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第九章、結婚式まで十五日前。江見の過去、そして、薫と江見で最後の亀の欠片探し。
「江見さん。どうです楽しかったですか、物語に出てくる物や話の元に使われている資料の本がありますよ。見てみますか」
「それより、この作者は、羽衣の関係の話を好んで書いているの」
「余程、この作者が気に入りましたね。確かに面白いですからね。だけど、この本は初期の作品です。幼い頃に祖父に聞かされた事を参考にして書いたそうですよ。それで、最近、古い書物が家から見付り、書き足して、豪華本で出版されたのです」
「そうなの。今の物語は、私が体験した事よ。主人公の江見は、私の名前だしね。相手の赤い糸が見えると嘘を言った男の名前もカイよ。土地の名称も全て同じなの」
「だけど、神話を元にしているけど、現実では滅亡した国です。それに、種族名を変えて復興なんて出来るはずないですよ。それに、この本には書いてないが、初版本には、主人公は竜宮城から来て、その竜宮城は、時の流れの狭間にあるのですよ。これだけでも信じられないのに、過去、未来、多次元を飛び回るなんて信じられませんよ。それなら、江見さんは、竜宮城から来たのですか」
「そうよ。竜宮城から来ました」
「何かの機械で」
「いえ、羽衣の力でね」
「へえ、今」
「まって、一々聞かれても困るから、私から全て話します」
「はい」
「私たちは、八百万の神々の仲の一種族なの。そう言えば分かるでしょう。勿論、元は薫の世界に竜宮城はあったわ。だけど、薫のような心の綺麗な人や好きになってしまった人間を助ける為に、神々同士で戦いが起きたの」
「えっ、本当に竜宮城はあったのですか」
「だから、最後まで聞いてから問い掛けて」
 そう言ってから、江見は、又、話を始めた。
「六千年ほど前に栄えた。先史文明の生き残りである八百万の神々は、子孫を残す事が難しくなると、自分達の遺伝子と猿の遺伝子で人間を造った。その、自分達の遺伝子の有る人間達を守る為に戦争が起り、竜族だけは最後まで中立を守り、人を見守る事を通したが、その為に、他の神々の怒りを受けてしまい。竜族以外の全ての神々の力で、竜宮城だけでなく、島ごと時の流れの中に閉じ込められてしまった。その住人が江見の一族だった。別名は天人族と言われていたが、その住人は、時の中に閉じ込められたからだろう。体の機能が変わり、背中に蜉蝣の羽と左手の小指に赤い感覚器官が現れた。羽の力で、様々な時の流れを飛ぶことができる。そして、左手の小指に赤い糸のような感覚器官があり。その感覚器官で連れ合いの導きと、行動の指示の働きをしていた」
 江見は、教科書にでも書かれていたのだろう。感情を込めずに思い出しながら語る。そして、終わった訳ではないが、一息付いた。それを待っていたのだろう。薫は、即座に口を開いた。余程、問い掛けたくて仕方がなかったに違いない。
「たしかに、ここまでは同じ内容です。現実では、戦いで王が殺され国が滅んだはず。この本でも同じです。だが、信じられない事は、死んだのは王でなく影武者だった。復讐と復興の為に、一族全てが自国も名前も捨て、自国を滅ばした国の家臣に入る。そして、その主を、謀反を起こすようにそそのかし、負けるように計画を考え。それで、仇の首をとり終えると、まだ幼い、仇の主君の元に娘を嫁がせて、影から国を支配する。こんな歴史は聞いた事がありませんよ」
「う~ん。何て言えばいいのかな。正しい時間の理論は忘れたけどねえ。私達のような一族とか、これより先の未来では、過去などの世界に行けるのです。それが原因で、複数の時間の流れができたと聞いたわ。私達や未来人が一度でも過去に行くだけで、時の流れが変わるらしいの。私たちの学者が確認をしたわ。それはね。ある文明の知識を憶えさせて、文明の不審な点を確認させに行くと、考えた通りの事が起きるの。だけど、学者だからでしょうねえ。ある考えが浮かんで実行したのよ。それはね。ある文明の知識がない者と知識のある者を同じ所に送ったの。だけど出来ないの。必ず、片方が敵国に行ってしまうの。知識のある者は、歴史の通り確認と取ってくるわ。だけど、知識がない方は、羽衣伝説の本のような歴史を体験してくるのよ。
