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第十二章
「その双子は、富山神家と八尾路頭家との初の子なのか」
「その子です。そして、その子を掲げて、富山神家から天祖家と改めるようです」
「良いか悪いか別にして、戦は無くなるだろう。血族の男は一人。従うしかない」
 話し終わると、皆は手を合わせ祈った。突然に扉を叩く音が響き、声が聞こえた。 
「礼です」
 男二人は目線で退室の礼を送ったが、春奈の父は、手の仕草で良いと伝えた。
「入れ」
 礼は、床に跪く二人を故意に無視して、椅子に腰掛けた。
「父様。御用があると聞きましたが?」
「父と言うのだから、従うか」
「喜んでお受けします。春奈と結婚すれば一夫多妻になれる。この地が好きですから」
 礼の言葉を聞き、父は眉を顰めた。
「娘を好きだと聞いたが、あれは嘘か」
 他人事のような口調で問うた。
「嘘では無いです。あれ程の美人です。二十五年。いや二十年は春奈一人を愛せますが、その後は分かり兼ねます」
「ほう。如何するのだ」
 口調には、微かに怒りを感じられた。
「善き理解者。良い夫。良い父になれます。ですが、その歳ですと。うっ、ううむ。女性と思えるか分かり兼ねます」
 礼は悩んだすえに、きっぱりと言った。
「今の話を春奈が耳にした場合、春奈は破談したいと言うと思うが」
「言っている意味は分かり兼ねますが、愛する気持ちがあれば、何の障害も無いと思います。それとも、私の愛に嘘があると」
「分かった、分かった。何かと忙しいように感じるが、夕食は共に食べるのかね」
 礼に、春奈の旅を止めるように説得を頼もうと呼んだが、この礼に総てを話しても、春奈に付くか、我に付くか計りかね。成り行きに任せる事にした。そして、人を見る目が落ちたと嘆きながら、夕食に来ない事を祈った。
「私は忙しくありません。夕食は共にと考えていました」
 大げさに考える仕草をして、声を上げた。
「退室して良い」
「はっ。御用があれば何なりと」
 手で退室を示したが、伝わらず言葉を掛けた。礼は育ちの為だと思うが、即座に完璧な返礼をしたが、大げさな仕草は不満を表したように感じられた。
「御用がなければ」
 二人の男も退礼をした。
「春奈が旅に出る事になるだろう。それも合わせて、引き続き頼む」
「はっ」 
 男二人を退室させて、自分も亡き妻の部屋にいるはずの、春奈の元に向かった。
「父様」
 扉を叩くが返事が返らない。中には居ないのだろう。父の使いが、この場に居ないのなら間もなく来るはず。何気無く時間を潰す為に辺りを見回すと、昔を思い出した。 
(母を困らせる為に草花に隠れていたわ。だけど、虫も、扉が見えなくなる事も怖いから、隠れるというよりも、今立つ場所で目線の届かない所を見付けて屈むだけだった。母は、私を捜す時には決まって神様に祈って、直ぐに隠れていた場所を見つけたわ。あの時は不思議だった。母に聞くと、目を瞑り神様にお願いするとね。目を開けた時に、居る場所を見せてくれるのよ。そう笑って答えてくれた。今考えると、この場所に立つと、私が見えていたのね。子供の目線と大人の目線では見える範囲が違うから、でも、今では確かめようが無いわね。
「春奈よ。何を見ているのだ」 
 娘が荒れた庭を見ていたので、不審に思った。
「何も、幼い時を思い出していただけよ」
 父の声の驚き振り返った。
「あれが亡くなってから何も変えていない。どうした部屋に入らないのか」
「この箱は何です?」 
 部屋に入ると箱が目に入った。直ぐには数えられないほど積まれていた。 
「巫女服の代わりに作らした物だ。着たくなければ着なくても良い」
「えっ」
 春奈は、父の話しを聞き驚いた。そして、二人はしばらく部屋の中を見回した。
(あれも、あれも有るわ。あの櫛で母は、私の髪を梳かしてくれた。えっ、あの髪飾りは母が作ってくれた物、でも、巫女になる時に髪を短く切るから、似合わないと言って投げ捨てたはず。本当はあの時、巫女が嫌で八つ当たりで投げたわ。後で捜したけど見付からなかったのに。父様が?)
