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第十一章
 信と涙花が楽しそうに話していた。その同時刻
「甲、どうなっているの。歩きで半日だったのでしょう。少し遠回りしたのは分かるけどいい加減に着いても良い時間よ」
 愛が愚痴を零した。昼間だと回りの景色は枯れ草や砂の地平線だけで興味を惹く物がなく、余計に疲れを感じるのだろう。
「仕方がないだろう。目標は生き物だから動いてしまったのだよ。私が悪いのではないぞ。こんな事は一生の間に一度あるか無いかの経験だぞ。頼むから楽しんでくれよ」
「それで、甲、何時に着くの?」
「明日の朝には着けるはずだ」
 蘭の問いに、甲は答えた。
「愛、良い事教えてあげる。今頃の時間だと、蜃気楼が見えると思うわ」
「うっそ、本当なのね。本当ね」
「本当よ。信じていれば見られるわ。そうよね。甲、私は嘘を付いてないわよね」
 蘭は話し終えると、甲に片目を瞑った。
「そうだな。蘭の言う通りだぞ」
 大きな溜息を吐き、胸を撫で下ろした。
「甲、何か食べ物を作ってあげるね。その間に計画を練って下さいね」
「蘭ありがとう。そうするよ」
 愛は、蘭達の作戦にのり、目をキョロキョロして辺りを見回し、乙は、二日酔いなのだろう。寝台からピクリとも動かないでいる。蘭と甲は馬車に二人しかいないような態度だ。
その為だろうか、馬車の後を一人の男が付いて来ているのを、誰も気が付かないでいた。
 その頃の飛河連合西国の都市の中心の建物では、一人の老人が顔を青ざめながら猪の紋様が描かれた扉を叩こうとしていた。
 最下の十二章をクリックしてください。


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第十章
「これ以上調べる必要はない。あの笑いながら泣いて人を殺す涙姫(本当は、信と楽しく話をしている時に、傘を振り回して偶然に密偵に当たっただけだ。だが、年一度の女性だけの武道大会では常に上位の成績だ)と、信だ。指揮を任せたら十二種族一の上手さ。千人の部下がいれば五万の敵と対等に戦えると噂だ。(だが、王の就任儀礼で昨年の王は少数の者に負けなければならなかった。それが、誤って伝わっていた。毎年やっているのに気が付かない密偵の報告の間違いだろう。それでも、駒の戦争遊びなら常に一位を取っていた。それを見て感じたのなら無能の密偵で無い)
 その二人が、擬人と街中での密談しているのだ。必ず仕掛けてくるぞ。このままでは挟み撃ちに合う。私が一人で残り作戦の邪魔をする。そう伝えてくれ頼んだぞ」
「ん、やはり二人は他部族の長老の家に向かうか?」
 一人残った密偵は三人の後を追う。
「涙花、一人だが、私達の後を付ける者がいるぞ。どうするか決めてくれないか」
 まだ、女性と話すのが慣れないのだろうか、遺言男は恥ずかしそうに問うた。
「もうー信様。目線を外したらやー」
「遺言男と言うのだったな、ありがとう。理由は分かっている。我ら六種族が弔問に来るか探っているのだ。今回は戴冠式もあるから心配なのだろう。これから全ての長老の元に向かう。全て長老の家に向かえば安心して報告に帰るだろう」
 時の流れが悪い方に向かって行く。虹家の党首であり、飛河連合西国の王の危篤の知らせを受けて種族でない者。涙花が赴いたからか、遺言男がこの地に来たからか、愛、蘭、甲、乙が外界に来たからだろうか、それとも、時の流れを操る本当の運命の神は、擬人だけを愛しているとしか思えない。それでは悲しすぎる。
「ここで分かれよう。虹家の党首を看取った者が、我ら六種族に直接会うのは不味い。何の為に種族に関係のない者を使わしたか分からなくなる。涙花は羊家に向かい、父に報告してくれ頼んだぞ」
「ああっんもぉー、離れたくないのを知っているくせにー、ほんとうにっもぉーいやあー」
 信の話が伝わってないのだろうか、涙花はまとわり付いて離れないでいた。
「この門を、御二人で入られるのですか?」
 大きな門の扉に竜の絵柄が書かれ、それを隠さないように二人の警護人が立っていた。
「いや、私だけだ」
「それではお入り下さい」
 扉が開かれると、廊下が広がっていた。廊下の両脇には簡易椅子が並べられ、その奥に
は又扉があった。その手前には一つの机と椅子が置かれ、一人の警護人が机に膝を付けながら座っていた。何故か、その者は、私に鋭い視線を向け続けていた。
 その頃、扉の外にいる涙花は、信が視線から消えたからだろう。我を取り戻した。
「報告しなければならない。付き合え」
 突然に、男言葉で声を上げ歩き出した。一瞬だが、扉に視線を向けた。信の事が心配なのだろう。その頃の信は、
「お願いがあります。私は、第八王家、羊長信です。御取り付けを願います」
「少々お待ち下さい」
 老人は深々とお辞儀をすると扉の中に消えた。信は机の元により、机の上に視線を落とした。記帳が置かれていたが、信は名前を書かずに書かれていた物を読んでいるようだ。
「お入り下さい」
 信は記帳に書かれていた人物名を十人位だろうか、目を通した頃に扉が開かれた。
「ありがとう御座います」
 一礼すると、中に入った。
「やはり」
 老人と言えば言い過ぎだろうが、黒髪よりも白髪の方が多い人が椅子に腰掛けていた。
「はい、お亡くなりになりました」
 扉を開けると、即座に声を掛けられた。そして暫く言葉を待った。だが、話は始まらず、仕方が無く自分から言葉を掛けた。
「我々は、戴冠式だけは出なければならないと思うのです。それで、一番重要な竜家の確認を取りに来ました。他の五種族が出席しても竜家がいなければ意味がありません」
 老人は話題を口にしたくなかった。だが、他人に言われると、よけいに怒りを感じるのだろう。それは声色で感じられた。
「確かに竜家は、代々虹家の就任の儀式をしてきた。だが、今の虹家は勝手に五種族を率いて王制を興した。それでも、竜家が儀式をする理由があると思うか?」
「羊家で代わりが務まるなら、ですが」
「言いたい事は分かる。我らの始祖が神から仰せつかった役目だ。竜家は、虹家に王冠を渡す。他家が代わりを務まる訳が無い」
「それでは、出席するのですね」
「だが、その為に負けるのは口惜しい」
「六種族が欠席しても、試合に勝っても戦が始まります。それは避けたいのです。竜家が出席してくれれば、他家も出席します」
「分かった出席する。儀式もするのだろう」
「少数で行きますから多分ないでしょう。もし、あったとしても剣の試合でしょう」
「虹家は少数で来いと言ってきたのか」
「いいえ。涙花から聞いたのです。先の王が、いや、虹家の先代が言い残したそうです」
「何と言っていたのだ」
 幼い頃は遊び友達だった。その頃なら何を考えていたか分かったのだが、今では何を考え残したか分からなかった。その事が本当に悲しくて声色に表れていた。
「息子とは知らない仲では無いのだから頼むと、人が居る前で言われ、そして、言付けがあるからと涙花一人残し、竜家の党首に、最後の就任の儀式で良いからお願いします。そう言われたそうです」
「そうか、就任の儀式と言ったのか」
 ますます、昔を思い出して涙を流した。
「党首殿」
 信は言葉を掛けなければ、この場から消えてしまう。そう思い声を掛けた。
「私が率先して、皆に頼みに行こう」
「いや、私もお供します」
「そうか」
 何度も同じ言葉を吐いて頷いた。
 信は後で思った事だ。自分一人で手紙だけを持ち他家を回っていれば、二日も掛かれずに、その日に終わったと感じていた。
「しんっさまぁ。二日もー何をしていたのですのぉー、さびしーくって、さびしーくって」
「済まない時間がないのだ。父には言っといてくれたな。涙花、直ぐに出掛けるぞ」
 二人の会話は勝手に話して納得する。全く噛み合った会話がないのは何時もの事だ。だが、涙花の表情には嬉しさよりも不安が表れていた。それが本当に起きてしまう予兆のようなものとは、本人も気が付かないでいた。
「大門の前で待っているぞ。簡単に用意をすまして来てくれよ。ん、どうした?」
 信は話を終えて門に向かうつもりが、裾を捉まれ立ち止まった。
「私には大切な物は無いのよ。この旅装服があれば良いの。後は何を要らないの」
「そうか、女性なのだから気配れよ。それよりも、どうした。急に真面目になって」
「いいえ、何でも無いわ」