 それで学者は、時間の流れを変えられないように常に二通りの流れがある。そう結論をだしたわ。そうでしょう。この死ぬべき王が生きていようと死んでいようと、娘は、君主と結婚するのだからね。影で操っていたと言う相談役も、仇を討ち取った事は娘の実の父とは公然にしてないでしょう。二通りの歴史でも、最後は、補佐役は、若い二人を守り抜いた。そう書かれているはず。
「分かりました。そうなのか、それでは、兄弟争いで殺された者とかは死んでないのか、海を渡ったとか、別の地で生きている。そう言う伝説は本当なのかな」
「そうよ。死ぬ物狂いで高い地位に付いても、好きな人ができて止めてしまうか、戦いの準備だけで終わってしまうのよ。だから、未来人が歴史を変えようとしても無駄らしいわ。二つの時間の流れが柔軟に重なるからね」
「ほう」
「ひょっとしたらね。私と言う異分子が、この世界に来なければ、薫は死んでいたかもね。歴史に関係ないような人でも、時の流れには必要なのよ。薫を見て、怒り、笑い、泣く。
それだけでも、ある人物の人生の力に関係するわ。信じられない。そうねえ。もしよ。些細な交通事故で薫が死んでも、犯人が政治に関係ある人なら歴史に影響あるでしょう。私が言いたいのは、そう言う事よ」
 薫は、江見から、死んでいた。そう言われた事が気にかかり、思考にふけった。
(私は死ぬ運命だから竜宮城に行けるのかな。
はー、痛いのかな、苦しいのかな、でもでも、江見さんと一緒に居られるならいいか)
「そうかー、分かりました。それで、江見さんは直ぐに故郷に帰るのですか?」
「えっ何で?」
「そうでしょう。私は、江見さんの生涯、ただ一人の連れ合いでしょう。もう連れ合い探しの旅は、必要ないはずですよねえ」
「う~ん」
 江見は返事に困った。
「私は、あの本のようなカイとは違いますよ。嘘は言いません。本当に見えますよ。それに、江見さんの為なら何でもできます。何か機会があれば証明します。必ずします」
「本当ですのぉ?」
「ほっほっ本当です」
 薫は、一瞬だが、命の危険を思い浮かべて、言葉に詰まった。
「それなら、泥棒になって下さい」
「えっ」
「出来ますわよね」
「江見さんの為ならやります。ですが、理由だけは、教えて下さい。お願いします」
「そうよねえ。確かに、連れ合いが見つかれば帰れたわ。ですが、ある失敗をしてしまったの。その事を解決しなければ帰れません」
「なんですか、それは」
「それは、竜宮城に帰る時の起点なのです。普通は、動かない物に付けるのですが、私は亀に付けてしまったのです」
「亀ですか」
「そう亀です。それも、食べられてしまいました。せめて、甲羅が残っていれば良かったのですが、占いに使われバラバラにされて何処にあるのかわかりません。もし、連れ合いが見付かっても帰れません」
「信じてくれないのですね」
 薫は、悲しみを浮かべた。
「私の話の流れで、連れ合いと感じたのなら謝ります。でもね。私の故郷、竜宮城の住人でも神を全く信じない人はいるの。勿論、赤い糸も信じないわ。でも結婚はしますよ。楽しい人や頼れる人などでね。その人達の理屈では、神が決めた相手は遺伝子的に合うだけ。そう言っているわ」
「それで、江見さんは、どちらですか?」
「う~ん。内緒」
「あの、あの、何でもしますから、赤い糸の導きを信じて下さい。私は嘘を付いてないですよ。信じて下さい」
 薫は、心の底から悲しそうに問うた。
「そうねえ、考えとくわ。まず先に、亀の占いの事を調べてくれますか、まずは、それからね。出来ますか」
「はい、はい、分かりました」
 薫は、無我夢中で本を読み始めた。一つでも関連の本を見付ると、興奮を表しながら話を始めた。
