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第三十一章
 道のお蔭で、一回目の旅立ちの時に千人が集まってくれたが、花と同じような症状が殆どだった。人々を見て、想像できない位の酷い戦だったと感じた。二度の竜機の飛行の時は、愛とリキが挨拶に現れた。皆が、愛を忘れるはずもなく、結婚をしたと聞き。無理やりのように竜機に乗せてしまい。一族全てで結婚式を行なった。愛は、「どうやって帰るのよ」そう、怒りを表していたが、本心ではないだろう。恐らく、時が過ぎてからだから恥ずかしかったのだろう。まあ、乙、甲も一緒だったから帰る心配はなかったが、分かれる時に、甲と乙の時はみてなさい。そう笑いながら声を上げた。蘭と甲は時期が近いだろうが、乙はまだ、一人だ。最後に祝福される人は想像も出来ない騒ぎになるはずだろう。もともと、馬鹿騒ぎが出来た気持ちは、前回も、二回目の時も怪我や病人が多かったが、死んだと思っていたのに、会えた喜びだろう。だが、戦だったのだ。死んだ人が多い。そして、会える期待も大きい。それで、慰める気持ちと、父や母や兄が素晴らしく、立派だと教える為と、二度と戦が起きないように、子供や病人などに、話を聞かせていた。
「涙花お姉さん。もう話しは終わりなの?」
「涙姉さん。お父さんとお爺さんに手紙を書いたから届けて」
 涙花は笑みを浮かべながら涙を堪えていた。死んだと確認できた者の知らせは、大人でも、死んだと知らせても耐えられる者にしか知らせてない。特に子供には、病気や仕事で、この土地に来られないと話し、手紙を書かせていた。勿論、返事は来る。だが、別人が書いていた。
 そして、三回目。竜機の最後の飛行日が近づく。前回の時は見送りや薬品などで忙しかったが、最後だからだろう。子供が竜機の見物と手紙を渡す者しか集まらなかった。
「お姉ちゃん。お爺さんは変身すると、どの位の大きさなの。後ろの竜機と同じくらい」
「はい、話は終わりよ。又、明日ね」
 人には最後の飛行でも、竜機には壊れるまでの使命がある。種族と国の象徴として、子供達の夢や希望だ。
 涙花は、楽しい事も悲しい事も、全てを子供達に伝えた。その子も又、子供に伝え続けた。その気持ちが竜機に伝わったのだろう。いつまでも壊れる事なく、証拠として、竜機は残り続けた。
 
最終章
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第三十章
 甲は、恐る恐る馬を引いていたが、月明かりに目が慣れたからだろう。夜でしか味わえない静けさと言うか、星に魅入られたような微笑を浮かべている。楽しむゆとりがあったからだろう。井戸に座り込む、乙を見付ける事ができた。
「ほら、帰ってくれ」
 そう馬に声を掛け、手綱を放した。そして、心の中では、乙に気付いてくれ。そう思った。そして、乙は、馬の嘶きが聞こえたからだろう。老夫婦の家の灯りがともり。直ぐに、老人が家から駆け出してきた。自分の馬を見付けるよりも、乙を見付け近寄った。何故、井戸の前に座っているのか分からないが、落ち込んでいるように感じられた。
「どうしたのだ。大丈夫か?」
「馬を返せないし、行く当てもない」
「ほら、馬ならいるだろう」
「自分で帰ってきたのか?」
 生気が抜けたような声を上げた。
「行く所がないのか、それなら、私も歳だから力仕事も辛い。一緒に住まないか、良ければだが、私の息子と考えてもらってもいい」
「え、こんな、私をですかぁ」
「ごめん遅くなって、乙、迎えに来たぞ」
 甲は、変な好奇心を抱いた為に、様子を窺い、話を掛けるのが遅れた。
「えっ」
「良い、忘れてくれ」
 甲が現れると、老人は泣きそうな声を上げた。そして、手綱を手に取り自宅に向かった。
