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第六章
「目標地点には車内時間で三十分後に到着します。探査虫を飛ばす準備をして下さい」
 車内には四人以外の声が響き、驚き車内を見回した。
「あああ、忘れていた」
 甲だけが意味が分かり、あわてて射出した。
 その虫は人口の蚊に似た物だ。時期によって形は違うが目標地点を探査する機械だ。
「本当にもー。これから如何するのよー」
 愛は又、声を上げた。
「だから、目標地点の安全を確認する為に虫を出したから、そんなに心配するな」
 甲は操作をしながら声を上げた。
「甲で良いですよね。年長者と思い聞きますが、何かの計画を考えているのですよね」
「だから、虫を出したから目標地点に障害物があっても、この時間なら変更が出来る」
 画面を見ながら操作をしていた。その為に苛立ち、問いとは違う事を喚いた。
「何故なの。到着する前から危険に会うの?」
 愛は狂ったように喚いた。乙は気絶して何も言わない。蘭は怒りを表しながら到着まで声を上げるのを我慢していた。それもそうだろう。甲の何も考えていない事に呆れていた。
「ふうー大丈夫だな。衝撃があるかも知れない。しっかりと椅子に座っていてくれ」
 甲が椅子に腰掛けながら話すと、二人は慌てて腰掛けた。数分後、エレベータが急速に落ちるような感覚を感じた。
「俺の車がー」
 喚きながら甲は車外に出た。
「着いたのですね」
 愛は顔を青ざめていた。よろめきながら車から出ると、ホットしたのだろう。
「うぁああ広い空」
 満面の笑みを浮かべ、愛は喜びの声を上げた。
「あいつは駄目」
 蘭は、甲に鋭い視線を向けた。
「何なの。乙はまだ気絶しているの」 
 車内から出る間際に蘭は、泡を吹いている乙にも声を投げ掛けた。
「うぉおおお。これなら都市だけでなく、外界でも何ども行き来できるぞ」
 子供が始めて自転車を買って貰った時のような異常な驚きだ。
「ほう、任務を終了しても都市に帰るのに支障ないのですね。それで、これからの計画はどの様にするのでしょうか。私は歳も若くて、計画を考えられませんわ」 
 笑みと目が釣り合ってない。勿論、声には感情が感じられないが、天性の営業微笑だ。
「そうだな。それなら飲み物でも作ってくれないか、飲みながら気持ちを解そう。今この時間以外は緊張の連続が続くだろうからな」
(この野郎作ってやるよ。どうせ即席の物しか無いのだろう。えっえー)
と、蘭は心の中で思いながら頷いた。
「俺は薬草茶に、同じ薬草を三枚入れてくれよ。それから小さじで一つの酒を、ああ、あいつが居た。匂いでも酔うのだった。諦めるしかないか、全ての物に名前が書いてあるから安心してくれ、作り方も扉に貼ってあるぞ。大抵の物があるから好きな物を飲んでくれ」
「はい、はい。分かりましたわ。用意しますから、乙の様子を診て下さい。愛も惚けていますからお願いします」
 営業微笑は変わらないが、本格的な物がある思いで、目元に微かだが喜びが感じられた。「えっ、乙は病気なのか。それは大変だな」
(この野郎は、車以外は頭にないのか)
 甲の話を聞き流し、蘭は心の中で悪態を吐きながら車内の中に消えた。
「わぉおー泡を吹いている。なんでだぁーやばいぞ。おーい、愛、あーいー」
「もうー何ですか。素晴らしい景色を見ているのにー。ほんとにっ、もー何なの」
 先ほどまでは奇人のように錯乱していた愛なのに、他人事だからか、それとも都市以外の風景を見た事が無いからだろう。まるで別人のような変わりようだ。
「悪いが、乙の様子を診てくれよ。愛が医師職種経験者なのだろう」
 愛はお多福風邪に罹ったような顔で現れ、その為に、甲は怯えた声を上げた。
「そんな事ですか、私ではないですよ」
 乙が見えないのだろうか、用件を聞くと車外に出ようとした。
「チョット待ってくれよ。蘭なのか」
「乙ですよ。私は看護だけです」
「こいつなのか信じられない。愛、チョット待てって」
「もうー何です」
「乙を見ても何とも思わないのか」
「変ですね。何かあれば酒入りのチョコレートを食べさせろと言っていましたでしょう」
「食べさせれば良いのだな」
 甲は言われたように袋を開けて手に持つが、意識が無い者にどうの様に食べさせるか考えていた。乙は酒の匂いで、ぴく、ぴく、と身体を痙攣させて意識を取り戻したのだが、目が虚ろで自分では食べられないだろう。
「もう何をやっているの」
 愛は言葉と同時に、甲からチョコレートを取り上げると、心の底から不満を表しながら無理やり乙の口に押し込んだ。
「ほう、荒っぽい治療だな」
 甲は治療の事が全く分からないからだろう。真剣に愛と乙を交互に見つづけた。
「私に用はないわね。外に居るから」
 返事も聞かずに車外に出る。
「はっふー」
 乙は溜息なのか気合のような声を上げた。
すると、顔中に赤み戻る。と言うよりも酔っているようだ。だが、気のせいなのかも知れないが瞳には知性が感じられた。
「わっおっ大丈夫なのか」
「ああ大丈夫だ」
「本当に大丈夫なのか。何か眼つきと言うか雰囲気がいつもと違うように感じるぞ」
「ああ本当に大丈夫だ。有難う」
 甲が変と感じたのは、乙がおどおどした話し方でなくハッキリとした話し方だからだ。
「そうか。それなら手を貸してくれないか」
「私に出来る事なら。うっうう」
「大丈夫なら簡易小屋を作るのに手を貸してくれ。少し休んでかれで良いからな」
 甲は、乙が何度も頭を振りながら話す仕草を見て不審に思いながら話を掛けた。
「何をやっているの。出来たわよ」
「蘭、乙の様子が変でないか」
「ん。そう見えないけど、どこか変なの。それよりも、これを置く所を作ってよ」
 乙の事はどうでも良いのだろう。愛は一瞬目線を向けるが、目に入ってないに違いない。
「適当に腰を下ろして飲まないか、話の内容によっては準備で忙しくなるはずだ」
「別に良いわ。早く紅茶を取ってよ」
 四人は車内では飲みたく無かった。たとえ座り心地が良い椅子が有っても、都市とは違う開放感を味わいながら飲みたいのだろう。
「外界って凄いのね。空を見ても隔てる物もないわ。それに周りは砂しかないけど、その先は又、空なのよ」
「日が沈んだら驚くわよ」
 蘭は、愛に話に相槌を打った。
「ん。ああっ太陽の事ね。星が見えるのでしょう。早く見たいわ。綺麗でしょうねえ」
 二人の女性は満面の笑みを浮かべる。嬉しさで目が輝くとは、この様な笑みだろう。
「私達は都市から出た事がないのだから驚くのは確かに分かる。だが、そろそろ話を始めても良いかな」
「何を言っているの。いつ話すのか、いつ話すのかと、待っていたのよ。早くしてよ」
 蘭は本心の言葉のように声を上げた。
「そうか悪かったな。許してくれ」
 ここで言い返せば言い争いになる。甲はそう思ったのだろうか。いや違うだろう。蘭の悔しがる顔が見たかったに違いない。それは、甲の一瞬の笑みで感じられた。
「これから話すとしても、あの乙の様子では話をしても頭に入らないわよ」
 蘭は心配などしていない。それは人を馬鹿にしたような勝ち誇る笑みで感じられた。
「ぎり、ぎり」
 甲の顔の表情は変わらないが、耳を澄ましていれば、奥歯の噛み締める音が微かに聞こえるだろう。そして、心の中で悪態を吐いた。
(先ほどから言っているだろうがー、今頃気が付いたのか。この女、良い性格しているよ。
それとも、どうしても俺を怒らせたいのか」
「あっああ、もっもー、ほんとっにっもぉー、一つで駄目なら二つあげたら良いでしょう」
 愛は又、乙の口にチョコレートを入れた。
すると、微かだが目が潤んだ。感謝からと言うよりも酔いが回ったように感じられた。
「愛、蘭ありがとう。私を心配してくれるのは嬉しいですが、本当に大丈夫ですから話を始めて下さい」
 乙は、愛と蘭に礼を返して、甲に話しを勧めた。そして、甲は頷き、話を始めた。
