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第三部、結婚式まで十五日前、本の中の物語、第一巻き。
今から四千年前の日本、縄文後期と言われた時代。現代では、宮城県塩釜市鳴瀬町と言われている所だ。その浜辺に、一人の女性が現れた。自分では、江見と言ったらしい。だが、その名前は後世まで残る事は無かった。理由は様々ある。復讐神とも災害神とも言われ、その名前を口にすれば、復讐を果たせる代わりに、酷い災害が見舞われるからだ。その為に祭る者は居ないが、二度と開けられないようにする為の封印に使われた事があった。その、最後に封印を使用され、一つだけ残された神社が、宮城県仙台市太白区の八木山神社だ。その事は、この女性は知らない。そして、この地に来て始めて、江見は声を上げた。
「うわー、まあ、可愛い」
 江見は、悲鳴のような声を上げながら駆け出した。向かう先は砂浜を歩く海亀だ。
「うわ、大きくて重いわ」
 欲望のまま、海亀を抱え上げた。
「うわあー、いたぞ」
 数人の子供が、江見の元と言うよりも、海亀を見つけ駆け寄ってきた。
「何をしているの。お姉ちゃん。海亀探しは、子供の仕事だよ」
 この地の特有なのだろうか、子供が、食料件占いをする為に海亀を捕まえていた。
「これ、あなた達の亀なの、そう」
「ん。そう言えば、そうだよ。亀を持って来るのが仕事だしね」
「う~ん、そう、ごめんね。返すね」
 江見は、言い方が間違っているのに気が付いて無かった。でも、まさか、食料にすると考えないだろう。それは仕方がない事だった。
「お姉ちゃん、ありがとう」
「また、触らせてね」
 そう、江見は、言葉を返して子供達が帰るのを見続けた。
 突然だが、現代の薫の部屋に戻る。江見が驚きの声を上げた為に、本から江見に視線を向けたからだった。
「え、嘘、江見、何で?」
 江見は、不審を感じて声を上げた。
「如何しました。ああ、同じ江見で驚いているのですね。作者が好きなのでしょうね。何か、江見と言う名前に何か思い出があると思いますよ」
薫が真剣に物語を読んでいたが、江見が大声を上げたからだ。薫は驚き、問い掛けた。
「何でもないわ。続けて」
「そうですか、それなら、続けますね」
「えーと、何処からだっけかな」
「早く、早く続き」
 江見は、本の内容を聞き、驚きの声を上げた。益々興味を感じて耳を傾けるが、顔色は真っ赤だ。驚いているのか、怒りを感じているのだろうか。
「はい、はい」
 薫は、慌てて、又、読み始めた。
 本の中の物語 第二巻き 旅立ちに必要な起点探し。
「大変な事をしてしまったわ。どうしたら良いの」
 子供達が、居なくなると、と言うよりも海亀が居なくなると。海亀の興味、いや欲求が消えて、江見は、正気を取り戻した。
「あああああ」
 突然に悲鳴を上げた。そして、頭を抱えながら、その場に座り込んだ。
「痛い、痛い、痛たたぁ」
 一時間位は悩んでいただろう。突然に痛みを感じた。それはそのはずだ。江見は気が付いて無いが、今、起点を付けた亀が死んだのだ。起点を付けた事で体の一部になり何かあれば体に痛みを感じるのだ。それでも、亀の生死に関係ないのが幸いだった。
「こんな事をしていられない。亀を探さなければ成らないわ」
 江見は、痛みを感じたからか、それとも、起点が付いている為に、海亀の苦痛が感じられたのか、そのどちらかだろう。完全に正気を取り戻した。そして、砂浜を歩き出した。
「どこ、どこ、あの子供は、何処にいるの?」
 キュウと、砂浜の足音が鳴ると、顔を上げて鋭い目線で辺りを見回す、だが、何も人口物が見付らない。それが分かると、がっくりとうな垂れる。それを何ども繰り返していた。