「乙、行こう」
「ごめん、俺、この地に住むよ」
 甲に、そう言うと、老人の所に駆け寄った。
「乙、もし、帰りたくなったら」
「爺さん、居ても良いのだろう」
「本当に良いのか?」
「甲、大丈夫だから気にしないでくれ」
 乙は、振り返り、簡単な別れの挨拶をした。
「分かった。それなら、帰るぞ」
 甲の最後の言葉は、二人の耳には入っていないだろう。本当の親子のように笑いながら家に向かったからだ。甲は、二人が家に入るのを見届けた。その後は悲しそうにうつむきながら、愛達の所に向かった。
「甲、乙はどうしたの?」
「養子になるから帰らないそうだ」
「乙が養子」
 蘭は、甲がうな垂れていた。その為に、それ以上の問うのを止めた。
「都市の跡に行くのですね」
「東国ではなくて、建設途中の」
「はい、東国の南方の建物跡でしょう」
「ああ、そうです」
「直ぐに動きますから椅子に座ってください。良いですか、行きますよ」
 甲は、そう言った後、皆の安全の確認もとらずに機動させたのだろう。一瞬機動音が高く響いた。すると直ぐに、甲は席から離れた。恐らく着いたのだろう。皆は必死に安全帯を締めている途中だった。
「甲、何を考えているのよ」
「えっ」
「着いたのか?」
 蘭は突然の発進に怒りを感じた。そして、男女四人は都市跡に着いた事に驚いた。
「言われた通りの場所に着きました。私達も忙しいのです、直ぐに降りて下さい」
「忙しいのに済まない。何かあった時には出来る限りの事をする。それで、許してくれ」
 信が、全ての責任を引き受ける。そう思う気持ちを心で決め、真っ先に声を上げた。
 他の三人は不満を表していたが、涙花はふっと、蘭に耳打ちした。
(ごめんね。二人で居る所を邪魔して、許してねえ。優しくして上げなさい。そうしたらね。直ぐに機嫌が直るわ。うっふふ)
「もうお姉ちゃんの馬鹿」
「別れの挨拶が済んだのなら、出掛けるぞ」
「良いわ。どこに行くの?」
「この車の本当の使用目的に使う」
「私行きたい所があるの。もう、誰にも係わりたくないから、小さい無人島に行きたいわ。そこで、色々楽しみましょう。そこで、一緒に飲もうとした。あれを、飲みましょう」
 この言葉を最後に、この地を後にした。乙が一瞬笑みを浮かべたが、自分以外に誰も居ない。それは、自分が、使用人のように扱われる事を分かっていないだろうか。
「涙花、済まなかったな。妹さんには、借りを必ず返すからな」
「いいのよ。楽しんでいるのだから」
「そうなのか?」
 そう言うと歩き出した。
 四人が降ろされた所は都市の中では無く。都市外、周りは砂ばかり、砂の海に浮かぶ船。と言うより、竜の細長い背に巻き付かれ空を飛び立つよう形の都市だった。その都市の景観を見惚れたのだろうか、それとも、竜の大きさだろうか。四人は、威嚇のように口を開けたままの入り口、竜の口に向かった。口の前に来ると、信が問い掛けた。三人は惚けているのか、三度も同じ事を口にした。
「それで、長老は何番と言った?」
「剣に印が付いているでしょう。重大な言葉よ。声を上げる事が出来ないでしょう」
「そうだったな。済まない」
「機動後は、自分で変えろ。そう言っていました。信以外の人が剣を手に入れても、一度しか機動できないようにした。そうですよ」
「何だ。別の鍵があるなら真剣に剣を守らなくても良かったのかよ」
「道。あんたねえ~」
 花は満面に怒りを表した。
「ごめん、神聖な物ですから当たり前でした。だけど、凄いですよねえ。甲殿の車がそのまま、通れそうですよ」
「通れるぞ。この中に、我の猪の獣機も、他家の獣機が収納されているからな」
「凄いですね。凄いです、花が乗る猪の獣機が見てみたいです」
