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第二十六章
「蘭、乙が居ないのか、そう言われたぞ。何と言えば良いだろう」
「もー、そんな事。一々聞かないで、乙に会わせれば良いでしょう」
「えっ」
 甲は、蘭の一言で言葉を無くした。
「何で、こんなに忙しいの?」
「それは、普段は乙が遣っているからな」
「それなら、乙はどこに居るのよ。呼んで手伝わせなさいよ」
「あの、その、いや、居ないです」
「だから、呼んで。そう言っているでしょう。私の話が分からないの?」
「あの、都市に置いてきたのですが、覚えていないのですか?」
「もうー、愛は役に立たないわぁ。乙はどこに遊びに行ったのよ。もー、良いわ。甲、紅茶なら作れるでしょう。お願い」
「だから、乙は置いてきた。と何度も」
「もー良いから、作って」
 車外では、愛と獣族の男がいた。そして、何度も、乙を呼んでくれ。そう何度も話を掛けているが、惚けている愛の耳には入らなかった。勿論、車内の中で騒いでいる。蘭と甲に気が付くはずが無かった。
「蘭、やっぱり、時計が良いわ。オルゴール付きのねえ。今ねえ。喜ぶ姿を考えていたのだけど、この玩具では駄目よ。喜ぶ姿が八分位と思うの。時計なら満面の笑みに感じるのよ。だから、もう一度、都市に行きましょう」
 御者に座り、惚けていたが、突然に立ち上がり車内に入った。男は、その姿を見て喜びを現したが、直ぐに愛の話を聞き不安の表情に変わった。
「愛、分かった。後でちゃんと話を聞くから、頼むから食事の手伝いをしてくれ」
「甲、口を動かすよりも、手を動かしなさい。もー、乙は何をしているのよ」
「だから、乙は」
 甲は、二人から突付かれ泣きそうな声を上げた。そして、(食事を済ませれば、話を聞くはずだ。それまでの我慢だ)そう心の中だけで喚いた。
「もー又、口より手を動かしてよ」
「はい、はい」
 蘭と甲は、食事の準備をしているのだろうが、まるで獣と格闘のようだ。その脇で愛は一枚の皿を持ち立ち尽くしている。その表情には、リキの事しか考えられない。そう感じられた。愛はそれでも、蘭と甲の指示で一枚の皿をやっと運び終えた頃、食事の支度が終わっていた。
「あら、お客さんねえ」
「そうねえ。御一緒に食べません」
 愛と蘭は、食事を口に入れるだけの作業だけだからだろう。周りに意識を向ける事が出来た。それで、やっと男に気が付いた。
「あのう」
「ご心配なく、料理は余分にありますから」
 そう、甲は声を上げた。その後に、
(乙の所にお連れしますから心配しないで下さい。それに、涙花さんに、ひょっとしたら会えるかもしれませんよ)
 男に耳打ちした。
「おおお、美味い、美味い」
 そう呟くが、料理をただ口に放り込むように感じる。もしかしたら、料理を早くなくそうとしているのだろうか、確かに無くならば出発が早いのは確かだろう。
「甲、乙は時計を探しているわよねえ」
「大丈夫よ。時間に間に合うように、私も一緒に探すわ。だから、心配しないでねえ」
「あの都市の様子では、ちょっと無理」
「甲、食べたのなら出発の準備をして」
 蘭は鋭い視線を向け、甲の話を遮った。
「愛、大丈夫だからねえ。だけど、時間が許される限り探すけど、無い時は諦めるしかないわよ。リキの誕生日に間に合えないよりも良いでしょう」
「う~ん。そうしますぅ」
 愛は渋々頷いた。
「蘭、準備は出来たぞ」
「はい、はい、食べ終わったらねえ」
「蘭、私は良いわよ」
「そう、それなら行きましょう」
「蘭、愛、食器などは後で良いと思うぞ。盗まれる事は無いだろう。貴方も乗って」
「はい。私は鼠家の道と言います。宜しくお願いします」
「はい、はい、みち、さんねえ」
 男は、三人の仕草を見て、安全の為の様々な留め金をした。だが、その意味が解らないのだろう。そして、目を閉じる。その後は膝に顔を埋めると、腿の下で腕を組んだ。恐らく、この男は獣族の獣機に乗った事があり。この姿勢が獣機の助手席の正しい乗り方と感じられた。
「ほう、この男は凄いな。その姿勢ならむち打ち症にも、首を折る事ない。だが、これを強制は出来ないだろうなあ」
「何をやっているの」
「おかしな人ねえ」
「この姿勢は疲れるが、一番安全だぞ」
「そうなの」
「席に着いたな、なら行くぞ」 
そして、タバコを二本くらい吸った位の時間で、乙を置き去りにした所、都市に着いた。
「早く扉を開けてよ。時間が無いのよ」
「甲、この男、もしかして気絶しているの?」
「安全が確認された。席を立て」
 甲は、肩を叩き、身体を揺するなどしたが、起きない為に、冗談で口にした。
「着いたのですか、凄いです。揺れもなくて、時間も早いですねえ。これなら違う意味で心配ですね。子供が乗っても怖がらないのは困ると思いますよ」
「まあ、良いから降りて下さい」
 車外では、愛と蘭が大声で、乙の名前を上げていた。
「あう、あう、うっうう」
 乙は、泣きながら現れた。何故、この場に居る。そう思うだろう。涙花に贈り物にする物を探さなくて良いのか、そう言われて、家から叩き出されたからだ。
「帰って来てくれたのですねえ」
 乙は泣きながら話すから伝われなかったのだろうか、愛と蘭の言葉には微塵も心配していない事が感じられた。
「時計、時計はあるの。探したのよねえ」
「もし、持ってなければ置いていくわよ」
「うっううう。有ります。有ります。置いてかないで、うっううぅそうだ。涙花さんに会いましたよ。蘭に会いたい。そう言ってってぇ」
 乙は、愛と蘭と男にもみくちゃにされた。
「どこにあるの。時計を出しなさい」
「姉さんにあったの。何処に居るの?」
「涙花様に会ったのですねえ。何処です?」
「ぐっえ、ぐっえ、ぐっええ」
 乙は声を出せないかわりに、甲に視線で助けを求めた。だが、甲も、愛と蘭が怖いのだろう。首を横に振り続けていた。
「愛さーんぅ。蘭さーんぅ」
 森の茂みから、三人の男が手を振りながら現れた。偶然を装っているようだが、手には薬草や機械部品などを持っている。可也の時間を都市の中や周りにいたのだろう。涙花の頼みで、愛と蘭たちが来た時の為に、都市の中や周りで時間を潰していたのだろう。どんなに、乙が都市の中で泣き声や悲鳴を上げたとしても無視していたはずだ。それなのに、女性だからか、それとも、涙花に頼まれたからだろうか、満面の笑みを浮かべながら、嬉し涙まで流していた。
