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第八章
「ふっ」 輪は、自分の溜め息で、見惚れていた事に気が付き焚き火に集中した。 「これ位火が付けば、しばらくは消えないだろう。さて魚を捕りに行きますか」 輪は呟くと、川に向い潜り始めた。 赤い糸で何十匹も魚を突いていた。傷も付かない事を何度も、何度も。それなら手で捕まえれば良いだろう。それは誰でも思うだろうが、赤い糸で傷が付くものは修正の為に殺さないと行けない。それを探して何度も川から出たり入ったりを繰り返していた。そして、焚き火の所に戻ったのが、何度目なのか覚えていないが、二人は戻ってきて居た。それも、殺気を放ちながら不機嫌そうな症状で輪を待っていたのだ。その理由は、食事だ。落ち着かせる為に、二匹しかないが焼いて食べさせたのだが、満ちるはずも無く不満を高めるだけだった。魚では時間が掛かるので、仕方が無く、鳥を捕まえるからと気持ちを逸らした。だが、信じられない事を言われた。現代人なら当然の事なのだが、輪には考えられない事だった。それは、鳥を食べるのは好きだが、血の一滴、羽一枚も見たくない。そして、鳥が解体された場面を想像も出来ないようにしてくれ。そう言われたのだ。これには、心底から悩んだ。 「さあ。私達も時間を潰しましょう」 二人は、あれ程、注意されたのに、 川の上を飛び、川の上や底を歩き回り、好き勝手に遊んでいた。輪が、この様子を見ていれば、泣きながら魚や鳥は逃げ出します。と喚くに違いない。そんな、二人は心の底から楽しんでいると感じられたが、秋奈が突然に泣き出しそうな顔色で浮かんで来た。夏美は、秋奈の様子が気になり、近寄ると真っ先に怪我をしていないか、目線で身体を確かめた。怪我がない事に安心したが理由が分からない。出会ってから間もないが、子供のような無邪気な様子しか見た事がなくて心配になり声を掛けた。 「どうしたの」 秋奈は嬉しかった。気を使われる事は何度も有ったが、今までは顔を青ざめて声を掛けられていた。私が死ぬと思ったのだろう。今は違う。心配して青ざめているが、話し合うだけで解決が出来る。そんな顔色だ。 「私ね。羽衣を外して水浴びをしようと考えていたの。汗を掻いて気持ち悪いでしょう」 「私も思っていたわ。それで?」 「だけど、急に悲しくなったの」 「なんで?」 「今の姿では考えられないと思うけどね。この世界に来る前は、病気で自分の家にも帰れなかったわ。毎日、毎日、いろいろな事を想像しながら病室で過ごしていたの。夏美さん達と会ってからは、楽しくて病気の事は忘れていたわ。本当に忘れて、羽衣で泳ぐ真似をしていたら、川の水を肌で直接感じて見たくなったの。だけど、一人で御風呂も入った事がないのを思い出したら、水が急に怖くなって悲しくなってきたの」 「そぉだったの。そぉーねえ」 夏美は考える時は、顎に人差し指を付ける事が癖のようだ。だが、今は悩むというよりも、悲しみを隠す顔色から、恐怖を表す顔色に変わり、悪戯を考えている子供のような表情を浮かべた。 (私も幼い頃は水が怖かったわ。今も別の意味で怖いわ。海の水は大丈夫なのよ。川で底が見えないと、川で溺れた友達を思い出すわ。今は、それよりも気を士気しめて、秋奈の笑みを取り戻さなければ行けないわ。確か、遊びながら恐怖を克服したのよ。簡単な遊びなのよ。何の遊びだったかしら。あっ、思い出したわ) 「潜り遊びしましょう」 夏美は心の底から子供に戻っていた。笑みには邪気が全く感じられずに、逆に癒しが感じられた。もし、秋奈以外に人が居れば、女神と思って癒しを求めたはずだ。 「えっ」 秋奈は、夏美の笑顔で驚いた。夏美の笑顔を見ると驚きはしたが笑いたくもなった。顔が面白いと言う訳ではなくて、幼児の無邪気の笑顔で心が安らいで、釣られて笑ってしまうようだ。秋奈はその笑顔で総ての悲しみが消えた。 「どの様な遊びなの」 「本当は水に潜るのだけどねえ。水に顔を付けるだけでもいいのよ。そして長く息を止めていられた方が勝なの」 秋奈の無邪気な笑みを見て安心した。 「分かったわ」 秋奈は即答した。そして二人は、ほぼ同じに無造作に羽衣を近くの木に掛けた。 「先に汗を流してから始めましょうねえ。あの岩陰なら、輪が来ても見えないわ」 二人は羽衣とは違い、折り目まで気にして丁寧に衣服を脱ぎ、最後に履物を衣服の重石に置いた。二人は確認の為か、女性の癖か分からないが、同じ仕草で辺りを見渡し、悲鳴のような歓喜のような声を上げて川に入った。 「うわあ。気持ちいい」 「本当に気持いいわねえ。友達が嬉しそうに話していた気持ちが分かるわ」 始めの内は入浴のようにやや大人しく入っていたが、準備運動の為と思うが突然騒ぎ始める。まるで、二人は幼子に戻ったような感じで、水を掛け合い騒ぎまくった。 「そろそろ始めるわよ」 二人は騒ぎ疲れたようには感じられないが一瞬沈黙して相手を見た。秋奈の笑みが合図のように、夏美が勝負の掛け声を上げた。夏美は顔だけを付けて競っている内は、秋奈に勝たせていたが、何回目だろう。