「そうか、何か気持ちが悪いぞ。普段のようにしてくれ。恥ずかしくて話し難い」
「はい、私も楽しまなくてはねえ」
 そう呟き終わると、二人は大門に向かった。
 大門の前、それは、以前は河だった跡には五種族の長老が出発を待っていた。
「信、軽装だな、本当に良いのか、我らに気を使ったのではないのか?」
 竜家の長老が話を掛けてきた。
「いえ、違いますよ。私と涙花は旅が好きなだけです。輿に乗るよりも、歩く方が気持ち良いですから気にしないで下さい」
「それで、羊家党首は来ないのか、まさか、まだ敵国にいると思っているのか?」
「いいえ、思っていませんよ。就任儀式もしてますでしょう。それに、党首の責任も果たしていますのはご存知ですよね」
「そうだった、そうだったな。済まない」
 竜家の長老が盛大に笑い声を上げた。
「私と旅には行きたくないと言われました。私が旅に出ると何かが起きるそうです。余程、私が始めての旅に出た時の時を気にしているようです。そうですよね。その翌日に反乱ですから、旅と聞くだけで苦い顔を浮かべます。口では言いませんが、十二種族での就任儀式を楽しみにしていたのですね。結局、見る事も指揮をする事も出来なかったのですから、深酒をする度に言われますよ。お前と叔父は厄病神だと言います」
「それはある意味安心だな。都の留守を任せられるのだからな」
「そう言ってくれれば父も喜びます」
「それでは行くとしよう」
 竜家の長老が声を上げた。皆は、その言葉を待っていたかのように動き出した。
「そうですね」
 信と涙花は問い掛けた。籠よりも歩きの方が早いのだろう。信と涙花を先頭で、まるで新婚旅行でも行くような感じだ。
 最下部の十一章をクリックしてください。

第九章
 都の中心地にある。象徴と思える建物は一晩中灯りが付いたままだった。その、ある室内の人物は何かを待っているようだ。表情から判断しようと思うが、怒り顔、悔しい顔など、全ての表情を表す為に判断が出来ない。
「コン、コン」
 この人物を待っていたようだ。やっと安心したのだろう。一つの表情に落ち着いた。
「入れ」
「遅くなりまして済みませんでした。ある者の報告はあったのですが、確認の為に時間が掛かりました」
「簡潔にしてくれ」
「はい。あの者達は、自国、擬人の地へは向かいませんでした。やはり、この地を探りに来たと考えられます。それだと、早く決断した方が良いと考えます」
「うーむ」
「族長会議を開きますか?」
「よい。まだ、新都は建設途中のはずだ。全ての作業員、警備人を、我の種族に替えろ。新都を頂き、一種族だけの絶対王政を敷く」
「畏まりました。急ぎ」
「まて」
 ニヤリと笑い言葉を遮った。
「即位式と同時に開始する。それまでに、間に合わせば良い。悟られたら困るからな」
「主様。王位に就かれるのですね」
「え、何を言っている。私は王にならんぞ」
 家臣が感涙の叫びを上げようとしたが、問い掛けの言葉を聞き、言葉を無くした。
「父にも何度も言っていたな。だが、父も笑っていただろう。私も興味がないのだ」
「何故でしょうか、先代様は六種族を率いて王国を興しましたが、あの時は力の関係と、分裂を起こすからだろう。そう思っていましたが、今の主様なら何の問題もないと思います。何か問題があるのでしたら、私が」
 主が、又、話しを遮った。
「父に聞いた事はないが、私の気持ちと同じと思う。六種族の頂点に就くと恐怖の顔色しか見られないと思うぞ。今のように最低の地位なら他の五人の悔しい顔色を見られる。そう思わないか、私以外は計画と命令は出来るが行動を起こす力が無い。自分で先頭に立てば出来るだろうが、そこまでやる気も無いのだからな。五人の中で、私の考えに近い者の命令書を使えば良い。そして、喜ぶ顔と悔しがる顔が見られる。それより楽しいのは、喜ぶ顔から怒りに変わるのも楽しいぞ。自分が思っていた事になる。そう思っていたのが、私の考えなの。だからなぁ。わっははは。私は楽しいぞ」
「私は、先代が出来なかった王位を、主様になって欲しくて、なって欲しくて」
 想像もしない事を言われて嗚咽を漏らした。
「私の事は良い。自分の人生を楽しめ」
「私の人生ですか」
 我を忘れても、主の言葉を聞くと、我を取り戻すのだから使用人の鑑だ。
「飛河王国東国のような人々になるな。自分の事よりも、種族の為、国の為に生きる。人生を最高の人格者になる為だけに生きる。確かに簡単な事ではないが、残るのは名声だけだ。私には出来ないが、悪くない生き方だろう。だが、今の指導者達なら間違いは起きないだろうが、怖くないか、指導者の思想、いや、教育を間違えれば恐ろしい事になる。国が、種族の王が死ねば生きる意味が無い。父の時は集団自殺の恐れがあったのだぞ。この国を見て分からないか、悲鳴が聞こえても灯り一つ灯す者がいないだろう。何時寝ようが起きようが個人の自由だからなぁ。無理をして寝なくて良い。これが一番獣人らしい生き方と思うぞ」
「主様は、獣人統一はなさらないのですか?」
「干渉しないと確約したのだ。それをやぶったのだ。勝てば全てを貰うぞ」
「はっ、指示通り行動します」
 顔を青ざめて声まで震えていた。親が死んだと聞いても、ここまで狼狽しないだろう。
まるで、心の中に二心があるようだ。
「なんだか、眠くなったな、寝るか」
 部屋の主は、先ほどの年配者が、室の外で指示を上げる声が子守唄と感じたのだろうか、一つの大きな欠伸をすると寝室に向かった。よほど眠いのだろう。そのまま寝具に倒れ込み寝息を立てた。
 年配の部下は、軽く扉を叩くと返事も聞かずに室内に入った。永い間同じ事をしていたのだろう。迷わずに寝室に向かい、主が寝ている寝具を整え終わると囁いた。
「主様、心の底から信じています」
 その表情には不信を表したが、それは主の事だろうか、それとも、使わした部下の現場が見えるのだろう。その部下は心臓が止まるような事が起きていた。
「何だ。どうしたのだ。止まったまま動かないぞ。気付かれたか?」
 飛河連合西国からの密偵は不審を感じた。
それも、そうだろう。国境越えた時点で東国の密偵だと伝えたのだ。今さら違うと言えない。もし間違っていたら、西か東のどちらかの国が消えるのだ。そう思う気持ちで、確実な確認を取る為に近づき。そして、過ぎたか、と感じた。
「ブォーツ、ブォーツ、ブォーブォー」
 馬車からほら貝のような音が響いた。
「ふー。合流するのか」
 密偵は、馬車を見つめ続けた。だが、耳が慣れるほど鳴り続ける。
「はっふー。外界って綺麗で広いわねえ」
 愛は、御者席から無邪気に空を見上げていたが、その後ろで呻き声を上げる者がいる事に全く気が付かないでいた。
「うっう。予定地点に到着したのか。えっ」
 甲は、愛が首を傾げ、大きく口を上げながら上を見ている姿に驚いた。
「愛、大丈夫か、おい愛、愛」
 顔の半分しか見えないが、目は虚ろで死んでいるのかと感じた。
「この世界に居たい。帰りたくないなあ」
 惚けたまま呟く。
「はっあー。良かった」
 甲は安心した。
「えっ」
 甲に肩を叩かれ声を上げた。
「うわぁー何なのよ。この音を止めて」
(今気が付いたのか、何を考えているのか分からない。この女が一番怖いぞ。係わらないで済むなら係わらない方が良いだろう。何を聞いても、何を言っても無駄だしなぁ)
と、思い。笑みを浮かべて誤魔化した。
「はい、はい」
「わぁーうるさい、うるさい、何とかして」
「蘭も起きたか、済まない。ここで馬車を置いて、馬を返しに行くぞ」
「分かったから止めて」
 甲は話を終えると、操作して音を止めた。
「蘭、私は鍵などを確かめるから馬を外してくれないか、疲れていると思うが頼む」
「大丈夫、良いわよ」
 蘭は満面の笑みを浮かべ答えた。あれほど馬が怖かったが、蜘蛛の駆除をしたからだろう、もう何でも無くなっていた。
「ありがとう。終わりしだい出かけよう」
 甲は話し終えると、少し慌てながら車内に入る。蘭の笑みを見て恥ずかしいのだろう。「甲終わったのね。これ」
「蘭、あっありがとう、行こうかぁ」
 蘭から手綱を手渡された。
(どうしたのだ。急に可愛くなって)
 三人は、乙の所に向かう。馬を引きながら、少し早歩きで甲だけが先に歩き出した。完全に車から見えない位置に行くと、即座に西国の密偵が現れた。