「えっ」
「うっうう、涙花さんは、やっぱり心配で護衛を寄越してくれたのですねえ。うっうう」
 乙、一人が感涙していた。だが、男女四人は、この地に知り合いが居るはずが無い。居たとしても、涙花と同じ位の歳なら、自分達を判断が出来るだろうが、まだ、少年のような者に不審を感じていた。
「愛さんも蘭さんも、分かれた時のままだ。子供の時の幻影かと思っていましたが、やっぱり天女のように綺麗ですねえ」
「うっうう、嬉しいです」
「うっうう、美しい」
「えっ、まあ、本当なの、嫌だわぁ」
「やだわっもぉー」
 男たちの視線や喜びの声を聞き、愛と蘭は完全に不審が消え、喜びを感じていた。
「さあさあ、涙花様が待っていますから村に来て下さい」
「えへへ、俺、蘭様に憧れていました」
「おれ、先に行って、皆に知らせてくる。今度はゆっくり居られる。そう、涙花様に言っても良いのでしょう」
「蘭、駄目よ。直ぐ帰るわよ」
「そうねえ。仕方が無いわ。お姉ちゃんには又、必ず遊びに来るから。そう伝えて」
「愛、探していた時計は有ったのか」
「甲、有ったわよ」
「そうか、それでは行くか」
「チョット待ってください。涙花様か信様に伝えたい事があるのです。少しだけ、時間を下さい。お願いします。お願いします」
 道は土下座をして頼み込んだ。
「う~ん、でも。本当に時間が無いのよ」
「この地から村までは遠いのですか、近いのなら、愛、二、三時間なら良いだろう」
「愛、私からもお願い。お姉ちゃんと少し話すだけだからねえ」
「分かったわ。近くならねえ」
「近いです。ですが、この男は、あの戦いで一緒に居たのでは無いのですね。それでは連れては行けません。ここで待っていて下さい。直ぐに来ると思います」
 道の土下座を見て、仲間では無い。そう感じて顔色を変えた。
「俺はこの場に残る。お前は信様に知らせに行ってくれないか?」
「蘭様から離れたくないが、仕方が無い」
「ごめん。頼む」
「気にするな。一つ貸しだぞ」
 そう呟くと、この場から走り出した。
 この場に居る者にとっては長い時間と感じただろうが、信と涙花が来るまでの間は、一時間も経たなかった。
「お姉ちゃんなの?」
 蘭は頭の中で解っていた。自分には三年だが、姉達には八年が経っていた事に。
「そうよ。老けたでしょう」
「二歳しか変わらないはず、私が苦労をかけた為に、済まない。そればかりか、着飾ってやる事も出来ない」
「ばぁか」
 涙花は心底から恥ずかしかったのだろう。顔を真っ赤にして、悲鳴のような声を上げながら、信の頬を叩いた。
「うっううう、幼子が叩くような力にまで落ちたのか、気が付かなかった。済まない」
「信、いい加減にしないと本当に殺すわよ。それよりも、時間が無いのでしょう。着いてから話を聞くわ。行きましょう」
「そうだな」
「甲さん、私たち二人も乗れるの?」
「七人ぐらい、大丈夫ですよ」
 そう言いながら車内に招いた。そして、隠された椅子を出し、信と涙花に勧めた。
「はい、ありがとう」
 道と信は椅子に座ると、即座に、安全の為の様々な留め金を閉める。そして、膝に顔を埋めると、腿の下で腕を組んだ。
「信、何をやっているの?」
「なにって、涙花、早く腿の下で腕を組め。舌を噛むだけで済めばいいが、下手をしたら首の骨を折るぞ」
「大丈夫よ。様々な事故防止用の安全留めをしているでしょう。これで安心よ」
「そうなのか」
「もう良いから、私と同じ姿勢をして、愛さんが睨んでいるわ」
「済まない」 
 信は、そう言って体を強張らせた。
「もう着いたわよ」
 そう言いながら、信の肩を叩いた。
「え、嘘だろう。何分経った。と言うよりも、いつ出発して、いつ着いたのだ。振動は感じられなかったぞ」
「そうねえ。十五分ぐらいかな。んっ、あれよ。赤が点灯すれば出発と到着を表すの、青は安全確認が終わった。それでよ」
「乙、町から馬を借りてきてね。早くよ」
「はぃ~」
 乙は心の底から嫌だ。そう感じられた。
「この男またかよ。信さん、起こし方があるのでしょう。お願いしますよ」
 甲は、そう信に声を掛けながら車外に出るが、その時、信の起こし方が聞こえた。
(やっぱり、あの言葉で良いのか)そう思い、笑い声を上げた。
「蘭、足りない物があったか、大丈夫だったろう。皿など持ち去る者など居無いよ」
「えっ、誰か何か言った?」
「乙、俺も一緒に行こうか」
「気にしないで下さい。良いですよ」
 甲は、次々と、皆に声を掛けるが、相手にされないからだろう。車の点検を始めた。
「出てきたな。話を聞かせてくれないか」
 信と道が車外に現れた。
「はい、簡単に言います。竜家の長老に剣を、信に渡してくれと言われました」
「まさか」
「信様、そうです。竜の獣機の鍵です」
「それよりも、何人位が生存しているの?」
「六種機の獣機も、竜の中にあるそうです。それも信様に任せる。そう言われました」
「そうか、分かった。この地から持ち去ろう。それと同時に、生存者も連れて行くぞ」
「ですが」
「皆を初期の古都跡の地に、連れてきてくれないか、頼む」
「ですが」
「あの地は墓標と同じだ。あの地なら西国も手は出さないはずだ。お願いだ。私は、あの時は何も出来なかった。だから、生存者が居るなら家族に合わしたい。うっうう」
 信は、最後まで話す事が出来ずに泣き崩れた。自分でも悔しいのか、悲しいのは分からないのだろう。だが、自分だけが幸せに過ごした時間を、生存者にも味わって欲しいと心底から願っての涙を流した。
「分かりました。言ってみますが、もう、普通に暮らしている者もいます。皆が来るか分かりませんよ。それでも」
「構わない。私は何度も、この地を行き来する。その為に獣機を使う」
「それでは、竜家の長老が思っていた事と違うと思います。恐らく、長老は封印を願っていたはずです」
「だが、私に託すと言ったのだろう」
「ですが」
「三度だけ許して欲しい。今回と、一年後と二年後、三回だけ使用する。生存者に、共に暮らそう。そう、伝えてくれ。それでも、この地に残る。そう言うのなら諦める。その後は必ず封印する。お願いだ。三回だけだ。信じてくれ」
「分かりました。それで、発つ日は」