二人は潜るようになり、夏美は真剣に競い始める。その事が秋奈は嬉しいのだろう。何度も何度も競い合う遊びをしていた。だが、人の気配を感じて、二人は奇声を上げた。 「キャアー」 秋奈は悲鳴と同時に、聞えた方に振り向いたが、身体は硬直して声を出せなくなった。 「輪さん、よねぇ」 夏美は震える声で訊ねたが、心の中では輪ではなくて、熊や、この世界の住人なら自分の命に係わるだろう。そう感じて、心の底から輪であってくれと願がったが、心の底の底では、輪なら後で殺す。と、思いもあった。そして、夏美は、声を掛けてから数秒なのだが、長い時間に感じた。再度訊ねたが返事が返らない。何を思ったのか目線を衣服に向けた。一度深い息を吸うと、秋奈に視線を向けたが硬直したままだ。慌てて左右を確かめ衣服のある場所に向かう。その間も何度も辺りを確かめては、秋奈に手を振ったが、目線を向けるだけで動かない。仕方がなく一人で行き、素早く着替えた。終えて手を振ると安心したのだろう。秋奈は硬直が解け、何度も頷いていた。夏美には届かない声を上げ、動き出したが中腰の為だろうか、いや慌てている為だろう。犬掻きとも、潜っているとも思える。そのような格好で進んで来た。二人は、着替え終わると同じに悲鳴を上げたが、夏美は輪を呼ぶ為に、秋奈は羽衣が一つ無くなり、人が居たと思い恐怖で上げた。 「今行きます。今行きますから」 輪は鳥を捌くのを止め、近くに転がすと、大声を上げながら走り出した。 「アッハハ」 夏美は安心したのだろう。輪の死に物狂いで来る姿を見て笑い声を上げた。秋奈にも見せようと肩を叩いたが、秋奈の真剣な表情を見て首を傾げる。意味が分からず。幼児に声を掛けるような微笑みを浮かべて訊ねた。 「どうしたの」 「あれ」 と、声を出して指を指した。 「えっ」 夏美は意味が分からず視線を向けたが、意味が分かり言葉を失った。 「大丈夫ですか。何が遭ったのです」 輪は辺りを見回しながら訊ね。秋奈の示す場所を見ると意味が解り気を失いかけた。 「羽衣が、羽衣が」 秋奈が硬直したままで呟く。 「あーっ、うぁーっ、ぎゃあー」 輪は気が狂う。そのような声を上げた。 「ごめんなさい。私が悪いの。私が無理を言ったからなの。私が川に入る事しか考えてなくて、無造作に羽衣を置いたのがいけなかったの。人が来たような感じはしたわ。だけど、怖くてどうする事も出来なかった」 秋奈は、輪が泣き狂う姿を見て、大切な物を貸してくれた。そう感じて、心底から謝罪した。 「謝ってもらっても。私は、これからどうすれば良いのか、考えが思い浮かばない。あれは私の連れ合いに渡す物なのですよ。もし連れ合いが見付かっても、あれが無ければ、月に連れ帰る事も、証明する事も出来ない。私はどうすれば、私は、私は、うぁー」 輪は、我を忘れて泣き崩れた。 「私は、何をすれば許してくれるの。犯人を見付けるにしても、誰か分からない」 秋奈は嗚咽を漏らしながら話す為に、何を言っているのか解らなかった。 「あなたは、男でしょう。いい加減にしなさいよ。悩んでも仕方が無い事でしょう」 秋奈を宥めながら、輪に大声を上げた。 「私は、私は」 輪の耳には何の音も入らない。ただ自分の世界に入り、訳の解らない事を呟くだけだ。 「秋奈だけが悪い訳ではないの、私の羽衣かもしれないわ。大丈夫だから、私が見つけてくるから、気をしっかり持つのよ。私は出掛けるけど、危険を感じたら逃げるのよ。輪なんか気にしなくて良いからね。良いわね」 夏美は片方の羽衣を使い飛び上がった。そして、秋奈は、夏美の言葉で気持ちが落ち着いたのだろう。泣くのを止めて、夏美が飛び去る姿を何時までも見続けた。 「このままなら行けるわ」 無我夢中で飛び上がったが、使い慣れないのだろう。始めは目線と違う方向に飛んでいたが、何回か修正をしている内に、感をつかんだように感じられた。 「人が持ち去るという事は、村が近くに在るはず。まず、それを探すとして、あっああ、羽衣の力を偶然に使って空に浮かんでいるかも、見落とさないようにしなければ行けないわね」 夏美は枝を踏み台にして飛び跳ねる。まるで、ノミのように飛んでいた。それは前方方向を確認する為と、飛び慣れないからだろう。 「おかしいわね。村らしい所か、一つの家も見付からないわ。それ程、時間は過ぎていないのよ。羽衣を持つ人が居ると思ったのに、どうしよう。何所を捜せばいいの」 夏美は飛ぶ事に疲れたとは思えないが、飛び跳ねるのを止めて、座るような姿で空に浮かび思案していた。暫くの間その場にいたが、一瞬、光を感じて目線を向けた。 「あっ、いたわ」 先ほどまでの青白い顔から比べると、別人のような顔色だ。まるで、幸運の女神が取り付いたような輝いた笑顔を浮かべ、目線を向けると同時に行動を起こした。だが、まだ慣れない為と、慌てている為に、真直には進めない。その人物の後を付けるのがやっとだ。羽衣を持ち去った人物は、走る後ろ姿を見ると男だろう。何故、突然姿を現したのか。夏美は気が付いていないが、それは、夏美の飛びながらの行動で、木々のざわめきや枝の折れる音が聞え、何かの獣が現れたか。後を付けられていると思ったのだろう。