「ここからだと、目標物が居る都市は歩きだと半日位の距離だ。二手に分かれるしかないだろう。車を隠し、簡易小屋を建てて二人が残る。もう二人が目標物を確認しに行く」
「チョットまって、その人選を甲が決めるのですか、それで自分は行かないつもりね」
 蘭は掴み掛かるような態度だ。
「まて、まだ話の途中だ」
 死にそうに青ざめているのは、本当は別の考えが無い為か、それとも蘭の鬼のような表情の為だろうか。
「あのう、なあ、あっ近くに民家がある。
 そこで馬を買うか、馬を借りて、車を馬車のようにする方法もあるぞ」
「ほうー皆で目標物に向かうのですね」
「私も、それなら文句ないわ」
 愛は歩くのかと思い悩み、甲とは違う意味で顔を青ざめていたが、大きく息を吐き出すと、赤みを取り戻し始めた。蘭もその姿を見て渋々承諾するしかなかった。
「誰も文句はないようだな」
 乙の承諾も聞かずに計画が決定された。
「甲、何をすれば良いの。夜になる前に終わらせたいのですが、大丈夫ですか」
 愛は話をしながら、夜の星を夢見ているのだろう。目を潤ませ惚けているようだ。
「大丈夫だろう。それでは始めに車に幌を被せて簡易小屋を作ろう。馬に逃げられて立ち往生したように見せなければならないぞ。それでは早く準備を始めようか」
 甲が設計した車は、この世界には無い物だ。この時代から二千年後位に化石燃料で走る物に近い。それは荷物を運ぶ専用車と、簡易宿舎を兼ね備えた車と思ってくれれば分かってくれるはずだ。
「乙、留め金を取ってくれないか」
と、甲が、乙を使用人のように扱う。それを見た二人も、当然のように同じ扱いを始めた。「乙、小屋まだなの。急いでね。食器運ぶから、えっと、それ終わったら火を起こして」
「乙、これ売れそうだから外に出してね。それと、これと、これに、それもね」
「おおお、これなら馬車に見えるだろう」
 甲は一人で喜んでいた。ただ、車輪以外の部分を皮布で覆った。それだけだ。そして傷が付いてないかを撫で回すように探し始めた。
 その少し離れた所で、乙は小屋を一人で建て、火を熾し、湯を沸かし、汗を流しながら無言で売り物にする物を磨いていた。
「ねえ。何か食べ物を作ろうかぁ。もしかしたら、馬と交換が出来るかしら、蘭どう思う」
「そうねえ。ああー塩よ。塩なら売れるわ」
「らんぅ。塩ですかぁ」
 不振そうに、愛は問うた。
「そうよ。塩、塩よ。そう、よねえ」
 蘭は思案していた。他に売り物が無いか考えているのか、それとも、交換金額だろうか。
「愛、思い出したわ。何かの資料でみたわ。確かねえ。金と同じ価値で交換が出来るのよ」
 二人の女性は軽い食事を作るからと、乙に全てを任せて車の中に居た。甲は車の事でまったく気が付かないが、乙は声が聞こえる度に様子を見る。そして塩が売れる。それだけが確実に耳に入る。もう品物と言っていた物を磨かなくて良いのか。不思議そうに、それとも問い掛けているのか、どちらかにも思える視線を向け続けていた。
「乙、どうした」
 車の傷が有るかを確認し終えると、正気に戻ったような顔で辺りを見回した。そして、驚き声を上げた。小屋から全ての用意が終わったからの驚きではないようだ。
「ん、何だ。何だ。女の尻を見ていたのか、不謹慎な野郎だ」
「えっ、えっ」
 想像絶する事を言われて、声が出ないのだろう。そして又、甲の言葉で声を無くした。
「何をしている。そんなガラクタを磨いて遊んでいるのか、早く片付けろ」
 甲は、乙に言うと車内に入った。
「おお食事の支度をしていたのか、済まない。民家に行くのは食事の後にするか」
「蘭の話では塩は金と同じ価値があるのよ」
「そうか、馬と交換出来るな。待てよ。それは大きい町で交換しよう。良い考えが浮かんだよ。我々は塩を交換する為に町に向かう途中で馬に逃げられたとしよう」
「だけど、それなら馬はどうするの」
「大丈夫だ。任せてくれ」
 四人は直ぐに食事を始めた。愛と蘭は夜が楽しみだと嬉しそうに話ながら食べる。甲は、誰が小屋などを作ったのか、などを聞きもせずに惚けていた。おそらく又車の事だろう。
 その横で乙は、汗を掻きすぎて、もう汗は出ないのだろう。その代わりに塩を噴出しながら無言で食べていた。
「ねえ甲。民家に行くのでしょう。ゆっくりしているけど、そんなに近くなの」
 蘭との話も尽きたのだろう。愛は心配そうに尋ねた。その心の中は日が沈んで、星を見逃してしまう。それだけだろう。
「そろそろ行くとするか、愛大丈夫だぞ。往復しても日が沈むまで戻れるはずだ」
 甲は空にある太陽を見て問いに答えた。
「勿論、塩だけを持って四人で行くのよね。まさか、誰かを残して大事な車の見張りをしろ。なんて言わないわよね」
「ああ勿論そうだ」
「ふううん。そう、荒らされない自信があるの。それとも理由があるのかしら」
「ああ警報機も入れたしなぁ。小屋があれば近くに人がいる。そう思うだろう」
 蘭の笑みは、確認と言うよりも、甲の表情が変わるかを確かめながら遊んでいるようだ。
「良いな。それでは行くぞ」
 その掛け声で話を止め、甲の後を追う。
 四人の頭上には、やや西に傾いた太陽が輝いていた。時間にして二時頃の時間だった。
 一同は民家に向かうが、その住人は、砂漠にある数少ない水源の管理と国境の監視を任されていた。国境と言っても同じ獣人族の飛河連合国なのに変だと思うだろうが、国の成り立ちに原因があった。獣人は、猿人とも擬人とも人とも言われる人々に係わらないように東洋系は西へ、西洋系は東へと逃げるように移り住んだ。そして、この地に行き着き。一つの国を興した。自然と衝突を避ける為に東洋系と西洋系とに分かれて住んだのだ。
 それが丁度この水源が西と東の境であり。今では国境線となった。
「甲。本当に民家の方向に向かっているの。まさか迷ったとは言わないわよねぇ」
 太陽の位置が動いたとハッキリ分かる頃で、そして、身体が疲れを感じて歩くのが嫌になったのだろう。蘭は愚痴のように問い掛けた。
「間違ってはいない。あれが見えないのか、虫がいるだろう。確かに、太陽だけを見ていれば可也の時間が過ぎた。そう思うが、それほど歩いていないぞ。砂の上を歩き慣れていないから、そう感じると思うぞ」
 甲は空を見上げながら話を掛けた。
「えっ虫」
 愛は意味が分かれず声を上げるが、蘭が指を指して伝えた。
「あれ、あれよ」
 乙は話に乗らずに無言で歩き続ける。声を上げる気力もないのだろう。休んでいたのは食事の時だけだ。心底疲れているのだろう。
「あれだ。前を飛んでいるだろう。あの虫の設定は、我々の歩く早さの平均より下だぞ」
「分かったわよ。それで、後どの位なの。いい加減に疲れたわ」
 蘭は、甲をやり込めようとしたのだろう。だが、出来ずに頬を膨らませた。
「そろそろ着いても良いのだが、仕方が無い。あの砂丘を登り、見えなければ休もう」
 三人は休める。そう思ったからだろう。愚痴を零さず、笑みまで浮かべ砂丘に向かった。
「あれだ」
 甲は指を指して声を上げた。一人だけ喜び顔だ。他の三人は休まずにまだ歩くのかと苦渋を表している。だが、砂丘を登り民家が近い事に安堵したような表情を表した。
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第五章
 一人の女性が何故、雨に濡れながら歩いているのか、紋章入りの服装から判断すると供がいても同然な裕福な育ちと感じられた。
「雨は恵みの雨だが、このように何日も続くと嫌になるわ。えっ」
 夜と言うよりも、朝と考えて良いほどの時間だ。人が居るはずが無いと感じた。それもそうだろう。雨も降り止まないのだからだ。
「人形か」
 この女性は貴婦人のように見えるが目線からは戦士のように感じられた。だからだろうか、恐怖でなく敵意が感じられた。それを確かめるつもりでは無かったが、帰るには、この道だった為に近づいた。
「人だねえ」
 その人物の下に目線を向けると、陶器のお椀が置かれ、最低通貨が一枚入っていた。
(托鉢をしているのか?)
