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第九章
 都の中心地にある。象徴と思える建物は一晩中灯りが付いたままだった。その、ある室内の人物は何かを待っているようだ。表情から判断しようと思うが、怒り顔、悔しい顔など、全ての表情を表す為に判断が出来ない。
「コン、コン」
 この人物を待っていたようだ。やっと安心したのだろう。一つの表情に落ち着いた。
「入れ」
「遅くなりまして済みませんでした。ある者の報告はあったのですが、確認の為に時間が掛かりました」
「簡潔にしてくれ」
「はい。あの者達は、自国、擬人の地へは向かいませんでした。やはり、この地を探りに来たと考えられます。それだと、早く決断した方が良いと考えます」
「うーむ」
「族長会議を開きますか?」
「よい。まだ、新都は建設途中のはずだ。全ての作業員、警備人を、我の種族に替えろ。新都を頂き、一種族だけの絶対王政を敷く」
「畏まりました。急ぎ」
「まて」
 ニヤリと笑い言葉を遮った。
「即位式と同時に開始する。それまでに、間に合わせば良い。悟られたら困るからな」
「主様。王位に就かれるのですね」
「え、何を言っている。私は王にならんぞ」
 家臣が感涙の叫びを上げようとしたが、問い掛けの言葉を聞き、言葉を無くした。
「父にも何度も言っていたな。だが、父も笑っていただろう。私も興味がないのだ」
「何故でしょうか、先代様は六種族を率いて王国を興しましたが、あの時は力の関係と、分裂を起こすからだろう。そう思っていましたが、今の主様なら何の問題もないと思います。何か問題があるのでしたら、私が」
 主が、又、話しを遮った。
「父に聞いた事はないが、私の気持ちと同じと思う。六種族の頂点に就くと恐怖の顔色しか見られないと思うぞ。今のように最低の地位なら他の五人の悔しい顔色を見られる。そう思わないか、私以外は計画と命令は出来るが行動を起こす力が無い。自分で先頭に立てば出来るだろうが、そこまでやる気も無いのだからな。五人の中で、私の考えに近い者の命令書を使えば良い。そして、喜ぶ顔と悔しがる顔が見られる。それより楽しいのは、喜ぶ顔から怒りに変わるのも楽しいぞ。自分が思っていた事になる。そう思っていたのが、私の考えなの。だからなぁ。わっははは。私は楽しいぞ」
「私は、先代が出来なかった王位を、主様になって欲しくて、なって欲しくて」
 想像もしない事を言われて嗚咽を漏らした。
「私の事は良い。自分の人生を楽しめ」
「私の人生ですか」
 我を忘れても、主の言葉を聞くと、我を取り戻すのだから使用人の鑑だ。
「飛河王国東国のような人々になるな。自分の事よりも、種族の為、国の為に生きる。人生を最高の人格者になる為だけに生きる。確かに簡単な事ではないが、残るのは名声だけだ。私には出来ないが、悪くない生き方だろう。だが、今の指導者達なら間違いは起きないだろうが、怖くないか、指導者の思想、いや、教育を間違えれば恐ろしい事になる。国が、種族の王が死ねば生きる意味が無い。父の時は集団自殺の恐れがあったのだぞ。この国を見て分からないか、悲鳴が聞こえても灯り一つ灯す者がいないだろう。何時寝ようが起きようが個人の自由だからなぁ。無理をして寝なくて良い。これが一番獣人らしい生き方と思うぞ」
「主様は、獣人統一はなさらないのですか?」
「干渉しないと確約したのだ。それをやぶったのだ。勝てば全てを貰うぞ」
「はっ、指示通り行動します」
 顔を青ざめて声まで震えていた。親が死んだと聞いても、ここまで狼狽しないだろう。
まるで、心の中に二心があるようだ。
「なんだか、眠くなったな、寝るか」
 部屋の主は、先ほどの年配者が、室の外で指示を上げる声が子守唄と感じたのだろうか、一つの大きな欠伸をすると寝室に向かった。よほど眠いのだろう。そのまま寝具に倒れ込み寝息を立てた。