 父を見詰めて、問い掛けようとした。すると、父から鍵を渡された。
「今までは、巫女の生活があったが、これからは、この部屋で、母が楽しんだように暮らすが良い。まあ、今日は無理だろう。明日は、一日付き合っても良いぞ。それとも人に任せるか?」
「えっ・・・・・本当に手伝ってくれるの」
 笑みを浮かべているが、不信そうな目をして問い掛けた。
「嘘は言わない。この思い出の部屋に、他人は入れたくないのだろう」
「開けて良いの。夕食に着て行きたいから」
 父の優しい顔は始めて見る気がして、駄々をこねるような仕草をした。
「構わないが、汚れるのではないのか」
「此処では着替えません。見るだけです。父様のお勧めはあるの?」
「箱に赤い丸の印の付いている物だ。それだ、時間は経ったがこれで約束は守ったからな」
 春奈のしゃがむ姿が幼い娘の大きさと重なり、幼い時の娘が泣いてせがむ姿に思えた。
「綺麗な服ね。だけど、特別綺麗な服でも珍しくも無いわね。母様との思い出の服なの」
「ううっう。春奈よ。旅に出てしまうのか。父がここまでしても出掛けるのか。ううっ、ううう」
 幼い時の事を忘れた事は悲しいが、巫女の時は表情を変えなかった娘が、喜びで光り輝く姿を見ると、嬉しくて涙が止まらなかった。それを、隠す為に芝居で誤魔化した。
「父様は、芝居が本当に下手ね。父様も人目が無いとふざけるのね。初めて見たわ」
「駄目だと思ったが、やはり駄目か、皆に聞いたのだぞ。娘を止める方法は何かないのかと、そしたら鄭が、娘は、私が泣き顔になると、心の底から心配してくれます。春奈様も、主様の泣き顔を見れば、気持ちが変わるのではず、そう言われた。鄭の初めての提案を試したのだが、駄目か」
「鄭、知らないわね」
「分からぬか。何が楽しいのか、何時も笑っている者だが」
「あーあの人なの。私も声は聞いた事は無いわ。鄭に伝えてください。少しは心が動いたって」
 春奈は、笑いが止まらないのだろう。話す声よりも笑い声の方が多かった。娘は、巫女の時は笑い声など聞いた事がなかった。その声、今の様子を見て気持ちが変わった。
「春奈よ。礼が行かなくとも許す。だが、最長でも一年だ。それに、供は付けるぞ」
「ありがとう。父様」
 満面の笑みで、答えた。
「春奈よ。出掛ける前に、服を着た姿は見せてくれるのだろう」
「はい。夕食の時に必ず。明日の朝食の時もお見せしますわ。それから旅にでます」
 父の芝居のお返しだろう。幼い子がする。ぎこちない会釈で返した。
「そうか。楽しみにしている」
 娘に声を掛けると、部屋を後にした。春奈は、父の後ろ姿を見て、何時もの威厳は感じられず、悲しみを感じた。
「父様御免なさい。口では恥ずかしくて言えなかったけど、父に初めて駄々をこねた服を、憶えていてくれたのですね。父様、ありがとう)
 心の思いを口にしていた。笑みを浮かべながら、母の部屋に入った。
「私も、そろそろ仕度をしないと。だけど、あの服を着るのは少し恥ずかしいわね」
 その服は、子供服を特別に大人用に作ったものだ。父に勧められた服を手に持ち、自室に行った。
 春奈は着替え終わると、自分の姿が恥かしくなり暫く考えていた。
(父様よりも先に食室に入れば、誰にも合う事は無いわ。私を警護する人はいないはずだから)
 春奈は、泥棒か夜逃げでもするかのように、少しずつ扉を開け、人がいないと分かると、扉から少しずつ体を出して部屋を出た。その不審な行動は食室の入るまで続けた。部屋に入ると。父と礼が酌み交わしていた。春奈は、時間に遅れたので無いので、簡潔に礼をすると椅子に座った。そして、料理が並べらあったので食事の挨拶をすると食べ始めた。父は、言葉で言ってくれないが、私の姿を見ると嬉し涙で目が潤み。恥ずかしいのだろう。それを誤魔化そうと、料理を一口食べると目頭を押さえて呟くのだ。
「今日の料理は辛いな。うっうっ」
 私を見ては、何度も繰り返した。礼も褒めてくれるのだが、勘違いをしているように感じられた。
「私を喜ばす為に、その服を着てくれるとは最高の喜びです。うっうう。私も着ていました。今も着たいと思うのですが、人から嫌な目線を受けますでしょう。特に女性は変人扱いですからねえ。春奈様が着ると知っていれば、私も着て来たかった。今からでも許しを貰えれば、相手役の服を着てきますが、宜しいでしょうか」
 礼は、変な礼儀を見せた。
「今の仕草は何です。礼の所では、今の様な礼儀をするのですか?」
 首を傾げて、尋ねた。
「春奈様。その服を着ているのに、知らない振りをしなくても良いのですよ。あの芝居に、あの役者を思い出します。父も母も、あの時は優しかった。父は、私を喜ばす為に専用の芝居小屋を作ってくれたのですよ。家族だけで良く見ました。そうそう、今でも、あの芝居をやっているらしいです。春奈様と二人だけで見に行きましょう。その時は、私も、男性用を着て来ますからね」
