第十六章
「金姫様。おはようございます。朝食の儀にお連れ頂ありがとうございます。後は、私が引き継ぎします。安心してお帰りください」
「・・・・・・・・・」
真は挨拶も出来ない程に苦しい気持ちを感じていた。それなのに、同じように酒を飲んだはずなのに、金姫は、何事なかったように清清しい笑みを浮かべているのだった。
「真様。それでは、部屋に入りましょう」
「うっ・・・・・・・・・・・・」
「吐きそうなの?」
「うっ・・・・・・」
何度も首を上下に動かしていた。声を出すと、苦い物が出そうな状況なのだろう。
「そうなのねぇ。何時もの通りに床の用意は出来てありますわ」
「・・・・・・・・」
そして、真は、土姫の肩を借りて部屋に入った。すると、居間のはずなのだが床の用意がされているのに気が付き、その床にだけに興味を感じているように視線を向けていた。
「寛いでくださいね。朝食は体が落ち着いてからでも、一緒に食べましょうね」
「・・・・・」
「いいの、返事をしようと思わなくてもね。何時もの事ですもの」
子供が病気になった時のように優しく床に寝かせ、真の体に布団をかけた。そして、真は、体から酒を抜け出るのを待つかのように死んだように眠った。
「はっぁあ、このような状態になるって分かっているのに、何故、お酒を飲むのでしょうね。私も一度だけ飲んだ事ありますけど美味しいと思わないのに、気持ちが分からないわ」
そう呟くと、土姫は、不思議そうに真の顔を見つめた。
「あっ、忘れていたわ」
真の苦しい表情を見て、吐き気を感じてからでは遅いと思ったのだろう。洗面器を用意しようと立ち上がり、枕の近くに置いた。そして、暫く真の顔を見ていたが、何かを思い出したかのように立ち上がった。すると、真に関係ないはずなのだが、反物を手に持ち現れた。そして、真の床の隣に座り、反物や型紙を広げた。それは、真に着させる物を作るのかと思ったが違っていた。どう見ても女性の物としか思えなかったからだ。
「うっうううう」
真は吐き気を催した。その姿を見ると直ぐに、土姫は、真の体を起こすと、洗面器に顔を近づけた。想像した通りに洗面器に吐き出した。もし、真が起きていたのなら済まないと一言だけでも謝罪しただろうが、酒の成分が体中に浸透している為だろう。呻き声しか口から出る事はなかった。そして、また、何事もなかったように反物に興味を向けたのだ。
「日姫様の着物を先に作った方がいいわねぇ。そして、真様が、日姫様の所に持って行けば少しは気持ちが和らぐでしょうしねぇ」
土姫が着物を作る事に不思議に思うだろう。館では好きな事だけをして生活が出来るはずなのに、何故、職人のようにするのかと、それは、別に仕事でしているのではない。土姫は、着物などを作るのが好きだった。それで、一度だけ、真から日姫の誕生日のプレゼントにしたいから作って欲しいと言われて、作って上げたのが始まりだった。その着物がよほど嬉しかったのだろう。五人の姫にも見せて心底から土姫を褒めたのだ。それから、六人の姫の全ての着物を作るのではないが、市販していない物だから作って欲しいと頼まれるのだった。それでも、一人で作るのだし時間は掛かる。それでも良いからと頼まれれば嬉しい。土姫は嫌いでないので、暇があれば、真と話しながらでも、今のように看病しながらでも、何時でも、真の側で何かを作っているのだ。
「うっうう、気持ちが悪い」
「おお真様。もう起きても大丈夫なの?」
真が起きたのは、昼の十二時を過ぎた頃だった。勿論だが、土姫は、朝食を食べてはいない。一緒に真と食べたいと思っていたからだ。
「まだ、少し頭が痛いし、気持ちが悪いけど大丈夫だよ」
「そう、なら、まだ食事はいらないわねぇ」
「そうだね。今食べると戻しそうだしね」
「そうなの」
「あっ、土姫様。私に気を使わずに昼食なら食べてください」
真は、土姫が空腹を我慢していると思った。
「良いの。私もまだ食べたくないわ。真様が寝ている間に少し食べたの。だから、真様が、お腹が空いたら言ってくださいね。その時は、一緒に食べましょうね」
土姫は、偽りを言っていた。
「そうだね。一緒に食べよう。楽しみだよ」
「まだ、気持ち悪いの。なら薬でも持ってきましょうか?」
「うん。ありがとう。飲んでみるよ」
土姫が持ってきてくれた薬を飲んだ後だ。半日も寝ていた為に、また、寝る気持ちがあるはずも無く。隣で、楽しそうな姿で着物を作る。土姫の姿を見ていた。
「本当に好きなのだね」
「えっ、なんですのぉ?」
「着物を作るのが楽しいのだね。と聞いたのですよ」
「ああ、楽しいわよ。でも、着ている姿を見るのが、一番嬉しいわね」
「そうかぁ。そうだよね。そう思うよ」
「分かるの?」
「分かる。分かる」
「そうだわ。真様にも、何か作ってあげますわ」
「男性の物でも作れるのですか?」
「うんうん、作れますわよ」
「楽しみしているね」
そして、二人は、思い出や冗談などでの会話で盛り上がり、土姫の腹の虫が鳴るのを聞いた後は、笑いながら食事を始めた。
「そうそう、湯浴みの用意をしてきますわ。今日こそ、真様の背中を流してあげますわ」
冗談なのか本気なのか分からないが、笑いながら問い掛けた。
「ええ、いいよ。一人で洗えるよ」
「はっぁ、そうですのぉ」
心底から落胆したように呟いた。真には伝わらないが、それでも、土姫以外の者も真に気に入られるように自分の思いを、嫌、普段は隠す自分の殻の中の思いを全て出して、思いを遂げようとしているのだった。まあ、真も、七人の女性も複雑な歳なのだ。子供と言えば子供だろうし、大人と言えば大人だ。後、数年もすれば自然と結ばれるだろうが、だが、そうなる前に、地球に着くと同時に、真は亡くなってしまうのだ。それは、まだ先の話しだ。今までの部屋での生活と同じように湯浴みを済ました後は、土姫が着物を作る姿を見ながら楽しい会話で盛り上がった。そして、土姫は不思議そうに、真に視線を向けながら、別々の部屋に向かい睡眠を取るのだった。
「真様、朝ですよ。早く支度してください。日姫の所に行くのでしょう」
「もう、そんな時間ですか」
「そうなのですよ。それと、行く時は、日姫様の着物が出来上がっていますから持って行ってくださいね。喜ぶと思いますよ」
「ありがとう。来週は酒を飲んできませんので、楽しい日にしましょうね」
「はい、楽しみしています」
毎週、同じ事を言ってお別れをするのだが、それは、それで、楽しみで一週間を待つのだった。土姫は、真のお供も、お連れする事もしなかった。内心ではしたいのかも知れないが、日姫の気持ちを考えて、真、一人で日姫の所に行かせるのだった。
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