 そう思い、男の顔に視線を向けた。
「これから、私は軽く食事をしながら飲むのだが、付き合わないか?」
 この男は元々無表情なのだが、女性は雨に濡れて青ざめている。そう思い、自分が無視すれば人が通る時間まで体が持たないだろう。それで声を掛けた。
「私に言っているのか?」
 この男は驚いているのだろうか、表情からも声色からも感じられない。
「そうだ。他に誰か居るように見えるのか?」
 服装からは想像が出来ない。男性のような話し方で、男は驚いているのだろうか。
「むう、うっうう」
 何か考えている。悩んでいるようだ。
「私とでは、食事をしたくないのか?」
 怒り声を上げた。
「いや、違うのだが、女性と二人では何かと、不味いのではないかと考えていた」
 歯切れの悪い口調だ。
「ほう。私を見て色気を感じたのか」
「いや、違うのだが、何って言えば」
「坊やと食事をしても困る事はない」
 この男は坊やではない。二十代前半だ。そして、何かの宗教だろうか、マントの背に遺言命と、刺繍で書かれていた。
 男の話を途中で遮り、声を上げた。
「それでは行くぞ。後に付いて来い」
 女性はお椀を拾い。男の手を引きながら話し掛けた。
「何をしている。来い。酒も付き合えるな。飲めるのだろう?」
「遺言状、第一巻、第二章二十番と、第三章三十番。目上の好意は受ける事、女性の気持ちを尊重する事。にある。喜ぶべき事だ」
 無理やりのように歩かせられ、男は呟くが、雨音に消されて、女性の耳に届かなかった。
「ん、何だ。飲めないと言いたいのか、私の酒を断るとは始めて聞いたぞ」
 このような時間で、雨で人が居ない為だろう。遠くからも店屋の明かりが見える。女性は、男性を引きずるようにして明かりの元に向かった。
「親仁。飯をくれ、酒も頼む」
 常連の親父のような声を上げた。
「まいど、どうも」
 初めての客だが、親仁の癖に違いない。
「それと、悪いのだが、親仁の服と湯を借りたいのだが、金は払うぞ。この坊やに、な」
「貴女様はよろしいのですか」
「私の湯は良い。近くに家があるからな。部屋で窮屈な服を脱いでくる。その間に飯を作っていてくれ、私は直ぐ来る」
「はい。畏まりました」
「あっ」
 店主は驚き、一瞬だが声を掛けるのを忘れた。
 女性の言葉の通りに直ぐに現れたからだが、それだけでなく、先ほどが深窓の令嬢と思える服装から男女兼用の旅装服だ。普通の旅人なら着ても可笑しくないのだが、穴が開いてよれよれだからだ。
「お連れさんは湯に入っています」
「かまわない。酒をくれないか、あれも食事はまだなのだろう」
「はい。ご一緒に食べるのですね」
「そうする」
 店主と女性が話をしている間に、男が湯から上がって来たが、何故か、裏口の扉で立ち尽くしていた。
「おー上がって来たのか」
「何て言って、お詫びすれば良いのか」
「このくらいの事で気にするな」
「第五巻、第二章七番、人の睦言を聞いては行けない」
「ななっ、第、睦言。何、馬鹿な事を言っているの。早く、席に座りなさい」
 驚くと女性の言葉に戻るのか、それとも身の危険を守る為に男性のような言葉を使っているのだろう。
「お連れさんの体を考えて、やや冷たい汁物から出しますが、同じ物にしますか?」
 女性は顔を赤らめ言葉を無くしていた。その雰囲気を変えようとしたのだろう。立ち上がりながら言葉を掛けた。
「そうする。同じ物で良い」
 二人は食べ物の香りに負けたのだろう。調理場を見つめ続けた。そして、料理を出されると、一言も話す事も無く食べ続けた。
「酒は飲めるのだろう。礼の代わりに付き合って欲しい。それとも、貴方が信じる神では酒は飲めないのなら別だが、違うのだろう」
「おっ、付き合ってくれるのか」
 男は無言で杯を女性の目線まで上げた。
「若そうだが、何歳だ」
「歳か、何歳に感じる。貴女は、あっ、
 遺言状、第一巻、第一章、二番の注意事項は、女性の歳を聞かない事」
「何歳に感じる。ん、何の冗談だ。えっ、そうだな、二十歳位に見えるな」
「目は確かだ。二十歳だ」
 男の表情からは判断が出来なかった。女性が見える。それを俯いたように感じられた。
「おまえは、何処から来たのだ?」
「・・・・・・」
「言いたくないのか、そうか、これからの行き先はあるのか?」
「行き先は出来た。第一巻、第二章三番、例え、米粒一つの事でも義理を返す事。
 例え、行き先が地獄だろうと、貴女の護衛をします」
 男は酒を一気に飲み込んだ。普段は酒を飲まないと、言うよりも飲んだ事もない。まして、誰に勧められても飲まないのだが、女性から自分と同じ匂いを感じて、故郷の事を思い出しているのだろう。そう思う微かな笑みを浮かべていたが、全ての感情表現を知る事は、親以外には分からないだろう。
「ほう、面白い奴だな。義理を返すかぁ」
 女性の目が一瞬だが光った。この男の性格が分かったのだろう。そして、試してみた。
「私に義理を返すのだな、それなら飲め」
「そうだ」
 男は機械人形その物に見えた。杯の差し出す時間も、杯の酒を飲み終わる時間は、何度繰り返しても同じだった。
「酔わないなぁ。酒は強い方だろう。それとも、酔っているのか?」
(やはり何も答えないなぁ。試してみるか)
「私に義理があるのだろう。酒は好きか」
 女性の表情は子供が悪戯をする時のような表情を浮かべた。
「義理はある。酒は好きではない。感覚が狂い、眠気を催す。気にするな、美味いぞ」
 この男としては、最後の言葉は冗談なのだろう。だが、無表情で言われれば相手は気にする。それは分かっていないだろう。
「そうか、嫌いか」
(義理と言えば何でも話すのか、先ほどは答えなかったからな、もう一度試してみるか)
「私に義理があるのだろう。それなら、何処から来て何をしに来た」
「義理はある」
 男は女性の悪戯で全てを話してしまった。
 自分が訓の息子の由と言い。あだ名が遺言男と言う事から始まり。地球多次元世界から来た。そこは、無数の地球が存在するが月は一つしか無く、その月が生まれ故郷で、その
月には地球と同じ植物や動物がいる。その住人は蜉蝣のような羽と小指に赤い感覚器官があり。蜉蝣のような羽で次元を飛び。赤い感覚器官の導きで、連れ合い探す。その旅に出た事を話してしまった。
「ほう、赤い糸が繋がる異性を探す旅なのか、私と同じだぞ。あははは。だが、私には羽など無いがなぁ。お前の背中には本当に羽があるのか、その話は誰から聞いた。あははは」
 二人は、元は同じ同族だと知らない。
 男女の祖先は、まだ、通常空間の宇宙の月に植物や動物ともに月人が存在していた時の直系の子孫だ。だが、月に異常が起きて脱出したが、逃げ出す時に、偶然に次元の狭間に入ってしまい。そのまま、時の流れの次元の隙間に取り残されてしまった。その閉ざれた所で生存していた為だろう。連れ合いを探す事が出来るはずもなく、背中に蜉蝣のような羽が生えたのだ。だが、それでも、違う月だが月に住めたのは救いだったはずだ。この月に住む純粋な月人の生き残りが、この男だ。
 女性の方は、当時、月に無質転送装置があり。それで、無事に地球に着いた。その装置は簡単に言えば、月から地球までの重力を軽減するトンネルと思ってくれたら分かるだろう。そして、地球に逃げ延びて暮らしていたが、月人は、時が経つにしたがい子孫を残す力が衰えた。そして、様々な職種の担い手や自分の子孫を残す為に、動物と月人の遺伝子を使い擬人を造った。だが、猿の擬人だけ何も獣としての力が無い為だろう。擬人として信じられない程に慈しんだ。他の動物の遺伝子を使った人々を獣人と差別した。それだけでは済まずに、月人は、擬人が、獣人を怖いと言えば倒してまで、擬人の願いを叶うように手を貸し続けた。このまま係わっていれば、月人は、一人、二人と消えてしまう。そして、全ての同族が消える。そう考えた。だが、それだけで収まれば良いが、擬人が月人と同じ歴史を辿らせては成らない為もあった。それで、この地の全てを擬人に渡し、残りの月人は係わりを絶つ為に、都市だけで住み。都市を雲のように浮かべて空から見守る事を考えた。元々、月に住んでいる時は、月から地球を見守っていたのだ。それと、同じ様にしようと、都市の周りの地面を切り取り、周りの砂や土の時間を止めて船のように作り変えようとした。月に住んで居る時は、何でも無い事だったのだが、永い月日の為に知識や使用方法を忘れたのか、それとも、都市の機械設備の限界だったのだろう。成功しなかった。その結果が、異空間に都市が漂い浮く事になったのだった。その子孫が、この女性だ。
 この男女とも地球人類から連れ合いを探すのだが、蜉蝣のような羽がある男性は、より純粋な月人の血を探す為だろう。二人の共通する事は、赤い糸の感覚器官がある事と、遠い過去を忘れている事だ。何故に忘れたか、それは、最後に全機能が使用されてから数千年の時間もあるが、その時の使用目的だったはずだ。
「まあ、嘘でも良い。私の気を惹こうとしたと思うぞ。冗談も言えるのだな。あっははは、面白い奴だな。私を涙花と呼び捨てして良いぞ。なみだの涙、と、花と書いて、るいか。可愛い名前だろう。この名前で呼ぶ者は、お前を入れて二人目だ。光栄に思え。あっはは」
 女性は楽しそうに、男から聞き出していた。話し出す内容によっては真剣に頷きながら声を掛けていた。始めの内は自分の知らない血族と思っていたのだろう。だが、羽衣の話を聞くと突然に笑い声を上げた。赤い糸も嘘に違いない。自分に気を惹こうとして、外界に住む獣人の夢物語を話したのだろう。そう感じた。
「そろそろ夜が明けるな。私は少し寝るが、お前は如何する。宿は無いのだろう。私の所に来るか。宿と言っても自宅のような物だ。空き室があるぞ。来ないか」
「・・・・・・」
 遺言男は無言で頷いた。
「親仁。お代はここに置くぞ。釣りは良い」
 女性は紙幣を見せると、食卓の上に置いた。
「ありがとう。御座います」
 女性は楽しそうだ。男と会う前は雨具も使わず。雨に濡れながら歩いていたはずだ。よほど男との会話が楽しかったのだろう。それもそうだろう。世界中探しても男と同じような変人は居無いはずだ。心の底から笑いすぎて、嫌な考え事は忘れたに違いない。
「雨は止んだようだ。行くぞ」
 店を出る前に、男に振り返り言葉を掛けるが、後を付いて来ているのか気にも掛けずに歩き出す。その後を遺言男は顔を赤くして呟きながら歩き出す。