 父と礼は幾ら時間が経っても、訳の分からない話や泣き続ける。仕方なく。父に退室の許しを掛けた事で、我に返ってくれたから良いが、言葉を掛けなければ何時までも続いていたはず。春奈は、退室する時に、父に、先ほど礼に、旅の供の話しをしたら承諾してくれた。そう伝えた。礼には、楽しみしています。と、伝えた。何故、満面の笑みを浮かべながら話をしているのか、意味が全く分からなかったが、何所かに連れて行きたい。その言葉だけが意味が分かり。社交辞令で返した。
「春奈さま。おめでとう御座います」
 警護頭は扉が開かれる音を考えると胸が高鳴っていた。巫女に羽衣を渡して逃げるように勧めた事が明かされて、捕らえにくると思う気持ちではなく。数十年間お洒落をした事がなかった。その姿が見られる。そう思うと心が躍っていた。完璧な礼を三歩離れるまでの十五秒間続けた。普段なら労いの言葉を掛けてくれるのだが、我を忘れているように感じられた。
(もー、恥かしいなあ。そんなに見ないで)
 春奈は子供服を着ているのを見られて、恥ずかしくなり、母の部屋へ、慌てて駆け出した。
「春奈様。私も、その気持ちを味わっていました。あの服を着ると、その人物になりきり夢のような心地でした。うっ、うっ、うううっう、春奈様は着て見たい、楽しみたい。その思い殺して、我々の為に青春を捧げてくれた思いを忘れません。一生御仕えします。私は心に決めました」
 使用人の鑑のようだ。表情には表さないが感激の余り、心の中で泣き叫んでいた。
(父様が作ってくれた服に、輪様を悩殺できる服あるかな、うふ。父が選んだのですもの無いわね)
 春奈は、部屋の前に来ると、今まで服を見られて恥ずかしかった事を忘れているようだ。お洒落をする思いは人格を変えるのか、女心は本当に分からない。夢心地もまま母の部屋に入った。
「これを着ようかしら。これも良いわ。この全ての服って、着て歩いている人見たこと無いわ。そういえば、結婚をした友人から言われたがあったわ。結婚生活はママゴトの延長よ。楽しいから貴女も結婚しなさい。そう話した後は、私の事なんて忘れて、楽しそうに、夫に服をせがんでいたわ」
 服を手に取っては、夢想にふけていた。
「うわあ、何これ、殆ど裸じゃないの。このような服があるという事は、裸前掛けの話しは本当の事なの。それでは、この服は全て結婚した人が着る室内着なのかしら」
 輪に、悩殺する気持ちを考えていたのだから想像していても良いと思うが、着た姿を考えたのだろう。恥ずかしくなり体が硬直した。春奈は服を手に持ち、立ったままの状態で夜が明けていた。鳥の囀りで少しずつ硬直が解け出し、深い眠りは、朝日の柔らかい暖かさで少しずつ眠りを覚ます。時計がない時代の天然の目覚ましで起こされた。
「夜が明けているわ。何故なの?」
 時間が過ぎている事に疑問を感じるが、それどころでなかった。食事の時間に遅れる。それで、慌てて箱の中から適当に服を手に持ち、湯浴み場に向った。そして、湯浴みが終わったと言うのに出ようとはしなかった。あれほど時間が無いと慌てていたはずだが、と、言うよりも、適当に持ってきた着替えは、我を忘れた服以上の露出度の高い服で、それを見つめ、立ち尽くしていた。
「巫女様も湯浴みですか、今までの習慣は止められませんね。朝の湯浴みは気持ちいいですからね。うわあ、綺麗な服ね。チョト着るには恥ずかしい気持ちになるけど。私も欲しいわあぁ」
 巫女と話しが出来て嬉しい顔をするが、心の中では悪態を吐いた。
「何故、共同湯浴みにいるのよ。私と違い専用湯浴み場が有ると耳にしましたわ。それに、あの服なかなか手に入らない物じゃないの。私なんて巫女辞めて、この服を一着だけ買ってもらえたのよ。家では巫女服だと言うのに、良いわね」
「結婚していないのに、本当にこの服が欲しいのですか、それとも結婚の予定があるの?」
 目線は相手の服に、そして、春奈だけしか分からない事を呟いた。言われた女性は意味が分からなく、一言だけだが、意味を聞き返した。
「この服と交換してくれませんか、私の服で結婚が破談や迷惑を被った場合は、私が謝罪をします。いや、父に全面的に協力してもらいます。この服も上げます。私が帰ってからで良いのでしたら、貴女が選んだ服を好きなだけ上げますから、それと、それと」
 それを着ないと死ぬかのような姿で、期待の返事が返るまで話し続けたが、話が詰まり、最後は嗚咽を吐くように声を出し続けた。
「結婚、破談、迷惑、謝罪」
 真剣な表情で訳の分からない事を言われて戸惑ったが、何かを説得されているのが伝わり、落ち着かせる為に返事をした。
「分かりましたから、私が出来る事はしますわ。落ち着いてくださいね、ね」