「近くで確かめて見ると、鉄では無いな。まさか神から譲り受けたとされる武器か、禁忌とされているはずだ。まずい。壱号よ。我が種族も禁を破るべきだと、そう報告だ。六種族全てなのか、それは確認しだい知らせる。となあ」
「はっ」
 聞き終わると、即座に、この場から消えた。残りの者は、再度、また馬車を検める者と三人を追う者に別れた。密偵は三人を見付けると砂丘の中に潜り様子を窺った。
「なんなのよ。一人で酔っ払って、もー頭にくるわ。私達がどれほど大変だったか分かってないわ。甲、何とか言ってよ」
「あばばばば、うっうう、あばばば」
 乙は、酔いの為に呂律が回らず。必死に遊んでいた訳ではない事を伝えようとした。
「そう悪く言うものではないぞ。今はこのような有様になったが、先ほどまで仕事をしていたぞ。その証拠に足元は確りしている。口を開かなければ分からない事だぞ。恐らく仲間が来て安心したのだろう」
 国境警備人の髭面の家人が、乙の弁護をした。恐らく、乙を家畜のように使ったが、仲間からも冷たくされて、可愛そうに思ったのだろう。家人が話をしていると、家人の部屋を借りている二人の客人が現れて弁護を始めた。
「貴女に何が分かるのよ。今知り合っただけで判断して、ほんとうにっもぉー。私達がどれだけ酷い事があったか分かるっていうの」
「だがな。この男は凄い働きをしたのだぞ。そうだろう。遺言男」
(私の様子を見に来たのでないのね。薄情な妹ね。数年会わないだけで忘れるかしらね)「確かに嘘は付いていません。この方はご主人の冗談と思います事を、全てやり遂げました。一つ終わる度に大笑いを上げながら菓子を与えていましたから冗談と感じました。この方は真面目な方です。家の掃除や洗濯から始まり、家の修理、そして水路まで作りました。それでも連れが来ませんので、その間に土の家を作っていろ。そう言われて、幾つ作ったか、お解かりでしょう。勿論、その間は休みもせず。菓子だけしか食べていません」
「蘭、そんなに怒らないでくれ、嫌な事もあったが、私達は三人で事に当たったが、乙は一人だったのだぞ」
「そうね」
 頬を膨らませて嫌々返事を返した。
「私達の事で嫌な思いをしたと思います。お二人は歩きのようですね。もし、東の方に向かうならご一緒に行きませんか、お詫びとして馬車で送りしますよ。どうでしょう」
「有り難い。お返しに都を案内しますよ」
「私は直ぐに出掛けたいのですが、貴女方は出られない用事がありますか?」
「いいえ、ありません。遺言男、出掛けるぞ」
「近くに馬車がありますので、その場所まで付いて来て下さい」
 甲と涙花の話が終わると、男女六人は馬車のある所まで五分位無言で歩くが、涙花と名乗った女性は、蘭に何度も視線を向けて、話し掛けられないでいた。
「ほう、変わった馬車だな。戦馬車に似ているぞ。まさか邪な事でも考えている訳ではないだろうなぁ。ああ、済まない。お前らでは考えても無理だな。それにしても、何の金属で覆っているのだ。全て鉄なら二頭では動けんぞ。何か仕掛けがあるのか?」
 涙花は問い掛けた。全ての理由を知っているはずなのに、困る様子が見たいのだろう。
「あっえっえぇああのう、時計の仕組みと同じ仕組みなのですよ。ふっー」
「おおそうか、凄いなあ」
(馬鹿だな、時計もまだ作られてないぞ。それよりも、このような物騒な乗り物を持ち出して、何を考えて、この地に来たのだろう?)
と、納得したような顔色を作ったが、心の中では不安を感じていた。
「どうしたのです。さあ乗って下さい」
 涙花が馬車を見つめていた。甲は、又何か言われては困る。そう思い、乗るのを勧めた。
「都に行く道を教えて下さい」
「道では無いが、河跡を進んでくれ、それが一番近くて分かり安い」
 馬車に六人が乗り込み終わると、甲は、涙花から問い掛けられる。そう感じて飲み物や食べ物で気持ちを変えようとした。だが、余計に気持ちが緩んだのだろうか、それとも久しぶりに妹に会えた喜びだろう。
「貴女は、蘭と言うのよね」
と、喜びを感じる声色で問い掛けた。
「そうよ」
「それは本名なの?」
「なによ。本名だと行けないの。突然に女言葉を使って、私の名前より合わないわよ」
 姉だとは知らずに、満面に怒りを表して声を上げた。
「いいえ。何でもないわ」
 その言葉を最後に女性達は無言になり。男性は、甲と乙は空腹の為に食べ続け、遺言男は何も手を付けずに、馬の手綱を持ちながら気配を配っていた。馬車が動きだして一時間位経った頃に、遺言男が声を上げた。
「涙花。あの人工物がそうか?」
 少し恥らうように名前を呼び上げた。
「見えたのか、そのまま河跡を回れば、入り口が見えてくる、それを入ってくれ」
「分かった」
 遺言男は簡潔に答えた。
「あっ、さあ、皆さん着きましたよ。都の全てを案内しますね。もし、困った事や購入する物があれば言って下さい。私は、皆さんを家族と思っています。気を使わないで下さい」
 涙花の心の中では、自分の幸せを妹に見せたい余りに、妹の名前が出掛かった。
「似合わない女言葉を使って、誰を誘惑しているかしらねえ。そう思わない。愛」
「うわぁー何で同じ服を着ている人が多いの?」
「また、何か夢中になる物を見つけたのね」
 蘭は頭を抱えた。
「やはり言われたか、私が始めてこの地に来た時も感じだったからな。種族事に色が決められているのだよ。愛さん」
「えっ、それではお洒落が出来ないのね。何か、女性には悲しい事ですわね。それで、涙花さんは、男見たいな言葉とか雰囲気なのね」
「私用の時はお洒落できるぞ。何を着ても良いし色も自由なのだ。だが、仕事に赴く時は色が決まっているのだよ。例えば、今来る一団は軍人で軍服が六種類あるし、そこの菓子屋二件見えるか、六種類の制服が見えるだろう。あれは三種族で一軒の店を経営しているからだ。それで、一年毎に経営も代わり品物も変わるのだぞ。この国事態がそうなのだ。
王政だが、王も将軍も、計画された祭事も動かす人も、商人、農家も全てだ。長と名が就く者から末端まで全て一年毎に変わる」
「ほう、それでは国の機能に問題が起きるのではないでしょうか。まず、一年では計画の実行は無理でしょう」
 涙花は疑問に答えていたが、愛本人は途中で興味が薄れ、楽しそうに町の景観や人々を見ていた。話の途中で興味を感じたのだろう。甲が、涙花に問い掛けた。
「そう思うだろう。だが、六年に一度だぞ」
「あああっそれで、念入りに計画を考えるのか、そして、王が変わると同時に末端まで変わり実行するのか、それなら出来る」
「勿論、他族の計画の邪魔はしないぞ。そして、末端の者が突然に長に就くのではない。
年毎に地位が上がり、長に成ったら又、最低に戻る。それの繰り返しだ。色分けしているから不正も出来ない。そう思うだろう」
「そうだな。だが何故、このような仕組みを考え、実行出来たのです」
「我が民族の始祖が神に作られたのが始まりらしい。そして、神と同じ規律と政治体制を実行しているのだ」
「それなら、歴史などの資料もあれば見たいのですがぁ」
「おおおっ涙花、帰って来ていたのか」
「あっん。んっもぉーやだわぁー」
 甲は、余りの喜びで飛び上がりながら問い掛けようとした。だが、突然に話をしている時に大声が聞こえ。全てを言う事が出来なかった。そして、涙花はもだえ始めた。
「あのう、涙花さん。聞こえていますか?」
 甲は、再度、問うた。
「んっもぉー旅装服なっのぉー。恥ずかしいわぁ」
 涙花は猫が甘えるような様子で、擦り寄るように、声が聞こえる元に向かった。
「何かどこかで見た事あるような。ああっ思い出した。お姉ちゃんとそっくり。他人でも気持ち悪いわ。うっう、吐きそう、うぅえ」
 蘭だけは免疫があるからだろう。残りの男女は様々な態度をしめしたが、目線だけは同じだった。まるで化け物を見るような恐怖を感じる目をしていた。
「あっあー見ないでぇ、恥ずかしいのよぉー」
「道の真ん中で何をしていた。楽しそうだったぞ。知り合いなら挨拶をしなければなぁ」
「ああんもぉー嫌だわぁ。楽しい時っわぁー信といる時だけなのっよぉー。ほんとうにっもぉー、何故、分かってくれないの、よう、うっうう」
 涙花は、身体全体からも喜びを表して話をしている。男も微かに喜びを表しているが、必死に恥ずかしさを隠そうとしていた。涙花は、その仕草がもっとも好きだと感じられたが、それと同じに、何故か、声色から微かに悲しみも感じ取れた。
「信様も、いい加減に初恋の人を忘れて、涙花様にお決めになった方が良いのに」