「おっ、小屋だわ」
 三十分位は歩いただろう。すると、自分の目に信じられない物、いや、探していた物と言うべきだろう。やっと見つける事が出来た。それで、嬉しくて駆け出した。
「すみません。すみません」
 江見は、息を整える事よりも、扉を叩いた。
「誰だ、なんの用だ。誰?」
 部屋の中から男の声が聞こえると、江見は、扉を叩くのを止め、出て来るのを待った。
「誰。誰だぁ」
 男は愚痴を言いながら出てきた。若い男だ。ひょっとしたら成人になっていないかもしれない。恐らく、十五、十六歳だろう。そして、江見を見ると、声を無くした。
「あっ、あの、あの」
 この男でなくても、驚き、声を無くすはず。それほど、江見は美しいのだった。この時代、江見のような肌が白くて綺麗な容姿は、貴族の女性しかいなかった。貴族の女性は、外に出ること無く、容姿を綺麗にする事だけを考えていたが、江見が、同じようにしていたのではない。そう感じたのは、貴族と一般女性が余りにも、掛け離れていた生活をしていたからだ。
「私、海亀を探しているの。ねえ、この近くに海亀を飼っている子供を知らない?」
「あっ、あの、あの」
「それなら、子供が海亀を捕まえたら、何処に連れて行くか知らない?」
「あっ、あの、あの」
「ねえ、お願い。何か知っていたら教えて下さい。私の命に係わる事なの。ねえ」
「あっ、貴女様の命に係わる事なのですか、なな、何でもします。貴女様の為なら」
 この男は、余りにも美しい女性を見た為に惚けていたが、命に係わる。そう耳に入ると、やっと現実に存在する女性と感じて、話す事ができた。
「ねえ、お願いよ。海亀を探しているの。子供が海亀を連れっていたのよ。その亀をどうしても探さないと行けないの。何か知っていたら教えて、お願いよ」
「えっ。子供が海亀を連れてった」
 男は、惚けて赤い顔をしていたが、声を上げるにしたがい顔を青ざめ始めた。
「そうよ。そうなの」
「それでは、もう、生きて無いかも知れない」
「えっええ。な何でなのぉ」
「もう、食べられていますよ」
「えっ」
 江見は、顔を青ざめ、足をがくがく震わせると、その場に斃れた。
「おおうわ。大丈夫かぁ」
「うっうう」
 想像も出来ない事を聞かされて、江見は気を失った。
「生きている。大丈夫だな。ふっ、良かった」
 そう呟くと、江見を抱え、寝台に寝かせる事にした。
「やめて、お願い。お願いよ」
 目を瞑っているのに涙を流しながら悲しい声を上げ始めた。
「海亀が食べられる所を、夢で見ているのか。それほど大切な物なのだね」
(この人の為なら何でもする。例え、自分の命を犠牲にしても)
 男は呟いた。その後の言葉は口を動かすだけで声は響かなかった。江見に聞こえると恥ずかしい。と感じたのだろうか、それとも、誓いと考えた為に口にしなかったのだろう。
「うっうう」
 江見は、夢の中で絶望的な場面を見ているのだろう。そう思えた。呻き声が段々と小さくなっていくからだ。恐らく、自分が死ぬ場面を見ているのか、それとも、絶望を感じて生きる気持ちが消えかけているのだろう。どちらかの場合でも死を感じているはずだ。
「死ぬな。死なないでくれよ」
 益々、小さくなる呻き声を聞き、聞こえ無くなると死ぬ。そう感じたのだろう。それで、如何したら良いかなど考えてなかったが、大声を上げていた。その声は、江見の思考には感じ取れなかったが、体の機能では感じ取った。だからだろう。今まで見ていた幻想が突然に消える。と、同時に目を開けた。
「えっ、ここは何処なの?」