「既婚、未婚に係わらず。女性と二人で家に泊まる事は、遺言、遺言、遺言」
 父親も書き忘れがあったようだ。それとも息子と違い。父親は女性と二人で部屋に泊まる事が当たり前で、書き残す事が思い浮かばなかったのだろうか。
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第四章
 事件の起きた建物の最上階の在る一室では、長老の様子が可笑しかった。朝に入室してから受話器の上げ下げに始まり、一つしかない扉のノブを持つと、直ぐ離して椅子に座り、
指で机を叩く。イライラしている様に見えるが、片方の手では指を額に付け考え始める。その動作を何度繰り返したか覚えていないだろう。
「娘さんが来てしまう。もう迷っていられない。あの二人にするしかないか?」
 扉を開くと、騒ぎ声が耳に入ってきた。
「いったい何時までこの騒ぎが続くの?」
「何か、指示を要求しているわよ」
「俺に聞かれても解らん」
「隣の部屋にも電源が入ったそうです」
「作業指示通りに全て記録してくれ」
「音が鳴り出したそうです」
「指示を要求し始めました」
「誰も解る人は居るはずも無い。作業指示通りに全て記録しろ」
「あああっ、もう嫌だ。何時までこんな事をするのよ。映像記録では駄目なの。ねえ」
 女性は余ほど嫌なのだろう。鬼のような表情で髪をかき回しながら声を上げた。
「何度同じ事を言わせる。そうしたいのなら良いと言っているだろう」
「御免なさい。義務なのは分かるわ。だけどねえ。早く自分の専攻した仕事をしたいの」
「映像記録と関係が無いだろう。そうしたいのなら良いぞ。だが、専攻した仕事には行けないのは分かるはずだ。この義務が嫌なら止めろ。次が荷物運びになるかも知れないぞ」
「あっ新しい指示が表示されました。記録を開始します。それと同時に、他の部署に同じ記録がないか調べます」
 鬼の表情をしていた人が、まるで、別人のように何も無かったように仕事を始めた。
「ああっあー、ヒステリーを聞く、俺の身も考えてく、俺も早く専攻した仕事に帰りたい。このヒステリー女と同じ奴が、俺の苺の苗や実の世話をしていると思うと胃が痛くなる」
「どうすれば良いの?」
「ああ、それなら資料室にあったぞ。警報が止まるまで同じ事を表示するだけだ」
 長老は地下に向かう途中で、悲鳴のような声を全ての階で耳にした。先ほどまで気難しい顔をしていたが、目的の階に着いたからか、騒ぎ声が聞こえなくなった為だろうか、表情が少し和らいでいるように感じられた。
 その静けさも、監禁室、反省室とも言われる階に入るまでだった。呻き声や泣き声が響いてくる。何を言っているのか分からないが、近寄る毎に言葉が聞こえてくる。
「うっうっ、何故、何故、この部屋に居るのだろう。私が何をしたのだろうか、だけど記憶がまったく無いのは、私は頭が変になったのだろうか、うっうっ、何故、何故」
「今度は愚痴か、いい加減にしてくれ」
 隣の反省室の者が愚痴を言った。
 長老は言葉がはっきりと聞こえる毎に、気難しい顔に変わる。
「熱は下がったかね」
 長老は、扉を叩きながら意味不明な事を吐いた。確か、牢の男は、酒色のはずだ。
「はっはい。熱はありません」
 熱があるような、おどおどした声色だ。
「わしの話を聞くだけで良い。何も考えるな」
「はっはい」
「隣の御仁も、わしの話を聞く気があるか?」
「話ですか、聞こえますよ」
「そういう意味では無い。仕事の話を聞く気があるか、と言う意味だ。特注車で外界の月人の跡を調べる予定だったのだろう」
「そうです、そうですよ。今ではどうでもよくなりました」
「それでだ。今回の事件を解決する。と言うなら、車が必要だとして、特注車の申請をしても良いぞ。それと得点を普通の四倍払う。どうだあぁ良い話だろう」
「貴方に、そんな権限があるのですか」
「ない」
「私をからかっているのですか」
「違うぞ。一族全員が、いや、この都市全員が嫌気を感じている。解決をしてくれたら、と言うよりも、事件の担当を引き受ける。そう言った時点で、感謝を込めて一人、一人から最低でも一得点を自然に払うはずだ。それを何人かで分ければ良い。悪くないだろう」
「そうですね。悪くない」
「扉を開けるが、暴れるなよ」
「しませんよ。話を聞くまでもありません。即座に、引き受ける。そう言います」
 男は扉が開いて出て来ると、直ぐに、
(酒は抜けているようだが、もし、暴れたら頼むぞ。これも仕事の一つだからなあ)
と、長老に耳打ちされた。
「開けるから、奥の壁に手を付けていろ。良いか。病状を見たら出すそうだぞ」
 長老から、鍵を渡されると、檻の中の獣を出すような様子だ。
「私は何の病気だったのですか、まさか」
 この男の顔を見なくても、顔色は青ざめていると感じる。それは声色からも、体の機能からも、不治の病と思っているに違いない。
「ただの風邪だ」
 男の後ろから長老が言葉を掛けた。
「本当にそうなのですね」
 部屋から出ると、長老の顔を見て問い掛けた。
「そうだ。大丈夫のようだな。廊下の突き当たりの部屋で身なりを整えろ。湯も出るから汗なども流せよ」
「はい、分かりました」
 即座に返事をすると、駆け出した。
「あの男は何ですか。別人ですよ。確か二日酔いとか、耳にしたような、違うのですか?」
「ううんっう。あの男は酒が強いのか、弱いのか分からん奴で、何て言えば分かるだろうか、普通はあのような男なのだが、酒の臭いでも酔ってしまう。酔うと底なしに飲んで記憶がなくなり、性格も少し変わってしまう。それを知り合いが面白がって、つい、慰労会の時に酔わせるのだよ。止めろと言うのだがなあ」
「あの男は使えるのですか?」
「それは保障する。お前も身なりを整えてくれんか、昼には二人が来るのでなぁ」
「ほう、四人でやれ、と」
「そうだ、頼んだぞ。わしは、自分の部屋に居る。終わりしだい部屋に来てくれ」
「分かりました。必ず二人で行きますからぁ」
「済まない」
 長老は最後の言葉だけが、心からの声なのだろう。ふかぶかと頭を下げた。その後は同じ騒ぎを聞きながら自室に戻ると、のんびりと煙草を一本吸い終わる頃に、ほぼ同時に二人の女性が現れた。
「あっ済まないが、お茶でも飲んで、暫く時間を潰して欲しい。ついでに、わしの分も用意してくれると嬉しいが、良いかな」
「はい、はい、長老様は紅茶ですね。貴女は何を飲むの。遠慮しなくても良いわよ」
 声を掛けられた女性は顔を顰めるが、この女性を知る者が見れば照れ隠しをしていると感じるはずだ。
「紅茶にします」
と、答えるが、扉の近くで立ち尽くしていた。
「お嬢さん。椅子に腰掛けて待ちなさい」
長老が話を掛けた。
「はっはい」
 人見知りする人柄のなか、腰を掛けると俯きテーブルを見つめていた。
「どうしたの。気にしなくて良いのよ。この部屋に何があるか分からないのだからねえ。何も出来ないのは当然よ。どうぞ、お口に合うか分からないけどねえ」
「いいえ、良い匂いで美味しそうです」
「お婆様のように美味しくないわよ」
 長老に渡しながら声を掛けた。
「有難うなぁ」
 部屋に居る三人は、紅茶の香りや味で夢中になったのだろう。二人の男が来るまで時間を忘れていた。
「コン、コン」
扉を叩く音が聞こえ、二人の女性は驚いた。と、言うよりも、この部屋に来た目的が思い出されたような驚きだ。
「入ってきて良いぞ」
「あっ、済みません」
 少し時間をずらして、また来ます」
 男二人は、女性を見ると部屋を出ようとした。
「あっ、あの時は済みません」
「あっ、酔っ払い」
 二人の女性は驚きの声を上げた。片方は険悪表し、もう片方は何度も誤り続けた。
「何を考えている。この四人で事件を解決するのだぞ。気心を確かめたらどうだ。
 長老は四人をなだめた。
「この馬鹿と一緒なの。冗談でしょ」
 先ほどは囁き程度だったが、長老の言葉で理性が切れたようだ。
「礼儀も知らない小娘と、共に、やれやれ」
 大げさに肩を竦ませ、連れの男性を助けに入ったように見えるが、これからの仕事、いや、使命の事を考えたのだろう。心の底から疲れを感じられた。
「小娘とは何よ。礼儀を知らないのは、あなたの方でしょう。貴女も言って上げな。この馬鹿が適切な対処をしていれば、大騒ぎにならなかったと言う噂よ」
 この女性の一言で、四人は言いたい事を言い始めた。その様子を長老が椅子に腰掛け、笑みを浮かべながら見ていたが、話題がずれるにしたがい笑みが崩れてきた。
「いい加減にしないか」
 老人独特の恐怖を感じさせる声色が響いた。
「あっ済みません」
何故か四人の言葉が重なった。その様子を見たからか、長老は何も言葉を掛けずに何度も頷いていた。恐らく、似た者と感じたのだろう。
「共に食事をしながら任務の事を話そうとしたが、無理のようだな。まずは、四人だけで食事を食べて、気心を確かめてきてくれ、話はそれからだ。費用は、わしが持つぞ」
「この馬鹿とですかぁ」
「生意気な女、俺が言う事だ」
「いい加減にしろ。早く行け」
 四人が、また、騒ぎ始め。それを見た長老は、怒鳴り声を上げた。
「はい~」
 長老の判断は間違い無いと思える。又、四人の返事は声色まで同じだったからだ。
「始めに言っておく。私は、誰の指揮でも構わない。これから言う事は命令ではないぞ。
食事や、飲み会をするような良い店は分からない。隣の男もなぁ。二人の女性に任せるぞ」
「良いわよ」
「あああ、忘れていた。飲み会は駄目だぞ」
「私達を馬鹿にしているの。そんな事は分かっているわよ」
「そうねえ。この騒ぎでも開いている店屋があれば、あっあの店屋なら開いているかな」
「それ程の騒ぎになっているのか?」
 年配者が、不審に思い問い掛けた。
「何も知らないの?」
 三人の男女が同時にうなずいた。
「まさか、反省室に、今まで居たの?」
「・・・・・・」
 三人の男女は口にするのも嫌だ。そう表情に表れていた。
「そうなの、食事をするよりも、家に帰りたいでしょう。この場は長老に謝って、素直に話を聞きましょうか?」
「そうなだ。私は、それで良いぞ」
 他の男女もうなずいた。まだ、長老の部屋の前で話しをしていた為に、即座に扉を叩いた。
「入れ」
 そう言われ、四人は部屋に入った。
「長老様。先ほどは失礼しました」