「確かに、あの時の初恋の発表は都中の騒ぎになったが、名前も知らないのではなあ。今思えば許婚から逃げる為だったのだろうよ」
 信以外の都の人々は、涙花がどのような態度や言葉を使っても、悲しみを浮かべて涙まで流してくれていた。
「始めまして、私は信と言います。涙花の友人ならば、私にとっても大切な友人です」
「あああっあ、しっんぅ。大切っとぉ言ってくれるのは嬉しいけっどぉ、友人と言わないでぇ。私泣いちゃう、ううっう」
「今は挨拶しか出来ないのが心の底から悲しいです。私は都の警備が仕事でして、都に泊まる予定でしたら、ぜひ、私の家にお泊り下さい。ゆっくりと旅の話で盛り上がりましょう。簡単な挨拶で済みません。又、後ほど宜しく。涙花、本当に楽しみにしているぞ」
「えっ。もうー行ってしまいますの。やっだぁー泣いちゃうわよ。ううっ、ううっう」
 涙花は、泣き真似をすれば引き止める事が出来ると思っているのだろうか、それとも本当に泣いているのか分からないが、信が路地の角に消えるまで泣いていた。
「この女、本当に限度超えているわ。ねえ、適当に買い物をすまして、町を見学してから出掛けない。甲も、そう思うでしょう」
「何か必要な物があるのですね。何ですか案内しますよ。それに、私が全ての費用も払いますから旅の話など聞かせて下さい。と、言うよりも、信様の仲を取り持って下さい」
「それは無理よ」
「私もそう思うわ」
 蘭が即答すると、愛も頷いた。
 涙花は、自分の目線から信が消えると、何かの術が切れたかのように話を始めた。蘭は、信が見えなくなると普通に戻るのを分かっていたのだろう。それほど驚く事もなく会話を始めたが、甲、乙、愛は一瞬、頭を抱えた。
「涙花さん。ふざけないで下さい。いい加減に教えて下さいませんか?」
「えっ何をですかぁ」
「この都では、知らない人にお金を払ってまで親切にするのが常識なのですか?」
 甲は、少し顔を青ざめながら話を掛けた。
確かにそうだろう。知人からでも理由もなく親切を受けたら何かある。そう考えるのが普通なのだから、それが他人なら余計に嫌な考え浮かぶ事だろう。
「ああっその事ですか、私は本当に、信様との仲を取り持って欲しいのです」
 涙花は満面の笑みで答えた。
「ふざけないで下さい」
「仲を取り持って欲しいのは本当なのだけどね。何故、あなた達なのかと言うと、信頼できて面白い人だからよぉ」
「馬鹿にしているのですか」
「いや、馬鹿にしてない。だけど、常識を知らないのは確かだね」
「なな、何ですって」
 蘭が顔を真っ赤にして声を上げた。
「あなた達が馬を借りた人はね。国境警備人なのよ。知らなかったでしょう」
 涙花の話し方を聞いていれば馬鹿にしている。そう感じても可笑しくない。蘭と話す時だけ女言葉を使うのだから複雑な気分のはずだ。それを感じないのは、蘭と話す時、涙花が楽しそうだからだろう。まあ、信との話し方を見れば何も感じるはずだ。
「それが、何なのよ」
「その人から報告を聞いたと言うよりも、お願いされたのよ。助けて欲しいとね」
「えっ何故だろう。礼金をあげすぎたのかな。それとも塩だろうか、どちらにしても気にしないで下さい。気持ちですから」
 甲は不審顔を浮かべた。
「うーん。何て言えば良いのかな。警備人と言う仕事は、良い人か悪い人かを判断しないとならないのよ。それで、脅して確かめるのが普通なの。それで、素人でも分かるように脅しているのに、馬を借りたいとか、お金より高い塩を見せたり、与えたり。それは殺してくれと同じ事だと知っていてやったの?」
 涙花は、髪を掻きまわしながら幼子にも分かるように伝えた。
「えっ」
「やっぱりだぁ。彼が、心配していたぞ。いつ誰に殺されても可笑しくないから、助けられるなら助けて欲しいと、頼まれたからだ」
「そうですか、気を付けます」
 特に、甲は神妙に頷いた。愛は町の店屋を見て惚けているし、蘭は、人形のように動かない遺言男を見て不信そうに見ている。
「そうね。気を付けた方が良いわね。それで、何処まで行くの。私の知り合いと同じ行き先なら護衛になるわよ」
 涙花は、蘭が振り向き又、女言葉を使った。
「良いです。何か気を使いそうだから」
 いい加減に、この場に居るのが嫌になったのだろう。蘭が答えた。
「そう。なら場所だけでも教えて、危険な所なのか教えてあげるから」
「そうですか、この都の北の方角に裾野が広がり、そこに国があるはず。そうよね。甲」
「あああっあ、そこなら大丈夫よ。治安も確りしているわ」
「そうですか、ありがとう」
 蘭が簡潔に返事を返して、この場を去ろうとしたが、涙花が引き止めた。
「これでお別れになるのは寂しいから、水と食料は用意させて、帰りはゆっくり出来るのでしょう。旅の話が聞ければ良いからね」
「そこまで言われては断れませんね」
と、甲が承諾した。
「私の知り合いの店を案内するわ。そこなら、珍しい食べ物もあるから気にいる物もあるはずよ。楽しみにしていて良いわよ」
(もー薄情な妹ね。まだ気が付かないの)
 涙花は、無理をして女言葉を使っていた。それは蘭に気が付いて欲しいからだった。
「あっ」
 涙花は案内をしていたが、ふっと街角を眺めると、信を見掛けて喜びを表し駆け寄った。
「しっんー。会いたかったわー。もっもっも寂しかったのよぉー。あっんあっんぅ」
「あの女性を信じて大丈夫なのか?」
 甲は小声で呟いたが、蘭の耳には届いた。
「私の姉と同じ人種なら大丈夫よ。頭の思考は恋愛の事が一番なの。何が起きようが、何をしていようと、想い人を見掛けると勝手に思考して行動するのよ。私の姉の例だと、母が倒れて病院に向かう途中に、想い人を見掛けたの、そうしたらね。母を路肩に置き去りにして半日帰らなかったわ」
「それは信じるなと、言いたいのか」
 甲は肩を竦めた。
「そうでなくて、正気の時は信じても大丈夫よ。その時は嘘を付かないわ」
「ねえ、何時まで待つの?」
と、愛が問い掛けた。だが、時間は一本の煙草を吸い終わる位しか経ってない。
「声が聞こえたから行って見ましょう」
「そうだな、行くしかないな」
 涙花の泣いているのか、喜んでいるのか分からない声の元に向かった。
「おお又お会いしましたね」
 信が喜びの声を上げた。
「ええっ何って言って良いか、その」
 甲達は苦笑いを浮かべた。
「遺言状、第二十九巻、第三十章四十番の規則事項。決め事は守るべきだと感じる」
「おおっ話せるの。精巧な人形ね、凄いわ」
 愛は目を輝かせて喜んだ。
「まさか、涙花と約束をしていたのか、ああっ又やったのか。私が代わりに受けよう」
「良いですよ。水と食料を買うだけです」
「いや、我が種族が約束を守らないと言われては困る。気にしないで頂きたい」
 その場所は直ぐ近くだった。店屋に着くと、言われた通りに凄い品数だった。涙花と信が一緒だからだろう。心の底から盛大に笑い。あれも、これもと馬車に詰め込まれる。止めようとしたが、お金は要らないから気にしないでくれと、何度も言われ、そんなに気にするのなら旅の帰りでも、涙花が何をしたかを教えてくれれば良いからと、何度も喜びを表して声を上げるだけだった。
「分かりました。ですが、約束は出来ないのですよ。それでも良いのですね」
「かまわない。その方が良い。よけい楽しみが膨らんで嬉しいよ」
 店主の言葉がこの都で最後になり、愛、蘭、甲、乙はこの地を後にした。
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第八章
「あれはなんだ。雄叫びなら止めさせろ」
 都市の中心にある。ただ一つの木造の家から、光と同時に怒鳴り声を上げる者がいた。
古い組み立ての家だが質素には見えない。この都市の象徴物か、支配者の家だろう。建物の壁面には豪華に六頭の彫り物が描かれている。家紋か、神話の彫刻だろう。それにしても何故、他の家々からは灯りを灯す家はないのかと感じるはずだ。それは、獣の血が流れているからに違いない。獣の様に空腹か発情期以外は寝て過ごす習性が微かに残っているからだ。何故この男だけが、そう思うだろう。確かに気性は激しいが、住人を守る気持ちと、その仕事で睡眠が少ない為と、余りにも愛の喚き声が大き過ぎるからだ。
「今調査をしていますが、悲鳴のようです」
「悲鳴だと、東国は干渉しない。そう確約したはずだぞ。欺いたのか、許せん」