 年配の部下は、軽く扉を叩くと返事も聞かずに室内に入った。永い間同じ事をしていたのだろう。迷わずに寝室に向かい、主が寝ている寝具を整え終わると囁いた。
「主様、心の底から信じています」
 その表情には不信を表したが、それは主の事だろうか、それとも、使わした部下の現場が見えるのだろう。その部下は心臓が止まるような事が起きていた。
「何だ。どうしたのだ。止まったまま動かないぞ。気付かれたか?」
 飛河連合西国からの密偵は不審を感じた。
それも、そうだろう。国境越えた時点で東国の密偵だと伝えたのだ。今さら違うと言えない。もし間違っていたら、西か東のどちらかの国が消えるのだ。そう思う気持ちで、確実な確認を取る為に近づき。そして、過ぎたか、と感じた。
「ブォーツ、ブォーツ、ブォーブォー」
 馬車からほら貝のような音が響いた。
「ふー。合流するのか」
 密偵は、馬車を見つめ続けた。だが、耳が慣れるほど鳴り続ける。
「はっふー。外界って綺麗で広いわねえ」
 愛は、御者席から無邪気に空を見上げていたが、その後ろで呻き声を上げる者がいる事に全く気が付かないでいた。
「うっう。予定地点に到着したのか。えっ」
 甲は、愛が首を傾げ、大きく口を上げながら上を見ている姿に驚いた。
「愛、大丈夫か、おい愛、愛」
 顔の半分しか見えないが、目は虚ろで死んでいるのかと感じた。
「この世界に居たい。帰りたくないなあ」
 惚けたまま呟く。
「はっあー。良かった」
 甲は安心した。
「えっ」
 甲に肩を叩かれ声を上げた。
「うわぁー何なのよ。この音を止めて」
(今気が付いたのか、何を考えているのか分からない。この女が一番怖いぞ。係わらないで済むなら係わらない方が良いだろう。何を聞いても、何を言っても無駄だしなぁ)
と、思い。笑みを浮かべて誤魔化した。
「はい、はい」
「わぁーうるさい、うるさい、何とかして」
「蘭も起きたか、済まない。ここで馬車を置いて、馬を返しに行くぞ」
「分かったから止めて」
 甲は話を終えると、操作して音を止めた。
「蘭、私は鍵などを確かめるから馬を外してくれないか、疲れていると思うが頼む」
「大丈夫、良いわよ」
 蘭は満面の笑みを浮かべ答えた。あれほど馬が怖かったが、蜘蛛の駆除をしたからだろう、もう何でも無くなっていた。
「ありがとう。終わりしだい出かけよう」
 甲は話し終えると、少し慌てながら車内に入る。蘭の笑みを見て恥ずかしいのだろう。「甲終わったのね。これ」
「蘭、あっありがとう、行こうかぁ」
 蘭から手綱を手渡された。
(どうしたのだ。急に可愛くなって)
 三人は、乙の所に向かう。馬を引きながら、少し早歩きで甲だけが先に歩き出した。完全に車から見えない位置に行くと、即座に西国の密偵が現れた。
「近くで確かめて見ると、鉄では無いな。まさか神から譲り受けたとされる武器か、禁忌とされているはずだ。まずい。壱号よ。我が種族も禁を破るべきだと、そう報告だ。六種族全てなのか、それは確認しだい知らせる。となあ」
「はっ」
 聞き終わると、即座に、この場から消えた。残りの者は、再度、また馬車を検める者と三人を追う者に別れた。密偵は三人を見付けると砂丘の中に潜り様子を窺った。
「なんなのよ。一人で酔っ払って、もー頭にくるわ。私達がどれほど大変だったか分かってないわ。甲、何とか言ってよ」
「あばばばば、うっうう、あばばば」
 乙は、酔いの為に呂律が回らず。必死に遊んでいた訳ではない事を伝えようとした。
「そう悪く言うものではないぞ。今はこのような有様になったが、先ほどまで仕事をしていたぞ。その証拠に足元は確りしている。口を開かなければ分からない事だぞ。恐らく仲間が来て安心したのだろう」
