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四つの物語を載せます
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第二章。
 水無月の季節に、それも、日の出の時間に合わせてだ。女性は井戸の水を汲むと頭の上から流していた。桶の水が無くなると、汲み直し何度も同じ様に浴びていた。白装束を着ているのだから儀式の前の清めをしている。そう思うだろう。だが、その女性の表情からは、そのようには感じられない。何故か、女性は笑みを浮かべているのだ。神との対話なのか、それとも神罰を避ける為の清めだとしたら、どんなに心の優しい神でも許せるような笑みではない。まるで、悪魔が邪な考えで神を討とうとしているような邪悪な笑みだ。大げさと思うだろう。だが、それでも、人としての欲望丸出しなのは確かだ。
「もう、いいわね。歳の数の倍を浴びろと言われたけど、三倍は浴びたわ」
 この女性は、鏡家(かがみ家)の長女、今日子(きょうこ)と言い。父から普通の人なら歳の数だけ水を浴びれば良いが、お前では倍は浴びなければ駄目だ。それでも、清められるか分からないと言われていたのだった。それで、三倍も浴びれば、又、同じ事を繰り返してこい。と言われない為の用心だった。
「私は、十六歳の誕生日を待っていたのよ。これで、両思いだと、父に説得が出来るわ」
 今日子は、今の呟きが誰かに聞えると思ったのだろうか、突然、辺りを見回した。だが、井戸がある中庭には、誰も居るはずもなく。勿論、周りの建物の母屋、社(やしろ)、その二つを繋ぐ廊下にも居ない。安心したのだろうか、そして、桶を手に持つと母屋の方に歩き出した。片付けようと考えたのだろう。その時、社の方から父の怒鳴り声が響いた。
「何時まで何をしている。早く来ないかぁ」
「もう、今から行く所よ」
 八つ当たりのように桶を投げ、社に向かった。
 女性の家は、永い時の流れで理由は忘れてしまったが、代々洞窟を守ってきた。何故、理由も分からないまま今まで続いたか不思議に思うだろうが、それには訳があったのだ。自分達は、他の人々とは違う種族と感じていたからだ。それは何故かと言うと、背中に蜉蝣(かげろう)の成虫のような羽を柔らかくした物があり。左手の小指に赤い感覚器官(あかいかんかくきかん)があるからだった。背中の羽は、生まれて直ぐに体から剥がし洞窟に十六歳になるまで保管して置くのが習わしだ。この羽の為に洞窟は、誰にも教えずに隠し続けていた。だが、子供の口を閉じさせる事など出来るはずも無く、羽と言わずに用心の為に羽衣(はごろも)と言い方を変えていた。今日子も幼い頃に両親の姿を見て友達などに話をしていたが、自分の身体に証拠の物が無く信じる人もいなかった。それでも、左手の小指の赤い感覚器官だけは、伝承なのか架空の物語と重なり信じると言うよりも信じてみたい気持ちで、他部族の者も運命の相手に会った場合に現れると思われていた。
「どうした。入ってきなさい。何も怖い事は無いぞ」
 娘が、洞窟の入り口から入ろうとしない。普段は、男かと思うほど勇ましく騒がしいのだが、今の様子は怯えて震えているように感じた。そう思うと、幼い頃は、父の後を追いかけて笑みを浮かべる姿や花火を見に行ったが、帰りの夜道の静けさに恐怖を感じて震えながら手を握り締めてきた。そんな娘の思い出と重なったのだろう。優しく声を掛けた。
「怖くないわよ」
「そうだったなぁ。何かと言えば、今日の日の事を話題に上げていたなぁ」
先ほどから何度も娘の事を思い出していた。娘は、物心がつく頃までは、「お父さん。お父さん」と言い。何処にでも後を着いてきた。だが、娘が突然、ある男の話題を出してから何かと口喧嘩をするようになったのだ。自分以外の男性の名前を出したので、寂しさから娘の思っている答えを言わなかった。それまでは、うん。うん。そうだね。と、何でも頷き、娘の笑みを見るのが楽しかった。それは今でも、娘が可愛い。子供の時の満面な笑みは見せてくれないが、今の姿を見ると、まだ、子供なのだなぁ。と感じてしまう。
