」
「それは、そうでしょう。薫は、この世界の住人なのだしね。時間の流れの自動修正で支障が無い時間に入ったのでしょう。時間も生きているのよ。人のように不純物が入れば外に出したり、正気を保てないなら忘れたりするでしょう。それと同じよ」
「ほう」
「そう、でね」
「うん、なに、ちょっと待っていて、湯が沸いたから紅茶を作ってくる」
 その間、江見は、薫を見詰めていた。
「どうぞ」
 紅茶を手渡し、自分も座った。
「薫の両親は何処にいるの?」
「近くにいるよ。でも、歩いたら可なりあるけどね」
「そう」
 江見は、何が不安なのか声が微かに震えているようだった。
「直ぐ行く?」
 その様子を見て、薫は、江見に聞いた。
「出来れば、そうしたいわ」
 満面の笑みを浮かべていた。
「紅茶を飲み終わったら行こうか」
「そうね。そうしましょう」
 二人は数分の間だが無言で紅茶を楽しんだ。
「行きましょうか、江見さん」
「はい」
「あっ、先に言わないと行けない事があります」
「何ですのぉ」
「私の母の事です。絶対に母と言わないでください。それだけは守って下さい」
「何て、お呼びすれば良いのですか?」
「お姉さん、とでも」
「薫は何て呼んでいるの」
「涙姉さんです」
「ほう、はい、分かりました。私も涙お姉さんと呼びます」
 一瞬、思案しだが、江見は同意した。
「ほっ、安心しました。それでは、江見さん行きましょう」
「はい」
 江見は余りにも嬉しくて、そして、恥ずかしくて、やっと声を出しているようだ。
 さっさと薫は玄関から出ると、何故、出て来ないのかと首を傾げていた。
「ごめんなさい。今行きます」
 江見としては、一つだけを約束してくれ、そう言われ承諾したのだから、普通の人なら喜びの余りに口付けくらいすると思ったのだろう。それなのに、薫は不審そうに見つめているだけだ。仕方がなく、微かな溜息を吐きながら玄関から出てきた。
「江見さん、大丈夫、転びそうだったよ」
 江見は、薫の態度やご両親に会う。そう思うと心が動揺して足が縺れてしまった。
「大丈夫よ」
「良かった。私の家に行くから後に着いて来て、逸れたら大変だからね」
「はい」
 声色からは喜びを感じる声だが、薫の背中に向けて口を尖らせて不満を表した。
(心配なのでしょう。なら何で手を繋いでくれないの?)
「ああ、そうだ。お金を渡していたでしょう。それを使うからね。私が払うより自分で払って見たいでしょう。私が出したのと同じのを出してね。たしか、この硬貨二枚だからね」
 薫は突然振り返った。体の機能では何かを感じたのだろう。だか、思考では家に着いた時の事、着くまでの事を考えていた為に、体の機能、感情までは届かなかった。
「はい、それと同じのね」
 不満を隠す為に慌てて硬貨を探した。
「そうそう、それそれ」
 同じ硬貨を見ると頷いた。
「何に使うの、又、自動籠に乗るの、それにしては違うわね。前は紙を出したわ」
「ああ、あれとは違うのを乗ります。前は数人用だけど、今度は大勢が乗るのです」
「そう、楽しみですわねえ」
 二人は話しをしながら近くのバス停まで向い、たどり着いた。そして暫く、その場で待つ事になった。江見は、薫が無言だったから不審、いや不満を感じて言葉を掛けた。
「あのねえ、薫。立ち止まって何をしているの?」
「ん、此処で待っているのはね」
「キャアー」
 薫が突然に顔を近づけたので驚きの声を上げた。
「ごめん、あのねえ。自動籠を待っているのです」
 薫は、自動籠と言いたく無いからだろう。江見の耳元で囁いた」
「そうなのね。うんうん、楽しみにしています」
 悲鳴を上げた事を隠す為でないが、本当に楽しそうに車が来る度に、薫に視線を向ける。そして、薫は、まるで、猫や子供の無邪気な仕草を見て楽しんでいるかのように、何度も何度も首を振って答えていた。
「江見さん、来たよ」
「えっ、何が」
 江見は、意味が分からないと言うよりも、自分が乗るとは想像もしてなかった。その不細工な乗り物を無視していた為だった。
「あれに乗るよ」 
「あれなの。そうなの、分かりましたわ」
 江見はがっかりした。