「落ち着いて下さい。擬人のようです」
「擬人だと、調査だけで済ますな。擬人なら自国に帰るまで付けろ。もしもの時は」
 主の気持ちを考え、途中で話を遮った。
「はい、言わずとも。それでは失礼します」
 部下は即座に部屋から退室したが、部屋の主は悲鳴が消えるまで、窓から離れる事も灯りが消える事もなかった。この悲鳴が直接の原因ではないが、愛、蘭、甲、乙の四人が、この世界に来たのが原因で、二つの種族が種族と名乗れないほど、命が消える事になる。
 そして、甲は、どうしたら良いか悩んでいた時だ。どの家からか分からないが、家の主人だろう。家族に言われて苦情を言いに来たに違いない。だが、甲は気が付かない。
「どうしました?」
 今は夜中で朝ではないのに、朝刊の新聞でも取りに出て偶然に会ったような話し方だ。
「えっ」
 甲は驚き、声が出なかった。苦情などなら即座に答える事は出来ただろうが、清々しく笑みまで浮かべていた。
「お連れさんが奇声を上げているようですね。人に、それとも獣に襲われたのですか?」
 耳が聞こえないのなら分かるが、今見聞きしたような驚きだ。
「えっ」
 甲は言葉の意味が分からないのだろう。愛と主人を交互に目線を向けた。
「お嬢さんも馬車では怖いでしょう。又、襲われるのではないか、そう心配しての悲鳴なのでしょうねえ。今のお嬢さんの状態では、直ぐに旅立つ事は無理でしょう。だが、この町には宿は有りません。どうしたら良いでしょうねえ。仕方がない家内に聞いて見ます」
 突然に現れた男は、自分の思いを述べ、自分で勝手に納得して、家に帰ろうとした。
「あのう、話したい事があるのです」
 蘭は二人の様子を見て、自分だけ正常の判断が出来ると感じたのか、いや違う。甲の様子を見て魔女のような笑みを浮かべた。その笑みの通り、邪な考えが浮かんだのだろう。
「なんでしょう」
「貴方の言う通りなのです。変な集団に襲われるし、何の獣なのか暗くて分からなかったのですが襲われました。それは忘れられるのですが、連れの男は変態で常識を知らないのです。普段はどちらかが起きて見張っているのですが、あの状態ですから困っていました。ああっ何故に一緒にいると思われるでしょう。あの男の家は名の知れた資産家なのです。それで、男の父親から始めての仕事の監視を任されたのですよ。お願いと言うのは、あの男は甲と言うのですが、人生の経験と言う名目で朝まで仕事をさせえてくれませんか、昼間寝てくれれば、私達も安心出来ます。どの様な事でも命じても構いません。もし渋るようなら車と言ってくれれば喜んで働きますよ」
 蘭は泣き顔、微笑みと様々な表情を作りながら説得を試みた。どの表情に弱いかを確かめて女の武器として使った。そして、言葉を待った。
「分かりました。そうしましょう。甲さん以外は、私の家でゆっくり休んでください。何かあれば車と言えば言いのですね」
 主人は穏やかに言葉を掛けるが、心の中は違っていた。
(擬人は何を考えているのだ。この擬人の心は読めない。嘘を付いているのは分かるが、同属をいたぶって楽しいのか?)
「そうです。心の底からの感謝をします」
 主人が振り向き家に向かうと、蘭は、子供が悪戯を成功したような笑みから、魔女のような笑みを浮かべた。そして、馬車に向かう。
「愛、愛、大丈夫よ。この家の主人が泊めてくれるそうよ。安心だから落ち着いて、ね」
「ふぅあ」
 愛は錯乱して、自分が誰かも忘れていた。
「そうよ。安心して良いの」
 愛は喚き騒いでいたが、蘭の言葉が分かったのだろう。微かだが、我を取り戻した。
「甲には悪いと思うけど、私は、愛の様子を見ないと、そう思うでしょう。だから、一人で礼を返して欲しいの。それと、換金場所やこの世界の常識などもね。大丈夫よ。良い人ですもの簡単な用事よ」
「そうだな。調べて見るよ。余り時間を掛けていられないからな。任せてくれ」
 甲は、蘭から殺気と言うか、不審を感じて視線を向け続けるが、表情からは判断できず。考え過ぎかと思ったのだろう。快く即答した。
「御免なさい。後はお願いしますね」
 目を潤ませながら頭を下げた。それも深々と、甲は済まない気持ちからだろうと、言葉を無くし、甲は何ども頷いた。だが、蘭は、
(けっけけけ。これで仕返しが出来たよ。私を馬鹿にするからだ。それも長老の前で、だけど、これで全てを忘れるわ。安心しな)
 目を潤ませたのも、頷いたのも、嬉しさの余りに堪えきれないからだった。
「愛、行くわよ。甲、お願いね」
 蘭は、明日の甲の表情を考えると、嬉しくて、嬉しくて、心の底からの満面の笑顔だ。
「ああゆっくり休めよ」
(やっぱり女の子だ。部屋で泊まれる事であんなに喜んで可愛いね。私は車外で寝る方が怖いぞ。車内の方が清潔なのになぁ)
 甲は、完全に女性の笑みに騙された。二人が心配で、扉を叩き、家内に入るまで身届けた。その後、車内に泊まる準備をした時だ。声を掛けられた。
「待たせました。甲さん、行きましょうか」
「えっ、そうでしたね。分かりました」
 甲は、主人の指示通りに車を進める間、優しく言葉巧みに話を掛けられた。そして、確実に何かを知りたい時は、ある言葉を使用して聞き出した。そうあの言葉、車と言って聞き出せたが、半分も理解出来なかった。
「甲さん。底の敷地です。好きな所に止めて下さい。大丈夫ですよ。馬車を触る人などいませんから安心して下さい」
「あっはい。ありがとう」
 主人は何を慌てているのか分からないが、車から降りると歩きながら甲に伝えた。そして、周りにあるのと同じ土で作られた家に向かった。知人の家にしては変に感じる。何かを警護しているように人が立っているからだ。
「まだ、寝ていなかったのですね。良かったよ。頼みたい事があるのです」
 笑みを浮かべながら知人に近寄った。何故か、甲に聞こえるように大声を上げた。
(至急知らせなければ、神が居るはずがない。
あれは禁じられている武器のはずだ。まして、神の子孫など言い訳だろう。我ら六氏族を滅ぼす企てをしているはずだ)
 だが、心の中では真剣な思いがあった。
「良いですよ。暇ですから」
 その様子を後ろから甲は見ていた。世間話をしながら近づき抱きついたのだ。甲は、驚き見つづけたが、相手も同じ事を返した事で挨拶だったのかと、安心したが、挨拶なら女性にもするのだろう。そう思い、自分には出来ない。と、顔を赤らめた。
「大丈夫です。なぜ真っ赤な顔をしているのか分からないが、不審には感じてないようです。何があったのです。顔が真っ青ですよ」
 警護をしていた者が小声で呟いた。主人は大きな溜息を吐いた後、抱き付きながら相手の耳元で、心の思いを囁いた。
「まさか」
「感情を表すな。気付かれたら困る。私は六種族の危機の恐れがあると知らせに行く」
「私は」
「あの男を頼む。朝まで寝かせないでくれ」
「わかった。私も探ってみる」
と、挨拶と思える事をしながら一瞬の間に伝えた。
「甲さぁん。来て下さい」
 主人は振り向くと、心の中を見透かれない為だろうか、微笑みを浮かべた。
「なんでしょう」
「この人の指示に従ってください」
「はい」
(やはり、何かするのか、はっー)
 甲は、心の思いを言葉にしなかったが、表情には不満をハッキリと表した。
「それでは入国許可書を見せてください。まあ、形式ですから勿論持っていますよね」
「えー必要な物は塩をお金に換えたら揃えようとしたのですが、今すぐ必要ですか」
「えっ」
 意味が分からず言葉を無くした。
「如何しました。私が何か可笑しい事を言いましたか。ん、大丈夫ですか」
 甲は即座に問い掛けたが、口を大きく開けて、虚空を見ていた為に声を掛けた。
「えっええ、大丈夫ですよ」
(この男は本気で言っているのか、まあ何でもいいか、言いがかりを付ける積りだったのだ。手間が省けた。さて、何をして貰おう)
「そうなのですか、分かりました。購入しなくても良いですよ」
「それは、どういう物なのですか?」
「ん。そうですね。礼儀と思ってください。人は一人では生きて行けないでしょう」
「そうですね」
「分かってくれましたか、それでは名前と生まれた所を教えて下さい」
「名前は甲と言います。生まれは神の国です。分からないですよね。それならエデンで分からなければ崑崙なら分かりますよね」
「んーう。仕方がないですね。甲さんですか、生まれた所は良いですよ」
(言うわけ無いか。さて、どうするか?)
