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第十四章
 飛河連合西国の象徴と思われる建物の最上階で、猪の紋章を付けた人物が扉を叩こうとしていた。
「第十二族、猪家の長老の灰です」
 扉を叩かずに声を上げた。
「待っていたぞ。入れ、入れ」
 部屋の主は声を上げながら扉を開けた。
「はっ失礼します」
「それで、何か、言っていたか?」
 子供が悪戯をして、親の言葉を窺っているような男が現れた。
「東国の全ての長老は喜んで祝福する。そう、伝えて欲しい。と」
「そうか、ありがとう」
「それでは、室に、ご案内します」
「灰、言葉を掛けられたら、私は」
「何も言わなくて構いません」
「そうか、それと、私の周りを猪家だけにしてくれたか、私の家の者でも怖いのだ」
「扉の外に控えています。宜しいですか」
 その言葉で、この国の王は頷いた。そして、王は地下の祭儀室に行くまで、足が痛い、疲れた。と呟く。それほど、歩きたくないのなら地下か一階にでも住めば良いだろう。そう言いたい者が供にいるはずだが、無言で警護し続けた。王は、地下の階段を踏むまで口を閉じる事がない。まるで、愚痴を言えば疲れが取れると思っているようだ。王が、口を閉じた理由は恐怖を感じたのだろう。地下に入ると供とは違う警護人が、廊下の両脇に控えて剣を交互に十字に重ねていた。それが同時に鞘に収めた事に驚いたのだろう。そして、先頭の猪家の長老の灰が、早歩きで先に室に入り声を上げた。
「十族の長老殿、王が参られました」
 その言葉で、全ての者が席を立ち上がると、畏まりながら王を迎えた。王は、全ての長老を確かめると、室内に目を向けた。周りの壁には獣人の誕生から神と共に住んで居た都から出される理由が描かれ、天井には飛河連合西国の成り立ちが描かれていた。王は、この室に始めて入ったのだろう。何度も頷き、心の底から感心しながら最奥に歩き出す。その先に薄い幕が下ろされ、王が近づくと幕が開かれ椅子が現れた。
「うっ」
 十族の長老は驚きと言うよりも不満を表しているようだ。何故、それは、十一族の象徴の像を台座にした椅子だったからだ。その事に王は気が付いてない。満面の笑みを浮かべ腰掛けた。
「第十二家、猪族は王に忠誠を誓います」
 王が腰掛けると、即座に言葉を上げた。
「うっ」 
 王は何か声を掛けようとしたのだろう。だが、猪の長老に何も言葉を掛けなくて良い事に気が付き、口を噤んだように感じられた。
「それでは、儀式の為に、傅く事を一時解く事を許して戴きます」
 猪の長老は、王に視線を向けた。頷かれると、承諾を得たと感じたのだろう。立ち上がり十族の長老に視線を向けた。
「第一族の長老殿。王の承認に異議が無ければ傅け、それが証とする」
「はっ」
 鼠家の長老は、猪家の長老と同じ姿勢を作った。その姿を確認した後は、猪家の長老は、次々と大声で名前を上げた。そして、全ての十族の長老が傅き終えた。その確認後、壁画に描かれた歴史を話し始めた。それも簡易的に、時間を掛けないように気を使っているように感じられる。いつ、長老が傅きを止めて、苦情を言うのを恐れているように思えた。
「それでは、王冠の儀に移らして戴く」
 猪の長老が王に一礼した後、王の手を持ち室外に案内した。その後を十族の長老が付いて行くが、猪家の家臣が勧めたはずだ。十族の長老が室外に出ると歓声が響いた。王と猪の長老が野外に出たのだろう。その歓声の元に全ての長老が向かう。人々が集まっていたが公園なのか、恐らく避難場所だろう。東国の長老が見れば可笑しいと思う事があった。儀式の集まりのはずだが、儀礼服を着る者は年配者が多い、その他の者は自分の好きな服装をしていた。それを見て、これが自由なのかと嘆いているような顔色を表していた。だが、猪の紋様を付けた者は全てが警護人と感じていたが、よく目を凝らすと、剣も付けない者や女性や子供がいたからだ。東国の長老は礼儀を知る種族がいる事に安心したような顔色を一瞬浮かべたが、恐ろしさも感じたのだろう。これでは、西国の王は虹家が王なのか猪家が王なのか分からないと感じたのだろう。その考えも一瞬で止めた。先代の王でもあり、元虹家の長老の話を思い出した。今の規律や思想が古いと言って、半分の種族を率いて国を興した事を思い出したからだ。
「竜家の長老殿。王冠の儀をお願致します」
 全ての長老が椅子に腰掛け、人々が歓声を止め、何時始まるのかと待っていた。そして、不信を感じる位の時間が経った時に、猪家の長老が、少し苛立つように立ち上がった。それも、そうだろう。この儀式だけは飛河連合国を興した。始祖十二族から同じだからだ。そして、王に一礼した後、竜家の長老の後ろから声を掛けた。少し驚いたようだ。隣の席に居たからではないからだ。席は、第一族から第十二族と横一列に並べられ、猪家は一番端で竜家は王の隣だった。
「はっ」
 竜家の長老は一瞬済まないと言おうとしたようだが、言える訳がなく。畏まりながら王の席の後ろにある。王冠台から王冠を持ち上げた。そして、人々に見えるように高く上げたまま王の頭上に、そして、乗せた。歓声が盛大に広がり、王と十一族の長老は、人々の歓声を見つめ続ける。ある程度の熱気的な歓声が静まるのを待って席を立とうとした。
「東国の長老殿。宴席の用意が整いました」
 猪の紋章の者が一人、一人に畏まりながら伝えた。元々席を立とうとしていた為に、素直に従い、先ほどの地下の祭儀室に使われた所に案内された。室内に入る前に一瞬だが顔を顰める者がいたが、その気持ちも分かる気がする。確かに豪華な部屋だが、椅子だけが置かれて、談話しながら食事を取る部屋とは思えないからだ。それでも、テーブルが並べられるだけ並べて、その上に菓子、果物、酒などが並ぶと雰囲気が変わって見える。その為だろうか、室内に入ると穏やかな表情を浮かべた。それぞれの、紋章の描かれた椅子に案内されて、西国の王と長老を待った。
「お待たせしました」
 誰となく、同じような言葉を答えた。
「何も話をせずに帰るのは失礼と感じて、待っていた。軽く食事を取った後は帰らせてもらう。それで、構わないな」
 東国の一年間の王、兎家の長老が伝えた。
「構いません。我らも歳を取りました。恐らく、これが最後の十二族の顔合わせだ。昔の思い出を話す機会も無いでしょうから、今日の事も楽しい思い出にしましょう」