「一週間後に、そして、一年後と二年後に必ず来る。そう伝えて欲しい」
「伝えます。それでは、鍵を渡しますから一緒に来てください」
「涙花はどうする」
「一緒に行きます」
「お姉ちゃん」
「ごめんねえ。今度は遊びに来て、その時は、楽しい話をしましょう」
「うん、お姉ちゃん、遊びに行くねえ」
「それでは、行こうかぁ」
 案内をする道は一人者と思えた。信と涙花は、二人で居られるだけで嬉しい。そう姿や表情で感じられた。その姿や表情を見たくない為だろう。道は無言のまま、早足で先頭を歩き出した。
「必ず行くねえ。お姉ちゃん」
 蘭は、姉に伝える為では無いだろう。今度会う時は、もっと歳が開き、親子のようになるだろう。それで、姉妹でいられるのは最後と感じての呟きに思えた。
「行ったのか?」
「うん」
「お姉さんも信さんも、何か楽しそうだな」
「うん。も~、馬鹿、愛も乙もいるのよ」
 蘭は、甲に手を握られ恥ずかしそうに声を上げた。そして、大きな溜息を吐いた。
「乙はいないぞ」
「バッカねえ~、同じ事でしょう」
 又、大きな溜息を吐いた。姉の嬉しそうな後姿を見たからだろうか、それとも、甲が握る手を離したからか、それは、蘭が嬉しそうに、甲の手に、自分の手を触れた。女心が分からない為だろう。そう感じられた。
 邪魔者にされた。愛は、満面の笑みを浮かべながら懐中時計を綺麗に包んでいた。時々、殺気を放つように車外に耳を傾けている。恐らく、乙を待っているのだろう。そして、時計に視線を向けて、溜息を吐くのだ。日付が変わるまでに、リキの元に着けるか心配なのだろう。
「乙。もし、間に合わなければ殺すわよ」
 
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第二十五章
「甲、都市に帰って来たのよね」
「そうだ、目標点は、都市になっている。間違いないが、何が起きたのだろう?」
「やっとよ。来年は一緒に暮らせるから誕生日のお祝いは二人で選べるわぁ。だから、私の気持ちでは子供としては最後の誕生日のお祝いなの。もう誕生日まで九日なのよ。買えないのなら、別の所に行きましょう?」
 甲の夢であり。研究の為に、他空間の調査や都市の過去を調べていた。その為に、別の空間との誤差により、外界では、今年で八年、来年では十二年が経つ計算で移動をしていた。本当なら時間の時差が無いように、いや、甲は、時差など気にしないで研究したかったのだが、愛の為に、時差の計算していた。その理由は、歳の離れた連れ合いの為だった。
「あのうなぁ」
「なんなの?」
 愛は、乙の言葉を遮った。
「愛、都市を見て何も思わないのか?」
「思っているわ。だから、早く別の所に行きたい。そう、言いましたでしょう」
「そうだな、確かに、そう言ったな」
「ねえ、乙はどう思う」
 蘭は、ニヤニヤしながら問うた。
「あのう、何かが起きたと思います。調べなければ分かりません。そう思います」
「甲、そうだって」
「乙、チョット調べてきてくれ」
「私が一人で、ですか?」
「仕方が無いだろう。後九日しかない。リキの贈り物を早く探さなければならないだろう。俺は運転しなければならないし、まさか、蘭と一緒に居たいのか?」
「いいえ。違います。あの、帰って来ますよね」
「助かったよ。ありがとう」
 甲と蘭は、乙の話を最後まで聞かずに車外に追い出した。そして、この都市から消えた。
「あの、あの」
 乙は、車が消えたと言うのに、何時までも問い掛けている。そして、顔を青ざめながら辺りを見回した。恐怖を感じるのだろう。それも、そうだろう。出発する時の都市は塵一つ落ちてない。清潔な都市だったのに、今は苔や雑草が生え、虫や鳥の声が響く。乙には、その鳴き声が「美味しい食べ物がいるぞ」そう聞こえるのだろうか、びくびくしていた。
「まだ隠れている者が居たぞ」
「嘘だろう。おおお本当だ」
「おおい来てくれ」
「ななっななな」
 乙は驚いて声が出ない。槍や弓、刀を持ち、どう考えても都市の住人には見えない。
「怯えているみたいだなあ」
「大丈夫だぞ、心配しないでくれよ」
 男達五人は、作り笑いを浮かべながら近寄る。だが、乙には自分を捕まえる為に油断を誘っているとしか見えないからだ。一歩、一歩と近づく度に恐怖を感じた。そして、考えを巡らせる。殺されるなら痛みも一瞬だろうが、食べるのなら新鮮の方が良いはず。動けなくして、噛み付くのだろう。考えれば考える程に声が出ない。足も痺れたように動かない。無理やり足を動かした為に縺れて尻を付いた。もう、駄目だ。と感じて気絶した。
「大丈夫なのか?」
「何かの病気を持っているのか?」
「どうする?」
「連れて行かないと不味いだろう」
「俺は背負いたくないぞ。もしだ、病気だと」
「それ以上言うな。私が背負う」
「だが、主の所には連れて行けないぞ」
「そうだな、涙花様の所に連れて行くか」
 一同は用事があったのだろうが、不平な表情を浮かべながら都市から出る。都市を隠せるように森が広がっていたが、上から見れば丸見えだった。恐らく、都市は垂直に降りて来たのだろう。一同は森の中を進んで行くが、それほど歩く事も無く、近代的な建物と言うよりも、都市を小さくしたような避難船だろう。その中にいるのは都市の住人のはず。都市の住人は都市から離れるのが怖いのか、細菌が怖いのだろうか、恐らく両方と思える。それでも、全ての住人が入れると思えない台数だ。その中に居る者は細菌の抵抗が無い者の専用の物だろう。一同は船の棟の前を通るが、感心がないと言うよりも禁忌と思っている様子で通り抜けた。ほっとした表情を見せるが、通り抜けたからではない。自分達の村が目に入ったからだ。人の目線では全ての村の様子が分からないが、六つに点在して作られていたが、建物は同じ木製の簡易家だ。違いが有るのは扉の紋章だけだ。竜や羊などが描かれている。それだけが違うだけだ。一同は羊の紋章がある村に向かっていた。それも、一番精巧な羊が描かれている家に、そして、扉を叩いた。
「涙花様」
「何だ」
 涙花は長い間、男言葉を使っていたからだろうか、それとも、照れくさいのだろう。口調が苛立っているような話し方だ。
「都市の中に人が居たのですが、どうしたら良いか分からなくて連れて来ました」