身の危険を感じて隠れていたが、音が聞こえなくなり。辺りを見回しながら出て来た。それを、夏美が見付け。その人物は、この場所に居る事に恐怖を感じて、少しでも早く逃げる為に、死ぬ気で走っていた。 「このー泥棒―待ちなさいよー待ちなさい。たっ、らぁー待ちなさい」 夏美は大声を上げるが、勿論、死ぬ気で走っている人に聞えるはずはない。聞こえていたとしても。逃げている者が待つと思えない。それでも、夏美は声を上げないと気が済まなかった。 「もー待ちなさいったらあーもぅー」 夏美は髪を振り乱して、鬼女のような様子で羽衣を持つ人物を追っているが、顔色には微かな追う楽しみというよりも。捕まえた時の虐待を考えての笑みと感じられた。その頃、秋奈は、輪の姿を見つめていた。夏美の姿が消えてから、ただ立っていても疲れを感じるほどの時間が過ぎた。自分と輪を守る為に、辺りに気を配るのだから疲れを感じているはずだ。その様には見えない。羽衣を盗まれてしまった謝罪の為に、心から出来る事をしたい、そう思っての事だろう。もし輪が、正常な心が少しでも有れば、羽衣の無い秋奈の様子を見て、赤い糸が繋がって無くても、自分の人生を投げ捨て一生守ってあげたい、そう思える様子をしていた。 「お願いです。正気にもどって」 秋奈は祈るように呟いていると、突然に足下を見回した。手ごろの木を見付けると、ある一点を見詰め続け、震えながら構えた。危険を感じる事があれば、輪に伝えれば良いと思っていたのだろう。秋奈の顔の表情で感じられた。鋭い目線をしている。風で枝の擦れる音が聞こえれば怯えた表情になり。輪に視線を向け、また、鋭い表情に戻る。今の輪の状態では、自分が守らなければならない。そう感じて奮い立てているのだろう。秋奈は、何かが変だと感じた。先ほどまで鳥達の響きの良い声が心を和ましてくれたのに、今は耳を塞ぎたくなる。鳥達が何かを訴えているように感じて気合を入れた。鳥達の囀りが更に激しくなると、輪は痙攣を始めた。特に小指の痙攣が激しい。恐らく、赤い糸が身体全体に痛みを走らせて、強制的に正気を戻させようとしているに違いない。世界の修正をさせる為に、神か、時間世界の意思か、それとも輪の中の、月人としての生命の叫びか分からないが、輪は正常な月人に少しずつ戻り始めた。 「秋奈さん。夏美さんは何所にいます。すみません、聞くまでも無い事でしたね。この様子を見れば分かる事でした」 輪は突然起き上がり辺りを見回した。肩を竦めると、先ほど捕まえた鳥を捌き始めた。 「輪さん。それよりも、この状態を何とかしなくても良いの」 そう話し掛けたが、何か変だと感じた。 (まだ正気に戻ってないの。先ほどは森を歩いただけでも(輪に言わせれば像が我を忘れて走り回ったようだ)怒りを現していたわ。それなのに、先ほど以上に酷い状態なのに何も無かったような態度をしているのって、まだ、正気に戻っていないの) 「ねえ、輪さん。聞いていますか、この世界の修正をしないと行けないのでしょう」 輪が冷静な態度で料理をするのを見て、少し怒りを感じて大声を上げてしまい。恥かしさを隠すように頬を膨らました。 「心配してくれてありがとう。鳥を食べる事も修正の一つです。食べる為に殺したのですから食べなくてはいけないのです。勿論。食べ終わったら、夏美さんを追いかけながら修正をしますよ。それに、早く夏美さんを見付けなければ、飢えて人を襲ったら困ります。あっそうだ。鳥が焼き上がるまでの間ですが、川釣りをやってみませんか」 輪は、落ち着いているが、羽衣の事を忘れた訳ではない。先ほどの惨状、この場の惨状、これからも酷い事になるはずだ。それは試練と感じていたのだ。普通の修復では収まらないと覚悟を決めたのだ。その為に羽衣が自分の手から離れた。そう感じたのだ。そして、一番の肝心な事は、夏美、秋奈を好きなように行動させない。そう考え、まず秋奈に、食料の確保を兼ねた遊び、釣りを提案した。予想以上に喜んでくれて、輪も真剣に釣り竿を作った。秋奈は無邪気に喜んでくれたから、輪も楽しくなり魚釣りのやり方を細やかに丁寧に教えた。それでも、材料も間に合わせの代理品で作ったので、魚が釣れるとは思えなかった。 「キャアー」 今聞えた響きには温かみが感じられた。 「まさか、魚が釣れたのか」 悲鳴の意味がわかるのだろうか。聞えたと同時に手を休め、呟きながら立ち上がる。 川の方に顔を向けた。その顔色には驚きとも不審とも思える顔色をしていた。 そう思うのは当然だろう。今、川に向ったのだから、時間にして一本の煙草を吸い終わるか。終わらない位だ。だが、悲鳴は悲鳴だから心配なのだろう。様子を見に行こうとした時に歓喜の声が聞えた。 「見て、見て。釣れましたわ」 秋奈は釣り糸に魚が繋がれたまま、興奮を隠し切れないほどの喜びで姿を現し、声を張り上げながら駆け寄って来た。その姿を見て、羽衣の件で沈んでいた秋奈が、出会った時のように元気になってくれた。心の底から喜びと同時に、微笑みに見惚れてしまった。 (自分の連れ合いも、秋奈さんのように綺麗な満面の笑みを浮かべる人ならいいな) 「こんな短時間で釣るなんて、秋奈さんは天才ですよ。