 甲の事を始めから間者と考え、その為に何を言っても誤魔化しだろうと考えるのだ。それにだ、神の国って言う方も、普通に考えれば変に違いない。
「それなら旅の理由は、この都に来た目的は何でしょう。それも言えませんか?」
「この都に来たのは、塩をお金に換えに来たのですが、日が暮れて困っていました」
「それはお困りでしょう。朝になれば両替屋を教えますよ。ここは塩の交換率が高いのですよ。知っていらしたのですか」
「本当ですか、ありがとう」
「それでは、誰でもがやっている。礼儀の奉仕活動をしてくれますね」
 不審人物の尋問をする者は、この男のように仏のような安らぎの笑みを浮かべるのだろうか、それとも、この男が特別なのか、だが、この笑みでは心の底から感心して、全てをぶちまけるはずだろう。
「はい。私は礼儀を重んじますから」
「ありがとう。先にお礼をいいますね。仕事が忙しくて言えない人もいますからね」
(ほっ、これで素性が判断できるだろう。何も出来ない。ボンボンを装っても分かるぞ)
と、心で考え、仏のような笑みを返した。
「それではまずは、薪割りをお願いします」
「えっ。こんな夜中に薪割りですか」
「月明かりで十分でしょう。貴方もですかぁ。はっーやれやれ、遣りたくないからですね」
 先ほどの仏の表情からは例えようもない醜い表情を表し、盛大に嘆いた。
「すみませんでした」
「お願いします。あっ、私は台所にいますから少しの間一人で割っていてください。私は飲み物を作って、持ってきます。その時一緒に一休みしましょう」
(さて、陰から様子を見るのも時間が掛かるだろう。何を飲もうか)
 そう思いながら台所に入った時だ。地震か雷、いや、爆弾の破裂音のような音が響いた。
「なんだ」
(やはりな、化けたか)
 驚いたが、意味が分かったのだろう。一人で頷き、風呂場に向かった。
「うぅん、難しいものだな」
 甲は、何ども同じ事を呟き、大きい株の上に割る木を置いて、斧を投げているのだ。
「この男は何をやっているのだ」
 風呂場にいた。薪を割る所と風呂を焚く所が隣の為に、男と甲との間は板壁一枚の隔たりしかない。その隙間から覗いていた。
「おおっわぁー」
 隙間から覗いていた所に、斧が段々と近づき刺さった。何とか声を上げるのを我慢しようとしたが、体の機能が恐怖を感じ取り、叫び声を上げていた。
「おっと。うん、何をやっているのですか」
 甲は刺さった斧を取り、隙間から覗いて見た。人がいると思って覗いたのでなく。ただ、穴が開いてしまい好奇心を感じたからだ。そして、顔を青ざめて腰を抜かしている人を見かけたからだ。
「何をやっているのですか、薪割りを頼んだはずですよ」
「そうです。薪を割っているのですが、難しいものですね。まだ、一つも割れません」
「わかりました。甲さんの所に直ぐ行きます。ですから、何もしないで、何も触らないでくださいね。お願いしますよ。必ずですよぉ」
「ううっむ」
 斧を見て立ち尽くしていた。何故、自分を見て青ざめて怯えているのか思案していた。
「そのままですよ。そのまま、良いですか」
「はい」
「良い子ですね。この丸太に座りましょうねえ。そして、私のやり方を見ていてくださいね。まずは斧を持ちます。大きい株の上に割る木を載せて、斧を下ろして、トン、トン」
 男は、甲の元に向かう数秒間に思案した。それも、そうだろう。薪の割り方を教えるなど、一度もした事も、聞いた事も無いからだ。
「おおお、簡単に割れた」
「簡単でしょう。投げないで出来ますねえ。それなら、お願いしても良いですね」
「大丈夫です」
と、答え斧を持ち上げた。時に、甲が怖いのだろう。何度も視線を向けながら家に入ろうとした。玄関まで来て安心したのだろう。大きな溜息を吐いた。その時だ。
「シュルル、ドッカ」
 男の鼻先に斧がかすめた。
「ひっひい」
「大丈夫ですか。斧が株に刺さって抜けなかったのです。本当に済みません」
「ひっ」
(この男は故意にやっているな。そっちがその気なら、ぼろが出るまで苛めてやる)
 その頃の愛と蘭は、与えられた客室で蘭だけが格闘していた。
「何で蜘蛛がこんなにいるのよ。この部屋は蜘蛛の巣でないの。それに、カサカサと音はするし、何かいるわ。もうー嫌よ」
「ふっーはあー、ふっーはあー」
 愛は幸せそうに寝息を立てていた。
「幸せな顔して本当にもー、愛は良いわねえ。
 だけど、もし、起きて悲鳴を上げられたらねえ。それを考えると仕方が無いわ。今は我慢する。明日の朝、甲の死んだような顔を見られるなら我慢しなくちゃ」
 蘭は、愛の為だろう。いや、ある意味では甲の為だろう。一晩中蜘蛛と格闘しなくてはならなかった。
「ふぁーんっはぁー良い朝ね」
 熟睡できた心の底からの喜びを感じられる。大きな欠伸をした後は、蘭の事も何処に居るかなどまったく気にしていない。ただ、小鳥の囀りに導かれるように窓を開けて喜びを感じていた。それは本当に嬉しそうだ。
「愛、起きたのね。おはよう」
「ん、おはよう。良い朝ね」
 空を見上げながら気の無い返事を返した。
「そうね」
 蘭は、溜息のような声で答えた。
(だぶん、愛だけよ。気持ちの良い朝を迎えたの。都に住む、全ての人は夜中に起こされているだろうし、甲は一睡もしているはずないわ。私も知らない内に寝てしまったけど、小鳥の声は聞いたのよ。殆ど寝てないわ)
「愛、お礼を言って帰りましょう」
「んっ、お礼。そうね。人の家ですものね」
 愛は部屋を見回して、今気が付いたようだ。
「はー行くわよ」
(もー興味あるものしか、頭にないのね)
 愛は、窓の景色が名残惜しいのだろう。蘭は、無理やり手を引きながら部屋を後にした。
「お二人さん。おはよう。良く眠れました」
 主人の奥さんだろう。満面の笑みで話を掛けた。その笑みだけで判断できる。全ての事柄を喜びに感じ、笑み意外の表情を作った事がないように思えた。
「はい。有難う御座います。気持ち良く寝られて疲れが取れました」
 蘭は、愛が返事を返さないので肘を突いた。
「ん。はい、本当に有難う。気持ち良く寝られて、今も夢心地です」
「まあーそうなの。良かったわ。今、内の人がお連れさんを迎えに行っているから、来るまでお茶でも飲みましょう」
「うわぁー本当ですのぉ」
 我を忘れたような満面の笑みを浮かべた。
「ミルク茶ですよ。嫌いでなければ良いけど、水を汲みに行くのは大変だから」
「蘭、ミルク茶ですって、ここに来たら飲めないと諦めていたわよねえ」
 話を最後まで聞かずに即答した。表情からも分かるが、喜びを我慢できないのだろう。蘭の背中を何ども叩き、興奮を抑えた。
「良かったわ。椅子に座って待っていてください。温め直しますから」
「はい、有難う御座います」
 蘭は、礼を返したが、愛は、惚けていた。殆ど、待たずにお茶が用意された。恐らく、主人が飲んで出掛けたからだろう。
「美味しいです」
 蘭が言葉を掛けると同時に、愛と女主人は話を始めた。二人は別々の話題を挙げているのに、何故か会話の意味が繋がり盛り上がっていた。その様子を見て、蘭は、愛が歳を取ると、女主人になるだろう。そう感じた。二人の会話を聞いていると疲れを通り過ぎて、嫌気を感じ始めた。もう我慢できない。そう思った時に主人が帰って着てくれた。
「済まない。遅くなった」
「もうー早いですわ。話が盛り上がってきたところなのに、ほんとうにっもぉー」
 頬をそんなに膨らませたら破裂するのではないか、そう思えるほど膨らませて愚痴を零すが、他人が聞いたら殴りたくなる甘い声色だ。恐らく、普段からも何事にも愚痴を零すのだろう。そう思える目線のやり取りだった。
「ゴッホン。蘭さんでしたね。お連れさんは疲れて動きたくないから、車で待っているそうですよ」
 主人は、妻の甘い声を聞いたからだろう。一瞬だけ、顔を崩したが、二人が居る事を思い出し、甲の言付けを伝えた。
「甲に悪いわ。愛、早く行きましょう」
「ふぁい」
 まだ、寝ぼけていて、正常な気持ちに戻らないのだろう。一言だけ、やっと吐き出した。
「ああっご馳走様でした。愛、早く、早くして」
 蘭は、慌てて挨拶を済まし、手を引いて、甲の元に向かった。