「まだ居たのか、身体に異常がなければ、本人の意志に任せるべきだろう」
「診てくれますか?」
 涙花は、手振りで室内の椅子を勧めた。
「えっ何で、乙が都市に居る?」
「涙花様の知り合いですか?」
「そうだ。済まなかったな。後は、私に任せてくれ、仕事に戻ってくれて良いぞ」
「分かりました。何かあれば呼んで下さい」
「ありがとう」
(何故、乙は一人で居たのだろう)
「うっうう」
 乙は、意識を取り戻したようだ。
「大丈夫か、確りしろ」
「うっうぅ大丈夫です」
「何が遭った」
「あっ涙花さんですよね。ここは何処です?」
「私の家だ。安心してくれ、何が遭ったのだ。そして、蘭達はどうした?」
「何から話をしたら良いのか、そうですねえ、原因は、愛です」
「私を馬鹿にしているのか」
「違います、愛さんです」
「あああっ済まない。聞かせてくれ」
「はい」
 そして、乙は話を始めた。涙花と同じように、愛も赤い糸が見えると言われた事。そして、相手は十歳にも満たない者だった事。
「愛は一緒に暮らしたい。そう考えるよりも、その歳の開きを縮めなければならない。そう考え、大人になるまでは一年に一度しか会えない。そう言いました。そのような考えは普通なら浮かぶ訳ないのです。何故、それは、涙花さんと別れた後に、何気なく愛に尋ねました。愛は偶然に、蘭と甲の話を聞いたそうです。甲は、今回の使命を終えた後は、共に専攻した仕事。それは、都市の歴史を調べる事です。それに来て欲しかったのでしょう。興味を持ってくれるように色々な事を言っていたそうです。その話の中で、外界と都市の行き来だけでも普通の人よりは歳を取るのが遅くなる。甲の場合は回数も多い為に、一年もすれば二、三年の違いが有るそうです。自分では分からないが、親戚の子供が歳を取る事で違いが実感出来たらしいのです」
「それで、何故、一人残されたの?」
 乙が一息付いたからだろう。話が終わったと感じて問い掛けた。
「愛の連れ合い。リキと言うのですが、リキの誕生日が近づくと、贈り物を何にするかで、朝から寝るまで話し続けるのです。そして、何点か決めると、直接見に行くのですよ。今回は都市に来ました」
「そうなのぉ。廃墟になっていて、ビックリしたでしょう。それで、蘭はいつ来るの?」
 満面の笑みを浮かべながら問い掛けた。
「分かりません」
「そうか。お前、都市で待っていた方が良いだろう。もう来ているかもしれないぞ」
 不機嫌な気持ちを男言葉で表したように感じられた。
「あのあの、そのあの。獣国の事は聞きたくないですか、一年毎に三回、違う、ええ、外界だと、一年毎に来ていましたから、それで良ければ話しましょうか?」
 都市に捨てられたくない為に必死に話題を考えた。
「本当なの。皆の消息が分かるのねえ。それなら、皆に知らせなければならないわ」
「チョット待って下さい。消息なんて分かりません。どうの様な状態になっているか、それ位しか分かりませんよ」
「そうか、聞かせてくれないか」
「その前に、此処に二週間位、居させて下さいよ。お願いです」
「私の一存ではなんとも、それで良いか?」
「良いです。考えてくれるだけで嬉しいです。
 それでは話しますね。涙花さんの時間では、一年毎に獣国の周辺に行っているのですよ」
「ああ、リキの住む町だな」
「そうです。時間のずれがあるので、何月何日と確実に、その日には着けないのです。それで、一週間位前には町の近くで誕生日まで時間を潰します。その時です。
「逃げられたのか安心したよ」
種族は分かりませんが、そう言いながら男が現れたのです。私達の顔を覚えていたのではなくて、車を覚えていたらしいです。その時は何も言ってくれませんでしたが、又、一年後来る事を知らせました。勿論、同じ人が来てくれましたよ。その人の話によると、涙花さんの船が視界から消えても、完全に追いつけない時間を確保してから、ばらばらに逃げたそうです」
「そうかありがとう。何も分からないままだな。お前は都市で待って居た方が良いぞ」
「まだ、話は終わっていませんが、良いのですね」
「あっほら、あのなあ。蘭達が帰って着ているかもしれない。そう思っただけだ、帰れと言った覚えは無いぞ」
 涙花は、慌てて必死に繕った
「そうですねえ、涙花さんを信じています」
「もったいぶってないで話せ、考え直すぞ」
「私は聞いたのですよ。西国の人に見付ったら大変でしょう。そう言いましたら、
「心配はしなくても大丈夫だぞ。我々の事よりも、自国の勢力争いで忙しいからな」
そう笑いながら言っていました。そして、帰り際に、もし信さんと会えたら伝えて欲しい。鍵を渡したい。そう言えば分かる。男と会う度に何度も言われました。
「そう、ありがとう。そう言うと思うか、それは何年前に言われたぁ」
 涙花が掴み掛かる。その気持ちは心底から分かる。危険で無いと言ったとしても、自分が恐怖を感じ、仲間が死んだ所だ。好んで来たいはずがないだろう。
「うっう、きょきょぉ去年も言われました」
 乙は首を絞められて声を出せないが、一言上げると、涙花は理性を取り戻した。乙は手を緩められると、一気に声を吐き出した。
「それなら、今年も来るかも知れないな」
「げっほ、げっげげっほ。そう思います」
 涙花は怒り顔を表しながら問うた。それを見ると、乙は、死に物狂いで息を整えた。
「なんとかして、連絡は取れないのか?」
「連絡が取れても、私の話を聞くと思えないですよ。それに、私しか男の話は知らないです。私は緊急の事だと思い伝えたが、耳に入っているか分かりませんよ。あの方達は」
「ふーう」
 何も言葉が思い浮かばないのだろう。大きな溜息を吐いた。
「あっ、都市の機能が使えるなら通信をしてみては、来るとは思えないが、探していた贈り物が見付った。そう言えば来るかも知れないですよ」
「無理だ。都市の様子を見て分かるだろう。もし、正常に機能が動いたとしも、操作が出来る者は居ないはずだ」
「そうですか」
 乙は都市に置き捨てられる。そう恐怖を感じながら、甲達が帰ってくるのを心の底から祈っていた。その祈りが届いたのか、甲達は、乙の話題を挙げていた。それも、リキと初めて会った公園。その国に向かう砂漠で会った。
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第二十四章