 最年長の男が声を上げると、三人は俯いて答えた。長老はその様子を見て笑みを浮かべているが、その笑みは可笑しいので無く、全てを任せられる。安堵の笑みに思えた。
「そうか分かった。それなら椅子に腰かけてくれないか、見上げると、わしの首が疲れる」
 四人は何やら言いたそうにしていたが、長老の真剣な顔を見て、口にするのを止めた。
「外界の事を知っている者もいると思うが異議を答えないで欲しい。まず、本名は忘れて欲しい。自分で好きな名前を考えてもらうのが良いと思うが、時間が惜しい。わしが決めるぞ。愛、蘭、甲、乙と決める」
 左から女性二人、男性二人に指を示した。 
 愛と名づけた者は、この中では一番の身長があり眼鏡をかけ、長い髪で色白で均整のとれた体をしていた。二人目の蘭は、襟首までの短い髪で、幼児体型だからだろう。幼く見えるが二十代前半で背が四人の中で一番低く少年のようだ。甲は一番の年長だが二十代後半で、愛とほぼ同じ身長で、そして、常に渋い顔を表していた。最後の乙は、蘭が背伸びをすれば届く位の身長で、常に何かに恐れているように落ち着きがない。そして、酒の匂いでも酔い。酔うと性格が変わる。
「何故、名前を変更するか分かるなぁ。だが、一応、簡単に伝えておく。外界で、同姓の種族が居た場合、仇と思われて命の危険があるからだ。それに、同属と思われて、一族を救うのも困る。歴史が変わるからなぁ。その行為で記録に残されて、英雄などになって外界の歴史に残されても困る。まあ、出来る限り騒ぎを大きくして欲しくない。
「それは、分かっています」
 代表のように甲が答えた。
「それで、外界で何をするか、ただ、獣に会って話しを聞き、その要求に応えるだけだ。もしも、四人が本能で獣が危険だと感じた時は、連れ帰ってきて欲しい」
「えっ、命の危険があるのですか?」
「特別兵務経験得点を付けるからなぁ」
 長老は突然に笑みを浮かべて、問いの答えになっていない事を呟き、後は笑みを浮かべて誤魔化しているように感じられた。
「あのう」
 四人は問いの答えに言葉を無くした。甲だけが年長だからだろう。長老に再度問い掛けようとした。
「ん、どうした。あっ言い忘れていた。甲が申請した特殊車だが、明日の朝に届くようにしたぞ。獣人探知機だけは確認してくれよ」
「なん、なな、何で、私の最高傑作車を使わないと行けないのですか。私の夢ですよ。あれを設計するのに車を何台潰したか」
 怒りで我を忘れ、長老に掴み掛かる行きよいだった。
「今回の車はお前の物ではない。試作品だ。今回の任務で不具合を確かめたら良いだろう。わしの気持ちが分からないのか」
 長老は話を誤魔化せた。そう思ったのだろう。煙草を吸う為に視線を逸らした時に、甲が、長老の首に掴み掛かった。長老は自分の力でも、三人に助けを求める時間も無い。そう感じたのだろう。死に物狂いで声を上げた。
「そう何ですか。有難う御座います」
 笑みを浮かべながら自分の世界に入り、任務の事も自分が何処に居るか、全てを忘れているように感じられた。
「げっほ、げっほ、ごっほ、ごほごほ」
 甲は無邪気な表情のまま。愛と乙は長老の言葉で顔を青ざめ何も言えないでいる。蘭は気性の為だろう。微かな気を振り立たせた。
「あのう、長老様。命の危険の事や助言などを詳しく聞きたいのです」
「ごほ、そうだろう。ごほ、ごほ」
「そうですよね。あれだけの話で任務に赴け。そう、言うはずが無いと思っていました」
「ごほ、ごほ、ああっ明日の朝までに調べておく。ごほ、心配しなくて良い。ごほ、出発までに間に合わせる。今日は、ごほ、心身ともに休みなさい。通常出勤時間には車が来ているはずだ。ごほ、点検していてくれ」
 長老は始の内は息をする事が苦しかったのだろうが、用件を言う頃には顔色も赤みを取り戻したのだが、考える仕草を誤魔化す為に咳きをしているようだ。そして、全てを言い終わると、又、わざとらしく咳きを吐いた。
「長老様、大丈夫ですか」
「ああ、大丈夫だ。ごっほ、今日は早く帰りなさい。ごほ、ごほ」
 咳きを理由に、四人を部屋から無理やり出したように感じられた。
 四人は、周りで騒ぐ人々に話を掛ける事も出来ず。長老の部屋に入る事も出来ないでいた。ここに居ても何もする事も、出来る事もない。そう思ったのだろう。それぞれが家に帰って行った。
 翌朝。甲以外は、出勤時間を言われなかった為だろう。皆が出勤する時間をずらして現れた。恐らく三人は、事件の担当に決められた事を、皆に知られていないと思うが、中には知る者がいて話を掛けられる。そう感じたからだろう。それなのに何故。
「がんばってくださいね」
「この騒ぎを早く終わらせて下さい。得点なら好きなだけ与えますからお願いします」
「ありがとう。頑張って下さい」
 三人の、家を出る時間が分かっていたのだろうか、それとも待っていたのだろうか、窓という窓から声を掛けられる。普段のこの時間なら人に会わないのだが、何故か人が可なりいるのだ。そして、声を掛けられる。握手を求める者もいる。何故か涙を流す者もいた。
(何故。皆は知っているの。誰にも会わなくて済むと思ってこの時間にしたのに、これで失敗したら命の心配は大げさかもしれないが、もう普通に暮らせない。と言うよりも、この都市には居られるはずがない)
 甲以外は、同じ考えなのだろう。青ざめて落ち込んでいるようだ。甲だけは笑みを浮かべながら車の点検に夢中だった。
「長老にお聞きします。何故、皆は任務の担当を知っているのですか?」
「それは当然分かると思うが、助言や忠告などを知りたいと言ったはずだ。それを調べれば都市に住む全ての人に聞かなければならないだろう。そう考えなったのか」
「そうですね。長老様、意味は分かったのですが、何故、手には花しか無いようですが、助言などの資料は無いのですか?」
「ない」
 長老は真剣な顔でハッキリと答えた。
「・・・・・・・・・」
 甲以外は言葉を無くし立ち尽くした。
「それでは任務を頼んだぞ」
 愛と乙に花束を渡し、甲と蘭に大人の菓子と言われている。度数の高い酒入りチョコレートを渡した。そして、二人に耳打ちした。
「乙が役に立たない時に一つ渡しなさい」
 長老が渡し終えると、人々の声援が響いた。「がんばってください。頑張って下さい」
 人々の雰囲気は四人が任務を断る事が出来ないようにする。そのような演出に感じた。
「あの、あのう」
「長老」
「長老」
「・・・・・・」
 甲もやっと、この任務が危険なのかも知れない。そう気が付いたようだ。だが、長老を
含めて、人々は固まったままの四人を動かす為に、そして、早く任務に赴いて欲しい為だろう。これでもか、これでもかと大声を上げる。そして、人々の押す力に負け、無理やりに車内に押し込められ、車は自動操作で走り出した。もう、後は、四人には何も出来ず、悲鳴だけが車内に響いた。
 そして、車が消えると、人々は自分の部署に帰りながら囁く。だが、大勢だからだろう。
「目標点に行動開始。と打ち込める」
 ハッキリと都市の中に響いた。
 四人が居た。幻のような都市とも船とも思える物は、周りを薄い膜で覆われ異空間を漂い浮いていた。まるでシャボン玉のような感じだ。だが、都市の人々は、都市が作られた理由も、機能の操作も何も分からなかった。それでも、その都市に住む人々は、都市の外を外界と呼び、外界に住む人々を擬人と獣人と呼んだ。その者達は、都市の住む人々の祖先が自分達の遺伝子と動物の遺伝子を使って人を造ったが、猿の遺伝子を持つ者は何一つ獣としての力が無かった。その為に擬人と呼び慈しんだ。その他の動物の遺伝子を持つ者は鼻が利く者や足が速い者がいた。そして、変身が出来た。だが、獣人は家族を守る時だけに力を使い。普段は力があるのは動物の血が濃いと自分を蔑み、力を隠し通し擬人として暮らしていた。そして、時が流れた。獣人は生まれた所を子供達に夢物語として伝えた。東洋系獣人は崑崙、西洋系獣人はエデンと言い。アトランティスと話す人々もいた。擬人は力などが無い為だろうか、全てを忘れていた。
「これから、どうすれば良いの」
 愛は車内の雰囲気や精神が我慢出来なくなるまで悩み続けたのだろう。悲鳴のような泣き声のような声を上げた。
 車内の四人以外、都市に住む者は何が起きようと機械の指示通りにするか、指示が変わるのを待ち続ければ良いのだろう。だが、四人は何をして良いか分からない。それどころか命の危険があるに違いない。そう思っているはずだ。
「自動的に目標の獣の十キロ範囲に出現する。その後は接触してから考えるしかない」
 甲は驚いたような声を上げた。
 それは皆が思っている事だろう。愛は着いてから、どうするの。と、聞いたはずなのに。
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今回最後の議題に入る」
 警報事件から二日経ち、都市の中が落ち着きを取り戻し始めた。その午後に人知れずに各部署の長が集まっていた。
「警報の件に付いてだ。現場の二人の告白書によると、女性は、貸し出し禁止の本を読む場合は、例の部屋の看視が義務とされていた。 そう、告白書には理由が書いてある。所長に確認して見ると、五百年以上も作動していない為に故障していると思われ、名目上だったらしい。それは、今回の件で不明の施設や故障と思われていた物が作動したから、女性の気持ちは分かるだろう。だが、我々は、この騒ぎで得た物は多いが、このような事が頻繁に起きては困る。それで、緊急非常警報を使用が出来ないようにするか、そのままにするかを決めて頂きたい」
 老年の男性は透明なガラスのような機器の前で、十八人の同じ年配の男女に問い掛けていた。部屋に居る男女は作戦会議室と思って使っているのだろう。確かに話の内容や雰囲気は近い。だが、元の用途は休憩室だと思えた。何故か、それは、一つだけ置かれている起動していない。その機器だ。それは、一般家庭に置かれている受信を受けて映る娯楽機器と思われるからだ。
 男性は話を終えたからだろう。一つ空いている椅子に向かう。自分には関係ない。後は勝手に決めてくれ、そう思える表情をしていた。その気持ちに気が付いたのか、椅子に座る前に、声を掛ける者がいた。
「貴方の部署は全て起動したから良いが、この都市の半分の機械は解らないままだぞ」
「その警報の事を、今話したはずだが、それとも、直ぐに決を採る事にするかね」
 椅子に腰掛けながら不機嫌そうに呟いた。