「甲、ごめんね。いろいろ大変だったのでしょう」
 蘭は喜びの余りに、表情が引き攣っていた。
「蘭、愛も大変だったのだなあ」
 甲は、特に蘭の引き攣る表情を見て、何か嫌な事があったと感じた。
「ええ、蜘蛛とか、変な虫がいて怖かったわ」
「えっ」
と、愛が困惑した。
「そうか、そうか。大変だったのだなあ」
 甲は涙を浮かべた。自分だけでなく、二人も同じだったのかと共感した。
(女性に虫攻めか。本当に酷いなあ。私も一息も吐く事が出来ないくらい辛かった。まだ、薪割りは良いほうだった。あの後は、自分の体重と同じ水量が入る桶を作らされ、何をするのかと思えば、それで水を汲んで来てくれだ。あれは疲れた。その後は食事の用意だ。風呂の掃除、拭き掃除だ。風呂を沸かせ)
と、苦しい思いに耽っていたが、蘭が優しい言葉を掛けられ心底から安らいだ。
「泣くほど心配してくれていたの。有難うねえ。だけど良いのよ。私達は少しでも寝られたのだから、後は休んで良いわよ」
(甲も良い人なのねえ。これからは考えを改めるわ。本当にごめんなさいね)
 男女に関係なく涙には心が動くようだ。
「いや、心配するな。大丈夫だぞ。愛、蘭に比べたら何でもない事だからなあ」
 甲は、嗚咽を漏らした。
「甲さん。塩をお金に換えるのも、乙の所まで行くのも、私がしますから休んで下さい」
「塩をお金に換えてきた。後は、乙の所に帰るだけだ。気にしなくて良いぞ。自動制御で済むからなあ。私は男だ。大丈夫だ。愛と蘭はゆっくり休んでいてくれて良いぞ」
 甲は、愛と蘭を無理やりのように床に就かせると、自動制御した後は体の機能が限界に来たのだろう。その場に倒れて眠りに就いた。暫くしてから、愛だけが起きだすと、御者席で手綱を持ちながら幸せそうに空を見続けていた。乙の元に着くまでには、愛は勿論だが、蘭も甲も、心身ともに回復するだろう。
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第七章
 枯れ井戸を中心に土で固めた家のような物が五件建てられていた。砂丘の上からは建物の中で四頭の馬が鳴いている姿が見えた。恐らく馬小屋だろう。奥行きがあるから十頭位は入れられるだろうか、それにしても何故、馬が鳴いているのだろう。そう思える姿で家人が別棟から出て来た。宥めるよりも辺りを見回した。普段は大人しいのだろうか、家人は首を傾げる。水か飼い葉の催促と考えたのだろう。馬を落ち着かせて二頭だけを放した。何故二頭だけなのか分からないが、馬はゆっくりと出て来て近くの草を食べる。段々と遠くに向かうが気に留めない。残りの二頭を宥めながら閂を閉める。突然に砂丘に目を向けたが、馬から知らされたのだろうか、家人は見慣れない物を見つけ、見つめ続ける。四人はそう思われても仕方がないだろう。馬も無く歩き旅にしては汚れてもいない。と言うよりも新品にしか見えない。そして旅装服にも見えないからだ。そして、家人は用事を思い出したのか、それとも殺気も感じられず、武器を持って無い事が見えたのだろうか、何事も無かったように家に入って行った。
「四頭いるな。これなら多分貸して貰えるだろう。直ぐに行こう。ほら、立ってくれ」
 愛、蘭、乙は着いた事で安心したのだろうか、砂丘の上で座り込んでいた。甲だけは目が血走っている。目や表情からは早く恋人に会いたい。そう見えるが、恐らく早く済まして車の場所に戻りたいのだろう。
「はぁい、はぁい」
 蘭だけが、嫌、嫌、声を上げる。二人が歩き始めると、愛と乙も付いて行く。
「ほう、これ家よねえ。土を固めた物よねえ。雨が降っても崩れないかしらねえ。蘭」
「もうー何を言っているの。固まったら溶けないの。愛、話しは止めなさい。聞こえたらどうするの。失礼よ。早く来なさい」
 蘭は怒り声を上げた。当然の反応だろう。
 これから交渉すると言うのに印象を悪くしたくない為だ。
「何の御用でしょうか?」
 家人は話が聞こえ玄関に現れた。声色からだけで判断すると優しそうな中年と感じるが、髪と髭が覆われていて老年とも感じた。だが、目は人を殺した事があるような鋭い視線だ。視線が本心なら髪も髭も油断を誘う為だろう。四人は気が付かないが、武道を少しでも学んだ者なら感じるはずだ。
「あのう、ですね。言い難い話ですが聞いて頂けませんか」
 甲は心底から困っているように思わせるが、誰もそう思わないだろう。だが、見方によれば御曹司が困っているようには感じられる。
「何でしょうか。もし、宿をお探しなら、小金を頂けたら空き家をお貸し出来ますよ」
 家人は右手を隠して話を掛ける。恐らく背中に武器を隠している。そう思わせたいはずだ。邪な考えがあるか確かめる為だろう。
(何も感じないのか、武術を知らなくても分かると思うが、余程の腕の持ち主か、それとも本物の馬鹿なのだろうか)
と、家人は思いを巡らした。
「どうしても、町に行かなければならないのです。ですが、馬に逃げられてしまいまして、出来れば馬を貸して頂けないかと、話に来ました。駄目でしょうか」
「ほう、それはお困りでしょう」
 穏やかに話を掛ける。だが、疑いが晴れず背中に差してある短剣を握り締めた。
「出来る限りのお金を払います。あっこれをお金に換えに行くのです」
 甲は現物を見せれば良い返事を聞ける。そう考えて塩の袋を見せた。
「ほう、海の塩ですか、それも一級品ですね。これだと金の十倍の価値がありますよ」
 家人は手触りと味を確かめた。
「そうでしょう。それで相談なのですが、お裾分け程度の塩で保障として考えてくれませんか、後は換金した時に正規の値段を払いますから馬を貸してくれませんか」
 甲は、家人が一瞬だが表情が和らぎ手答えを感じて上擦った。
「そこまで言われたら断れませんね。それで貴方が一人で行くのですかな」
「いいえ、三人で行きます。心配でしょうから、もう一つの保障として、この男を置いていきますので好きに使ってください」
 仲間から苦情が出ないように一気に話しながら乙の背中を叩いた。
「えっ、そこまでして頂かなくても」
 一瞬だが、襲われる心配をして断ろうとしたが、即座に話を持ち出された。
「それで、三頭の馬を借りたいのですが」
「三頭ですか、うっ、ん。良いでしょう」
(考え過ぎか。本当に油断を誘うなら手持ちの塩を置いていくな。まあ襲われても、この四人なら負けるはずがないがなぁ)
「好きな馬を連れて行きなさい」
 家人が口笛を吹くと、二頭の馬が直ぐに帰ってきた。そして、二頭を甲に手渡しながら馬を与えた。やはり、先ほど二頭放したのは遊ばせる為でなく、もしもの時に危険を伝える為だろう。四人は気が付かないでいるが、世間話をする中でポツリ、ポツリ出てくる内容がそう感じられた。それは、自分はこの近くの水の管理と関所を兼ねていると、四頭も馬が居るのは伝書の為だと話をしたからだ。
「そのような大切な馬を貸して頂いても宜しいのですか、任務の支障は無いのですか」
「大丈夫です。一頭いれば足りますから」
 家人は、そう伝えた。
(この甲と言う男は、代替わりになっての始めての仕事だろう。少し様子が変だが報告はしなくても大丈夫だな)
 甲は安心した。話をして心を落ち着かせられた。そう感じた。視線が和らいだからだ。
「ああっ忘れていました。この男は乙と言うのですが、働きに渋るようでしたら、この菓子を与えて下さい」
と、言いながら酒入りのチョコレートを家人に手渡した。乙に視線を向けるが苦情を言わないのは馬に乗りたくないのだろう。それは馬が近寄る度に顔が引き攣っているのだから間違いないはずだ。三人は家人に分かれの挨拶をすると即座に行動に移した。
 愛、甲、蘭は何も話さずに車のある場所に向かっていた。乙の為に目標物の確認と換金を終わらせて戻る為ではないだろう。ただ、馬から振り落とされない為なのかもしれない。「やっと着いたぞ」
 甲はふらつきながら車に向かった。
「外界では、このような物に乗って移動しているの。信じられないわ」
「だけど、蘭、行きの半分の時間も掛かってないわ。馬に乗って来たから夕陽も見える事が出来るのよ。良かったわ」