 国境警備人の髭面の家人が、乙の弁護をした。恐らく、乙を家畜のように使ったが、仲間からも冷たくされて、可愛そうに思ったのだろう。家人が話をしていると、家人の部屋を借りている二人の客人が現れて弁護を始めた。
「貴女に何が分かるのよ。今知り合っただけで判断して、ほんとうにっもぉー。私達がどれだけ酷い事があったか分かるっていうの」
「だがな。この男は凄い働きをしたのだぞ。そうだろう。遺言男」
(私の様子を見に来たのでないのね。薄情な妹ね。数年会わないだけで忘れるかしらね)「確かに嘘は付いていません。この方はご主人の冗談と思います事を、全てやり遂げました。一つ終わる度に大笑いを上げながら菓子を与えていましたから冗談と感じました。この方は真面目な方です。家の掃除や洗濯から始まり、家の修理、そして水路まで作りました。それでも連れが来ませんので、その間に土の家を作っていろ。そう言われて、幾つ作ったか、お解かりでしょう。勿論、その間は休みもせず。菓子だけしか食べていません」
「蘭、そんなに怒らないでくれ、嫌な事もあったが、私達は三人で事に当たったが、乙は一人だったのだぞ」
「そうね」
 頬を膨らませて嫌々返事を返した。
「私達の事で嫌な思いをしたと思います。お二人は歩きのようですね。もし、東の方に向かうならご一緒に行きませんか、お詫びとして馬車で送りしますよ。どうでしょう」
「有り難い。お返しに都を案内しますよ」
「私は直ぐに出掛けたいのですが、貴女方は出られない用事がありますか?」
「いいえ、ありません。遺言男、出掛けるぞ」
「近くに馬車がありますので、その場所まで付いて来て下さい」
 甲と涙花の話が終わると、男女六人は馬車のある所まで五分位無言で歩くが、涙花と名乗った女性は、蘭に何度も視線を向けて、話し掛けられないでいた。
「ほう、変わった馬車だな。戦馬車に似ているぞ。まさか邪な事でも考えている訳ではないだろうなぁ。ああ、済まない。お前らでは考えても無理だな。それにしても、何の金属で覆っているのだ。全て鉄なら二頭では動けんぞ。何か仕掛けがあるのか?」
 涙花は問い掛けた。全ての理由を知っているはずなのに、困る様子が見たいのだろう。
「あっえっえぇああのう、時計の仕組みと同じ仕組みなのですよ。ふっー」
「おおそうか、凄いなあ」
(馬鹿だな、時計もまだ作られてないぞ。それよりも、このような物騒な乗り物を持ち出して、何を考えて、この地に来たのだろう?)
と、納得したような顔色を作ったが、心の中では不安を感じていた。
「どうしたのです。さあ乗って下さい」
 涙花が馬車を見つめていた。甲は、又何か言われては困る。そう思い、乗るのを勧めた。
「都に行く道を教えて下さい」
「道では無いが、河跡を進んでくれ、それが一番近くて分かり安い」
 馬車に六人が乗り込み終わると、甲は、涙花から問い掛けられる。そう感じて飲み物や食べ物で気持ちを変えようとした。だが、余計に気持ちが緩んだのだろうか、それとも久しぶりに妹に会えた喜びだろう。
「貴女は、蘭と言うのよね」
と、喜びを感じる声色で問い掛けた。
「そうよ」
「それは本名なの?」
「なによ。本名だと行けないの。突然に女言葉を使って、私の名前より合わないわよ」
 姉だとは知らずに、満面に怒りを表して声を上げた。
「いいえ。何でもないわ」
 その言葉を最後に女性達は無言になり。男性は、甲と乙は空腹の為に食べ続け、遺言男は何も手を付けずに、馬の手綱を持ちながら気配を配っていた。馬車が動きだして一時間位経った頃に、遺言男が声を上げた。
「涙花。あの人工物がそうか?」
 少し恥らうように名前を呼び上げた。
「見えたのか、そのまま河跡を回れば、入り口が見えてくる、それを入ってくれ」
「分かった」
 遺言男は簡潔に答えた。
「あっ、さあ、皆さん着きましたよ。都の全てを案内しますね。もし、困った事や購入する物があれば言って下さい。私は、皆さんを家族と思っています。気を使わないで下さい」