「そうですな。猪の長老」
 兎家の長老が笑みを浮かべ頷いた。他の長老は気が進まないのだろう。黙々と飲んでいたが、一人が昔の話をすると、
「そうですな。あの時は困りましたぞ」
と、一人、二人と増えていった。
「西の方々、主賓の王が寝てしまわれたぞ」
「無礼講と言われたのは、王ですからな」
 西国の鳥家が笑いながら声を上げた。
「まだ若いから、酒の飲み方を知らないのでしょう。お気になさらず。飲めましょう」
 酒の飲め方を知らないのは、西国の者に思える。自国の王を全く無視して、会話を弾ませ飲み続けるのだからだ。
「珍しい。猪の長老も寝てしまわれたぞ」
「東国は、兎家と竜家だけですな。負けていられないですぞ。ん、西は、ワシだけか」
 鳥家の長老が目を擦りながら回りを見回した。口調は確りしているのに、眠気が酷いのだろう。少し、不信に思ったのだろう。竜家が問い掛けようとした。
「なんだか、眠気を感じるが、何の酒ですかな。と、りけ、のちょう」
 竜家の長老は最後まで言えず、倒れ込んだ。他の二人の長老も、ほぼ同時だった。それから間もなく、猪家の老人が現れた。
「西国の王、西の長老は各部屋に連れてってくれ、東国の長老は地下室に放り込んどけ、念のために手だけは縛るのを忘れるな」
と、呟き。主を見詰めていた。
(主様。何故です。始めは人質にすると言われたのに。二日程飲み食いしている内に終わるから止めろ。と言われるからです。私には何を考えているのか分かりません。ですが、確実の手段を取りました。これで、確実に勝てますぞ。これで、猪家が全ての王です)
 最下部の十五章をクリックしてください。

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第十三章
 四人の一行は二日では着かずに三日も係り、他国に到着していた。直ぐに行動を起こそうとしたのだが、目標点を特定できず丸一日も、都市の中を隅々まで探索し続けていた。
「ぎゃぁー何をするのよ」
「どうした。蘭、大丈夫か?」
 甲は、蘭の悲鳴を聞き駆けつけた。
「乙が、私のお尻を触ったの」
「何だって、何を考えているのだ」
 二日酔いが治らず。身動きが出来ない乙に、掴み掛かった。
「うっうう」
 乙はただ、水が飲みたくて手を伸ばしただけだ。それなのに、甲に喉を絞められて声が出ないようだ。
「甲、良いわよ。殺すほどでは無いわ」
「そうか、蘭がそう言うなら」
「それよりも、甲、早く任務を終わらせましょう。早く二人だけの旅に出掛けたいわ」
「私は、もう少し居ても良いけど、お酒臭いのは何とかして欲しいわね」
 愛は、鼻を摘んで息苦しいそうだ。
「仕方が無いでしょう。乙の為にお酒を飲んでいるのよ。この位のお酒の匂いが充満していれば飲まなくても酔えるらしいわ。酔いが消えると大変らしいのよ。それに、これ以上酔っても大変らしいわ」
「本当に、そうなの?」
「そうよ。二日酔いには迎い酒が良いらしいわ。乙は酒が弱いから匂いだけで同じ効果が得られるらしいの」
「そうなの。乙の事は分かったけど、甲は酔っていると思うわ。大丈夫なの?」
 不信な顔を表しながら問うた。
「大丈夫よ。計画通り進んでいるらしいわ」
「そう」
 蘭は、甲を本当に好きになってしまったのだろう。例え嘘と思える事でも好きな人の言葉なら信じてしまう。もう、このような状態では何を言っても無駄と、愛は感じた。
「甲、そうよね」
「そうだ。目標物は日に二度決まった行動をする。目標都市時間で九時と四時に動く」
「え、本当の話だったの」
 愛は目を見開き驚きの声を上げた。
「えっ何が本当だと」
「なっなんでもないわ」
 自分の周りの人が普通でなくなると、理性が表れるのだろう。自分の身を自分で守らなければならない事に、愛は外界に来て初めて正気らしい言葉を吐いた。と、言うよりも気が付いたのだろう。
「甲、そろそろ八時よ。又様子を窺いながら町の中を回るの。それとも行動を起こすの?」
「起こす。だが、特定が出来ない。一つは擬人の子供だろう。もう一つは愛玩動物と思うが大きさが幼児と同じ大きさがある。もし判断を誤れば命の危険もある。子供には一人で、動物には三人で当たりたいが、どうしても決められなくて悩んでいた」
「私が子供の方に行きます」
 愛は即答した。だが、好んだ訳ではない。蘭が鋭い視線で睨むからだ。
(一人で当たりたくないわ。だけど、あの蘭の視線には断れないわよ。命の危険があるなら甲とは離れたくない。そう言っていたわ。もし、私が言わなければ任務の後で殺されるわ。それなら可能性の少ない方が良いわよ)
と、愛は一瞬で判断を下した。
「愛、済まない」
 甲は深々と頭を下げた。
「馬鹿ねえ。甲、言ってくれれば良いのに」
 蘭は満面の笑みで答えるが偽りのはずだ。
「そうか、ありがとう。今度は頼む」
(蘭には無理だ。あの人を殺せる視線を一瞬でも浮かべたら失敗に終わる。愛なら惚けて立っているだけで良い。だが、愛も切れると何をするか分からない。だから悩んだのだ)
 甲の表情には笑みを浮かべていたが、内心では、今でも悩んでいた。
「目標点は町の中心の公園で暫く時間を潰す。愛は公園で子供が来るのを待ち、現れたら少しの間引き止めていてくれ、私達三人は愛玩動物を調べる」
「あっ、はい」
「心配しなくても良いぞ。恐らく子供は関係がない。それに、我々が近くにいる。何かがあれば直ぐに掛けつけるからな」
 甲は歯切れの悪い返事を聞き、愛の気持ちを慰めた。
「私は大丈夫よ。そっちも失敗しないでよ」
 愛の虚勢で四人の不安は消えた。
「ああ心配してくれてありがとう。車は公園に置いて行くから危険を感じたら隠れろよ」
 甲の言葉を最後に四人は話しを止めた。そして公園に着いても、愛と分かれる時も無言だった。だが、不安からではなくて、一人残る愛の為の願掛けのように感じられた。
「後三十分ね。車の中には居られないわ。早く車から出ないと、えーと後は、あの子は確か北口から来るのよね。そして偶然を装うのよね。偶然ねえ。うーん。偶然。うーん」
 愛は思案に耽りながら同じ所を行ったり来たりしていた。まるで落とした物を探しているように感じられた。そして、三人の仲間達は目標点がいる。その家が見える所だ。