 涙花の希望だけでは、ある島国に行く事は出来なかっただろう。元々、この国の王が何十人の者の学者などに、その島の薬草が効くと聞き向かわせる予定だったのだ。その者達は軍人だったが、恐らく、監視も兼ねていたのだろう。それでも、航海術に優れていたお蔭で、船の事には素人の獣族でも航海する事が出来た。島と言えない所でも調査をして、時には住める島では病人などを降ろしながら島に向かった。素人の集まりだからか、調査の為だろうか、その島に着いたのは二年も掛かった。直ぐに全ての船を陸に付けて上陸はしなかった。だが、病人は別として、船団を三方に別れる事にした。この島に住む事を考えていたが、先住民族がいる事を前提に一方は直ぐに上陸して病人や定住の準備の為に、もう一方は北に向かい。上陸ができそうな所で、上陸して、さらに北に向かう。涙花の同族を探す為だった。最後の一方は島を一周して、理想の定住地を探すのが目的だった。
 そして、涙花の同族を探す者達は、都市を見付ける。涙花が船を持ち出してから三年が経っていた。そこで、涙花は驚く事になる。都市の住人は一割にも満たない数だったからだ。それも、細菌を恐れ、怯えて暮らしていた。その地に、信の一族が供に暮らす事を考える。理由は涙花の同族だと知り、今度は自分達が、涙花の一族を守る。恩を返したい。そう考えたからだ。
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第二十三章
「良かった。墜落は間に合いそうだ」
 長老に連絡してから即座に機械の返答が帰ってきた。一つの家族が独断で操作が出来ない為に、機械に指示を要求しても、他家が許可を承諾しなければ動かない仕組みだった。
 安心したような言葉を吐いたが、表情が硬く必死に指示を打ち込んでいた。大きな溜息を吐くと、受話器に手を伸ばした。
「まだ、居てくれましたか、墜落は間に合いました。ですが、以前の状態にするのは無理と思われます。警報を止める作業と都市を維持するには人手が足りません。今なら外界に墜落ではなく着陸する事が出来ます。外界の地に降りる事を提案します。それから、都市の機能や警報の処置を取るべきです。都市の中で何人が細菌に感染しているか分かりませんが、この部署にいるのは、私一人です。他部署に連絡を取りましたが連絡がありません。恐らく、たぶん、この建物にいるのは、私だけかもしれません」
「分かった。降りる指示をしてくれ、候補地は選択が出来るのか?」
 この作業員は話をしている時間も惜しいと思える口調だ。長老は、早口や口調で話すのを聞き、余程、緊急と感じたのだろう。話を遮り、問い掛けた。
「三ヶ所だけですが選べます」
「ホッ。出来るのか」
「ですが、薬を調合する為に、必要な薬草を採取が出来る所は一ヶ所です。恐らく、私のように感染しない者は、一度でも外界に行った事がある者だけと考えられます」
「それでは、都市の殆どの人が感染するぞ」
「はい、そう思います。薬草の備蓄もないでしょう。都市の機能よりも、直ぐにも降りて、薬草の採取を優先すべきと思われます」
「頼む。人命を優先する」
「分かりました」
 電話を切ると直ぐに機械に指示を与えた。すると、即座に指示が実行された。恐らく、この男と同じ事を連絡したのだろう。指示が実行されて安心しているが、密閉の空間だからだろう。都市の八割が感染していた。公共の建物の中や外、自宅などで倒れたままの人が大勢いる。勿論、担ぎ込まれた者や自力で行けた者で病院は満員だ。都市が外界に現れて、一人の女性が驚きの声を上げていた。
「えっ、何故、都市が空にあるの?」
 嗚咽を吐きながら操作をしていたが、ふっとガラス越しに空を見て呟いた。
「まさか、父や長老が獣族を助けに来たの?」
 涙花だけが居る操縦室で声を上げた。都市は見えるが、船や都市のある方向に向かってはいない。船が向かう先と同じ東へ、東へと進んで行く。
「涙花。涙花」
 信は扉を叩く。始めは軽く、だが、扉が開く事も返事がない。何かがあったのかと段々と扉を叩く力が強くなっていった。
「えっ信なの。開けるから叩くのは止めて」
 やっと扉の音に気が付いた。数秒でなく数分だろう。
「どうした。皆が心配していたぞ。泣きながら室に駆け込んだ。そう言われたぞ」
「何でもないわ」
「そうか」
 信はまともな言葉を聞いて、自分も落ち着くのに少しの時間が必要だった。その為に落ち着くまで一人にさせた方が良い。そう思っていたが、知らせたい事があったからだ。
「涙花、変わった乗り物が近づいてくるぞ。友人の乗り物ではないのか?」
「そう見たいね」
「外を見なくても分かるのか、凄いなあ」
「だけど、獣では」
 涙花は、ある程度の距離を飛ぶと速度を落として、獣族を待っていた。その気持ちが小声で口から漏れた。
「えっ何か言ったのか?」
「いいえ」
 涙花は、信の方が悲しい事に気が付いたからだ。親も友人も死んでいるかもしれない事に、自分が同じ事になったら笑ってはいられないだろう。そう思ったからだ。
「なあ、涙花。一度止まって出迎えよう。皆も食事を取りたいと思うしなあ」
「し~ん。私もお腹すいていたの~」
 涙花は、信の気持ちに気が付いた。自分は機械で近づく物が分かる。だが、信は分かる訳がない。安全なら止まって、仲間が来るかもしれない。それを待ちたいのだろう。
「そうだろう。皆に知らせに言ってくるぞ」
 信は嬉しくて、室を出た訳ではない。普段のように甘い声色だが、何を話しているかを頭の中で考えなくても分かる口調だ。もう少し時間を置いて、自分から室を出るのを待つ事にしたからだった。
「おお泣いてないなぁ。降りたら食事だぞ」
 信は室を出ると、見回りのような事を始めた。もう一人の命も失いたくないからだろう。
「泣かないもん。僕がお母さんを守るのだからね」
「そうか、えらいなあ」
「お父さんとね。お祖父さんと約束したのだよ」
「そうか、約束したのか」
 そのように話をしていると、船が降りるような感覚を感じた。その同時に、人々のざわめきが聞こえてきた。
「気にしないでくれ、私は感謝される事はしていない。誰でもする事をしただけだ」
 その言葉の元に、信は向かった。その声は、涙花だった。
「涙花、今まで済まなかった」
「し~ん、なに、な~に」