 涙花の心の中では、自分の幸せを妹に見せたい余りに、妹の名前が出掛かった。
「似合わない女言葉を使って、誰を誘惑しているかしらねえ。そう思わない。愛」
「うわぁー何で同じ服を着ている人が多いの?」
「また、何か夢中になる物を見つけたのね」
 蘭は頭を抱えた。
「やはり言われたか、私が始めてこの地に来た時も感じだったからな。種族事に色が決められているのだよ。愛さん」
「えっ、それではお洒落が出来ないのね。何か、女性には悲しい事ですわね。それで、涙花さんは、男見たいな言葉とか雰囲気なのね」
「私用の時はお洒落できるぞ。何を着ても良いし色も自由なのだ。だが、仕事に赴く時は色が決まっているのだよ。例えば、今来る一団は軍人で軍服が六種類あるし、そこの菓子屋二件見えるか、六種類の制服が見えるだろう。あれは三種族で一軒の店を経営しているからだ。それで、一年毎に経営も代わり品物も変わるのだぞ。この国事態がそうなのだ。
王政だが、王も将軍も、計画された祭事も動かす人も、商人、農家も全てだ。長と名が就く者から末端まで全て一年毎に変わる」
「ほう、それでは国の機能に問題が起きるのではないでしょうか。まず、一年では計画の実行は無理でしょう」
 涙花は疑問に答えていたが、愛本人は途中で興味が薄れ、楽しそうに町の景観や人々を見ていた。話の途中で興味を感じたのだろう。甲が、涙花に問い掛けた。
「そう思うだろう。だが、六年に一度だぞ」
「あああっそれで、念入りに計画を考えるのか、そして、王が変わると同時に末端まで変わり実行するのか、それなら出来る」
「勿論、他族の計画の邪魔はしないぞ。そして、末端の者が突然に長に就くのではない。
年毎に地位が上がり、長に成ったら又、最低に戻る。それの繰り返しだ。色分けしているから不正も出来ない。そう思うだろう」
「そうだな。だが何故、このような仕組みを考え、実行出来たのです」
「我が民族の始祖が神に作られたのが始まりらしい。そして、神と同じ規律と政治体制を実行しているのだ」
「それなら、歴史などの資料もあれば見たいのですがぁ」
「おおおっ涙花、帰って来ていたのか」
「あっん。んっもぉーやだわぁー」
 甲は、余りの喜びで飛び上がりながら問い掛けようとした。だが、突然に話をしている時に大声が聞こえ。全てを言う事が出来なかった。そして、涙花はもだえ始めた。
「あのう、涙花さん。聞こえていますか?」
 甲は、再度、問うた。
「んっもぉー旅装服なっのぉー。恥ずかしいわぁ」
 涙花は猫が甘えるような様子で、擦り寄るように、声が聞こえる元に向かった。
「何かどこかで見た事あるような。ああっ思い出した。お姉ちゃんとそっくり。他人でも気持ち悪いわ。うっう、吐きそう、うぅえ」
 蘭だけは免疫があるからだろう。残りの男女は様々な態度をしめしたが、目線だけは同じだった。まるで化け物を見るような恐怖を感じる目をしていた。
「あっあー見ないでぇ、恥ずかしいのよぉー」
「道の真ん中で何をしていた。楽しそうだったぞ。知り合いなら挨拶をしなければなぁ」
「ああんもぉー嫌だわぁ。楽しい時っわぁー信といる時だけなのっよぉー。ほんとうにっもぉー、何故、分かってくれないの、よう、うっうう」
 涙花は、身体全体からも喜びを表して話をしている。男も微かに喜びを表しているが、必死に恥ずかしさを隠そうとしていた。涙花は、その仕草がもっとも好きだと感じられたが、それと同じに、何故か、声色から微かに悲しみも感じ取れた。
「信様も、いい加減に初恋の人を忘れて、涙花様にお決めになった方が良いのに」
「確かに、あの時の初恋の発表は都中の騒ぎになったが、名前も知らないのではなあ。今思えば許婚から逃げる為だったのだろうよ」