 信は、花が道をたこ殴りにされるのが見たくなかった。と、言うよりも、この場を荒らされたくなかったのだろうか、それとも、涙花が、竜家の長老が死んだ。それが確かなのを知り、涙を流している。その姿を見たくない為に思えた。
「涙花、羊の宝。獣機を直接見られるのだぞ。私でも見た事がないのだ。見たいだろう」
 信は、一瞬だが、涙花が興味を感じた。そう思い。微笑みを返した。
「うん」
「そうだろう。鍵を開けるぞ」
 信は、剣に書かれてある。参。と書かれた数字を憶え。竜の口に入り、歯と牙を探った。
歯と牙には数字が書かれていた。信は、参と書かれた歯を見付けると、横に動かし、剣型の溝が現れた。
「舌が動くから、一度外に出てくれないか」
 剣を刺すと、舌が中に入るにしたがい、喉奥が開いた。
「いいぞ」
 そう言うと、三人は中に入ってきた。そして、薄暗い長い通路を四人で進んだ。もう少し明るければ、即座に周りの物を見て、悲鳴か歓喜の声を上げたはずだ。
「あっ」
 涙花が驚きの声を上げた。
「何だ。もう気が付いたのか、両脇にある物は動くのだぞ」
「えっ、全てなの」
「そうだ。十二種族、全ての獣機がある」
「だって、あの戦いの時に使われたのに、何故、西国の獣機が、この場所にあるの」
「それは、西と東に分かれる時に、西国の要請で何台かを持ち出したらしい。その時の西国の者は獣に変身できる者が少なくて、軍事力の関係の為に仕方が無かったらしい」
「そうなの」
「ああっここだな」
 脇に、下に降りる階段があった。外側から見れば、右手に持つ玉の部分に行く階段だ。
「先に起動が先だな。それから医務室だ」
 円形の室の中心の床に、竜が描かれていた。その口に溝があり。そこに剣を刺した。と同時に、全ての照明と機械が起動した。
「医務室は最後尾だな。一箇所しか無いのか。ん、移動医療機もあるのか」
 信は、機械操作をしていない。剣を触っているだけで、脳に情報が流れる仕組みだ。
「音声入力に切り替えだ」
 信は情報に基づき、そう声を上げた」
「鍵番号を変更しますか」
(六番に変更する)
 そう、頭で考えた。
「変更を確認しました。音声入力を起動します。医療機を起動します」
「浮上しろ」
「小型診察機を、この場によこしてくれ」
 船の返事だろうか、振動し始めた。
「甲さんの乗り物で忘れていた。直ぐに席に座れ、気持ち悪くなるほど揺れるぞ」
「うっわあ」
「何だ、止まったぞ」
 振動が直ぐに止まったのは、都市に巻き付いていた物が、解け、浮いて止まったからだ。
「外の様子を見てみろ」
「おお凄い。浮いているのか、これが、外の様子なのか。凄いぞ、凄いぞ」
 竜は雲のように浮き。手に持つ球が、乳白色から透明に変わった。室内から見れば上、下と、全ての外の景色が見る事が出来た。そして、診察機が、現れ、花を診察した。その結果を、信だけに伝えられた。
「道、楽しそうだな。もう一つ良い事を教えよう。花の身体は元のように治るぞ」
「本当ですか」
「ある程度の時間は掛かるがなぉ」
「うっう、ありがとう、ありがとう」
 余りにも嬉しくて涙を流した。
「感激しているのに悪いと思うが、一週間後に、この地を出る。それを」
「分かっている。全ての人に言えないが、ある何人かに言えば伝わるはずです。私は直ぐに出掛けますから、花をよろしく」
「わかった。あっ、それと、花と同じような人がいれば、手を貸す。そう言ってくれ」
「分かっていますって、それでは行きます」
 最下部の最終章をクリックしてください。

二十九章
「蘭。そろそろ、良いかな」
「そうねえ。殺気は感じられなくなったわねえ。大丈夫かな、良いかも知れないわ」
「わかった。出てみるよ」
「待って、私も一緒に行くわ」
 二人が車外に出ると、乙は、うずくまり震えていた。
「何をしているの?」