「ありがとう。そうなの、それなら、占いで使われた亀があるか、調べられる」
「出来ますが、それを調べるなら機械の方がいいでしょう」
「機械ですか」
「そうです。皆はパソコンと言っています。それなら、詳しく調べられますよ」
「そう、ぱ、そ、こ、ん。ふ~ん」
「そうです」
「分からないけど。それでも、良いわよ」
「それなら出掛けましょう」
「出たり入ったり、忙しいわね」
「私は持ってないのです。済みません」
「別に良いわよ。出掛けるのでしょう。それなら早い方が良いわね」
「早く見付けて、私も竜宮城に行きたいですからね。見付ければ行けるのでしょう」
「そうねえ」
 薫は目を血走らせて興奮を表したからだろうか、江見は気のない返事を返した。
「分かりました。早く済ませましょう」
 それから二人は直ぐに部屋を後にした。それほど町の中を歩き回らずに、パソコンを貸す事を生業にしている店に着いた。
「ほう」
 江見は驚きの声を上げる。薫が、店員と長い時間が過ぎたから、そう感じたからではないだろう。それでも、薫が異性と話すのは気分が悪いに違いない。暫く見詰めていたが、薫が怒り声を上げているのを見て、色恋事でない。そう感じたからだろう。時間を潰す為に店内を見回し、興味を感じたからだ。
「だから、私だけがパソコンを使用するのです。連れは何もしないで椅子に座っています。ですからひとり分でいいでしょう」
「お客様、二人で室に入るのですね。それではお金を頂くのは規則です。お連れ様はパソコンでなくても楽しまれる物が有ると思います。そうお伝えしてみてはどうです」
「そうですか、それでは、他の店に」
 薫は本気で帰ろうとした。
「お連れ様は興味を引かれたようです。良かったですね。それでは、二人分を頂きます」
「はい、分かりました。一人分は割引券で」
「ああ、お客様。お一人で来店に限り、割引券が使えます」
「うっうう、はい」
 薫は何も言い返す事が出来なかった。
「有難う御座います」
 薫は、お金を払うと、店員の話を最後まで聞かずに、江見の元に向かった。それも怒りを表しながらだ。普段は一人で来る為に分からなかったのだろう。
「どうしたの。時間が掛かっていたわね」
「何でもないよ。冷たい物か温かい物にするか迷っていました。冷たい物でいいよね」
「冷たいので良いわよ。ん、でも、この茶碗」
「あっ江見さん。この茶碗で、好きな物を自分で持ってくるのです」
「どこですのぉ?」
 手で場所を示したが、始めて機械を見たのだ。分かるはずない。それで、問い掛けた。
「ああごめん。一緒に行きましょう」
 薫は、江見に丁寧に教えた。それも心の底から楽しくて、嬉しそうな様子だった。
「え、飲み放題なの?」
「そうですよ。冷たい物なら何でもね」
「凄いわねえ」
「それでは、座って調べましょう」
「そうねえ」
「ああ、ここがいいですね。私の隣に座っていて下さい。今調べますからね」
 薫は、隣り合わせの二席を探し、座った。
「おっおお、凄いわね。その機械は亀の甲羅が出てくるのねえ」
 江見はパソコンの画面を見て驚いた。
「えっ、そう言う訳ではないのですよ」
「そう、ごめんね。でも、探してくれるなら、占いに使われた。壊れた物をねえ」
「はい、え~と、千年ほど前で、占いに使われて、壊れた物で、場所は特定しない」
「そうです」
「うわー。何千件もでてきた。江見さん、この国だけの限定でいいよね」
「そうねえ」
「それでも、三十件もあるなあ」
「そうなの」
「一個ごと見せますから、違うようなら言って下さい。いいですか」
「はい」
「これは違うかな」
「う~ん、これは違うわねえ」
 薫が、亀の甲羅を画面に出すと、喜びの悲鳴を上げながら画面を見る。欠片だけを見ても分からないと、そう思うだろうが、そうではなかった。だいたいの予想ができた。
「そうですか、この五個が似ているのですか、直接見られれば分かるでしょうね。だけど、展示されている施設は場所が遠いのや、公開していない物もありますね。どうするか」