 信以外の都の人々は、涙花がどのような態度や言葉を使っても、悲しみを浮かべて涙まで流してくれていた。
「始めまして、私は信と言います。涙花の友人ならば、私にとっても大切な友人です」
「あああっあ、しっんぅ。大切っとぉ言ってくれるのは嬉しいけっどぉ、友人と言わないでぇ。私泣いちゃう、ううっう」
「今は挨拶しか出来ないのが心の底から悲しいです。私は都の警備が仕事でして、都に泊まる予定でしたら、ぜひ、私の家にお泊り下さい。ゆっくりと旅の話で盛り上がりましょう。簡単な挨拶で済みません。又、後ほど宜しく。涙花、本当に楽しみにしているぞ」
「えっ。もうー行ってしまいますの。やっだぁー泣いちゃうわよ。ううっ、ううっう」
 涙花は、泣き真似をすれば引き止める事が出来ると思っているのだろうか、それとも本当に泣いているのか分からないが、信が路地の角に消えるまで泣いていた。
「この女、本当に限度超えているわ。ねえ、適当に買い物をすまして、町を見学してから出掛けない。甲も、そう思うでしょう」
「何か必要な物があるのですね。何ですか案内しますよ。それに、私が全ての費用も払いますから旅の話など聞かせて下さい。と、言うよりも、信様の仲を取り持って下さい」
「それは無理よ」
「私もそう思うわ」
 蘭が即答すると、愛も頷いた。
 涙花は、自分の目線から信が消えると、何かの術が切れたかのように話を始めた。蘭は、信が見えなくなると普通に戻るのを分かっていたのだろう。それほど驚く事もなく会話を始めたが、甲、乙、愛は一瞬、頭を抱えた。
「涙花さん。ふざけないで下さい。いい加減に教えて下さいませんか?」
「えっ何をですかぁ」
「この都では、知らない人にお金を払ってまで親切にするのが常識なのですか?」
 甲は、少し顔を青ざめながら話を掛けた。
確かにそうだろう。知人からでも理由もなく親切を受けたら何かある。そう考えるのが普通なのだから、それが他人なら余計に嫌な考え浮かぶ事だろう。
「ああっその事ですか、私は本当に、信様との仲を取り持って欲しいのです」
 涙花は満面の笑みで答えた。
「ふざけないで下さい」
「仲を取り持って欲しいのは本当なのだけどね。何故、あなた達なのかと言うと、信頼できて面白い人だからよぉ」
「馬鹿にしているのですか」
「いや、馬鹿にしてない。だけど、常識を知らないのは確かだね」
「なな、何ですって」
 蘭が顔を真っ赤にして声を上げた。
「あなた達が馬を借りた人はね。国境警備人なのよ。知らなかったでしょう」
 涙花の話し方を聞いていれば馬鹿にしている。そう感じても可笑しくない。蘭と話す時だけ女言葉を使うのだから複雑な気分のはずだ。それを感じないのは、蘭と話す時、涙花が楽しそうだからだろう。まあ、信との話し方を見れば何も感じるはずだ。
「それが、何なのよ」
「その人から報告を聞いたと言うよりも、お願いされたのよ。助けて欲しいとね」
「えっ何故だろう。礼金をあげすぎたのかな。それとも塩だろうか、どちらにしても気にしないで下さい。気持ちですから」
 甲は不審顔を浮かべた。
「うーん。何て言えば良いのかな。警備人と言う仕事は、良い人か悪い人かを判断しないとならないのよ。それで、脅して確かめるのが普通なの。それで、素人でも分かるように脅しているのに、馬を借りたいとか、お金より高い塩を見せたり、与えたり。それは殺してくれと同じ事だと知っていてやったの?」
 涙花は、髪を掻きまわしながら幼子にも分かるように伝えた。
「えっ」
「やっぱりだぁ。彼が、心配していたぞ。いつ誰に殺されても可笑しくないから、助けられるなら助けて欲しいと、頼まれたからだ」
「そうですか、気を付けます」
 特に、甲は神妙に頷いた。愛は町の店屋を見て惚けているし、蘭は、人形のように動かない遺言男を見て不信そうに見ている。