 蘭は、疑問に思い問い掛けた。
「あの、あの、あの、ここから動けないのです。身体が自由に動かないのです」
 乙の身体の状態は、蛇に睨まれた蛙のような状態だった。
「そうでしょうね」
「助けてくれませんか?」
「それ位ならまだ良いわよ。愛と会えば殺されるわ。早く逃げなさい」
「でも、でも、動けません」
「もう大丈夫よ」
「本当に、そうなのですかぁ?」
 乙は、恐る恐る手を伸ばした。
「早く逃げるのよ」
「でも、どこに逃げたら良いでしょうか?」
「それは、自分で考えるしかないだろう」
「私達が決めてもねえ。気に入らないかもしれないでしょう」
「馬は、どうしたら良いでしょう。返さなければ、この近くに居られないですよ」
「それは心配するな。また、借りなければならないだろうから、老夫婦の家の近くで馬を放すよ。それで良いだろう」
「それより、早く行きなさい。愛が、いつ来るか分からないわ」
「は~い~」
 顔を青ざめ、振るえる声でうなずいた。
「乙、気をつけてねえ」
「邪魔者が居なくなったな」
「馬鹿ねえ。可愛そうでしょう。ふっふふ」
 蘭は微笑みを浮かべながら、乙の後姿を見る事もなく、甲の目を見詰めていた。
 乙は、とぼとぼと歩いていた。行き先は三通りしかない。近くの町には、愛が居る。元の東国は廃墟だから行っても無駄のはず。最後の選択は老夫婦の家しかない。そして、喉が渇いたのだろうか、老夫婦の家の近くの井戸の前に立ち尽くしていた。何分くらい経っただろうか、乙は涙をポロポロ流しだした。心の底から悲しいからだろうか、足に力が入らなくなり、座り込んでしまった。
「うっうう」
 乙は、いつまでも涙を流し続け、日付が変わるが、動く事が無かった。
 その、少し前の時間に、甲と蘭は、
「乙が居ると酒は飲めないからな。良い酒があるぞ。愛の連れ合いの誕生日が間もなくだ。それを乾杯として、飲まないか?」
「そうねえ。良いわよ」
「椅子に座っていてくれ、持ってくるから」
「楽しみにしているわ」
 そう言うと、愛は車内に入らずに、御者に腰掛けた。
「蘭、グラスを取ってくらないか」
「はい、美味しそうねえ」
「そうだろう。少し時間が過ぎてしまったが、いいだろう。ん、どうした?」
「馬の鳴き声が聞こえたような」
「こんな何も無い所で、真夜中だぞ。誰も、居るわけ無いだろう」
「それもそうねえ。いや、気のせいではないわ。甲、やっぱり聞こえるわよ」
「そうか、ん。本当だ。誰だ」
 甲は笑っていたが、耳を澄ましてみた。
「愛、愛みたいよ。何でなのぉ。一緒にいる男性は、あの時の子供なのかな?」
「そうだろう。大きくなったな」
「私ねえ、私ねえ」
 愛は満面の笑みを浮かべ、馬上から、声を上げながら近づいてきた。
「愛、どうしたの」
 蘭は、御者から降り、愛の元に近寄った。「あっ」
甲は、酒を飲まれる事が心配なのか、顔を青ざめながら車内に戻る。それとも、リキの飼い犬がいる。そう思い、初めてあった時の恐怖が思い出されたに違いない。
「蘭、私ねえ。毎年、誕生日になる日。十二時に贈り物を置いてから、朝まで、あの公園で、シロから一年間の出来事を聞いていたの。
だけどね。今回は、お父さんとお兄さんに見付ってしまったの」
「まあ、酷いわね」
「何で酷いの」
「だって、帰れと言われたのでしょう。それとも、泥棒と言われたの?」
「違うの、あのねえ」
「だから、どうしたのよ」
 愛の煮え切らない態度に怒りを感じた。
「貴女が、リキの幼い頃からの想い人ですよね。そろそろ、リキと結婚して、一緒に暮らしませんか、そう言われたの」
「本当なの。よかったわねえ」
 蘭は、そう言いながら、愛の耳元まで近寄り。そして、リキに聞こえないように囁いた。
(あの愛、歳の事は誤魔化せたの?)