 バスが着き、扉が開くと、江見が乗ろうとしたが手を掴み引き止めた。江見は不審を感じたが、薫の頷きを見ると頷き返し最後まで待った。恐らく、自分の仕草を見せる為だろう。不思議そうに仕草を見詰め、回数券を取り。同じように手すりに?まった。
「薫、開いたわ」
 バス停に着く度に扉が開く、そして、薫に視線を向ける。江見も何度目か忘れて外を見ていた時だ。突然に肩を叩かれ、薫の後を追った。
「面白いわね」
「良かった。でも疲れなかった」
「いいえ、楽しくて忘れていたわ。ん、又乗るの」
「そうだよ。もう一度乗ったら着くから」
「そう、面白いから良いわよ。えへへ」
「良かった」
 先ほどと同じ様に待ち、そして、バスに乗った。
「降りるよ」
「はい」
 バス停の名前は中田一丁目と書いてあった。そして、降りると直に薫が話しを掛けた。
「此処から少し歩くから、付いて来て」
「はい。ねえ、聞きたいことがあるの、いいかな」
「いいよ、なに」
「薫、この世界は、親の事をお姉さんって言うの?」
 二人は歩きながら話しを始めた。この理由は後で分かることになる。薫も驚くのだった。
「違うよ」
「そうなの、なら何でなのぉ?」
「それはね。幼い頃に怒られた事があってねぇ。でも、それから、今まで一度も怒られた事も大声を上げられた事もないよ。でも、今でも怖いからお姉さんって言い続けている」
「そう」
「でも、恐くないよ。優しいよ」
「それは、薫も優しいから、同じ様に優しい人と思えるわ」
「でも、父は恐いよ。よく怒られた。今でも怒られるけどね」
「私の父もそうよぉ。会ったから分かるでしょう」
「そっ、そうだね。でも、いいお父さんと思うよ」
「ありがとう。本心と思うわね」
「嘘でないよ」
 薫は、嘘を隠すように大声を上げていた。
「分かっているわ」
「うん、ごめん」
「もう、いいから、怒って無いわ。そろそろ着くのでしょう。変な所を見られたくないわ」
「うん、そこ曲がったら直だよ」
「え、もう、着く前に教えてよ。心を落ち着かせる時間が欲しいわ」
「そんな事を言われても、時間を潰せるような店なんかないよ」
 薫は困り果て泣き声を上げた。
「ごめんなさい。いいわ、行きましょう」
「うん」
「でも、薫、連絡とかしたの、家に居れば良いけど、この世界の人は忙しいのでしょう」
「大丈夫、猫が心配で何時も家にいるよ」
「本当、見てみたいわ。名前は何ていうの?」
「シロ」
「そう、シロちゃんって言うの、見てみたいわ。可愛いのでしょうね」
「うん。ああああ、忘れていた」
 一瞬だが、何かを思い出して我を忘れた。
「なになに、どうしたの?」
「年に一度だけ、理由は分からないけど必ず出かける日があるのを思い出した。急ごう、もし、今日だったら大変だ。私達の今の状態では日付なんて当てに出来ない」
「そうよね。急ぎましょう」
 二人は駆け出した。と言っても一分も走らずに家に着いた。
「ここなの?」
 そう、江見は問い掛けた。薫が居た部屋と同じような造りだ。少しは規模が大きいように思えるが、同じ共同住宅だったからだ。別に豪邸を期待していた訳ではない。
ただ、江見の考えでは、いえ、竜宮城では家族が離れて暮らす事はない。そして、家の規模は大小あるが、家と家が繋がった物など無かったからだった。
「薫、薫なの、珍しい事もあるわね。どうしたの?」
 薫が、自動ドアの暗証番号を打つ時だ。母が自動ドアから出てきた。
「涙姉さん。あっ、その、会わせたい人がいるから、それで、」
「うふふ、そう、そこに居る。女の子ね」
 息子の話しを聞くと、突然に笑みを浮かべた。何故か、魔女が良からない事でも考えているような笑みだった。
「うん、そうだけど」
(姉さん。何かあったのかな、何か怖いよ)
「早く、部屋に入りましょう」
「涙姉さん、だって、出掛けるのでしょう」
「いいわよ。暇だから散歩しようと思っただけ」
「あっのう、私」
 江見は、自分の事を話そうとした。
「立ち話ではなくて、部屋でゆっくり話しましょう」
「はい、涙お姉さん。そうさせて頂きます」
 江見は、非の打ち所がない、礼儀を返した。
「まあ、まあ、いい人ね。薫」