「甲、今日は出掛ける時間は遅いのかしら」
「そうでもないぞ。獣が騒ぎ始めた」
「そうね。同じ時間のようねえ」
「後を追うぞ。それも、自然に歩くのだぞ」
「どうやって離すの。聞き忘れていたわ」
「公園の前に来たら駆け出すよ。獣は子供の危険を感じて、向かってくるはずだ」
「そう、危険じゃないの」
「いや、大丈夫だろう。襲うとしても子供から見えない所に追い込むはずだ」
「ああっそれが目的なのね」
「そうだ」
 三人は、子供と犬の後を追う。故意に追う事を装わなくても、服装からも異人と分かるが、甲と愛は目を血走らせ、乙は足元がおぼつかないほど酔っているのに、必死に二人の後を追っている。それを見れば、誰もが不信を感じるはずだろう。
「甲、獣が走り出したわ」
 獣が子供を引きずるように走り出した。子供は犬の名前だろう。大声を上げながら必死に綱を握り締めながら付いて行くが、公園に入ると子供は躓き、綱を離してしまう。犬は一度振り向き吼えるが、大丈夫。と言っているように感じられた。
「大丈夫だよ。しろ」
 子供も意味が分かったような呟きをする。だが、子供は起き上がり辺りを見回すが、犬がいない事に泣きそうな顔を表した。恐らく普段ならば、主人を引きずって、連れ回しても、何かあれば直ぐに戻って来て、顔を嘗め回すのだろう。
「大丈夫だ。そろそろ近くに現すぞ」
「あそこに居ます」
「えっ」
 蘭は、犬が居ると言うよりも突然後ろから乙の声が聞こえて、驚き振り向いた。
「お前は獣だな。我らの言葉が分かるだろう。お前の要求を聞きに来た」
 甲は真面目な顔で犬に問うた。乙は無表情で犬を見続けるが、蘭は苦笑いを浮かべ、甲に犬が話す訳ないでしょう。そう、言葉を掛けようとした。その時に、
「お前ら、主を襲いに来たのではないのか?」
 始めの一言は言い辛らそうだが、その後はスラスラと話し続けた。
「違うぞ。お前に会いに来た」
「俺か、用は無い。帰れ」
 振り向き、主の所に帰ろうとした。
「それは変だな。お前に呼ばれたぞ」
「呼んだ。呼んでない。帰れ」
 振り向きながら答えた。
「言い方を変えよう。欲しい物か、何かして欲しい事があるだろう。それを叶えに来た。
「ない、帰れ」
「今回は帰るが、もう一度会えないか」
 主の事が気になるらしい。その主に女性が近づくので恐怖を感じるのだろう。その主は辺りを見回して、犬の名前を呼ぼうとした。
「大丈夫。どこか痛いところある?」
 愛は子供の身体を撫でながら確かめた。
「ないよ。お姉ちゃん良い人みたいだね」
「えっ何でなのぉ」
「だってえ、しろがぁ来ないもの」
「そう、頭の良い犬ねえ」
 愛は言葉を掛けながら頭を撫でた。
「お姉ちゃん。その赤いのぉ綺麗だね。指輪なの。小指の物は初めて見たよ」
「えっ見えるの?」
 愛は驚き目を見開いた。
「うん、見えるよ。本当に綺麗だねえ」
「好きな人いる?」
「いるよ。お姉ちゃんが好き」
「う~ん」
 愛は悩んでいた。それもそうだろう。十歳以上離れている相手から赤い糸が見えると言われても普通は悩むか、信じないはずだ。
「ありがとう。お姉ちゃんの事忘れないでねえ。そうしたら、又会えるからねえ」
「いつ、明日」
「明日は会えないわ。忘れなければ、又会えるからねえ。私と同じ背になる頃に必ず迎えに来るから忘れないでねえ」
「もう会えないの。忘れちゃうよ。明日も会えたら忘れないと思うなぁ」
「うぅんん。明日同じ時間に来られる?」
 愛は死ぬほど悩み言葉を掛けた。
「うん。来られるよ」
 無邪気に答えた。その言葉が大声だからだろう。獣が叫び声を上げた。
「大丈夫。安心してくれないか、あの女性は仲間で、愛と言う」
「脅迫するのか?」
「違う。一緒では話が出来ないと思っただけだ。勘違いしないでくれ、今決められないのなら、もう一度会えないか、そうだ、今夜は会えないか、その時にゆっくり話そう」
「一度会えば気が済むのか、分かった」
「ありがとう。明日の朝まで公園にいるから何時でも良いです」
 甲は心底から安心したのだろう。口調まで優しく丁寧に伝えた。
「必ず行く。もう良いな。行くぞ」
 獣は伝えると、直ぐに主の所に向かった。
「ワン」
「シロの声だ」
「よかったわねぇ」
「うん。明日ね。必ず来てよ」
「大丈夫よ。必ず来るからねぇ」
「うん。シロ。行こう」
 余程嬉しいのだろう。普段は犬に散歩されている感じなのに今は違っていた。心の底から嬉しい気持ちを感じたからだろうか、身体全体の機能が活性したような動きだ。
「うぅぅん」
 獣は鳴き声を上げた。人間語に訳すなら何かあったの。そう言っているようだ。
「うぅうあん」
 又、鳴き声を上げた。本当に悲しそうな鳴き声だ。恐らく、ご主人様、早いよ。そう言っているはずだ。鳴き声の後は諦めたのだろうか、俯いているとは言い過ぎかもしれないが、主人の顔を見ようとせずに、諦めて地面を見ている。と言うよりも、昔を思い出しているように感じられた。
(どうしたのです。ここは、私のお気に入りの所ですよ。ご主人様も息づきが出来ると喜んでいたのに忘れたの。あっ転ばしたから怒っているのかなぁ。危険を感じたからですよ。それとも、あの女に何かされたの。今のご主人様は変です。私が居ないと家にも帰れないし、犬や猫の前を通る事も出来ない。方向音痴で怖がりなのに、何か遭ったのですか、今のご主人様の考えは分かりません。今までは考え事は分かったのに、これなら、先ほどの変な男に、ご主人と話が出来る事が願いだ。そう言えばよかった)
 今までの主人なら、犬の全ての思いを感じ取ったはずだが、今は違っていた。
(綺麗な人だったなあ。それに、あの指輪を見たらドキドキした。本当に綺麗だからドキドキしたのだろうなあ。お姉さんに会いたいよう。早く、明日にならないかなあ)
 もし、獣でなくて家族が、いや擬人が子供を見ていれば余程楽しい事があったのだろう。そう思うはずだ。地が足に付いてない。と言うよりも、酔っているのか、そう感じるはずだ。それなら何故、方向音痴で怖がりが家に帰れるのか、そう思うだろうが、愛に夢中の余り感情も思考も、目を開いているが愛の姿しか見えていない。身体の機能で残るのは生命機能のみ、それも、今は使われない微かな獣だった時の帰家本能だけが機能していた。
「ワン」
 獣は答えてくれないと思うが鳴いてみた。