 江見は、部屋の中を見回した。元々は、網など漁業の道具を入れて置く為と休憩の小屋だった物だ。それを、家として住んでいるに違いない。所々に壁の穴から網などが見える。それも、古くて使用できないはず。もし、出来たとしても蜘蛛が巣を作っているほど長い時が流れているのだから。可なり修復しなければならないはずだ。
「私の家の扉を叩いて直ぐです。斃れてしまいましたよ」
「そう、ごめんなさい。あっ」
 江見は、寝台から落ちそうになった。寝台と言っても長椅子を並べただけの物。偶然に椅子と椅子の間に手を入れてしまったからだ。
「大丈夫ですか、寝ていても良いですよ」
「私、何をしに、この家に来たのかしら?」
 江見は、現実と夢の悪夢の事で記憶が混乱していた。朝の、寝起きの状態に近い。
「な、何を言っている。本当に大丈夫かよ」
「え、すみません。大丈夫です。それで、貴方は誰でしょうか?」
「ああ、言ってなかったなぁ。俺は、かかり、と言います。名前の意味は分かりません。俺の親が付けてくれたのか、村の人が付けたのか分からない。物心がつく頃は、この小屋にいたから、でも、微かな記憶では大人の女性と住んで居た記憶があるよ。たぶん、お母さんと思う。病気になると思い出す。綺麗で優しい人だよ」
「そう、いいお母さんだったのね。病気で死んだのでしょう」
「違う」
 かかりは、怒り声を上げた。
「ん」
 江見は、かかり、に問い掛けた。
「生贄にされたよ。海神様のねえ」
「え」
「村の人達の噂を聞いたよ。お父さんとお母さんは、この村に逃げて来たって。そして、お父さんは病気だったらしくて、何日も経たずに死んだって聞いた。お母さんは何で、生贄にされたか分からない。けど、無理やりに生贄にされたはずだ。絶対そうだよ」
「そう、酷いわね」
「ありがとう。そう言ってくれるだけで嬉しいよ」
「きゃー」
 小屋の外から、いや、隣の部屋だろうか、凄い音が響いた。
「大丈夫だよ。風で隣の部屋のガラクタが崩れたか、村の子供の悪戯だよ」
「子供なのね。ああっ海亀の事を聞かなければ」
「まって、村の人は知らない人には冷たいから、何も考えないで話し掛けても、無駄だよ。もっと酷い事になるよ。俺に、理由を聞かせて、そしたら、俺が、何とかするよ」
「かかり、分かったわ。私は竜宮城と言う所から来たの。何故、この地に来たかと言うとね。運命の人を探す旅をしているの」
「竜宮城、かあ。何か良い響きで、住んでみたくなる所だね」
「ありがとう」
「それで、運命の人って何なの?」
「結婚する相手よ。左手の小指にある赤い糸が見える人を探しているの。それが見える人と結婚したら幸せになれるからなの」
「ねえ、お姉さん」
 かかりは、名前を知らないから、恥ずかしそうに問い掛けた。
「あっ、私は、江見よ」
「江見様」
「もう、馬鹿ねえ。江見で良いわ」
「うん、江見」
「それで、なに?」
「ねえ、江見。左手を見て良いかな、嫌ならいいよ」
「ううん。見て欲しいわ。見て、赤い糸が見えたら教えてね」
「小指だよね。おれには見えないやぁ」
「そう、見えないの。でもね。かかりには、かかりの運命の人がいるわ」
「本当かな」
「ガッカリしないでね。必ずいるわ」
「うん、江見。俺も、運命の人を探す旅に一緒に行って良いかなぁ」
「えっ、それはねえ」
「海亀は旅に必要なのだろう。俺が何とかしてやるからな、な。良いだろう」
「う~ん。もし、運命の神様が許してくれるならねえ」
「それは、如何すれば許してくれる」
「何もしなくて良いの。神様は何時でも見ているからねえ。ただ、自分がして欲しくない事をしなければ良いだけよ。そうしたら神様は許してくれるわ」
「わかった。嫌だと思う事はしないよ」
「そうよ。ん、又、音がしたわね」
「風だよ。子供なら悪戯が成功したと思って、笑い声を上げるからな」