「本当に良いのですね」
 服にしがみ付いて問うた。
「ううう、うん。うん」
 意味が分からないが、承諾してしまった。
「これを、後は、私が帰ってから好きな服を何着でも良いですからね」
「えっ、この服が欲しいの?」
 肩を撫で下ろされ、満面の笑みを浮かべて寄越された服の値段を考え始めた。
「有難う。この御恩は一生忘れません。残りの服は帰ってから、必ず約束は守ります」
 服を奪うように取って着替え終わると、振り返りながら声を上げた。
「私急ぎますから。これで失礼しますわ」
 急いで食室に向かったが、食室では父と礼は席に付いて待っていた。
「遅れてすみません」
 私が席に付くと、父は食事の準備の鈴を鳴らしたが、何も声を掛けてくれなかった。
「昨夜が女傑なら、今日は深窓の麗人ですね。麗しい人は、何を着ても似合いますね」
 礼は昨夜と同じく話し続ける。褒める言葉が尽きないものだと感心していたが、心の声を伝える訳にも行かない為に、笑みを浮かべ頷いると、心の底から考えが膨らんできた。苦労して着飾ってきたのに、父は何も言ってくれないからだ。
「父様は、褒めてくれませんのですねえ」
「鈴音。鈴音」 
 虚ろな目で鈴を鳴らしながら、耳を澄まさなければ聞えない声で囁いていた。
「父様、父様」
 食事の催促の為に鈴をならしている。そう思っていたが、違うと気が付き声を掛けた。
「え。すず、ね。母様が如何したの。父様」 
 礼の声と鈴の音が煩かったが、耳を澄まして聞き取った。
「今着たのか、今まで待っていたのだ。昨夜よりも洒落だな。おおっ母に似てきたな本当に綺麗だ」
 春奈の声で正気を取り戻した。
「えっ、何を言っているの」
 父が記憶の無い事に驚いた。
「少し酔ってきたようだな、声まで鈴音の声に聞えてくる」
 娘が亡き妻に重なり、動揺を誤魔化す為に手酌で飲み続けていたのだが、酔いで段々と娘の記憶が薄れてきた。
「鈴音。鈴音や酌をしてくれないのだな」
「父様。何を言っているの、私は春奈よ」
 酔っているように見えないが、突然、母に間違えられ驚いた。
「え、春奈。す済まない。母に本当に似てきたな、髪を下ろす髪型は、瓜二つだ。鈴音と思ってしまう」
「父様。お酒を止めて食事にしましょう」
「ああ、そうだなぁ。食事にしよう」
 虚ろな目で答えた。
「礼様も話よりも食事にしませんか」
 礼は話と言うよりも、自分の世界に、春奈を入れて一人事を呟いている。春奈は聞いた振りをして頷いていた。
「鈴音。春奈はもう寝たのか?」
「父様。いい加減にしないと怒りますよ」
 顔を赤くして怒りを抑えた。だが、今の春奈の言葉は耳に入らない。耳に入ったのは次の言葉だ。
「この時間に起きていれば、怒らなければ行けないのですよ」
と、娘の話が違う内容で耳に届いた。妻の幽霊が居るのか、酔っての聞き違いなのか、目を開けて白昼夢を見ているのか、それは本人も分からない。だが、妻の声が、姿が見えていた。
「そうだなぁ。寝ていて当たり前だな。時間を考えていなかった。悪かったな、済まん」
 心から愛しい思い出。見詰めながら呟いたが、娘を見る目線ではなかった。
「父様も礼様も、いい加減に悪ふざけを止めて下さい。父の人柄は分かっていますわ。顔の表情が変わらないどころか、瞼も閉じない。蛇よりも冷たくて、血も通わない人のはずです。お酒や可笑しな姿くらいで、表情を変わるわけが無いはずだわ。それに礼様も、何事にも第一に考える事は美しさで、人に笑われる事が死ぬほど嫌のはずです。それとも、私を女性とは思ってないのですね。何時ものように仕草は神々しく艶やかで、話す声は花々のような香りを放ち。蕩ける甘い囁きのはず。私には幼児の様な接し方だわ。男性の接し方のように無視してとは言いませんが、大人として扱って欲しいです。私は、食事も頂きましたから出かけますわ。長くとも一年で帰る約束は守りますから心配しなくてもいいですわよ。あっ、そうだったわ。父様は心配などしませんわねえ」
 春奈は立ち上がり怒鳴り声を上げた。その声で、父は驚き正気に戻った。礼は始めて女性に怒鳴られて気落ちしている。それだけでなく、心に秘めた趣味まで一緒で無いと言われ、女性不審になりそうだった。
「礼様。時間に遅れても待っていませんよ」
 食室を出ようとした時に、何かを忘れたように振り向き、礼に声を掛けた。
「はっはい。遅れません」
 忠実な飼い犬に噛まれたような、脅える様に答えた。
「礼君済まない。世間知らずで礼儀と本心が分からないのだろう。今の事で春奈の供は心変わりしましたかな?」
 謝りの言葉を掛けているが、普段のように表情を変えず、答えしだいでは殺気も表せずに斬りかかる。そう思える話し方だった。
「変わりません。姫を思う気持ちは同じです」
 この場の雰囲気を変える為だろうか、大げさな仕草で、芝居の役を演じているようだ。