そんな大きな魚を釣り揚げるなんて、初めてと言うのは嘘ではないですか。普通は糸が切れて逃げられますよ」 輪は自分の事のように喜びの声を上げた。 「クラスの男が見舞いに来てくれた時に、何度も話を聞いていましたから、釣り上げる時が肝心で、一番わくわくする時だからって、本当に嬉しそうに身振り手振りで教えてくれたわ。その通りにして見たの。釣りって本当に楽しいのねえ」 今の秋奈の姿を見ていると、恐らく話題に上げた男と同じ事をしている事に、気が付いていないだろう。それでも、興奮をした事に恥かしいと感じたのだろうか、無理に隠そうとして真剣な顔を作るが、隠しきれずに顔色に表れていた。 「魚は食べるのでしょう。焼いときますからもう少し釣りを楽しんできますか」 「いいえ。魚の焼き上がるまで見たいわ」 秋奈の笑みを見ていると、問いの答えは想像出来たが訊ねて見たくなった。私も、父に始めて魚釣りに連れてきてもらい。釣り上げた時は、私も焼き魚を食べたかった。今の秋奈のような様子をしていたのか、そう思うと嬉しいような恥かしいような複雑な気持ちが込み上げてきた。 「焼き上がったのね」 秋奈は真剣に焼き上がるまでを見続け、満面の笑みを浮かべながら喜びの声を上げた。 「はい。最高の美味と思いますよ」 秋奈は受け取ると隅々まで見回した。焼き上がりを見ているのか、それとも、何所から食い付こうと考えているようだ。おもむろに口にすると、これ以上の幸せがないと思える祝福の笑みを浮かべた。食べ終わると、満足したのだろう。これからの事を、輪に問いかけた。 「勿論。夏美さんが心配ですから、修正をしながら後を追いますよ」 「そうね。私の原因で本当にごめんなさい」 「そんなに気にしないで、それよりも、羽衣が無いと命に係わります。私から離れないで下さい」 輪は本当に危険だと知らせる為に、笑み崩し真顔で語った。 「ハイ。分かりましたわ」 ほんの一瞬、命の危険と言われて我を忘れそうになったが、焼き魚一つ、焼くにも真剣になれる人なら命を預けても問題はないと感じた。 「それでは出かけますか」 輪は腕時計を見るように赤い糸に視線を向け、導き通りに歩き続ける。と、言うよりも。自然破壊の後を辿っているようだ。辿ってきた中で周りが破壊された姿しか見えない所で、突然に止まり、辺り見回した。秋奈もつられて見回した。(竜巻の痕なのかな)そう思い描き、輪に視線を向けた。真剣な顔で火を熾している。手伝おうとして木々を拾い始めると、真剣な顔で手を振られて、立ち尽くした。 「私が良いと言うまでは、此処で動かず、声も上げないで下さい。良いですか」 「はい」 秋奈は、鋭い別人のような視線に恐怖を感じて、微かな声になりながら頷いた。その姿を見て安心したのか。輪は落ち葉を両手で掴めるだけ掴むと、大声を上げながら空にばら撒いた。 「空を飛ぶ生物よ、この場所に帰りたまえ」 「地を歩く生物よ、この場所に帰りたまえ」 今度は落ち葉を掴み地面に撒き散らした。 「その生物に係わる生物達よ、この場所に集り、弱りし生物に力を与えたまえ」 今度は、落ち葉を何度も焚き火にくべながら声を上るが、落ち葉が多すぎたのだろう。火種が見えない。輪は気にせずに空を見上げた。 「あっ」 秋奈は驚き声を上げてしまったが、輪には届かなかったようだ。偶然だろうと秋奈は感じたが、風が吹いたと感じると、煙が盛大に上がる。風が渦を巻きながら煙を巻き上げると、破壊された全体に拡がる姿を見た。終わったのかと思ったが、まだ声を掛けられない。輪の後ろ姿を見続けた。 「我の導き通りに修正したまえ」 今度は囁きながら木切れをくべた。直ぐに燃え尽きるとは思えないが、何故か、火は勢いを増す。突然虚空に視線を向け頷いた。 「修正したまえ」 囁きながら枯葉を出鱈目に辺りに撒いた。 「修、正、し、た、ま、え」 一言ずつゆっくりと気持ちを込めて声を上げる。同じにまた、枯葉を焚き火に投げ込んだ。 輪は微かな鳥の囀りが聞えると、秋奈に柔らかな口調で言葉を掛けた。 「良いですよ。終わりましたから」 「えっ。修正が終わったの。なによ、焚き火をしただけでしょう。煙は不思議だったけどね。これから修正すると思いましたわ。それなのに、終わったの。そうなのね。ふっふ」 秋奈は、不満のような表情で、馬鹿にしているようにもとれる感じだ。 「そうですよ。修正のやり方はいろいろ有りますが、今のも、その一つですよ」 輪は笑みを浮かべながら、問に答えた。 「私は修正すると言うから、てっきり破壊された森を、元の状態に瞬時に戻すと思ったわ」 秋奈の声色には怒りを感じられた。 「それに近いですよ。このような酷い状態でも。私の言葉で少しずつですが、鳥や動物と昆虫が帰って来てくれました」 「そうなの」 話された事に感心して周りに耳を傾けた。 「私がした事は、この場所にいた生き物に帰って来るようにお願いしたのです。この場所に生物が居なくなると世界が変わってしまうからです。勿論、植物の芽や枯れそうな植物や怪我をした生物達に、生命力を分けて回復させます。