 だが、馬の方にも言い分がある。自分の周りに蚊のような機械が飛んでいるからだ。まだこの世界には機械など無い。始めて機械の音(人の耳にも聞こえないのだが、馬の方も聞こえたのでなく人口物を感じて恐れたのだろう)で死ぬほどの恐怖を感じたはずだ。
「蘭。それ位にした方が良いわ。馬だって好きで乗せていた訳でもないし、聞こえていたら本当に怒るかもしれないわよ」
「えっ、そうね。そうよね」
 蘭は顔を青ざめた。先ほども死ぬ気持ちを味わったのに、本気で怒らせたら殺される。そう思っているからだろう。馬の手綱を持つ手が震えていた。
「ねえ、甲まだなの」
 蘭は震えた声を上げた。甲から馬は臆病だぞ。大声を上げたら暴れる。そう言われたからだ。だが、甲の耳には届かない。夢中で車を馬車に見えるように装っているからだ。
(ほんとにっもぉー)
と、心の中で悪態を付き、甲の所に行こうとしたが行ける訳が無い。馬車に装う作業の音。特に、金槌の音が聞こえ無い所で、逃げないように馬を捕まえているからだ。どうしようかと迷っている。馬から離れたい為に声を掛けた。それも馬を気にしながら何度もした。
「ねえ、ねえ。甲まだなの」
 声が届いたのだろうか、それとも偶然なのか、甲が声を上げた。
「良いぞ。連れて来てくれ」
「愛、良いってよ」
「えっあっ、はい」
 愛は空を見て惚けていた。
「お願いだから暴れないで歩いてよ。そう、そう、そうよ」
「ありがとう。馬を馬車の木枠に繋ぐから、もう少し捕まえていてくれよ」
 甲が工夫をして馬車のように装ったが、ただ、車体を布で覆っただけだ。確かに車の後ろに木枠を固定して馬を繋げば、馬車に見ようと思えば見えなくもなかったが、大きさから見ても三頭では動かないだろう。それとも自力で動かすのか、それなら問題がないが後ろ向きで長距離を走れるか疑問だ。
「ねえ。甲、大丈夫なの」
 愛は疑問を感じて問い掛けた。
「えっ何がだぁ」
「蘭も。そう思うでしょう」
「そうねえ。後ろ向きではねえ」 
 蘭は馬から離れる事が出来て、普段のような勝気の声色に戻った。
「あああ、その事なら大丈夫だぞ。手動なら「前方方向の運転席側だが、自動運転なら後ろ向きの荷台向きに動くからなあ」
「えっ何故そんな仕組みにしたの」
 二人の女性は驚きの声を上げた。
「愛、そう言う事は聞かないのよ。甲の専攻職種の問題だと思うわ」
 顔を顰めながら首を横に振っていた。恐らく話題にするな。と、言っているのだろう。
「おおお、良く分かるなあ。そうなのだよ。愛なら分かると思っていたがなぁ。星を見ながら行動したいだろう。私も地図を見ながら地形を見ないと行けないからなぁ。まさか蘭が、気が付くとは思わなかったよ」
 満面の笑みを浮かべて話を始めた。
「その話は後で聞くわ。早く町に急ぎましょう。乙の元に早く帰らなければ行けないわ」
 蘭は顔を顰めて話を逸らした。愛の問い掛けで気分を壊しているのに、その愛は荷台に座り夕陽を見ながら惚けていた。
「愛、良かったわね。夕陽もゆっくり見られて楽しみにしていたものね」
「はっ、出発するぞ。私は中に居るから、愛と蘭は確りと手綱を持って馬車のような感じに思わせていてくれよ」
 甲の溜息は、二人の遊び気分に疲れを感じたのだろうか、それとも、愛車の傷の心配なのか、恐らく車の傷だろう。そう思えた。話し終えてから数分後に偽馬車は動き出した。辺りには、二人の女性の心の底から楽しんでいる会話が辺りに響いた。
 三人が向かう先は飛河連合西国と言われる都に向かっていた。その国は幻の国と言われていた。何故、幻か。それは、獣人しか居ない為に、擬人が軍隊で攻めて来る者や邪な考えを抱く者を、獣人の嗅覚、殺気や心を読む力で感じ取り、都市中の獣人が消える事が出来た。その事に不審に思うだろうが、都市の生命線の河が不規則に流れを変えるのだ。砂の上を河が流れる為に酷い時は十キロも変わってします。その度に新都を造っていた。その為に、何か危機を感じたら旧都市に逃げる事が出来たからだ。その数も無数とは大袈裟だが、そう思うほど都市の跡があった。
「ねえ、甲。本当に町があるの。周りは廃墟しかないわよ。まさか、この車で一夜を過ごす事になるの。ならないわよね」
 夕陽が沈んで、念願の満開の星空を見ていたが、何も変わらない事に気が付く頃だ。愛の気持ちを考えて、二人は無言でいたと言うのに、その本人が沈黙を破った。
「愛、そうでも無いと思うわ。
堀の向こうを見てごらん。最近まで住んでいたように新しいわ」
「そうなの。暗いのによく見えるわね」
「月明かりでも見えるわよ。建物が確りと残っているし、恐らく堀でなく河だと思うわ。
底の方に光っているのが見えるもの。河の流れが変わったのよ」
「そう。私は眼鏡だから見えないのかな」
「あっ愛ごめんなさい」
 蘭は心の底からの悪いと思い謝罪をした。
「星も見飽きただろう。それなら、馬車の速度を上げても良いか」
 二人の話し声が聞こえ、車内から問うと。
「ああ甲、良いわよ」
「ねえ甲、話を聞いていたでしょう」
「ああ、蘭の言う通りだ。河の流れが変わったようだ。五キロほど先に人体反応があるから住人は移ったのだろう」
「五キロなの。そう、まだ時間が掛かるわねえ。だけど、そんな時間に店屋が開いているの。本当に部屋に泊まれるのよね」
 愛は話せば話すほど、険悪を顔に表した。
「えっあっあ、愛、流れ星を見たか」 
 甲は、愛に恐れを感じて話を逸らした。
(この女が一番怖い。表情や殺気が本物なら何をするか分からんぞ。この様な人が我を忘れて、原形を留めない程に殴り殺すのだろうなあ。何とかしないと不味いぞ。流れ星を探し疲れて寝てくれないかな)
と、心で思いながら恐る恐る目線を向けた。
「えっ流れ星。ななんですか。それは」
 一瞬で表情が変わった。目をキラキラさせえて、もう先ほどまで何で怒りを感じていたのかを忘れているようだ。
「仕組みなどを聞いているのではないよなぁ。知っていると思っていたよ。何て言えば良いのかな、星が動くと言うより流れるのだよ。見れば直ぐ分かるぞ。それよりも、擬人には面白い話しがあるぞ。流れ星が消えるまでに願いを言えれば叶うらしいぞ。試してみろ」
 話し終えると、大きく溜息を吐いた。愛の顔色や様子で誤魔化せたと感じたのだろう。
(これで、明日の朝まで夢中で星空を見ていてくれよ。俺が流れ星に祈りたいよ)
 そう心の中で祈った。
「愛は何を願うの。ねえ愛」
 蘭も女性だからだろうか、本当に楽しそうに話を掛けるが、愛は夢中で流れ星を探していた。町に入るまでは馬車の中も回りも静かだったのだが、流れ星が見つからなかった為だろうか、愛は喚き声を上げた。
「なな、何なの、無人じゃないの。これで人がいるの。これじゃ部屋に泊まるどころか食事も駄目でしょう。甲、絶対に何とかして」
 愛が無人と思っても仕方がない。普通の町なら全ての家の灯りが消える時間ではない。それに、家々が粗末と言うよりも機能重視の簡易家だからだろう。夜だと人が住んでいないように見える。だが、三人は町の外側しか見ていないが、町の中心に行けば粗末な家がなくなり、開いている店もある事に気が付くはすだ。恐らく、故意に廃墟とは大袈裟だが、人を寄せ付けない考えだろう。住人全員が人付き合いを嫌っているか、それとも、襲撃を恐れているのだろう。町の造りでそう思えた。
「なあ、愛落ち着いてくれ、今日は馬車に泊まってくれよ。明日、塩をお金に換えたら好きな物も、好きな所を連れて行くからなあ」
「ぎぎゃあ、甲、変な事を考えているでしょう。寝言を聞きたいの。寝顔が見たいのね」
 甲が何を言っても、愛は、我を取り戻してくれない。声は段々大きくなり、何を言っているか自分でも分からないのだろう。甲は頭を抱え座り込んだ。それもそうだろう。愛の叫び声が都市中に響いているはずだからだ。
 
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物語を書いて五年になりましたが、私は「左手の赤い感覚器官(赤い糸)と「蜉蝣(カゲロウ)の羽(背中にある(羽衣)の 夢の物語が完成するまで書き続ける気持ちです。
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