 礼儀よりもお姉さん、そう言われたからだろう。破顔して喜んだ。
「うん、そうでしょう。そうでしょう」
 三人は、箱型の昇降機に乗り、部屋に向い、玄関を開けた。誰も居ないはずだが、出迎えの声が聞こえた。
「にゃ、にゃ、にゃ」 
 恐らく、寂しかったよ。何所に行っていたの、置いていかないでよ。そう言っているはず。意味が分からなくても、そう思えた。シロは一人になったから、悲しくて鳴いたのだろう。余りにも鳴き疲れて、やっと声を上げているような掠れた声、本当に悲しみが伝わってくる鳴き声だった。
「ごめんねえ。ごめんねえ。寝ていたから煩いと思ったから出掛けたのよ」
 そう言葉を掛けながら抱き上げた。
「うわあ、可愛い」
「シロ、元気だったか」
 江見と薫は、シロの鳴き声が、ころころ変わるのを楽しみながら何度も撫でた。
「玄関で立ってないで、どうぞ、中に入って下さい」
 そう呟くと猫を下に下ろした。嬉しそうに猫は居間に向かう。三人は、子猫が親を追うように家の中に入っていった。
「今、飲み物を淹れるわねえ。何が好きなの?」
 紹介されるのが待ちきれず、興奮を表していた。
「涙姉さん。父さんが帰ってから言うつもりだったけど、彼女は江見さんと言います」
「そう江見さんと言うの、名字は何て言うのです」
「それは、宗教上の事で名字は無いのです。勿論、日本人でもないよ」
「そうなの。ねえ、それで何を飲む。薫はいつもの紅茶でしょう。江見さんは何する」
「そうだ、江見さん。コーヒーにしてみたら、涙姉さんが淹れるコーヒーは美味いよ」
「はい、そうします」
「そう、美味しいわよ。待っていてね」
 薫は、二人だと恥ずかしいのか、間を持たせようとしたのか、新聞に手を伸ばした。
「やはり、明日だ」
 新聞を手に取ると、即座に声を上げた。日付の欄だけを見たのだろう。
「え、どうしたの?」
「さっき話した事です。一年に一度だけ二人で出掛けるって」
「うん」
 シロは、出掛ける。その言葉の意味が分かったのだろう。又、置いて行かれる。そう感じて、鳴き声を上げながら膝に上がってきた。
「お、シロ、いい子だな、いい子だな」
 新聞を下に置き、何度も何度も頭を撫でた。
「うわあ、可愛いわ。ごろごろ言っている」
 二人が猫と遊んでいると、涙の言葉が響いた。
「お待ち、うわあ、良かったわね。シロちゃん、遊んでもらっていたの」
「にゃ」
 そうだよ。と、でも言ったのだろう。それが、可愛くて、又、何度も撫でられていた。
「薫、テーブルの上を片付けて、置くから」
「はい、私が」
 薫は猫に夢中だったからだろう。江見が、それに答えた。
「はい、良いです。置けますよ」
「ありがとう、江見さん」
「いいえ、涙姉さん」
「ねえ、二人で何の話をしていたの?」
 そう、声を掛けながら、薫には紅茶を、江見と自分にはコーヒーを手渡した。
「涙姉さん、明日は出掛けるのでしょう」
「そうね」
 涙は、悲しみの表情を浮かべた。何か隠し事があるのだろう。それが、言えない為の苦しみと思えた。それでも、声色からは微かだが、喜びを感じられた。涙は、毎年出掛けるのだから楽しい事なのだろう。
「それで、父さん。今日は、帰りは遅いかな」
「何で?」
「父さんと涙姉さんに話しがあって、今日、父さんが遅ければ、明日も話しが出来ないだろう。それで、何時頃に帰ってくるのか、知りたくて」
「そう、話しがあるの。そうねえ。なら、江見さんと薫も、明日は一緒に出掛けましょう」
「えっ、今まで、必ず二人で出掛けていたのに、なんで、父さんに聞かなくて大丈夫なの?」
「そんな事、聞かなくてもいいわよ。まさか、行けないなんて言わないわよね」
「涙姉さん、行きますわ。行きます。楽しそうです」
「勿論、行くよ。何だろう。楽しみだなぁ」
「そう、ありがとう」
 二人が義理で言っている。そう分かるはずなのだが、何故か、涙を流していた。
「どうしたの、涙姉さん」
「何でも無いわよ。薫が始めて女の人を連れて来たから嬉しいのよ。もう、馬鹿」
 涙を拭きながら笑みを作ろうとしていた。
「そうなのですか、始めて、そう、そう」
 江見は、生まれてから、これほどの驚きは始めてだった。
