第二十一章
「遺言男。そこで何をしているのだ?」
信に会う前に、涙花は西側の倒壊した城壁から都市の中に入っていた。そして、想像以上に都市の中が倒壊しているのを見て、まさか、信も。そう感じたのだろう。羊家の屋敷に向かった。そこが、元は入り口の門だった所に一人の男が立っていた。
「命令を受けた。此処の地で待て。だから、一歩も動かずに待っていた」
遺言男の周りには、まともの建物は無い。と、言うか、瓦礫しかない為に元が何なのか全く分からなかった。遺言男は嘘を付いてないだろう。だが、本当は百歩を歩いたとしても、分からない程、瓦礫しかなかった。
「えっ」
涙花は考えていた。自分が何か言ったかを、そして、突然に笑いだした。
「私は此処の地で待て。そう言った。う~ん。何て言えばいいのか。この都市で好き事をしていて良いから、都市に居てくれ。そう言う意味で言ったのだぞ」
「そうか、済まなかった」
「面白い奴だ。謝らなくても良いぞ」
又、笑い声を上げたが、先ほどよりは小声だ。だが、その笑い声で、今度は信の耳にハッキリと届いた。何の目印もない瓦礫の中で会えるのは奇跡のはずだ。
「涙花、涙花。ありがとう」
泣きそうな震える声だ。今まで好きだった人が同一人物だからか、船の事だろうか、それは、会えた喜びで抱きしめたのだから前者のはずだ。そして、羊の獣は安心したのだろう。人の姿に戻った。
「おい、信はどうしたのだ。様子が変だぞ」
信の部下に問い掛けた。普段の信が恥ずかしい。と何度も言っていた事が分かるような表情を表していた。
「涙花。もう男言葉を使わなくても、武道家の振りもしなくて良いのだぞ」
「んっとにっもぉー。私、私、男の振りなんってぇしたことなぃわよ。しっんー」
「無事の確認は、それ位にしてくれませんか、時間が惜しいのです」
部下は、二分位は我慢したのだろう。だが、言葉を掛けなければ死ぬまで終わらない。そう感じて言葉を掛けた。それも、本当に恥ずかしそうに話を掛けた。
「ああそう、そうだな」
信は真っ赤な顔で頷いた。
「済まないが、竜家の長老の元に連れてってくれ」
涙花は声を上げた。
「それでは、私の背中に乗ってください」
「遺言男。行くぞ」
そして、涙花は、信に身体を向けると、
「あっのう、し~んさまもぉーきてくださっいぃ」
「少しお待ち下さい。同族に居場所を聞きます」
目を顰めた。集中しているのだろう。そして、同族から声を聞いた。
(竜家の長老は来るなと言っているぞ。そして、もう人々を避難に向かわせたから、信様は船で合流してくれ。と、そして、竜の長老は、もう一度変身して援護するらしい。涙花様が着たから安心したのだろう。変身が解ける者や息を止めた者もいる。もう獣は半分以下だが、獣に変身できる者は軍属でなくても配置に就くように伝えたそうだ。勿論、変身出来ない軍属も全てだ。二人には気付かれないようにしてくれよ。それが、涙花様の礼儀返しとなる。それが、獣族の全員の考えだ)
「人々は船に向かっているそうです。時間が惜しいから来なくても良い。人々を頼む。
竜家の長老に、そう言われました」
「そうだな、船に行こう。頼む」
「それでは、少し離れてください」
変身した後、お辞儀するような仕草をした。
「遺言男、何をしている。乗れ」
「その速度なら着いて行ける。気にするな」
「話をしている時間がない。行くぞ」
苛立ちながら信は声を上げた。
「速い。涙花、何者なのだ」
遺言男は、背中に蜉蝣のような羽がある。それを羽衣と呼んでいた。羽衣は羽ばたく必要もなく、肌から離しても付けたままでも同じ働きをして、飛ぶ事も浮く事も出来た。
「同じ人間よ」
「人間」
「そう、私も、遺言男も、し~んっもよぉ~」
「そうだな。頼もしい友人を持っているな」
羊の獣が、避難してくる人々の中を駆け抜けると、様々な喜びの声が聞こえた。
「信様。涙花様が来てくれたぞ」
「おっおお船が見えて来たぞ」
「有難う御座います。涙花様」
涙花は、様々な言葉に何ども頷いた。
「皆、船はもう少しよ。がんばって」
涙は、何度も、何度も同じ事を言った。
「遺言男、聞こえるだろう。私の事は良い。この人達を護ってくれ、無事に船に入れるように、頼むぞ。義理があるのだろう」
涙花は必死に声を上げた。遺言男が頷くのを見るまで、何度も、何度も繰り返した。
そして、ふっと船の後方に視線を向けると、空間の歪みが見えた。それは、甲、乙、愛、蘭達が乗る車だった。
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