「ん、その画面に直ぐ出てくるのに、行けないほど遠いの。それに、公開とは何ですか?」
「えぇ~とですね。今地図を見せますね。今、私達がいるのが、日本と言う国で、東北の宮城県です。宮城県には三個あります。それで、四個目の場所は北海道で、最後の一個の場所が東京です」
「そうねえ。距離の感覚は分からないけど、離れているわね。遠いのは見て分かるわ」
「でしょう」
「でも、公開ってなんですか?」
「それは、古い物や貴重な物を見せて、お金頂く商売です」
「ほう、ああ、分かりましたわ」
 悩んでいたが、その謎が解けたような嬉しい笑みを浮かべ頷いた。
「それでは、今日は、この店を出て、明日でも県内の博物館や神社に行きましょう」
「何で、明日なの?」
「今日は土曜ですから、昼では、もう公開の時間が終わっています」
「そう、見られる時間があるのね」
「はい」
「そうなの。見られないの?」
 江見は、心底からガックリとうな垂れた。
「でも、帰り道に博物館の前を通るから、建物の外見だけでも見ましょう。ねえ」
「ありがとう。見てみたいわ」
「外観を見ただけでも驚くと思いますよ。もし、江見さんが言っていた物なら盗むのでしょう。これでは無理だ。そう感じますよ」
「そう」
「そうですよ。今の世の中、泥棒と言う商売は難しいですよ。ああ、ごめんなさい。商売ではないですね」
「わあはは、良いわよ。謝らなくても、言っている事は分かるからね」
 薫は、江見と話すのが楽しい。それは、心底から感じる。でも、歩きながら話は止まらない。話を止めると嫌われる。そう思えるような話し振りだ。そして、目的の場所に着き、博物館の説明を始めた。まるで、本職の博物館任の人、その者のようだ。
「そんなに厳しい警護とは思えないけど、警護人も五、六人でしょう。そして、隠れて様子を見る機械と鍵で閉めてあるのよねえ。一番の肝心な護符が貼ってないから、誰でも簡単に入れると思うわよ」
「え、護符、護符ですか」
 薫は、江見の言葉の意味が分からないのだろう。不審な表情を表した。
「そう、護符よ。何を驚いているの?」
「護符を貼って、何か意味があるのですか」
「薫、何を言っているのよ。一番の肝心な事でしょう。本気で言っているの?」
「だって、江見さん。紙に文字が書いてある。あれでしょう。ねえ、そうでしょう」
「もうー、時間世界では常識でしょう。人の世の未来世界とも契約したはずよ。だって、薫も、していたでしょう、パソなんとか、あの機械の箱で文字を記入していたはずよ」
「未来って、何時の。この現代に関係ないでしょう。え、パソコンが、何ですって」
「さっき、薫が、使っていたでしょう。契約の番号や偽の名前ですよ」
「えっ、あああ。あれが何ですか」
「もうー本当に知らないの?」
「お願いですから怒らないで下さい。でも、あれは、制限のある所に入る為の番号と名前ですよ。それと、護符と、どうして同じなのですか、教えてくれませんか。出来れば小声でね。閉館した前で大声を上げていては、変と思われますよ。歩きながら話しましょう」
「そうねえ。目立つわね」
 閉館の前で、薫と江見は大声を上げていた。人々は、話の内容は分からないはずだが、恋愛の末期を見ているような視線を向けられた。
「本当に知らないのねえ。分かったわ。私の亀と同じ仕組みです。その時代に無い物は固定や反発するの。それで、文字や絵で時間の流れを緩和させるのよ。出来れば、三点全てを持ち込めれば完璧ね。水と紙と墨ね」
「ほう、でも。それと、番号と名前が関係あるのですか、無いように思えます」
「元々護符はねえ。人の出入りを制限する物だったの。絵が書かれていて、その紋章の家だけが入れるようにしていたの。始めは、何の効力も無かったわ。ただの絵が書かれている紙だったの。でも、多次元や未来から人が訪れ、そして、行けるようになると、偶然に護符が信じられない働きをするのを発見したの。薫が先ほど自分専用の番号などを書いたと同じ様に絵や文字を書かないと入れないのに気が付いたのよ」