「そうか、頼む」
「此れで失礼します」
 簡潔だが優美な返礼を返し自室に向った。
「鈴音。見守ってくれな」
 食室に残る父は、容器に残る最後の酒類を飲み干し終わると、虚空を見詰め呟き。愁い顔から無表情に戻して、食室を後にした。
「姫。お待ちして折りました。御手の物は私奴に、御気遣いなく」
 正式な礼ではなくて、芝居小屋で評判を得る。特に女性に受ける派手な礼をした。 
「礼。お願いね」
 満悦な笑みで答えた。
「有り難き幸せです」
 優美に受け取った。
「ふふうん。ふん、ふん」
 気分は、るんるんで鼻歌まで歌い。輪と二人の女性が待つ、思い出の場所に向かった。
「輪様。羽衣が見付かりましたわ」
 老木が見えると駆け出した。
「行ってしまったの」
 辺りを見渡すと、居ないと思い、一粒の涙を流した。
「巫女様、巫女様。遊びに来たの」
 二人の女性は走りながら声を掛けた。
「夏美さん。秋奈さん。又作ってきましたのですが、食事は済みました」
「まだですよ。早く食べましょう」
 秋奈と夏美は喜びの声を上げた。
「輪様は何所に、渡す物があるのですが」
「食べ物を探しに出ていますが、悲鳴を上げれば直ぐ来ますわ」
「すううっ、きゃー」
「きゃー」
 二人の女性は、輪が現れるまで交互に叫び声を上げ続けた。
「大丈夫ですか」
 顔や手足に木々の擦れ傷を付けて現れた。
「巫女様。輪が来ましたわよ」
「さあ、早く食べましょう」
 二人の女達は、輪の姿を見ても何も感じもせずに、食事の準備を始めた。
「輪様。羽衣と言うのは、これですか?」
 巫女は着替えを入れている背負袋を、背から下ろして、自分でその中から取り出した。
「そうです、それです。見付けてくれて本当に有難う御座います」
 手を震えながら手に取った。
「え。羽衣を探してくれたの。本物なのね。良かった。夏美さん羽衣が見付かったって」
「うん、うん、うん」
 喜びの為に声も出ずに頷くだけ。出てくるのは頷くたびに、一粒ずつ涙が零れ落ちる。
「夏美さんが悪い訳ではないのですよ。泣く事ないじゃないですか」
 輪は、夏美の前で屈み、慰めた。
「あのう。食べませんか」
「夏美さん食べましょう。先ほどまで二人で言っていましたでしょう。又、巫女様の料理が食べたいなって、ねえ、秋奈さん」
「本当ですのぉ。嬉しいですわ。幾らでも食べてください」
 夏美は食事に釣られたのか、礼の姿を見た為だろう。普段の夏美に戻った。
「巫女様。畏まって控えている方を、此方に呼ばないのですか」
 輪が巫女に話すと、夏美たちは、礼に聞えない声で、歓喜の声を上げて紹介を頼んだ。
「礼も此方に来なさい。許します」
「はっ。麗しき姫方々と共に食せる喜び、心より感謝いたします」
「きゃあ。私、姫なんて言われたのは初めて、何て快い響き、そう思いませんか、夏美さん」
 秋奈は頬を赤らめて、うっとりと呟いた。
「私も始めてよ。下心が有っても、この様な人に真顔で言われると、心が動きますわね」
 平常を装っているが目が潤んでいた。
「下心とは何ですのぉ」 
「もう。私に聞かないでよ。輪に聞いて」
 春奈の問いに、夏美は頬を赤らめた。
「輪様。下心とは何ですのぉ」
「子孫繁栄の事と思います」
 春奈が問い掛ける方も変だが、真顔で答える方も変と思うだろう。だが、まだ今の答えは良い方だ。この男は始めての連れ合いと思う人に、次のように答えたからだ。貴女の赤ちゃん製造工場に、原料を入れても良いでしょうか。と、本当の自分の事が言えずに、咄嗟にこのように答えた。勿論、その女性に殴られて終わってしまった。
「子孫繁栄ですか、それよりも、私を、修正の旅の供に加えてくれませんか、父の許しを得ました」
 会話の流れで問うたが、言われても意味が分からない。ただ、話すきっかけが欲しかっただけだ。
「巫女様。この方を紹介してくれませんか」
「春奈さん。供の事は嫌だと言わせないから安心して、それで、この方は誰なのです」
 秋奈が熱い視線を、礼に向け声を上げた。夏美も同じだった。
「礼と言います。私の供というよりも、監視人いや護衛人見たいな人です。私も最近知り合いましたので、よく分からないのですが、父には気に入られていますね。礼。後は自分で話しなさい」
 何を言えば良いのか、しどろもどろしていたが、どうでも良くなり、礼に話をふった。
「有り難き幸せです。食事の席だけでなく。私の名前までも心に刻で下さるのですね。私は幸せです。この喜びを、姫方々に、どの様に表したらよいのか。考え付きません」
 世界に一人の天才役者が同じ仕草や言葉を言っても。この男より美しく、人を惹きつける事は出来ないだろう。これで、下心を考えての台詞なら、運命の糸が有ろうが無かろうが、神や悪魔の強制的な力を借りての恋心でも、この男に心を奪われる事だろう。