「江見さん、そんなに驚かなくても大丈夫ですよ。病気とか変な趣味はないからね」
「そう、そうなのですか、あっ、別に、そのような事は考えていません」
 言葉と違い。驚き、ホットしていた。
「涙姉さん。夕飯を食べて行きたいけど、いいかな」
 二人から話しを逸らそうとした。
「珍しいわね。彼女が出来ると、やっぱり変わるのね。いいわよ。でも、薫の嫌いな辛口のカレーよ。それでも良いの」
「薫、辛い食べ物は嫌いなの」
「そうでないよ。カレーの辛さだけはあまり好きでないだけだよ」
 薫は大きな溜息を吐いた。そして、心の中で父が早く帰るのを願った。
自分から話題を逸らそうとしたのだろう。だが、それは無理のはずだ。二人の問題だが、今、話題の中心は薫だからだ。江見は助けを求めるように視線を向け。もう一人、涙は好奇心と悲しみを感じる視線を向けているからだ。
「お腹が空いたでしょう。父さんが来る前に食べる?」
 薫は、涙と江見を交互に視線を向け、言葉に困っていた。
「私も、お腹が空いたから食べようかな」
「うん、食べる。江見さんも食べよう」
 普段なら帰りを待っている。たが、血を分けた息子だ。その気持ちが分かったのだろう。
「それなら、私も手伝います」
「いいわよ。温めるだけだから、そう、なら、お皿を出してくれる」
 涙は、両親に始めて紹介された時を思い出したのだろう。その時の不安の気持ちと、一生懸命に家族になろうとした時の事を、それで、考えを変えた。
「はい、分かりました。このお皿で良いのでしょうか?」
「そうそう、それ、ご飯を盛ってくれる」
「はい、涙姉さん」
 薫は、二人の姿を見て微笑みを浮かべていたが、何故か時々顔を顰める。恐らく、父が帰って来たら、竜宮城で住む事、江見と結婚する事、一番の問題は、どうやって、二人を竜宮城に連れて行く事だろう。それを考えると頭が痛い。二親が心の底から祝いたい。行きたいと願えば行けるだろう。そうでなくても、薫と江見が、この世界から離れる時に二人の手を握っていれば、竜宮城に飛ばされるだろうが、その方法だけは考えたくなかった。
「頂きましょう」
「はい」
「頂きます」
 テーブルの上に料理が用意され、涙の言葉で食べ始める。無言で食べているが、美味しくて言葉を忘れている。そうではなかった。心の思いを伝えたいが、どう言えばと悩んでいるような食べ方だ。そして、食後は、甘い物を食べたから気持ちが解れたのだろう。心の思いは口にはしないが、楽しい会話を楽しんでいるように感じられた。
 食後から二時間後、玄関の方から、
「涙、何処にも寄らずに帰って来たよ。今日はカレーなのだろう」
 大人の男の猫なで声が聞こえた。
「父さんだ」
 薫が席を立ち上がった。だが、涙から、私が行くと視線を感じた。そして、頷いた。
「涙、誰か、来ているのか?」
「そうね、父さんが帰って来たわね」
 涙が立ち上がった。そして、声の元に向かった。数分後、驚きの声が響いた。
「え、薫が彼女を連れて来た」
「馬鹿」
「わしは、本が恋人かと、本気で思っていたが、普通の子だったか、安心したよ」
 そして、居間に涙だけが入って来た。父は着替えをしているはずだ。
「冷たくなったでしょう。今度は何を飲む」
 そう、薫と江見に声を掛けながら、カレーの鍋に火を点けた。
「江見さん、何を飲む。私と一緒に紅茶にする」
 そう言葉を掛けた。頷くのを見ると、薫は、
「涙姉さん。私と同じ紅茶を飲むって」
 江見は、薫の父が帰って来たから、と言うよりも、父の驚きの言葉で驚いたのだろう。
「そう、わかったわ」
 もう一つ調理器具で湯を沸かした。その音と同時に、居間の扉が開いた。
「ひさしぶりだな、薫、何か用があって来たのか」
 下手な会話をしながら入って来た。それも首や体を動かしながらだった。まるで、始めて着た服のように思えた。恐らく、普段は寝巻きを普段着と併用しているのだが、涙に言われたはずだ。それで、滅多に着ない服を着てきたのだろう。
「おお、薫の、彼女か可愛い人だな」
「父さん、江見さんと言います」
「そうか」
「外国人で、宗教的な理由で名字がないのです」
「そうか」
「宜しく、江見と言います」