家に着いたからだ。喉も渇いたし、お腹も空いたから催促してみた。普段の主人なら家に着くと同時に、喉が渇いただろう。そう言いながら家に入れてくれる。そして、少し待っていてね。と、言ってくれるのだが、今日は言ってくれないし、家にも入れてくれない。
「うっうう」
(これ位の事で主人の守りを忘れない)
 主人以外に伝わらない言葉を上げた。そして、獣は空腹を紛らわせる為だろう。昔を思い出していた。
(まだ、使命が終わっていない。大主人が帰るまでは確りしなくては駄目だ。主の母が死ぬ時に頼まれたのだ。今は家に主が一人だ)
「うっ」
 獣は空腹の為に腹音を鳴らした。気持ちを切り替える為だろう。一声を上げた。それから五時間位経っただろうか、声を掛けられる。
「シロ、私の出迎えありがとう。本当に頭が良いなあ。ああそうか出掛けるのだったなあ。もう良いぞ。遊んで来い」
「ワン」
(お腹が空いた)
 主人しか分からないと思うが、鳴いてみたのだろう。だが、
「ん、どうしたのだ。私が門を閉めるから良いぞ。シロ、ん。帰って来たら知らせろよ」
 獣は空腹の為だろうか、それとも気持ちが通じないからだろうか、よろよろと門を出ようとした時だ。大主人の声を聞き振り返った。期待がはずれ益々落ち込んで門を出た。
「ワン、グゥオン、ギャワン」
(おの男達と会ってからだ。許さんぞ。許さんぞ。お腹も空いたし、今日は散歩も一回だけだ。一度位噛み付かなければ気分が落ち着かない。もし、居なければ意地でも探すぞ)
 獣は目を吊り上げて公園に向かった。
 同時刻の公園では、愛が怯えながら問うた。
「あのう、甲」
「なんだ、どうした?」
 甲の声色だけで判断するなら男らしい。そう思うが、顔の表情は引き攣っていた。
(何を言う気なのだろう。まさか、血が吸いたい。そう言わないだろうなあ。だが、この女なら言いかねないぞ)
「あのねえ。何時に帰るの?」
「愛、私達は何をしに来たのでしょう」
 頭を抱えそうになったが必死で堪えた。
「ああっなぞなぞねえ」
 満面の笑みで答えた。
「ああっ答えなくても良い。直ぐに帰れない事が分かっているのなら言わなくても良い」
 甲は答えを聞きたくなかった。もし、考えられない事を言われたら、愛の首を絞めるだろう。自分を抑える事が出来ないからだ。
「あああっ蘭、聞いて、聞いてよ」
「なに、聞いてあげるけどねえ。お願いだから、甲と同じ事は言わせないでね」
「赤い糸が見える。そう言われたの。だからね。だからね。明日までは居たいの」
 顔色では喜びを感じるが、声色では、今直ぐに泣き出しそうな声色だ。
「嘘、いつよ、いつ、そんな時間があったのよ。誰なの乙なの。まさか、まさか甲なの」
「恥ずかしくて言えないわ。どうしても明日まで公園に居たいの」
「甲、あ、な、た、ねえー」
「蘭、違うぞ。俺では」
 蘭に迫られたからか、それとも、鬼の顔を見たからだろうか、最後まで話す事が出来なかった。それでも必死に、愛に救いを求めるように視線を向けた。
「乙が言うと思う」
 蘭はゆっくりと、甲の首に手を伸ばした。
「愛、必ず明日は、いや、好きなだけ公園にいるから名前を言ってくれ」
「だけど、名前は知らないし」
「そうよね。自己紹介してないものねえ」
「せめて、私で無い。と、それだけでも」
 蘭の手は、もう目の前だ。時限爆弾の時間で言うと、二秒前と同じだ。
「そうなの。愛」
「甲ではないわ」
「ふー」
 爆弾解体者の気持ちが、心の底から分かったような顔色を表していた。その時だ。
「ウォーン」
「来てくれたようだぞ」
 甲が車内から出ようとして、半身だけ出た時だ。獣が襲い掛かり、腕に噛み付いた。
「わぁーやめろー」
「食われたくなければ何か食べさせろ」
 獣は、甲達には隠す意味がない為だろうか、いや、声色や言葉の内容で判断すると空腹の為だろう。もし、甲たちが居なければ、誰かまわず、人間の言葉で喚いたはずだ。
「わかった。何でも食わすからやめてくれ」
 甲は必死に頼み込んだ。
「待つ間に腕の一本でも食べて良いか?」
「ら~ん。何でも良いから与えてくれ」
「これ食べられる?」
 蘭は、即座に手近いにある果物を与えた。
「肉が食いたい。無いのなら腕」
「分かりました」
 蘭は恐ろしくて、獣の話を最後まで聞きたくなかった。
「いい加減にしなさい。主人の命令ですよ」
「お前が、俺の主人だとおおー」
「愛、やめてくれー」
 甲は泣き出した。
「愛、怒らせてどうするのよ。えっ、今何て言ったの。愛が主人と言ったのよねえ。それでは赤い糸って、あの子供なの」
「そうよ」
「ら~ん。早く与えてくれよ。お願いです」
 甲は、まだ腹の上にいる獣に怯えていた。
「我が主人を子供と呼び捨てにするのか、分かった。お前らを食ってやる」
「分からない獣ねえ。私は主人と結婚する運命なの。だから主人なのよ。分かったわね」
「うっうううっううう」
「人の言葉で話しなさい。分からないわ」
 愛は又、挑発的な態度を崩さない。
「ら~ん。ら~ん」
「ハム入り野菜炒めを食べてください。お願いです。後で肉を用意しますからね。愛も落ち着いてよ。愛、まるで別人よ。お願い」
「すっん、すんすん。仕方がない。食べてやるよ。後で肉を食べさせろよ」
 獣は匂いを嗅いだ後に愚痴を零すが、食べ方で判断すると好物と思えた。
「ううっううっう。ら~ん。怖かったよ~」
 甲は極限の緊張で幼児に戻ったようだ。
「大丈夫よ。大丈夫よ。もう怖くないからね。安心してねえ。大丈夫だからね」
 蘭は、甲を抱きしめながら呟く。それも甲の震えが消えるまで何度も呟いた。
「うっ」
 獣は、蘭と甲の様子を見て、主人の母が死ぬ時を思い出していた。呟きは違うが、二人と、その時が重なるのだ。主人が泣き叫び、母が抱きしめながら誤る姿が、全く同じ様子に思えた。その為だろうか、それとも食欲が満たされた為ではないと思えるが、愛の話が聞きたくて仕方がないのだろう。
「おい女、先ほどの話を聞かせろ」
「主人に向かって女と言うのですか」
 愛は又、獣に挑発的な態度を取った。今度は殺されると思い。蘭は必死に止めた。
「むっむむうっうう」
 蘭は必死に両手で、愛の口を塞いでいた。
「獣様。願いを言いに来たのですよね」
「願い、う~ん。そうだ。そうだぞ」