「そうね。早く決を採りましょう。あの騒ぎで忙しいのよ。皆さんも分かるでしょう」
 十八人は、誰の声なのかと顔を向けた。それもそうだろう。少女の声色とは大袈裟だろうが、少女が、大人をからかうような響く声だ。同年輩しか居無いはず。だから、驚くのも無理ない。その口調のまま、話を始めた。
「それでは、何かの処置をする。そう思う方は手を上げて欲しいわねえ」
 十八人は声色に聞き惚れているのか、それとも、本当に異議が無いのだろうか、誰も手を上げる者はいなかった。
「議題は全て終わりね。私は帰るわよ」
 老年の女性とは感じさせない声色の女性が席を立つと、他の女性も後に続いた。残りの男性は席を立つ事も無く、視線を送り続けた。やはり聞き惚れていたに違いない。
 全ての女性が部屋を出ると、部屋の男達も、一人、二人と出て行く。用事を思い出したと言うよりも、惚ける夢の度合いの深さのように感じられた。老年の男なら、幾人の美女を見ているだろう。それを夢心地にさせるのだから、あの年配の女性は余程、若い頃は美女だったのだろう。最後まで残る者は、今でも想いを抱いているに違いない。だが、最後まで残る者は、先ほど最後の議題を出した者だ。表情からは夢心地をしているとは思えない。もしかすると、部屋の鍵を閉める役目なのか、それとも、夢心地のまま、部屋に残り続ける者が居ると思っての事か分からないが、男は、一人になると笑みを浮かべた。夢心地になった男達を馬鹿にしたのか、その表情からは若い頃の夢を見ているように思えた。笑みが消えると、やっと腰を上げる。用事を思い出したのだろう。事件の起きた建物に向かった。隣のビルだった為に、疲れる事は無いだろうが、何故だろうか、顔色の表情には心底から疲れを表していた。そして、建物の中に一歩入ると、建物の中は悲鳴の声なのか、指示の声なのか分からない程の慌てようだ。水晶のような球が、点滅してから、全ての機器が動き続け、指示を要求していたからだ。その中を、先ほどの男性は他人事のように歩き続ける。自室に向かうのか、水晶の点滅を確認するのだろう。だが、向かわない。何を考えているのか地下に向かい出した。何か用があるのだろう。地下には倉庫、監禁室、配電室などがある。普段は入る者が居ない。まさか、警報を止める為、それとも、外界に居る獣に会いに行くのか、今は倉庫として使用しているが、当初は地、海、空の乗り物の駐車場だから、探せば乗れる物はあるだろう。
 それにしては倉庫の灯りを点けない。置かれている場所を知っているのか、壁沿いを歩けば、用途のしれない部屋でも灯りは点いている。だから歩ける。それとも、騒ぎを止める為に配電室に向かっているのか、警報機だけを壊す事は出来ないはずだ。
 さらに、地下に向かうと言う事は監禁室に向かうようだ。室に人が居るとすれば、酒色や口答では分からない者などを入れて反省させる場所だ。勿論、警察のような組織はあるが、建物や地域ごとが親族の集まりだから羽目を外す者がいる為に設けてあった。だが、本家や分家や家長などは無い。年配者を重んじる考えだけだ。この都市に生きる者は歳以上に、上を作らない考えで、大根一本と自動車一台も同じ価値だ。そして、得て、不得手に関係なく生涯の内に全ての職種を経験する決まりだ。全ての差別を無くし、心を丸く最高の人格者になる。そう決められていた。老年になると最後の学問で真実を知る事になる。月に人が住んでいた永い歴史の間に、差別を無くす為に様々な事を試されていたらしい。そして、財の差別は職種にある。と考えられ強制的に職種替えを考えた。だが、軍隊のような自我を無くす事ではない。評価を下げる事が目的だった。当時は、税率の上げ下げの目安とされ、一日の体験だけで行かない者がいたが、その者は、極端の税率上げや新しい職種で役職候補の者が、次の職種では格下げされる。地位も金もない者は、いずれ赴く職種を学ぶ事や助手を務めれば、福祉制度で最低限の生活が出来る。それが嫌な者は一度赴いた職種でも助手でなら仕事に就けた。
「コッ、コッ、コッツン」
 年配者の男性は階段を降り終えると、幾つかの部屋が並ぶと言うよりも、寝起きが出来る位の個室が廊下の両脇に並んでいた。
「おおおおい、誰かいるのだろう。ここから出してくれー。おおーい、出来ないのなら長老を呼んできてくれよー」
 成年に近い声色だが、泣き声に近いからだろう。子供がいても良い位の大人のはずだ。
 この者は、足音が聞こえ大声を上げたのだろう。だが、返事が無い為に扉を叩き始めた。
「まだ、丸一日過ぎてもいないぞ。普段のお前は、監禁室に入られたら評価が下がる。心底から恐れるのに、何を考えている。何の職種でも上位ランクなのに。何故、酒を飲むと職場まで持つ込み、飲み続けるのだ。二日酔いと分かる休み方や何を考えているのか突然休む者もいるが、それを、やれとは言わない。だが、休んで酒を飲まれた方がましだぞ」
 無視していたが、自分の事を呼ばれたからか、それとも、全く反省が感じられない声が聞こえて、無視できなくなったのだろう。
「普通の人の二日酔いの治し方は分かりませんが、私は二日酔いの時は酒を飲んで、飲んで飲み続け、そして吐き続けて、酒が見たくなくなるまで飲めば直るのです」
 声色から判断すると、この室から出たい為に、真面目に説得しようとしているようだ。
 長老と言われた者は歩きながら聞いていたが、立ち眩みを感じたようだ。一瞬足が縺れて振り向いたが、又、歩き始めた。
「長老聞いていますか。真剣に話をしているのに、何故、何も言ってくれ無いのです」
「お前は何度この部屋に入った。この部屋で酒を飲んだか、飲まずに直っただろうがー」
 信じられない話を聞いて怒鳴り声を上げた。
「・・・・・・・・」
 普段の長老は人の話を聞いているのか分からない表情だった為に、この男のように調子の良い者は言ってはならない事を言ってしまう。だが、この怒りようでは余程、男を期待していたのだろう。言った後は何事も無かったように右の通路を歩き始めた。そして、目的の場所に着いたのだろう。
「話がしたいのだが、良いかね」
 コン、コンと扉を叩きながら声を掛けた。
「気が向くまで、この場で待たしてもらうよ」
 普通の人は、このように落ち込むのだ。もう、何をやっても駄目。一生窓際族が決まった。そのように思い続けて開き直るか、好きな職種だけに赴くのが幸せと気が付く。
「誰だが分かりませんが、何の用ですか?」
「今直ぐに出してあげます。その前に話を聞いて欲しいのですが、良いかな」
「何の話です。私の人生は終わりました」
 死人のような声の為に、女性と分かるが年齢まで想像が出来なかった。
「その事で話に来たのだが、話を聞いてくれるかね。聞く気持ちがあるのなら扉の前に来てくれないか、歳だから聞き辛いのだ」
 少しの間だが待ってみると、何か引きずる音が聞こえ言葉を掛けた。
「来てくれたのだな」
 だが、声が返ってこない。一瞬大きな溜息を吐いて、扉に寄りかけながら話し始めた。
「貴女は何も責任を感じる事は無いのです。本を借りに来ただけだ。運悪く貸し出し禁止の本で偶然に事件が起きただけだ。
 この室に入れたのも。貴女の事を隠す為だ。この室に入ったのは誰も分かりません。ただ、貴女がこの建物に来たのは本を借りに来たのではなく。この建物の事件の使いに来ただけです。分かりましたか」
「それでは、私は始末書を書いた事も、そして、事件にも関係が無くなるのですね。分かりましたわ。それで、何時、この室から出してくれるのですか?」
 即座に、喜びに溢れた声が響いた。
「今直ぐに出して上げます。だが、今から話をする内容を、貴女の口で、長老に、全てを伝えて欲しいのです。出来ますか?」
「えっ」
(やはり無理か、仕方がない。この子と共に、私が直接行くしかないのか)
と、心で思い。又、話を掛けた。
「娘さん」
「そんな事で良いのですね。私の祖母ですから大丈夫ですよ」
 一瞬言葉を失くしたように見えたが、長老の言葉と同時に、又、良く響く声を上げた。そして、長老は、鍵を開けた。錯乱の恐れがないと感じたのだろう。
(ほー、あの人の若い頃に瓜二つだ)
 扉を開け、少女を見ると、言葉を無くした。
「如何したのですか、出ても良いのですよ」
「あの、眼鏡は返してくれ無いのですか?」
「私の手に掴まりなさい」
 声が上擦っているように感じられたが、そうだとしても、この女性に対してでは無い。老人が、若い頃の思い出の人と重なっての事だ。
「貴女が、あの方の孫なら何が起きたか分かっているだろう。ただ、一言、人手を借りたい。そう伝えてくれれば、それで良いのです」
 部屋と部屋の間の壁に、小さな引き出しが有り、娘を支えながら左手で開けて眼鏡を取り出した。
「眼鏡は、この建物を出てから掛けなさい」
 少し厳しい口調になったが、若い頃の思い出を隠そうとしたに違いない。
「でも、眼鏡を掛けないと見えません」
「私が手を引いていれば、誰もが客人と思ってくれるだろう。地下から出て来た。何て誰も思わないはずだ」
「そうですね。誤魔化せますわねえ」
 先ほどまでは事件や眼鏡の事もあって、顔を強張らせていたが、笑みを浮かべながら言葉を返した。一歩、歩くごとに怖いのだろう。左手で相手の右手を強く握り締めてくる。
「娘さん。私が左手を添えたら、階段などが有ると思ってください」
「はい、分かりましたわ」
 くすくす、笑いながら答えた。
 二人の様子は、深窓の令嬢と執事のように思えた。女性は、目が見えない為に真剣に歩いているだけなのだが、長老は、女性の為に足元を注意過ぎる程に見ている仕草は、心の底から傅くように感じられた。だが、この都市には主従の関係は無い。それでも、女性の気を惹こうとして良く遊びで見られる光景だった。その様子のまま、地下から1階、そして、正面玄関に出るまで続いた。
 後日だが、長老が流行に乗ると思えない人柄だからか、それとも、美しい女性だからだろう。今の二人の様子を、誰でもが知る話題になっていた。
「それでは、お嬢さん。先ほどの事をお願いしますね」
 正面玄関に出ると、長老は、言葉と同時に眼鏡を渡した。
 長老から、眼鏡を渡されると直ぐに自宅に向かった。そして、身だしなみを整え終わると、優雅に紅茶を飲もうとした時だ。何か思い浮かべて、突然に手を止めてしまった。
「女性ですから、身だしなみを整える時間は欲しいでしょう。整えしだい、なるだけ急いで、私の話を伝えて欲しい」