「そう硬くならないで、気が早いと思うけど家族と思ってくださいね」
「はい」
 江見は頷いた。
「いいから、いいから、座って、座って」
「ありがとう」
 江見は、笑みを浮かべ、椅子に腰を下ろした。
「はい、お父さん、出来たわよ」
「涙、ありがとう。江見さん、済まないが、ここで食べさせてもらうよ」
「どうぞ、気にしないで下さい」
 江見が、そう答えた。
「ありがとう。ねえ、江見さん、薫とは同級生、部活動とかで会ったのかな?」
 カレーを二口ほど口に入れると問い掛けた。
「違うよ。父さん」
「そうか、アルバイト先とかかな」
 また、二口ほど口に入れると問い掛けた。
「紅茶が出来ましたわ。父さんも食べるのか、話すのか、どっちかにしてよねえ」
 自分と二人に紅茶を渡すと、父に鋭い視線を向け、言葉を掛けた。
「ごめん、ごめん、そうだったな」
「ありがとう。涙ねえさん」
「頂きます。涙姉さん」
 薫と江見は、ほぼ同時に言葉を掛けた。
「どうぞ、そう、同級生でなかったの」
「うん、本屋でね。欲しい本を手に取ろうとしたら、同じ本を取るところでねぇ。それで、手が触れて、顔を見たら綺麗な人だな。そう思って声を掛けたよ」
 薫は嘘を伝えた。
「そうなの」
「そうです。私も、そう感じました」
「それで、彼女になって、そう言ったのね」
「いやあ、結婚して、そう言った」
 薫は、本当の事が言えない為に、思い付く事を口にした。
「まあ」
 江見は真っ赤な顔を現した。
「まあ、気が早いわねえ」
 涙は驚きを表した。父も、その言葉を聞き、喉を詰まらせた。
「父さん、大丈夫、水、水を飲んで」
 江見の顔をみて、二親は承諾したと感じた。
「そう、江見さんは、良い、そう言ってくれたのね」
「うん、それでね。結婚式に出て欲しい。それで、家に帰ってきたよ」
「そう」
 涙は、笑みを浮かべているようだが、悲しみを表しているようにも思えた。
「まさか、江見さんの両親は知らないのか?」
 薫は、父が不安を表したので、答えた。
「父さん、安心して、許可は取ったよ」
「そう、それなら、何の問題もないわ。出席しますわ。ねえ、父さん」
「そうだな」
「でも、明日、一日は、私達に付き合ってね」
「そ、そうだな。でも、涙、いいのか?」
「父さん、もういいの」
「そうか」
「それで、何時なの?」
 涙が問い掛けた。
「出来れば、直にでも来て欲しい。明日の用事が終わったら直でも」
「そう、いいわよ。父さんは大丈夫?」
「上司が駄目、そう言っても出席するよ」
「そうね」
「そうだろう」
「父さん、ありがとう」
「気にするな、こう言う時の為に必死に働いてきた。何日でも休むよ」
「うん、うん」
「それでは、父さんは風呂に入ってくるな、今日は泊まってくのだろう」
「うん、そうする」
「なら、薫は、父さんの部屋だな。江見さんは、薫の部屋で休んでもらいな」
「そう、そうね。それがいいわね」
「はい、そうします、涙ねえさん、お父さん、ありがとうございます」
 父は仕事で疲れたのだろう。風呂から上がると、簡単な挨拶で寝室に入ってしまったが、薫、江見、涙、三人が、大きな欠伸をするのは夜遅くまで掛かり、それまで、会話を楽しんだ。そして、次の日、やはり、年配だからか、朝早く起きるのが慣れているのだろう。誰よりも早く起きて、涙は朝食の準備をしていた。小鳥が朝の挨拶をしているような時間になると、先に、薫を起こさないようにして、連れ合いを起こした。恐らく、二人だけの話しがしたかったのだろう。
「おはよう、コーヒーを飲むでしょう。どうぞ」
「ありがとう」
「お父さん、薫に全て話すわ」
「そうか、そうだな。まだ、子供だが、結婚するのだし、大人になったような者だしな」
「そうでしょう。これから、私達と同じ事が起きるかもしれないでしょう」
「そうだな、親として話しをしていた方が良いな」
 二人は、そう言葉を返していたが、段々と声の音が低くなった。コーヒーの香りを楽しんでいるようにも思えたが、薫の今までの思い出を楽しんでいるのだろう。
「父さん、涙姉さん、おはよう」
「薫、おはよう」
「おはよう」