「礼さん。それ程まで気を使わないで下さいねえ。これで友人になれたのですから」
 夏美は年長者だけはある。平常を装っているが、目も声にも熱い思いが表れていた。
「あっふうう。あっ、ふうう」
 秋奈は、礼に夢中で、顔を真っ赤で瞼を閉じる事もできない。礼から目線を外したくないのだろう。片手で地面を支えてなければ倒れてしまう程に、身も心を奪われていた。
「そうですよ。夏美さんの言う通りです」
 礼は、輪の言葉で一瞬、眉を顰めたが、誰も気が付かない。男と話す事が死ぬほど嫌なのだろう。
「気を使う」
 気を使う事も、された事も無いと思っている為に、言葉の意味が分からなかった。人が聞けば笑い話と思うだろう。だが、今までに、春奈が声を掛けて返る言葉は、仰せのままに、畏まりました。
この、類義語しか聞いた事がなかった。この地を治める父の社に生活していれば当たり前だと感じるだろうが、箱入り娘と言う訳では無い。幼い時に見習いとして巫女修練社に入って歳の近い人達と同じく。いや、それ以上に厳しい修練をして来た事で、誰も世間知らずと思う人はいないはず。だが、巫女修練所は僅かな賃金だが払う為に、朝食から始まり、日が沈むまでを奉仕時間と決められていた。勿論、厳しい規則が有り、礼儀作法の取得から、神聖な三山の施設の人員や清掃などをしていた。奉仕時間内は、私語を話す事が出来るわけもなく。その為に、父の社と変わらない生活をして来たが、皆が、春奈と同じ生活ではない。夕日が沈めば完全な自由だ。稀に、闇夜に一人で自宅に帰り、日当を渡しに行く者もいるが、多くは無料施設で過ごしている。位の高い者は迎えが来るが、巫女の修練で知り合った友人と楽しい時間を過ごす為に、修練所に泊まる者や、時間を遅らせて帰る者が殆どだった。春奈だけは、警護の問題で夕日が沈む少し前に、父の社に帰る事になっていたが、故意にされていた訳ではないだろう。父親の手の空く時間は、警護やその他の交代時間の少しの間だった。春奈はその時間に、間に合うように帰ってくるが、友人がいたとして、友人と過ごす時間と、父の時間を選ぶとしても、父と過ごしたいと答えるだろう。だが、夕日が沈んだ後の修練社では話し声や歓声が聞え、別世界のようになる事を春奈は知らない。もしも、知っていれば友人と過ごしたいと言っただろうか、そして、過ごしていれば、礼が夢中で話した事や、一般常識の欠落はなかったはずだ。
「有り難き幸せです。これで生涯、唯一の友が出来ました」
 礼は大げさな仕草で言葉を返した後に、春奈を一瞬、見詰め、又、話し始めた。
「幸せに思いますが、巫女様の父君様から、如何なる場合でも礼儀を忘れるな。それが、供の条件だと言われています。姫様方々、御気に為さらずに、言葉を掛けてくれた事を心の底から幸せに思い。一生涯忘れません」
 礼以外が、今のように話せば感謝を表していると感じるが、礼が話すと愛の詩に聞えるのは、顔が良いからか、支配する血筋の気品か、大げさな仕草や話し方なのだろうか、全てが合さった結果なのだろうが、春奈だけを除き、二人の女性は聞き惚れていた。
「私は夏美といいますの」
 夢心地で話しを掛けるが、輪に言われた事は忘れていなかった。貴女方の過去の可能性がある為に、名字を明かすと祖先にしわ寄せが行き、世界が狂って元の世界に帰れなくなるか、貴女方が消えてしまう可能性ある。その事が辛うじて頭の隅に残っていた。
「私は、礼と言います。私の心情は女性に使えるのが喜びの為に、名字はありましたが忘れました。礼と御呼び下さい」
「私は輪と言います」
「私は秋奈と言います」
 礼を見て釣り合う女性像を考えていた。元の世界では本を読む事しか楽しみが無かった為に、無数の女性像が頭の中で浮かぶ、その中の深窓の令嬢と決めて、心から演じた。
「秋奈さんは魚釣りが上手いのですよ。私が釣り竿を作りますから、礼さんも、巫女様も魚釣りをやりませんか」
 輪は二人に声を掛けた。
「ほほほ、輪さん何を言うのですのぉ。私は魚釣りなどした事が有りませんわ」
 秋奈は鋭い目線で輪を睨んだ。
「輪様。私を御仲間に入れてくれる。そう言う事のですのねぇ。有難う御座います」 
 破顔して呟いた。
「巫女様。おめでとう御座います」
 礼は畏まって、祝いの声を上げる。
「輪様」
「何でしょうか」
「釣竿を作られると聞えましたが、聞き違いでしょうか、本当でしたら教えを乞いたいのですが」
 話をするたびに顔が痙攣していたが、そのたびに笑みを作り誤魔化していた。それ程、輪と話をするのが嫌なのに続けているのは機嫌取りと思う。それとも、何か良からぬ考えが有るのだろうか。
「良いですが、そうですね。です。ます。それは癖でしょう。止めてと言っても無理でしょうから、輪様。その呼び方は止めて下さい。それなら、喜んで教えますよ」