 その言葉が思い出された。
「さすがに、これは許されないわねえ。一口だけにしますわ。それ位は良いでしょう」
 誰も部屋には居ないが、聞いて欲しいのではなく。自分の心の言い訳だろう。
 そして、自宅の扉を閉める時に沈みがちの気持ちは、テーブルの上に置いたままの残りの紅茶の事。それとも、事件に係わりが無いのは本当の事だろうか、それが祖母の力だったら、何を言われるか分からない。そう思い悩んでいる表情をしていた。恐らく、紅茶を残した理由も、長老の言葉を思い出して残したはず。楽しみを残しておけば嫌な事が減ると思っての事だろう。おどおどしながら自分の職場であり。祖母の職場でも在る。建物に向かうが、途中で人と会えば視線を逸らす。人に会うのが怖いのだろう。突然に事件の犯人だ。そう言われる事が怖いのだろう。建物に入る時は、更に青ざめて、祖母がいる部屋に向かった。
「お婆様。御用があります。宜しいですか」
 扉を叩き、暫く言葉を待っていたが、返事が無い。仕方が無く又、大声を上げるが、声色には不安を感じて震えていた。
「入りなさい」
「はい」
 女性が扉を閉め終わると、同時に、温かみの無い声が耳に届いた。
「この部屋に来たと言う事は、手紙が来る前に家を出たのね。まだ、分別はあるみたいね」
「えっ」
 大きい溜息を吐き、胸を撫で下ろした。
「それで、何を言われてきたの?」
 祖母は、笑みを浮かべて声を掛けてくれるが、何かを隠している。そう思えた。
「お婆様に、私の口で直接に伝えて欲しい。人手を借りたい。その一言でした」
「それだけなの?」
「あっのう」
「貴女の事は、何も言わなかった」
 悩んでいると言うよりも、微かに怒りが感じられた。そして、直ぐに作り笑いを浮かべて、話しを掛けようとしたが遮られた。
「ああっあ、言われました。私は事件の現場には居なかった事にした。それから」
「全てを言わなくても分かっているわ。ただ、確かめる為に聞いただけよ」
「えっ、あっ」
 意味が分からず言葉を無くした。
 確かに、自分からは言いたくなかったのだろう。知っているのに何故聞くの。と、驚きの表情を表した。その表情を見て、孫を褒めるような笑みを一瞬だけ浮かべると、又、作り笑いと分かる笑みを浮かべ、問い掛けた。
「貴女は知らない振りをして、元の部署に戻るの。それとも、この事件を解決するの?」
「私の任期はまだ終わっていませんから、部署に戻りたいのですが、やはり格下げされて、別の部署に移るのですか?」
「何故、格下げと思うのです」
「誰もが思っている事です」
「任期間の途中の移動はよくあるのですよ」
「えっ、初めて聞きました」
「貴女は肉体労働の部署には、いつ赴くつもりだったのですか?」
「男性だけと聞きました」
 溜息を吐いた。歳だからか、それとも、呆れているのか、問いの答えを待っているのだろうか、言葉を待つよりも、話し始めるのだから、話し疲れたのだろう。
「それこそ噂です。全ての検査を年に二度するのは健康の検査と思っていたのですか。
 違いますよ。人生の内に全ての部署に就かなければならない事は分かっているわね。
検査の目的は、誰が、何キロ持てるかの基準の様な物。女性の場合は子を儲けた者は免除されますが、その代わりに、人事の緊急要請があった場合は必ず赴く事が決まっています。何故、このような話をしたか分かります。私の所では反省室と呼んでいる所に入れられたようですけど、貴女は、我を忘れて呟いた事を覚えていますか、これで自分の評価が下がった。人生が終わった。そう言ったそうだけど、貴女が居た部署は、逃げ組みと言われているのですよ。私は知っていて部署に入ったと思っていましたわ。評価で言えば下がる事は有っても、上がる事は無いわよ」
「私は、好きな部署から赴いて良いって、だから、そう言われたから」
 言われた事に驚いて、それ以上は言葉にする事が出来なかった。
「大抵の人は、若い時に肉体を使う部署に赴くわ。私が好きな部署からしなさい。そう言ったのは、貴女が糸の導きを信じる。そう言ったからです。神が導く道を歩く人だと思ったから、時の流れに任せるのだろう。だから、好きにしなさい。そう言いましたわ」
「私は、今の部署が終わりしだい。肉体を使う部署に赴きます」
「行きたいと言うなら止めませんが、そんなに評価を気にしているようだけど、何か考えがあるのですか?」
「えっ、考え。だって義務なのでしょう。私の歳では当然だって、だから、私は、私」
 今まで思っていた事が全て違う。そう言われたからだろう。顔を青ざめていたが、やっと気持ちを変えてやり直す決心を決めたのだろう。だが、再度の問い掛けを受けると、我を忘れて嗚咽を漏らして座り込んだ。
(何が行けないの。どうすれば良いの?)
 何度も心の中で考えるが答えが出ない。
「私が、貴女の歳の頃は、赤い糸を真剣に考えていたわ。だから、逃げ組みだったの。それで、手当たりしだいの学科や助手を受けて、出会った男の子に見えるか確かめたわ。あの時は、糸を腕輪型にすると出会う確立が高くなる。そう噂だった。男の子は皆同じ事を言うのよ。噂は男の子も知っていたのね」
 女長老は、我を忘れている女性を落ち着かせようと、思い出を話し始めた。それも、甘い楽しい思い出なのだろう。目が潤み、声色も優しく、少女のような声色とは大げさだが、耳に届いてくれれば、我を取り戻すはずだ。だが、我を取り戻さないからか、それとも、気分を害する事を思い出したのか、怒りを感じる声色に変わりだした。
「初めて違う事を言った人。貴女に言付けを頼んだ長老よ。何て言ったと思う。赤い糸は退化したが、元は身を守る武器と言ったわ。動物の爪や牙と同じと言ったのよ。うぁあああっあああ。今、思い出しても腹が立つ」
 女長老は元気付けようとしていたはず。だが、突然に怒りを表した。それは、花瓶を投げては喚き、近くの物や引き出しなどを撒き散らしていた。
「お婆様。落ち着いて下さい」
 女性は、我を忘れていたはずだ。長老の話も、この場の状況も目に入ってない。偶然と思うが花瓶が肩に当たった。痛みを感じたからか、体が痙攣を始めた。それから直ぐ、我を取り戻したが、痛みの為と言うよりも体の機能が危険を感じて、我を取り戻したように感じられた。
「あの野郎。会議の時も澄ましやがって、あの頃とまったく変わってない」
 女長老は、あの長老が余程嫌いなのだろう。一々憶えているのだから好きなのか、その事は別として、この都市の人々は赤い糸が見えない同士が半数位はいるのだ。何故か、老年の時に受ける。その最後の学問を取得した長老が説き伏せるからだ。
「あの、あの。お婆様。私の話を聞いてください」
 喉が潰れるほどの大声を上げた。
「ごめんなさいね。まさか物が当たったの。貴女の正気を戻そうとしただけなのよ」
 女性の声で直ぐに落ち着いたのだから話の通りなのか、だが、投げる物が無くなったから正気が戻ったとも思えた。
「何、話があるのでしょう」
 先ほどが鬼女なら、菩薩のような笑みを浮かべた。感情の切り替えが安易なのはこの人物が特別なのか、それとも、この老婆くらい歳を取ると当たり前の事なのだろう。
「長老様は、全ての職業の義務を終えたのですか、それとも、終えて無いのですか」
 親しい言葉で問い掛けようとしたが、先ほどの怒りが自分に向いたら命が無い。それで、言えなかった。震えた声が、そう感じられた。
「私は全て果たしたわ。あの男の話を聞いて疑問を感じてね。特に人生の大半は歴史を調べる事に費やしたわ。全ての職業は助手で済ましても、知りたい事はわからないまま、知らなくてもいい事ばかり分かったわ」
「全てを助手で終わらしたのですが、それでは評価は最低ですよね」
「そうよ。誰に何を聞いたかしらないけど、例えば、服や自動車が欲しい時は工場に申請して評価の点数で決められるでしょう。それは助手でも同じなのよ。ただ、時間が掛かるけどね。好きな分野というか、趣味で人生が生きられるわよ。そして、私は自分の趣味を職業として申請しているの。雑用役は派遣されて来るわ。勿論、私も雑用の派遣は赴かなければならないわ。私が言いたかったのは貴女が何をしたいのかよ。長老にも、全ての期間を最高の評価の人はいるわ。だけど、最終の職業というよりも学問でしょうねえ。それを受けて怒りを感じるのを通り越して、自分の人生は何だったのかと泣いていたわ」
「何故、泣いていたのです」
「最終の職業の事は言えない規則なのよ。
 だけど、最低肉体労度の経験は早く済ました方が良いわよ。そうしないと出来ない物や何かしたい時に申請が通らない事があるわ」
「分かりました。直ぐに赴きます」
 何もかもが、吹っ切れたような表情をして、部屋を出ようとした。
「そう、何所に赴くか知らないけど、今回の事件を担当してみない。それだと、肉体労働に、兵務の経験にもなるわよ。どう」
「兵務は経験したくないです」
 即座にでも部屋から逃げ出したい。そう思える表情を表した。
「運が良ければ外界に行けると思うわ」
「わぁー、それ本当ですか。私赴きます」
 女性は満悦の笑みを浮かべて即答した。
「それで、何所に赴けば良いのです」
「事件現場の建物よ。長老に会って聞きなさい。私が宜しく。と言っていたって伝えて」
「はい、伝えます」
 今直ぐに走り出すのでないか、そう思える様子で部屋を出て行った。
「ふっはー」
 一人になると深い溜息を吐いた。その後は独り言を呟いた。
「嘘は付いてないわ。でも、本当にあの子でないと、事件を解決出来ないのかしら、あの野郎の目の保養の為だったら許さないわよ」
 だんだんと不満を解消するような呟きに変わった。そして、自分の耳にも聞き取れない言葉になり、幼い頃を思い出しているような表情に思えた。
 女性は長老の部屋を出た後は、自宅の紅茶の事など忘れ、直ぐに事件が起きた建物に向かった。そして、建物の中の騒音の事など耳に入るはずもなく、嬉しそうに扉を叩いた。
「入りなさい」
 扉を叩く音と同時に声が聞こえた。
「失礼します」 
 嬉しいような恥ずかしいような複雑な表情をしながら礼を返した。恐らく、反省室での醜態を思い出したのか、それとも、外界に行ける喜びだろう。そう思えた。
「真面目な人だ。直ぐでなくても、何日か考えてからでも良かったのですよ」
「あのう」
(外界に本当に行けるのですか?)