「そうね。気を付けた方が良いわね。それで、何処まで行くの。私の知り合いと同じ行き先なら護衛になるわよ」
 涙花は、蘭が振り向き又、女言葉を使った。
「良いです。何か気を使いそうだから」
 いい加減に、この場に居るのが嫌になったのだろう。蘭が答えた。
「そう。なら場所だけでも教えて、危険な所なのか教えてあげるから」
「そうですか、この都の北の方角に裾野が広がり、そこに国があるはず。そうよね。甲」
「あああっあ、そこなら大丈夫よ。治安も確りしているわ」
「そうですか、ありがとう」
 蘭が簡潔に返事を返して、この場を去ろうとしたが、涙花が引き止めた。
「これでお別れになるのは寂しいから、水と食料は用意させて、帰りはゆっくり出来るのでしょう。旅の話が聞ければ良いからね」
「そこまで言われては断れませんね」
と、甲が承諾した。
「私の知り合いの店を案内するわ。そこなら、珍しい食べ物もあるから気にいる物もあるはずよ。楽しみにしていて良いわよ」
(もー薄情な妹ね。まだ気が付かないの)
 涙花は、無理をして女言葉を使っていた。それは蘭に気が付いて欲しいからだった。
「あっ」
 涙花は案内をしていたが、ふっと街角を眺めると、信を見掛けて喜びを表し駆け寄った。
「しっんー。会いたかったわー。もっもっも寂しかったのよぉー。あっんあっんぅ」
「あの女性を信じて大丈夫なのか?」
 甲は小声で呟いたが、蘭の耳には届いた。
「私の姉と同じ人種なら大丈夫よ。頭の思考は恋愛の事が一番なの。何が起きようが、何をしていようと、想い人を見掛けると勝手に思考して行動するのよ。私の姉の例だと、母が倒れて病院に向かう途中に、想い人を見掛けたの、そうしたらね。母を路肩に置き去りにして半日帰らなかったわ」
「それは信じるなと、言いたいのか」
 甲は肩を竦めた。
「そうでなくて、正気の時は信じても大丈夫よ。その時は嘘を付かないわ」
「ねえ、何時まで待つの?」
と、愛が問い掛けた。だが、時間は一本の煙草を吸い終わる位しか経ってない。
「声が聞こえたから行って見ましょう」
「そうだな、行くしかないな」
 涙花の泣いているのか、喜んでいるのか分からない声の元に向かった。
「おお又お会いしましたね」
 信が喜びの声を上げた。
「ええっ何って言って良いか、その」
 甲達は苦笑いを浮かべた。
「遺言状、第二十九巻、第三十章四十番の規則事項。決め事は守るべきだと感じる」
「おおっ話せるの。精巧な人形ね、凄いわ」
 愛は目を輝かせて喜んだ。
「まさか、涙花と約束をしていたのか、ああっ又やったのか。私が代わりに受けよう」
「良いですよ。水と食料を買うだけです」
「いや、我が種族が約束を守らないと言われては困る。気にしないで頂きたい」
 その場所は直ぐ近くだった。店屋に着くと、言われた通りに凄い品数だった。涙花と信が一緒だからだろう。心の底から盛大に笑い。あれも、これもと馬車に詰め込まれる。止めようとしたが、お金は要らないから気にしないでくれと、何度も言われ、そんなに気にするのなら旅の帰りでも、涙花が何をしたかを教えてくれれば良いからと、何度も喜びを表して声を上げるだけだった。
「分かりました。ですが、約束は出来ないのですよ。それでも良いのですね」
「かまわない。その方が良い。よけい楽しみが膨らんで嬉しいよ」
 店主の言葉がこの都で最後になり、愛、蘭、甲、乙はこの地を後にした。
 最下部の第十章をクリックしてください。

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物語を書いて五年になりましたが、私は「左手の赤い感覚器官(赤い糸)と「蜉蝣(カゲロウ)の羽(背中にある(羽衣)の 夢の物語が完成するまで書き続ける気持ちです。
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