(私の事は飛河連合東国の人だと思っているわ。それでねえ。幼い頃に会って居たのは、私の母か姉でしょう。そう言われたわ)
(リキもなのぉ)
(そう見たい)
「愛、良かったわねえ」
「ありがとう。そして、お別れを言いに来たの。それに、馬も返しに来たわ」
「結婚式はするのでしょう。出席は出来ないけど、遠くから見て祝福するわね」
「ありがとう。だけど、飛河国に睨まれないように、内輪で済ました方が良いって」
「そう、なんか悲しいわねえ」
「ううん。一緒に住めるだけで嬉しいわ」
「そうよねえ」
「乙は居ないようねえ。甲、馬を返して来て、お願いして良いでしょう」
「愛、おめでとう。馬や他の事も心配するな。自分の事だけを考えろよ」
「うん」
「近くに来たら、遊びに来て下さい。慌ただしいですが、これで帰ります」
 そう伝えると、愛はリキが乗る馬の後ろに乗り、幸せそうに話しながら町に戻っていた。
「蘭、乙をお姉さんの所に連れて行かないか、野垂れ死にされたら、寝覚めが悪いしなぁ」
「そうねえ。居る所は分かるの?」
「馬を借りた家にしかないと思うぞ」
「そう、私も行くわ。それで、車で行くの?」
「そうだな、車で行こうかぁ」
 一頭引きの馬車に装い、出掛けようとした時だ。悲鳴のような怒鳴り声のような音が聞こえて来た。だが、恐怖は感じなかった。獣が居る訳が無いのは分かっていたからだ。
「お姉ちゃんかな?」
 そう感じた。
「蘭、違う。と分かったら車内に入れよ」
「やっぱり、お姉ちゃんだ」
 自分の名前がハッキリ聞こえたからだった。
「病人がいるのよ。建設途中の新都市跡まで連れて行ってくれない。お願いよう」
「私一人で馬を返してくるよ。お姉さんとゆっくり話す機会がなかっただろう」
 甲は、そう言葉を掛けると、蘭も信達もうなずいた。花だけが、不満そう態度だ。
 最下部の三十章をクリックしてください。

第二十八章
「んっ」
「嫌な感じねえ」
「この近辺には西国の者は来ないはず。だが、これ程の殺気は獣族しか居無いはずです。
 まだ、我々には気が付いてないようだが、丁度良い。先を急ぎます」
 三人は、今進んで来た後ろを振り向いた。
「だが、殺気を感じた方角は」
「信ありがとう。蘭達なら大丈夫と思うわ。あの戦いを生き残ったのよ」
「そうだな、考え過ぎか」
「何をしているのですか、急ぎますよ。もう少しで、私の家に着きます」
「済まない。急ごう」
 暫く歩くと、道は、二人に声を掛けた。
「着きました、あの家です」
「ほう」
(可なりのぼろ小屋だな。剣を隠す為に好んで選んだのかな。それにしても、男の満面の笑みはなんだろうか?)
「どうします。少し休んで行きますか?」
「そうだな、喉が渇いたなぁ。休まして頂こうか、涙花、そう思うだろう」
 信は、男の笑みの理由を知りたい。そう個人的な考えだけなら、先を急いだのだが、涙花の疲れた姿を見て、そう感じた。
「そうねえ。良いわよ」
「美味しい、お茶を飲ませますよ」
 そう言うと、道は駆け出した。犬がお帰り。そう吼えているのだろう。それを無視して、家に駆け込んだ。
「花、帰ったよ。信と涙花を連れてきたぞ」
「信様と涙花様でしょう」
 女性と思えない。男のような強さを感じる声が、小屋から響いた。
「信で良いですよ。奥さん」
 信は、先ほどの笑みの理由が感じ取れた。主人としての態度だろうか、それとも、愛情が溢れた。その声を聞きたいのだろう。
「ごめんなさいねえ。お邪魔します。あっ」
「どうした」
 涙花の驚きを感じ取り、信は即座に、涙花の前に出て、身を守った。
「気持ち悪いでしょう。ごめんなさいね」
 花の左腕が複雑に折れ曲がっていた。
「医者」
 涙花は、そう言葉を掛けようとしたが、西国の者から逃げている者に、それを口にする事が出来なかった。
「花、約束は果たしたぞ。これで、俺の奥さんに成ってくれるのだろう」
「静かにして、その話は後よ。信様、竜家の長老から、鍵を渡すように言われました」
「ありがとう」
「いいえ。それで、鍵の隠し場所は、犬の習性を利用しました。何か光り物を犬に与えれば、鍵の場所に案内してくれます」