「もう、武道家の振りも、男言葉も使わないでくれ、その左手の武器は、赤い飾り物を隠す為なのだろう。涙花は、あの時の森で会った人と同じ人なのだろう。いや、同じで無くてもいい。私の一生の連れ合いになってくれないか、今まで待たしたお詫びは、これから償う。許してくれて、一生の連れ合いになってくれるなら。はい、と言う言葉だけで良いから、涙花、心からのお願いだ」
「はい」
 身動きも出来ない通路だ。その周りには人に囲まれている。そのような所で、信に言われて嬉しいが、心臓が破裂するほど恥ずかしかった。その言葉を遮ってはならないと、周りは沈黙した。涙花は、顔を真っ赤にしながら微かな声で答えた。
「ありがとう」
 信は、嬉しくて抱きしめた。もう、皆の騒ぎ声の振動で船が壊れる。そう感じる位の声が響いた。もし、自動制御でなければ完全に墜落しただろう。その騒ぎではもう、涙花と信の話は、誰も聞いてはくれない。自分の事のように浮かれ騒ぐ、船が地上に着いてしまうと、もう誰にも止められない。もし、止めようと思う人がいれば殺されるだろう。涙花も信も、声を掛ける事も、椅子から離れる事も出来なかった。不満ではないが椅子に座っていると、一瞬言葉が止んだ。
「英雄の登場だ」
「ありがとう」
 人々が様々な感謝の言葉を上げて現れたのは、遺言男と、甲と乙だった。
「ありがとう。遺言男殿」
「ありがとう。甲殿」
「ありがとう。乙殿」
 涙花と信の前に、無理やりのように連れてこられたように感じた。そして、信の言葉を待っているのだろう。人々は静まり。信は緊張しながら簡単な感謝の言葉を掛けた。皆に無理やり連れられるように、甲と乙は二人の後から消えたが、遺言男だけは、皆から言葉を掛けられるが離れようとしない。皆は恐怖を感じたのか、変人と思ったのだろう。好きなようにさせた。遺言男は、二人の前に立ち尽くしていた。恐らく、涙花の言葉を待っているのだろう。
「ありがとう。遺言男」
「私は役目を果たしたのか?」
 遺言男は問い掛けた。
「そうです、ありがとう。好きなように寛いでくれ、本当にありがとう」
 そう、言葉を掛けると、何も言わず、表情も変わらずに、皆の中に入って行った。そして、自分の連れ合いを探す為に、赤い糸の導きを信じて、誰にも伝えずに旅に出掛けた。
この騒ぎは二日も続き、その昼、やや人々の熱気も収まったような感じた時に、涙花が、信に真面目な口調で話を掛けた。
「信が言っていた。王国には二日、いや、三日で着くわ。だけど、燃料は、そう言っても分からないと思うけど、四日位しか飛べないの。その後は、その国で暮らすの。それは擬人と一緒に暮らす事になるわよねえ」
「いや、その国では暮らさない。竜家の長老に言われた事だが、その国の王は、以前、飛河連合国に使いを寄越したらしい。その王は不老不死の薬と、その薬を探す旅に出る者を探しに来たそうだ。その王に薬を探しに行く。そういえば船などを用意してくれるらしい。その王には嘘を付く事になるが、皆で船に乗り、別な地で暮らす事を考えている」
「そう、いい考えねえ」
 そして、何事の無く王国にたどり着いた。涙花は、感情を表す事もなく、機械的に船を返す作業に没頭している。原始的な船旅が怖いのだろうか、それとも、信の話に王が承諾しないと感じているのか、ただ、外界での使用する時の燃料から、都市機能からの動力変換が面倒な作業なのか、複雑な表情からは全ての事柄に当てはめる事が出来る。
「お姉ちゃん、チョットいいかなぁ」
 扉を叩いたが返事が返らないからだろう。蘭が言葉を掛けながら扉を開けた。
「なっな、何でなのぉ」
「ごめんなさい」
 蘭は、姉の声の返事も聞かずに室内に入った為だろう。即座に謝罪した。
「信じられない。外界よ」
「えっどうしたの」
「え、何時からいたの。それよりも、都市が外界に降りているのよ。何か聞いていた?」
「私は聞いてないわよ。そんな事、お姉ちゃんは気にしなくて良いの。それに、何かあれば、甲の車に連絡が来るでしょう。心配する必要は無いわよ」
「それはそうねえ」
「私達、出発するわ」
「そう、あの男、やっと酔いが醒めたの?」
「そうよ。三日も掛かるとは思わなかったわ。酒って怖いわねえ。人格が変わると聞いたけど、あれほど変わるとは思わなかったわ」
「それで、もう部屋から出したの。遺言男が居れば、入れた時と同じく押さえられたけど、今は居ないわよ。大丈夫なの?」
「それは大丈夫」
「そう」
「それでは、行くわね。あっお姉ちゃん。何度も言うけど、何も考えないで船を送り返せばいいのよ。何かあれば、甲の車に連絡が来て、私達が面倒な仕事をするのだからねえ」
「はい、はい、そうします」
「涙花、涙花、直ぐに出発が出来るぞ」
 信は室に駆け込んできた。
「あっ、お兄さん」
「涙花、一族全てで行くと言ったら、千隻の軍船を使用しても、良いと言われたぞ」
「本当なの」
「お姉さん、行くね」
「あっ蘭さん」
「私達は行きます。お姉さんを宜しく」
「ありがとう。気をつけて、それで、涙花」
 信は、自分の要求以上に支度をしてくれる事に喜び、何も耳には入らなかった。
(ごめん、見送りは出来ないけど、又、会えるわよね。あなたの幸せを祈っているわ)
 涙花は、心の中で願った。
「それで、信。私、東へ行きたい」
「東へ、良いぞ。良いぞ。だが、明日中に出発してくれと言われた。余程、薬が欲しいのか、私達が襲撃にでも来たとでも考えているのだろう。直ぐに乗船してくれ、そう言われたよ。何日も待たされたら、どうしたら良いかと考えていたのに良かったよ」
「信、この船の事で何か言われた?」
「ああ、この船のお蔭だよ」
「まさか、この船と交換で千隻の船ではないわよねえ。それは無理よ」
「落ち着け、そう言う意味ではない。この船を崑崙の使い舟と言われた。この地に住む者も、祖先が崑崙の使い舟で、この地に来た。そう言い伝えがあるそうだ。そのお蔭で同族と思ってくれた。もしだ、この地で住みたい。そう言えば恐ろしい事になっただろう。私は、不老不死の薬を探す旅に来ました。だが、一族で行けるのなら承諾する。そう言った」
「そう、分かったわ。脅迫したのね」
 信の話を途中で遮った。急いでいるように感じられた。確かに、自動で船を都市に返す為の設定はした。船の自動起動する時間は迫っている。だが、そのような心配ではない。都市の事だろう。獣国のような危機が迫っている。そんな不安を感じているに違いない。
 