「お父さん。約束は憶えているでしょうね」
「ああ、憶えているぞ。晶(あきら)君だったなぁ」
「憶えているなら、いいわ」
「安心しなさい。晶くんが、赤い感覚器官が見えれば付き合う事を許そう」
「そう。なら、早く儀式を始めましょう」
(晶さんに、やっと、左の小指を見せる事が出来るわ。父は、晶さんでは、赤い感覚器官が見えるはずがない。そう言ったけど大丈夫よ。私の運命の人に間違いないもの。その確認が出来れば、直ぐにでも、愛の逃避行よ。ぐふふ)
 思いを口に出す訳がないが、はっきりと顔の表情に表れていた。
「今日子、久しぶりに笑みを見たぞ。嬉しいのだなぁ。儀式が終われば、晶君の所に直ぐに会いに行くのかぁ?」
「直ぐに会いに行くわよ。ねね、何か変な物食べたでしょう。お父さん、何か変よ」
「変かぁ」
「うん。何か、喜びと言うより、泣いているみたいよ」
「泣きたくもあるなぁ。お前の表情は欲情丸出しだからだ。ご先祖様が許してくれるか、それが心配なのだよ」
「何よ。また、水を浴びろと言いたいの?」
「普段のお前だなぁ。まあ良いだろう。気持ちは落ち着いたようだから儀式を始めるぞ」
「何をするの?」
「先祖代々の墓をお参りするだけだ」
 そう呟くと、洞窟の奥を指で指し示した。
「それだけでいいの?」
「だが、可なりの数があるぞ。一つ一つ丁寧に拝むのだぞ。そして、始祖様(しそさま)の墓の隣に籠(かご)が置いてある。その中に羽衣があるから、それを手に取るだけだぁ」
「簡単ね。なら取ってきます」
「ちょっと待て、線香を持たないかぁ」
「持ったわよ?」
 父に、右手に持った線香の束を見せた。
「箱のまま持って行きなさい。そして、墓には一本置く毎に丁寧に拝むのだぞ」
「ええ、何個あるのよ」
と、父に視線を向けた。大きな溜息を吐くと、奥の洞窟に入ろうとした。
「ちょっと待てと言っているだろうがぁ」
「何よ?」
「男なら一人で行かせるが、女では怖いだろう。母さんと一緒に行きなさい」
「いいわよ。母さんが来るのを待つのも嫌だし、一緒だと小言を言うから時間が掛かるわ」
「時間が掛かるとはなんだぁ。丁寧に拝めと言っているだろがぁ」
「はい、はい。分かっています。最低でも一分は拝むことにします」
「馬鹿娘、一人で行きたいなら好きにしろ。さっさと行ってしまえ」
 今日子は、しめ縄が張っている中を逃げるように入って行った。その後直ぐに母が洞窟に入ってきた。
「あらあら、一人で行ってしまったの」
「ふっー」
 父は溜息を吐くことで、意味を伝えた。
「まあ先に、私が墓の清める時に蝋燭を灯してきた。その時、今日子が嫌いな蜘蛛の巣などを払ってきたから大丈夫だろう。それでも、私は、この場所を動く訳には行かない。今日子の後を追ってくれるかぁ」
「仕方が無いわね。あなた、お酒などは、祭壇に置いときましたわ」
「済まない」
「一人でなら何をするか分からないわね。でも、誰に似たのかしら?」
 そう呟きながら娘の後を追った。手には大きな荷物を持っていた。形や重さを考えると弁当だろう。何故、弁当が要るのだろう。そう思うだろうが、先祖代々の墓の列は、片道二キロはあるからだ。恐らく、早くても初代の墓に着くのは昼になるはずだ。
(居たわ。あら真剣な顔ね。それほど、晶さんのことが好きなのねぇ)
 闇に目が慣れる頃に、娘が真剣に拝んでいる姿を見つけた。
 最下部の第三章をクリックしてください。
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物語を書いて五年になりましたが、私は「左手の赤い感覚器官(赤い糸)と「蜉蝣(カゲロウ)の羽(背中にある(羽衣)の 夢の物語が完成するまで書き続ける気持ちです。
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