「そう、何か足音にも、思えたわよ」
「こんなぼろ小屋に、人なんか来ないよ。気のせいだよ」
 江見が言った事は間違えなかった。男の足音だった。小屋の隙間から覗けば男が走り去るのを見る事が出来ただろう。
「へえへへ、ガキ達が言っていた以上の、いい女じゃないか。左手の小指に赤い糸が見える。そう言えば良いのか。それで、俺の女になるのか。へえへへ、楽しみだぞ」
 男は、小屋から離れたからか、それとも、欲望の為に気持ちを抑える事が出来なかったのだろうか、心の思いを口にしながら村の方に駆けて行った。
「外ばっかり気にしているね。直ぐ、村に行こうか」
「そうじゃないわ。音が聞こえたから」
「良いよ。時間を潰してごめんね。行こう」
 かかりは、心の中で溜息を吐き、扉を開いた。
「ごめんね。かかり」
「良いよ。俺も、早く旅に行きたいしなぁ」
 部屋の中では、不安や苛立ちを感じる青い表情をしていたが、外の新鮮の空気を吸ったからだろうか、いや違う。海亀の所に行ける為だろう。江見は、喜びを表していた。
 その、江見の表情を見て、かかりは幸せを感じた。何故、笑みだけで、そう思うはずだ。親が生きていた時は、笑みを返してくれただろうが、幼い時だから記憶が無かった。それで、今までの人生で、始めて、自分に向けられた笑みと感じたからだ。
「なんか、楽しそうね。かかり、どうしたのよ」
「なんでもないよ」
「そう」
「うん。ねえ、同じ海亀でないと駄目か、違うので良いなら、直ぐに捕まえてくるぞ」
「ありがとう。でも駄目なの。同じ海亀でないと帰れないのよ」
「う~ん、海亀でないと帰れない。その、意味が分からないけど、海亀が絶対に必要なのが分かった。村の人は、俺の話を聞かないからなぁ。でも、何とかする」
「ありがとう」
 二人は、小屋を後にした。村に着くまでに、同じ様な小屋を何度も見かけた。それも、一つや二つではない。住人全ての数。それは大袈裟だが、可なりの数だ。恐らく、住居から持ち出すのが面倒な事もあるのだろうが、小屋に、修理道具と網を共に置けば、清潔な生活ができ、漁をするにも適しているからだろう。
「なにか、感じの悪い村ね。私達を見ようともしないわ。何故かしらね」
「それは、俺が、一緒だからだよ」
「かかりが、何かしたの?」
「なにもしていない。俺が、よそ者だからだよ」
「えっ、おかしいわよ。同じ住人でしょう」
「この村は、カイ一族だけが住んでいるから、血が繋がって無い者には冷たいよ。特に、俺は、嫌われている。網も船も使わないで魚を獲るからだろうなぁ」
「そう、凄いわね」
「そうでもないよ。自分が食べる分だけだよ。それが、長老も村人も頭にくるらしい」
「何で?」
「皆は、長老から網と船を借りて大量に魚を獲る。半分は長老に、残りは、自分が食べて、残りを他の物と交換する。確かに、借りた方が楽だけど、何か嫌だから」
「そう、でもね。村の人と仲良くした方が良いと思うわ。一人では寂しいでしょう」
「そうだけど、でも」
「なんだ。友達がいるじゃない」
 江見は、かかりと話に夢中で周りを見てなかった。それで、何処の建物から出て来たか分からないが、正面から笑みを浮かべながら近寄ってくる男の事を言った。
「えっ、誰?」
「ほら、嬉しそうに向かって来るでしょう。友達でないの?」
「か、かい、」
 かかりは、驚きの声を上げた。
「やっぱり友達ね。は~い」
 江見は、嬉しそうに、その男に向かって手を振った。
「かかり、探したぞ」
「ああ」
 かかりは、言葉を掛けられても、俯いたまま顔を上げなかった。何か、理由があるだろうか、それに、江見は気が付かなかった。
「大漁祝いに来て欲しくて探したぞ。なあ、かかり、食事会に来てくれるのだろう」