 礼をどのように考えても、育ちが良いのはわかる。それなのに、幼稚な竿かも知れない物に、教えて欲しいと言われ、喜びで顔が崩れた。
「輪さん教えてください。此れで宜しいでしょうか」
 引く攣りながら笑顔を作る理由が分かる気がした。嫌いな人に敬語を話すのは何でもないと思うが、笑顔を浮かべて、喜びの声色まで作るのは苦痛だろう。だが、二人の女性には、慣れない事を強制されて困る仕草に見えていた。その照れ笑いが可愛くて受けていた。
「私も、夏美と言ってくださいねえ。言わないと仲間と認めませんわよ」
「私も、私も。秋奈と言わないと認めませんわ」
 礼の照れ笑いが見たくて興奮していた。
「二人の美しい姫に言われては光栄に思います。それでは、夏美、秋奈、これで、友と認めてくれますでしょうか」
 照れ笑いもせずに真顔で答えた。
「あっ、ふう」
 秋奈は夢心地で溜め息を吐いた。
「貴方は何を考えていますの。礼儀が生きがいの人と思っていましたのに、本当は下らない考えをしていますの?」
「下らない事と言われても意味が何通りも有ります。数ある中で一番の侮辱の言葉と、夏美が言っている事が一致しているならば、私は心の底から考えていません」
 考え、考え言葉を伝えた。
「何故、恥ずかしくもなく真顔で言いえますの?」
「言っている意味が分かりませんが、貴女方の話し方の方が恥ずかしいです。名前を呼び捨てにして、気を配らない言葉を使う。な、なんて、まっ、まるで夫婦の睦言そのままの会話なんて恥ずかしくて言えません。巫女様も気持ちは同じはずです」 
 話の最後は顔を赤くして慌てて気持ちを伝えたが、これが演技で顔を赤くする事が出来るのなら、生き方を替えた方が、この男の為だと思う。巫女に話しを振ったが、春奈は、ぼんやりと輪を見て、話題に出た言葉の意味を考えていた。気を配る言葉、普通の言葉、愛の言葉、何を言っているの。方言なのかしら。春奈は馬鹿ではない。知識が偏っているだけだ。例えば、薔薇の花が綺麗ね。そう言われても、花の名前が分からない為に、赤くて綺麗な花ね。と、しか考え付かない。幼い時は花の名前も分かっていただろうが、会話と言える話は父とだけだからか、それとも母が亡くなり悲しみを忘れるために、巫女修業に打ち込んだ為だろうか、春奈は、全て忘れていた。春奈は心の中で格闘していた。言葉を、どの様に置き換えても話が繋がらない。その為に、礼の言葉は耳に入ってなかった。
「くす。本当なのね。御免なさい。癖だろうけど大げさな表現や仕草は止めてください。愛の唄の様な、素敵な言葉を聞くのは心地良いけど、私が聞きたいのは礼さんではないわ。聞き慣れして、言って欲しい人が言ってくれた時に感動が薄れるのは嫌だわ。それに、秋奈を見て何も感じませんか、これから一緒に旅をするのですから一番の問題は、貴方が話すたびに、今のような夢うつつの状態では命の危険の恐れが遭って困るわ。私が言いたい事は分かりますでしょう」
 夏美は、礼が顔を赤らめて話すのを見て笑ってしまったが、本心と思い提案をした。
「分かりました。話す時は考えて言葉を選びます。それで宜しいでしょうか」
 いつもの癖の様な仕草が出たが、途中で止めて髪を弄る事で紛らわした。
「巫女様。如何したのです。難しい顔をして何か有りましたか?」
「輪様。聞きたい事が有るのですが宜しいですか。気を使わない言葉、普通の言葉、愛の言葉とは、何を言っているのです」
「巫女様。これから旅に出かけますよね。今答えを言われるよりも、旅の中で、少しずつ自分で見つけた方が楽しいと思いますよ。今気付きましたが、巫女様の父親が旅を許した理由が少し分かったような気がします。私も、礼さんと一緒に必ずお守りしますから、自分で遣りたいと思う事を好きなだけして下さい。知らずに分かってきますから、楽しいかもしれませんよ」
(私が、この世界に戻って来た理由に、関係あるかも知れない)
 最後の言葉は、心の中で呟いた。
「秋奈さん。そろそろ出かけますよ」
「ハイ」
 寝起きのような声を上げた。
「輪様。何所に行きますの」
 春奈は目を輝かせて問うた。
「何所に行く当ては有りませんが、この方向を進みます」
 左手の小指を見て呟いた。
「此方の方向ですと、海に行くのですか?」
 声を弾ませて問うた。
「そうですね。海に行くかも知れませんね。巫女様が行きたいなら必ず行きますよ」
 春奈に問うたが、心の中では違う事を思っていた。巫女様が行きたい。そう言う訳ないのは分かっていますよ。そろそろ秋奈さんが騒ぎ出し、行く事になりますから、あれ、何時もの騒ぎ声が聞えず、秋奈の方を振り向いた。
「秋奈さん。気難しい顔して、何か不満な事でも有るのですか」
「夏美さん。理由が分かりますか」