その力は時の流れの自動修正の力ですが、私が生物にお願いをして意志の力を集めなければ働かないのですよ」 熱弁を振るいながら修正の結果を語った。 「あのね。聞きたい事があるの」 「何ですか」 輪は興奮していた。修正した事で高揚しているのか。他の場所の修正を考えているのだろうか。それとも、秋奈から賛美を期待して邪な事を考えているのだろうか。まさか(その赤い糸は何です)そう言われる事を期待しているのか。連れ合いは好きか嫌いかでは決められない、赤い糸が見える人だけだ。そう思うのは勝手だが、運命の女神がいたとしても、こんな結末を考えるはずがない。 「何故、声を上げる事や動く事がいけないのです。私は緊張どころか恐怖を感じたのよ」 秋奈はホットして。思っていた事が自然と声に出たという感じだ。 「それは、すみませんでした。秋奈さんの声で、私の声が途切れて伝わると困るからです。動かないで、と言った事も。今言った事と同じような意味です」 秋奈の話が期待と違う為か、謝罪する為だろうか。輪は気落ちしていた。 「私だってー。あれが修正なら枯葉や木切れを集められますわー。それよりも、私はがっかりしました。なんなの、私の命が危険かも知れない。どこがなの、危険なんて言うから、気絶するほどの物を見せられるかもしれない。それどころか死ぬほどの事が起きるかもしれない。それなのに焚き火をして、枯葉を撒いて大声を上げるだけですもの。私をからかっています」 秋奈は、姿や口調からも分かるほどの失望感と言うよりも、邪魔者扱いされた事に腹を立て、不満を解消する為に喚き散らしているようにも感じられた。 「雨乞いや厄払いや祈祷とか、見た事や聞いた事はないですか」 秋奈が落ち着くのを待ち、輪は言い訳見たいに話し掛けた。 「無いわよ」 冷たい笑みを浮かべ、きっぱりと鋭い口調で答えた。 「・・・・・・・・・・」 輪は何も言う事が出来なかった。輪に見詰められて、自分は悪くないと言いたげに声を掛けた。 「夏美さんを早く見付けに行きましょう」 輪は何か言い掛けたが止めて、腕時計を見る仕草をして、赤い糸が示す北東の方向に指を差した。 「この方向に進みます」 秋奈は離れるに当たり、何気無く一瞬、釣竿に目を向け溜め息を吐いた。輪は、その姿を見なかった事にして心の中で思った。(秋奈さん。又作りますよ)二人は黙々と自然破壊の中を捜し歩く、自分で歩く歩数を数えられる位の時間だった。夏美は自然破壊の境目にある。折れた巨木にうな垂れていた。夏美を見付ける事は出来たが、その姿を見ると声を掛ける事を躊躇っていた。一瞬の間の後に、秋奈に視線で物を言われ、うろたえながら声を掛けた。 「あのー夏美さん。何かあったのですか?」 夏美は顔を上げて何か言い掛けたが、輪の顔を見ると、又、俯いた。 「もしも、羽衣の事でしたら・・・・」 輪は話しを掛けたが、夏美に遮られた。 「私、浮かれ過ぎていたようね。本当に御免なさい。だけどね。少しは気持ちを分かって欲しいわ。貴方はいろいろな世界に旅なれているのから良いわよ。私達は始めてなのよ。秋奈は、ここに来る前は病気で寝たきりだったと聞いたわ。だから、貴方の力で見付けるのではなくて、私が見付けて風の悪戯だったと伝えたかったの。それなら何も気にしないで楽しんでくれると思ったの。だから真剣に探したわ。それで、羽衣を持ち去った人物を見付けたのよ。だけど、見失ってしまったの」 又、俯いてしまったが、夏美は気持ちを切り替えたように目線を向けた。 「輪さん。秋奈の物が無くなったと思っているようだけど。違うわ。私のよ、だからね。この世界に居る時くらいは、健康なら出来た事を好きにさせて欲しいの。その為ならなんでも協力しますわ」 夏美は心の底から済まないと感じているからだろう。話をしながら目線を向けたり、逸らしたりをしていた。 「私も、そのような気持ちは受けました。秋奈さんは全ての物事に喜びを感じて、瞳を輝かせていたのは、そう言う事だったのですか、ねえ、お腹が空きませんか、秋奈さんは釣りが上手いですよ」 夏美の話で考えを変えた。私の補助の為に二人が来た。それならば、全ての事に納得できる。秋奈や夏美が自然破壊や殺傷したはずなのに修正が簡単に終わるからだ。恐らく、秋奈や夏美の行動の全てが、時の修正の一つになっているのだろう。 「ありがとう。釣った魚を食べて見たいわ」 何も不安が感じられない満面の笑みで、夏美が答えた。それが合図のように、三人は食事の準備(秋奈と夏美が遊んでいるとしか思えないが)を始めた。 「ガサガサ」 三人は食事の余韻を楽しんでいた。その時に草木の擦れる音が聞え振り返った。 「此処で何をしています」 この女性は、焚き火の煙を見て走って来たのだろう。息を切らし、微かだが顔色には人を案じる様子が感じられた。恐らく普段から表情を変えないように努めているのだろう。いや、感情を表す事を忘れたに違いない。顔色からそう思えた。 「なっ、何故、輪様が、この場所に居るの。突然いなくなり心配をしたのですよ」 焚き火をしている人を見て驚きの声を上げたが、先ほどとは態度が違う。知人だからか、人間味に溢れる、喜びの混じる驚きを表した。 