「ああ、頼みたい事あるから行く」
 苦渋な表情で呟いた。かかりは、心の底から悔しいのだろう。
「ありがとう。楽しみにしているよ。彼女も連れてきてくれな。それと、あれもな」
「えへへ、彼女だって」
「分かっている。必ず行く」
「かかり、他にも伝える人いるから先に行っているな。来いよ」
 かいは、二人に伝えると、即座に走り出した。そして、誰かに声を掛けられたのだろう。手を振りながら建物の中に消えた。
「いい友達じゃないの。かい、って言うのね」
「かい、見たいのが好きなのか?」
「馬鹿ねえ。私は容姿とかでは判断しないわ」
「そうか、そうか。海亀の事は、かい、に頼んでみる。場所が分かれば盗んででも、江見に渡すから安心して良いぞ」
「盗むのは止めてね。私は、この村から居なくなるけど、かかりが心配だからね」
「だって、旅に連れてってくれるのだろう。違うのか?」
「それは、運命の神様しだいよ。私は、海亀を手に取ると、突然消えるかもしれないわ」
「そうなのか」
「でも、別れの挨拶くらいの時間はあるからね」
「仕方が無いな。神様が決める事だ」
「かかり、ありがとう」
「うん、いいよ」
「小さい村だと思っていたのに、凄い人の集まりね。ヒョットして有名はお祭りなの。それで、他の村か町から人が来ているの?」
「何処の村でもやる。大漁祝いだよ。でも、本当に人が多いな、何故だろう?」
 二人だけが、理由をしらなかった。この村を含め、近隣すべてを治める領主が来るからだ。その警護もあるが、勝利祈願と領主の二心ある考えを選ぶ為の占いだ。その結果しだいで行動を起こす為の陣営の準備だった。その二心とは、もう、今では無い国だ。平成の現代では、北海道、青森王国と借りの名称で言われている所だ。その国は滅ばされたから国名が残らなかったのではない。神の末裔や人などが集まる所、と国名はなく。ただ、八百万と言われていたからだった。元々、先史文明の時代、地球の事は地球と呼ばれず。八百万と言われていた。その名残もあったからだった。その国、八百万は、今の領主の祖父の頃は、現代の富士の裾野の辺りまでを、そう言われていた。だが、年が経つ毎に、北へ北へと追い詰められ。父の代では、現代の北海道と青森県だけになり。今、占いにすがる。今の王は、数日前に全てを失った。二心の一つは、最後の一兵まで戦い続ける。もう一つは、曾祖父の頃に袂を分かった。その同胞に仕えて生き残る。それを、決める事だった。
「あれが、村長の家だ」
 海岸から山に向う道に沿って、家々が建てられていた。その山の裾に長老の家が建てられ、その道の奥の山は、領主が勝利祈願と占いをする神社がある。村人には、漁の安全と大漁祈願をする馴染み深い神社だ。
「言われなくても、そう思える大きい家ね」
「そうだね」
「ねえ、眼つきの鋭い人だけが、山に向かっているけど、何かあるの?」
「神社があるよ」
「そう。あの方達、神社に何の用なのかしら?」
「さあ、分からないよ。それより、行こう」
「そうね」
 長老の家に行くまでの間には、様々な食べ物が用意されていた。酒、握り飯や様々な汁物があった。平成の現代のお祭りの様に、屋台が並べている。そう考えてくれれば分かるはずだ。だが、全て無料で食べられた。豊作や大漁の時や何か行事などの時に、村長や網元が仕事の励みの為に惜しみなく振舞った。その中にある。一つの屋台を任された男が声を掛けてきた。だが、好意的な話し方には思えなかった。
「おい」
「ねえ、知り合いなの?」
「気にしないで行こう」
「おい、何をしに来た。自分で獲った物しか食べないのだろう。冷やかしに来たのか?」
「ねえ、良いの?」
「行こう」
「ねえ、お嬢さん。隣の馬鹿は相手しないで、何か食べてってよ」