 何も考えもなく、ただ、空腹と怒りの発散の為に来た。そう言えなかった。
「分かっていますって、獣様。主様と話が出来るようにしたいのでしょう。ねえ」
 甲は、手を擦るように猫なで声で、精一杯、護摩をすりながら話を掛けた。
「そのような事が出来るのか?」
「出来ますとも、出来ますとも、獣様」
「それを願いにするぞ」
「それでは獣様と主様二人で、今まで通りに明日も公園に来て下さい」
「わかった。済まなかったな。噛み付いて」
「いえいえ、気にしていませんよ」
 甲と蘭は、獣が帰った後、盛大な溜息を吐いて座り込んだ。
 暫くして蘭は、愛の様子を窺った。
「愛、大丈夫」
 愛は口と鼻を塞がれた為に気絶していた。
「このような時に、乙は何をしているのだ」
 甲は、獣と同じく八つ当たりと思えた。
「えっ。乙は放心しているわ。酔いは醒めていないから仕方が無いでしょう。一緒に騒がれたら、どうするのよ。役に立たないのだから、このままで良いのよ」
「蘭、話が出来るようにする。そう言ったが、子供に何と言って納得させたら良いと思う」
「赤い糸が見えるようになったから、話が出来るようになった。それで良いでしょう」
「それで納得するだろうか」
「大丈夫よ。本当に獣と話せるのよ。納得するしかないでしょう」
「それも、そうだな」
 蘭と甲は、心の底から安心した微笑みを浮かべた。気持ちが落ち着いたのだろう。二人は空腹を感じて遅い夕食の準備を始めるが、その食べ物の匂いが車内に充満したからだろう。匂いに釣られ、愛も意識を取り戻した。乙も、二日酔いの吐き気が少し良くなったのだろうか、それとも、食欲を感じたのだろう。這いずるように席に着いた。四人は、余程空腹だったのだろう。口が開くが、話す事には使われず、物を入れるだけに使われた。
 その後は、今までの通り、男は車外で、女性は車内に残り、暫くは、二人の話し声が聞こえたが、聞こえなくなった。恐らく、寝息を立てているのだろう。
「乙、今日は朝まで付き合えよ。俺は、今日は寝られない。何か獣が来そうな気がする。乙も寝られないだろう。先ほどまで寝ていたのだからなあ」
 二人は朝まで起きていた。甲は酒を飲み続け、乙は酒入りのチョコレートを一晩で食べ尽くし、正気を無くすほど酔っていた。
「ワッン。ワッン」
「お姉ちゃん。どこにいるの」
 一人と一匹は公園に現れた。一人は悲しみのような不信のような声色で問い掛け、一匹は喜び溢れる叫び声を上げた。犬の主人は公園の入り口から離れずに何度も問い掛ける。
その様子が不満のように犬は見上げている。主人が遊んでくれないからか、それとも連れて行きたい所があるような感じだ。少しの間は我慢していたのだろうが、痺れを切らしたように主人を引き摺る。入り口からは見えないが、外れの方には馬車が止まっていた。その場所に向かっているようだ。主人は行きたく無いのだろうが、幼い子供よりも大きい犬の力では止める事が出来る訳がない。嫌々だが引き摺るように連れられて行く。
「シロ。行っちゃ駄目。ここに居るの」
 主人は怒りよりも不信を感じていた。普段は、自分の言葉が分かっている。そう思っていたのだろう。主人も犬の気持ちが分かると思っていたのだ。自分が命令をすると嫌々従う表情だと感じる時は、止めたりしていた。それなのに、今の表情や吼え方は喜びしか感じていない。そう思えたからだ。
「ウォォン」
 犬が吼えた。この犬を知る人でも恐怖を感じてしまう。野生の獣のような吼え方だ。
「来た。愛、先ほど言った事を頼むぞ」
 甲は、犬の吼え方が聞こえると馬車の中に隠れていた。そして、愛に頼んだ。恐らく一晩中考えていたのだろう。酒を飲みながらの考えだから良い計画と思え無いが必死だった。
「ウォォン」
 犬は吼える。恐らく遅いと言ったはずだ。
「私に従いなさい。そうすれば主人と話せる力を与えます。従うのなら証拠として、お座りをしなさい。それが承諾の証です」
 愛は満面の笑みを浮かべながら馬車から出て来た。子供と会うのが楽しみなのだろう。
その後を、引き立て役のように乙も現れ畏まった。だが、愛は直ぐに、犬に視線を向け大声を吐き出した。
「お姉ちゃん。えっ、シロと話せるように出来るの。本当に出来るの?」
 子供は、愛の姿を見ると声を掛けるが、話を聞き即座に問い掛けた。
「分かりました。従うのですね。私が頭を撫でるのを許しなさい。そうすれば話が出来るようになります」
 愛は話ながら子供と犬の所に向かった。
「約束の通り来ましたよ」
「うん。嬉しい、ありがとう。ねえ、お姉ちゃん、シロと話せるって本当なの?」
「そうよ。ああっ私の事は愛で良いわ。あなたの事は何って言えば良いの?」
「ぼく、リキって言うのだよぉ。力と書くのだよ。強い人に成れるように付けたのだよ」
「そう、良い名前ね。りき」
「なあーに、愛お姉ちゃん」
「シロに、話を掛けてごらん」
「うん。シロ、僕の言葉わかる?」
「わかりますよ。お主人様」
「本当だ。凄い、愛お姉ちゃん何で、何で」
「それはねえ。私は、リキが大人になるまで一緒に居られないの。それでよ」
「そうなの、シロ」
「そうです。ご主人様」
 シロは、これから、主人と話せるならどうでも良かった。愛が理由を考えてくれたのなら、それで良かった。
「何日くらいなの。愛お姉ちゃん」
「リキが大人になるまでは一緒には居られないの。だけどね。誕生日の時は会えるわよ」
「そんなに会えないの?」
「ごめんねえ。シロと話せるから寂しくないでしょう。だけどねえ。他の人に教えては駄目よ。私とリキとシロの三人だけの秘密よ」
「ご主人様、嬉しくないのですか、愛様が居ない間は、シロが遊んであげますよ」
「シロ、ありがとう」
「いいえ、愛様。シロが死ぬ気持ちでお守りしますから安心して下さい」
 シロは、愛に人と言われた事が嬉しかった。それで、心から従う事に決めた。
「シロ、お願いします」
 愛が深々と頭を下げた。
「ご主人様、そろそろ時間です」
 シロが頷き。リキに話を掛けた。
「もう時間か」
「リキごめんねえ」
「いいよ、仕方がないよ。仕事でしょう」
「うん、そうよ。誕生日に会えるのを楽しみにしているわ。お土産を楽しみにしていてね」
「うん、楽しみにしている。またね」
「リキ、またね。シロ、お願いね」
「ウォーン」
 シロが、愛の言葉に答えた。
「ふー、やっと帰ったぞ」