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第二十二章
「甲、今度は戦わないと行けないの?」
「うう、その」
「嫌ですよ。私は車から出ませんよ」
「おおー乙が話した」
 愛が驚きの声を上げた。
「酒が完全に抜けたか、もう菓子はないぞ」
「愛は怖くないのですか、蘭も甲も、神経が無いのですか、死ぬかも知れないのですよ」
「私は、外界のこの地で生きなければ成らないし、少々の血を見るくらい大丈夫よ」
「自分の血を見るかも知れないのですよ」
「大丈夫よ。自分の血は見慣れているわ」
「そろそろ、着くぞ。うるさいから、何でも良いから酒を飲ましとけ」
「はい」
「だから、その血でなく、死ぬごぼぉ、ごぼ」
 愛は酒の瓶を無理やり、乙の口に突っ込んだ。乙は苦しくて手を動かすが、愛は左手で何度も手を払い、手を叩き退ける。
「うぉおおおお、美味いぞ。酒は無いのか足りないぞ」
 乙は、顔を赤くしたり青くしたりしていたが、瓶の中身が半分を過ぎると、自分の手を使い呑み尽くした。
「話は後だ。もう着くぞ。椅子に座れ」
 甲が声を上げた。それから間もなくしてだ。
「おおお、到着点がハッキリしていると、全くの揺れもないぞ。これなら、何でも行き来するのなら、到着点を示す物を置くか」
 甲は、自分だけが到着した事に気が付いて、車内の機器に目を輝かせながら、車内を出たり入ったりを繰り返していた。その時に、聞き慣れない声を聞き振り返った。
「甲、着いたようだな。酒は無いのか?」
 乙は身体の隅々まで酒が回り、完全の酔っ払いに変身した。
「うっ」
 頭痛がするほどの低くて響く声、もし人間が殺人鬼と言うよりも獣になってしまったら、このような声になるだろう。そう思える声で、乙が声を掛けた。
「酒は、まだか?」
「貴方様とは、いつお会いしたでしょうか?」
 甲は、死を覚悟するように震える声で伝えた。乙は、人間の顔がここまで赤く出来るのか、そう思う顔色で、目は酔っているからだと思えるが、生気が感じられない。だが、顔の表情には怒りが感じられた。恐らく、酒が無い為の禁断症状だろう。
「酒は、まだかー」
「はい、はい、はい。愛さ~んぅ。あれ、蘭さ~んぅ、お酒は何処にあるのでしょう」
 愛と蘭は、扉が開くと直ぐに逃げ出していた。外に出ると、涙花に気が付き声を上げた。
「おー姉ちゃぁ~んぅ。助けてー」
「涙さ~んぅ、助けて、お酒をーくださぁーいぃ」
 涙花に声を上げても届かないのだろう。だが、必死に走りながら何度も、何度も声を上げながら走った。涙花は様子が変と思い、二人の元に向かいたかった。その指示を羊の獣に頼もうとした。
「危険だ。私が見てくる。先に行け」
「妹も助けてくれ」
「分かった」
 遺言男が、涙花に言った。そして、羽衣の力を使い、一瞬の内に二人の元に着いた。
「あっ人形さん。助けて、お酒を下さい」
「甲が危ないの、お酒を、お酒、お酒」
「酒、酒か、分かった」
 そして、一瞬の内に避難する人々の元に行き、酒を持ち帰った。
「持って来たぞ」
「中に居る。乙に、乙に」
「甲を助けて」
 遺言男は、愛、蘭の言葉を聞き、車内の殺気に気が付き目線を向けた。
「こーう、私に嘘を付いたのかー、それとも、私に飲ませる酒がないのか、まさか、酒はあるが、私に飲ませるくらいなら捨てた方が良いと思っているのだな」
「ひっひー」
 甲は、何かを言いたいが悲鳴しか出ない。
「何をしている。私は忙しい。要件を言え」
「ひっひー」
「お前は助けて欲しいのか、分かった」
「その酒をくれ」
「お前は酒を要求か、わかった」
(乙と言っていたな、普通とは違うと感じていたのは、人を殺した事がある人間だったのか、この男の手を借りるか?)
 遺言男は、乙の目を見るまでは、要求を求めないで酒を飲ませる考えだったが、自分でも感じる殺気の為に考えを変えた。
「だが、酒を渡すが、要求をするぞ」
「何でもする酒をよこせ」
「飲め。来い、行くぞ」
「愛と蘭、涙花の所に行け、良いな」
「はい、そうします」
「甲は大丈夫なのねえ。分かりました。私も姉の所に行きます」
 蘭は、遺言男に頷かれて心を決めた。
「酒を飲ませろ」
「もう飲んだのか仕方が無い、待っていろ」
 今度は抱えられるだけ持ってきた。そして、甲に渡しながら念を押した。
「これで最後だ。用が終われば好きなだけ飲ませる。これで我慢しろ」
「えっ、私も何かするのですか?」
「酒を持ちながら、乙の後を付いて来い」
「うっうう、うっうう、私が、私が」
 二人に睨まれ、承諾するしかなかった。
「我らは、半身獣を避難民に近づけないようにしに行く。石弾は敵の中に入れば撃たれる事はないだろう。分かったな、ならぁ行くぞ」
「そうか、わかった。甲、行くぞ」
「ふぁい」
(酒を飲んで、これほど変われば監禁室に入れられるのは当たりまえだ)
 甲は、そう考え。背中と前に、酒入りの袋を抱えて必死に走って付いて行く。
「遅いぞ」
「済まない。甲、先に行くぞ。遅れても良いが、呼んだら酒を渡せよ。分かったな」
「ふぁい」
 泣きそうな声を上げた。
(この二人、人でないぞ)
 上空には竜が飛び交う。まるで、超大形のヘリコプターと戦闘機のような戦いだ。虹家と鳥家の二台しかないから何とか防いでいるが、石弾が当たったからだろう。泣き声なのか、雄叫びなのか分からない叫びが止まない。石弾を何十発も身体で受ける。その破片が雨のように地に落ちる。それと同じように鮮血が飛び交い。そして、痛みで変身が解けたのだろうか、それとも、命が尽きたのだろうか、一緒に人も落ちてくる。
「俺の頭に落ちないだろうなあ」
 上を見ながら二人の後を追う。
「うぇー、あの中を通り抜けろと言うのか?」