「えっ、でも」
「ここに有る物全て、振る舞い物だから、誰が食べても何も言いませんよ」
「そうなの、無料なのね」
「えっ無料。ああ、お代は要らないよ」
「そうだって。ねえ、ねえ、かかり食べましょう」
「要らない、行こう」
 かかりは、食べ物の匂いを感じて、体の機能が悲鳴を上げた。
「ん」
「んっもう。かかりったら」
 その音を聞くと、嫌味しか口にしなかった男が、笑い声を上げた。
「腹の音を鳴らして何を格好つけているのだ。腹を空かしているのだろう。馬鹿な奴だな。ほら、ほら食べろ」
「うん」
 江見以外の微笑みを見た事がなかった。かかりは嬉しくて泣きそうな表情にしながら容器を受け取った。
「美味しいの」
 江見は、嬉し泣きを始めて見たのだろう。自然と言葉が口から出ていた。
「お嬢さんも食べませんか」
「美味しそうね。頂きますわ」
「勝也。美味しい所をかかりにも食べさせてやったらどうだ」
「俺の肉の焼き方は普通と違う。全てが美味いぞ。ん、かかり食べたいのか?」
 勝也は、渋い顔で愚痴を言っていたが、かかりに顔を向ける時には、微笑みを浮かべていた。かかりは、その微笑を見て、ますます、顔を崩すし頷いた。その楽しそうな様子をみて、隣の女性も声を掛けてきた。
「男の料理で嬉し泣きかい。私のあら汁を食べてみないと、本当の料理の味は分からないだろうね。どうする。食べるのかい?」
「おかみさん。私、食べてみたいわ」
 江見は、かかりが頷くのを見るのと同時に、自分の分を要求した。
「そうか、食べてみなさい」
 おかみは楽しそうに、二人に容器を手渡した。
「ん、どうしたのだい。泣くほど美味いのかい?」
「美味い、美味いよ」
「おかみさん。本当に美味しいわ」
 かかりは泣いていた。食べ物の味よりも優しい言葉を掛けてくれた。その事が一番嬉しいのだろう。そう思えた。母や父の事は記憶が無い為に、人の優しさが分からないのだ。その気持ちを始めて感じたからだ。かかりは心の底から嬉しさを表した。
「そうだろう。男の料理との違いが分かったかい。分かったのなら早く行きなさい。あれを目当てに来たのだろう。ほら、無くなってしまうよ」
 かかりと江見は、その意味が分からなかった。だが、確かに人が、ある場所に集まって行く。何かあるのだろう。二人は好奇心で皆の後を付いて行った。人が多いからだろうか、それとも、ある場所が、まだ、遠いからだろうか、何が始まるのか、何があるのか分からない。だが、突然、大太鼓の音が響き渡った。それは、時間を知らせているように思えた。始めはゆっくりと、そして、段々早く鳴らし始める。何の集まりか分からなくても、皆に、太鼓の音で何かを知らせているのは確かだ。
「かかり、何が始まるか分かる?」
「ごめん、村の人と係わり合わないようにしていたから分からないよ」
「お、何か始まったようね」
 突然に音が変わった。太鼓の乱れ打ちが始まった。
「そうだね。何かが始まったみたいだね」
「おっ」
「歩くのが止まったわね」
「そうだね。でも、この場所からでは何が何だか分からないよ」
 二人の会話は周りの人に聞こえているはず。だが、二人を知っていて故意に無視をしている。そうではなかった。真剣に考えているからだ。その場所に早く行きたい。その気持ちしかない為に周りに関心が向かなかったのだ。
「お、歩き出したわ。もう、終わったのかしらね」
「そうでは無いみたいだよ。皆帰らないで、向かっているからね」
 二人は、皆の歩く速度は遅いが、気には成らなかった。速度よりも周りを見回していたからだ。ヒョットしたら、その場所から帰ってきている人がいるかもしれない。その人達を見たら何か分かるかもしれない。その気持ちで一杯だったからだ。