「それが、本当なら凄いですね」
「嘘は、言ってないわ。そうねえ」
「ん、どうしました」
「あの建物に入りましょう」
 江見は、ある銀行の十五階の建物に指し示した。薫は、驚きの声を上げた。そう感じるのも仕方が無いだろう。警備員がいて、最新と思える警備体制と機械がある建物だからだ。
「閉まっていますが」
「だからよ」
「ほう、護符でも使うのでしょうか」
「あっらぁ、何の処置していないわ」
「え」
「好きな所から入れるわよ。入ろう」
「チョト待ってください。入れるはずが」
「大丈夫よ。付いてきなさい」
「あの、もし、チョト、あの、入れたとしても警察に通報されたら、あの、ですね」
 薫は、江見の話を信じていなかった。だが、それでも、江見のような綺麗な女性に出会える事は、もう無いだろう。そう思い、真剣に亀の甲羅を探して手渡したかった。そうすれば生涯の連れ合いになる。それなのに、ここで警察に通報されて捕まれば全て終わりだ。それで、必死になって止めようとした。
「警察。ああ、犯罪だから捕まる。そう思っているのね。大丈夫よ」
 江見は、薫の気持ちも知らないで、建物の裏へ裏に歩き出す。裏口にでも行こうとしているのだろう。
「江見さん、計画を考えてからにしましょう。入れるのは分かりましたからお願いです」
 薫は、必死で止めようとして、肩を掴もうとした時だ。
「え」
 何もない壁の中に、江見の体が半分消えた。
「大丈夫よ。早く手を繋いで、入れるから心配しないで、早く来て」
「うっ」
 薫は恐怖の為に目を瞑り、壁の中に入った。
「ねえ、大丈夫でしょう。目を開けても良いわよ。もう、建物の中よ」
 建物の中は警備の為だろう。窓が閉められていて、真っ暗だった。
「何も感じなった」
「でしょう」
「これは、夢か幻か、本当に現実なのか?」
「馬鹿ねえ。現実に決まっているでしょう」
「おっ」
 薫は靴音を聞いて、顔を青ざめた。
「どしたの。あっ、大丈夫だから」
 警備員のはずだろう。携帯の電灯の光と同時に、足音も近づいてくる。薫は、益々顔を青ざめるが、江見はまるで、おばけ屋敷の脅かし役のような喜び顔で待ち構えていた。
「駄目だ。来る、来るぞ。これで、私の人生は終わりだ。ああ犯罪者になってしまう」
 薫は、江見に微かに届くような声で、独り言を呟いた。
「えへへ、もう少しよ。もう少し」
 江見は薫の言葉を聞いたはず。だが、返事を返さない。何故か楽しんでいるようだ。
「え」
「面白いわよ。見ていて」
 江見は、壁に当たる携帯の電灯の光を見続ける。その光の輪が大きくなるにしたがい、心を躍らした。逆に薫は、光よりも曲がり角を見続けた。何時、警備員が出てくるかと心配しているのだろう。
「3、2、1、どろろろろぉ」
 江見は、警備員が来る時間を考え、それに、合わして声を上げた。
「ひ、ひ、ひ~」
 警備員は二人現れた。一人は声を出す事も出来ずに、腰を抜かし、口から泡を吐いていた。もう一人は腰を抜かしながらこの場から逃げようとしている。だが、手や足を動かしているが、全く進めないでいた。
「ゆぅうれいぃ、幽霊。来ないでくれ、私は何も悪い事もしてないぞ。お願いです。取り付くことも、逆恨みもしないでください。お願いです。助けてください。助けてください」
「幽霊、ん。何で、見えないのか?」
 薫は、不審な声を上がる。薫からはハッキリと二人の警備員が見えたからだ。
「ひっひっひぃー」
 同じ場所で悲鳴を上げている。それも、そうだと思える。江見と薫の姿が透け、壁に貼られている紙の文字が見えるのだ。それだけでなく、陽炎のように姿が揺れながら声も震えて聞こえるからだ。
「面白いでしょう。自分の意識しだいで、自分の姿を見せる事も、他人の姿を借りて見せる事もできるのよ」
「ほう、それは凄いですね。それでは、そろそろ、家に帰りましょう」
「え。甲羅を見に行かないの?」
「は~あ、もう、これで大騒ぎになりますよ。直ぐに、民族資料館に入れば捕まります。それに、出る時に見られたら~、どうするのですか、それで、」