「春奈巫女様こそ。何故ですか」 輪も、驚きではなく喜びを表した。 「私は巫女ですから当然です。この場所は神様が降りたとされる神聖な場所、私の仕事は、神様が何時お帰りなられても良いように、清潔に保つ仕事があります」 春奈は不審な顔で答えた。 「そそそそうでしたね」 忘れては行けない事なのか。慌てていた。 「それより、警備の人々が来ない内に早く離れて、私が後始末をしますから早く立ち去って下さい」 「巫女様。そう言う訳には行きません。山に無断で入った者は調べる規則です」 春奈が慌てて駆けつけた事や心配顔も、この事を避ける為だった。この男達も焚き火の煙で気が付いたのだろう。 「それでは、輪様と女性の二方は、此方に来て頂きます」 この男が指を示すと、部下が三人を囲んだ。 「輪様を知っている筈です。私達を助けてくれた人です。その方の連れなら宜しいと思いますが」 春奈は心配だった。巫女だから、皆は普通に接してくれない事は分かる。特にこの森で、この者達に連れ去れた後は様子が変わり、もう、三人は笑みを見せてくれない。私も幼い時の様に、焚き火の前で、笑みを浮かべながら楽しい話をしたい。 「春奈様。後で話したい事があるのですが」 警護人が、春奈に退礼をして三人を連れ去ろうとした時に、輪が話し掛けた。 「ハイ。良いですわ」 春奈はこれほど嬉しい事がない。そう思える笑みで答えた後、感情を表して行けないのだろうか、即座に真顔に戻した。 「ああありがとうございます」 輪は、何度もしつこい位お辞儀を繰り返して、どもりながら言葉を返した。 「ふうん。輪さんは違うと思っていたのに、このような方が好きなのね。やーねえ、男ってえぇぇ」 輪の顔と、春奈の胸を交互に見て、夏美は声を掛けた。 (私の方が輪よりも歳は上みたいだし。あれ程胸が大きく無いわ)と、心の中呟いた。 「違います。春奈様に失礼ですよ」 輪は顔を真っ赤にして、大声を上げて否定した。春奈を馬鹿にされたと思った為か、恋心を抱いているのか、自分でも分からなかった。 「あの時別れた所で、又、待っています」 「なんだぁー。振られたの」 輪は、春奈の頷きを確認すると、夏美に一瞬鋭い目線を向け、又、何ども頭を下げた。 「それでは、我々は失礼します」 警護頭は、春奈に退礼を伝えると、部下に鋭い視線の合図を送った。三人を、この場所から強制的に連れ出せ。その合図だ。警護人が向かっている場所は、高さ300~500メートル位の大小の三つ重なる小山の真ん中の山だ。その三山の一つは神が現れたと伝わる現山。そこで、三人がこの世界に現れ破壊した(夏美が殆どだが)山だ。そして、春奈や警護頭に会った山は、神が言葉を告げに来て住まわれると伝わる。来山と言われていた。最後の山は、山の中腹にある洞窟の前で願い事を話すと、神が直接聞いてくれると伝えられている為に、願い事が叶うと思われていた。その為に人々が参拝に来る事から参山と言われていた。その参山の洞窟から願い事も聞こえず、姿も見えない所に、小さい小屋が建てられていたが、別に監視の為ではなかった。お参りに来る人は願いを聞いてくれるのだから、神様が近くに居ると思い、幻聴や幻覚を感じて失神する人が多い為に設けていた。その小屋に三人は連れて来られた。 「我々の仕事は参山の監視以外に、貴方方のような人が理由は別にしても、無断で入り込む人を排除するのが主な仕事です」 警護頭は連れて来た理由を簡潔に伝えた。 「輪様は祈祷の旅を続けていると伺いましたが、途中ですか。それとも帰りですか」 「祈祷の途中です」 「そうですか、それで、二方の関係を知りたいのですが」 「私の助手ですが、何か問題でも」 警護頭は慇懃無礼に問い掛けた。輪も同じように簡潔に答える。 「夏美さんと秋奈さんでしたね。巫女様には嘘を言っても、総て考えている事が分かるのですよ。人の心の中が分かるのですから」 「えっ」 夏奈と秋奈は、警護頭の話しを自分の世界で聞いたのなら笑って聞き流すが、この世界なら有り得ると思い。輪を見たが首が横に振られない。事実と判断した。 「・・・・・」 警護頭は、一瞬不信な顔をしたが何も言わず、手を扉の方に向けた。その仕草をみて、三人は帰れと判断して小屋を出た。三人が居なくなると、警護頭は椅子に腰掛け溜め息を吐く。先ほど自分が話した春奈の事だ。幼い頃は共に遊んだのだから普通の人だと知っている。だが、役目で話さなければならない事に嫌気がさすのだろう。春奈の力とは、警護頭の脅しの言葉ではない。此処を治める血族が、住人や他国から春奈の血筋は特別だと思わせていた。人の心が読める。神の声が聞ける。神の力を使い天罰を起こせる。と、春奈一人を犠牲に神格化に装い。祭り上げる事で、人々から畏怖される様にしていた。その事で心変わりする人を見ると春奈は心寂しい思いをしているのは、誰も知らないが、する者が疾しい考えをしているとは、春奈は気付いていなかった。それで、三人は、警護頭に開放されて向かった場所は、誰でも入れる。参山の御神体のような老木の近くに居た。三山では、焚き火は禁止されていたが、修正の偶然の結果で薬草などの植物の収穫を元に戻した事で、輪は許されていた。