 二人の親は、何時間、いや、何十分だろう。時間を忘れていたが、薫の挨拶で、現実を思い出した。そう感じられた。
「薫、江見さんは起きていた」
「涙姉さん、覗く訳無いでしょう」
 涙は、笑みを浮かべていた。恐らく、返事が分かっているように思える。自分が、始めて、連れ合いの両親を紹介された日の事を思い出しているように思える笑みだった。
「そうね。起きてくるのを待ちましょう。知らない家で疲れているでしょうからねえ」
「うん」
「三人だから、丁度良いわ。薫、私からお願いがあるわ」
「なに、涙ねえさん」
「ん、涙」
「あのねえ。私の事、涙姉さんでなく、お母さんって、呼んで」
「え、なんで、どうしたの?」
 薫は顔を青ざめ、驚きの声を上げた。
「あのね、薫が言いやすいなら、って、今まで思っていたけど、そろそろ、お母さんって呼んで欲しいわ。駄目ならいいけど」
「えっ、だって、お母さんって言ったら怒られたから、今まで呼ばなかったよ」
「え、嘘、私が怒った?」
「憶えてないの、私が幼稚園に入った時だった。帰りに、何かの食事会に一緒に行って、その時、会場に入る前、恐い顔して、この店に入ったら、お母さんって呼ばないでね。涙お姉さん。そう言うのよ。分かった。そう言われたよ。憶えてないの?」
「え」
 話しの意味が分からなかった。
「今だから、何の食事会か想像できるけど、たぶん、同窓会と思う」
「あああ、そう、うん、うん、そうかも、私、早く結婚したから、あの時期は子供がいる。そう言われるのも、そう思う事も恥ずかしかったからだわ。なんだ、そんな、理由だったの、馬鹿ね。そう言えば良かったのに」
「涙ねえさん。今でも、あの時の事を思い出すと、背筋が寒くなる。本当に恐かったよ。会場に入って、誤って、お母さん、そう言った時の涙姉さんの顔、鬼のようだった」
「何となく思い出したわ。初恋の人と会えた喜びと、やっと話しが出来て、あの時は足が地に付いて無いほど舞い上がっていたけど、怒った記憶は無いわよ」
「えっ、分かったよ。もういいよ。母さん、そう言えば良いのでしょう」
 薫は一瞬だが、言葉を無くしたが、逆らえない事に気が付き、承諾するしかなかった。
「ギッギギ」
 扉の開く音が聞こえた。親子の会話が大きくて、江見は、その声で起きたのだろう。でも、内容まで聞こえていないようだった。もし、聞いていたら笑ったかもしれない。
「遅くて、済みません。おはようございます」
 江見は、何度も頭を下げていた。
「おはよう、座ったら、江見さん。コーヒー飲むでしょう。紅茶の方がいいかな」
「ありがとう。涙姉さん。薫さんと同じな紅茶にします」
「そう、どうぞ」
 涙は、江見に紅茶を手渡した。三人は、江見の紅茶を飲む姿を見ていた。別に楽しいとか、変わった飲み方ではない。ただ、新しい家族が出来た喜びと、これから、長い連れ合いの、今の姿を忘れない為だろう。
「ねえ、お母さん」
 薫が問い掛けた。
「えええぇ、かっか薫、さん」 
 江見は、心の底からの驚きの大声を上げた。
「江見さんは、好きな呼び方でいいわよ」
「はい、お母さん」
 薫が突然、言い方を変えた理由を知りたかったが、会話の流れに合わせた。
「ありがとう、嬉しいわ、江見さん」
「ねえ、お母さん」
 先ほどは、江見の驚きの為に話がそれたが、再度、問い掛けた。
「なに、薫?」
「今日は何処に出掛けるのかな」
「涌谷町って言う所よ。朝食を食べたら直に出かけるわ。途中で弁当を買って、夕方まで河原で過ごす予定よ」
「ふ~ん、そうかぁ。いいよ」
 それ以上は聞かなかった。現地に行けば分かるだろうし、その場に着けば、たぶん、理由を話してくれる。そう思ったからだった。
 最下の十二章をクリックしてください。

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物語を書いて五年になりましたが、私は「左手の赤い感覚器官(赤い糸)と「蜉蝣(カゲロウ)の羽(背中にある(羽衣)の 夢の物語が完成するまで書き続ける気持ちです。
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