 地上では、五種類の獣が垂直に飛んでくる石弾を受ける者。弾き返す者がいた。竜より酷い有様だ。全身血だらけで、ふらつく者が殆どだ。丸一日石弾を受け続けているからだろう。回りには命を尽きた者が数え切れないほどだ。変身獣が減ってきた為に、変身が出来ない者や変身が解けかかった者が、補うように前進する。元々敵は半身獣の集まりだけでなく、六種族の混合で弱点を補っている。数は対等だが、勝てる訳が無い。抑えているのが奇跡に近い。もう陣が崩れてしまう。その時に遺言男と乙が現れた。甲の姿が見えないが向かっているのだろう。特に遺言男の速さは、虹家と鳥家の空を飛ぶ獣機と同じと思えた。乙も、獣族最速の虹族と同じくらいだ。もし、虹族の完全変身なら敵わなかっただろう。だが、乙は酒の力を使い。ふらふらだが、戦う為の攻撃の形がない為に敵の攻撃が当たらない。奇跡と思えた。
「甲、何処だ。酒を飲ませろ」
 突然に、敵の攻撃がかすり始めた。その時に、乙は大声を上げた。酒で痛みを和らげる為か、それとも酒で、全ての身体の機能を柔軟に出来る。そう思っているのだろう。
「ふぁい、ふぁい」
 甲は、声を上げるが、変身獣の足元で震えていた。だが、何度も言われ、恐る恐る向かい出した。それでも、近寄れない。仕方がなく一本の瓶を、乙に投げた。
「遅い」
 乙は、飛び跳ねて受け取る。一口飲むごとに、人体機能の柔軟性が復活した。殴る、蹴るだけだったが、落ちている刀を拾うと、刺す。切るに変わった。
「大丈夫だな」
 遺言男は、乙の姿を見て安心した。そして、先ほど以上の敵を倒し始めた事を確認した。だが、遺言男は、誰構わずに殺す事は出来なかった。この世界に来たのは、連れ合い探しの為に来た。連れ合いが居ない場合は、時の流れの修正をしなければならない。赤い糸は、連れあいを捜す方向を示す物と赤い糸で傷を付けられる者の命を絶たなければ成らなかった。それは、自分が、この世界に来た為に世界の時間の流れが変わり、死ぬべき者が生きた時間の流れに変わったからだった。遺言男は、命を絶たないと行けない事を思い出したのだろう。大きな溜息を吐いた後、赤い糸を伸びる程伸ばし。鞭のように使いって敵にぶつける。殆どが何も無かったように通り過ぎる。だが、何回かに一回は血が飛び散る者がいる。その人物の所に、羽衣の力を使う事で、信じられない程の速さで向かった。そして、殺した後は、又、先ほどの所に戻る。その行動を、何度も何度も繰り返した。
「あの二人は凄いぞ。涙花の一族なのか?」
 二人の様子を見る為ではないが、避難民が船に入るのに時間が掛かり、心配になり視線を向けたら目に入ったのだ。
「し~ん。ぁ遺言男とおなっじのぉ変人に見えます~の」
 甘い声でしな垂れかかる。
「そうだな」
それしか言えなかった。避難の誘導に時間が惜しいが、それよりも、怒らせると怖い。そう本能で感じたのだろう。そう思う、表情が現れていた。
「お姉ちゃん。今度は甲板の上に案内しても良いのでしょう?」
「いいわよ、お願いね」
「涙花さん。女の人や子供が多いから、予定よりも、千、千五百人位は多く乗れると思うわよ。知らせられないの?」
「そうね。知らせないと行けないわね。長老達と話が出来てれば、う~む。このまま、来るのを待つしかないわ」
「そうですか、分かりました」
「来たらお願いね」
「はい」
「グゴォォー」
 竜が鳴き声を上げた。船に乗る為に集まっていた人々が、全て乗れた事への礼の様な鳴き声に思えた。その意味は獣には分かるのだろう。上空にいる全ての竜が同じ鳴き声を上げ、少し遅れてから五種族も次々と鳴き声を上げる。その喜びのような鳴き声も、十分、二十分、三十分と過ぎてくると、不審とも悲鳴とも泣き声のように思えてくる。獣の言葉の意味がわからなくても、感じ取れる。
「何故、飛ばない」
「飛べ、立っているだけでも苦しいのだ。孫の前では死ねない。早く行ってくれ」
「どうしたのだ?」
「早く、この場から離れてくれ」
 そう、悲しい泣き声に思えた。その言葉を聞いたからか、飛ばない苛立ちだろうか、上空の一匹の竜がゆっくりと降りてくる。それも手に触れられると思える程に近づいた。
「ひどい、鱗が剥がれている」
 涙花は悲鳴を上げた。信は竜の姿を見て助からない。そう感じ取れたからだろう。一言も声を出す事が出来なかった。二人は竜を見つめていたが、突然視界から消えた。
「涙花さん。どうしたのですか、何故飛び立たないのです。故障ですか?」
 竜家の長老は女性の為だろうか、半獣になっていた為に裸のようには見えない。それとも、命の火が消える寸前の為に自分の思う通りに変身が出来ないのだろう。そう思えた。
「まだ、乗れます。急いで連れてきて下さい。それと、私が戻って来た時に、どこに降りたら良いのか、それを聞いていません」
「避難を頼みたいのは、船に乗っている人だけです。今、戦っている人達は、船の安全を確かめしだいに逃がす予定だ。頼むから早く飛び立ってくれ、もう持ち堪える事が出来ない。頼むから急いでくれ、頼むから」
「え、町の人達が船にいるだけ」
 涙花は最後まで言葉に出来ず、嗚咽を漏らした。それを慰めようとしたのか、長老は幼子を癒すように頭を撫でた」
「そうだ、船に居るだけだ。だから、心の底からお願いする。助けてくれ、頼むぞ」
「はい」
 長老は船から飛び降りた。普通の変身が出来ないのだろう。人体機能の危機を無理やり起こして変身を試みたのだろう。
「長老、心配しないで後は任せて下さい」
 信は、言葉を掛けられなかったが、船から飛び降りる時、やっと声が出せた。そして、長老は竜になり、目で言葉を言われたように感じた。死んだら許さない。死ぬ気持ちで守れ。殺気を身体で感じて、そうだと確信した。
「うっうげぼ。うっうげほげほぉ」
 嗚咽も漏らしながら、船内に駆け込んだ。恐らく、操縦室に行ったのだろう。涙花は自分を責めた。一分でも早く来られたら一人でも多く助けられたはずだと、だが、心の底では別の考えもあった。船を貸して貰えなければ六獣族が死ぬはずだった。その事を都市の長老に感謝していた。涙花はホットしているだろうが、ある事を知れば自分の命を絶っていただろう。結局は獣族が死ぬか、自分の同族が死ぬかの運命だった。神は同じ数の命を要求していたからだ。
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物語を書いて五年になりましたが、私は「左手の赤い感覚器官(赤い糸)と「蜉蝣(カゲロウ)の羽(背中にある(羽衣)の 夢の物語が完成するまで書き続ける気持ちです。
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