二人の女性は近くの川で釣りを楽しんでいた。輪は、老木に寄りかかりながらそわそわしていた。釣れた時の為に焚き火を焚いて待っているように装うが、視線は川の反対側を見続け、人を待っていると分かる様子だ。五本の枯れ木が炭になる頃に、春奈が現れた。 「輪様。他の方々は、何所に」 首を傾げながら問うた。 「近くの川で釣りをしていますよ。二人の声が聞えませんか」 川の方に指を向け、耳に手を当てた。二人のはしゃぎ様子では、魚が逃げて釣れるとは思えないが、二人の嬉しさが自分にも伝わってくるのを感じられた。 「聞えますわ。本当に楽しそうな声ねぇ」 春奈は、クスリと笑い。輪に微笑みを返した。 「来て頂いて。本当にすみません」 座ったままだが、礼を返した。春奈は、首を横に振って気にしないでと伝えた。 「あっ、お腹が空いていると思いまして、握り飯を持って来たのですが、食事は済みましたか」 春奈は、一緒に食べようとして握り飯を持って来たが、川遊びに夢中になっている為に食事は終わったと思ったのだろう。少し悲しげに俯きながら話をしていた。 「まだですよ。握り飯ですか、二人も喜びますよ。此処に着てからは、自分が釣った魚や果物でしたからねえ。二人を呼んできます」 輪は目を輝かせながら、二人を呼びに川に向かうが、余りの喜びを感じて途中で振り返り、心の中で感じたまま声を上げていた。 「春奈さんも一緒に食べますよねえ」 今の輪の姿を、誰が見ても告白の呼び出しと感じるだろう。輪の心の中では恋心を感じている。だが、赤い糸が見える事が確認できなければ、月人と言う事も、それに係わる総てを告白する事が出来ない。もし、月人を捨てる気持ちで赤い糸の見えない人に、それが相思相愛だと感じても、時の世界の自動修正の流が、輪の邪魔に入る。自分だけに降りかかるのなら、もう一度試みるだろうが、総てが相手に降り掛かかる。あの時の悲しみを二度と味わいたくなかった。 「お邪魔でないようならば、一緒に食べようと思います」 春奈は、親しみを込めた呼ばれ方や、父以外の食事は幼い時以来だった。話し方では遠慮しているようだが、嬉しくて頬が熱くなり、身体からも喜びが溢れていた。 「夏美さん。秋奈さん。釣りよりも握り飯を食べませんか。春奈さんが持って来てくれたのですよ」 「えっ、握り飯」 二人は一瞬、輪の言葉の意味が分からなかった。山の中に居た為に、この世界で米を栽培しているとは思えなかったのだろう。夏美と秋奈は即座に返事をした。その頃の春奈は、焚き火の前で荷物を置くと、落ち着きがなくうろうろしていた。帰ろうか。待っていようか、考えているようだ。春奈には長い時間に感じた。輪が離れてから、一本のタバコを吸う時間も過ぎてないはずだ。それなのに(私、握り飯を置いて帰ろう)春奈は悲しみを堪えたような呟きを吐いた。春奈の心の中では、今までの事が思い出されていた。巫女にされて、山を降りる事を禁じられた事。人々と同じ人と思われない様にする事。人々と山で会うと敬うしく礼をされるが、通り過ぎた後の、緊張からの溜め息や畏怖からくる引きつった顔を見た時だ。父や血族は畏怖や敬いを望んでいた。その為に自分は巫女にされてしまった。そして、今までの事を思うと、輪や二人の連れは隠れて、自分が立ち去るのを待っているに違いない。そう考えて帰ろうとした。ふっと振り返り、三人が喜び溢れた顔で駆けてくる。それに釣られて、春奈は、微笑を浮かべ手を振っていた。 「春奈さん。お待たせしました」 輪は何度も頭を下げ言葉を口にした。 「美味しそうね」 「これ、春奈様が作ってくれましたの」 輪が謝罪している時に、二人は籠を開けながら声を上げていた。 「そうです。お口に合うか分かりませんが食べて下されば嬉しいわ」 春奈の言葉で食べ始めた。食べながら下らない話で盛り上がっていたが、話も尽きろうとした時に、春奈が話を掛けた。 「輪様。お話があると言われましたわ。どの様な話しなのでしょうか」 首を傾げながら嬉しそうに問うた。 二人の女性は、その様子を見て悪魔の様な笑みを浮かべた。 「春奈様に謝らないといけない事が」 輪は俯きながら言葉を詰まらせた。 「何故です」 春奈は不思議そうに問うた。 「春奈様から頂いたお守りを、失くしてしまいました。本当にすみません」 輪は何度も頭を下げながら話を続けた。 「それは酷いですわ。あれは亡き母から頂いた物だったのですよ」 春奈はくすりと笑いながら偽りを言った。 (私が願いを込めて作った鈴です。壊れたか、失ったのなら、輪様の身代わりになってくれたのね) 本当に楽しそうな笑顔で会話を楽しんでいた。これほど笑った事は幼い時から考えてない。そう感じていたが、輪は俯いている為に気が付いていないはずだ。 「輪ちゃんは何を考えているの。好きな人からの頂き物を失くすなんて」 夏美は猫撫で声を投げかけた。自分が鈴を踏みつけて壊した事を知っていて、輪を玩具として遊んでいるのなら恐ろしい人だ。 「何を言うのですか、春奈様に失礼です。私は赤い糸が見え、いや、赤い糸が繋がっている人以外は連れ合いになれないのです。