 そう問い掛けようとしたのだろうが、遊び半分でするのか、そう、言われる気がして声を掛けられなかった。
「引き受けてくれて有難う。詳しくは明日、昼食を食べながら話そう」
「はい」
 即答で答えたが、部屋をでようか、問い掛けようか、迷っていた。
「貴女が思っている通り外界に行けます」
「えっ、本当に行けるのですね」
「驚いているようですが、貴女の考えが分かった訳ではないのです。外界に行くと言えば、皆は極端な反応を示します。貴女は承知してくれたのですから外界は好きなはずですね」
「はい、好きです。有難う御座います。私頑張ります。それでは失礼します」
「娘さん。明日の昼は、この部屋に来なさい」
「あっ、はい。済みません。済みません」
 場所も聞かずに部屋を出ようとして引き止められ、顔を真っ赤にしながら何度も何度も頭を下げながら部屋を出て行った。そして、念願の外界に行ける喜びだろう。興奮を表したまま、寄り道などせずに、自室に向かった。恐らく、外界の写真や資料を見て想像したいのだろう。だが、何故か、女性は自室に戻ると、湯を沸かす容器を見つめ続けている。年頃の女性特有の湯が沸く音でも楽しいのだろうか、それとも、先ほどの失態の事を思い出しているのだろうか、そして湯が沸くとさらに、嬉しそうな笑みを浮かべながら容器に紅茶の葉を入れて、湯を注ぎ入れる。目線はテーブルの上の本に向けて歩き出した。腰掛けて美味しそうに一口紅茶を飲んだ。その後は本を開くが、溜息を吐いて何度も本を閉じてしまう。何かを思い出しているのか分からないが、自分の耳にも届かない声で呟いた。
「早く、外界に行きたいなぁ」
 女性は外界を楽園と思っているのか、それとも、深い思い出が外界にあるのだろうか、それにしても、それほど好きな本が読めないとは、悪魔か、それとも、神に導かれている。そう思えるような陶酔しているような顔色をしていた。
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第二章
 微風が木々の葉を揺すり、女性に向かって囁いているように聞こえる。
「外は気持ちが良いわよ。ふふ、本を読むにしても外の方が明るいわ。出てきたら良いのに、外にも椅子もテーブルもあるわよ。肩が凝るような窮屈な所が好きなの。うっふふ」
 女性が窓を開けていれば、いや、窓を開けていなくても、木々の葉の揺れを見れば心に感じて気持ちが変わるはずだろう。だが、女性は本に夢中だ。そして時々、目の前にある二つの水晶球に似た物に視線を向ける。恐らく、四ページ位読むと必ず視線を向いているはずだ。何をしているのか、それは、女性の仕草や部屋の中を見れば解るだろう。
 部屋の中央に有る水晶球に似た物は恐らく警報機だ。その前にメモを書ける位の小さいスペースに無理やり本を広げながら看視しているはずだ。右の隅に大きい水晶球がある。その中には地球の映像が浮かんでいた。左の物は硝子の板のような物だが起動していない。恐らく、細かい地域を映す物だろう。
 本のページも後半になると、目線は活字を読む時間が長くなってきた。看視の事など頭の片隅に残っているか分からない程に、本に夢中になっている時だ。突然に水晶球に似た物が光り出し、光が目に飛び込んだ。
「えっ、まさか。えっ、えっ」
 何が起きたのか分からないのだろう。赤い点滅を見つづけ、何を思ったのか。意味の分からない事を呟きながら部屋を飛び出した。
「あれが、あれが、あれが」
 喚きながら走り、知らせに向かった。
「何があった?」
 扉を叩く事もしないで、女性は喚きながら部屋に入ってきた。
「あれ、あれ、あれが、ぴかぴか」
「あれが点滅したのか、何色だ」
「分からないわ。驚いて、知らせに来たから色までは覚えていないの。今から見てきます」
 自分の喚き声で言いたい事が伝わり、落ち着きを取り戻した。
「行かなくて良いぞ。一緒に行こう」
「はい」
「私が幼い頃に点いて以来だ。驚くのは無理ないが、あれは異常な驚きだ。人でも殺したのかと思ったぞ」
 立ち尽くしている女性の肩を叩き、二人で水晶に似た物を確かめに向かった。
「青ではないぞ。赤は獣人だ。俺でも対処の方法は知らんぞ」
「私は何をすれば良いのですか?」
 男は、光を見るまでは落ち着いていた。完全に対処方法が頭の中にあったからだろう。
 だが、光を見ると驚きの余りに気を失いかけたが、連れの何事も無かったような普段の声色で問い掛けられて、怒りを感じ、辛うじて意識を取り戻せた。如何する事も出来ない事に変わらないが、自分に言って欲しい言葉を、心の叫び声が、口から出ていた。
「あっ義務を果たした。帰って良いぞ」
「はい、分かりました」
 女性は、上司に報告したから全てが終わった。そう思っているのだろう。本を手に持ち、部屋を出ようとした。
「警報を鳴らせ」
 男は無表情で口にしたが、自分でも何を言っているのか分かっていないはずだ。
「えっ、警報は付いていますが?」
 女性は意味が分からず問い掛けた。
「緊急非常警報を鳴らせと言ったのだ」
 表情も声色も落ち着いているように見えたが、この言葉を吐くのだから完全に正常の判断が出来ない状態だ。
「あれは所長しか押せないはずです」
 驚きのあまり大声を上げた。
「私は所長代理だ。私が良いと言っているのだ。押して来い」
「分かりました。押せば良いのですね」
 女性が部屋から出て数分後に、都市中に警報が響いた。
 人々は何が起きたのか、不安を抱いて端末機に情報を得ようとした。だが、娯楽を流す映像機などは、普段は手動でなければ動かないはず、それなのに、物が勝手に動き出した。
「A地区の方はA地下避難所に至急お集まり下さい。身分照合を確認後に、全ての情報を得る事が出来ます」
 室内にある電灯は明暗で、映像を映す物は映像で、全ての機械が機能を使い室内にいる人に同じ情報を知らせた。非難に向かう人や恐れを感じて外に出た人々は、失神するほどの驚きを感じた。それは、普段は動く訳が無い石畳が動いているからだ。近くで見る勇気がある者は、無数の砂が動いているのに気が付くはずだ。無理をして走れば逆の方向に行けるが、無限に走れるはずが無い。いずれ疲れ果て、人や砂の上の全てを指定の場所に連れて行く。驚きは、それだけでは無かった。外に置かれた拡声器や照明からも、室内以上に同じ言葉を騒ぎ伝える。全ての機器は緊急避難警報が作動すると動き出す仕組みか、それとも、普通の警報でも作動する物が錆付いていた為に、偶然に緊急非常警報が作動したのだろうか、何故、警報で、これ程の騒ぎになるか疑問に思うだろう。それは、
「原子爆弾が飛んできますよ」
 それを、知らせる警報だと思ってくれれば分かるはずだ。そして、都市中は想像絶する騒ぎになっている。そう思うはずだ。だが、機械が騒ぐだけで情報を与えない為に、人々は非難場所に向かうしかない。その場所でなければ何一つ、情報が得られないからだ。
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物語を書いて五年になりましたが、私は「左手の赤い感覚器官(赤い糸)と「蜉蝣(カゲロウ)の羽(背中にある(羽衣)の 夢の物語が完成するまで書き続ける気持ちです。
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