「かかり、かかり」
 男の野太い声が響く。
「ん。かかり、呼ばれているわよ」
 二人の斜め前方からカイの声が聞こえて来た。それも、人々を追い払うように無理やりに進んでくる。その姿をかかりと江見には見えないが、カイの声と、カイは子分と考えているだろう。その友人の声で何が起きているか想像が出来た。
「気にしなくていいよ」
「そう、そうなの」
「あっあんな奴」
 かかりは、怒り表し言葉を出し掛けたが、江見が居る事に気が付き、言葉を飲み込んだ。
「でも、友達でしょう」
「そうだね。でも、今は、行列の先に何をやっているかの方が楽しみだろう」
「私の事は気にしなくていいからね」
「俺も、楽しみだから、江見も気にしないで」
「そうなの?」
「そうだよ」
 だが、長い間、カイ達を無視する事は出来なかった。江見が、この地の成人男性と同じ背丈があり、色白で、余りにも目立つ容姿だったからだ。それは、人ごみの中の巨人。そう思ってくれれば分かるだろう。
「おお、かかり、探したぞ」
「ああ、そうか、探していたのか気が付かなかった」
(カイの奴、来たのかよ。何の用件だ。まさか用件も聞かずに、あれを寄越せと言いたいのか。確かに、村の中に入ったのだから用件がある。だか、簡単にはやらんぞ)
 かかりは、言葉を返したが、目線を合わせる事はしなかった。余程、カイの事が嫌いなのだろう。まるで、親の敵のような表情を浮かべていた。その為に、カイの表情には気が付かなかった。始めの挨拶の時は、かかりに親しみを感じる表情を浮かべていたが、その後は、江見の姿を上から下まで眺め回しながら涎を垂らしているように見ていた。
「確か、カイさんですよね。かかり、そうでしょう」
 江見は、始めてカイに会った時は気が付かなかったが、今の姿や視線は、男が性欲を表す欲望そのままと感じ取り、背筋が寒くなったのだろう。それで、かかりに助けを求めた。
「カイ、俺たちは、行列の先に有る物を見る為に並んでいる。用件なら後で聞くよ」
 そう言うと、江見の手を掴み、先ほどと同じく歩き始めた。
「待て、私を無視する気なのか」
 カイは、満面に怒りを表した。それを見てカイの連れも、周りの人々も驚きの声を上げていた。長老の一人息子である為に好き勝手にしていたが、それを、誰も諌める者がいなかった。そう言う生い立ちもあるが、女性の前では怒りを表す事はない。それなのに、怒りを表したのは、同じ村人と思われていない者に、無視をされ、諭されたからだ。
「江見さん、行きましょう」
「待て。何が合っても村の中に入らなかったのに、村の中に入って来たのは何か用事があるのだろう。私を無視して、その用件が叶うと思っているのか」
「その為に、あれを持ってきた」
「ああ、赤い勾玉だな。本当に欲しかったのでない。かかりには似合わない物だし、赤色は我が家の象徴だから持って欲しくなかっただけだ」
「うっう」
「それにだ。お前の指の手入れもしていない長い爪で、江見さんの手に傷を付けたのでないのか、糸のようの血が流れているだろう。手を離せ」
「えっ、糸のような血」
 江見は、驚き声を上げながら、かかりの手を離した。
「大丈夫ですか、痛いでしょう」
「この赤い糸が見えるのですか?」
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自己紹介:
物語を書いて五年になりましたが、私は「左手の赤い感覚器官(赤い糸)と「蜉蝣(カゲロウ)の羽(背中にある(羽衣)の 夢の物語が完成するまで書き続ける気持ちです。
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