「ありがとう」
「ああっお茶を淹れますねえ」
「いらないわ。信、行くわよ」
 涙花は、不機嫌と言うよりも、信じられない。そう、思うような怒り顔だ。
「あの?」
「あんたも来るの」
 涙花は、そう言いながら、無理やり道の手を引っ張り、小屋の外に連れ出した。
「えっえええ」
「行って来なさい。待っているからねえ」
 花は、心の底から安堵した表情で送り出した。
「信。犬と剣だが、鍵だか分からない物は任せるわ。道、必ず。花さんを竜機の所に連れてくるのよ。腕だけでは無いと思うわ。完全の完治と行かないと思うけど、何とか治して見せるわ。良いわね」
 涙花は、家に残り、花の容体を確かめた。
「涙花、話は済んだのか」
「なに、それは、剣のように大きいけど、突起が何個も付いて、武器としては役に立ちそうにないわねえ。何か剣というよりも、突起が沢山あって、添え木には丁度良いわねえ。長い突起にトマトが生ると可愛いわよ」
「なななっ、トマトだと、この素晴らしさが分からないのか」
「分からないわ」
 馬鹿馬鹿しいのだろう。あっさりと答えた。
「私は、家に入ってもいいですよねえ」
「ああ、そうだ。信、あの人を一緒に連れて行っても良いかな」
「そうだな、一緒に連れていく方が良いだろう。獣機の中にも医療施設があるはずだ」
「そう言うと思っていたわ。早く奥さんを連れてきなさい。信がおんぶしてくれるって」
「えっ」
 信と道は満面に嫌気を表した。信は背負う事に、道は、自分以外の男に肌を触れさせたくないのだろう。そう感じられた。
「馬鹿ねえ。おんぶくらいで嫌気を表してどうするの、診察や治すのに肌に触れるのよ」
「うっ」
「早く、準備と奥さんに話してきなさい」
 道が小屋に入ると、即座に怒鳴り声が響いた。だが、道の声は聞こえない。一方的に花の話し声だけが響き渡るだけだ。
「説得しに行った方が良いのではないか」
「馬鹿ねえ。今言ったら殺されるわよ。それに話がこじれるわ」
「そうか」
「そうなの。ただ恥ずかしがっているだけ」
「あの怒鳴り声が、恥ずかしがっている?」
「そうよ。女心が分からないのねえ」
「そうとは思えないが」
「あの手の男は泣き落としねえ」
「ん、静かになったな」
「ほらねえ。そろそろ出て来るわよ」
「おっ」
 信は二人の姿を見て驚き、声を無くした。
(涙花、男の頬が腫れているぞ。涙花の予想は外れたらしいなあ)
(本当に馬鹿ねえ。恥ずかしい気持ちを隠す為に叩いたのよ。分からない人ねえ)
(そうか、顔の形が変わっているぞ)
 二人に聞こえないように耳打ちした。
「大丈夫なの。おんぶしてもらったら?」
「大丈夫だ。気にするな」
 顔を真っ赤にして答えた。恐らく死ぬほど恥ずかしいのだろう。涙花は、自分なら喜んでおんぶしてもらうのに、そう思える。不満顔を表していた。
「蘭の所に急ぎましょう」
(大丈夫か、殺気を感じたのだぞ)
(何度もしつこいわよ。大丈夫よ)
 涙花と信は囁き合った。
「そうだな、行こう」
「すびばぜん」
「何を謝っている。関係ないだろう」
「ふぁい。そうでず」
 信と涙花は笑いながら歩き出した。花と道は、自分の事で笑われた。そう感じて、気分を壊したのだろう。何度も問い掛けながら二人の後を追った。
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第二十七章
 愛に殺されるかもしれない。乙は、悩み悩んで、一歩も進める事が出来なかった。
「う~ん、どうしよう。毎年、適当な菓子を用意するのだが、今回は、そのような時間が無かった。これでは、馬を貸して貰えないだろう。う~ん、時間に遅れても、馬を連れて行かなくても、馬を盗んでも殺されるかもしれない。どうしたら良いのだろう」
 乙は、頭を抱えながら座り込み、泣きながら呟いていた。
「どうせ、殺されるのだ。盗むしかない」
死にそうな顔で立ち上がった。そして、神からの贈り物だろうか、ポケットから何かが落ちた。金属の音が耳に入り、不審そうに、それに視線を向けた。
「懐中時計、愛が持ち忘れたのかぁ。これで、頼んでみよう」