「そうねえ。やっと終わったわね」
 甲の独り言に、蘭が答えた。
「えっ何が?」
「任務よ。そう言う意味でしょう。獣とも接触して、獣の願いも叶えたでしょう」
 蘭は、不思議そうに問い掛けた。
「そうだな。直ぐ帰るか」
「えっ、もう少し外界に居たいわ。任務は終わったのですから遊びましょう」
「そうだな。飛河東国に戻ってみるか」
「そうしましょう」
「乙、出発の準備をするぞ」
 甲は声を上げるが、蘭に話を掛けられると、これからの東国の話に夢中になり、全てを乙に任せてしまう。愛は御者席に居るが惚けたまま、虚空を見つめていた。恐らく、公園の景色を見て、では無い。リキとの未来の夢を見ているのだろう。乙は、いい加減な三人に、時々視線を向けるが何も言わず。全ての準備が終わると、愛の隣に座り。今直ぐに死にそうな顔で、息を整えていた。
「もうー何かを作るわ。まだ、連絡はしないで、東国に行ってからにしてよ」
「分かった。それでは出発するぞ」
乙が準備を終えて、太陽が中天に昇るまでと言うよりも、甲の腹の音が鳴るまで、この地を出る事が出来なかった。
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第十二章
「主様、使えの者が戻りました」
 この老人は育ちが良いのだろうか、それとも骨の髄まで教育されているのだろう。誰が見ても余程の事が起きたと感じ取れる。だが、態度は信じられない程に礼儀正しかった。
「かまわない、入れ」
「失礼します。主様、やはり、擬人と手を組み。我が国を挟み撃ちにし、禁忌とされている。あの、武器を使う可能性が高いとの知らせを受けました。それと、今日中に六種族が、我が国に入ります。即位式の為に来るのでなく、恐らく陽動作戦と考えられます。監禁致しますか?」
「そうか、一週間以内に新都を押さえろ。即位式と同時に仕掛ける。それまで何もするな。我は何も知らない振りをして、六種族を持てなせ。そして、式が終えずとも王冠を載せ終えたら即座に監禁しろ。人質にする」
「畏まりました」
 老人は指示を受けた事が成功すると感じての笑みだろうか、それとも、内に秘めた思いを主に求めているのだろう。そう思える笑みを浮かべながら退室した。そして、扉越しからでもわかる大きい声で指示を出していた。
 それから一時間も経つと、都市の中は上を下への大騒ぎになり。騒ぎが終わる頃には城門の前で別の騒ぎが起きていた。それは、兵が客人を迎える為に控えていたからだ。まるで戦でも始まるのではないか、そう、人々は恐れを感じていた。
「あら、珍しいわね。迎いに出るなんて」
「それも、そうだろう。六種族の全ての長老が出席するのだからな」
「だけど、少し物々しいと思わない」
 涙花は、信の側にいるのにまともな言葉を呟いた。それほど、整然としたと言うよりも、殺気を感じる物々しさだ。
「お待ちしていました」
 猪家の党首が慇懃無礼に呟いた。そして、それぞれの、専用室に迎えるように、部下に命令を下した。
「はっ、それでは」
 服の前面に猪の紋様のある部下だけが畏まった。そして、それぞれの長老を警護しながら案内役を務めると言うよりも、逃げられないように囲っているようにも感じられた。
 他の紋様の他家の兵は、民衆の騒ぎを静めるのが目的なのだろうか、そのまま動かずに簡易礼を送り、そのまま見送った。
「ありがとう。ゆっくりと休まして頂く」
 六種族の代表のように竜家の長老が呟く。
「戴冠式は一週間後に行います。それでは、私はこれで失礼します。ごゆっくりと」
 猪家の長老は満面の笑みを浮かべながら見送るが、その笑みは心の中の考えを隠すためだと、誰もが感じる不気味な笑みだ。
「信、いつ見ても嫌な笑みね。猪にそっくりよ。服に猪の紋様を付けなくても分かるわ」
 涙花は笑いを堪えた。
「それは仕方が無い。猪の遺伝子があるのだからな。涙花、面と向かって言うなよ」
「もうーそんなー話をしないでー」
 涙花は完全に緊張が取れたようだ。
「やはり考えすぎだな」
 信は、先ほどの笑みを見て不安を抱いたが、涙花の緊張の無い話し声が聞こえ、自分の考え過ぎと思い。不安が消えた。
「お集まりの皆さん。飛河連合東国の人達は建物に隔離しましたから安心して下さい」
「戦が始まるの?」
 民衆の中から不安の声が響いた。
「安心して下さい。我ら西国の六種族は、東国と違い武力に優れています。何が起きようと、必ず皆さんをお守りします」
 六種族の長老が都市の中心の建物に入ると騒ぎ始める。だが、静める為だとしても適切な言葉とは思えない。何故だろうか、その言葉には気遣いが感じられず、何か思惑があるように感じられた。
「ほう我らの紋様が描かれているぞ。まだ同族と考えているのだな」
 建物の中の長老達は、外の騒ぎが聞こえないのだろう。それは歓声で判断が出来た。
「そうだな、考え過ぎだったようだ」
「心配が無くなったのだ。思う存分に七日の間を楽しませて頂こう」
「そうだな。ははは」
 戴冠式までの間、六種族の長老達は下にも置かない歓迎を受けた。接待を受けたからではないだろうが、心の底から祝福をしていと思われる顔色が表れていた。
「長老様方、式場へご案内したいのですが宜しいでしょうか」
 兵が現れた。服の前面に猪の紋様が描かれてあり、勲章か階級を表す物だろうか、歩くにも邪魔になると思えるほど身に着けている男だ。何故か苦笑いを浮かべている。恐らく、一般兵がする任務と考えているのか、それか、長老達に知られたら困る企みがあり、隠し切れずに表情に表れているようにも思えた。
「おお待っていたぞ。赴こう」
 東国の六種族の長老は、竜家の部屋に集まっていた。恐らく、戴冠式の時に儀式を催してくれ。と言われた時の打ち合わせだろう。
「それではお連れ致します」
「ああ聞き忘れていた。我らは儀式の事は何も伺ってない。旧来の通りなら問題はないのだが大丈夫なのか?」
「その事なら安心して下さい。竜家の長老殿が、我らの国王の頭の上に王冠を載せて頂くだけのお役目です。お名前を申し上げますからお気遣えなく」
「そうだったな。全ての事柄を擬人の様式に変えたのだったな」
「擬人様式か、あれは疲れるぞ」
「訳の分からない人を何人も呼んで説教のような話を聞かなければならないはずだ」
「そうなのか、それでは話す事も食べる事も出来ないのだろうなあ」