私は赤い糸の導きに逆らえませんから」 輪は感情を剥き出して、全てを言いそうになったが、恥ずかしさと、時の修正の事を思い出して言葉を詰まらした。 「もう、恥ずかしい人ねえ。貴方も良い年でしょう。そんな事子供でも言わないわよ」 「・・・・・・・・・」 秋奈は恥かしくて、顔を真っ赤にして黙ったまま俯き。夏美は赤い糸と言うだけでも恥かしくて頬を赤らめた。況して、赤い糸が見えるのだから恥かしさを堪えきれずに、輪の背中を叩き続けた。 「赤い糸。それは何です?」 春奈は真剣な表情で、夏美に尋ねた。 「本当に分からないの?」 夏美は話の流れで嘘を言っていると思ったが、春奈の真剣な表情を見て問いに答えた。 「簡単に言うとねえ。結ばれる人と人には目に見えない。運命の赤い糸が小指と小指に繋がっている。そう言われているの」 自分の話で火照りを感じて、頬に手を当て火照りが冷めたと思ったのか、気の所為と思ったのか、一瞬で手を離した。 「目に見えない赤い糸が、小指と小指に」 春奈は真剣な表情で小指を見ながら、頬を赤らめながら笑みを浮かべた。 (輪様の赤い糸って、私も小指にあるの) 三人の女性は同時に同じ事を思ったのだろう。輪の指を同時に見詰めた。輪は気付いていないが、想像も出来ない事が起きていた。もしも、運命の女神が存在して哀れに思ってくれたのなら、次ぎのように語るかもしれない。そなたの親や友人が悪いのです。あの亀船で、この世界の均等を崩し過ぎて世界が絡み合ってしまった。その為に歳や育ちは違うが、同じ遺伝子を持つ者をこの世界に連れて来てしまったのです。これを直すには、そなたが行なう普通の修正では直りません。それに、今回は一人の力では直す事は出来ないはず。赤い糸の導きを信じなさい。そう語るだろう。 「何ですか。皆して見詰めて」 輪の問いで、三人の女性は我に返った。三人は微妙に違うが、ほぼ同じ事を心の中で思い浮かべた。(赤い糸など物語の中だけだわ。今見えているのは目の錯覚よ。いや、本物かな、それにしても不思議よねえ。あれ程目立つのに、皆は何も思わないのかしら。まさか、私だけに見えるの。そんな馬鹿な、おとぎ話のはずよ) 「羽衣が盗まれてしまったのです。名前を言っても解らないと思いますが、夏美さんが肩から掛けている物と同じ物が、盗まれて捜しているのです。あれが無いと世界の修正が出来ずに、この世界に影響を及ぼします。春奈様なら、人とお会いする機会も多いと思いまして、もし見掛けたら教えて下さい」 本当は告白をしたかったが出来ず。違う話しをする為に顔が痙攣していた。 「修正が出来ないと言いましたわね。又、薬草が取れなくなってしまいますの?」 「その可能性はあります」 輪は即答した。 「それは早くしなくては成りません。そう思いますが、見た事も聞いた事もありませんわ」 春奈は悩んでいた。首を傾げて指を額に付けるのが考える時の癖のようだ。 「春奈様。輪様。御連れ方々様失礼します」 警護頭は、苦い顔で割り込んできた。 「何かありましたのですか」 皆と楽しい会話の邪魔をされて、誰も気が付かなかったが、春奈は溜め息を吐いた。 「父上様が御呼です。身支度を整えしだいきて欲しいと、だが、巫女姿では無く。そう伝えるように言われました」 警護頭は理由を知っての苦い顔なのか、それとも、春奈の思いを一生隠し通す為か。 (巫女姿が行けないなんて、何故かしらねえ。嫌な気持ちを感じるわ) 「身なりの整えが終わりしだいお伺いします。そのように伝えて下さい」 春奈は心の中で呟き、警護頭には心と違う事を言った。 「畏まりました。そうお伝えします。それでは、これで失礼致します」 春奈に礼を返し、伝えに向かった。 「輪様。羽衣の事は、私も探してみます。見付かりしだいお知らせしますわ。あっそうそう、鈴の事なら気になさらないで下さい。私が作ったお守りですから又、作って差し上げますわ。何かあれば警護頭に、気難しい顔をしていますが、優しくて頼れる人なのですよ。私は、父の元に行かなくては、それでは、失礼致します」 春奈は、輪や彼女達と楽しく過ごした事で、毎日が楽しかった幼い頃を思い出した。特に幼馴染の警護頭の事が、私の知る昔から不機嫌な顔しか記憶になかったが、自分の家族の前でも変わらないだろう。と、遊び仲間の話題にもなっていたが、悪く言う人はいなかった。何か在れば頼りになる人。そう思われ、気持ちの優しい人で相手の心を感じ取り、それとなく力を貸す人だ。とも、思われてもいた。春奈はその時の事を思い出しながら話しをしている為なのか、聞いている相手の心が安らぐような笑顔を浮かべていた。 最下部の第九章をクリックしてください。 PR |
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物語を書いて五年になりましたが、私は「左手の赤い感覚器官(赤い糸)と「蜉蝣(カゲロウ)の羽(背中にある(羽衣)の 夢の物語が完成するまで書き続ける気持ちです。
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