 もう、夕陽が沈みかけていた。乙の目には、向かう家しか入っていない。恐らく、自分が二時間近くも悩んでいた事も、今の正確な時間も分かっていないだろう。そして、駆け出し、家の扉を叩いた。
「はい、今開けますよ」
 その言葉の後に、家の中で囁き声が響いた。
「婆さん、やはり来たぞ」
「私の事よりも、開けるのが先でしょう」
 乙には室内の声が聞こえなかった。それで、もう一度、扉を叩こうとした。
「今年も来ましたね。待っていましたよ」
「済みませんが、今回は、この懐中時計で馬を貸して貰えないでしょうか?」
「変わった品物ですなあ」
「なんですのぉ。甘い物、辛い物、なんですのぉ。美味しそうな物なのでしょう」
「今回は懐中時計と言う物らしいぞ」
「済みません。来年は必ず。食べ物を持ってきますから、馬を貸して下さい」
 乙が、余りにも低姿勢な態度だからだろう。老夫婦は、不気味な笑みを浮かべた。
「まあ、中に入って下さい」
「あのう、分かりました」
 乙は、毎年菓子を渡すと、直ぐに帰るのだが、今回は懐中時計の用途などを教え、馬を借りる為に説得しようとした。
「ほう、太陽の位置が分かるのですか?」
「そうでなくて、時間が分かるのですよ」
「おお動いているぞ」
「馬を貸してください。返しに来た時に、どの様な事でもしますからお願いします」
「ふぅ、ゆっくり出来ないのですか、良いですよ。今度は話を聞かせてください。今日は楽しかったのですよ」
「済みません。お借りします」
 老夫婦には簡単な挨拶で済まし。死ぬ気で愛の元に向かった。やはり、愛はやはり車外で待っていた。遅くなり殺されると思っていたが、愛は泣いていた。乙には分からないのだろう。愛は約束に遅れるからでも、会える時間が削られる為でもない。もし、時間に遅れて居なかったら、それが怖いのだ。早く着く事が出来れば、自分から声を掛けられるが、遅れたら声を掛けられない。いつも怖いのだ。歳も離れ、私だけ歳を取らない。怖がれる事もなく、毎回、毎回、満面の笑みを浮かべ話を掛けてくれる。
「お姉ちゃん、早いねえ。今度は、僕が待っているからねえ」
 そう言って笑ってくれるから、話が出来るのだ。それでも、笑みを見るまでは、心の中で化け物。そう言われる事を恐れていた。愛が、今までの事を振り返っていると、
「愛、遅れて、ごめん。泣かないでくれないか、まだ、間に合うのだろう」
「話をしている時間が惜しいわ。だけど、これだけは言っとく、女の涙は高いのよ。あなたは、女性の涙の原因で、女性の涙を見たのですからね」
「うっ」
 愛は視線で殺せるような目で、乙を見つめた。乙は、まるで、蛇に睨まれた蛙のようだ。
「蘭、愛は泣き止んだようだぞ」
「甲。駄目よ、出ないで、石にされるか、死ぬかよ。女が泣いた後は、満面の笑みを浮かべるか、殺されるかなのぉ。そんな事も分からないの。女の子を泣かせては駄目。そう、親に言われなかったの?」
「乙が帰ってきたから笑っているかも」
「本当に馬鹿ねえ。殺気を感じないの?」
「殺気」
「そう。甲、乙に言った方が良いわ。愛が帰る前に、何所かに消えた方が良い。とねえ」
「大袈裟だろう」
「それ程の事なのよ。女の涙はね」
「分かった。伝えて来るよ」
「まだ駄目よ。死にたいの、この殺気の状態では二時間位は出られないわよ」
「乙は死んで居るのでは無いのか?」
「台風の目と同じよ」
「台風の目?」
「そうよ。殺気を放って、自分が死んでは困るでしょう。だから、自分の中心では何も起きてないのよ。乙は中心にいると思うわ。それだから、まだ生きているはずよ」
「そうなのか?」
 甲は半信半疑だったが、蘭だけが感じたのでは無い。まだ、信達も近辺に居た。
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物語を書いて五年になりましたが、私は「左手の赤い感覚器官(赤い糸)と「蜉蝣(カゲロウ)の羽(背中にある(羽衣)の 夢の物語が完成するまで書き続ける気持ちです。
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