 竜家の長老が呟き終わると、他の長老達が愚痴をぶちまけ始めた。
「んっごほん。十二種族だけです。ですが、話や食事は困ります。同種族なのですから気遣いはないと思います。宜しいでしょうか、そろそろ時間が迫っています」
 軽く咳払いの後、苦笑いの顔をますます顰めた顔に変わり、再度、問い掛けた。
「ほう建物の地下にこのような祭壇室があるとは素晴らしい」
 案内兵の通りに建物の中を下へ下へと歩きながら不安を感じていた。何故、広場に向かわないのかと問い掛けようとしたが、案内された室内を見て歓声を上げた。
「ここで、十二種族代々の簡易儀式を済ました後、広場で最後の王冠の儀式を一般公開で行います。儀式の終了後は、この室で十二種族の談話会を開きたいと申しておりました」
「そうか了解した。心の底から楽しみにしていると伝えてくれ」
 東国の長老達は、同じような言葉を呟きながら相槌を打った。
「伝えてきます。それでは、紋章が描かれている椅子に座って居て下さい」
 案内兵は使命が終わったのだろう。心底から安心した顔色をして、この場を去った。
「まさか、拒否した訳では無いだろうな」
 予定時間より遅れたからだろう。案内兵は主と鉢合わせした。
「いいえ、大丈夫です。逆に喜んでいます」
「そうか、頼んだぞ」
「はっ、予定通りに行います」
「次の国王を向かいに行かなくてはなあ。待っているのだろう。あっ、その前に様子を見るか、顔を忘れる程会っていないのだからな」
「何時に始まるのだろうか?」
 地下の祭壇室に向かう間に言葉が聞こえた。
「お忘れですか、鼠家の長老。代々獣人族の、いや、飛河国の恒例の行事でしょう」
「そうだったな。次の年の王にはよく遊ばれたからなあ。特に虹家には半日待たされた事があった。その時の事を思い出したよ」
 東国の六人の長老は、それぞれの昔を思い出しているようだ。自分が王の時の思い出だろうか、それとも、他家の思い出に違いない。だが、一人だけが虚空を見詰めていた。それは涙花だ。それも悲鳴が聞こえたような表情だ。その方向には愛、蘭、甲、乙が居る所だ。確かに蘭は悲鳴を上げていた。
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第十一章
 信と涙花が楽しそうに話していた。その同時刻
「甲、どうなっているの。歩きで半日だったのでしょう。少し遠回りしたのは分かるけどいい加減に着いても良い時間よ」
 愛が愚痴を零した。昼間だと回りの景色は枯れ草や砂の地平線だけで興味を惹く物がなく、余計に疲れを感じるのだろう。
「仕方がないだろう。目標は生き物だから動いてしまったのだよ。私が悪いのではないぞ。こんな事は一生の間に一度あるか無いかの経験だぞ。頼むから楽しんでくれよ」
「それで、甲、何時に着くの?」
「明日の朝には着けるはずだ」
 蘭の問いに、甲は答えた。
「愛、良い事教えてあげる。今頃の時間だと、蜃気楼が見えると思うわ」
「うっそ、本当なのね。本当ね」
「本当よ。信じていれば見られるわ。そうよね。甲、私は嘘を付いてないわよね」
 蘭は話し終えると、甲に片目を瞑った。
「そうだな。蘭の言う通りだぞ」
 大きな溜息を吐き、胸を撫で下ろした。
「甲、何か食べ物を作ってあげるね。その間に計画を練って下さいね」
「蘭ありがとう。そうするよ」
 愛は、蘭達の作戦にのり、目をキョロキョロして辺りを見回し、乙は、二日酔いなのだろう。寝台からピクリとも動かないでいる。蘭と甲は馬車に二人しかいないような態度だ。
その為だろうか、馬車の後を一人の男が付いて来ているのを、誰も気が付かないでいた。
 その頃の飛河連合西国の都市の中心の建物では、一人の老人が顔を青ざめながら猪の紋様が描かれた扉を叩こうとしていた。
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第十章
「これ以上調べる必要はない。あの笑いながら泣いて人を殺す涙姫(本当は、信と楽しく話をしている時に、傘を振り回して偶然に密偵に当たっただけだ。だが、年一度の女性だけの武道大会では常に上位の成績だ)と、信だ。指揮を任せたら十二種族一の上手さ。千人の部下がいれば五万の敵と対等に戦えると噂だ。(だが、王の就任儀礼で昨年の王は少数の者に負けなければならなかった。それが、誤って伝わっていた。毎年やっているのに気が付かない密偵の報告の間違いだろう。それでも、駒の戦争遊びなら常に一位を取っていた。それを見て感じたのなら無能の密偵で無い)
 その二人が、擬人と街中での密談しているのだ。必ず仕掛けてくるぞ。このままでは挟み撃ちに合う。私が一人で残り作戦の邪魔をする。そう伝えてくれ頼んだぞ」
「ん、やはり二人は他部族の長老の家に向かうか?」
 一人残った密偵は三人の後を追う。
「涙花、一人だが、私達の後を付ける者がいるぞ。どうするか決めてくれないか」
 まだ、女性と話すのが慣れないのだろうか、遺言男は恥ずかしそうに問うた。
「もうー信様。目線を外したらやー」
「遺言男と言うのだったな、ありがとう。理由は分かっている。我ら六種族が弔問に来るか探っているのだ。今回は戴冠式もあるから心配なのだろう。これから全ての長老の元に向かう。全て長老の家に向かえば安心して報告に帰るだろう」
 時の流れが悪い方に向かって行く。虹家の党首であり、飛河連合西国の王の危篤の知らせを受けて種族でない者。涙花が赴いたからか、遺言男がこの地に来たからか、愛、蘭、甲、乙が外界に来たからだろうか、それとも、時の流れを操る本当の運命の神は、擬人だけを愛しているとしか思えない。それでは悲しすぎる。
「ここで分かれよう。虹家の党首を看取った者が、我ら六種族に直接会うのは不味い。何の為に種族に関係のない者を使わしたか分からなくなる。涙花は羊家に向かい、父に報告してくれ頼んだぞ」
「ああっんもぉー、離れたくないのを知っているくせにー、ほんとうにっもぉーいやあー」
 信の話が伝わってないのだろうか、涙花はまとわり付いて離れないでいた。
「この門を、御二人で入られるのですか?」
 大きな門の扉に竜の絵柄が書かれ、それを隠さないように二人の警護人が立っていた。
「いや、私だけだ」
「それではお入り下さい」