「大丈夫よ」
「はい、はい、誰にも見られなければ、そうしましょう」
(何で、そんなに簡単に思えるのかな)
 薫は、心の中で愚痴をこぼした。
「そうねえ」
 江見は、頷くと、壁に視線を向けた。
「あのう、江見さん」
「チョット、待っていて」
 そう言うと壁を見続ける。不審を感じる程の時間の為だろう。薫が声を掛けた。
「今なら大丈夫よ。行きましょう」
「え」
 江見が突然に大声を上げた。壁を見ていたのでなく、壁の向う側の人通りを見ていたのだろう。そして、人が居ないのを確認と同時に、薫の手を掴み外に向かった。
「ほっ、誰も居ない」
 深い息を吐いた。それも、心の底からの安心が感じられた。恐らく、犯罪者にも化け物のような扱いもされなかったからに違いない。
「ん、何をしているの。行きましょう」
「その場の思い付きでなく、少しは考えてから行動しましょう」
「心配しょうね。大丈夫、大丈夫よ」
 そう問い掛けたが、まったく気にする気持ちが無く、今来た道を戻り始めた。
「江見さん。チョット待って、待って下さい。何処に行くのですか?」
「何処って資料館でしょう」
「え、今から見に行くのですか」
「そうよ。なぜ聞くの?」
 江見は、薫から問い掛けられるが、立ち止まることなく歩き続ける。
「でも。もし、もし、何かあったら困るでしょう。計画を決めてからでも遅くないはず」
 嫌な予感を感じて、江見の手を掴み引き止めた。そして、必死に説得し続ける。
「ん、あっ」
 江見は、薫の真剣な表情を見て、自分も必死に説得した時の事を思い出された。
(そう、甲羅を返して、そう何度も言ったわ。私も、薫のように真剣に頼んだ。お願いだから止めて、返して、別の亀を捕まえてくるからと、何度もお願いしたのに駄目だった。そうよね。私も、今の薫のような表情をしていたはずだわ。だから、薫の気持ちがわかる)
「そうね。薫の言ったように計画を決めた方が良いわね。それなら、薫の部屋に早く行きましょう。そこで、ゆっくり考えて行動しましょう」
「ほっ、分かってくれたのですね。良かった。本当に良かったよ。うっうう」
「ハハハ、何を泣いているの。バカッねえ」
 江見は笑って、自分の気持ちを誤魔化していた。昔を思い出して、怒りとも悲しみとも思える思いを感じていたのだ。もし、あの時の人が、少しでも、今の私のような気持ちがあれば、複雑な旅をしないで済んでいたはずだからだ。
「本当に恐かったのですよ。犯罪者になるのか、もう、どうしたら良いのか真剣に考えました。どうやって説得しようかと~」
「え、私の為なら何でもするのでしょう」
「でも、でも」
「いいわ。だから確りして」
 誰が見ても、薫の姿は情けないが、それでも、一つは克服ができた。普段の薫は、人目を気にしてビクビクしていた。話す相手がいるか、何かをしていれば何でもないが、一人だと人が恐いのだ。それで、外に出る時は必ず本を持ち歩き、本を読んで人との係わりを隔てようとしていたが、江見が生涯の連れ合いなら心配はないだろう。江見だけを思い考えれば良いのだからだ。
「おおおお、江見さん。私は大丈夫です」
「正気を取り戻してくれて良かったわ」
 二人は、薫の部屋に向かった。薫は情けない姿を思い出したのだろう。江見に弁解をするかのように話し続ける。「いいのよ。いいのよ」と答えながら頷いているが、聞き流しているようにも感じられた。余程、甲羅の事が、気にかかるのだろう。
最下部の第十章をクリックしてください。

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物語を書いて五年になりましたが、私は「左手の赤い感覚器官(赤い糸)と「蜉蝣(カゲロウ)の羽(背中にある(羽衣)の 夢の物語が完成するまで書き続ける気持ちです。
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