「海と言えば水着でしょう」
 輪の問いに答えた。
「ねぇ、水着でしょう。海に行くのですもの泳ぎたいわよ。大丈夫。輪さんが何とかしてくれるわ」
「えっ。水着て何ですのぉ」
 小声で呟き、傾げた。
「巫女様。泳服と思います」
 礼は呟きが聞えた訳ではなかった。顔色で判断して言葉を掛けた。
「私が、皆の泳服を持ってきますわ」
 女性の物の為に礼に頼めなく、自分で取りに行く為に、館を振り向きながら呟いた。
「巫女様。港町では色々な泳服が有ると耳にします。港町買われた方が宜しいと思います」
 礼は、巫女に言葉を掛けて引き止めた。
「港町で本当に手に入るのですね。それでしたら、そうします」
 巫女は、全ての言葉の意味が分かって無いだろう。ただ手に入ると言う言葉に頷いただけだ。
 礼も、巫女の不自然な態度を感じ取り、笑みを浮かべた。心の中で、港町で泳服を買い求める時の姿が楽しみだと思った。怒るか、失神するか分からないが、想像して楽しんでいた。
「巫女様。良いのですか」
 輪は肩をすくめ、済まなそうにしていた。
「構いませんわ。私の護衛をする御礼と思って頂ければ、それで宜しいです」
 輪と二人の女性は、今までの会話で春奈の生い立ちと、生活の全てが感じられた。全ての物事に、一瞬の間や手を止める事がある時に、付き人が間に入り全てを補佐されるのだろう。まるで、映画や本の中の人物のように、指を鳴らすだけで自分の考え通りにしてくれて、歩きながら、その部屋の似合う服を着替えるに違いない。と、夢心地に思いに耽り。一度でいいから映画の中の人物のような生活をして見たい。そう思い。夏美と秋奈は溜め息を漏らした。
「礼。大丈夫なのですね」
 礼に確認を取った。
「巫女様。私達の分まで気配って頂き、有難う御座います」
「いいえ。良いのですよ。私も海に行く楽しみは同じですわ」
 春奈は本当に嬉しそうに、話をしていたが二人が喜んでくれたからでは無いだろう。山から出た事の無い為に、何が何でも行きたかたが、自分からは言えなくて諦めていた。それが、知らない内に行く事が決まり、嬉しくて顔や声に表れていた。
「それでは、そろそろ行きますか」
 掛け声を上げてから、夏美に声を掛けた。
「夏美さん。お願いがあります。今持っている羽衣を、巫女様に渡してくれませんか」
 私が持っていると心配なの、思う事を言葉に出来ず。羽衣を渡しながら別の思いを問い掛けた。
「輪さん。必ず私を守ってくれますね」
「心配しなくても大丈夫ですよ。羽衣は夏美さんを記憶しています。秋奈さんと二人で使っても、飛ぶ事が出来なくなる位ですから、ただし、秋奈さんの声が届く範囲にいてください。あまり離れると人体に影響が無い物は反応してくれません。例えば、蜘蛛とかは避けてくれませんよ」
「分かりましたわ」
 輪の話しを聞くと頬を膨らまして、不機嫌そうに答えた。夏美の気持ちが分かるような気がする。礼の様な言葉を期待していた訳では無いが、もう少し言い方があると誰もが思うだろう。 
「秋奈さんと夏美さんを守るのですよ」
 秋奈の肩にある羽衣に、手を触れて呟いた。羽衣は返事に答えたのか、白から桜色に変わった。
「巫女様。その羽衣は持っているだけで疲れを癒してくれます。私の大切な物ですから失くさないで下さいよ」
 輪は、春奈に総ては伝えなかった。この世界の物や人には係われないからだ。壊れる物は壊れる。死ぬ運命の者は死ななければならない。だが、間接的には助けようと思っていた。例えば、弓の矢が飛んできて危ない避げろと伝えたとしても、当たるかは春奈しだいだろう。羽衣の力で疲労を感じなければ災難を避ける事は出来るだろう。そう考えて、羽衣を渡す事にした。
「私も巫女ですから意味は分かります。御祓いやお守りは、私自身が何かをしなくては何も解決しないのは、分かりますわ」
「そうですね。行きましょうか」
 春奈の解釈に笑みを浮かべ、心の中では、秋奈さん達の場合は赤い糸が無くても、他世界の人ですから弓矢を跳ね返す力が働きます。巫女様。それでも本当に効きますよ。此処から海まで何日あるか分かりませんが、歩きで二日掛かるとして、全力で走り通しても息も上がりません。そうですねえ。今言われた通りに、思ってくれているのなら考えている以上に効くはずです。
 心の中で呟き。この地を後にした。

最下部の第十三章をクリックしてください。

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物語を書いて五年になりましたが、私は「左手の赤い感覚器官(赤い糸)と「蜉蝣(カゲロウ)の羽(背中にある(羽衣)の 夢の物語が完成するまで書き続ける気持ちです。
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