 扉が開かれると、廊下が広がっていた。廊下の両脇には簡易椅子が並べられ、その奥に
は又扉があった。その手前には一つの机と椅子が置かれ、一人の警護人が机に膝を付けながら座っていた。何故か、その者は、私に鋭い視線を向け続けていた。
 その頃、扉の外にいる涙花は、信が視線から消えたからだろう。我を取り戻した。
「報告しなければならない。付き合え」
 突然に、男言葉で声を上げ歩き出した。一瞬だが、扉に視線を向けた。信の事が心配なのだろう。その頃の信は、
「お願いがあります。私は、第八王家、羊長信です。御取り付けを願います」
「少々お待ち下さい」
 老人は深々とお辞儀をすると扉の中に消えた。信は机の元により、机の上に視線を落とした。記帳が置かれていたが、信は名前を書かずに書かれていた物を読んでいるようだ。
「お入り下さい」
 信は記帳に書かれていた人物名を十人位だろうか、目を通した頃に扉が開かれた。
「ありがとう御座います」
 一礼すると、中に入った。
「やはり」
 老人と言えば言い過ぎだろうが、黒髪よりも白髪の方が多い人が椅子に腰掛けていた。
「はい、お亡くなりになりました」
 扉を開けると、即座に声を掛けられた。そして暫く言葉を待った。だが、話は始まらず、仕方が無く自分から言葉を掛けた。
「我々は、戴冠式だけは出なければならないと思うのです。それで、一番重要な竜家の確認を取りに来ました。他の五種族が出席しても竜家がいなければ意味がありません」
 老人は話題を口にしたくなかった。だが、他人に言われると、よけいに怒りを感じるのだろう。それは声色で感じられた。
「確かに竜家は、代々虹家の就任の儀式をしてきた。だが、今の虹家は勝手に五種族を率いて王制を興した。それでも、竜家が儀式をする理由があると思うか?」
「羊家で代わりが務まるなら、ですが」
「言いたい事は分かる。我らの始祖が神から仰せつかった役目だ。竜家は、虹家に王冠を渡す。他家が代わりを務まる訳が無い」
「それでは、出席するのですね」
「だが、その為に負けるのは口惜しい」
「六種族が欠席しても、試合に勝っても戦が始まります。それは避けたいのです。竜家が出席してくれれば、他家も出席します」
「分かった出席する。儀式もするのだろう」
「少数で行きますから多分ないでしょう。もし、あったとしても剣の試合でしょう」
「虹家は少数で来いと言ってきたのか」
「いいえ。涙花から聞いたのです。先の王が、いや、虹家の先代が言い残したそうです」
「何と言っていたのだ」
 幼い頃は遊び友達だった。その頃なら何を考えていたか分かったのだが、今では何を考え残したか分からなかった。その事が本当に悲しくて声色に表れていた。
「息子とは知らない仲では無いのだから頼むと、人が居る前で言われ、そして、言付けがあるからと涙花一人残し、竜家の党首に、最後の就任の儀式で良いからお願いします。そう言われたそうです」
「そうか、就任の儀式と言ったのか」
 ますます、昔を思い出して涙を流した。
「党首殿」
 信は言葉を掛けなければ、この場から消えてしまう。そう思い声を掛けた。
「私が率先して、皆に頼みに行こう」
「いや、私もお供します」
「そうか」
 何度も同じ言葉を吐いて頷いた。
 信は後で思った事だ。自分一人で手紙だけを持ち他家を回っていれば、二日も掛かれずに、その日に終わったと感じていた。
「しんっさまぁ。二日もー何をしていたのですのぉー、さびしーくって、さびしーくって」
「済まない時間がないのだ。父には言っといてくれたな。涙花、直ぐに出掛けるぞ」
 二人の会話は勝手に話して納得する。全く噛み合った会話がないのは何時もの事だ。だが、涙花の表情には嬉しさよりも不安が表れていた。それが本当に起きてしまう予兆のようなものとは、本人も気が付かないでいた。
「大門の前で待っているぞ。簡単に用意をすまして来てくれよ。ん、どうした?」
 信は話を終えて門に向かうつもりが、裾を捉まれ立ち止まった。
「私には大切な物は無いのよ。この旅装服があれば良いの。後は何を要らないの」
「そうか、女性なのだから気配れよ。それよりも、どうした。急に真面目になって」
「いいえ、何でも無いわ」
「そうか、何か気持ちが悪いぞ。普段のようにしてくれ。恥ずかしくて話し難い」
「はい、私も楽しまなくてはねえ」
 そう呟き終わると、二人は大門に向かった。
 大門の前、それは、以前は河だった跡には五種族の長老が出発を待っていた。
「信、軽装だな、本当に良いのか、我らに気を使ったのではないのか?」
 竜家の長老が話を掛けてきた。
「いえ、違いますよ。私と涙花は旅が好きなだけです。輿に乗るよりも、歩く方が気持ち良いですから気にしないで下さい」
「それで、羊家党首は来ないのか、まさか、まだ敵国にいると思っているのか?」
「いいえ、思っていませんよ。就任儀式もしてますでしょう。それに、党首の責任も果たしていますのはご存知ですよね」
「そうだった、そうだったな。済まない」
 竜家の長老が盛大に笑い声を上げた。
「私と旅には行きたくないと言われました。私が旅に出ると何かが起きるそうです。余程、私が始めての旅に出た時の時を気にしているようです。そうですよね。その翌日に反乱ですから、旅と聞くだけで苦い顔を浮かべます。口では言いませんが、十二種族での就任儀式を楽しみにしていたのですね。結局、見る事も指揮をする事も出来なかったのですから、深酒をする度に言われますよ。お前と叔父は厄病神だと言います」
「それはある意味安心だな。都の留守を任せられるのだからな」
「そう言ってくれれば父も喜びます」
「それでは行くとしよう」
 竜家の長老が声を上げた。皆は、その言葉を待っていたかのように動き出した。
「そうですね」
 信と涙花は問い掛けた。籠よりも歩きの方が早いのだろう。信と涙花を先頭で、まるで新婚旅行でも行くような感じだ。
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物語を書いて五年になりましたが、私は「左手の赤い感覚器官(赤い糸)と「蜉蝣(カゲロウ)の羽(背中にある(羽衣)の 夢の物語が完成するまで書き続ける気持ちです。
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